『謹賀新年&賀正&迎春』

新年あけましておめでとうございます。
 健康です健康。元気な毎日を過ごせるように頑張りましょう。元気になれない日はあるだろうけど、そんな日があると元気になった日にはその落差でもっと元気になれた気がするものです。
 2009年1月1日だけど、昨日の続きです。今まで生きてきた分をちゃんと大切にしながら、今日からはじまる新しい年を生きていきましょう。
 まずは酒ですね。かんぱーい!



『健康』

 来年の目標は?と良く聞かれるけど、そのテの質問にはもう10年以上前からこう答えることにしている。「健康第一」と。将来の夢は?の答えには「健康で長生き」。別にウケ狙いでも夢がないわけでもない。健康なカラダで毎日毎日を積み重ねていく中からしか目標や夢は生まれないと思うのだ。こんなことを言うとカラダが弱い人や病気を煩っている人に失礼だが、辛くとも日々を過ごせるのは丈夫なカラダがあってこそ。元気で丈夫でニコやかな毎日からはさまざまなものが溢れだす。そのなかに目標とか夢とか希望とかがあって、ひとつの目標に到達したら次を目指せるし、辿り着けなかったとしても何が足りなかったかを反省し、またそこを目指すことができる。気持ちを健やかに保つこととカラダを健康に保つことは強くつながっているのだ。
 こんなことを書けるのは胃の調子が戻ったから。バナナもやっぱり美味しいし、酒もやっぱり美味しい。美味しい物は「美味しい」と言えるところで止めておこう。もちろんそんな理想的なブレーキングシステムは搭載してないから時にはレッドゾーンのまま突っ走ってしまうのだが。
 それは感情的なことにも言えることで、腹が立ったときでも、言いくるめてコテンパンにやっつけてやろうという気持ちを少しだけ抑えたり、自分の言いたいことよりも人の言い分を余計に聞くとか、そんなことも大人になった自分には必要なんだろうなと思ってみた。血管ブチッなんてヤだしさ。
 なんか年寄り臭い話だな。でもこういう話、嫌じゃないな。年相応な話題になってきたってことか。
 それではみなさま、朝が来れば新年です。よいお年を!



『胃が痛かった話』

 案の定、胃をやられまして、弱気に胃薬なんぞを飲んで年の瀬を過ごしていました。人はどこかが弱るとめちゃめちゃ気弱になるもんだね。前日の深夜まで肉だの酒だのバカバカやってたのに、ちょっと胃がキヤッ(これ、方言ね)としたら、想像するだけで吐きたくなる。カラダが丈夫だといくらめげても”明日があるさ!”と意気込むことができるが、胃がキヤッだと明日なんて来なくていいと思ってしまう。これって、カラダの内側から、いい加減にしときんさいよと警笛をならしてくれているのだと思う。こうでもしなければ、俺は年末の31日の除夜の鐘が鳴るまで飲んでいて、除夜の鐘が100を数えたあたりから新年会のゴングと解釈して引き続き飲み続ける可能性があるわけです。
 それにしても胃痛、強敵である。どう頑張っても力が入らない。悪い魔法にかかったみたいだ。グーも握れないしパーも満足にできない。チョキに限っては考えるだけで落ち込む。手のひらだけでなく心もグニャグニャだ。胃の調子が治ったら今度はコウンの調子が狂ってタンクは満タンになったりあるいは蛇口ひねりっぱなしだったり、やっぱ胃腸は健康のバロメーターです。
 遅ればせながらここ一週間朝バナナやってます。ダイエットに効くという話もそこそこに、なんとなく俺の中で今、バナナブームが到来したのです。そして発見しました。バナナってこんなにも美味しかったんだ、と。そんなことに気付いてから、朝だけではとどまらず、一日4本ぐらいバナナ食いまくってます。そろそろバナナで胃腸壊す瞬間へのカウントダウンがはじまりました。と言ってまるで反省の色なく、また東急ストアで4本くっついたやつ買ってきちゃったわ。



『5163』

 ヒロミゴーさんのディナーショウも終わり、最終ステージの後、ヒロミさんの部屋での打ち上げに参加させていただいた。それにしても本当に気を遣われる人だ。俺たちは会場に来ていただくファンではないのだから、そんなに食べ物や飲み物をサーブしてくれなくてもいいのに、「いや、ほんとに、けっこうですから」と言っても、10秒後には誰かに「食べてる?」「飲んでる?」「これ、おいしいよ、○○のワインだから」と勧めてくれる。こういうことはきっと躾け(しつけ)の成せる業で、スタアだからでもなんでもない。全方位どこに誰がいるかを把握しながらバランスよく声を掛けられるヒロミさんのホスピタリティからはご両親の教育が垣間見られ感動すら憶える。
 考えてみた。ヒロミゴーと部屋飲みである。毎度のことながら「なんでここに居るんだろ」感満載の俺だが、そう自分を客観視しながらチビリと飲るのも格別なものである。
 この人、俺が小学校3年の頃から歌ってるんだよなー。37年間の間でちっとも会わなくなってしまった奴はいっぱいいるなーなんて考えながら、俺、その時テレビ観て嫉妬してた人とホテルで飲んでる。なんちゅうありがたいことだ。そして俺は実家のある方角に向って頭を垂れる。「クリさんなにやってるの?」「いや、故郷に感謝、ははは」…。これでいいのだ。すべては故郷を出たあの日から繋がっている。いや小学校3年生のあのテレビから、いやいや、もっともっと昔の…お袋の腹に入っている頃から繋がっている現実なのだ。息を吸って吐いてまた吸って、それを何十年も繰り返している毎日のなかに起こる感動の現実は、すべて両親と先祖と故郷のおかげである。だから西に向ってペコリ。
 郷ひろみさん、今年も一年ありがとうございました。いつも感謝しています。



『仕事納めに思う』

 今日で仕事納めの人も多いと思う。一年間お仕事おつかれさんでした。いろいろあるよね、それが仕事だ。「あー、今年もイマイチだったなー」という人は、決してボヤいているだけではないと思う。そういう人はきっといいこともいっぱいあったはずなのに、いくつかうまくいかなかったり失敗こいたりしたことの印象が強いだけだ。そして今年、失敗したりうまくいかなかったことを反省して、新年へ決意を込めている表れだと思う。本当に今年がズサンだった人は、そんな生易しい言葉で今年を振り返らない。「死にたい」とか「消えたい」とかいう凍りつくような言葉しかでてこないのである。
 今年はもうすぐ終わるけど、月と年が変わるだけで大して変わることなど何もないのだ。だから年内でケジメることと、今年からずっと続けていることを来年にリレーすることのふたつが大切だ。悪いことは今年で区切りをつけ、なんか期待の持てることはニンマリしながら新年に持ち越せばいいのである。
 思い返せば俺の人生に於いては一年毎の区切りなんてなにもない。どうしようもない日々を過ごしていた頃もあったけど、その頃に出会った人と今でも交流が続いている。いい人も、よくない人も、それなりに。会わなくなった人もいるけど、それは自然の流れだ。人に区切りをつけた覚えはない。バカな思い出しかない奴も裏切られた奴も酒を飲めばエピソードとして登場する。そんな奴らとバッタリ再会しても、「よぉ、バカヤロー、相変わらず元気で人騙してる?」と言える自分が好きだ。
 悪い奴とも良い奴とも出会うのは俺です、というか、会った人に良い悪いを決定するのは俺です。自分がちゃんとしてたらどんな人とどんな時間を過ごしてもブレることなんかないわけで。ま、気持ち的には…。
 きっと来年もまたまたびっくりするような人との出会いがあるだろうけど、俺は俺なので、流れに従いながら生きていこうと思う。人と会うことが俺の仕事のど真ん中のことだし。




2009/01/01

『謹賀新年&賀正&迎春』

2008/12/31

『健康』

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『5163』

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