『深夜のターンテーブル』

 いい酒を飲むと必ず中目のSOUL BARに寄り好きなレコードを廻してもらう。腰を下ろしたら最後、そう易々と帰れない。帰れないというか帰されないというか帰らないというか。深夜2時を回り、“じゃ、最後にこれ聴かせて”とリクエストするのだが、既にマスターはターンテーブルにナイスなレコードを仕込んでいて、旨い具合に挟んでくるのだ。あ、この曲…と心の引き出しの中へ何かを探しに行ってしまうと、次から次へと思い出が溢れだして、気がつけばついつい小鳥がチチチと泣きはじめているのである。
 昨晩は邦楽攻めだった。アン・ルイス、大瀧詠一、達郎、拓郎、陽水、シンイチ森、ユーミン、聖子、香坂みゆき、ショーケン、キョンキョン、世良公則、清志郎。
 良い時代に良い曲を聴いてきた。時間は戻らないがネジは巻かれる。
 飲み過ぎてきのう挫いた足首がズキズキする。昔あった恋の傷みのようだ。ズキズキ、いい響きだ。ずっとズキズキしながら生きたいもんだ。



『俺の252』

 今さらながら『252~生存者あり』を観た。しかも朝。これが重い一日の始まりだった。

 レスキュー隊員のカッコ良さに惹かれ、これではいかんと思い颯爽とジョギングに出たら、玄関から80メートルぐらいのところで右足の裏が左足のくるぶしの方向にポキッとなったので志半ばでジョギングを断念した。音のわりに骨に異常はなく(多分)、軽い捻挫と判断(多分)。その気満々で走り出したのに、まさか俺自身がレスキューを必要とするとは、気持と身体のバランスが噛み合っていないことに本気で落ち込んだ。
 早速保冷剤をタオルで包み、患部を応急処置。こういうときには冷却するのが一番だ。逆に慢性の痛みには温めるのが効果的。こんな誰でも知ってる豆知識をひけらかしても俺の右足はアイタタタが止まらない。
 痛みもひいて少し冷静になったとき、俺は何をやってるんだ、と、もう一度落ち込み直した。
 
 クルマで事務所まで出動(まだレスキュー気取り)する最中、腹痛に見舞われ、やむなく駒沢通りのローソンで途中下車&ビッグベン。再出動後、さらに5分でミニストップに緊急避難&ビッグベン。最後は街のホットステーションENEOSで3度目のビッグベン。おそらく昨晩深夜3時頃、眠れなくておにぎりせんべいを一袋(約600kcal)と氷結グレープフルーツ500mlを2本摂取したのが原因であろう。

 同じ岐阜県出身でも、なんで伊藤英明と俺とではこんなに違うのだと、落ち込みはマックスまで達し、たとえようのない哀しみに襲われた。とはいえ少し腹の具合が治まってきたので、これから目黒川界隈をパトロールし、駅前の大戸屋でなにかお腹にやさしい定食をゲットしてくるつもりだ。
 もう朝からハードな映画を観るのはやめる。



『EXILE 新メンバー』

 発見した。サッカー日本代表の中澤佑二はEXILEのメンバーに入ってもおかしくない顔をしている。彼がメンバーに入ったらやはり持ち前の身体能力を活かしてダンスパートだろう。ヘディングとか余分な動きをしそうだが、彼ならテロンテロンでブカブカなパンツとタンクトップの組み合わせも似合うはずだ。ただ足下は契約上プーマ以外履けないのが難点である。



『秋の日、北陸へ』

 薄曇り。いやでも秋を感じさせる日だ。残暑は気まぐれで、けれど確実にもうしばらくは僕らを苦しめることだろう。女心と秋の空か。天気が変われば気も変わるというのは、きっと化学的にも立証されてるんだろうな。
 そもそもは、陽が昇り陽が沈み月が昇りやがてまた陽が昇る。そんな当たり前を繰り返す中、僕らは何に逆らうことも出来ず大地と空の間で生きているだけ。太陽と月の気まぐれが心に作用することは必然なのだろう。
 これから北陸へ行く。一泊限りの旅だ。秋の味覚を先取りしてこよう。
 なんか『いい日旅立ち』の歌詞みたいな気分だ。なんでこんなしっとりした気持ちになるんだろう。ただ旨い魚が食いたいだけなのに。あと酒も。ただ今日は“しっとりと”というわけには行きそうにない。ヒロミさんのツアーの打ち上げで確実に50人近くの大宴会になる。
 深夜はまた舞台監督たちと麻雀大会だ。
 秋の叙情も夜にはキラッキラなトロピカルサマーになりそうだ。しかも限りなくラテン系。
 その前に、やっぱり飛行機こわい。



『友人の死』

 友人が死んだ。彼はミュージシャンだった。メジャーデビューも果たしアルバムも発表した。その演奏力を買われて数々のユニットにも参加した。数年前からガンが彼を蝕み彼は逝った。まだ38歳だった。
 まだ若いのに、という言葉は故人を悼むには軽すぎる。結婚に適齢期という言葉があるが、死に至ってはその言葉はあてはまらない。どれだけ長生きしようが、まだ若いという言葉はつきまとう。単に年齢的なものを指して言う言葉ではないと思っている。無念は隠しきれないが、途絶えてしまった彼の未来を恨めしく思うよりは、彼が生きた軌跡をもういちど確認すべきだと思っている。
 彼にとって死とはどのようなものだったのだろう。生前、彼は自分の人生に対して何を思い、何を悔やみ、なにを嬉しく感じたのだろう。彼は今までどう生きてきて、死を意識してからはどう生きたのだろうか。
 この世に生を受けて生きていくには、いろんな人たちと関わることになる。知らぬ間に友人や知人は増え、影響を与えられる人も数多となる。さまざまな人との交流の中で、死とは、誰かより早いか遅いか、でもある。その誰かが自分より早ければ故人を悼み、遅ければ悼まれる。人の最期とはそういうものだ。

 かつてユーミンに若くして死んだ僕の親友の話をしたことがある。その時に彼女が言ってくれた言葉がある。
「亡くなった友だちのことはちゃんと思いだしてあげる。思いだしたら思ってあげる。日々の中で思い続けることは大変だろうけど、友情ってそういうものだから」
 僕は親友の法要で彼女の言葉を友人たちに伝えた。それから、それまでしばらく会っていなかった友人たちが、それぞれに会うようになった。皆、亡くなった親友がそうさせてくれたと言っている。
 僕もそっと彼のことを思い続けようと思う。あと20年もして僕の顔が今からでは想像のつかないようなものになったとき、脳裏に映る若い彼に僕は何を思うのだろう。

 さすがに溜め息が出る。やっぱり悔しさは隠しきれない。腹が立つ。彼のはにかんだクールな笑顔が見える。何か裏側でシブいことを考えてるんだろう。そういうナナメのポジションをとりながら、自分を真ん中に持って行こうとするなかなかの奴だった。
 まずは天国へ行ってくれ。ありがとう、宮沢。




2009/09/16

『深夜のターンテーブル』

2009/09/15

『俺の252』

2009/09/14

『EXILE 新メンバー』

2009/09/09

『秋の日、北陸へ』

2009/09/08

『友人の死』
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