『NHKのNさん』

  NHKのNさんは安易に人を褒めない。この業界であたりまえとされる「褒め」から入ることを絶対にしない人である。相手が大御所であっても自分が善いと思ったことしか「善い」と言わないしダメだと思ったことは徹底的に伝える。どこがダメでどうすることが善くて、それでダメでも最初のダメはきっと越えられるということを、はっきりとプロデューサー視点で、分り易く言うならばNHKの番組的にどうかを言える勇気のある人だ。
 どの社会でもそうだが、地位や権力のある人に対して物事をストレートに伝えることは難しい。言った時点でクビチョンパになる可能性もある。だから人は言わない。言わないから言うことを聞かざるを得ない。そうなると自分の持ち味が損なわれて、結局自分で自分の首を絞めることになる。
 Nさんは言う。それがダメだということが目的ではなく、こうするためにはそこはダメで、それからこうしたいけど、いかがですか?と。
 プロデューサーは辛い。下が言えないことを言わなければならない。言う時は命懸けだ。だから言うことを拒むプロデュサーは山ほどいるが、そういう人の作品や番組はたかが知れてる。個人の保身も大切だが、そんなことよりも番組のことを優先するNさんは立派だ。ちょっとヤクザっぽいけど、俺は尊敬している。
 そんなNさんだが、番組で大ハズしすることもあるらしいが、それはそれで意味も価値もあるのである。
「やって失敗」と「やらずに(やれずに)そこそこ」、どっちが立派で偉くて感動的か。それは誰もが好きに選択すれば良い。そんなNさんと久しぶりに飯でも食おうと約束した。俺が超ヒヨッ子に思える日がやってくることが、たまんなく嬉しい。



『お不動様とうなぎ』

 辛いことがあったので、なんとかそれを払拭しようと思ってうなぎを食いに行った。つらいことは払拭できなかったけど、うなぎはなかなか美味かった。俺の田舎のうなぎには及ばないけれど、東京のうなぎの中ではかなり上位にランクインできる味だった。
 辛いこととうなぎは関係ないが、なぜかそんな気分になったときに、「うなぎっ」と思ったので食いに行った。本当はうなぎと辛いことが関係ないわけではない。なぜかと言うと、そのうなぎ店は目黒不動尊の近くにあるからだ。まだわからんかな? 
 ええと、一週間ほど前に友人のデザイナーが目黒不動尊近くに自宅兼事務所を移し、それならばと不動尊へお参りに行ったのである。プラス、不動尊から徒歩3分の羅漢寺というありがたい場所へ出向き、数百体にもおよぶ仏像(らかんさん)と、らかんさんの名前にちなんだ金言名句が「らかんさんのことば」として書かれてあった。それをひとつひとつ、全部で146のらかんさんの表情と言葉を観ていたら、なんだか胸の内側から不思議なものが沸き上がってきたというか、毒が抜けるというか、そんな感じになった。
 そんな気持ちになりながら近所の商店街を歩いていたら、美味しそうなうなぎ店があって、道路を挟んでいけすというか調理場みたいなところがあり、この場所は精神的にもちょっと良い風が吹いてしかも腹も幸福に満たされるみたいな感じがあったので、それでお不動さま&うなぎ店という運びとなったわけです。
 お参りをするということは、なんだかわからないのだけど良いもんだね。人は弱くなったときに合掌することが多いけれど、それがあるから人でいられるような気がします。
 お参りだけじゃなくて、うなぎを食って良かった。お腹がふくれると、少しだけ気持ちも変わるわ。








『蛇崩(じゃくずれ)のお父さん』

 多くの芸能人が訪れるその店の名物はなんと言ってもお父さんである。御歳76になるお父さんは、1ミリも抜けていない栃木弁でまくしたてるように喋る。
 お父さんの仕事は客の注文を聞いて調理場にいるお母さんに伝えることと、ビールを出すことだけ。お父さんが客の注文を伝える前にカウンターの中にいるお母さんには聞こえているからわざわざ言わなくてもいいけど、そうなるとお父さんの仕事がなくなってしまうのでお父さんは大声で注文をお母さんに伝える。
 お父さんは話に夢中になると注文を忘れるくせがあるので、結局カウンターの中でお母さんが聞いていてお父さんから言われなくても料理はできあがる。基本的にお父さんの話は競輪ネタか限度を超えた下ネタ、それと長山洋子の話がローテーションしながら最終的には3廻りぐらいする。
 もうひとつ、お父さんの仕事は犬の散歩である。可愛がっていたゴールデンの太郎が昨年19歳で老衰により死んでしまったので、今はミニチュアダックスフントの“アイス”を散歩に連れて行く。ちなみにアイスは血統書的にはミニチュアダックスだが見た目はコリーである。カラダも太ったコーギーよりもデカくてどこがミニチュアなのかまるで説得力がない犬である。
 さて、その散歩だがお父さんは3分で戻ってきてしまう。お父さん的には散歩の目的はオシッコをさせることだけなので、店を出て即オシッコしたら1分で帰ってくる場合もある。犬にとっては大迷惑な話で、やはり犬も賢くなるのだろう、アイスは店をでてからしばらくしないとオシッコをしなくなったらしいのだ。それでもお父さんの散歩時間は決まっていて、それならそれでオシッコをしなくても帰ってきてしまい、アイスにとっては本当に迷惑な話なのである。それを見かねたお客さんが「わたし連れて行きましょうか?」という運びになり、お父さんはビッグスマイルで「わるいね」と言って、金を払ってもらう客に犬の散歩をさせるのである。
 お父さんは誰からも愛されていて、特に歌手とか俳優とかタレントとか芸人とかスポーツ選手から人気があり、業界ではとんでもない有名人である。プロ野球のある大選手が大記録を達成した時に使用したバットが飾られていたりして、店内は博物館としても機能している。
 ところがお父さんはあまり芸能人に詳しくなく、僕の友人のLLFさんが「郷里の先輩です」と紹介した「井上さん」をずっとただの井上さんだと思っていて、その井上さんが陽水さんだとわかったときには「さすがの俺でも陽水さんぐらい知っているよ」と胸を張って全力で知っていたフリをしたらしい。
 業界ではお父さんの話は毎日誰かが誰かに伝えているが、一般の人にも教えてあげたくて、ほんのちょっとだけお父さんのお話をしてみました。
 言っておきますが、料理はバツグンに美味いです。あとひと月もすれば名物のけんちん汁が登場するので、今から楽しみでなりません。



『おじさん おばさん』

 50代のおじさん3人と学大で飲んだ。周りから見れば俺も仲間に見えるのだろうか。おじさん達と飲むのは楽でいい。音楽の話でも話題は拓郎とか陽水や永ちゃんやユーミン、ギリギリでサザン。洋楽ならばビートルズ、ストーンズ、クイーン、ツェッペリン、シカゴ、イーグルスあたりでケリがつく。ラップの「ラ」の字もヒップホップの「ヒ」の字もない。本当に話が通じて、というか時間が止まってて楽しいのだ。
 昔話とダジャレを言い出したらおじさんの始まりだと言われるが、俺の研究結果によればおじさんは昔話をするときに「おばさん」に変わる。昔話には登場人物が多く、誰かが登場するたびに「そいつは今ではどんな仕事をしていて子供は何人で、上の子がどこどこの高校出て、就職はあれこれで。そういえばそいつの家は有名人の誰々の家の近くで…」とやたら情報満載で、しかも派手な手振りついてゴミ出しに来たおばさんたちが立ち話をするのと少しも変わらないどころか、遥かに凌いでいるのである。だから昔話がちっとも進まないけど、それがまた面白くてアリなのだ。
 特にNさんは見事なおばさんっぷりで、昔話を再現する記憶力にも感心するが、その早口のソプラノから放たれる情報の数々はまるでワイドショー番組の司会者並である。
 逆におばさんたちがおじさん化しているのが怖い。飲み屋で立て肘ついて片足であぐらをかいて、チューハイのグラスの中に割り箸突っ込んでもぞもぞしながら「っとに部長ったら若い子ばかりにへらへらして、私らがいるから今があるってことがまったく分かってないんだから」と完全にボヤきがイタについている。あとはタンでも吐けばパーフェクトなのに、惜しいなぁ。
 そんなわけでおばさんたちのテーブルはハリセンボンの太ってる方が醸し出す独特のオヤジ臭が漂い、当然テーブルにはかわはぎやエイヒレが並んでいて、魚の食い方なんかはめちゃめちゃである。メシの食い方には育ちが出るから、俺も気をつけないといかんな。
 そしておじさんたちは9時なったら「そろそろ帰ろっかな」を独り言で連発してさり気なく人に気付かせようとする。さっきまでめちゃめちゃ盛り上がってたのに9時半になったらピタッと眠気が襲ってくるのも特徴だ。10時には完全に店を出る事を決めていて、背広の上着に袖を通しながら「いやー飲んだ飲んだ」と連呼して既に頭の中は明日の通勤電車にシフトしている。体内時計がそうさせるのだろうか、サラリーマンの切ない性が明日のことを考えさせてしまうのだろう。
 そんなおじさんおばさんを見ていると、なごむ。なんだか安心するのだ。まるで母親と一緒ならば何の不安もない幼児のような気分になれるのだ。男も歳をとると母親のような安心感を醸し出すようになるんだなぁ。それがおばさん化というものなのかもしれないな。




おじさんたちはみんなこんな感じです。




『清原和博』

 清原がやめた。本気でイチローが駆けつけたことには感心した。あのタイミングで長渕剛が登場するのはどうかと思ったが、ファンが沸いたからいいのか。なんかもっとスッキリした方が良かった気がするけど。
 清原はここ3年ぐらい辛かっただろうな。復活できなかったもんな。復活を誓って復活できないのは本当に辛いと思う。それまで頑張ってこられたことは確かに尊いが、野球選手がバッターボックスに入れないのはあまりにも残酷だ。けれど清原は幸せ者だ。こんなにもファンに愛され、選手にも慕われ、有名人にも慕われた。こんなに華と存在感のある選手は他にはいない。イチローがバットを置くときでも、昨晩のようなエンタテインメントは行われないだろう。やんちゃな清原ならではのラストシーンだった。
 清原が2年目のシーズンに、ロッテの平沼投手にバットを投げつけ飛び蹴りを喰らわせたとき、こんなに恥ずかしい選手は他にいないと思った。どこかパフォーマンスがかった本気になりきれない飛び蹴りのあとに、すぐさま背中を向けて逃げた清原にガッカリした。
 入団間もなく、「目標は王さんの世界記録と衣笠さんの連続試合出場記録」と掲げたときから、本気で期待したけれど、平沼に蹴りかかった姿を見た時に、無理だと思った。
 それでもジャイアンツに入団したときは嬉しかった。記録ではなく、勝負に勝てる清原に期待した。
 あれから12年が経ち、最後にはオリックスのユニフォームを脱いで清原は引退した。
 ドラフトで清原のラブコールを受けずに桑田真澄を指名した王監督が清原に花束を贈呈しながら、「今度生まれ変わったら同じユニフォームを着よう」と言ったそうだ。もう完全なラブレターである。王監督もずっと辛かったのだろう。引退のその日まで決して言ってはならなかったその言葉を、自らもユニフォームを脱ぐ時に言えた事がどれほど素晴らしいものだったか。やがて清原はジャイアンツの敵になり、パ・リーグがセ・リーグを越え、野球界の縮図は一変した。そのゴングを鳴らしたのは王監督で、主人公は清原和博だった。セ・リーグにもジャイアンツにも負けなかった清原は悔しいぐらいに輝いていた。
 そして清原はボロボロになってやめた。日本プロ野球がまたひとつ小ぢんまりしてしまうが、それが時代の流れなのだろう。
 清原のようにヒーローもヒールもやれる人間味溢れるスーパースターが登場するのはいつになるのだろう。できることならばもういちどPL学園の頃から清原を見続けたい。
 清原選手、お疲れさまでした。格闘技だけにはいかないでください。




2008/10/08

『NHKのNさん』

2008/10/07

『お不動様とうなぎ』

2008/10/06

『蛇崩(じゃくずれ)のお父さん』

2008/10/03

『おじさん おばさん』

2008/10/02

『清原和博』
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