『平井堅』

 どうしようもなく平井堅が気になっている。僕は「第2期平井堅ブーム」と呼んでいるのだが、もう頭の中が平井堅で平井堅でどうしようもなくなってきているのだ。
 平井堅の歌は演歌のようにじわじわとやってくる。遠い大海原の向こうでちょこんと起きた波が何千マイルもの海を走りながら巨大になって、やがて岸壁に押し寄せるような、長くてシブとい歌。僕の胸の岸壁にぶつかった波は、はじけて泡になるのだけれど、その泡が毛穴から侵入してきて潮の匂いを残していくのだ。こんな気持ちは石川さゆりの『天城越え』以来だ。あれはちょっと激しすぎて何度も転覆しそうになったが、いつまでもリフレインする独特な感じは、確かに似ている。
 宮沢りえを背後からはがい絞めにしたラブソング。あれもビッグウェイヴである。例によっておだやかな曲調ではあるが、きっと3年後の第3期平井堅ブームがやってくるまで、ずっとずっと僕の耳の奥の脳みそに近いところで、そよそよと潮騒を続けるにちがいない。
 平井堅よ。僕は君の歌が好きだ。歌というより、ゆりかごで揺られているような感じが好きだ。そんな記憶はさらさらないが、君が唄いだした途端、僕はゆりかごの中にいる。
 ゆりかごから墓場まで。そろそろお迎えということか。縁起でもないことを言うではない。人間はいくつになってもゆりかごの中にいるようなものなのだ。
 どれだけ素敵な音楽に出会うか。どれだけゆりかごの中で人生を送れるか。平井堅の歌はララバイである。大人の男の汚れた毛穴から浸透してくる潮騒のララバイ。
 決めた。武道館行く。




ぼくのゆりかご。




『GWにやること』

 先週の土曜日から数えて一週間連続でカラダを動かした。プールプールカーツフッキンジムプールカーツ。句読点を打ってないからわかる人だけわかれば良い。この一週間で僕の肉体は錬磨されたのだ。とはいえ飲む量が半端じゃないので数字的なものには表れていないが、精神的にはかなりアガっている。
 昔のようにむちゃくちゃやるのではなく、午前中にちょこっとだけカラダを動かす。それだけでいろんなものが晴れる。気持ちも凝り固まった筋肉も二日酔いも。無茶はいかんと、ようやくわかりはじめた歳だし、今さらバッキバキなカラダに(ヒガシみたいに)鍛えようとは思わないし、そこまでやるからにはそれなりの覚悟がいるし犠牲も払う。なにより気合いが足りない。だからそれなりというかほどほどしか選ばないのだ。
 着なくなった(着られなくなった)洋服はいろんなものを語ってくれる。その時代の流行だけではなく、その頃の自分の体型や想い出までも。そして僕は想い出がいっぱい詰まった洋服を(特にパンツ)を握りしめながらしみじみと情けなさに浸るのである。
 ただそれも人生、落ち込んだりアガったり、それが心の中にあることだけではなく、カラダの形でもそうなるのだから人間という生き物はおめでたい。そのど真ん中にいる僕は、このGWもちびちびとカラダを動かし続け、ささやかな満足を獲得しようと目標を立てたところです。




だけど毎日チキンラーメン。




『おはよう。こんちは』

 区営プールでひと泳ぎしてから呑気に中目黒にやってくると、駐車場前にジェネラルリサーチの小林さんがうろうろしていた。「こんちはクリちゃん」「あ、小林節正せんぱい、なにやってるんすか、中腰でうろついてたらどう見ても怪しいですよ」「怪しいのは君だ、マロン君」。なんてことない昼下がりのご挨拶。思えば小林さんとはもう18年のお付き合いになる。その頃、小林さんは売れっ子シューズデザイナーで俺はお茶汲み。それでも小林さんは対等に接してくれた。ありがとうございます、せんぱい。人柄も洋服もすべて好きです。
 事務所に到着すると芸能プロダクションのマネージャーが新人アイドルを連れて来ていた。キラキラと輝く瞳で「おはようございまっす」。もう昼休みも終わろう頃に「おはよう」である。そもそもなんで「おはようございます」なのか?芸能界のような殺伐とした世界だからこそ、いつだって早朝の鳥のさえずりのような清々しさが必要なのかもしれないな。せめて挨拶だけでも、みたいな。
 彼女はきっとこれからいろんな雑誌に登場してさまざまな写真家のリクエストに応えながら自己表現の幅を広げ、やがては人気女優になっていくのだろうか。彼女にとって「おはようございます」は単なる芸能界の通例的な挨拶に留まらず、タレントという人生におけるはじまりを物語っているのかも知れない。
 「こんちは」「おはよう」。グンモーニンでもハローでもチャオでもない奇麗な言葉。出勤時間は遅いが、立て続けに気持ちいい挨拶を交わしたことで、素敵な一日、いや半日がはじまる予感がした。




ちらかっています。




『海外ねぇ…』

 海外での仕事は困る。飛行機に乗ることが困る。怖くて仕方がない。もういい加減なれたでしょと聞かれるが、慣れるわけがない。慣れてたまるか。けれど着いてしまえばなんてことない、平気だ。アジア以外でもどこでも腹は下すが、それなりに楽しんでいるつもりだし、掘り出し物を探すのも得意な方。飛行機に乗らなければもっといろんな国に行きたいと思ってる。
 けれど、トータル的に考えると、出発前一週間前からのなんともいえない緊張感が僕を徐々に壊していき、海外滞在中も頭のどこかで「飛行機に乗って帰らなきゃ」という思いがあるから精神的にはかなり滅入る。たぶん海外での下痢はそのせいだ。結果、海外でのエンジョイ度にも翳りがさす。
 写真家のレスリー・キーは300人のポートレートをまとめた写真集を出版する際、なんと130人が海外での撮影だったそうだ。しかも全額実費。交通費も滞在費もスタジオ代も機材費もぜんぶ。1万冊出版して7000冊を販売し、売上げから一冊2500円分をチャリティに。残り3000冊はお世話になった世界中の人たちに贈呈。どこまでもすごいやつだ。
 レスリーが言う。「海外を知れば知るほど日本という国の素晴らしさを実感できるよ。だからワタシはいくら忙しくても海外へ行く」
 シンガポール人のレスリーにしてみれば日本も海外じゃん、などという軽いおちょくりも言えないほどに純粋に日本と世界を愛する彼の写真はどこまでも透明だ。まるで被写体の心が透けて視えるくらいに美しい。
 カラオケでは中島みゆきの「糸」というシブい曲を選び、たどたどしい日本語でソフトに歌い上げ、やがて僕たちを感動に至らしめる。日本が大好きでどうしても日本に住みたいと願った少年が叶えた夢という名の現実の中で、日本人の心の素晴らしさを写真以外にカラオケでも見事に描く希代のアーティスト。
 「一年に5回は海外へ行った方がいいよ。なんでって、行けばわかるよ」
 なぜか無性に納得させられてしまう彼の言葉に、そろそろ飛行機恐怖症を本気で治療しはじめようとしているこの頃であります。




レスリー・キーと。ここ、実は世界遺産です。




『疲れた顔に』

 疲れは顔にでるらしい。表情ではなく、肌に。そんなことはどうでも良いと思っていたし、疲れた顔も男の勲章のひとつ、ボロボロになった男の顔には哀愁やエロスさえ漂うのだとポジティブに解釈していたら、「疲れた顔は他人を巻き込みますよ」と20歳そこそこの女の子に言われ、女子の目線というのも時代とともに変化しているのだなと他人事のように思っていた。
 とはいえ、なんか悪いものを見られているような気がして、次第に気になり、「なぁ、俺の顔ってそんなに疲れてる?俺の顔見てると疲れる?」と周りの人に聞いてみた。するとみんなは「そんなことないですよ、若いですよ、年齢よりずっと」。まぁそうだろうな、「正直言って疲れます」というような勇気ある身内はそういないわなぁ。
 そんなところへ例のフェイシャルエステサロンの女性スタッフから電話が。「あ、クリさんですか、今度はいつになさいますか?」。僕はすかさず「できるだけ早く」と条件反射で答えを返した。
 明日はエステの日である。エステを受ける理由はたっぷり用意したけれど、僕はなぜかエステに関して前向きである。というか、かなりハマりつつある。
 こういう気持ちははじめてなので、ドキドキしてちょっと嬉しい。
 キレイになるぞ、明日も。




2008/04/26

『平井堅』

2008/04/25

『GWにやること』

2008/04/24

『おはよう。こんちは』

2008/04/23

『海外ねぇ…』

2008/04/21

『疲れた顔に』
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