『思い出の1月29日』

 1月29日という数字には確かな記憶がある。33年前に1っコ上の女の先輩に山にあるお寺の鐘突き堂に友人のノブと呼び出された日である。
 やがて町中をシメることになる女先輩ふたりは、俺たちを子供扱いしながらいろいろといじめた。そのいじめかたというのがロマンスに満ち溢れていて、13歳のいたいけな少年のコカンにびしびしとファンタジーが突き刺さったのである。
 詳細を書くのはかなり恥ずかしいので、なんとなく思春期の少年が思わず赤面してしまうことを想像していただければいい。
 山を下りた俺とノブは、『満月堂』というちゃらんぽらんな食堂に入って肉入り焼きソバと原爆アイス(カップから原爆雲のようにモコモコとアイスが溢れていることから命名/よく考えたら完全に放送禁止用語だ)を食べながら語り合った。
「なー、俺ら完全にナメられとるよなー。いくら中1でも学年ではかなりのもんやのにな」
「えーやんそんなのどーでも。女なんやし、それに学校シメる気もねーし、第一めんどくせーし」
 やがてノブは町中でも名の通った不良になるわけだが、ケンカを好むわけでもなし、人に迷惑かけるわけでもない、ただ好きなバイク乗ってクルマ無免で転がして煙草(時に○○ナー)吸っているだけ。そこに不良達がゾロゾロと群がるだけである。
 ノブの言葉でなんか肩の力が抜けた覚えがある。夏休み頃からちょっとイキがったろかと思って目つきもアホみたいになってたが、そんな俺に自分から「ワル」になろうとするのはヤボったいと思わせてくれたのだ。人から見た印象が「ワル」なだけで、自分から率先して「ワル」を演じるわけじゃない。
 ノブはそんな大人びたというか、ちょっとクールな男だった。
「そやな。別にイキがっても仕方ねーもんな。ぶっ太いズボンはいて髪の毛テカテカにしてちょっとだけ大人の飲み物とか飲んで、そういう奴らと一緒に楽しくやるだけなら誰にも迷惑かけんもんな」
「そうそう。ケンカなんて手が痛ぇーし、殴られたら顔もヒリヒリするし、えーこといっこもあらへん」
 その日をきっかけに、カッコはつけるが下らん不良なんかにはまったく魅力を感じなくなった。それが中1の1月29日の記憶。
 ちなみにその日は、黒色のスタジャンとモスグリーンのボブソンのスリムジーンズ、足下は兄貴から無許可で拝借したリーガルのデザートブーツだった。
 余談ではあるが(余談ばかりだけど)、兄貴の洋服を黙って着るとものすごい勢いで怒りまくり、俺にではなくお袋に当たりまくるのである。美容師のお袋はお客さんを待たせて、カットバサミを手にしたまま俺に文句を言いにくるのだ。
「あんた、なんでおにーちゃんのもん黙って着るんや。わたしがおにーちゃんに怒られるんやでね!」
「店で盗んでくるよりえーやろ!」
 言っていることめちゃめちゃである。
 お袋とのやりとりを聞きながら、兄貴は超激怒のまま階段をドカドカと音をたてて上がり、部屋のドアを思いっきりバタムっと閉める。おかげでドアノブは30年以上たった今でもお釈迦のままである。
 
 そんな思い出のひとコマでした。



『安定期』

 体重が65キロで安定している。酒をたらふく浴びれば当然+1.5kgはオーバーするが、それでも2日後には戻る。3日続けて爆飲すれば+2kgはいくが、それでも3日後には戻る。若いうちは飲んだ翌日に戻そうとしてストレスを溜めたが、いまでは「そのうち戻る」を信じて、2、3日穏やかに過ごしている。
 特別なことはしていない。ただ毎日、眠い目をこすって鼻から深く息を吸って鼻からゆっくり細く長く息を出しきる。これを10回繰り返し、次は同じことを繰り返しながら息を吐ききったところで腹を思い切り凹ませ、またゆっくり吸って、そして吐く。これを10回繰り返す。
 すると横隔膜(牛肉でいうところのハラミね)が拡張し、内蔵脂肪を劇的に燃焼するのだ。これにより脂肪燃焼効率は格段と向上し、続ければ続ける程に腰回りにクビレが刻まれる。
 内蔵脂肪と比例して皮下脂肪もボチボチと削減されていく。この「ボチボチ」が大切なわけで、毎日続けられるなんてことないことの繰り返しがやがて答えを引き出してくれるのだ。
 吸って吐いてを繰り返したら、真水を一杯グビッ。腹をこわさないように常温のものがベターだ。あとは2日に1回、バランスボールで腰を前後左右、ぐるりとまわして約7分。これだけ。汗も出ないし息も乱れない。
 ウエストは8センチ減った。脂肪の残骸は少々残るが逆にリアリティがあってそれもよし。おかげでクロゼットで出番を待っていたスーツやジャケットが大忙しとなった。首まわりも1センチ減りシャツも大忙しだ。腕時計もなんとなくゆるくなり、不思議なことに靴まで少し余裕がでた。
 -6.5kgの現実がこれほど神秘的な世界へと誘ってくれるとは正直驚いている。
 ちなみに炭水化物ダイエットはやめた。夜にもごはん、パスタ、麺類を摂るようになったのにカラダが上手くキープの仕方を記憶してくれている。
 サンクス・マイボディ! 天気が良いので軽く自画自賛してみた。



『朝青龍』

 朝青龍優勝したね。立派だったと思う。横審が口うるさく言うのもわかるし、世間が彼をヒール扱いしたい気持ちもわかるが、とにかく彼は今、一番強い相撲取りだし、気持ちの面でも一番強かったと思う。
 とかく世の中にはありがたくもない評論家が多すぎて、いかにもなことを言っては一方的に誰かをイジめる。いかにもなことに厚みを加えるために知識やロジックを足し、さらに言論や文章を巧みに使いながら攻撃しているけど、そんなもんはクソの足しにも足らない時があることを知るべきだ。
 文章や喋りのプロならもっと潔さを身につけるべきである。たとえば「今場所朝青龍が優勝したら、私は朝青龍に謝罪した上で横審をやめる」というような覚悟が誰にもないではないか。
 彼が受けたプレッシャーがどれほどのものかを本当に知っているのだろうか。それを跳ね返し、彼は初日では全国民が敵だったにも関わらず優勝決定戦では国民の大半を味方につけ、そして優勝した。これが命をかけた力士の姿であり、それに感動して国民は彼の背中を押したのだ。
 強ければなんでもいいと言っているのではない。ただ朝青龍が暴走するのは彼だけに問題があるわけではなく、師匠にも協会にも原因があり、協会に選ばれた横審みたいな外部団体にも監視能力、審議能力が欠落しているからだと思うのだ。

 しっかし相撲界で偉いとされる人たちって本当に視る目がないと思う。場所前の横綱総見で白鳳に6連敗した朝青龍を見て「本場所に出場しても無理だ」「横綱の威厳を保つためにも休場すべきだ」などとよく言えたものだ。しかも口を揃えたように誰もが好き放題に。
 結果、優勝した朝青龍に「立派だった」って、呆れるわ。
 
 朝青龍は大横綱だけど28歳の青年でもあることを忘れてはいけない。「横綱だから」「国技だから」、そんなことで彼を悪者扱いするのは簡単だが、現に相撲人気を復活させたのも朝青龍である。
 それをよーく考えて、偉い人たちにはもっともっと素晴らしい相撲界をつくっていってほしいものです。
 
 負けたけど白鳳も立派だった。本割りで勝ったのだからうつむくことなどないと思う。
 久々に見た美しく感動的な横綱決戦だった。



『パーティ嫌い返上』

 こうみえてもかなりのパーティ嫌いである。騒ぐのは好きだが盛り上げなければならないという勝手な使命感がいやなのだ。
 とはいえ、行けば行ったでどっかんどっかんやってくる。俺に引っ張られてグイグイ出てくる人たちを見るのは嫌じゃないが、その感触を知って、もうお役御免だなと息をついた瞬間にドッと疲れが出る。
 某出版社の某編集部の忘年会においては11年連続で司会をやり、大量の酒を浴びながら会場の隅々まで気を配り毎度ヘトヘトになった。
 トラウマではないが、行けばまた疲れるだろうなという気持ちがパーティから足を遠ざけさせ、しばらくはありとあらゆるパーティに顔を出すのを辞めていた。

 が、考えが変わった。出る!出て騒ぐというか、はしゃぐ!行けば懐かしい顔にも会えるし、思い出話にも未来の話にも花が咲く。いわゆるギョーカイものかファッション関係が多いが、こどもだった女の子が立派な女優になって一緒に酒を飲むとじーんとするし、自分の重ねてきた時間にも感慨深くもなれる。
 小僧時代を一緒に過ごしたクリエイターが立派になっている姿には刺激もうけるし、自分の誇りのような嬉しい気分にもなれる。
 なにより人に会うこと。人に会えることはいつになっても尊いことなのだと強く感じるようになった。
 昨日も新年会をはしごした。声をかけてもらえることはありがたいことだ。
 いくつまではしゃげるかというのも、自分のテーマのひとつかもしれんな。




中目黒のいい感じの一軒家。電線もデザインの一部。




『歴史的な一日』

 アメリカにとっては歴史的な一日だっただろう。
 250万人もの聴衆がひとりの演説を聴くために同じ場所に集まるなんて考えられない。ウッドストックの何倍もの人が、歌を唄うでもない人物の話をただ聴くためだけにそこに集まる。
 バラク・オバマの言葉は大袈裟ではなく、安易な希望を抱かせるものでもなかったが、今ある現状を確実に変えられると述べた。
 そこに集った人々はもっとイージーな言葉でまじないをかけてほしかったのかもしれないが、『責任』という言葉を用いたニューヒーローに、リアルで等身大の希望を感じただろう。
 新しい大統領が『無責任』な男かどうかを見定めるには時間がかかるが、ヒーロー好きのアメリカ人にとっては今までとは少々毛色の違うヒーローが誕生したことには違いない。
 こんな時代だ。若くてハンサムな大統領が単なるアイドルではなく、ボロボロのヒーローになってくれることを願うばかりである。
 
 そして俺も素晴らしい声に耳を傾けた。受話器の向こうから2歳になった姪が「ハッピバースデーキュージュー」と素晴らしい歌声を聴かせてくれたのだ。自分の誕生日に「トゥーユー」はないけれど、であれば「トゥーミー」がセオリーだろうが、そんなことを2歳児にとやかくいうものでもない。
 ただ姪の横には大好きなおばあちゃんがいたのである。「キュージュー」はきっと、おばあちゃんの長生きを願う天使の歌声だったに違いない。




ニッポン放送玄関にあったポスターより。
これと同じハガキが高1の時、送られて来た。
当時のオールナイトニッポンのパーソナリティの似顔絵が描かれてある。
今でも実家のタンスに貼ってある宝物。泣けるわ。





2009/01/29

『思い出の1月29日』

2009/01/27

『安定期』

2009/01/26

『朝青龍』

2009/01/22

『パーティ嫌い返上』

2009/01/21

『歴史的な一日』
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