盛岡へ行って来た。久しぶりの地方だ。到着後早速地場の味を探し、昼の営業を終えのれんを下げようとしている冷麺店に駆け込んだ。主人とおそらく奥さんであろう年配の女性はちょっと面倒くさそうな顔をしていたけど、「東京から来たんですが、どうしてもココの冷麺が食いたくて」と軽く芝居をかけたら、「さ、どんぞ」と入店を許可されたが、代わりに「どすてウヂの冷麺しったのさ?」と脊髄に響く質問を浴びせられ、全神経を駆使した瞬発力で「確か、前回来た時に、こちらの人が“あそこの冷麺は通の間で評判”というような話を聞いたので…」と申し訳ない気持ちながらコンパクトな嘘をついたら、「そっかそっか、うんうん」と嬉しそうにうなずいていらっしゃった。純朴な町に嘘はいかん。すみません。
仙台から新幹線に乗って来たガタイのでかいあんちゃんは、スキンヘッドにD&Gのグラサンにヘッドフォン、同じくビッグサイズのD&Gのポロシャツ(本物だろうか?)を着て、これまたビッグサイズのエビスヤの半ズボンと派手な配色のナイキのスニーカーを履き、ゴールデンレトリバーぐらいあるリュックを掛けて威圧感バリバリで俺の隣の席に座った。通路を隔てた3人席はがら空きなのに、ちゃんと自分の切符にある指定席に腰を掛けるところが東北人らしい。
ところがその図体のデカさは俺のナワバリを犯し、肘掛けを10センチ以上超えて俺の領域に侵入してきた。それだけではない、足もガッと開き、左足のナイキが俺の領域内で控えめにしている右足のアディダスにプレッシャーをかけている。
だんだんムカついてきた。注意だ。よし、いくぞと気付かれないように深呼吸をしていたら、あんちゃんはおもむろにD&G(こればっかり、しかもウソっぽい)の長財布から一枚の紙を取り出し、ヘッドフォンのサウンドに揺れながらニヤニヤしだしたので、ちょっと様子を見ることにした。
プリクラだった。しかもシート。大小さまざまな形のプリクラが一枚のシートの中で楽しそうに並んでいた。そこにはあんちゃんの彼女らしき女性が写っていて、ひとつひとつのプリクラに人差し指をあててから、その人差し指を自分のくちびるにあて、チュッとやっているのだ。俺はもう抜群に気持ち悪くなって、ナイキの侵入よりもその気持ち悪さを注意しようと軽く目線を送ったが、あんちゃんはプリクラに集中していて俺のことなど眼中にないようだった。
プリクラを見て嬉しくなってしまったあんちゃんは、iPodのボリュームを上げ、ヘッドフォンから音が漏れてきた。青山テルマだった。そのサウンドに体をスイングさせ、ジィッジィジィジィ ジィッジィジィジィと変なタテノリで口ずさみはじめてしまった。こうなれば俺にとってはこの上ない大迷惑である。
もう我慢できない俺は、トントンとあんちゃんの肩を叩き「すみません、肘と左足をもう少しそちらに寄せてください。お願います」と紳士的な口調で告げた。すると彼は予想どおり「あ?」と返したので、彼の「あ?」を包み込むような大きな気持ちで、「あ?ではなく、お願いします」と更に紳士な言葉を目だけ笑っていない笑顔で言ってあげたら、「わかりました。大変すみませんでした」とものすごく素直な、しかも「あ?」よりも確実に2オクターブ高い声で言うと、通路の向こうの3人席へそそくさと移動したのだった。荷物を全部3人席へ引っ越させて、すべて準備完了になったところでゆっくりと座席に腰を下ろし、もう一度俺にお辞儀をしてから、またテルマを聴きプリクラを眺めた。
なんだ、素直でいい青年じゃないか、と少しでも怒ってしまった自分を反省しながら穏やかな気持ちに返ると、前方の扉が開き、3人組のおっさんが近寄って来た。
予想は的中し、3人組はテルマの横で立ち止り手元の切符を見返した。
「俺?」というキョトンとした表情でテルマは自分の顔に指を指し、そして1分後にすべての荷物を持ってもう一度俺の横に引っ越して来た。
こうなればもう馴染みのようなものである。俺の表情が「おかえり」という感じだったのだろうか、テルマは少し甘える感じで「すみません、すみません」とペコペコしながら隣に座り、またプリクラを眺めてテルマの続きを聴きだした。
それからのテルマはお行儀良く境界線の中に肘と左足を収めてくれたが、ちょっとしたタテノリだけはやめてくれなかった。
ちなみに冷麺、すごくおいしかった。
丁寧にお礼をいったら、俺が店を出て見えなくなるまで年配の女性が頭を下げていらした。
東北人紀行。とても良かった。
カルビ冷麺きゅうり抜き。
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