『下村一喜/しもむらかずよし』

 その人の価値とは、その人の仕事や生きてきた証だけで決定するものではない。そこにいるその人のひとつひとつの言葉や息づかいを知って初めてひとの価値には真実み加えられ、その真価に感性を揺さぶられることで、自身の価値観もまた高められる。
 下村一喜というカメラマンがいる。とてつもないキャラクターの持ち主である。300メートル向こうから同じ洋服を着て歩いてくる500人の群衆の中に紛れ込んでいても、確実に5秒以内で発見することが出来る奇跡のビジュアルの持ち主でもある。
 彼の感性のすべては○である。流れもスピードも深みも軽さも重さも躊躇も爆発も、すべて尖った角を切り落として人肌を呼吸しながら心地よく転がるのだ。やもすれば太極拳っぽくもあるが、中国産ではなくバリバリの東京メイドである。
 彼の写真は高層ビルに反射する太陽光のように鋭いが、その光は人を威圧したり傷つけたりするものではなく、血液の澱みを浄化させるような殺菌効果にすぐれた健康食品みたいな役割も果たす。どちらかというと大手薬品メーカーが長い時間と大金をかけて開発した製薬ではなく漢方薬にちかい。
 その写真は鋭く瞳から侵入した途端にスピードを緩め、じんわりと脳みそと心の奥の深いところに届けられる。まるで高原のテラスでハンモックに寝転んで官能小説を読んでいるような豊かな気分。
 彼の撮影で被写体に投げかけられる言葉は、愛そのものである。それは「要求」ではなく「会話」に近い。互いにとって大切な一瞬、その距離を埋める「緊張感」に真心を込めるのだ。それは単なるディレクションや演出ではなく、彼の写真の一部でもある。
 空気が動くのが視える。緊張は怖いものではなく、楽しむために必要なものだと痛感する。周りの者の意識がファインダーと被写体の間に注がれる。もはや「緊張」はスタッフの信頼を繋ぐための大切なツールである。
 暑い日が続くが、そんな時には彼の写真を見ればよい。そこには単なる「涼」ではない、誰もが感じ得ることが出来る特別ななにかが含まれている。




天才カメラマン・下村一喜。
どうみてもサミー・デイビスJr.です。




『勘違い』

 7月29日、前日に46歳になり気持ちも新たに仕事に打ち込もうと決意した。その日は千葉の市川市で郷ひろみさんのライヴがあり、時間的にも1時間ほどの距離なのでなんとかして駆けつけねばと車を飛ばした。5時まで打ち合わせを終え、開演まで1時間半。楽勝だ。そして市川着、5時45分、余裕である。
 そしてのんびりと駐車場を探し、会場へと向う。喉が渇いたのでカウンタースタイルのカフェで生グレープフルーツジュースをグビる。外気との温度差が激しい店内が心地よい。
 6時10分。会場へと向う。靖国神社ばりの大鳥居を潜って市川市民会館に到着すると、なんだか様子が可笑しいっていうか、明らかに変だ。会場は築40年のマンションの入り口みたいな頼りないガラス戸で、その佇まいから察するところ、どう頑張っても100人程度のキャパしかなさそうなのである。入り口のインフォメーションボードにはHIROMI GOのポスターは一枚も張ってあらず、かわりにガラスケースの中に『児童合唱団定期演奏会』みたいな手書きの短冊が張ってあった。ショーケースの中には、猛暑で脱水症状にななりミイラになったハエや蛾の無惨な姿があった。
 いやーな汗が流れてきた。会館の受付のおばさんに小声で尋ねた。「すみません、郷ひろみさんのライヴって、こちらですか?」「はぁ、郷ひろみ?」「はい、郷ひろみです」「ここではやってないよ。あっちじゃないの」。おばさん、人差し指で南を指す。おばさんの言うあっちとは市民文化会館のことだった。もうあっちじゃなくてアチチだよおばさん。
 あっちにある文化会館はそこから2キロほど離れていて、クルマを駐車場から出す時間もなく、かといってタクシーは停まらず、俺は33℃の猛暑の中を走るはめになり、ミイラと化したハエや蛾の気持ちが妙に分ってしまったのである。
 会場到着6時32分。額から脇から股間から汗はブンブンブンである。運良く開演が5分延び、なんとかオープニングには間に合ったが、俺だけサウナに入ってるような状態で、両脇を挟むおばさまたちからとてつもなく白い目で睨まれたのであった。
 みなさん、市民会館と文化会館はものすごく違うことがありますので、お気をつけくだされ。




名古屋から新幹線に乗るときは必ず「みそかつ丼」。
温泉たまごをかけていただく。




『一緒にもの作りをしてくれるみなさまへ』

 やはり撮影は楽しい。そこには役割分担されたプロの仕事師たちが集いひとつの目的のために各々の能力を猛烈に発揮する。毎度顔なじみのクリエイターたちというより、初めましてから入る人の方が多いのもこの仕事の面白さだろう。
「初めまして」な関係には独特の緊張感が走る。この人、一体どんな仕事するんだろう、というシンプルな疑問がクリエイターの闘争本能に火を点ける。そして被写体は順序よくクリエイターたちによって作品に仕上げられていく。誰かのプライドが誰かのプライドを刺激して、作品にはクオリティが植え付けられる。被写体の持つ資質を、プロの仕事人たちが腕を振るって料理し、神秘的で幻想的で、それでもってリアリティに溢れた商品へと昇華させていくのである。
 俺の仕事は好き勝手に「あーして、こーして」と言うだけだが、それに応えながら独自の考えや閃きをアレンジするクリエイターたちにはほんとうに感動する。俺の想いを遥かに超えた結果に、俺はただただうなづくばかりなのである。
 それを「これ、俺の作品」と豪語する俺って、どう?
 みなさんすみません、いつも良いとこ取りして…
 最近はアートディレクションなる仕事までやらせていただけるようになり、そんな目新しさに新鮮な気持ちが漲るとともに、あらためてお世話になってるクリエイターのみなさんに感謝の気持ちを伝えずにはいられなくなったのであります。
 なのでさらに改めまして、おっさんを持ちあげてくれてほんとにありがとう。




ジャズシンガーKEIKO LEEを囲むクリエイターの皆様。
感謝しております。




『たまご』

 最近いちばんのお気に入りメニューは卵かけご飯である。近所の「マハカラ」から物々交換で調達してくる卵は見るも鮮やかな黄味をころがし、白味はこれぞ良質のタンパク質と言わんばかりのちゅるっちゅるっ具合である。これに卵かけご飯専用のしょうゆ(7月14日の日記写真参照)を掛けて、じゅるっと喉元に流し込む。もちろんちょっと噛むけど、あまり噛みすぎると口の中で卵がアワアワになってしまうので、お腹の中で消化不良になろうとも程良いところでじゅるっが正解。
 そんな優良卵が品切れになったので、再度物々交換して手にした卵も底をつき、物々交換する品がなくなってしまって嘆いていたところへ、グラフィックデザイナーの俊太郎から素敵なお中元が。
「那須ファームの卵/にわとりの卵を通して人のお役に立ちたい」~素晴らしいサブタイトルがついた純国産の高級卵が30個。泣ける。でかしたぞ俊太郎!センス良過ぎる。この前、ハルキが送ってくれたceleb de TOMATOといい、ADの山路が毎年贈ってくれる乾麺といい、スーパーソニックの鈴木社長からは山形の極上さくらんぼが雪崩のように届いたわ。俺の仲間は貢ぎ上手すぎる。愛してるぞ!
 そういえばニシからはまだ高級飛騨牛が届かないし、九州男からは宮崎さんの地鶏の唐揚げと地鶏のタタキの便りがないなぁ。おかしいなぁ、みさな~ん、もう8月ですよ~!
 こういうことを政治家が言ったりすると、それだけで首が飛んじゃうんだろうね。




那須ファーム(といっても栃木じゃなくて熊本県産)




『8月の前に』

 8月は好きではない。理由は暑いから。小学校の頃から夏休みといえどもやはり暑いのにはうんざりしていて、お盆前までは調子こいてバカばっかやってたが、26日ぐらいになって夏休みの宿題のことを考えたり二学期のことを考えたりするとゾッとしたこともあって、8月は好きじゃなかった。
 兄貴はきんさんぎんさんと同じ8月1日生まれだから、やっぱ8月が好きなんだろうか。俺にとって8月は寂しい限りで、毎日がサザエさんのエンディングテーマを聞いているような気がした。
 田舎では夏祭りがいくつもあって、盆踊りを合わせると週に3日ぐらい縁日があったが、どれもこれも人がごった返して、盛り上がっているときよりもそろそろ提灯を片付けようかというスローモーな瞬間の方が印象的で、加えて家に帰ったときの人口密度の落差に余計に寂しくなったりしたものである。
 きっとそんなことを昔から思っていたのだろう。俺は今でも大盛り上がりしているときに一抹の寂しさを感じる。俺の役目は、いかなる時においても民衆をどっかんどっかん盛り上げることで、100人や200人なんてちょろいもん。けれど、必死こいて笑いとって体張って民衆のど真ん中にいるときでも、台風の目のごとく、俺は穏やかで、そして寂しいのである。終わりがあればこそ祭りは盛り上がるものだと知ってはいながら、大盛り上がりの最中でそんなことを思ってしまう俺は、かなりのへそ曲がりか究極のボヘミアンである。だからパーティに出るのが嫌いになってしまったのだろうか。
 そんな8月がやってくる。いい歳こいて、ありもしなないのに夏休み気分のおっさんが怖い。ビア樽のような腹を出して無邪気に公園で日光浴する変態なロマンスグレーが怖い。その気になってタンクトップとジーンズとタモリさんみたいなサングラスをしたメタボが怖い。
 誰もが「8月」という響きに浮かれている。それに連られてユニクロかどっかでタンクトップを買いに走るデブが怖い。そしてバカな8月を過ごして9月になったら、スポーツの秋だとか読書の秋だとか、誰もが知っている言葉ばかりでその気になって、結果的には食欲の秋しか実践しない日本人が怖い。
 8月。少しぐらい引き締めてかかろうぜ。







2008/08/07

『下村一喜/しもむらかずよし』

2008/08/06

『勘違い』

2008/08/04

『一緒にもの作りをしてくれるみなさまへ』

2008/08/01

『たまご』

2008/07/31

『8月の前に』
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