『ハブ酒』

 先週金曜日に事務所の新年会をやった。しつこいようだが2月になっても新年会である。
 酒は怖い。ある友人の嫁が持って来たハブ酒で4人がヤラれた。床をのたうち回る一種のけいれん状態のような症状で、たとえるなら熟睡しているトレンディな広告代理店の営業に電気椅子と同じパワーの電流を流して、寝ながらにしてタテノリのダンスを踊らせるような感じである。
 タテノリの4人の他5人もその日の記憶がないという。うちひとりは僕ですが。

 ハブ酒はバツグンに効く。もともとハブはガブリと噛んだら人ひとり死んでしまうぐらいの猛毒を持ってるのだから、そんなもんを瓶詰めにして焼酎とコラボさせたらヤバイに決まってるのだ。
 ところがその口当たりときたら、スィーティーでまろやかで、一口でもごくんと飲むとその独特のトロ味が淑女の花園を開かせ、ケチ男の財布のひもをほどき、腰の曲がった老人がスキップをし出すほどの魔力を発揮する。酒というよりヤクに近く、さらにはもれなく幻覚症状が付いてくる、とびきりの合法ドラッグなのだ。
 またその友人の嫁というのが、見るからにマレーシア航空のスチュワーデスっぽい神秘的かつかなり濃い味付けの顔をしていて、そのうえに猛烈なハイテンションのおしゃべりで、ぜったいワイドショー番組の再現フィルムに出てくるようなキャラなので、みんながまんまとワナにはめられて、あっという間にひとり2ごくんしてしまったのである。

 後日、新進気鋭の映画監督からメールが届いた。
「ハブ酒にヤラれました」
 芸能プロダクションの部長からも。
「ハブ酒で死にました」
 PR会社の新人からは
「みなさんを見ていたら、ハブ酒を飲んだらいけないと思いました」

 新年会から3日後の月曜日。不動産会社のやつからメールが届いた。
「先日はどうもありがとうございました。本当に楽しかったです。ただ、ハブ酒を飲むまでは…。明日には出社できるように頑張ります」

 四日酔いで会社を休んだらしい。

 後日談ではあるが、そのハブ酒は市販されているものではなく、酒そのものにいろんなものがコラボレートされている、早い話が自家製のチャンポンハブ酒だと知り、死人が出なくて良かったなと本気で思いました。




マセラティの杯(さかずき)。ハブ酒は注がれていない。




『ヨシコ』

 ヨシコがついに結婚した。
 ヨシコとは僕が尊敬している3人の女性のうちのひとりです。誰もがヨシコと知り合って素直な気持ちになり、やがて大人になっていった。あるいはヨシコと知り合ったことで、偏屈な大人は純粋な心をもつ少年に戻った。
 ヨシコは単なる飲み屋のママではない。
 世界のヨシコである。

 パーティには300人ぐらい来ていた。ワイドショーのカメラが入ったらどうなるんだろうというキャストだった。そういう人たちが後先なしにステージに上って余興をした。なかでも、これはどうしても書きたいので実名を書いてしまうが、電撃ネットワークの一芸はとんでもなかった。いや、面白かったということです。
 内容はご本人が一応ナイショと言っていたので明らかに出来ないが、「一応」というお言葉に甘えてちょっとだけヒントを言うと、毎度おなじみの、あの命懸けの芸です。もちろん標的は新郎新婦。それが電撃ネットワークであり、ヨシコの器のデカさなのである。
 パーティはさまざまな仕掛けにより進行し、時間を追うに連れて誰もが酔っぱらった。酔っぱらわせるのがヨシコの仕事であり、たとえウェディングドレスを着た主役であっても、ヨシコはそれを忘れない。というか自分もかなり酔っぱらってるからおめでたい。
 それでいいのだ。それが世界のヨシコなのだ。
 なんたって、ヨシコは自分の誕生日ケーキの中に顔を突っ込んで、ケーキから顔を上げた瞬間に、“わー真っ白っ!”というハッピーなリアクションをとろうとしていたのに、ケーキの中に仕込まれていたワイヤーに頬を突き破られ、生クリームと真っ赤な鮮血が混ざって、顔中ピンク色に染まったという伝説を持つ女だ。 
 しかも、流血しながらガハハと笑う、見ようによっては不気味極まりない事件であるが、それでもそいつがヨシコであれば人はハッピーになり、やがてピースへと昇天していくのである。
 そんなヨシコが結婚した。芸能界も政界も、とりわけ三軒茶屋はびっくりなのだ。

 パーティではいろんな人に久しぶりに会えた。ヨシコのおかげだ。10年振りの人も15年振りの人もいた。これもヨシコのおかげ。あの頃アイドルだった子は立派な母親になっていて、なにをやってもダメだったヤツは、一発当てて大金持ちになっていた。そいつらもみんなヨシコが大好きなのだ。
 バッカみたいに明るいパーティだったけれど、僕は最初から熱いものがこみあげてきてずっと泣きそうな状態だったので、シゲと一緒に一足先に会場を後にした。

 この冬いちばんの大雪の日にパーティというのも、ひょっとして仕込み?
 そんなありえないことでさえ、可能にしてしまうヨシコという女。
 凍えそうな寒い日に、ゆたんぽのような温もりを与えてくれた僕の大切なともだちが、40歳を前にして今までよりもっと幸せになりました。
 たぶんあいつ、ウェディングドレス着たまま寝たにちがいない。




汐留。エコと逆行する街。




『老人とプール』

 水泳をやっています。ほどほどに週1〜2回程度。
 午前中のプールは花盛りの老人たちでごったがえしています。老人といっても、そのほとんどが超熟女のバァさんたちばかりで、ジィさんはちらほら見かける程度に過ぎない。もう少し細かく分析すると、ごった返しているバァさんたちは推定65歳〜75歳で数にして30〜40人。対してジィさんたちは定年を迎えたばかりの60歳ぐらいの人と、もうすぐお迎えがくる80歳を過ぎた人がそれぞれ3〜4人ずついる程度。そんなわけで昼前のプールはバァさまたちのパラダイスと化し、マニアにはたまらない花園なのである。
 そこには50mプールと25mプールがあり、僕はいつも25mの方でバシャバシャやっている。理由としては50mプールで泳ぐと40mを過ぎたあたりから呼吸が苦しくなって、残りの10mを殺気だって泳いでしまい、その姿が溺れる寸前のスリリングな感じに映ってしまうからです。
 あまり得意じゃないんですよ、水泳。特に長いのは。

 25mプールは超熟女たちの溜まり場です。コースの真ん中で二人並んで孫の話なんかをしていて監視員の大学生にいつも注意されていますが、いつも超熟女たちはこんな感じで返しています。
「ハイハイ、すみませんねお兄さん。もうちょっとで終わりますから」
 話し終わるまではそこを立ち去らないという頑な意志。柔らかい言葉の中にもシャープに漂わせる敵対心。何十年もこの国に税金を納めてきて、それでこのプールが出来たのよと云わんばかりの無茶苦茶な理屈。挙げ句には両側のコースロープを背もたれにして、コースの真ん中をスイマーが通れるようにして両サイドで会話を続けるど根性。
 そんな姿を見て僕は思う。「アッパレ!」
 アッパレたちはただの迷惑老人ではない。泳ぐとめちゃくちゃ早いのである。しかも泳ぎだしたら、人の進路を妨害していることなど丸無視なのだ。
 とにもかくにもど真ん中を泳ぐ。とばしすぎて疲れたらど真ん中で休み、ど真ん中をキーポンマインドしながら会話をする。
 僕はその水に浸かっているだけで皮膚がボロボロになりそうで、何のためにプールに来ているのかわからなくなってしまうのだが、それでも僕は重力から身を解放し、水の中を水平移動しながら肉体を鍛えるのだ。
 指先から入水し、できるだけ遠くの水を手のひらでキャッチし、体幹まで引き寄せてから体側に水を逃がすと同時にエルボーアップ&リカバリー。反対側の腕はバトンを受けたように同じ動きをリレーして、両の腕が車輪のごとく回転し二足歩行の生き物を水中で推進させるのだ。
 と、ここまでは文章的にもナイスなのだが、視線を指先の少し前方に置くと、そこにはババァの股間が右へ左へ蛇行している。年期の入ったそのレッドゾーンを追いかける俺。追いかけられていることを知ってか知らずか、ババァの股間は俺にこんなメッセージを送るのだ。
「あなたはココから産まれてきたの。そして人は誰もが水から生まれたの。さぁいらっしゃい、過去でも未来でもない、水という名の宇宙に」
 こんな股間の囁きを聞いてしまうと、もう泳ぎだとか筋肉強化だとかはどーでも良くなってしまい、俺は哀しみの底なし沼のようなプールにギブアップを告げるのである。
 そしてさっき見たものをきれいサッパリ忘れるように入念に目玉を洗ってプールを後にするのである。
 ふと気付いたのだが、なんでバァさんたちはノーメークなのに口紅だけは真っ赤に塗っているのだろう。 
 それが戦後間もない頃の少女たちにとっての、決して外してはならない乙女の掟なのだろうか?

 そして僕はまた泳ぐ。バァーサンズパラダイスのトロピカルな水の中で。




芸能プロダクションの人と打合せをするフグさん。




『人間対コンピュータ』 

『アイ・アム・レジェンド』という映画、結構リアルだった。あり得ないことではない。それぐらいにウィルスってのは怖いし、どこでどうウィルスが人間を超えた生命体をこしらえるかわからない。
 人間が創ったものが人間より強くなる。そのうちにコンピュータが生命を持ち、人間をこき使う時代がやってくるのかもしれない。そこには支配はあるが感情や感覚は存在しない。あるのは生命の存続というDNA本能だけ。つまりミッションだけなのだ。
 人間界では人を殺すことは特別なことだが、コンピュータが支配する世の中では人殺しは整理整頓に過ぎない。防虫駆除みたいなもので、いかに自分たちが暮らしやすい世の中を創造するか。それだけがDNAの使命であり、その妨げになる生命体は、生き物ではなくモノとして扱われる。
 立ち位置としては人間界における動物や植物と同じだ。いくらキレイ事を言ったところで、その時々に於いて人間にとって都合が悪ければ、殺されるし処分される。犬や猫なんかは恵まれている方で、農村や山間部では熊や鹿やうさぎやリスや猪だって殺される。殺される熊がいれば大切に保護されてから動物園に閉じ込められる熊もいる。どっちがいいとは言わないが、どれもこれも人間のわがままなモラルによってその行き先は決められる。
 それをいつの日か、人間ではなく、コンピュータがやる。
 
 地球が暖かくなって、動物たちが山から下りてきて、氷河が融けて海面が上昇し、海の生態系が変わる。地上では餃子を食べると人が死に、肉まんには段ボールが詰められ、ケータイ電話はいつしか電話機の役目を失い、人々は電話を使って文字でやりとりしている。
 電話を使えない人間は会話をすることをなくし、人類存続の危機が来てもコミュニケーションすることを忘れてしまったから、誰もがただ虫けらのように死んで行くだけ。
 パソコンもケータイも、コンピュータ社会のスパイであり暗殺者であることを21世紀の人間たちは気付かない。
 こんなこと書いている僕さえ、書くほどにコンピュータの罠にはまって行くような気がしてならない。
 書いているうちにちょっとエグい気持ちになってしまった。
 せめて今日の新年会が行われるホルモン焼き屋では、人間らしく肉を喰らって高笑いしよう。
 それにしてもいつまで新年会やってんだ?




空き缶の結末。やがて人も捨てられる。




『ハンドボール日韓戦』

 ハンドボールの五輪予選再試合に行って来た。観客は1万人を超えるすごい人だった。
 通常ハンドボールの日本リーグの平均入場者数は700人程度というから、約14倍の観客を集めたことになり、それだけでも今回の再試合への注目度がいかに高いかがわかる。
 僕の大学の同級生にハンドボールの元日本代表選手がいて、そいつは企業に勤めながらハンドボール協会の仕事をこなしてきた。今回そいつから「行かへんか?」と誘いを受け、こんなに盛り上がっているし是非、ということでサッカーの代表戦のチケットを知人に譲って代々木へと向ったわけである。
 結果は周知の通りでスコア的には接戦&善戦という形に収まったが、僕はこれっぽっちも勝てるとは思わなかった。もちろんスポーツのことだから、どんなことが起こるかわかるはずもないし、過去にもさまざまな競技で奇跡は起きてきた。かといって韓国を倒すのに奇跡的な力が必要かと言われれば、そこまでの実力差があるわけでもない。だが、ハンドボールとは奇跡の起きにくい競技であり、実力差が確実に反映される競技でもあるのだ。
 フォーメーションだの戦術だのという入り込んだことはど素人の僕が言うべきではないが、少なくとも客席を埋めた応援団の実力差は歴然だった。韓国の応援団は本当に強い。仲良しこよしのチームワークではなく、勝つための結束力、チームを勝たせるための結束力が日本よりも遥かに上なのだ。
 彼らは知っている。本気の応援というものがどれだけわずかであろうがチームの一助となることを。応援することに対して「本気」なのだ。もちろん国民性の違いはあるし、日本に対する歴史的背景からの視点もあるだろうが、露骨なほどに感じたのは、その殺気である。日本サポーターを威嚇するものではない、勝つことに対する信念と執念が彼らに殺気を植え付けるのだ。
 それを背に受け、裏切れない思いがプレイヤーの中に木霊する。またプレイヤーたちもサポーターの応援を力に変える術を知っているのだ。数的には圧倒的に不利でも、客席と一体になるための何かを韓国という国の代表選手は知り尽くしているのである。
 日本代表チームはこれから始めれば良い。まだ北京への道は閉ざされたわけではないが、昨日の一戦を、敗戦をスタートとすれば良い。なぜならば、強くなれば国立代々木競技場を満席にできることを彼らは知ったからだ。どれだけ頑張ってもマイナー競技の枠を越えない切なさの競技ではなく、強くなれば注目が集まりその注目の中で勝利することでマイナーからメジャーへと道が拓かれることを選手たちはいやがうえにも感じたに違いないからだ。
 選手たちに芽生えた新たなる希望とプライド。それを胸に始めればいい。
 選手は勝つことを、サポーターは勝たせることを、それがナショナルチームの永遠なる使命である。
 突然やってきたハンドボールフィーバーが、一過性の祭にならないことを、心から願いたい。




この瞬間から新たに始まってください。





2008/02/06

『ハブ酒』

2008/02/05

『ヨシコ』

2008/02/04

『老人とプール』

2008/02/01

『人間対コンピュータ』 

2008/01/31

『ハンドボール日韓戦』
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