事務所にいるときはいつもラジオを流している。聴くあてのない景色だけのラジオ。FMから流れてくる曲は、プロモーション絡みのものばかりでつまらない。まぁ景色だからかまわないのだが。
そこでAMに切り替える。とりわけニッポン放送とTBSラジオは抜群に面白く、聴いているうちに事務所ではなくお茶の間気分になってしまう。きっと町工場で働く人々はAM放送を聴きながら心を解きほぐし、となりで作業する同僚に、ラジオから流れてくる話題と自分の家族の話を照らし合わせながら、“まったくしょうーがねーよな、ウチのかかぁは”なんて言っているのだろう。
ボヤキではない。口は悪いが幸せをアピールしているのだ。何十年も同じ場所で同じ機械の前で同じ仲間と同じ作業を黙々とこなす中、尽きてしまった同僚との話題にラジオが助け舟を出してくれるのだ。
「へぇ、どこもおんなじなんだねー、実はね、ウチもおんなじでさぁ」
「やっぱお宅もそうですか。しっかし、どうにかならんもんですかねぇ、女房という生き物は」
「女房だけじゃありませんよ。娘まで女房に似てきまして、もう居場所がないですわ」
「いやぁ、せがればかりこさえて良かったですよ」
ラジオとはそういうメディアだ。情報だけを届けるテレビと違って、庶民の日常が耳から侵入してきて、そして人に絵を描かせる。ささやかな話題ばかりでも、そこには人間関係がしっかりと根付いている。誰がどうして誰がどうなって、誰はどんなことを思った。そんなこと、あなたの身の回りでもございません?
ノイズが混じったAMラジオが好きだ。ひと肌が通っている。格好つけるより格好いい。というか素敵だ。
仕事柄、少しはFM的になってくださいと言われるが、俺のFMっぽさはAMがわかるやつにしか伝わらない。
そして「かかぁ」呼ばわりされた奥様たちは、茶飲み仲間たちと昼下がりの喫茶店で「ったくウチのバカ亭主は」と、これまた幸せをアピールしているのでした。
つまり日本はAM的な国ということですな。
十七歳。ラジオ少年時代の俺。
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