『週末いろいろ』

 週末は30年以上も会っていなかった地元の後輩と飲み、日曜は名古屋でユーミンのライヴを観てから女王と少しだけお会いし、その後悩める43歳と飲み、月曜は午前中に高校時代の同級生の女子4人とケーキセットなんていうものを照れながら食い、それから郡上八幡に行って「川の仕事」をした後、飛騨牛の店で肉をがっつき、その後はスナックをはしごして久しぶりにカラオケを唄ったあたりで記憶が遮断されて、それで岐阜羽島駅でシゲとホットドックを半分ずつ食って、新幹線の中で今回の旅で3度目の味噌かつ弁当を食って、東京に戻ってきたらクルマがヘソ曲げていたのでいつもの修理工場へ預けて代車に乗って中目に帰ってきた。
 それぞれの出来事を書くとかなり長編になってしまうので、そんな3日間でしたというところにとどめておくが、今回もかなりのドラマがあったので、ほんのさわりだけ。

 同級生の女子たちはそれぞれ立派なマザーになっていた。マーちゃんとはおそらく20年振りで、ミユキとは25年振りぐらいだろうか。Dちゃんは毎年ゆきみちゃんのスナックで会うけど、優子ママとは2年振りで、ゆきみちゃんは用事が出来たらしく会えなかった。
 なんで落ち着くんだ同級生!落ち着いてリラックスして調子に乗って余計に喋ってしまうぞ同級生!なんでいくつになっても校庭やグラウンドの匂いが蘇るんだ同級生!嬉しくてしかたないのにどうしてキュンとくるんだ同級生!47歳なのに目を閉じると制服を着ているように映るのはどうしてなんだ同級生!
 仕事で郡上八幡へ向う僕を残して、君たち4人はリッチなフランス料理店へと消えて行った。その後ろ姿に今までの苦労や子育てに費やした時間が浮かんでいて、それでも横一列に並んで向こうへ行く姿は、校舎の渡り廊下を歩いている姿とオーバーラップして…。
 そんな君たちの後ろ姿を見届けてから僕はひとつ大きめの溜め息をついてロビーのソファから腰を上げた。エレベーターに乗ろうとしたら君たちは思いっきり迷子になっていて、あっちキョロキョロこっちキョロキョロ。申し訳ないから見ないように柱の影に隠れようとしたら「クリヤマくんなにやっとるの?」。
 なにやっとるのは君たちに捧げたい言葉だ。せっかくオシャレしてマリオットに来たんだから場所ぐらいピシッと確認しておきなさい。
 そんなところも最高にシビれる同級生!特にマーちゃんが髪型を名古屋巻きにしてオルゴールの上で踊る人形みたいな格好をしていたのには感動した。オーストリッチのバーキンも素敵だったよ。
 またケーキセット食べようね。モーニングでもいいけど。




旅館のマイケル。




『静岡半日日記』

 昨日は急遽静岡へ。いろいろと大変だがなかなか楽しい日帰り旅行みたいなものである。
 突然アイスが食いたくなったので駅ビルを物色しているとサーティワンがあったので、思いきってダブルコーンを頼んだら、「今ならキャンペーン中でもうひとつおまけがつきます」とニキビ娘が言うので、ちょっと多いかなと思いつつも「チョコチップ」をリクエストした。僕のコーンには下からロッキーロード、ベリーベリーストロベリー、チョコチップの三重の塔がそびえた。
 さすがに萎えた。ダブルまでは食欲もあるがトリプルは見た目にもヘヴィーである。ただ元来貧乏性なので、「おまけ」と聞くとついついYESと言える日本人に。ちなみに僕はノベルティとかおまけとか、そのテの特典は必ず率先して頂き、それを、これ見よがしに誰かにあげる時がいちばん気持ちいい。したがってなんだかんだ何十年も貰い続けていながら手元にはほとんど何も残っていない。タダで仕入れてタダで提供するわけのわからない流通業者みたいである。
 一時、某有名女優のデビュー当時の水着のテレフォンカードをわんさかいただき、誰彼問わずバンバンあげたら、それがすごい急騰して相当な値がついて、もちろん僕の手元には一枚もなくなってチックショーと思ったことがあるが、たとえ何枚かキープしていたとしてもそれをさばくようなゲスな男ではない。だからみなさん、これからも安心してドバドバ下さい。

 話が反れた。それでアイスを頑張って食ったら、今度は現場で郷ひろみさんのマネージャーのシゲが「クリさん、最高のうな重をいただいたので、どうぞ!」とトロけるような声で言ったので、すかさずYES!
 ただ、アイス三重奏とうな重か、かなりキそうだなと思ったので、とりあえずライヴ終了後に食うことにした。ライヴは相変わらずの大フィーバーというか、回を重ねる毎にすんばらしいことになっている。さすがヒロミGO!である。
 そして俺のお腹も落ち着いたのでうな重をカモーンしたら、今度は食パンを一斤、それも通常パン屋さんで販売しているものの3倍の長さはあろうかというほどの大漁である。ありがたくいただいたところで、今度は地元のケータリング担当のご夫人から、「あら、釜揚げしらす、召し上がっていってくださいよ」と言われたので、重い腹に気合いを入れて軽めのしらすドンブリをパクリ。すると「里芋の煮っころがしもイケてますよ」と、とても「イケてる」なんて言葉を使いそうもない雰囲気だったものだから、その意外性につられて思わずパクリ。そしてバンドメンバーと新幹線で帰ろうとすると、バンドマネージャーが「お疲れさまです、はい、ビール、それとおつまみです。」
 なんだ今日は、なんでこんなに手厚くもてなされるのだ?もうすぐ死ぬのか?などと微塵も思うことなく、僕の楽しい半日旅行(ほんとは仕事ね)は幕を閉じました。

 追伸:夜中にトイレでヒロミゴーに負けないぐらいのライヴが行われたことを記しておきます。




静岡駅ホームにて。バンドのみなさんと。




『40男の決断』

 週末は名古屋~郡上八幡に行く。名古屋では久しぶりに親友と待ち合わせをした。なにやら40を過ぎて初めて大きな決断をしたと言うから、それじゃぁ酒でも飲みながらということになった。酸いも甘いも知った大の大人が鼻息を荒げて「決断」などと言うのだからよほど何かがあるのだろう。
 誰もが当たり前だとか仕方ないとか言いながら毎日に流されている。当たり前でも仕方なくもない毎日なのに、結局その方が都合がよくていいように流されている。
 流れることは悪いことじゃない。流れているのか流されているかの違いだ。流れに逆らうこととは意味が違う。そこに納得があるか、自分を解放できているか、視界に飛び込む景色の中で自分の居場所と向かう先を確認できているか、そこに矛盾はないか、誤摩化してないか、そして流されていないか。
 流されるのがいやでこの世界に飛び込んで20年。自分の周りはいつだって急流だ。激流だって数多ある。流れに上手く乗れないことは何度もあったが、流されながらでもどこに向かうのかを冷静に見ていたつもりだ。ここから先は違うと思ったら腕を漕いで流れから抜けた。上手い話を持ちかけられてもとんでもない方向へ流されそうになったらオールを斬って流れを断った。
 親友は自分で水を漕いでなにかの流れに乗るのだろうか。それともぷかぷかと居心地の良い場所で浮かんでいるのだろうか。はたまた流れにケンカを売るのだろうか。いずれにしても水場に立ったことは事実である。
 伝説の応援団長が自分自身に送るエールは、何よりも素晴らしいものであってほしい。



『眼帯の一日』

 昨日のオペでたった一日だけ独眼竜になったのだが、それでもいろんなことに不自由して大変だった。両目が視えるということが当たり前の僕にとっては、右目を眼帯でふさがれただけでなにもかもがバランスを崩し、クルマの運転はもとよりパソコンさえも打てなくなってしまった。誰もがこういう時こそ健康のありがたみを知るのだろう。
 連日ワイドショーで20歳の盲目のピアニストが国際グランプリを受賞したことが報道されているが、彼らの苦悩はどれほどのものなのだろうと眼帯に手を当てながら考えてみた。
 手を添える鍵盤は視覚で捉えるのではなく、手触りで鍵盤の感触を確かめ、視たこともないピアノを想像の中で脳に映しだすのだろう。光のない世界に想像力だけで創り出した映像に指を添え、ドレミファソラシドを組み合わせて奏でをつくる。脳が視覚に確認をとり、鍵盤のここを叩きなさいと指令を発するのではなく、脳と指先が一体となって音を探すダイレクトな回線が、聴衆の心を動かしたのだろう。同情ではなく実力。視覚を超越した音探しの結晶が今回の快挙をもたらしたのではないだろうか。彼の偉業に心からの敬意を表したい。
 世の中には彼のような身体の不自由を強いられる人がたくさんいる。きっと誰もが必死でハンデを克服しようと頑張っているはずだ。
 健康体で生まれ、この年まで不自由なく生きてきた自分はといえば、たった一日右目を眼帯に覆われただけでピーピー泣いている。
 ひとつひとつ、少しずついろんなことを考えてみる。思ってみる。
 社会問題やエコなんかも、長期的理想論よりも、そういうことから始めないといけないような気がした。



『ものもらいをオペする』

 3月半ばにできたものもらいが右まぶたの裏側に張り付いてコリコリして気持ち悪くて、ビジュアル的にもイケてなくて、早く治らないかなーと眼科でもらったクスリをつけても治らず、そして今朝、ついに切開に踏み切った。
 ビビった。麻酔が激的に痛かった。看護婦さん3人はちょっと談笑してたりして楽しそうにしていたので文句言おうと思ったけど、復讐されるといやなので余裕なかったけど笑いに混じった。俺がナイスなキャラだと知るとやたら話しかけ、メスをブスッとやってるときにも話しかけられたのでムッときた。メスをブスッ。ブスなメス。なるほど、合点がいく。ただし先生は美人で頼もしかった。
 目の前に鋭利な金属が迫るだけでチビりそうになったというかちょっと出た。本当の恐怖というのは視覚的なものと想像の中のものでしかないということが判った。
 以前兄貴が網膜剥離の手術をする時に「死ぬかと思ったというより、死ぬと思った」と感想を語っていたので、そんなに痛かったのかと聞いたら「痛さじゃなく怖さで」と言っていた意味がようやく分かった。そんな兄貴は死ぬどころか50になって以前よりもビンビンなのでもちろん説得力はない。しかも兄貴の口癖は40年以上前から「死んでまう!」である。一瞬、東京にいた時は「死んじゃう!」に変わったが、やはり気分が盛り上がらなかったのだろう、日常会話は標準語にセットしたがそこだけは「死んでまう!」に戻していた。
 何しろ蚊に刺されただけでも、新聞を踏んづけて軽く滑っただけでも、お風呂がほんのちょびっとだけ熱くてもヌルくても、5分遅刻しただけでも、お腹いっぱいになっても、アイドルを本気で可愛いと思っても「死んでまう!」を叫ぶ人である。
 そんな兄貴がこの日記を読んだら確実に電話がかかってくるに違いない。
「死んでまうとおもったやろ?」。そう言われる前に書いておく。

 先生が「一週間はお酒をやめてください」と言ったので、迷わず「ムリです」と答えた。「腫れても仕方ないですよ」と言われたので、「本当はいいんでしょ?」と猫なで声で言ったら、「そ、それは…」と口ごもったので、「ほら、いいんだ」と追い込んだら、「もう、知りません。自己責任ですよ(ぷんぷん)」と言われたので少しゾクッときた。
 恐怖を感じながらもぜったい日記に書こうと思ったオペだった。




おわりました。





2009/06/16

『週末いろいろ』

2009/06/12

『静岡半日日記』

2009/06/11

『40男の決断』

2009/06/10

『眼帯の一日』

2009/06/09

『ものもらいをオペする』
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