『ヤナギヤ』

 大好きだった洋食屋さんが暖簾を下ろす。実に43年の歴史を誇る名店である。
 お店の名前は『ヤナギヤ』、武蔵小山ではちょっと知れた店で、雑誌やテレビにも取り上げられるほどの美味しさで遠方から通うファンも多かった。
 俺はこの店の雰囲気が大好きだった。ホールを仕切るチエちゃんとは休日にメシを食いに行くこともある仲である。ちなみにチエちゃんの娘さんは俺と同い年で、娘さんの子供すなわちチエちゃんのお孫さんは三つ子の中学2年生である。
 厨房には3人のおじさんというかおじいちゃんが入り、それぞれが70歳を超えている。揃ってコック服とコック帽をかぶって横並びで厨房に立っている姿がとても可愛いのだ。
 ヤナギヤの洋食は僕が知っている限りでは日本一の美味しさだ。それゆえにいろんな人を紹介して、一緒に食事をした。近所に写真家の野村浩司さんの「太陽スタジオ」があるので、そこで撮影した時には必ず俳優さんや野村さんを誘って食事をしたものだ。
 どんな料理がどんな味だったかは書かない。書くと食いたくなるからだ。もう食えないから書かない。でもそんなに美味くて凄くて、だけどちっちゃい店があったということだけはどうしても書いておきたかった。

 10月31日。今日がヤナギヤの卒業式だ。
 昨日、事務所のみんなでランチを食いに行ったとき、おじさんトリオのひとりでチエちゃんのご主人である通称「パパさん」が、俺が一気に飲み干したコップ水に、おかわりを注いでくれながら言った。
「やっと解放されるよ、はははは」
 本当は寂しいんでしょとは言えなかったが、パパさんの「はははは」の中には、超わかり易く寂しさが混ざっていた。
 ランチタイムが終わり、チエちゃんが「クリちゃんだから平気だよ」と言って、おじちゃんたちがカウンターで「まかない」を食べはじめた。43年間ずーっとこの場所で働いてきた背中を見ていたらジーンとした。尊敬できる背中だった。
 この先、ヤナギヤを超える洋食屋と出会うことはあるのだろうか。もしもそんな店を見つけたら、ぜったいにチエちゃんと食いに行きたい。
 『ヤナギヤ』さん、長い間お疲れさまでした。




かわいいお店です。


43年間ずっと働いてきたヤナギヤさん。





『母さん誕生日おめでとう』

 お母さん誕生日おめでとう。76歳、現役美容師、あなたは偉い。店を構えて55年。すごい。
 誰も美容室を継がなくてごめん。けど、ちっちゃい頃からお店に来るお客さんといろんな話をしてきたことが役に立ってるような気がする。兄貴もきっとそう。
 美容室にはほんとにいろんな会話があるもんね。ご近所ネタ、PTAネタ、芸能ネタ、さまざまな噂、どれもこれもに愛想よく応対しながら軽く聞き流すあなたに感心しながら、いつしか僕は人の話を聞く仕事をしています。
 聞く。話す。聞く。聞く。話す。しばし沈黙。また話し、そしてまた聞く。じゃぁまたね。
 お陰さまで、そんな当たり前なことの中にあるリズムを大切にしながら、いろんな人と関わり続けてます。
 なぜかお母さんの誕生日に田舎のともだちから僕の大好物の「おにぎりせんべい」が届きました。
 35年前、あなたは言ってました。「そんなにおにぎりせんべいが好きならご飯の上に乗せて食べやぁ」
 本気で実践した僕にあなたは「お茶かけるともっと美味しくなるかもしれんよ」
 それが前代未聞の「おにぎり煎餅茶漬け」の誕生でした。
 実は今でも時々やってます。
 伝統は継承すべきですからね。どんなにくだらないことでも。
 
 これからも益々元気で頑張ってください。








『胃袋に建つ家』

 胃袋の中に家一軒ぐらい建ってるだろうなぁ。それも東京に。港区とか渋谷区とかは厳しいかもしれないけど、世田谷の奥の方とか、少なくとも中野や杉並ならば間違いないし、北区とか葛飾区あたりなら庭付き、多摩地方なら畑付きは余裕である。
 胃袋に収まった酒代を諭吉で並べてみるとしよう。ほほーと感心するとともに自分の歴史に感嘆するか、もったいないと思うか、はたまたそれがあったから今日があるのだとまた感嘆するか。
 答えはどれだっていいし、どれもが正解である。しかし胃袋が頑張ってくれたからなんとか今日があるような気がするのは事実だ。そう言いながら、いや、そう無理矢理納得しながら今夜もどこかの町の赤ちょうちんに向うのである。ご丁寧に贔屓の店は「白レバーが入った」とか「鍋はじめた」とか、産直ものが届いたとかメニュー改訂をわざわざメールしてくれる。
 誘いに弱い俺をターゲットにしてのことだろうけど、そんなときもまだまだ頑張ってもらわなければならない胃袋君に「いく?」と問いかけながら、何時間後には「カンパイ!」とやっているわけである。
 つまりこれが俺の健康法というか、人生なんですな。「カンパイ!」



『サウナ事件』

 最近よくサウナに入り、サウナから上がったら水風呂に入っている。水風呂に入る時の心理状態は忍耐的に極限の状態で、一刻も早く飛び込んで一気にカラダを冷却したいという感じである。だからサウナから出てきた人たちは小走りになり軽く助走をつけて足の裏からザブンと飛び込むようなカタチになる。
 そうすればおのずと先に水風呂に入っていた人の顔には水しぶきが飛び、うわっとなる。けれど、飛び込んだ方はまだ極限の忍耐状態が治まらず、ザブザブやりながら“うぉー”とか“だぁー”とか言いながら悶絶している。
 俺はたいがい先に水風呂に浸かっている。もちろん水しぶきを浴びて、“うわー”も“だぁー”も聞かされるはめになる。さらに、そうなると浴槽の中の水が波をたて、水は荒れ狂い肉体により冷たい感覚をもたらし、俺は小声で“ぶるっ、さむっ”と嘆いてる。
 バカで迷惑な奴のせいで水風呂さえままならん。俺がどんな気持ちでサウナに入り、どんな気持ちで水風呂とテレコしていると思ってるんだ。少なくともサウナの時間は俺の大切な時間であり、俺の計算どおりに事が運んでいないことに腹が立つ。

 先日、水風呂に飛び込むなり潜ってから顔を上げ、“うぉー”と言いながら俺の顔面を水浸しにした男がいたので、「あの、ちょっと…」と言ったところで、「え、なに?これあなたの水風呂?俺、ここのメンバーなんです」と、勝手に質問の内容を自分が答えたいようにアレンジした勘違い野郎がいた。
「別に、そんなこと…」と言いかけたところで、「だっていいでしょ、みんな平等に使いたいんだし、僕は僕が使いたいように使っているだけだから」とまたしても奴の強引なペースに。
 特に注意をしたいわけでもなかったが、あまりにも強烈な水しぶきを浴びせられたのでそのことだけは「良くないよ」と親切心で言ってあげようとしたのに、これでは話にならん。とはいえ裸同士でいざこざはみっともないし、こいつと同じ水風呂に入らなければいいだけだと思ったので感情を抑え注意をやめた。
 気分を切り替えようとしてもういちどサウナに入って汗を流していたら、またしてもそいつが入って来て、1分もたたないうちに“うぉー、あちー、どぅわっぷ”と、またまたわめいていたので、そろそろ辛抱たまらんようになってきて一発言ってやろうかと思ったら、そいつの右隣3人目の超真面目そうなおじさんが、「きみ、公共の場所で大騒ぎするのは良くないよ。まわりの迷惑を考えたまえ」と注意すると、またまた迷惑野郎が「僕にはここを自由に使う権利がある」とKYな発言をしだしたところで、サウナの扉を勢いよく開けて入ってきた若くてデカくてガラの悪そうな兄ちゃんが「つべこべいってねーで、他のスポーツクラブへでも行ってろ。ここはみんな礼儀のある人たちが来るとこなんだ!」と一喝すると、サウナの中にいた10人ぐらいのメタボ全員がコクッと頷きながらそれぞれ小声で「そうだ。そうだ」となり、なんだか素敵な仲間同士だよみたいな方向へ展開した。
 けれどもKY野郎は図々しく、唸り声は抑えたものの“ハッ”とか“ウゥッ”とかまだその類いの声を粘り強く、且つあてつけっぽく発し続けていたので、さっきの兄ちゃんが「おい、まだわかんねーのか、とにかく表ぇ出ろ!」となり、KY野郎の髪を引っ張って外に連れ出した。するとメタボたちからは思わず拍手がわき起こった。なんか悪い奴をやっつける正義のヒーローを見た余韻にサウナ中が包まれ、メタボたちには安堵の顔が戻ったのである。

 それにしても若くてガラの悪い兄ちゃんの勇気と正義感には脱帽だ。
 あの後、裸同士で外へ出てどんなシチュエーションでどんな話をしたのだろう?互いにぶらぶらさせながら言い合ったのだろうか、それともぶらぶらさせながら取っ組み合いになったのだろうか?それともフリチンじゃマズいのでとりあえず着替えるまでは停戦ということで、着替えてから仕切り直しでおっぱじめたのだろうか?その成り行きに興味津々で急いでシャワーを浴びて脱衣場に行ったけれど、既にふたりの姿はなく、また誰もそのことを口にしなかった。
 ただ若くてガラの悪い兄ちゃんの中にも見上げた人がいるもんだと感心しながら、水風呂で注意できなかった自分を深く反省したのでした。



『老夫婦』

 クルマ一台がようやく通れる程の細い道を毎日通る。歩行者とすれ違うことは困難であり、クルマが停まるか、歩行者が道の端に寄って壁にもたれるようにして横向きになるかのどちらかでしか、解決策はない。
 先日、その道には同じ方向に向かう先約がいた。車椅子に乗った老婦人とそれを押す老夫である。老夫はブラックスーツに身を固めシルクハットを目深に被り、ゆるやかな速度で車椅子を押し、押される老婦人は上質なニットセーターに身を包み、セーターと同素材で同色の帽子を被っている。 
 きっと何十年も前からこうしてオシャレをして散歩を楽しんだのだろう。昔と違うのはふたりの位置が横並びではなく前後であることだけだろう。
 打ち合わせ時間を少し過ぎていたけれど、僕は車椅子と同じ速度で彼らの後についた。
 若いうちの時間はせっかちなものだ。遅刻したくなければ少し早めに行動すれば良いだけなのに、自分の都合で時間に遅れて、それを無理に取り戻そうとして慌てて乱れて、パニクって通り過ぎる時間や景色を感じることもなく、ただただ焦るだけ。そこには何の生産性もなく、間に合えばホッとするだけで、間に合わなければ言い訳を考えるぐらいしかない愚かな時間だ。
 フロントガラスの前を行く老夫婦の速度にはいろんなものが詰めこまれていた。一歩一歩、ゆっくりと確かに進むことが人生だということを背中で教えてくれているようだった。
 クルマを前につけて彼らの顔を拝見することはなかったが、きっと老夫婦は穏やかな顔で微笑んでいたに違いない。
 美しい瞬間を見るだけで、いろんな気持ちが豊かに変わるものだ。




偉大なうしろ姿。





2008/10/31

『ヤナギヤ』

2008/10/29

『母さん誕生日おめでとう』

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『サウナ事件』

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