『K-1に言いたいこと』

 K-1はそろそろ本気で考えないといけないだろう。問題なのはその判定基準だ。3分3ラウンドのルールではそう易々とKOは起きない。となれば勝敗は判定である。既存の規定では3人のジャッジがそれぞれ30ポイント制で両者を判定するが、どう見ても歴然とした差なのに、29-28とか30-29とか、ラウンド内で2度のダウンを奪ったところで30-27。それをボクシングの10点法に換えれば10-9に相当することになる。2度のダウンを奪い相手を戦意喪失に追い込みながら10-9。ありえない。30ポイント制をしいているのならば、よりラウンド毎の両者のポイントを明確に判断できるはずである。したがって上記のケースはK-1の採点法なら30-26か30-25、30-24の場合もあるだろう。

 ただ運営サイドの言い分もわかる。スター選手をそう易々と敗者にしてはならないからだ。視聴率に関わるからである。だから不可解な判定(ほぼドロージャッジが2人)で延長戦に突入することが多すぎる
のだ。確実に優勢だった選手にとってはたまったもんじゃないが、これがK-1ルールに他ならず、マイナー選手やスター性の乏しい選手はよほど圧倒的な差をつけ、さらに圧倒的な印象を残さないことには判定では勝てないのである。
 そもそもどうしてそのような不可解な判定が起こるのか?それはK-1というスポーツが自然発生的にではなく、テレビコンテンツとして企画されたプログラムだからである。つまり『テレビ=視聴率=スター選手=イメージ優先&カリスマ神話』という図式が成立する。もちろん選手たちは本気だろうし、リングに上がるまでには猛烈な練習をして自分を追い込み準備をしてくる。中には人生を背負っている選手もいる。であればなおさら公正なジャッジが望まれる。

 聞くところによればスター選手にはスペシャルマッチなどの参加においてグランプリなどの優勝賞金を遥かに上回る出場料が用意されていると言われている。芸能界と同じでスターに高額なギャラが支払われるのは当然のことだが、リングに上がる以前に参加選手の優劣をつくるのも一考すべきだと思う。
 それぞれのクラスの体重制限にも問題があるし、公式のタイトルマッチよりもグランプリ優勝の方が権威があるというのもおかしな話だ。これは3分3ラウンドという短時間でのマッチメイクの泣き所で、タイトル戦ワンマッチだけでは短時間すぎて番組が成り立たず、したがってトーナメント制を強いる他にないのである。となればそれまでの戦いでダメージを受けた者が不利となり、場合によっては決勝戦で棄権するはめになり、代わりに準決勝で負けた者が敗者復活みたいな形で決勝に進むことになる。さらにリザーブマッチなるものまであったりと、もうわけがわからずてんてこまいなのである。

 それともうひとつ。もう少しまともな番組編集はできないだろうか。互いに攻め手のない地味な戦いであったとしても、オンエアされたらいきなり「ROUND3」って、そりゃあんまりだ。目の肥えた格闘技ファンは、たとえ攻防劇が地味だとしても、その間合いやリズムの取り方を楽しむ人だっているのである。
 なんだかんだと書いたが、俺はスポーツが好きで格闘技が好きで、スポーツマンも格闘家も尊敬している。彼らの無心なる闘いを最大限に引出せる明確なルールがあれば、K-1にはさらなるドラマが誕生する。
選手たちが命がけで闘う敬意あるリングを間違ったエンタテインメントで染めてはならないのである。




がんばれスポーツ!がんばれスヌーピー!




『犬のはなし』

 俺は散歩している犬に話しかける習性がある。趣味ではなくあくまで習性。話しかけないといけないとかではなく、気がつけば話しかけている。犬種を問わず、大小問わず、年齢問わず、形相問わず、とにかく進行方向から(ご主人と)犬がやって来たら、“こりゃ”と声をかけてからしゃがんで犬を待つ。すると大概の飼い主は、僕の元へリードをゆるませて犬をよこしてくれるのだが、中にはそれを嫌がる飼い主もいる。 
 確かに愛犬を愛でるあまりに他人に触れられたくないという独占心はあるかもしれないが、そもそも犬の散歩というのは、犬の健康管理という点の他には、どれだけ可愛い犬を飼っているかを見せびらかすためのステージではないか。故にしかめっ面された時点で、その飼い主の犬への愛情に疑問符を打たずにはいられないのである。
 とはいえ、犬は正直である。犬好きの僕を見つけるとしっぽを振って見事に嬉しいアピールをしながらしゃがんでいる僕の元に駆け寄ってくるのである。主人の歩く速度とつりあわないため、首を引っ張られ前足が上がってウイリーみたいになってしまうときもあるが、それでもめげずにほとんどの犬が僕の元に駆け寄り僕の膝に前足を乗せてディープキスを浴びせてくれる。
 それを見て不愉快に思う飼い主は言った。「やめなさい、汚いから」
 ん?汚い?俺が?それともこのトイプードルが?その言葉が俺に向けてならば、「この野郎、なにが汚ねーんだよ」だし、ペールブラウンのトイプーちゃんに対してなら、「汚ねーのはテメーのせいだろ」である。どちらにしても許しがたい言葉であるが、怒りを封印してちょっと誘導尋問的にとぼけて返してやった。「わかるんだね。きのうニンニクいっぱい食べちゃったからね、臭うでしょ。ごめんね」
 すると飼い主が馬の手綱を引くように強引にリードをビュッと引いた。トイプーちゃん、3メートル後ろへダイブ!「さ、道草くってないで帰るよ!」と飼い主。
 そうでしたか、やっぱ俺に向けて言った言葉でしたか。あーそうですかそうですか。
 俺、怒りませんでした。ただ、ちょっとトイプーちゃんのこと哀しく思いました。飼い主の人が本当は優しい人かもしれないけど、たとえ優しい人だとしても、自己中心的な優しさでなくトイプーちゃんにとって優しい人であることを願いました。
 本当は人に飼われたくない犬だってきっといる。けれどこのご時世、野良じゃ殺されてしまう。で、仕方なく飼い犬になる。そもそも人に飼われるために、もっと言うならば買われるために沢山の犬たちが生まれている。そんな犬の一生にありながら、飼い主が優しくなければ最悪である。
 僕には犬の言葉はわからないが、犬と仲良くできる自信はある。
 犬が飼い主を選べる時代が来ればいいなと本気で思う。




わんわん!聞いてよ!




『それぞれのランチタイム』

 近所になかなか美味いイタリアンレストランがあって、時折そこでランチをする。熟年夫婦が営んでいるそのお店は、ご主人が厨房に入り奥様が料理を運ぶ。たったふたりでやりくりする小さいけれど素敵なレストランである。

 その日僕は一番乗りの客で、4人がけのテーブルを勧められた。他に誰も客がいない店内にいると、北へ向う早朝の各駅停車に乗っているような気分でとてものどかな気持ちになった。とはいえ地元ではそこそこ知れた店で、僕の心の電車が次の駅へ向う前にお客さんが押し寄せて来てたちまち店内は客でごった返した。
 隣のテーブルに着席した男性ひとり女性ふたりの熟年チームが楽し気に話をしているのだが、話が時事ネタに及ぶとそのニュースのキーワードが浮かばずにかなりイライラしていた様子だった。

「ほら、ミートホープと同じの、食べ物扱ってる会社の社長で、何の肉扱ってたんだっけ?」
「うなぎでしょ」
「いやうなぎ発覚の前にあっただろ、ミートホープと同じ感じの」
「あったあった、牛肉だ、それ」
「そう、牛肉。確かどこかのブランド牛だったけど…」
「松阪?」「ちがう」「神戸?」「ちがう」
「米沢?」「ちがう」「近江?」「ちがう」

 こうなれば横で聞いている、いや聞こえている俺がいちばん歯痒くなって答えを言いたくなってくる。クイズじゃないんだから早く解答を出してほしい。

「飛騨牛!」
「それ、それだよ。長野のさ」

 すみません、それ、岐阜です。僕の地元です。間違えないでください。
 見たところ3人で220歳を超える超熟年トリオの会話はもどかしく、じれったく歯痒いけれど、それでもなんだか楽しそうで、ランチタイムの過ごし方的にはかなり幸福な時間を送られていたように思う。参考になるな、美味しいだろうな、こんな会話のあるランチタイムって。
 混雑する店内に俺だけ4人掛けテーブルにひとり、なんか余裕で申し訳ないと思っていたら、案の定相席を勧められた。向かい合ったのは右のテーブルよりもふたまわりほど若い女性と3まわりほど若い女性がふたり。ともに制服を着ていることから近くの会社のOLと見た。

「あっら、ほんっとにごめんなっさいねっ」

 年上の方の女性がとりあえず相席の僕にご挨拶するのだが、小さな「つ」の字をふんだんに使っててなんとも水商売みたいな喋り方だった。そしてこのふたりもまた、向いに見ず知らずの僕がいることなどおかまいなしでナイスな話をするのだ。

「ったくさ、S課長ってほんとにサイテーだよね。私の勘ではあれ、ぜったい課長止まり、もう上に行けないわよ」
「でも○○部長とかとよく飲みに行ってるからうまいことネゴってるんじゃないの?この前なんか常務と駅前で真っ赤な顔して歩いてたわよ」
「へぇ、やるじゃん。でもぜったいに20過ぎまで彼女いなかったタイプだよね。今ならパソコンでへんなサイト見まくってるタイプ」
「今でも見まくってるかもね」
「ねぇ、ときどきSってさ、目でサイン送って来ない?」
「え、どんな?」
「ほら、なんてゆーの、なんかさぁ、ちょっとHな感じの…もう、なに言ってんのよ、ランチタイムぐらい会社の話やめようよ」

 どうかわかってほしい。そんなOLふたりの前で煮込みハンバーグを食べている俺の気持ちを。隣には『飛騨牛』を思い出すまでに10分かかり、飛騨を長野県と間違えるベテラン人間もいる。
 俺だけひとり、ポツリ。こんなにお喋りな俺が誰とも話せず前から横からめちゃくちゃな話をただただ聞いているだけの控えめなランチタイム。しかも誰ひとりとして俺に聞かれているなんて思っちゃいない大らかな人たちである。だから余計に俺の気持ちを…
 いやいや、それが楽しいんだよね。もうランチだけじゃなくいろんなことで満腹ですたい。
 各駅停車も加速するとジェットコースターみたいになるんですね。おかげで日記ネタになりました、みなさんありがとう。




わが街二子玉駅より。




『手紙』

 駅前のカフェでめしを食っていると少々やつれた感じの青年が隣のテーブルに座り、アイスティーを注文してからおもむろに便箋と万年筆を取り出した。彼はアイスティーの到着を待つことなく、便箋に万年筆を走らせた。
 若いのにメールではなく便箋か。そんな風に視ているだけで少し嬉しい気がした。
 僕は例によってカレーを食い、フリードリンクでアイスコーヒーを3杯おかわりして、お腹がたぽたぽになってしまったので、椅子に思い切りふん反り返って胃腸を伸ばしていた。ふん反り返ったことで隣のテーブルとの距離が30cmほど伸び、それをいいことに手紙を書く彼に目をやると、彼は何かに取り憑かれたような形相で筆を走らせていた。
 やがて俺の広角レンズは彼の顔から手元へ、そして便箋へとシフトされていく。大変ハレンチなことではあるが、彼の便箋に書かれてある文字を拝見させていただいた。
『陽子へ…』
 それを見た途端、俺の中でいくつものストーリーが浮かんだ。どれもこれも悲劇の恋愛ドラマであるが、少なくとも彼は陽子なる愛しい人へ思いを綴ったものであることに他ならない。
 書く程に筆圧が増して便箋と顔との距離が近づいていく彼。思いの丈を強く正直に書き記すことで陽子との距離が縮まるような気がしたのだろうか、彼は棟方志功が版画を制作するような勢いで、もう顔と便箋がキッス寸前なのである。
 そんな彼にまたしても申し訳ないのだが、ほんの一行だけ、またまた覗き見してしまったのである。
『できることならやり直したい。俺を信じてくれ!』
 もう申し訳ない気持ちで満タンになりながらも、その切なる思いに感動してしまった俺は、いっそ覗き見してしまったことを謝ってから、恋のアドバイスでもしてあげようと思ったが、俺のおせっかいをすんなりと受け入れてくれなかった時の悲劇を考えたら、そんな気持ちはあっさりと失せた。
 気がつけば便箋を一枚ずつ切り離す音と、切り離した便箋を無造作に丸める音が鳴る。気持ちと文章のバランスのズレがきっと彼を苦しめたのだろう。
 そして彼は席を立った。覗き魔の俺が思う限り、清書は書かれていない。
 彼は書くことをやめたのだろうか?それともまたどこかでこの続きを書くのだろうか?それとも彼女そのものをあきらめたのだろうか?恋そのものに筆を置いたのだろうか?
 人は誰もが人生の、そして恋愛ドラマの主役なんだなと、覗き見しながら再確認したセンチメンタルな昼下がりなのでした。




夏の友。cenizaのウクレレ。




『ニューヨークへ』

 8月にニューヨークへ飛んでくれという話になり、その話の出所が俺と親友のシゲがプロデュースしている案件であることから断ることもできず、かなりブルーな気分になっていた。
 レスリー・キーの勧めもあり海外へどんどん行こう(行かねば)と思ってはいるが、やはりビビってしまう。もうこのテのネタを何度書いたことだろう。でもやっぱり飛行機こわい。
 時期的にはお盆のど真ん中で、今から一月半後と先のことだけれど、すでにビビリが始まって神経が衰弱しはじめていたのだが、そこに朗報!なんとか俺だけ行かなくても良くなったのでした。
 なので、シゲとシゲんとこの桑田とウチのフグとクライアント2名でニューヨークでバンバン頑張って来てもらいたい。俺はニューヨークで展開するクリエイティヴの仕込みをちゃんとしておくので(中目でね)どうか皆、安心して旅を満喫してほしい。
 できればお盆には実家に帰って墓参りをしたいと思っていたので、ほんとにありがたい話である。




ヒロミゴーのサクマドロップ作りました。





2008/07/08

『K-1に言いたいこと』

2008/07/07

『犬のはなし』

2008/07/04

『それぞれのランチタイム』

2008/07/03

『手紙』

2008/07/02

『ニューヨークへ』
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