『脱•花粉症』

 おかしい、変だ、ほんとうに花粉症がこない。こんな春は20年ぶりだ。4月中旬の陽気というのに、鼻も目も初夏のような清々しさだ。
 今まであまりの辛さから酒に逃げ、血行が良くなりすぎて余計に悲惨なことになって、そんなことを繰り返していたが、今年の春酒は臆病心など微塵もなく飲める、ってゆーか飲んでる、とゆーより飲み過ぎてる。
 3年間治療し続けている減感作療法。左の肘には60回以上注射針を射しただろうか。どす黒い皮膚は、はた目には完全なシャブ中だが、俺には勲章だ。2週間に1回、せっせせっせと通いつめて脱杉花粉。石の上、いや、意思の上に3年。ようやく体質改善に成功したのである。
 とはいえ、気を引き締めて飲む。そこじゃない。気を引き締めた生活を心がける。まだまだ油断ならない2、3、4、5月。1年なんて8ヶ月だけでいいと思った俺に、希望の4ヶ月がやって来た。
 小躍りするように嬉しい。春の訪れはこうでなくちゃならない。ありがとう60本の注射針。



『100円ショップに思う』

 東京でマラソンがあると、まちがっても都心にクルマでは出掛けられないので、世田谷界隈でうろうろしていたら、同じような考えの人たちがいたらしく、城西地区はクルマでごった返して大変だった。
 コロコロとかクイックルのスペアを買おうと100円ショップに入ったら、見るからにダメそうな物ばかりだったので、1円も使うことなく100円ショップを後にした。
 100円ショップだからと言ってなんでも買えーっというわけではなない。むしろ100円ショップはどれだけ賢い買い物ができるかが試される場所である。
 ゴマンとある100円ショップだが、品揃え、アイディア商品など、他店と比較されるため、単に安いからというだけでは生き残れない厳しい世界である。私の友人に100円ショップの商品企画および製造を一手に引き受けている者がいる。そいつが一昨年、「ちょっとアイディア貸してくれないか」というので、飲み代だけで引き受けた事があるが、聞けば聞くほど生々しい仁義なき世界だった。他店のアイディアをパクり、それにちょびっとだけ色を足して堂々とオリジナルを謳うのだそうだ。まぁ我々の世界にも若干そのような傾向があるけれど、我々の場合は「パクリ」とは解釈せず、「教材」あるいは「ヒント」と解釈する。クリエイティヴの企画とは、そのような勝手な解釈によるものが多く、それに心傷める人は、速やかにこの世界を去って行く。ずっといる人は、教材やヒントが大好きな私のような人ばかりだ。
 要は、いかに図々しいか、いかに鈍感か、ということがこの世界の長生きのコツである。とはいえ、そういう人たちのパクりのセンサーは恐ろしく鋭くパクってからのスピードがさらに速い。
 なんてことを書いていたら、自分のやっている仕事へのポリシーがボケてきそうなのでこのへんでやめておきます。

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 100円ショップに停まってたイカすベンツ。



『GAKU-MC』

 かつてミリオンを連発し紅白にも出場したGAKU-MC。「DA.YO.NE」や「MAICCA」は永久にだ記憶される名曲である。
 彼はやがて筋書きのない人生を歩み、思いも寄らぬ労苦を背負い込む。メジャーの王道からよりみちを余儀なくされ、時に道ばたにしゃがみ込んでは雑草や名もなき花の心を知る。もともと人の視線の行き届かないところに深い感動を覚えるような奴だったが、彼は偉大なる寄り道を終えて、今、もっとも自分らしく生きられる場所に帰って来た。
 昨日の「the Dish」は素晴らしかった。ヒップホップはどう聴けばいちばんご機嫌かを、オーディエンス目線で考えた珠玉のライヴ。歓喜のライヴからオーディエンス全員打ち上げ参加という希有な空間へと移行し、その場をともにした誰もの心に深く刻まれる永遠の時間となった。
 彼の呼びかけにより数多くのミュージシャンが参加していた。やんちゃな弟的な存在だっ彼を、誰もが「アニキ」と慕っている。満たされたアニキの顔を遠くで眺めているだけで込み上げるものがあった。
 息が止まるほどに抱きしめてやろうと思ったが、彼に挨拶することもなくずばらしい余韻を土産に会場を後にした。帰り道、友の成長を、ひとりテキーラソーダそっと乾杯した。
 
 



『はるよこい』

 朝晩なんて、そりゃもう寒くて、少し前まではベランダでお湯割り飲んでたけど、とてもとてもそれどころじゃなくて。でも昼間はすこしだけ温かくなって、確実に春は近いと予感させてくれる。
 大人はいつまでも着膨れているけど、子どもは春目線で遊具と戯れている。子どもって、きっと大人よりも何週間も春や夏を先取りするのだろう。そして僕ら大人は春の訪れさへ気づかずに、いつまでも肩をすくめてばかりいるのだろう。
 なんかもったいない気がして来た。こういう時にはキャッチボールとかドッヂボールとか、ボール系の遊びで春を呼び込むしかない。


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 去年の3月頃の写真だったかな。



『31年ぶりの部活動』

 日曜日、高校時代の陸上部の顧問の先生の退官パーティがあったので岐阜に帰った。高校を卒業してから初めてのOB会でもあったので、なんかそわそわして仕方なかった。そわそわには理由がある。僕は先生が母校を指導された10年間で、もっとも折り合いが悪い生徒だったからだ。
 先生がバリバリの現役選手として母校に赴任してきた時、僕は生意気盛りの高校3年生で、やれ服装だの髪型だの生活態度だのと注意され、何かとぶつかっては反抗してグラウンドへ行かなかった。俺がいなけりゃ始まらないだろうとタカをくくっていると、先生は、お前がいなくてもまったくかまわないというオーラで跳ね返す。舌戦のあとにはこのような無言の攻防戦が繰り広げられ、僕は先生と打ち解けることなく高校を卒業した。
 あれから31年。先生は弱小陸上部を鍛え上げ、県下で胸を張れる部に育て上げた。その功績が認められたかどうかは知らないが、先生は県内一の強豪校で指導者となり世界的な選手をも輩出し、現在は某高等学校で校長に就かれている。
 
 先生が赴任した当時の3年生だったということもあり乾杯の音頭を任された。話すことなど何も用意していなかったが、長くなると思い起立していた90人の後輩たちを座らせた。
 僕の話はグラスに注がれたビールの泡がほぼなくなるまで続いた。
 内容は、陸上競技を通じて自分が後悔したこと。それだけ。

 後悔の中味は恥ずかしくて書けないが、31年経ってようやく先生に話すことができた。しかも90人の後輩の前で。こういうことを公開懺悔とでもいうのだろうか。乾杯の発生のあとに、先生と初めて抱き合った。互いに歳をとって涙腺が緩んだのだろう、やがてどちらもグダグダの涙そうそうとなり、31年ぶりの部活動は青春のど真ん中を全力疾走で駆け抜けて行った。


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 先生、1000ccのバイクで、どこまでも突っ走ってください。



『夜と朝の間に』

 夏の暑いのも冬の寒いのも嫌いだが、いちばん嫌なのは夜が早くやってきて朝が来るのが遅いことだ。
 昔から暗いところが苦手で、幼い頃は寝る時に部屋を暗くすると、誰かに乗りかられるような気になって、怖くて両親の部屋に救いを求め、川の字になって寝ていたものである。今でもどっかに灯りがないと落ちついて眠れない。もちろん煌煌とではなく、窓から差す薄明かりとか、それぐらいのものでいいのだけど。
 寝る場所はずっと昔から陽ざしが差し込むところって決めていて、年柄年中レースだけ閉めてカーテンは閉めないようにしている。目覚まし時計より陽覚まし時計のほうが寝起きが良くて爽快なのだ。
 ただ冬となるとそうはいかず、ただでさへ朝が遅いのに雨ともなると8時すぎても朝感がまるでない。雪の日は違ったファンタジーがあるからいものの、冬の雨の朝はマジで落ち込む。
 そんな習性があるため、ホテルに泊まってもカーテンなど絶対に引かない。どんだけ出そうなホテルでも、カーテン引いた方が余計にお化け感が増すからである。
 そして時にホテルは、寝ぼけ眼に素晴らしい画を届けてくれる。先日行ったベラッジオもそうだが、夜に映る絢爛豪華な夜景も素晴らしいが、夜と朝がバトンパスするような時間帯の景色にしばし見蕩れてしまった。ややお疲れのネオンサインの向こうには荒野が拡がり、空にはなんともいえないグラデーションが広がる。ここで一曲ラブソングでもと、YAZAWAの「I LOVE YOU,OK」とヒロミゴーの「哀愁のカサブランカ」を唸る。まだ酒の抜けてないべガスの朝焼け、誰も知らない自分だけに世界に浸る僕がいたとさ。

 あー、早く春になれ。朝よ、陽ざしよ、もっと早くやってこい。

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『小さな小さなウエスタン』

 ネバダ州、べガスより60分。ただひたすらに荒野を走り、変わらぬ景色の中、見落としてしまいそうな小さなゲートを発見し侵入すると、ガイドマップにも載らないような小さなウェスタン村があった。荒野のオアシスとまではいかないが、タフなアメリカの茶目っ気がチラリ覗くかわいいテーマパークだった。
 規模的には日光江戸村や東武ワールドスクエアなんかよりももっともっとキャシャでチープな感じだが、ところどころに手作り感が施されていて温もりを感じるのである。売店のおじさんがうたた寝しているぐらい、古き良きゆるゆるのアメリカがそこにあった。
 ウエスタンルックを纏った気のいいおじさんが、25年前に北海道の遠軽にいたらしく、遠軽の素晴らしさを誇らし気に話してくれたが、誰も遠軽に行ったことがなくて、うんうんとうなずくのが精一杯だった。

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『友人と青木宣親』

 ダルビッシュ報道の陰に隠れているが、ブリュワーズへの入団を発表した青木には大いに期待している。彼のこれまでの並々ならぬ準備には目を見張るものがあるからだ。実は、僕の友人が彼の今日までの日常を詳しくレポートしてくれているのである。
 「彼」は青木に心底惚れ込み、自分の人生を重ねるように歩みを共にしている。年齢的に青木よりひとまわりも上の彼は、時に先輩として、時に友人として距離感と温度を変化させながら彼をサポートしている。
 勝手ながら、僕はミルウォーキーで躍動する青木の姿に彼を重ねることになるだろう。茶の間観戦ながら、僕にとっても特別なシーズンが始まることになる。

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 昇り龍となれ青木! 



『ダルビッシュ』

 ダルビッシュとレンジャースとの契約が無事成立してホッとしている。なんとなく球団側に押し切られた感じが強いが、後味を悪くして日本球界にUターンしてもらっても困るので、ひとまずはホッである。
 俺がホッとしてどーなることではないが、野球ファンとしては今季の楽しみが格段と増えるのは嬉しいことだ。彼はメジャーで通用するの?という声も少なくないが、はじめからお墨付きの選手など世界中どこにも存在しないわけで、環境や文化、若干のルールなどが違えば、誰にとっても可能性は未知数だといえよう。
 現に破格のカネを積んで助っ人としてやってきたメジャーリーガーがお粗末な成績しかあげられず、オチをつけて米球界にとんぼ返りして、またひと花咲かせたという話がゴマンとある。ヤンキースの井川はまったくその逆のケースで、その件が今回の交渉を硬化させたのではというメもなくはない。
 さて、ダルビッシュ。彼はどうか? 正直、メジャーをメッタ斬りするダルもメッタ打ちにされるダルも見たいというのが本音だ。コンディションが良かったり悪かったり、それでもローテーションを守って2年3年とシビれるゲームを経験して、野茂さへ足元にも及ばないようなタフなメジャーリーガーに成長して欲しいと願っている。
 5年前、20歳になったばかりのダルビッシュにインタビューをしたことがあるが、そのとき彼は「メジャーなんてまったく興味ないっすよ。英語覚えるのもめんどくさいし」と語ったが、その言葉の裏側にある真意をいやがうえにも感じたものだ。
 自分の力に判を押せるようになったときに彼は初めてメジャーを口にするだろうと踏んでいたが、ようやくその時が来たようだ。20歳の彼はこうも言った。「遊びも音楽もファッションも興味ないですね、野球は仕事だから興味なくはないですけど…でもピッチングには興味あります」
 照れ隠しとハニカミの中から本音がチラリ。彼は世界一のリーグでさらにピッチングへの感心を深める事になるだろう。17勝8敗。無責任に予想させてもらったが、今シーズンを終える頃には彼はローテーションの柱になっていることは確実だろう。
 



NIKKI 再開しました

 昨年10月より長らくお休みしてさせていただいておりましたNIKKIを再スタートしました。 
 90日間、書かず暮らしの間に大人になりましたので、反省の意味も含め、心込めて綴らせていただこうと思っています。
 どうか末永く、よろしくお願いいたします。





2012/03/06

NIKKI『脱•花粉症』

2012/02/26

NIKKI『100円ショップに思う』

2012/02/10

NIKKI『GAKU-MC』

2012/02/09

NIKKI『はるよこい』

2012/01/31

NIKKI『31年ぶりの部活動』

2012/01/23

NIKKI『夜と朝の間に』

2012/01/21

NIKKI『小さな小さなウエスタン』

2012/01/20

NIKKI『友人と青木宣親』

2012/01/19

NIKKI『ダルビッシュ』

2012/01/18

TOPICSNIKKI 再開しました
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