『相談ごとで困ってる話』

 ご無沙汰です。GWが明けたのでまたパチパチ書きます。GWとはいえ、ずっと仕事をしてて、今朝方の6時半になんとか仕上がったわけです。
 この前ユーミンをやった新丸ビルの7F丸の内ハウスで、今回は『天使と悪魔』。いわゆるダ・ヴィンチコードの続編のトム・ハンクスのCF流しまくってるやつの空間演出です。なぜ朝までやったかというと、トム・ハンクス本人が今日、丸の内にやってくるからです。えらいこっちゃなのです。ホンマもんのレッドカーペットでっせ。マロン、ハリウッドデビューか?うそうそ、ボチボチですわ。
 今回はエリアを絞り込んで「天使」と「悪魔」を表現しました。もちろんハウス内の8店鋪には前回同様「天使と悪魔」用のメニューを用意しました。
 こんなことは「TOPICS」に書けばいいのでこの辺で話題を変えよう。

 最近、田舎の同級生や先輩から相談されることが多い。そのほとんどが芸能関係のことで、息子が…娘が…知人の子供がと、なにかとそのテのことで相談されるけど、実のところ僕は芸能関係の人間ではなくて、もちろん芸能人との仕事やプロダクションとの繋がりはあるけど、その仕組みや絡みあれこれのことはさほど詳しくはないんです。僕がそういう人たちと接するのは、インタビュアーか編集者かあるいはディレクターかプロデューサーかいずれかの立場で、芸能界を活かす仕事をしているに過ぎず、芸能界の人ではないんです。だから相談に対して無責任に解答することができずに困ってしまうことがある。
 とはいえ、田舎の人が芸能界のことを、どこか人さらい的な、なんか悪い人が糸を引いているような気がしてならないという気持ちもよくわかる。僕も怖いところだと思ってた。でもその場合の「怖い」というのはいわゆる「筋」の問題であることがわかった。筋の通らないことに関しては一般社会よりも厳しいだけなんだと思う。
 でなければ夢を抱いて上京した若者たちを育成したり守ったり出来ないから。上下関係が厳しいのもそんなところを重んじているからなんだと思う。
 もちろんヤバいところもある。これは事実。ゼニ儲けのことならどんな手口でも使う非道なプロダクションもあるが、いわゆる大手と呼ばれるところにまずそれはない。今では大手プロダクションがまず大卒しか採用しない(しかもかなり難関)というのも、信頼への証じゃないかと思う。
 まぁ、これだけ情報が発達した時代なので、まずは納得するまで情報を収集するのがいちばんだと思う。どんなことでも契約書を交わしたり金を入金するまでは不安だろうけど、その不安を払拭するためには自分が納得した情報を収集することがいちばん。誰かに聞く前にまずは調べる。その次にはもっと調べる。その次にはもっと調べて、そして相談。そのときには「これっだけ調べたんだけど…」ってなると、僕が知ってることよりも詳しい場合がある。
 どうかみなさん、ご理解を。間違ったアナウンスほど無責任なことはないので、僕も調べてみますが、大切なご子息や知人のことを思えばこそ、まずはご自分の中での納得を!



『平気か、平気じゃないか?』

 ということで5月です。もっとも気持ちいい季節です。そういえば最近あまり気持ちいいことしてないなぁ。○○○とかではなく、なんか気持ちいい瞬間を獲得すること。仕事は辛いことばっかだし、後ろ向きな事に全力投球しなければならないことも多く、なんでだよ?ってボヤキながら日々を過ごしているような気がする。酒は相変わらず旨いけど、気持ちいいという感覚とは少し違うし。
 人は自分と違うからもちろん価値観も生き方も違う。当然だ、でなきゃ関心も尊敬も恋も生まれない。ただ、いろんなことに平気な人が多過ぎる。要は、平気か平気じゃないかだ。
 殺人、窃盗、詐欺、強姦、裏切り、平気か、平気じゃないか?
 悪口、告げ口、言い訳、ウソ、平気か、平気じゃないか?
 無断欠勤、無断借用、言ったつもり、合意したつもり、平気か、平気じゃないか?
 ドタキャン、遅刻、平気か、平気じゃないか?

 平気な人がいればいるほど平気じゃなくなる人が増える。
 平気じゃないことを議論すれば、平気に戻れる。
 平気な日々がぜったい気もちいい。
 
 俺は平気じゃない。平気になったらいろんなことやめる。



『師よ』

 ウチサカさんという大先輩の編集者がいる。マガジンハウスの少年魂を築いてきたような人で、そろそろ還暦を迎えようかという年齢だが、年中短パンにパタゴニアとトレッキングシューズというイデタチで、各方面から『TARZAN』を絵に描いたような人と言われている。ご本人もTARZAN編集部に席があり、日々、ナイスな企画を打ち出しては撮影、取材、執筆、編集に奔走されている。
 ウチサカさんは情が深い。そんな素振りなど微塵も感じさせず、日々を淡々と過ごしているように見えるのだが、心に留めた人に対してはこっちがひっくり返ってしまうほど情け深い。

 昨年秋、お世話になった師が天に召されたことをウチサカさんは人づてに知らされ、お通夜にあたる「見おくりの会」のときに、ある人に抱きついてというかしがみついてというか羽交い締めにしてというか、とにかくそんな感じで「知らなかった、知らなかった」を連発して、その後には「なんで、なんで」を連発させながら、抱きついた方のスーツが涙でぐしゃぐしゃになるまで泣いていた。ウチサカさんと師は仲が良すぎるようには思えないが、それでも兄弟のような関係だった。信頼関係は友人という枠を越えていた。
 ウチサカさんのスーツ姿を見たのはその日が初めてだった。

 春になり、亡き師の本が出版された。『50歳からの男の嗜み。~趣味か教養か~』。
 それは師の生き方そのものでカッコつけまくっているのだが、そこに関わる人間模様、とりわけ友人たちとの何とも言えない価値ある時間が描かれていて、ちょっとだけいいなと思ってしまうのである。もっとも文章が抜群に上手いので、そう思わせるのは師の計算通りだったのだろうが。
 
 本の出版パーティは『偲ぶ会』と称して師のご家族と仲間を招き、麻布にあるイタリアンレストランで行われた。80年代活字文化をつくった著名な人々が顔を揃える、かなり派手でいやらしいメンツっぽかった(らしい)のだが、それも師のダンディズムを思えば当然のことだろう。
 となれば洒落者のおじさんたちのこと、フォーマルとはいかないまでもそこそこの見栄を張ってそれなりの格好でお出ましとなり、それぞれが「お、いいね、それ、どこのテーラー?」と、LEONなどまだ子供扱いとばかりに年期の入った牽制球が投げ合われるのである。
 そこへウチサカさん、やはり短パンだったらしい。単なるライフスタイルの延長ということではなく、事前に師の奥様に「最高の短パンを穿いて伺います」とお伝えしていたのだ。
 素晴らしい。自分の生き方を一貫するウチサカさんならではの最高の洒落である。さすがに葬儀では、ということもあったのだろうが、こうした仲間内の会ではウチサカさんにとっては短パンがいちばん粋なのだ。

 そんな話を、ウチサカさんに抱きつかれてスーツをぐしゃぐしゃにされた先輩から飲みながら聞いた。
 その3日後、ひょんなことから師の遺作を担当した編集者から連絡があり、聞いた事がある名前だなと思って、「ひょっとして、師の本の○○さんですか?」と尋ねたところ、「運命的すぎて背中がゾクッとしました」と仰った。

 師よ、あなたの悪戯はまだまだおさまっていないのですね。
 あいかわらずかっこいいですね、あっちにいっても。
 それとウチサカさん、やっぱかなわないです。
 師とともに、尊敬しています。




「50歳からの男の嗜み~趣味か教養か~」(講談) 著者 生和寛




『丸の内ハウス2周年パーティ』

 丸の内という場所には生涯縁がないと思っていたが、2年前の松田優作と今回のユーミンとふたつのイベントをやったことで、俺の中でこういう場所もアリなんだと思った。エリートたちの社交場なのでどうしても苦手というか毛色が違いすぎるというか、コンプレックスではないけど、正直ちょっと腰が引けているところがあった。
 昨日は新丸ビルの丸の内ハウスのオープン2周年記念パーティに顔を出した。2000円ぽっきりで3ドリンク、あとは8つの店鋪で食い放題である。これなら中目的であり田舎の縁日と何も変わらない。エリートを絵に描いたような紳士淑女が社交しているが払った金は俺と同じである。彼らは襟裳から足下までビシッと決めていて俺は13年ぐらい着ているセントジェームスとカーペインターパンツという違いはあるが、それはキャラクターと仕事柄の問題で、それでも払った金は同じである。それどころか彼らの方がガッツいてるではないか。手慣れた手つきで両手に山盛りの大皿を3枚、手下のふたりもそれぞれ3枚ずつで計9皿。これをいかにも丸の内的なレディにサーブしているではないか。男女3:3で計6枚。しかも山盛り。さらに料理が出るたびに皿の枚数は加算されて行く。なんという完璧な割り勘勝ち。これもエリートの社交術の鉄則か。
 そして12時近くになると終電に駆け込むためにスーッと人が消えて行く丸の内という銀河。吐くまで飲むか記憶をなくすかみたいに学生の延長線のような中目や恵比寿あたりのリーマンと違い、いくら騒いでも明日のための準備は怠らないのが日本経済の中枢を担う丸の内戦士なのだとあらためて感心した。
 俺も終電で帰宅したが、それにしてもあの時間帯のおっさんたちの匂いはかなわんな。加齢臭と汗とリキッドを煮詰めたような抜群にイケてない匂い。これは迷惑を越えて公害だ。
 年齢的には俺もジャスト、気をつけねば。




夏が近いので坊主頭にしました。




『剛くんの沈黙』

 剛君の話題には触れまいと思っていたが、繰り返し報道される謝罪会見を見るたびに、なにか清々しい感動を覚えてならないので、ちょっとだけ。
 それが罪なのだからやっぱり悪いが、速やかな謝罪会見は立派だし、言わされている感じがしなかったことに誠意を感じた。一般人だったらどうってことないことが、SMAPのメンバーだからあんなんなっちゃって不幸への道を転がるかもと不安に思っていたが、会見一発、剛君に追い風が吹いた気がしてならないのは僕だけか?きっとそれがSMAP力なんだろう。単にピンチから脱出するだけではなく、プラスαをおまけにつけてしまう運と才能。そこに計算があろうとなかろうと、会見をしたことで剛君は確実に救われた。
 ジャニーさんのお叱りがどのようなカタチになるかは見守るとして、とにかく剛君は出来る限りのことをした。それに反論したい人はゴマンといるだろうが、「ふむふむ、好印象」と新緑の匂いのような気持ち良さを感じた人はきっとそれを上回るに違いない。
 一度だけインタビューしたことがあるが、そのときも会見のような立派な対応だった。セリフを言ったら彼の負け。沈黙は適切な思いを言葉にするための作業の証。いくつもの沈黙が言葉よりも深く感じた。
 少し休んで、早く戻って来てほしい。




2009/05/07

『相談ごとで困ってる話』

2009/05/01

『平気か、平気じゃないか?』

2009/04/30

『師よ』

2009/04/28

『丸の内ハウス2周年パーティ』

2009/04/27

『剛くんの沈黙』
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