『ブラインドタッチ』

 実は今、ブラインドタッチの練習をしている。右手の人差し指を「J」の位置に添え左手の人差し指は「F」の位置に添える。それを今まで知らなかった。
 俺のキーボード操作は右手の人差し指と中指がものすごい守備範囲で動き回り、時々左手の人差し指と中指がちょちこちょこ動いてあとは変換するときに右手の親指がズンと動くだけ。それを一念発起して“いろは”の“い”からやることにした。したがってこの日記はここまでにすでに10分近くを要している。
 「。」とか「、」の位置がわからん。「P」に指が届かない。今のところわかっているのは「あいうえお」の位置だけで、それ以外はキーボードを確認しないことには打てない。もどかしくてパソコン壊しそうだ。
 なぜこんなことをやろうとしたか。それは10月1日という日付がそうさせる。1月1日でも4月1日でもなく、10月1日がなぜか俺を一年生にさせるのだ。親父の誕生日だからだろうか?親父は生きていれば81歳になる。ラッキーなことに親父はこの面倒くさいパソコンを知らずに逝った。俺はあと何十年生きるかわからんが、たぶんあと何千時間もこの面倒くさい機械と向き合わなければならないだろう。だからせめて扱い易くなるために、一年生になって勉強しようと思うのだ。
 近頃は基本の大切さが身に滲みる。なんでもノリと感覚でやってきたけど、一番大切なのは基本である。生活することだって大切なのは基本。早起きして朝ご飯食べて夜更かししないで寝る。寝る前に食い過ぎない。飲み過ぎない。それでも飲み過ぎてしまった翌日は、ちょっと控える。寝る前にちょっとだけストレッチする。適度な運動をする。風呂は温まるまで湯船につかる。腹一杯食い過ぎない。肉ばかり食べない。こうして並べるとかなり年寄り臭くなるが、基本とはこういうことだ。
 おじさんおばさんでもパソコン教室に通うんだ。俺がせっせとブラインドタッチを練習することは至って普通であり社会人としての基本なのである。



『仁義なき戦い~女篇』

 中目黒駅のホームで電車に駈けこんだ女の肩が電車から下りてきた女の肩にぶつかり、ぶつかられた女の手元からPSPが落下した。PSPはホームで4つ程のパーツに分解され、それを拾いながら女は「っとにも~」と怒りを露にしながら叫んでいた。女はクラッシュしたPSPを拾いながら、ぶつかってきた女の乗車したドア位置を確認し、発車のベルが鳴り終わる前に、ドアの前に立ち女を指差した。
 ぶつかった女にしてみれば、おそらくそういう事態になるだろうという予測があったに違いない。わずか数秒の間で女は壊れたPSPを拾い犯人を捕まえなければならず、もうひとりの女は早く発車してと懇願しながら逃げ切りを計っていた。
 PSPを破壊された女はドアに近寄るにしたがって怒りが増し、発車のベルをBGMにしながら逃げ切ろうとして車内に身を潜めた女を指差しながら大声で怒鳴った。「ちょっと、そこのブスーっ、謝れよ!プレステ壊れちまったじゃねーか!」。車内で控えめにしていた女は犯人であることを証明され、しかもブスという不名誉な呼び名まで進呈されながら、怒鳴る女の迫力と周囲の冷たい視線に追い込まれ逃げ場がなくなり「すみません」と頭を下げた。
 怒鳴った女はとりあえず詫びさせたとこで自分を抑えようとした。もっと過激な展開になるかという期待はあっけなく外れた。PSP、なかなか大人である。
 片やPSP破壊犯は同じ車両に乗り合わせた人たちにいやでも軽蔑の視線を浴びることになった。

 日常ジャーナリストの俺は迷った。どちらにするかを。つまり、PSPのその後に密着するか、同じ車両に乗り込んで犯人がどれだけ冷たい視線に晒され続けるかを見届けるかを。
 ベルが鳴り止んだ。「危険ですから駆け込み乗車はおやめください」というお決まりのアナウンスが流れる。俺は迷って迷って悩んで悩んで悩みぬいた……気がつけば俺は犯人と同じ車両に乗っていた。周囲の人々は身体と顔の位置はそのままだが、視線と耳だけは明らかに犯人に向けられていた。ラッシュアワーでぎゅうぎゅう詰めになった車内に、森のような静けさが残酷だった。
 犯人は不幸だった。乗り合わせた電車が運悪く特急電車で、次の停車駅の自由が丘までは約6分はかかる。恥ずかしさで針が止まった時間の中、周囲の冷ややかな視線に堪えられるのか、堪えきれずに他の車両に移動するのか。俺はワクワクしてきた。
 女はそれまでうつむいていた顔を上げた。ボッテガもどきのバッグからキュートなブックカバーがついた文庫本を取り出しそれに目を走らせながら、今度はボッテガもどきの中に収納されていた花柄のレスポートサックから4年ぐらい前のモデルのiPodを取り出して耳を塞いだ。見事に目のやり場と耳のやり場をシャットアウトしたのだ。
 さらに驚くことに、犯人は自由が丘で降りなかったのである。俺の尾行が自由が丘どまりだったためどこまで行ったかは分らないが、その大胆さと、もう電車乗っちゃったから関係ないも~ん感たっぷりの度胸の良さに俺は感動すら覚えた。
 俺はわざと事件を迷宮入りにさせて反対ホームに渡り中目黒を目指した。電車に飛び乗る寸前にホームに残した弊社のモエが、見事にPSPの事を尾行していてくれたらしく、「どうだった?」という質問に対して、「怒ってましたよ」という当然の答えを返してくれた。
 そして俺は事務所に待たせていた印刷屋さんをさらに待たせ、「いやぁ、すみません、クルマが込んでて」とタクシーで渋滞にハマったっぽく軽くウソをついた。
 久しぶりに刑事の血が騒いだ夕暮れだった。



『知り合い仕事』

 仕事を受ける。知り合いから受ける。仕事をし始める。俺はキャスティングからすることも多く、なかなかまとまらないこともある。知り合いから時間切れと言われる。時間軸をなんとなく把握していたつもりでも期限としてのリミットを詳しく知らないまま進めていて、そして時間を止められた。
 少し冷静になって考えてみよう。俺の役目は済んだ。ただまだ仕事がある。俺には後処理があってアポを撤回しなければならない。その説明にも奔走しなければならない。もちろんギャラはどこにも発生しない。
 もっと冷静になって考えてみる。俺にも非がある。いついつまでにという情報を入れ込まなかったのは俺(も)悪い。きっと知り合いも不安を抱いたことだろう。
 さらに冷静になって考えてみる。俺ならばどうやって時間切れを伝えるだろう。それまで頼んだことや、考えてもらったことに、どうチャージするのだろう。
 仕事は難しい。仕事は人間関係の縮図だ。知り合いからの仕事を笑顔でゴールできない時、そこにポコンとできたなんとも言えないもやもやをどう断ち切って、いや、どう受け入れて俺は生きて行くのだろう。
 まだまだ甘い、大甘ちゃんだ。

 ただ、こういう気持ちを日記に記せるというだけでも、ちょっとは救われたような気がするから不思議だ。



『ブログ』

 毎日よく続くねと褒められることも多くなり、やっと日記っぽくなってきたなと思うこの頃である。よくネタが続くねと言われるが、別にネタではない、単なる日記だ。その日に起こったことばかりではないが、思ったり考えたり見たり話したりすることをたらーっと書くだけだ、大変なことじゃない。
 むしろちょっと前の方がたまにしか書かなくて、書かなきゃいかんって気持ちからかちょっと作り物っぽくなってたような気がする。別にどうだっていいんだ、日記だから。わざわざ人から見えるところに書くというだけで、俺の中にある小さなことには違いない。
 だけど不思議だ。そもそも日記って人には見られたくないものだったのに、今では完全に見てもらうためのものになっている。かく言う俺もそのひとりだが、なんだかんだ言って人は自分を晒したいんだということがよくわかった。恥ずかしがりやの人も日記であれば、というかブログでなら自分の日常を少し離れたところから眺められるのかも知れないし、知らない誰かに自分を晒すことでちょっとした快楽を得ているのかも知れない。
 それはそれで健全なことだ。少なくとも個人情報を不特定多数に提供して、生々しい日々の暮らしを垣間見せることは、ある意味コミュニケーションツールとしても大きな役割を担う。その人に会う前に軽くその人の情報を仕込んでおけば、会ったときにすんなりと共通の話題に辿り着いたり、あるいはイメージと現実との落差が生まれて新たな感動が生まれることだってある。島国根性で控えめで口下手だった日本人が、こんなにも出たがりで知って欲しがりということがわかっただけでも意味があるのだ。
 とにかく自分を出したい、知ってほしい、見せたいという思いは、その逆よりはずっと良い。少々軽薄かもしれないが、軽薄こそは文化である。軽いからこそポップスであり歌謡曲なのだ。
 この国には歌謡曲が似合う。この国のロックも政治も歌謡曲だ。いろんな歌謡曲の中に身を置きながらこの国には必要不可欠な軽薄さが生まれ、それが文化となり日本人は大和民族から脱皮していく。
 ブログとは、日本人を進化させるためにもっとも大切な課外授業なのかもしれない。




終電後のひと幕。




『ウクレレ その後』

 ウクレレが馴染んできた。楽器に馴染みのなかった俺がせっせと3ヶ月、ほぼ毎日きっちり触ってやって、ようやくウクレレも俺になついてきた。ペットじゃないが楽器も愛情を注がないことには受け入れられないものだと実感する毎日である。
 といっても指先ひとつひとつを丁寧に移動させる技など身に付くはずもなく、あくまでストロークをジャガジャガやって自己陶酔するウクレレロックなのだが、これが効く。音量も控えめな楽器なのでそこそこ気合い入れて弾いても苦情が来ることもなく、毎日ウクレレに充てられた30分間は、どんな時間であれ俺を健やかにしてくれる。
 俺の中で捉えた音が俺の指先か奏でられ俺の耳元に届く。こんなこたぁ初めただ。46歳でこんな快楽が待っているなんて、まだまだ青春は始まったばかりだ。
 実は昨年、打楽器のジャンベに挑戦したことがあったのだが、先生を招いて事務所でボゴボゴやってたら2回目の練習の日に、下の階のマッサージ屋さんから控えめながら苦情をいただいた。「あのう、少し音が響いてかなりウルサいのですが…」。「少し」と「かなり」の相対性が不自然だが、それはマックス気を遣ってくれた発言に他ならない。当然だ。あんな音を天井の上で鳴らされたらたまったもんじゃない。しかも単なるマッサージではなくリフレッシュ効果を促すためにインド調のメロディアスな音楽を流してアロマを焚くような場所である。そこに天井からボゴボゴ、それも安定した音ではなく、むちゃくちゃな音でボゴボゴなど営業妨害以外の何ものでもない。今更ながらすみません、5階のマッサージ屋さん。けど7階の舞台衣装制作の大先生からは何も苦情が来なかったな。いつ会っても、「あら、マロンさん、いつもハツラツとなさってて、お若々しいですわね」と大先生は柳のような素敵なおじさまなのであります。
 さて、そんなウクレレを持って行きつけの「ORGAN」へメシ食いに行ったら店主のセータローが「一曲やってください」と注文したので、ちょっとその気になったところに、「あ、隣のテーブルにいらっしゃる男性は元オフコースの方です」と紹介された。
 そんな状況で弾けるわけねーだろ、バカ!




だいたいいつも
写真右横のソファでウクレレ弾いてます。





2008/10/01

『ブラインドタッチ』

2008/09/30

『仁義なき戦い~女篇』

2008/09/29

『知り合い仕事』

2008/09/26

『ブログ』

2008/09/24

『ウクレレ その後』
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