『朝電車の悲劇』

 昨日の続編ではないが、今朝も電車で奥田英朗に耽っていたら下手クソな運転士が急ブレーキをかけたので僕はバランスを崩し、それでもなんとか自慢の脚力で持ちこたえようとしたものの、歌舞伎役者が見栄をきるときのように片足だけを持ち上げた格好になり、おっとっと。
 おっとっとの、ふたつめの「と」で左斜め後ろの女性のつま先に着地してしまった。その途端、甲高い声で「痛っ」と叫ばれた。周囲は俄然彼女を注視し、その視線は彼女の鋭い眼差しの先にある僕に急カーブを描いた。瞬間、ひとりで北朝鮮に乗り込むような超アウェーな気分になった。
 「ごめんなさい」と謝った。「すみません」という使い勝手のいい言葉ではなく、「ごめんなんさい」と言えたのは、人を褒めることよりも謝ることの方が大切と五月蝿いほどに教えられたお袋のおかげだろう。そんなセルフな余韻に浸る余裕などなく、彼女は今度は超低い声で「ったくぅーっっっっ」と溜め息混じりの悲壮な声をしぼり出した。周囲の目線が、またまた痛い。それに耐えられずにぺこりとする俺。
 さらに追い打ちは続き「あーあ、汚れちゃった」とまたまた周囲にアピるような困っちゃった声で彼女が呟く。俺はもうぺこぺこしまくりの水飲み鳥である。
 現場の駒沢大学前駅から乗り換えをする渋谷まで、わずか10分足らずの時間がどれだけ長かったことか。
 額から冷たいものがじわーっ、脇からもじわーっ、あと初体験というか初体感なんだけど、ああいうときって股間まわりもじわーってなるんだね。どこに汗腺があるんだろ?いやいや、そんな余裕はもちろんなく、ほんとにちょっとした犯罪者扱いに俺は軽く狼狽えた。
 朝から気分が良かったのでギャルソンのジャケットとお気にのケーブル編みのギャザーがついたシャツをインナーに、パンツはウールのクライミングパンツ、足下はワークブーツを選んだ。黒ブチのグラサンと夏用の中折れ帽にグレゴリーリュック。ちょっとしたオシャレをすると、こういうときに目立って逆効果となる。普通の紳士服のどこどこのスーツだったら犯罪者扱いする視線もやや薄めだろうし、そんな空気もあっという間に消え去るだろうに。
 渋谷に着いた。アウェーから解放される瞬間がやってきた。けれど焦らず、平静を装ってゆっくりと車両を離れた。通勤時間帯のひとつの車両に居合わせた数人だけのほんのちっぽけな朝ドラだった。
 主役/おれ。犯人/おれ。脚本/おれ。妄想/おれ。女優/足ふんづけた人。エキストラ/冷たい目で見たみなさん。演出/下手クソな運転士。ロケ地/東急・田園都市線。



『電車で読書』

 柄にもなく電車の中で単行本を読んでいる。読書嫌いな自分が左手をつり革に、右手に単行本を持って揺られていることに酔っている。何十年間も通勤時間にこうしているサラリーマンは、退職するまでいったいのどれぐらいの読書量になるのだろう。ケータイをイジるのもわかるが、電車は移動図書館としての機能もあるのだなとあらためて思うのである。
 友人から勧められた『ガール』という短編小説集。帯には、すべての女性に「これって、私のこと!」と言わしめた爽快ベストセラー、とある。そういう文言に俺は弱い。女じゃないが乙女心はそのへんの女子よりも確実に溢れている。だから俺が創るモノはどれもがチャーミングだ(当社比)。
 誰もが「ふむふむ。あるある。わかるわかる。そうなんだよね」と漏らさずにはいられない働く女性の日常描写。上がるときにも下がるときにもプライドが見え隠れし、そのプライドのせいでさらに感情が浮き沈む。
 仕事、恋、将来、友情、家族、想い出、そしてプライド…。働く女の感情24時をこんなにも客観的に読ませていただきながら、一緒になって「わかるよ」と思わせて頂いて大変嬉しく思っている。
 著者は奥田英朗さんというのか。ん、岐阜県出身とある。やっぱわかってらっしゃる。



『模様替え』

 事務所の模様替えをした。20坪と狭い事務所だがモノが溢れてさらに狭くなったので、空間を読めるシゲと怪力桑田に頼んでえっちらこっちらと巨大なデスクやらライティングテーブルやら本棚やらを動かしてもらったら、なんとも新鮮な空気が流れ採光も満点となった。
 それにしてもなんでヤツらは頭の中に空間イメージが浮かぶのだろう。脳みその中で配置やディスプレイが浮かぶんだろうな。俺はせいぜい平面から辿って、それを立体的に貼り付けるだけ。しかもかなりパッチワークだからイメージと現実の開きがいつもとんでもないことになってしまう。きっと彼らの頭の中はかなり立体構造なんだろう。感服である。
 シゲたちは俺を気遣ってか年寄り扱いしてかあまり重い物を持たせずにせっせと模様替えをすませてくれた。その配慮になんだか申し訳なくなってしまったので、血糖値が下がってきただろうからとサーティワンのアイスでもということになり、スタッフに買いに行ってもらうように頼んだ。
 しばらくしてサーティワンが戻ってきた。俺が頼んだロッキーロードもやってきてしばしのおやつタイムは和気あいあいとなった。
 ところが…なんとサーティワンもシゲが自腹で払ってくれたというではないか。あいつらしい、コソっと目立たないところで勘定をすませるスマートモテリーマンのようなダンディズム。
 ということは、俺は事務所の模様替えから物の移動から何から何まで任せっきりで、サーティワンまでゴチになってしまったということか。しかもリクエストのロッキーロードをダブルで…。これじゃわがままこの上ないバカ殿ではないか。
 でも助かった。途中、しっちゃかめっちゃかの状態でどうなることかと思ったが、たった2時間ですらららとやってしまう彼らの腕にあらためて敬服した。
 さすがは丸の内でユーミンや松田優作や天使と悪魔を一夜でやっつけてしまう男。いや、男たち。
 人からは益々モーホーに思われるかも知れないが、感謝の気持ちを精一杯の抱擁で伝えたい。
 それっ、レッツ、サンフランシスコっ!



『ぶうめらん』

 田舎の後輩からの依頼で地元のフリーマガジンにコラムを書いている。『ぶうめらん』というタイトルのもので、もう3回目かな。
 2万部ぐらい発行されていて媒体的にはそこそこである。中味は僕が言うのもなんだが、かなり頑張っている。プロの編集者というよりは、本気で学級新聞を創ってるという気合いがみなぎっていてなかなかエモーショナルなのである。ほとんどがモノクロページというのも台所事情が伝わって好ましい。
 さて、その『ぶうめらん』を見ていろんな人がいろんな場所からアクセスしてくるのである。ついこの前も東京でアーティストをやっている青年が、母親から「関の出身で東京でこんなことやっとんさる人がおるよ」と教えられて連絡をくれたり、また別のアーティストは「野球バットにペイントを施したアート展をやるので渋谷に来てください」とか、中には「あんたそんなことやっとったんかー!」と30年以上振りに直デンかけてきた2コ上の元ヤンの女先輩がいたり、ついさっきもヒビキメロウというユニット名で活躍してるミュージシャンのツチマツユウシという青年から「6月6日にO-EASTでゲスト出演するので見に来て下さい」という電話があったばかりで、地元民からのアクセスが多くてちょっと嬉しいのである。
 中には先日日記にも書いたように「芸能人になりたい相談」という拒否反応全開の問い合わせもあるけど、やっぱり地元の人間と繋がれるのは嬉しいものだ。
 全国誌で連載してるときよりも、地元ピンポイントの連載の方が直接的なリアクションがあって嬉しいね。まぁ内容が方言べたべたの想い出紀行的なもんだから親しみ易いのだろうが、やっぱ故郷は遠きにありて思うもの。誰がどこで暮らしていようが、故郷の力は偉大だということなんだね。
 それプラス、昔、柳ケ瀬という岐阜県一の繁華街の雑居ビルにあるスナックによく行ってて、そこに看板娘のカワイ子ちゃんがいたんだけど、その子からメールが来たときにはさすがにビックリした。もう22、3年振りになると思うけど、パソコンってほんとに凄い。ポンとクリックすれば、ぽろぽろと想い出に辿り着く。
 その子っていうのも変だな。あれから20年以上経ってるんだもんな、すっかりレディだね。
 みんな頑張ってるみたいで何よりだ。よしよし。



『血液型だぁ?』

 久しぶりに大阪で飲んだ。連れてってくれた仕事仲間というか友人というか、そいつの学生時代からの行きつけのリーマン居酒屋。東京で言えば二丁目みたいなディープな街の路地にある泣ける佇まい。ここに友人の旧知の仲という女性がやってきた。悩み相談的な感じだったが、暗さとかは全然なく、明らかに将来的にはハイヒールモモコっぽくなる素質に満ちた明るい女である。
 なぜか彼女が透けて視えた。いわゆる透視みたいなもんである。彼女のいろんな過去や人間関係がチラチラと脳に投影されたので、感じたままを言うと「なんでわかるの?」を連発された。正解率が9割を超え、俺はたちまち超能力者扱いされた。
 この先どうすれば良いか的なことを求められたが、透視能力はあっても予言力はないので当たり障りのない解答に留めた。世の中、占いだとか予言だとかいうのはほとんどが統計に基づいたもので、それをいいように利用して商売しているだけだと思ってる。へんてこな宗教にかぶれたり、何十万もするような壷を買わされたり、そこまでいかなくても、なんとかの母みたいなのに1万円払って喜んでいる人がいることが不思議でならない。もっとカジュアルなとこでいうなら、血液型云々で人の性格をしたり顔で言い当てたような人を見ると思わず失笑してしまう。ただそういうことが世間の人には楽しくて仕方ないらしい。
 本当に血液型に人の性格が反映されるとしたら、採用試験とか人事とか捜査とかに活かせば良い。国会議員には何型が向いているとか医者には、教師にはと、おもしろ半分ではなく、膨大なデータをとり緻密な分析に基づいて適材適所をナビすればいいのだ。
 とにかく血液型の話は苦手だ。男が本気でABOABなんてほざいてると、お前には絶対輸血しねーぞと思ってしまう。
 とはいえ血液型選手権はちょっとだけ気になる。これってどういうことだ?気になるのは内容じゃなくて順位だから別にいいのか。ま、「マンゴージュースを飲むと運気が上昇します」とかテキトーなこと言ってるからお気楽でいいけどね。
 そして大阪の夜は酔いつぶれ、冴えに冴えた透視のことなどさっぱり記憶にない。




2009/05/22

『朝電車の悲劇』

2009/05/21

『電車で読書』

2009/05/20

『模様替え』

2009/05/19

『ぶうめらん』

2009/05/18

『血液型だぁ?』
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