『姪っ子誕生』

 兄貴に第二子が誕生した。玉のような女の子だ。父親50歳、娘0歳。これで俺も二人の姪をもつ伯父さんである。さすがに半世紀を生きた父親は喋りにも余裕がある。
 以下は第二子が誕生して数分後に俺と兄貴が交わした会話を復元したものである。

「おー、生まれたわ」
「そーかよかったな。母子ともに健康か?」
「おかげさんでな」
「そりゃよかったわ。出てくるまで大変やった?」
「ちょっとな、だいぶ時間かかったぞ」
「でもよかったやん」
「だいぶ悩んだけどな」
「はぁ?何を?」
「名前やて。結構大変やったぞ、決めるの」

 どうやら名付け親の兄貴にとってはかなりの難産だったらしい。




おめでとう。




『ツアー打ち上げ』

 月曜日に小松空港から福井へ入り、翌日にバス移動して郷ひろみさんの打ち上げ会場の山代温泉に向った。会場は立派で洒落た温泉旅館、俺には場違いだ。そしてツアーの成功とスタッフの労いに乾杯し、めっちゃめちゃ盛り上がる宴会へと突入した。
 仕込みから4ヶ月近くが経ち、総勢50人にも及ぶスタッフは家族に近い関係を築いている。家族は言い過ぎかな。親戚というか従兄弟みたいであり同じ学校の先輩後輩みたいでもあり。これもちょっと違うな、「村」だ。みんな同じ村の住民。4ヶ月かけて祭りを成功させるためにひたすら汗する村の仲間。これだ。
 ショーをつくるためには本当にいろんな人がいる。いろんな職人たちが先輩の匠を盗み受け継ぎ、そしてスターをその舞台に乗せる。スターが舞台を降りると同時にさっき組み立てたばかりのセットをバラす。それは無情であり残酷であるが、その刹那こそが舞台作りの粋なのだ。
 福井で朝まで飲み、打ち上げでは酒がなくなると朝まで麻雀を打った。卓を囲む僕の横では大道具の若い奴が僕に酒を注いでくれ、彼は一升瓶を抱えて眠ってしまった。
 年齢も出身地も過去もなにもかもバラバラな者たちのたった一日の修学旅行。学生服を着ていないからいくら酒を飲んでもかまわない。それぞれの部屋ではそれぞれの話が酒の中で咲き、それを聞いた誰かはまたその話に頷きながら酒を飲む。北陸・加賀の温泉宿、そこにあるのは浴衣を着てネジが外れたような笑顔の男たちの群衆と、女たちもちらほら。
 みんなみんな一緒のことをやってきて、同じことで苦悩してそしてみんなで喜んだ。
 俺は郷ひろみさんのスタッフでは風車の矢七みたいな存在だけど、いつも御老行におともするスタッフのみなさんの感慨はひとしおだっただろう。
 ちょっとなかったな、こういう気持ち。泣けてくるような村の住民たちだ。
 またまた郷ひろみに感謝しなければならなくなってしまった。




ほんとの修学旅行。




『ベントレーの社長』

 朝8時、駒沢通りで俺の車の右にベントレーが停まった。どうみても芸能人かその筋の人しか乗らない豪華で下品な装飾を施していた。そのわりには後部座席の窓には黒いフィルムが張られておらず、ヤ系の人じゃないんだなと思った。
 後部座席にはいかにも社長というピシッと7:3に分けた紳士が乗っていた。するとその紳士はおもむろにゆでたまごを取り出し、ドアの土手でコツンと殻を割り、助手席の背面にかけてある簡易テーブルみたいなものを広げてそこに丁寧に殻を落としていた。そして青いキャップのおそらくアジシオだと思うが、それをまた簡易テーブルの下にこぼれ落ちないようにそっとふりかけて、思い切り急いで食べていた。
 俺と目が合った。俺はちょっとでも面白かったり妄想したるすると人を舐めるように見るクセがある。停止信号でこの気まずさはないな、と思っていたら、7:3社長は口をもぐもぐさせながら俺にニコッと笑った。
 すぐさま信号は青になり、ベントレーは右折し俺は直進した。ほんの一瞬のことだったが、俺にはとても嬉しい事件だった。なんで嬉しいのかわからないが、きっともの凄い金持ちで悪いこともいっぱいしていると思われるヒルズあたりの社長が、車の中でゆでたまごを、しかもアジシオをふりかけて食べているのを見て、人間はみな同じなんだと思ったからである。あれがフォアグラのなんちゃらかんちゃらだったり、舌平目のムニエル赤ワインなんとかだったりするとそうは思わないが…
 やっぱ卵は偉い。ゆでたまごは人を幸せにする。板東英二が一日に6個もゆでたまごを食べて、顔がゆでたまごそのものになってしまった意味がはじめてわかった。




同じ格好をしたおっさん。
ストリートダンスっぽかった。




『真夜中のジャズ』

 9月12日の日記で女と飲むのは苦手と書いたが、中には例外もいる。ジャズシンガーのケイコ・リーは成分は女だが男の気持ちを理解する能力に長けているため、人間として非常に飲み易く仕上がっている。もともとユーミンからご紹介いただいた鳴り物入りの人物である。人として物足りないわけがない。
 仕事の流れでソニーのディレクターと他2名、俺とフグとヘアメイクのタカの計7人で乃木坂で飯を食いながら飲みギロッポンへ流れた。
 年期の入ったジャズバー。愛想のいいママさんがケイコを迎える。「なんか一曲やってよ」とかるーくリクエストをねだられるとケイコ・リーはグランドピアノを鳴らしはじめた。ジャズは詳しくないのでなんていう曲か知らないが、確かに聞き覚えのある曲をぽろんぽろんと鳴らしながら歌を添えた。まるでワイングラスの中で揺れる葡萄酒のように軽やかに踊る歌声に酔いしれ、フグは気持ちよくなりすぎてムード満点静まり返った店内で椅子に腰掛けぞこなって思いきりコケた。まったくのバカヤローである。
 こんな酒の飲み方をしているとしみじみ大人になったなぁと思う。ジャズも音楽もわからんが、感じることは人一倍ある。ケイコはどんな想いで唄っているのだろう。酔ったアタマに逆らいながらちょっとだけ緊張した指が鍵盤を這う。グランドピアノが映し鏡となり踊る指先が見える。ハスキーな歌声にワインが混じってさらに色っぽい。そしてフグはまたコケかける。店内のお客さんは、この嬉しいハプニングにどんな想いを寄せているのだろう。彼女を誘って勝負を決めにきた野郎にとってはこの上ないほどの追い風だったに違いない。これで落とせなければ、もう恋なんてしない方がいい。さっきまで愚痴ばかりいっていたサラリーマンはこの曲で少しは口数が少なくなるのだろうか。通っぽくカウンターの隅でウイスキーを飲んでいるロマンスグレーは彼女の歌に何を覚えるのだろう。
 そして俺は…寝た。心地よすぎて寝るなんてことは初めてだ。母親の膝枕で耳かきをしてもらいながら知らず知らずのうちに眠りに就いてしまうアレと同じで、気持ち良さに包まれながら眠るのだ。そして眠りの中でもどこかでケイコの歌とピアノが鳴っていて…気がつけばタクシーの運ちゃんに家の前で起こされていた。
 いい酒だった。こんな贅沢な酒を飲むと生きているのが楽しくなる。
 ただケイコ・リーは楽しかったのだろうか。今度は俺の得意の下ネタで楽しませてあげよう。ただしジャズバー以外で。




ジャズ・バーのママさんは、だいたいこんな格好してます。




『コウンの話』

 女と飲むのが苦手である。勝手がわからなさすぎる。気を遣ってしまうのだがそれが適切な気遣いかどうかがわからず気になって仕方ない。シモ方面の話も張り切って言えないし、男同志の間で圧倒的に盛り上がるコウン話も敬遠される傾向が強いので話したとしても大胆さとキレにかける。コウンそのものにも大胆さとキレは必要で、トイレットペーパーに残骸がつかないようなキレ味を見せると思わず見とれてしまう。
 シモ方面もコウン話もできないとなれば何を話していいのか見当がつかない。飲み屋で話すことってそれぐらいのもんだろ?勘違いしてならないのは、コウンの話はコウンそのものの話をするわけではなく、コウンを通してその人のライフスタイルや信念を垣間見たり想像することに焦点があるということだ。生きていくためには避けることのできないコウンを、単なるばっちぃ話でくくってしまうのはあまりにも哀しい。
 思い浮かべてほしい、路上を散歩している犬が後ろ足を振るわせながら踏ん張っている姿を。真剣な目をして目が合うとどこか恥ずかしがってしまうプライドを。「できることなら見ないでくれ」という心の叫びを。そしてフィニッシュした後に誇らし気に肛門を見せながら軽やかに歩く後ろ姿を。コウンにはドラマがある。ストーリーがある。哀愁もロマンもある。これほど人間的な、いや犬なんだけど、もう生まれたての子鹿が初めて立ち上がる時のようなおぼつかない足でぷるぷるしながらのコウン、これはもう犬でも子鹿でもなく立派なヒューマニズムだ。
 久しぶりに何を書きたいのかわからなくなってきたが、女性もこんな話をしながらお酒を飲めるようになると、女っぷりが上がると思います。




ねずみ先輩、夏バテですか?





2008/09/22

『姪っ子誕生』

2008/09/19

『ツアー打ち上げ』

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『真夜中のジャズ』

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『コウンの話』
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