『朝のテレビ』

 いつも決まった時間に見るテレビは、その習慣性からしてなかなか他の番組に換えることができないものだ。ところが最近、ちょっとしたギコチなさを感じつつも見慣れた番組以外を見るようになった。
 朝のワイドショー戦争と言われるチャンネル争奪戦で、俺は「とくダネ!」派だった。内容がどうのこうのではなく、ただぼんやりした朝にはちょうどいい軽さがあり清々しさもあったので、なんとなく「とくダネ!」なのだった。ところが最近の小倉さん、ちょっと目線が上から過ぎる気がして、俺のぼんやりタイムには重くなってきた。あくまでも軽くていいのに、持論感や哲学感なんかが垣間見えるような気がして、押しつけがましくなってきたから、テリーさんと加藤に換えた。 
 番組の流れ的にはまだ乗り切れていないが、軽さとテンポは俺の朝モードに逆らっていないし、ふたりがお笑いを熟知していることでヒット&ウェイが巧みにできていることが気分にマッチするのである。
 なによりテリーさんのスタイリングが素晴らしい。尊敬する大久保篤志師匠によるもので、朝からチェックonチェック、柄on柄、パイピングジャケットに帽子という一見しつこいワザだが、たまらなく気持ちよくさせてしまうのが大久保さんならではの腕だ。木梨のりさんのスタイリングを見ても同様の気分が得られるように、大久保さんのスタイリングはほんとうにチャーミングなのである。逆に小倉さんのスーツはいつも大きめでずん胴すぎて、袖がぶかぶかでしかも長い。いくら高級なものを仕込んでいても、その人にマッチしていないと演出効果は逆行してしまうし、色的にも曇り空っぽくてちょっとな。少なくともスタイリングに於いてはテリーさんの圧勝で、隣の加藤も冒険せずソツなくまとめているところがスッキリと言えよう。
 そのあとの「ラジかるッ」のヒデちゃんは地面に額がつくぐらいに素晴らしい配慮で番組を盛り上げてるし、ここんとこ朝は日テレだな。ただショーパン、気になるんだよな。あいつ、かなりいい。あと、加護ちゃん、やっぱきたね。なんか書いてること、完全におばさんだ。



『美人すぎる議員の話』

 八戸の市議会で『美人すぎる議員』が物議を醸しているが、そもそも美人「すぎる」から問題なわけで単なる「美人」なら何の問題もない。実際、どんな世界を見渡しても美人はゴマンといるが、それぞれの業界を盛り上げるために「美人」と謳われる女性は、さほど美人ではなく、ハッキリ言ってブスも多い。ゴルフ界、政界、卓球界、将棋の世界など各界で美人とされる女性を見渡してもわかるように、みなさん大して美しくもなく単なる話題作りの客寄せパンダに過ぎません。ただオグシオの特にシオの方はどっから見ても可愛い。コンビ解散会見の時なんか、ビシッとメイクなんか決めちゃってどうしようかと思ったほどだが、かといって美人すぎるわけではない。美人の定義とハードルは極めて高いのである。
 さて、美人すぎるということは、現代国語的に解釈すれば「本当の美人」ということで、誰が見ても溜め息がもれるほどに「顔がキレイな女性」ということになる。その美人すぎる議員がその美貌を使って市の観光プロモーションのためにDVDを発売して、水着になったとかならないとかで、しかもそのDVDが八戸で売れまくっているらしい。それを受けて彼女の後援会長が「後援会を解散する」と鼻息を荒げているらしいから可笑しいのだ。
 後援会長は一体何が気に入らないのだろう。美人すぎることを市の観光に利用して何がいけないのだろう。むしろ議員はカラダを張って市をアピールしているわけで、事実、観光客も増え続けているというのに、それを安易に「ハレンチだ!」と片付けてしまうのはいかがなものだろう。昔、イタリアにチッチョリーナというポルノ女優出身の議員がいたが、八戸の場合はちゃんと服も着てるし健全でヴァージニティも醸し出している。こんなドタバタを目の当たりにすると、本当の美人は人を狂わせてしまうのだなとあらためて思ってしまうのだ。
 ひょっとしたら後援会長は、その美しさを我が物としたかったのではないだろうか。彼女の「美人すぎる」ことが、一般に流通してしまったことに対して嫉妬したのではないだろうか。すべては推測であるが、やはり「美人すぎる」ことは問題なのだ。つまり「なんちゃって美人」はバラエティ感満点な共有物になるが「美人すぎる」ことは危険極まりない悪の元素になってしまうのだ。
 有史以来、美人は世の中を変え続けてきた。この星は美人なしでは何も変わらないと言っても過言ではない。バカな政治家が銀座や赤坂で国策を練るように、この星の主導権を握る男たちは女に踊らされながらその一生を遂げる。女の中でもっとも崇高な「美くしすぎる容姿を持つ女性」が世界を狂わせても少しもおかしくないのである。
 ひょっとしたら例の市議の出現で八戸は大ブレークするかもしれないのに…とにかく美人すぎる彼女の顔がストレスやいじめで崩れないことを祈る。
(って、それほど美人かなぁ?)



『おばあちゃんの日』

 12月7日。今年もおばあちゃんの命日がやってきた。38年前、明け方に当時6年生の兄貴が俺を起こすなり言った。「おばあちゃん死んだぞ」。それが初めて知った死の現実だった。昨日まで生きていたおばあちゃんが今はいない。動かないおばあちゃんを家族みんなで囲んで、ただ哀しみだけがこみ上げてきた。俺はこれからおばあちゃんとどうしたら話ができるんだろう、そればかりを考えた。
 我が家には朝晩に先祖を拝む習慣があり、ひと月に一度、先祖の命日に和尚さんがお経を唱えに来てくださる。実家では和尚さんを「おっ様」という。小学校の頃からたまたま月命日(お経の日)に家にいると仏壇の前で正座して数珠を持ってお経を聞いた(聞かされた)。約20分のお経で足はビリビリにシビれる。背後で足を交互にズラす俺に、「楽にしていいよ。正座することより拝むことが大切なんだから」とおっ様は言ってくれた。以来、俺と兄貴は、客人が来ても、シビれたらあぐらをかいて先祖を拝んだ。
 26年前からお経はおばあちゃんの月命日からおやじの月命日にかわり、おっ様も先代から息子さんになった。今では帰省するときにしか仏壇は拝めないが、毎日毎晩、酔っぱらいながらその日の報告だけはおばあちゃんにしている。報告内容はいつだってダメダメなことばかり。ちょっと助けてとか、応援して欲しいとか、ムシの良いことばかりをフラフラになりながら報告している。報告するのが親父ではなくおばあちゃんなのは、俺の大好きな人の中で初めて天国に逝った人だったからなんじゃないかと思っている。
 8歳だった俺が46歳になった姿を見て、その情けない報告を聞いておばあちゃんはなんて思っているのだろう。いつしかおばあちゃんとの年の差は30を切ってしまった。ただおばあちゃんの年齢を越えても毎晩の報告は変わらないだろう。勝手ながら、一方的にでもおばあちゃんと話しているという気持ちがあり続けるから、いつまで経っても変わりっこないのだ。




ちょっと前に買った通称『ロレックス・ミッキー』けっこうすきです。




『大っ嫌い』

 スポーツクラブのサウナで友人関係にあるふたりが汗ビッチョリかきながら並んで話していた。
 「とにかく大っ嫌いなんだよ!」
 「なんでそう思うんだ」
 「いや、ほんとに大っ嫌いなんだよ」
 よくある話だが、このクソ暑い中でそんなに嫌いな奴の話なんてしなくてもいいのにと思いながらも聞き耳をたてていると意外な展開が待っていた。
 「っとに大っ嫌いなんだってば」
 「で、どうすんだよ?」
 「もう一回だけ言おうと思って」
 「なんて言うんだよ」
 「俺は大好きだからって」

 なに? 嫌いって、あなた「が」じゃなくて、あなた「を」だったの?

 うーん、ヒアリングは難しい、しかも暑い。
 ただやっぱりサウナにはいろんなドラマがあるな。いいわ、サウナ。やめられん。



『本当の話』

 友人から電話があった。興奮しているやら呆れているやらで複雑な心境みたいだった。
 内容を聞いてなるほど、俺も呆れた。話の中味はこうだ。
 友人のアシスタントのカミさんがノイローゼになりどうにも手がつけられなくなったので離婚を決意して、離婚届を持って友人のもとに相談に来たのだと。友人は「そうかそうか、人生いろいろあるからな」と、アシスタントの将来を見据えて彼の意見に賛成した。アシスタントはよほどの思いで決意したのだろう、友人の前で堂々と離婚届に判を押した。友人は「またこれで新しい人生が始まるな、頑張れよ」と肩をポンと叩いたそうだ。アシスタントは緊張の糸が切れ、むせび泣いた。しばらくの間、何とも言えない沈黙が続き、泣き止んだアシスタントが帰ろうとしたとき、友人が言った。「ところでお前いつ入籍したんだっけ?」。アシスタントは答えた。「そういえばまだです」。
 ウソみたいな本当の話を聞いて、もうこの世は終わりだと思った。




パチパチ、今日もせっせと日記...





2008/12/10

『朝のテレビ』

2008/12/09

『美人すぎる議員の話』

2008/12/08

『おばあちゃんの日』

2008/12/05

『大っ嫌い』

2008/12/04

『本当の話』
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