『さよなら炭水化物』

 メタボっぽくなってきたので夕食時には炭水化物を摂らないように心がけている。そんなセコい悪あがきだけで痩せるわけないと思うが、あまりコントロールされた食事制限も辛いし、かといってガンガン運動しなさいと言われてもムリだから、せめてドカ食いだけは避けようという試み。
 かれこれ一週間ぐらい続けているが、確かに夕食に米や麺類を食わないと腹に溜まった感がなくて少し物足りない気分になる。寝る前には、やっぱも少し腹に入れとくか、となるけど、食っちゃうと、あ~あってなるし、満腹感を持ったまま感じたまま横になるのはやっぱ落ち込む。
 満腹感と空腹感、どちらも辛いし寝苦しいが、決定的に違うのは朝起きた時。満腹感の、またやっちゃった的な軽い後悔と比較して、空腹感の寝起きはちょっと得した気分になる。
 “もしもーし、胃袋さんですか。オタク空っぽですけど、なんか運びましょーか”ってかなり前向きな気分になる。空腹の反動で少々食ってもこれから17時間ぐらい起きてるわけだし、その間にはいくらなんでも俺の胃袋様が消化してくれるし、年期の入った胃袋を労るためにも就寝前の空っぽ感はいいことである。
 だから重いもの、溜まるものは昼までに済ます。
 あとは飲み屋での夜が問題だ。これをやめるわけにはいかないのでこれからどう対処するか、しかも今まで通りのクオリティとエンジョイ度を維持しての飲み屋めし。シメの穴子入りおにぎり生ハム巻きや焼きおにぎりのお茶漬けなどをどう拒否るかは難題だが、それは飲み屋に行ってから胃袋と対話しながら答えを見つけよう。
 正直なところ、こんなこと考えてると、あー歳とってるなーって思ったりする。




猫、時々、君になりたい。




『そこそこの夢』

 同級生はみな46歳である。そろそろいい大人である。いい大人とは、秩序とかモラルとか常識とか、そして人間関係なんかも含めて(そこそこ)わかった人を指すのではないかと思っている。大卒なら社会にでて24年目、高卒なら28年目、中卒なら31年目、田中角栄みたいに小卒なら34年目。そこに流れた時間は計り知れず、その天文学的な時間の中でさまざまなことを学び吸収したにちがいない。
 そして46歳はそろそろ安定飛行へと向い始める。結構なことだ。おそらく大概の同級生が家庭を持ち子供を育て家族というひとつの社会を形成している。そんなやつはいろんな条件と制限の中でそこそこに、けれどそこそこの中で最大限に生きている。まだ独り身の奴にしても、離婚した奴にしても、それなりに腹を決め、これからの人生になだらかなものを描きつつ、各々にとってのそこそこを目指して頑張っているのだろう。
 そこそこの中での精一杯。これは俺たち40代中盤を生きる者にとって、とても大切で意義のあることだと思う。若い頃に夢を描きそれに手を伸ばしたけれども届くことなく、当たり前のように普通な毎日を積み重ねてきたけれど、その当たり前の積み重ねが自信となり、今の自分でもできる精一杯のことに気付くということは、若い頃の漠然とした夢よりも遥かに価値のあることかもしれない。
 
 N子は今、喫茶店をやろうと必死で頑張っている。美味しいスイーツを学ぶためにケーキ屋でアルバイトをして、30歳近くも年下の子にあれこれ注意されながら毎日を頑張っている。ケーキ作りを学びたいのに数ヶ月間はおもに皿洗いと後片付けと雑用ばかり。いつになったらケーキ作りを勉強できるのかと不安と憤慨の日々を送っていたそうだ。
 そんなN子から先日メールが届いた。
「こんなはずじゃないっていう毎日の積み重ねだけど、最近になってやっとそれが明日に繋がっていくような気がした。思えば今までの人生だってそうだったし…」

 46歳の俺たちが大切にする夢。そこそこの夢。無駄だと思った時間を積み上げて、今、俺たちはそれなりの大人になりそこそこの夢を抱いて生きている。とんでもないことではなく、ちゃんとそこに向えるそこそこの夢、希望。
 大切なんだ、こういう気持ちが。
 N子、ありがとう。喫茶店オープンしたら行くでな。インベーダーゲーム入れといてくれよ。




40年前、コージ(右)と。
コージも今は大社長だ。




『スポーツクラブの日常』

 久々にスポーツクラブネタであるが、やはりスポーツクラブという場所は変だ。そこに集うひとたちにとっては、そこに来るまでにどんな環境でどんな仕事をしてきたかなどまったく関係がない。総理大臣だろうが売れっ子タレントだろうがプータローだろうが自殺志願者だろうがまるで関係なく、そこだけの存在番付が確立される。
 俺ぐらいの恥ずかしがり屋となれば、できるだけ控えめに、そっとそっと、えっ、いらっしゃいましたっけ?ぐらいに存在を消して汗を流すのだけれど、もう水を得た魚のように伸び伸びと、まるで自分の実家ぐらいの気分でその場所を支配したがる人がいるのです。
 そんな人たちにとっては、スポーツクラブに来る前までのことなどまったく意味がないわけで、会社でどれだけボロクソに言われようともおかまいなしで、終業時間を迎えるとそそくさと帰り支度をはじめ、出社する時の3倍の速度で歩行してスポーツクラブへと向うわけです。
 そんな人たちのスポーツクラブでのフィーバーぶりは目覚ましく、とてもエアロビクスやヒップホップダンスなんかやらんだろうという造形の人が、髪の毛を振り乱して“フ~アッフ~アッ”ってアフリカの原住民族みたいな声を張り上げてるからすごく怖いのです。男も女もです。プリンとした見事なメタボなのに、ピッチピチのスパッツ履いてヘアバンドしてリストバンドしてスポーツウォッチして数珠を巻いてやる気満々の係長タイプの中年を見ると、ほんとゾッとするけど、彼らにとっては地球上で一番輝ける場所なんでしょうな。
 そういう人の見分け方はたったひとつ。笑顔です。いや、スマイルと言った方がいいでしょう。完全に横文字かぶれした感じのスマイルです。「イェ~イ、ノってる?オレ、今日もサイコー。汗流すのって、ほんと生きてるって感じで、もうマックス ハッピー!」「え、アタシもよ。なんかカラダと会話してるって感じ。地球と一緒に呼吸してるっていうか、だけど理屈じゃないのよね、ビートよ、ビート」 みたいな笑顔されると、それ以外の人の顔面は固めるテンプルみたいにカッチカチに固まってしまいます。
 ちなみにそういう人の女性バーションは、スポーツクラブに通い憧れのインストラクターに近づきたいという気持ちが強くなりすぎて知らないうちに露出することが恥ずかしくなくなってしまい、ノーブラでレオタードなんて当たり前になっちゃって、正面から見ると乳首が目でヘソが鼻で切れ上がったレオタードが口のラインで、まるで間延びしたスマイルマークみたいに見えて、見ているだけで頭が悪くなりそうです。
 そのような人は確実に45歳を過ぎた中年に多く見られ、さらに追い打ちをかけるようにそういう人たちのメイクは決まって30年ぐらい前の『JJ』で流行った極端に目元にブルーを効かせたサーファーメイクで、しかも髪型はボヘミアンです。もう完全にカムバック昭和なのです。
 こっちが必死でエアロバイク漕いでるのに、その前で係長とボヘミアンがエアロバイクに肘をかけながら、なんだかさりげない感じでC調な話をされると、もう気が散るの散らないのって…
 そんな係長とボヘミアンが入り乱れて踊り狂うスタジオは、まるでジャングルで捕獲した類人猿が檻の中で猛り狂っているようで、あぁスポーツクラブってやっぱ動物園か博物館に似ているなと思ってしまうのです。
 そういう人たちにスポーツクラブでばったり会ってしまった同僚たちは揃って首を傾げながら「ああ、仕事にもこれぐらい打ち込んでくれたらな」とポロっとこぼしたりするんですが、とてもじゃないけどその場でそんな言葉をかけたりそんな視線を送ったりすると、たちまちアウェーの状況になってしまうので、ごくりと唾を飲みこんでなかったことにしてしまうのです。
 以上、スポーツクラブのちょっとしたこと「エアロビ篇」でした。
 いつか「筋トレ篇」もレポートしたいと思います。
 「サウナ篇」もね。




こんなカンジでボヘミアン




『新学期と不良』

 9月1日は特別な日だった。期待したことが何も達成できなかった夏休みが終わり、それでも何かを達成したように自分を飾って登校する大切な日だった。
 夏休み前まではワイシャツの一番上のボタンんまでカチッと留め、くるぶしよりも5センチは短い膝のテカったズボンをクシャクシャになったビニールのベルトで絞めて学帽を被ったガリ勉が、髪をリーゼントにしてスカマン(腿が太くて先がすぼんだズボン/通称ヨコスカマンボ)のポケットに手を突っ込み剃り込んだばかりの青くなった額にシワを寄せてスゴんでいる。
 おかっぱ頭でスカートをサスペンダーで吊っていた女の子のスカート丈が30cm以上も長くなり、目元には少し黒ずんだ化粧がのり、髪の毛はおばさんみたいなパーマでくるくるになっている。
 どいつもこいつもこの夏に何かあったにちがいない。たぶん、そいつらにしてみればものすごいことで、それを経験したことで、もう勉強や部活や、ひょっとしたら将来だってどうでもよくなってしまったのかもしれない。もう女性週刊誌の最後の方にあるBefore/Afterみたいなことになっていて、久々に見る担任の先生も「どしたの?」となってしまうほどなのだ。
 そいつらは答える。「べつに」。
 なんとも冷めた、だけども反抗心たっぷりな言葉に、周囲のみんなは驚く。なんでそうなってしまったの?なにかあったの?普通の生徒はこのような心配系の言葉を口にするものである。
 ビフォーアフターは、そんな普通のやつらの普通の心配にムカつく。「うるせーな、なんにもねーよ」。
 本来なら「うぜーな」となりそうだが、昭和50年代はじめには「うぜー」という単語はなかったので仕方ない。ちなみに「チョー」も「マジ」なんとかも「マンモスうれぴー」も「ギザ」もなかったので、たとえ不良がケンカするときでも、そこそこまともな日本語だったような気がする。
 話を戻そう。つまりビフォーアフターはもう、お前らとは次元が違うんだよと言いたくてしかたないのである。だから彼らはクラスメイトとは関わりを持たず、他のクラスのビフォーアフターや年上のアフターたちと連るむ。それが膨らんで駅前はそんなやつらの溜まり場となり、そこへ他の中学とか高校とかのやつらが群がって駅前争奪戦みたいになって、最終的には駅前にたむろしている奴らが町中でいちばん勢力のある不良という栄誉を与えられるのである。
 不良たちは駅前でたむろしている時が一番美しいと感じている。行き交う人の冷ややかな視線にさらされていることがステージであり、その瞬間彼らはアイドルとなる。そう、彼らはアイドルになりたかったのだ。みんなと違うカッコをして、他人の視線を集めて、自分にもプレッシャーをかけながら、人とは違う自分を背伸びしながら演じていたのである。不良どものクルマや部屋にアイドルのポスターやグッズが飾られているのはその証である。
 そして不良たちはアイドルという言葉に溺れ、自分を見失い、行くあてもなくし、無くした時間やともだちの大切さに気づく。10代の頃に酒や煙草やシンナーを覚え、今しなければならないことなどどうでもよくなり、ただ自堕落な日々を過ごすだけの翼の折れたエンジェル。気付いた時には、夢や希望とは無縁の生活を強いられ、額の汗を拭いながら出るのは後悔の言葉だけ。「あんときやっときゃよかったのに」。
 そんな苦い青春時代を送ったからこそ彼らは良きパパ、ママになれるのである。
「あんた、悪さしてもいいけど、これだけはやっときなさいよ、じゃなきゃシバくよ!」
 そして、こんな親にはなりたくないという思いが、不良ジュニアたちを奮起させ、彼らを一流の社会人に成長させるのである。
 現に俺のどうしようもないともだちや先輩の子供がゴロゴロと東大に合格し、なんとか省とか大手商社に勤めている。どれもこれもわけのわからない話だが、バカすぎる親は逆に子供の自立心を促すのではないかというのも一理ある。
 そんなことで、俺の中学3年の9月1日から今日までの思いをダイジェストでお送りしました。




高2の修学旅行で鹿にそっぽ向かれるの図。




『女子ソフト』

 昨日はかなりマイナスに興奮して五輪でのダメジャパンに喝を入れたが、今日はその逆。ソフトボール。感動したね。実況席の宇津木前監督、絶叫してましたね。ジーンときた。
 上野投手、ほんとうによく投げたね。2日間で400球以上投げたわけでしょ。メジャーリーグなら4試合分だよ。それをたったひとりで、30時間ちょっとの間にやってしまうんだから脱帽だ。メジャーは少なくとも中4日、100球投げ終わったら次に投げるまでには最低120時間を休養と調整に充てるわけだから、どれだけの豪腕と豪精神なのかが伺い知れる。
 それにしてもよく守った。予選リーグと準決勝でアメリカに負けたことで強くなった。これが星野ジャパンと違うところで、どこを修正しどこをポイントにおいて戦うかを再分析し、それを見事に実践しての勝利だった。負けない試合をして勝った。負けグセ、苦手意識、負の連鎖から脱せない星野ジャパンとは大きく違う。あくまで目標は優勝という信念を最後まで貫き通した魂の勝利だった。
 5、6年前に上野投手を初めて見た時から彼女は魅力的だった。女性だからしかたなくソフトボールをしたのだろうが、もし彼女が彼だったら、絶対に硬式ボールを握っていたはずだし、そんなことになっていれば彼女は明らかに村田兆治である。あのダイナミックなピッチングフォームを野球に置き換えたら、超ワインドアップのまさかり投法そのものなのだ。
 あの腰、胴、肩幅、褐色の肌、チャーミングなプチ出っ歯。そして村田兆治の娘と言っても過言ではないウリふたつなマスク。あれが豪州や米国に負けるわけがないのである。
 それにしてもソフトボール部はなんであんなにも女子高っぽいのだろう。先輩と後輩が信頼や友情を超えてどこか恋愛感情が芽生え、それにより、より強固な絆をつくっている気がしてならない。宝塚歌劇団とは一線を画した女の園。化粧っ気ひとつない汗とシーブリーズとサロメチールの香り。絶対的な存在であるセンパイは軟弱な男子よりも神々しく、そんなセンパイに憧れ、後輩たちは乙女の中にある少年心を揺らすのである。
 そして女子高的軍団は世界一になった。男子など決して入れない輪の中で、女子たちは歓喜の雄叫びをあげ、先輩後輩同学年という特別な信頼関係を誇ったのである。
 強いて言うならホッケーもかなり女子高っぽいが、この段階で女子ホッケージャパンのことを言うのはやめよう。あまりにもユニフォームが可愛いから話があらぬ方向へ脱線してしまいそうだ。ん、ホッケーは女子高というよりは女子大だな。確かにサロメよりもシャワーコロンの香りが鼻をくすぐりそうだ。そんなどうでもいいことに気付く瞬間がなによりも嬉しいのは俺だけか。
 とにかく北京五輪のコラム日記を気分良く締めくくれたのはソフトボールジャパンのおかげである。
 五輪最後のソフトボール、優勝おめでとう! 君たちこそ、日本の星だ!




ジャイアンツ時代に使用していた松井秀喜のバッド。
グリップにはG55。
本人からいただいた俺の宝物。





2008/09/04

『さよなら炭水化物』

2008/09/03

『そこそこの夢』

2008/09/02

『スポーツクラブの日常』

2008/09/01

『新学期と不良』

2008/08/29

『女子ソフト』
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