『のど自慢』

 昔から『NHKのど自慢』が好きで今でもよく観ている。好きなテレビ番組というのは親の影響が大きく、俺がのど自慢を観るのはNHK以外の番組を見ると怒り出す父親と一緒に日曜の茶の間を過ごしたからに違いない。大相撲中継もそうで、とにかくNHKでやる番組ならなんでも観られたからである。
 同世代の人ならわかると思うが、俺たちの小学校時代は学校から「ドリフを観てはいけません」というお達しがあったほどテレビ番組に関してはうるさい時代だった。とはいえ、そんなことを言われれば言われるほどにドリフを観たくなり、なんとしてでも観ようと必死の策を練ったものだ。なにせ、ドリフを観ないことにはクラスの話題についていけなかったからね。
 けれど当時はDVDはおろかビデオデッキもなかった時代、どうやってドリフを観たかというと…おやじに酒を飲ませて眠らせるのである。今のように寝ている隙に包丁でブスっではない。気持ちよくお酒を飲んでいただいて、そのまま気持ちよくお休みしていただくだけである。
 イビキをかけばまずOK。それでも急にムクッと起きてブラウン管を確認し、「ドリフやないかっ!」と一喝してから再び眠りに就くこともあった。他にはおやじがタイミングよく風呂に入ることを願うぐらいしか方法はなく、かなりドリフ観れない度が高い生活を送っていたはずなのだが、なぜかほぼ毎週ドリフを観まくった記憶があるのはなぜだろう? 
 他にもあれだけテレビに五月蝿いおやじの目をかいくぐって、『キーハンター』『木枯し紋次郎』『アイフル大作戦』『噂のチャンネル』『プレイガール』『お荷物小荷物』『ウィークエンダー』など、お色気路線を含む大人番組をほぼ網羅しているのはなぜだろう?今度兄貴にゆっくりインタビューしてみるわ。
 さてのど自慢であるが、俺はなぜか、あの番組で泣ける。登場して歌を唄う人の家族や人間関係が視えて、俺もその人を応援してしまうのである。どうしようもなく恥ずかしい弾け方をする出演者もいるが、それさえも愛しく思えてしまうのはきっと、『支え』のせいである。
 この人はここまで出てきて単なる自己満足で歌うだけではないはずだ。誰かのために歌ったり、誰かが応援してくれていたり、誰かを励ましたかったり、誰かに何かを伝えたかったり、何かを気付いてほしかったりするから歌うのだろう、と。そんなことを勝手に痛感してはジ~ンとするのである。
 そして国営放送は演出の意味も込めて無情の鐘を鳴らす。出演者の真剣味ゆえに失格の鐘が大ウケを誘うのである。その気で唄っていた出演者が鐘の音とともにズルっとなって会場も茶の間もバカウケだ。すると出演者は翌日から町のヒーロー。それまで見向きもされなかった誰かが、のど自慢の翌日の月曜日から町の人気者となる。 
 泣ける。彼らにとって、歌は支えなのだ。誰かに支えられながら、あるいは誰かを支えるために、歌に支えられながら歌を唄う。もちろん自分自身を支えるために唄う者もいるが、それでよかろうほととぎす。歌とは心の声なのだから。
 のど自慢が俺らが町にやってくる。歌が町に話題をつくる。町中大騒ぎ。そして晴れの舞台で唄った者は、以降40年に渡ってのど自慢ジマンをする。それが許されるのがのど自慢という勲章なのである。
 あぁ、日曜日の12時15分が楽しみだ。俺も山本譲二と肩組んで唄いたい。




『久保田真琴と夕焼け楽団』
ぼやっとしてて、いいメロディです。




『犬を考える』

 なんかいいことをしたい、という人たちが応募して、どこかに行って何かいいことをするというドキュメンタリー風の番組がやっていた。初めて観たから詳しいことはわからないが、その回は、沖縄に行って捨てられた犬たちを保護しているお宅に、犬小屋を作ってあげようという企画だった。
 捨て犬がいっぱいいた。そのほとんどが雑種ではなくて、ペットショップで大枚をはたいて買ったようなブランド犬ばかりである。ポインターなんかもいたな。駒沢公園でも代々木公園でも自由が丘でもニコタマでも似合うような犬たちが、ゴミのように捨てられて、そして保護されていた。
 人間に対して情けないほど従順な犬もいたが人を信用できない警戒心の強い犬もいた。それまではきっと飼い主に大切にされて栄養満点の食事を与えられ、冷暖房完備の室内でぬくぬくと暮らしていたであろう犬たちが、炎天下の中、舌を出し体全体でハァハァさせていた。
 犬の生命力はそれなりにある。タロやジロなんか南極に何ヶ月も置いてけぼりにされたけど逞しく生き伸びていた事実もある。犬は人間が思っているよりヤワではない。しかし、いちど過保護にしてしまったらワケが違ってくる。人も犬も習慣性のある生き物なのだ。生温い生活環境で暮らしてしまった以上、不備な環境条件の中で生きることは過酷である。
 アフリカには今でも裸足で生活している部族がいるが、俺たちに裸足で生きろと言われてもそれは無理だ。一度、靴を履いてしまった人間に裸足での生活は拷問である。人工的なものでしか体温を調整できなくなってしまった現代人にはエアコン28℃設定の省エネさえ困難なのである。
 それぐらいに習慣というものは恐ろしく、元来持っている生きるためのタフネスがちょっとした生温さによって失われてしまうのである。
 過保護にされてきたであろう犬たちは、灼熱の太陽が照りつける劣悪な環境の中で、それまでの暮らしと比較していたに違いない。言葉の通じない人間に、けれど信じていた人間にゴミにされ、文句も言えないままに捨てられた。
 保護している女性と番組に参加した若者たちが共同して太陽を遮る快適な犬小屋を作った。番組はそこで終わったが、この国には日除けのない場所で生きるしかない捨て犬たちがいっぱいいる。その中にはペットショップ出身の犬もいる。
 買う、捨てる、弱る、死ぬ。犬畜生などという言葉があるが、人間はやはりそれぐらいにしか犬のことを考えてないのだろうか?
 番組はほんの一例であり一部である。
 せめて犬に人間の言葉を喋らせてやりたい。




犬。




『ウクレレ』

 ウクレレを始めた。四十の手習いですな。毎日少しずつ弾いてます。いろんなものに一気にのめり込んですぐに飽きちゃって、いろんな道具も買い込んだけど、すべて粗大ゴミとして処分してしまった。ちっともエコしとらんな。反省だ。
 そんなわけで毎日30分づつボロロンと鳴らしてます。どんな曲を弾くかというほどのレベルじゃないけど、なんでもいいからメジャーコード鳴らして歌をつけるのさ。「I LOVE YOU, OK」やったよ。コードむちゃくちゃだけど、俺の中ではものすごいバラードに仕上がってた。「よろしく哀愁」も弾いたな。ユーミンはまだ。BIGINとサザンにも行こうと思ってるけど、もう少しだけ俺の中で南風が吹いたらそこに向かおう。
 調子に乗って金曜日のロケ現場にウクレレ持ってったら、みんなが弾いて弾いてって言うもんだから、知ってるコード11しかないのに、テキトーに繋いで、なんちゃってハワイアンロックっぽくやったら、けっこう感心された。嬉しいもんだね。楽器に対するそういった免疫がなにもないもんだから余計に。 
 っていうかウクレレは魔法だね。ポロンと1コードやるだけで湿度が20%下がる。前向きだけどチカラ入ってない感じがよくて、決してやる気ないわけじゃないということも伝わる。仕事も人生もこんな感じでゆったりコード進行したらいいのに、そうはいかないのがまた良かったりもして。
 1コードでポロロン。そこにあるのはワイハ。まだ一回しか行ったことないけど、くっきりと島の輪郭が視える。音ひとつで変わる夏の夜長。風鈴、花火、そしてウクレレ。エアコンかけるだけがすべてじゃないよ。




ハワイアン中。




『うなぎ』

 何を隠そう故郷の関市はうなぎの名産地である。ちがうな、産地ではない、うなぎ料理で有名な町である。他には刃物、長良川の鵜飼、あと平成村(へなりむら)とかあるけど、今日の話はとにかくうなぎ。
 小学校への通学路にある『辻屋』はこれみよがしに換気口からうなぎを炭火で焼く匂いを放ち、俺たちの鼻をいじめた。安桜(あさくら)小学校の生徒の間では、『辻屋』の換気口の前に白いごはんとたくわんだけ持って行って、うなぎの匂いをかいでごはんを食べるという、誰も笑わないようなギャグがあったが、それぐらい町中にうなぎを焼く匂いが充満していた。
 ちなみに昭和47年頃のうな丼の値段、一杯180円。タクシー初乗り90円(だったと思う)。
 実際のところ、俺的には『辻屋』よりも『孫六』が上で、『孫六』と並んで美味しかった『だいえい』から独立した宮木さんが興した『みよし亭』もさすがの味である。他にもあるだろうと地元の五月蝿方の声が聞こえてくるが、あくまで俺の中でということなので、どうかよろしく。
 うなぎ話の続きであるが、毎日中国産だの国産だので物議を醸しているのが不思議でたまらない。時代が変わったと言ってしまえば仕方ないが、俺たちの町では「中国産か国産か」ではなく、「天然ものか養殖か」という視点しかなかった。もちろん国産以外のものなど口にしたことがない。しかも、『孫六』は注文してからうなぎをさばくから待たされても仕方ないという贅沢極まりない匠のルールが誇らし気に庶民の下をジラしていた。
 どの店も本格的だったし本気だったのである。もちろん客もね。
 関の人はみんなうなぎが好きで、肉よりもうなぎの方が断然ステイタスが上だった。
 関の人たちの中にはどこか価値観を勘違いしている人たちがいて、そういう人たちに限って飲食店を経営していた。
 名古屋文化圏ということもあり、喫茶店はレストラン機能を満たしていて、どの喫茶店にも食いたいもののほとんどが揃っている。カレーライス、ハヤシライス、オムライス、ナポリタン(これを洋食四天王と呼ぶ)はもとより、ピザ、ラーメン、なべ焼きうどん、味噌かつ定食、天津飯、ギョーザ、そしてうな丼。なかには寿司まで食わせる喫茶店もあるぐらいで、そんじょそこらのファミレスよりも安くて、しかもかなり美味いのである。
 そんな喫茶店文化だからして、店頭にはありとあらゆるコピーが掲げられているのだが、ある店の看板にはこう書かれていた。「ラーメン みそかつ カレー うなぎ ギョーザ すし ジュース」。これじゃ一体何屋だか意味不明だが、関市民は食欲はこんな看板にそそられていたのである。
 少なくとも関の喫茶店で食ううなぎは、東京で食うものより美味かった。焼き方やタレの違いはもちろんあるが、なんでも最高に美味い東京でぜったいに食わないのがうなぎである。浜松から西麻布に出店した『八百徳』もなかなかだが、やっぱ関のうなぎには大差で負ける。

 と、こんなもんでええやろか尾藤さん?



『日本AM列島』

 事務所にいるときはいつもラジオを流している。聴くあてのない景色だけのラジオ。FMから流れてくる曲は、プロモーション絡みのものばかりでつまらない。まぁ景色だからかまわないのだが。
 そこでAMに切り替える。とりわけニッポン放送とTBSラジオは抜群に面白く、聴いているうちに事務所ではなくお茶の間気分になってしまう。きっと町工場で働く人々はAM放送を聴きながら心を解きほぐし、となりで作業する同僚に、ラジオから流れてくる話題と自分の家族の話を照らし合わせながら、“まったくしょうーがねーよな、ウチのかかぁは”なんて言っているのだろう。
 ボヤキではない。口は悪いが幸せをアピールしているのだ。何十年も同じ場所で同じ機械の前で同じ仲間と同じ作業を黙々とこなす中、尽きてしまった同僚との話題にラジオが助け舟を出してくれるのだ。
「へぇ、どこもおんなじなんだねー、実はね、ウチもおんなじでさぁ」
「やっぱお宅もそうですか。しっかし、どうにかならんもんですかねぇ、女房という生き物は」
「女房だけじゃありませんよ。娘まで女房に似てきまして、もう居場所がないですわ」
「いやぁ、せがればかりこさえて良かったですよ」

 ラジオとはそういうメディアだ。情報だけを届けるテレビと違って、庶民の日常が耳から侵入してきて、そして人に絵を描かせる。ささやかな話題ばかりでも、そこには人間関係がしっかりと根付いている。誰がどうして誰がどうなって、誰はどんなことを思った。そんなこと、あなたの身の回りでもございません?
 ノイズが混じったAMラジオが好きだ。ひと肌が通っている。格好つけるより格好いい。というか素敵だ。
 仕事柄、少しはFM的になってくださいと言われるが、俺のFMっぽさはAMがわかるやつにしか伝わらない。

 そして「かかぁ」呼ばわりされた奥様たちは、茶飲み仲間たちと昼下がりの喫茶店で「ったくウチのバカ亭主は」と、これまた幸せをアピールしているのでした。
 つまり日本はAM的な国ということですな。




十七歳。ラジオ少年時代の俺。





2008/07/30

『のど自慢』

2008/07/29

『犬を考える』

2008/07/28

『ウクレレ』

2008/07/25

『うなぎ』

2008/07/24

『日本AM列島』
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