『28年目の決断』

 頑に守り続けていたことを先日破った。もう27年間も続けていた大切なことである。どんなことがあろうとそれだけは守っていた。もうイヤだという気持ちが何度も訪れたけど、どうしてもそれを破る勇気がなかった。誰に迷惑をかけるわけではない。自分としてのケジメの問題だ。そして、やめた、これでいいのだ。
 新聞をスポーツ報知からスポーツニッポンに変えた。俺にとっては決して軽々しい話ではなく、大きな決断が必要だった。
 どんなことがあってもジャイアンツ。勝っても負けてもジャイアンツ。81年に藤田監督が就任、王選手がはじめて助監督を務めた年に俺は上京し、祖師ケ谷大蔵にアパートが決まったらすぐに近所の読売新聞に出向いて自分から購読を頼んだ。
 その年は現監督の原辰徳がデビューし、江川卓が20勝を挙げ、ジャイアンツは日本ハムを下して見事に日本一を勝ち取った年である。
 あれから27年。どんなに金がなくても報知スポーツ(現スポーツ報知)だけはとり続けた。81年から84年までは近所に住む兄貴も報知スポーツをとり、週に何度か一緒にメシを食いに互いのアパートを行き来するときは、「なんでおんなじ新聞とっとるんや。オメー他のスポーツ新聞にしろ!」と互いに言い合ったものだが、他の新聞を購読するとジャイアンツを裏切るような感じがして報知スポーツにこだわり続けたクリヤマブラザースなのだった。
 ほんとうは30年間は続けようと思ったけど、もういいのだ。もちろんジャイアンツに捧げる愛情は微塵も変わらない。けれど、もういい。ジャイアンツの女々しさだけを伝える記事などもう読みたくない。そこに羅列されている言い訳や軽はずみな期待論など読みたくない。それよりも他球団寄りのジャイアンツをアンチ視しているようなメディアの方が、ジャイアンツを的確に表現しているような気がするのだ。いや、今のジャイアンツはアンチ視されることもなくなってしまったかもしれないが…
 そして俺は決心した。ジャイアンツの復活を願う気持ちがあればこそ、スポーツ報知を捨て、スポニチに変える! オレンジ色のタオルはもらえないけれど、これでいいのだ。
 新聞屋のおばさん、「スポーツ新聞の場合は本当はあげられないんだけどね」と言いながらもニュービーズを3つもくれた。おばさんも一大決心したのだろう。スポニチ、なかなかの出足である。
 さぁスポニチとって生まれ変わった俺は、ますますジャイアンツを応援するぞ!




「どうも。そろそろ梅雨ですね。」




『地震と五輪』

 中国で大変な地震が起きて一週間。現地は甚大な被害に見舞われている。人はもちろん、物も自然も空気もなにもかもが地獄絵図となっている。その惨劇はメディアを通して俺たちのもとに飛び込んでくるわけだが、たぶん報道用に都合良く編集されたものがほとんどで、現地の惨状たるや想像を遥かに超えたとんでもないものだろう。
 一方では五輪に向けて聖火ランナーが爽やかな笑顔で同じ中国国内を疾走している。
 神の悪戯にしては趣味が悪過ぎる…
 
 勝手なことを書きます。全部「たら・れば」です。

 僕が国家の最高権力者だったら、五輪の中止を宣言します。それまでの苦労やコスト等に関することはともかく、人命とその尊厳を最優先し、天変地異を恨みながらも、全世界に叫びます。
 もちろんウラはあります。ある意味では世界へ向けたパフォーマンスでもあるからです。
 大切なのは人々の暮らしです。なにがなんでも人優先なのです。オリンピックを開催することよりも、国家が一致団結して五輪に注ぐエネルギーを被災地の復興に捧げる方が国力はアップするからです。
 さらにウラの話はこうです。北京で開催できなくなったことを受けて近隣諸国から、「東アジア諸国一体となって五輪を開催しよう」と発言させるのです。メインスタジアムは北京のままでいいでしょう。いや、敢えて北京とすべきです。他の競技の実施については韓国とか日本とかタイとか、北朝鮮や台湾はともかく、政治的な背景を加味して開催可能な国にはすべて声をかけ、友好的なメッセージを発信させ、中国側からも歩み寄り、結果的に今回の地震から「ASIA IS ONE」という理念が誕生したことを声高に訴えるのです。
 五輪開催における実益は多分に被災地復興に充てます。世界最高のスポーツの祭典=惨劇からの復興という図式を成立させるのです。そうすることで、中国は世界中から信頼を勝ち得ます。もちろん近隣諸国にとっても十分に意味を持つことであります。
 政治とは、損得を存分に計算した上で、キレイごとを承知の上でやるものです。どんなパフォーマンスや演出があろうが、それが国民のため、国力のため、国のイメージのため、さらに世界との絆を深めるためであれば、それこそが本当の政治であり正義なのです。
 こっちもやらなければならないけど、こっちはやめるわけにはいかない。そんなことは当然ですが、この状況で無理矢理オリンピックを開催すれば、世界中の評価には黒い雲がかかることでしょう。そのためにも、近隣諸国と共同して五輪を開催しなければならない、いわば損して得を取らなければならないのです。
 一国開催は権威の象徴ですが、それを譲り、近隣諸国間の協調のもとに北京五輪を開催することができたとしたら、それこそが近年失われつつあるオリンピアの精神に準するのではないかと思うのです。
 
 勝手な話ですみませんでした。



『朝の公園』

 気が向いた朝には砧公園をウォーキングする。ふんだんにある緑が日差しを遮り木々の葉が匂いつきの爽風を起こしてくれてとても気持ちがよい。毎日と言っていいほどどこかの幼稚園や小学校が遠足に来ていて、こどもたちの洋服が色とりどりで、それもまた気持ちがいい。
 世の中には俺以外にもヒマな人はいるもので、朝の公園には30代から40代のジョガーやウォーカーがごまんといる。テレビで見たことあるような顔の女の人もよく見かけるが、ノーメイクでキャップを目深に被っているのであの人なのかどうかはわからない。
 走るのが嫌いな俺はいつも歩く。ウォーキングというほどではないがかなり早歩きで歩く。公園には歩いたり走ったりする人のためのコースが設定されていて、目の前に誰かが歩いていたら必ず追い越す。勝負ではないが、なんか前にのうのうと歩いていられると目障りなので、とりあえず追い越して視界を良好にするのだ。
 かなり歩き込んでいたら「くりやまさん」と声を掛けられた。声の主はヘアメイクのYでもう10年近くも会っていない男だった。
 10年前は仕事以外では夜の繁華街でしか会ったことなどないのに、今じゃ朝の公園だ。互いに歳をとって、健康のことを考え出したことがバレバレである。
 Yが言った。「やっぱ『TARZAN』出身ですね。なんだかんだ言いながらカラダのこと気にしてますね」
さらに続ける。「でもそのお腹は『TARZAN』っぽくないですね」。
 Yとは主に雑誌『TARZAN』中心に仕事をしていたので、どうやらヤツの記憶は俺=TARZANで止まっているようだ。
 事務所に行くとまたまた10年ぐらい会ってないカメラマンTが作品を持ってやって来た。そいつも健康のためかドラッグからはすっかり足を洗ったらしい。月末に大阪で行われる個展に展示する作品の並びを一緒に考えてくれと言うので、どうせヒマだしつきあってやった。
 ヤツは俺の事務所を隅々まで見回してから言った。「『POPEYE』っぽいですね」。Tとは主に雑誌『POPEYE』中心に仕事をしたので、なんとなくなんでもかんでも俺とPOPEYEを結びつけたいのだろう。
 みんな健康を考えてそれなりに真面目になって、昔の記憶をどこかわかるところに忍ばせながら今日を生きている。



『スターのオーラ』

 某レコード会社のアーティスト控え室で某スターと打ち合わせをした。そこに流れる空気はオーラで包まれ、今にもそれに呑み込まれて金縛りにあいそうな雰囲気である。それを打ち破ろうと下らないギャグなどかましても逆効果になることは目に見えている。その場所で大切なことは、逆らわないこと。つまり空気に呑まれるのではなく、包まれることだ。
 どんな場面においても自分が中心とは限らない。その場の空気に耐えられないからといって、ムリをして空気を変えようとしても、それは対自分への誤摩化し行為であり、そこに同席する人たちへの思いやりであるとは限らない。ましてそこに強烈なオーラを放つ誰かがいれば、変な小細工は「ん?」である。
 オーラ。これをどれだけ経験するかで人はいろんなものを肥やし、育まれていく。あたりさわりのない、とっくに慣れてしまった空気の中でダラダラと生きるのも悪くはないが、たまには自分ではどうしようもならない、まして意味さえわからないオーラという魔力の中に身を置くことで、自分の小っちゃさがこれでもかというほど思い知らされる。僕にとってこのような環境は人生における大切な授業だと思っている。
 オーラというのはクセになるもので、少しでも共感できるとまた次なるオーラを求め探してしまうものである。そんなオーラ探しの旅に身を置きながら、少しでも自分の身につけばいいと思うのだが、それはまた別問題のようである。残念ながら自分は永遠のパンピーであるが、これもまた僕の誇りなのだ。



『木村天津』

 天津木村という芸人、ばかばかしくて面白い。詩吟ときたか、企画勝ちだな。だれもが深く知らないテーマを、イメージだけでもっともらしく伝え、なんとなくそう思わせてしまう手法はクリエイティヴではよくありがちなテだが、それを承知の上でも面白い。詩吟と着物と7:3の髪型という和調フォーマルないでたちで、ムラムラくる男心を軽薄に「吟ずる」わけだが、なぜか今、俺のど真ん中にヒットして仕方ない。しかもムラってる男の画が見える。すばらしい描写だ。
 詩吟界からすればこれほど迷惑な存在はいないだろうが、それでもマイナーな伝統芸能をテーマに笑いが繰り広げられることは立派なプロモーションである。
 これでいいのだ。棚の上に奉りすぎて触れることに慎重になりすぎたり、ルールを重んじすぎて人々が無関心になるよりは、それが笑いのネタであるとしても人々の前に与えてあげる方が尊いのである。すべての文化は「コレなに?」「なにソレ?」という好奇心からはじまる。それがやがてネタとなりトレンドをつくりそして文化となっていく。そもそも「笑い」とは立派な伝統芸能であり文化である。そこに取り上げられること自体、ありがたいことなのだ。
 天津木村。さぁ、吟じておくれ。波多陽区のようにその後のことは心配だろうが、今はとにかく吟じまくってくれ。勢いがなくなったら、またなにか考えて出直してくれればいい。俺はいま、お前が好きだ!


PS:船場吉兆の女将は和泉元彌のかあさんと組んでなんかやったほうがいい。




2008/05/20

『28年目の決断』

2008/05/19

『地震と五輪』

2008/05/15

『朝の公園』

2008/05/14

『スターのオーラ』

2008/05/13

『木村天津』
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