『説教について』

 僕はいつも誰かに説教しているらしい。自分ではそのつもりはないが、人から見れば説教なのだそうだ。
それを求めて事務所にやってくる人もいるから、それなりに良い部分はあるのだろうと思うのけど、これが『説教』という言葉に括られるとなんだか格好悪い。
 こう見えても格好良さに対する美学だけは持っていて、その中にはもちろん格好悪さも含まれているけど、それを人から言われるとたちまち本気で格好悪くなってしまうから厄介である。

「説教をするより説教される大人になれ」と言ってくれたのは尊敬するブラザートムさんだが、そのトムさんが深夜番組で37歳になる童貞でニートの男を本気で説教しているのを見て安心した。なんだトムさんもじゃん、という挙げ足をとったことが嬉しいわけではなく、その説教っぷりがあまりにも感動的だったからだ。
 説教というものは何も目上からものを言うだけでは意味がなくて、そいつの気持ちの中に入り込んで、首根っこをつかまえてそいつが向かおうとしなかった方向へギュッと向かせてやることである。文句や悪口や罵る言葉とはまるで違う、分り易くいうならば足を引っ張ったり後退させることではなく、前進させたり発展させたりするための親心にも似たプロデュース心が必要なのだ。
 となればそう易々と人に説教している場合ではない。鼻クソほどのちっぽけな悩みを抱えたやつらに本気で説教していたら、どれだけ時間があっても足りやぁしないしそんなのは人生の無駄である。ましてさっき会ったばかりの奴らに親心など抱けるはずもない。そういう意味では、他人のしょっぱい人生に付き合ってるより自分を大切にした方がいいって事になり、トムさんの言葉にも合点が合う。
 要は説教もクセにしちゃいかんということか。安売りはダメってことね。
 そんなトムさんが友だちが担当する某雑誌のインタビューをうけた。「どんな大人になりたかったですか?」という質問に対して、「別に考えたことはないけど、クリヤマみたいな大人にだけはなりたくない」と言ったそうだ。友だちを介して僕に伝えるためのメッセージだとすると、メールや手紙よりもはるかに嬉しい。
 僕よりもうんと年上のトムさんが、まだ子供みたいなことを言っていることで、僕もしばらくはこのままでいいのかなって思えるのだ。
 また明日から、ちゃんと説教しよ。




トムさんからいただいた凄まじい本。




『死ぬほど臭い奴の話』

 朝のラッシュアワーの半蔵門線で痛い目に遭った。僕の前にいた記録的なデブが臭い息を吐き続けて僕は記録的に死にそうになった。横幅だけではなく縦にもデカいデブは僕が右手で掴んだつり革のリングあたりに顎があって、そこから斜め45度下に向ってその記録的に臭い息を噴射し続けたのである。

 僕の顔面はその毒ガスの標的となり、1分間に約8往復、1回約4秒間にもおよぶアウシュビッツを浴び続けた。渋谷までの15分間、延べ60回、時間にして240秒間、ギュウギュウ詰めで身動きのとれない僕はその毒ガスに前髪をそよがせながら、地獄のラッシュアワーに制裁を加えられたのである。
 致死量はとっくに超えていた。生きているのが不思議なくらいの特別な臭さ。これが同じ人間の胃袋からスルーアップされるものかと思うほどのスーパースメル。喩えるならば炊きたてのこしひかりの上に東京湾の日陰の岩場の隅っこにに40年間こびりついている年代物のヘドロを佃煮のようにかけて食べるようなものである。いかん、喩えるんじゃなかった。もっと気持ち悪くなってしまった。

 現場には僕以外にも被害者がいた。僕ほど直接的ではないが、関節フリーキックにしてもかなりディープブルーである。それを証拠に、渋谷駅に到着してホームに降り立つとともにスーパースメルを浴びた僕の半径1.5メートル以内にいた人たちは一斉に絵に描いたような深呼吸をしたのである。もちろん僕も久々に浴びるペパーミントの空気を肺の奥底へ運搬しようと試みたが、15分間もの間、口笛を鳴らすように口先だけで呼吸していたので、ミントが喉元に詰まって咳き込んでしまったが、それさえも幸せに感じてしまうくらいにムゴくて臭い時間をおくっていたわけです。
 ああいう人は野放しにしておいていいのですかね?あのデブにそのことを注意して「セクハラ」だと言い返されたとしたら、僕は甘んじてセクハラ容疑をかけられてもいいけど、僕が生と死の淵を彷徨う15分間を過ごしたことだけは裁判官の前で声高に叫びたい。法律が僕を許さなくても、人々が僕に同情してくれればそれでいい。民の涙の前ならば僕はその首を無情のロープにさらすことだってできる。

 ほんと、ウンコの臭みがギッシリ詰まった屁を、ケツの穴からではなく口から顔面に15分間も放射され続けられた俺の気持ちを、どうか全力でわかってほしい。
 デブが悪いわけではないが、臭すぎる息を吐き続けたデブは確実に悪い。
 そして僕には、毎年恒例の花粉症がやってきた。
 けれど、例年よりツライとは思わない。
 匂いをかげないことは悪いことばかりではないと知ったからである。




マロンブランドビル(入ってるだけだけど)の玄関は無惨にも破壊されました。




『バレンタインデーチョコレート』




①バレンタインデーにスタイリストの薮内から手作りチョコレートを
プレゼントされた。

「まさか、おまえそうだったの?」
 顔が顔だけに少しゾッとした。




②L♡VE 栗ちゃん しかもピンク色。
今までで一番もらいたくないチョコレートだった。







③なるほど。彼はきっと伸びる。





『メガネ事件』

 メガネを紛失してたまらなく哀しくなった。
 僕の大好きなメガネ。ずっと大切にしていたわけではないけど、ほんの3週間前、机の引き出しの中からひょこっと出てきた忘れ去られた物だったけど、なぜか劇的な再会のような気がして、そのフレームに収まっていた色付きのレンズを透明レンズに変えて、毎日かけていたメガネ。ウェイファーラータイプのちょっと大きめなレンズの古くさいデザインの、それほど高くないメガネがどこを探しても見当たらない。落としたのだろうか?どこかに置き忘れたのだろうか?ひょっとして身の周りにあるのだろうか?
 僕の頭の中はメガネのことでいっぱいで、メガネをかけずにその日を過ごすことがすごく憂鬱だった。

 6日前に道端でバッタリ出会った馴染みのモデルの首に巻かれていたマフラー。2日前に奇跡的な縁で僕の事務所に3年振りにやってきて、そのまま久しぶりに飲みに行った女優の肩を包んでいたストール。
 どちらも僕の大好きなメガネをデザインした男の物と同じブランドで、彼女たちとの久々の会話を楽しみながら僕は言った。
「あっ、そのマフラー(そのストール)。ほら、僕のメガネもコレだよ」
「ほんとだ、そう言えば、元気かなぁ…」

 そんな偶然が重なり、あらためて奴のデザインの素晴らしさを嬉しく思っていた最中のロスト・イン・メガネ。もう落ち込んで落ち込んで、彼女たちが大切に首や肩に巻いていたニットのことまで思い浮かべて申し訳ない気分になり、どうしようもないほどに落ち込んだ。
 昨晩9時。やるせない気持ちを引きずりながら、気分を変えようと過去に一回しか入ったことがないハンバーグ屋に入った。量が自慢の店内は若くて声のでかいサラリーマンのオンパレードで、目を凝らしてみれば大食自慢の芋洗坂係長みたいな人が本当に嬉しそうにハンバーグをぱくついていた。
 そこに僕はひとりしょぼん。食欲があるわけでもないので、レギュラーサイズのハンバーグと半ライスで哀しみのディナーをとっていた。
 すると僕の斜め右の席に、僕と同じようなテンションでひとりの男が入って来た。メニューを見るでもなく、決まった注文をするでもメールを打つわけでもなく、タバコに火をつけ、椅子の背もたれに全体重をあずけて天井めがけて煙を細長く放出していた場違いのキザな野郎。

(なんだこいつ)「あれっ? おまえ、カタオカっ?」
(だれあんた?)「あっ、クリさんっ!」

 そいつこそモデルのマフラーと女優のストールと僕が無くしたメガネのデザイナー、片岡だった。
「おい、片岡、俺な、お前のな、メガネな、今日無くしちゃってな、落ち込んでココに来たんだよ」
「なんで落ち込んだらココにくるんですか?」
「聞くな。俺にもわからんが、なぜかココに来たんだよ」
「俺もカネなくて、ココ来たんですよ」
「バカやろー、俺は金は少しある。ないのはメガネだけだ」
「じゃ在庫探してみますよ、あったら送ります」
「簡単に言うんじゃない。そういう業界チックなことはよくない」
(とはいうもののちょっと残念だ)
「相変わらずロックしてますね」

 それから僕はモデルのマフラーと女優のストールの話をしたり、それよりもやっぱり無くしたメガネの話をいっぱいして、そして片岡の作る洋服やそれ以外の物も含めて、それがどれだけカッコいいかを作ってる本人に説教臭く熱弁した。
 いつしか僕らのテーブルには水だけとなり、客は入れ替わり、ウェイトレスははよ帰れというような苦いオーラを出していたが、それでも僕たちは語り続けた。

 先日の日記では、音信不通になってしまった友人のことを書いた途端にその友人が事務所を訪ねて来た。昨日はここしばらくの間に偶然に会った友人たちが身につけている物や、僕が大切にしていたメガネを作った男のことを思っていたら、通常では入るはずのない店で彼に出会った。
 一体どうなってるんだ人生?とポジティブな疑問を抱く自分がとても幸福に思えた。

 そして片岡とは「今度はふたりでココに来よう」と約束をした。
 今朝、メガネが見つかった。
 とても2月とは思えない暖かな水曜日である。






コレです。


          片岡のやってる洋服は
          「REALIZE」といいます。
          よろしくお願いします。




『S子の旅立ち』

 ともだちのS子はずっと飲み屋で頑張って働いて、12年前に雇われママになり6年前には自分の店を持った。人柄も気さくでノリも飲みっぷりもよく、カラオケの腕もまぁまぁで、青春論を語りだすと涙ぐむ純なところもあり、俺たちおっさんばかりではなく、若い男の子からも人気があった。
 それが命取りになった。

 S子は店に頻繁に訪れる年下の男といい仲になった。珍しい話ではない。特に飲み屋となればなおさらである。ただ一点だけちょっと違ってたというか普通じゃない部分があった。
 彼は組員だったのだ。そして彼の姐さん、つまり彼の嫁さんはS子よりもはるかに年上の女だった。
 女はやがて彼とS子の関係を知った。そして自分より明らかに若くて美しいS子に圧力をかけはじめた。
 最初は電話で、次には遣いの者をよこし、次第に圧力を高めながら、やがて女本人がS子の前に現れた。
 あっと言う間にS子の店は他人の元へと渡り、S子は日を追う毎に強くなる圧力に自室で怯えながら毎日を過ごしていた。
 頼みの彼氏は姐さんの言いなりになり、知らぬ間に“S子からモーションをかけられた”ということがでっちあげられていた。
 一度火をつけたら最後、そちらの道では二度とヘタをうたせないように仕置きをすることが掟なのだという。多分に洩れず、S子への圧力が「制裁」へと変わりはじめた頃、S子は自室で怯えることさえ許されず、姐さん監視の下で軟禁状態を強いられることとなった。
 窓のない暗闇の二重扉の部屋に閉じ込められ、ベッドに足を括られ、一日に一度だけ水とペットフードのような物を与えられ、そしてまた放置される。便意をもよおした時には手を縛られ、見知らぬ男が付き添ってトイレの扉を開け放しながら用を足す。そんな日々が1ヶ月ほど続いた。
 気が狂いそうになったとき初めて姐さんがS子に直接口をきいた。
「死にたいんなら殺してやってもいいんだよ」
 その世界の道の掟を身を持って体験したS子は、その後解放されはしたが、しばらくの間、誰ひとりとして連絡を取らなかった。いや、取れなかったというのが正直なところだろう。
 
 事件から9ヶ月、S子から連絡があった。一通りの説明を聞いた後彼女は言った。
「怖くて死にたいけど、死ぬのも怖い」
 
 それから3年が経ち、電話口でS子は言った。
「死ぬのは怖くないけど、死ぬ前にもう少し人生をやり直したいっていうか、楽しみたい」

 先週末、S子は南の国へと旅立った。帰る予定はないらしい。そこでもダメだったらそのときまた考えると言っていた。
 S子の顔を想像した。店をやっているときのようなおチャメでおバカな顔が浮かんだ。だけどもうバカはしないという反省の色も浮かぶちょっとだけ成長した顔だった。
 いろいろとあった分、南の国では幸せになって欲しいと願っている。幸せというのが大それた願いであるならば、S子の言うように単に楽しめる日々であれば、それだけでいい。
 永久の別れではないけれど、その場所がS子にとって楽しい場所でありつづけるならば、もう二度と会えなくたっていいと思う。




S子に幸あれ!





2008/02/26

『説教について』

2008/02/22

『死ぬほど臭い奴の話』

2008/02/21

『バレンタインデーチョコレート』

2008/02/20

『メガネ事件』

2008/02/19

『S子の旅立ち』
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