『超長い正月休みをとる社員』

 わが事務所には「フグ」というニックネームの社員がいるが、こいつが実にのんびりとした正月休暇を過ごしている。なにやら年末からヨーロッパに出かけフランスとイタリアを巡っているらしいのだ。しかもリビアという今までに3回ぐらいしか聞いたことのない国で働く友人とパリで待ち合わせるという国際的なパフォーマンス付きで。
 最初は毎日日本時間を基準にバンバン電話を鳴らしてやろうと思ったが、思えば俺はそういう嫌がらせばかりをしながら46歳まできたので、もうそろそろ下らないことはやめることにした。
 年末にフグはボソッと言った。「あのう、夏休み休暇いただいてないので正月休みにくっつけていいですか?」
 とりあえず「いいですか?」という言葉を口にしたのだろうが、目は「文句ないですよね」だったので、その迫力に押されて「いいですハンソン」と低レベルのギャグで返した。
 それにしてもあいつはいつまで休んでいるんだ。仕事納めが12月26日で仕事始めが1月13日。実に17日も及ぶではないか。
 先日、宮古島沖合でイカ釣り漁船が転覆して海に投げ出された漁師が15時間立ち泳ぎをし続けて奇跡的に助かったが、数字的には「15」を凌ぐ「17」である。もう奇跡を越えてスペクタクルだ。
 彼はまだ気付いていない。このロンバケのせいで今年の夏休みがないことを…ふっふっふ。
 来週になったら時差ボケで死にそうなフグに、フランス語で無理難題をけしかけてやろうと思う。
 (ただし、お土産によって態度は変わる。 やっぱり嫌がらせグセ治ってないわ)




初詣帰りに寄った日本一の四川料理「文琳」(03-3780-6268)のキッチン。
奥は天才料理人のカワちゃん。




『手袋』

 頭のてっぺんからつま先まで。さらに帽子からメガネからカバンまでこの30数年間でありとあらゆる買い物をしてきた。物持ちの良い俺のクローゼットは悲鳴を上げて洋服がせんべいのようになっている。
 洋服をひとつひとつ手に取ってはいろんな思い出が蘇ってくる。不思議な事に俺は、「あの頃」を思い出すだけでその時のコーディネイトがはっきり思い出せる特技がある。
 甘く切ない恋の瞬間だけでなく、中学時代にお祭りでケンカしたときも、小学校のときに名古屋まで自転車で行ったときも、すべてどんな洋服を着ていたか明確に記憶している。
 アルバムをめくり自分の記憶を写真と照らし合わせながら「やっぱすげぇ、俺の記憶力」なんて小さくオレ自慢してみたりもする。
 さすがに中学高校時代の洋服は着れなくなって誰かにあげてしまったが、それでもしぶとく何十年も俺の傍を離れたがらないアイテムたちを眺めながら甦る記憶を楽しんでいたら、27年前に買ったピーターストーンのオイルドセーターの中からひょっこりと紺色の手袋が顔を出した。
 おぉ、中3の時に地元の『FIVE』で買った『VAN』の手袋! ここにいたのか…
 この手袋だけはどれだけメタボになろうがサイズ的には問題なく40を過ぎても俺のゴッドハンドを温めてくれた相棒である。ところが知らないうちに家出をして(って家の中にあったけど)捜索願を出すぐらいの勢いだった。よりによってもう20年以上も着ていないセーターの中から出てくるとは。しかも30年前の『BEAMS』の紙袋にキチンと入っていたからたまげた。きっと手袋も幼なじみの洋服と積もる話があったのだろう。
 考えてみれば手袋ってコレしか持っていない。30数年、ずっとコレ一個。よくがむばってくれた。ありがとう。そんなことを思っていた昨年の12月、ミトンタイプの千鳥格子のニット手袋を頂いた。
 32年選手から新人へ。箱根駅伝のごとくタスキは繋がれる。この手袋もさまざまなシーンを演出してくれるのだろう。

 そこで懐かしのおあそび。

 「手袋巡査」を反対から言ってみて!
 てぶくろじゅんさ…さんじゅうろくぶて…
 ポカポカポカっ。
 いててて…




上/新人手袋 下/32年の大ベテラン




『エリカ様の黒髪』

 エリカ様の黒髪が素敵だ。抜群に似合っている。神殿結婚式を挙げるために髪色を戻したのだろうが、神々しいほどに美しい。この黒髪をナデナデできる高城氏が羨ましい。
 なんだかんだ言っても、その人が持って生まれた髪色が一番美しいのだ。日本人の西洋人コンプレックスは未だやまず、髪を染めたりカラコンを使用したりして必死に脱・日本人を図っているが、それがどんだけ似合ってないかを知るべしである。
 かくいう俺も30代には金髪とか銀髪とかやりまくったが、反省しつつもうやめた。今では天然シルバーに近くなってしまったが、しぶとく生え続けてくれている髪に感謝と労りを込めてあるがままの髪の毛でいる。
 ただなんとなく、根拠などまったくないが、法律で髪の毛を染めることを禁止すれば、言葉とかマナーなんかもグッと日本人らしく戻るのではないか。「おはよう」とか「こんにちは」とか、「ありがとう」とか、簡単そうでできなかった挨拶なんかが、なんだかスラーっと出来てしまうような気がするのだ。
 「やっぱ黒髪っていいね」って誰もが思うだろうし、あらためて日本人にもいいところがいっぱいあるんだと誰もがちょっとだけ思えるような気がして、再発見ジャパニーズキャンペーンなんかしちゃったりするのである。
 単に俺が黒髪が好きだからなんだろうか? 
 「あんた、そんな法律できたらお客さん来てくれんがね」とボヤくパーマ屋のおふくろの声が聞こえてくるが、そんなことまで思わせてくれるエリカ様の黒髪だった。
 それにしても高城氏がやっぱり心から羨ましい。




明治神宮初詣。新人の萌ちゃんと。
もうすぐエリカ様も、ここで御成婚。




『兄貴たちの同窓会』

 起きがけに兄貴から電話が鳴り、寝ぼけまなこのまま受話器を耳に当てると、猛烈にテンションの高い方言が鼓膜を振動させた。
「3日にどーそー会やったんやけどなー、120人ぐれー来てなー、どえれーおもろかってなー、おまはん(訳:アナタ)誰やったぁ?ってゆーヤツンタ(訳:人たち)ばっかでなー、なんやしらんけど、でーれー楽しかったんやて」。「そうそう、言い忘れたけど、○○と○○は相変わらずターケ(訳:バカ)やったぞエカ(訳:念押しの意)」
 別に言い足さなくても良い話だが、とにかく兄貴のテンションは高く朝っぱらから酒を飲んでるみたいでご機嫌だった。
「マンダ(訳:もっと)話さなかんこといっぺーあるんやけど、おめーも仕事いかなかんやろーで、詳しくはホームページ見てくれ。ほんならエカ」
 50歳にして32年前の同窓生と再会か。会わない間の32年がスッと埋められてしまったんだろうな。
 アツ、タダシ、ホソノ、ヨコメ、テツ、ショーカ、サコー、キンちゃん…兄貴の口から出てくる登場人物たちはテッカテカのリーゼントで学ランを着て俺の頭の中に登場してきた。
 実力テストで早く家に帰ってきた兄貴と友だち数人が調子こいてタバコ吸ってたら、突然裏の庭から笑顔で帰ってきた親父の顔が固まった。
「ケースケ、俺、まー死にてーわ」
 おい、親父は死んだがあんたはまだピンピンしてるよ。
 素敵な同窓会で良かったね、おにーちゃん。




1964年。東京五輪の年。
兄貴の幼稚園の運動会にて。




『年賀状に学ぶ』

 じーんと来る年賀状が届いた。宛名は北海道の友人・近嵐(ちかあらし)である。新年の挨拶もほどほどに、『あと50回会おう!』と。
 年に1回会うとしても50回達成時には96歳である。それが実現可能かどうかはわからんが、いくら離ればなれになっても「それぐらい会おうぜ!」という力強い友情を感じた。
 彼は北海道で高校の体育教員をしている。近頃では愛のムチを振るうこともできす、思いを込めた拳もぐっと懐に収めるしかないのだとうなだれ、とはいえ時代がそれを許さなければ、「別の方法で気持ちを届けてやる」と強く優しく宣言していた奴のハートに学ぶことは多い。
 離れているから会えない。殴っちゃいけないから伝えられない。どちらも彼にとっては言い訳である。もちろん俺にとっても。言い訳なんて、所詮言い訳でしかないということだ。
 いい年賀状だった。拝んじまった。




今年もよろしくお願いします。





2009/01/09

『超長い正月休みをとる社員』

2009/01/08

『手袋』

2009/01/07

『エリカ様の黒髪』

2009/01/06

『兄貴たちの同窓会』

2009/01/05

『年賀状に学ぶ』
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