『チカアラシ、上京す!』

 昨日、大学の同級生のチカ(近嵐/チカアラシ)に会った。北海道のハンドボール高校選抜チームを率いて新潟国体に来ていて、どういうわけか一度東京に出てから北海道に戻るということらしく、じゃ会おうか、となった。
 大学を卒業して25年になるが、チカとは今でも定期的に会っている。俺が札幌に行くこともあれば、チカがインターハイや国体で関東圏に来ることもあり、ここ数年はコンスタントに会っている。
 昨年の夏に、死ぬまでにあと50回会おう、と約束した。昨日会ったので都合2回差し引かれてあと48回。このペースじゃ90過ぎまでかかるなぁと冗談っぽく話していたけど、どちらもかなり本気なので、ルールを改正して1泊2日の場合は2回分、2泊3日は3回分、つまり会った日数でカウントしようと言うことになった。これならば4泊ぐらいの北海道ロケが入ったら大幅にカウントされて夢の50回に到達できるかも知れない。
 相変わらずのバカ話だが熱さだけは互いに昔のままだ。どう熱いかと聞かれても答えようがないが、ムダに熱いことだけは事実である。この「ムダ」こそが俺たちをいつまでも尖らせているわけだ。
 そして俺達はムキになる。いつだってどんなに小さいことだって「はいはい、そういうことで」とはならない。とにかくムキになって噛み付く。噛み付きながら意見が合致したら抱き合う。ハグなんてもんじゃない、往年のプロレスラー、人間発電所と言われたブルーノ・サンマルチノの得意技のベアハッグのように思い切り引きつけ合いながら抱きしめ合うのだ。股間がこすれ合うこともあるが、友情を確かめ合うにはこれぐらいしなければ物足りないのである。
 チカが連れてきたもうひとりの先生はその光景を見てぽかんとしていたが、多分彼もそのうち慣れてくるだろうし、あと2回も会えば彼の方からベアハッグを仕掛けてくると思う。
 
 新橋ガード下。やきとん屋。いい時間だった。



『大東京のキレイな夜景』

 昨晩、葛西にあるロッテゴルフ練習場へ行った。クラブを握るのは5月のハワイ以来、その前となればなんと6年半も前のことになる。でもなんか俺の中でゴルフがリスタートするような気がして、思い立ってシゲを誘って車を飛ばした。
 首都高をグルりと巡ってレインボーブリッジにさしかかる。左にはまるでマンハッタンの夜景、フジテレビ側は香港、高層ビルのイルミネーションが宝石を散りばめたようにキラキラしている。その向こうに着陸間近の飛行機。ドラマチックすぎる景色が流れていく。
 同じ岐阜出身のシゲがぼそっと言った。「俺んた部外者やね」。
 確かにそうだ。こんなとんでもない夜景のある街に俺らのような田舎者がいること自体、不自然なのだ。東京で暮らしているとはいえ、俺たちは中目黒と三軒茶屋をうろうろしている程度である。六本木に行けばヒルズが倒れてこないか心配し、東京タワーは麓まで行って30分以上てっぺんを見上げている。
 車を走らせれば、あらためてその凄さを知らしめる大東京。
 この街にオリンピックはやってくるのだろうか。もし決定したら俺は54歳か。いい感じでオリンピック観戦の日々が続くんだろうな。もしだめでもそれはそれでいい。気が狂うほどの大渋滞も避けられる。オリンピック開催に向けて色々盛り上がるだろうが、不安や困難だって山盛りだ。税金だってどうなるかわかったもんじゃない。
 でも、なんか本当に感動したな。東京の夜景。思わず黙っちゃったもんな。ヒロミゴーのバラード3部作を聴きながら走ったけど、ほんとヒロミさんの曲って東京の夜が似合うわ。男ふたりで口ずさんで気持悪かったけど、あらためて東京に憧れてしまった感じがした。目に飛び込む景色と音楽、恋愛ほやほやのカップルがドライブする気持がよくわかる。
 ま、俺達の目的は打ちっぱなしだったけど。
 おかげで今日は手も足もぶるぶる震えっぱなしだ。
 少しゴルフ上手くなろ。



『小さなちいさなものがたり』

 どう見てもぐうたらな若者が大股を開いて電車の座席に座った。「あーあ」と言いながらガラス窓に後頭部をつけるようにふんぞり返り、車内はかなりいやな雰囲気になった。ブカブカのジーパンと汚れたワークブーツまでもが居合わせた人たちを威嚇しているようだった。
 若者がスッと席を立った。乗車してドア近くの手すりを握る老人の元へ歩み寄り、手を引いて座席へ座るように促した。さっきまでの仏頂面からは想像できないほどの笑顔である。
 車内の空気が変わった。それぞれに「なんだ、いい人じゃん」と思ったのだろう。そう思われていることに気づいてか、照れ隠しのように若者は眉間にシワを寄せ舌打ちをした。それでも人々は好意的な空気で彼を包んだ。どうやら照れ隠しにも限界がきたようだ、若者はさらに大きな舌打ちをしたあとに「あーあ」と、さっきよりも大きな声でとぼけたふりをしながら別の車両へと移動した。
 若者の背中を誰もが視線で追いかけ、ちょっとしたいい空気のまま電車は渋谷駅に到着した。
 席を譲られた老婦人が若者の背中におじぎをしていたのがとても印象的だった。



『プールで学習その2』

 プールの高齢者の言葉は深く、考えさせられることが多い。つい昨日もなかなかのお言葉を盗み聞きした。それはかなりのご高齢者がおふたりで水中ウォーキングをしているときの会話でした。
「あと何年生きられるかわかんないけどさ、考えてみたら長生きすることだって大変よね。辛いこともいっぱいあるし、年寄り扱いされるし。だけどさ、こうしてカラダを鍛えていると、なんだか元気が維持できるのよね。それに年寄り扱いしている人に“アッ”と言わせたいじゃない」
「同感同感。こうして新しいお友達にも巡り会えたわけだし、歳をとったらとったでやることがいっぱいあるのよね。若いときよりも時間の大切さを感じるようになったわよ」
 
 隣のコースで何気ない顔して同じ速度でウォーキングしながら聞いていたら、ジーンときた。歳をとっても未来はあるし、それよりも今を充実させる気持ちに満ちている。あれヤだ、これヤだとつまんないことばかり言ってる俺達よりも純粋で楽しみながら毎日を生きてらっしゃる。
 涙が出そうになったので顔を水につけた。きっとお年寄りは俺達が一方的に抱いているイメージとは違って、明確な目的やビジョンを持って生きているのだと思う。健康、不健康、幸、不幸、いろいろあるだろうが、前向きな気持さえ持てば人の心は健やかになる。置かれた現実を受け入れたうえでどう過ごすか。それが目標であり、すなわち生きるということなのだろう。
 昨日パワースポットのことを書いたが、まぎれもなくプールの中にはパワーが溢れている。
 あまりのありがたさに合掌しようと思ったが、誤解されるといけないのでやめた。
 それにしても、言葉のきれいなお二方だった。



『パワースポット』

 世界中にパワースポットと呼ばれる場所がある。その場所に行くと不思議と気持が浄化され力がみなぎるらしいのだ。ハワイなどはまさにその代表的な場所で、いろんな人がそのパワーの恩恵を口にする。 
 そういう話は嫌いではないが、なにをわざわざという気持が正直なところだ。
 と言いながらも、先週末、明治神宮御苑にある「清正井」に行ってきた。その筋では有名なパワースポットだ。
 清正井(戦国時代の雄 加藤清正の掘った井戸)の湧き水は都内でも最大級の「気」を吹き出しているらしい。ちょいとあやかって手を洗い顔をじゃばじゃばしてから水を口に含んでぶくぶくした。「気」というものがどのようなメカニズムで体内に浸透し、心と体に働きかけるのかわからないが、なんとなく気持よかったというか、すっきりしたという程度の感覚はあった。
 それだけでいいと思った。それよりも「清正の井」の手前にある藁葺き屋根のような休憩所で涼んでいたらなんともいえない爽快感があったが、気のせいだろうか?
 うーん、パワースポット。みなさんかなり熱心みたいだ。手に数珠のようなものを巻いて、それを井戸の水で清めている方がたくさんいらっしゃる。思えば不思議な儀式である。この国の国民性である、行き過ぎてはいないけれど確実にある信仰心が、このような行動を活発にさせ人々に伝達しているのだろうか。ただ、どなたもイキすぎていない顔をしてらっしゃるのでそのあたりは健全だ。
 俺の最大のパワースポットは、やっぱ実家のお墓と仏壇だろうか。ただ、どちらかというと懺悔部屋みたいな意味が強いのでちょっと複雑だけど、それでも一番正座や合掌をしやすい場所である。
 今でも脳裏にお墓や仏壇がよぎると、「こりゃいかん」と思ってしまうから、調子者の俺にとっては必要な場所である。お墓と仏壇で頭を垂れた直後に地元のスナックに飲みに行って、誰彼構わず説教してしまうのはパワーが宿った証かもしれん。10月中旬にはそういうことを検証しながら墓参りをしよう。




2009/10/05

『チカアラシ、上京す!』

2009/10/02

『大東京のキレイな夜景』

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2009/09/30

『プールで学習その2』

2009/09/29

『パワースポット』
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