『ものもらい』

 ユーミン合唱団とWBCの成功に安堵したのか、ものもらいがブワッと出た。右目にラージ左目にスモール、鼻の穴の中にもそれらしく小惑星が左右に1っこずつ。これがたまらなく痛い。
 直径1ミリにも満たないサイズでこれほどの痛みがあるのだからもし3センチぐらいに育ったら、それはそれはたまらない衝撃になるに違いない。想像しただけでおっそろしいわ。
 犬とか猫にもいわゆるニキビみたいなもんはできるんだろうか?彼らに思春期があるとは思えないが、サカリで腰フリたくなる時期はあるもんな。急激にホルモン分泌が盛んになって、ムッシュムラムラで、カラダの南半球は猛烈なスピードで仕事してるのに、何事もないような涼しい顔して。コウンしてるときも周りの人間たちと目を合わさないように、かつ大変申し訳なさそうに踏ん張ってるもんな。
 やっぱ犬でも本番中は恥ずかしいんだろうか。恥じらいがあるとすれば思春期もあるかも。だったら毎日丸裸でギョクぶら下げて、そのはずかしめに耐えられないだろうな。ましてコウンもハルンケアもライブだし。その点、猫はマナーができてる。トイレは一箇所と決めてるし。
 話がへんな方向にいってしまったな。いいか、WBC勝ったし。




ポストカードブックレット。丸の内でお持ち帰りください。




『WBC世界一』

 一瞬の深さと残酷さを象徴した映像だった。イチローがイチローである所以をいやがうえにも知らされた一瞬だった。なぜこの場面でイチローなのか、韓国ベンチはもとより世界中の野球人およびファンが思ったに違いない。紛れもなく彼が持つ天運であることに違いないが、しくじればイチロー神話は崩壊した。それほどまでにシビレる場面。まして世界一を決める一瞬、さらに相手は韓国である。
 集中力。バットが刀に視えたのは僕だけか。侍ジャパンか…この国のサムライたちは本当に素晴らしい。そして敵ながらアッパレ、韓国チームは尊敬に値する。このチームとやれたからこそ大きな価値を獲得したのである。
 ライバルという名の友情。ふたつのユニフォームに包まれた選手たちは輝いていた。肉体よりも、もっともっと奥深いところで戦っていたのかもしれない。まさに死闘だった。
 残酷なほどに美しいドラマ。筋書きのない恐怖。天国と地獄の戦いに人の心は揺れた。
 時代が辛くても涙は流れる。うれし涙とくやし涙、わずかだが烈しく違う種類の涙の中に向うべき明日が見える。
 夢は野球選手。誰もが思い描いた少年時代の夢は、おやじになっても変わらない。




咲いたよ。





『ユーミン、はじまる』

 深夜の建て込みが終わりついにユーミンウィークの幕開け。先日、丸の内合唱団とユーミンとのリハーサルを見てすでにひと泣きした。予定時間よりやや押してユーミンが登場する。大歓声で合唱団が迎える。その輪の中に飛び込んでハイタッチをするユーミン。涙腺はすでにこの時点で切れた。
 今日行われることは誰かが書いてくれるだろうし、その前にメディアがこぞって取り上げてくれるだろう。今夜の感慨はそっと胸の内にしまっておこう。
 名ばかりの連休が過ぎようやくベールを脱ぐイベント。この3日間を「ちっ、仕事だよ」となど露ほどにも思うことなく晴天の春の日を迎えられた。
 これから4月10日まで列島の隅々からじゃんじゃん丸の内に来ていただいて、思い思いにユーミンを楽しんでいただきければバンザイである。




嬉しいので春色のライダースをおろした。





『深夜、ひとり、ラジオ』

 深夜の事務所はとてつもなく静か。眼下の山手通りには昼から絶え間なく車が走り続けるが、その風を切る音とタイヤが路面を蹴る音が余計にさびしい。

 昔は深夜を待ちわびていた。ラジオの向こう側にある東京を感じるために息をひそめて聴き入っていた。
 ノイズに邪魔されないようにスピーカーに耳を近づけて、そうすることで東京がより近くになった。

 あの頃のパーソナリティの子供と同じかそれよりも年下の世代が、あの頃と同じ番組で喋っている。地方の中高生にとってパーソナリティは憧れの存在で世の中でいちばん相談できる人。顔も知らない誰かから送られてきた葉書の内容に、うんうんと頷き、我が事のように心にしまい込む。 
 時代が変わり葉書がメールにかわっても綴られる思いはかわらない。「恋」と「ともだち」と「夢」と「勉強」と「好き」と「嫌い」、ときどき「親」。青春の悩みはいつの時代もおんなじだ。

 リスナーよりちょっとだけ年上のパーソナリティが悩みを軽くしてあげるように精一杯背伸びをして喋っている。これも昔から変わらない。昔は頼もしかったパーソナリティの喋りが、自分が年をとったせいか、なんだか可愛く思えてしかたない。

 久しぶりに聴いたオールナイトニッポン。昔となんにも変わらないなと少しだけ嬉しい気持ちになりながら聴いた。どこかの中学生から届いたメールに書かれてある他愛もない恋愛相談になぜかドキドキした。気がつけば20歳ちかくも年下のパーソナリティのアドバイスを息を潜めながら聴いている俺。
 そういう悩みの結末はきっとこんなカンジ……と人生経験の引き出しを開けながら…でもパーソナリティがどんな言葉を添えるのかを期待する俺。

 いつしかクルマの音は心を穏やかにさせるメトロノームになっていた。
 青春かぁ。いーなー。葉書出そ。




CA4LA新作春の帽子




『少年マンガ50年』

 少年マガジンと少年サンデーの創刊50周年記念合同同窓会にお邪魔した。それほど漫画好きでないけど友人の編集者からのお誘いで某芸能プロダクションの社長とちょっとだけ。
 歴代の漫画家さんと原作者さんが約200名。みなさんの作品を単行本化したコミックは累計数億部になるそうだ。とてつもない数字である。
 漫画編集者やファンからみれば大先生だが関心のない人から見ればただのおじさんの集団だ。地味な色のスーツと革靴を履いてビール片手に談笑する先生方の姿は、謝恩会の恩師のようにいたって穏やかで控えめなオーラに包まれていたが、この人たちがのべ数億人の少年たちに夢を与えたのかと思うと頭が下がった。
 人に夢を与えることはすごいことだ。筆ひとつで何十何百万人に夢を与える、なんて偉大なんだ。
 たったひとりの人に夢を与えたり幸せにすることも同様に偉大なことだ。しかしそれさえもできずに人は毎日をもがいている。
 ただそれは不幸ではない。不幸とはそんなに生易しいものではない。

 昨日の先生方は日々の苦労を思わせないような気持ちよい顔をされていた。若い作家さんたちもそれぞれに誇り高い顔をしていた。きっと世の少年たちに夢を与えたという自負がそうさせたのだろう。
 本当の幸せとは、誰かを幸せにするために努力することや、与えた幸せや夢を確認すること、そういうことなのかもしれない。その方がゴールがないから。頑張り続けられるから。頑張ることで自分を確認できるから。そして人の喜びを知ることができるから。
 少年マンガを支えた人たちを遠くから見て感じて、ちょっと羨ましいと思った。




デビルマンとメーテル。永井豪と松本零士。すげえ。





2009/03/25

『ものもらい』

2009/03/24

『WBC世界一』

2009/03/23

『ユーミン、はじまる』

2009/03/19

『深夜、ひとり、ラジオ』

2009/03/18

『少年マンガ50年』
このサイトに掲載のイラスト
写真・文章の無断転載を禁じます

Copyright © 2001-2010 MaroonBrand