『鬼監督、郷ひろみに震える』

 九州へ行ってきました。仕事で。熊本、福岡、長崎。
 良かったわぁ、なんかいいんだよね九州。突き抜けた感じがする。
 九州男児が男らしいとかいうけど、そんなもの微塵も感じないところが好きだな。ただ誇りは人一倍っていうところも笑えて大好きだ。
 九州男が男らしさの象徴として取り沙汰されているのは、多分だよ、たぶん。きっと痛みとかにすごく弱くて、ちょっとした切り傷や擦り傷なんかにも悲鳴をあげるぐらいに痛がって、中には蚊に刺されただけでも大騒ぎになる奴もいて、そういうチクチクするような小っちゃな痛みを連発されることに耐えられなくて、「どうせだったら一気に殺してくれ!」と言ってしまいそうなところが、ちょっとしたニュアンスの違いで『男らしい』ってなったんじゃなかろうか? 

 そして僕は九州に降りた。
 まずは熊本だ。なんと空港では教育委員会の先生が迎えてくれた。大学時代の友人が23年振りに会う僕のために送った使者だった。
 友人は九州の名門中の名門、熊本工業高校のバレーボール部の鬼監督である。名前は増田。昔の僕の手書き日記でも紹介したが、バツグンに字の上手い男である。さらに九州男児のわりに色白で、そのうえかなりの男前である。大学時代はエリート選手として母校を栄華へ導いた立役者で、しかもキャプテン。熊本県人としてはくりぃむしちゅーのふたりや石川さゆりと同じぐらいの出世人で、個人的には加藤清正以来の立派なお殿様みたいな人だと思っている。

 その日の夜は増田が予約してくれた熊本料理の店で豪快に飲んだ。からし蓮根とか馬刺しとか、他にもいろいろ郷土料理が卓を飾ったが、あまりにも焼酎を飲み過ぎて途中で記憶が切れてしまった。さらに年に何度かしか行かないカラオケ屋にも行って記憶は果てしなく飛んだのだが、わずかに残っている記憶の中で、僕は増田と肩を組みながら熱唱していた。
 僕はなぜか男と肩を組むと泣けてくる。そもそも肩を組めるやつなどそう居るもんじゃないし、だから余計に肩を組むことは特別で、しかも23年振りにそいつの故郷で酒に溺れながらときたら、胃袋で泳いでいた酒が逆流して涙腺からぽろぽろとこぼれてもなんら不思議はない。酒と友と涙というものは元来そういう関係にあるものなのだ。
 
 翌日は熊工の体育館に行ってバレーボール部の練習を見た。増田は酒を飲んでいるときとは違う顔で部員を見守っていた。見るからに鬼監督である。当の増田も高校時代は鬼監督にしごかれ、そして今、熊本のど真ん中で鬼として君臨している。鬼を横目に見ながら特等席で見る名門高の練習は迫力満点だった。

 練習終了後、急遽部員を集めて僕が話すことになった。
 せっかくの機会なので、いろんなことを話してやりたかったけど、あまりに東京かぶれした僕が東京と業界のことを話しても意味がないので、スポーツのことというか、バレーボールのことというか、要するに『部活』というものだけに焦点を絞って話をした。

 バレーボールという競技は、ボールが相手のコートに落ちるか、あるいは自陣のコートに落ちるか、どちらにせよボールが床に着地するまでにあらゆる作業をしなければならないというゲーム。そんなシンプルなゲームの中で悩み、悔しがり、挫折し、這い上がり、自信をつけ、そして知らないうちに信頼関係を築き、ひとつのプレーに6人が同じ感情を抱くようになっていく。
 勝ちを求めるために心と体を磨き、負けを経験することで修正して、そしてまた勝ちに向って心を正す。それを3年間という限られた時間の中で、ただひたむきに繰り返す。結果として「勝ち」と「負け」がついてくる。結果によって笑顔と涙が交錯する。それを残酷と表現する人がいるが、そんな残酷を知ることで人はいろんなものを獲得していく。それが部活というものだ。
 そんな話を、僕は思いっきり僕っぽく、かなり偉そうに話したら、みんなは目をギョロつかせて、これ以上真剣になれませんというような真っすぐな態度で聞いてくれた。彼らの脳裏と心にどんな印象を残したかはわからんが、30年も長く生きている僕の話を最後まで聞いてくれたことに感謝している。
 そして僕は数十人の部員と、来春に行われる「春の高校バレーで会おう」と約束をして熊工を後にした。
 
 僕には今回、いろんな目的があった。増田と会って飲んで、彼の大切な職場を見る事もすごく楽しみにしていたけれど、それ以外にもうひとつ目的があった。
 彼に郷ひろみを観せてやりたかったのだ。

 熊本市民会館での2時間、きっと慣れない雰囲気なのだろう、増田は終始緊張していた。
 2時間後。それまで演出のために照明が落とされていたホールに光が戻った。
 増田は放心状態で主役の居ないステージをじっと眺めていた。
 興奮冷めやらぬ余韻の中、ぞろぞろと出口に向かう観客の流れの中、増田はただそこに立っていた。

 会場係の「そろそろ閉館です」というアナウンスで彼はようやくその場を離れたのだが、ライヴの衝撃が強過ぎたのだろうか、彼はどこかよろよろとした、とても名門バレーボール部の鬼監督とは思えない足取りでホールの外へと向った。まだざわめくホールの入り口付近で増田はもういちど立ち止まり、そして僕を睨むようにして言った。
 「俺もまだ頑張りが足らんな。やらんといかん」

 増田をそう思わせた郷ひろみのひたむきさと、そう思った彼の純真に、僕はただぎこちなく笑うだけだった。
 馬刺しもからし蓮根も美味かったが、僕はこの瞬間がなによりも嬉しかった。

 翌朝、いろんな思いを振り返りたくて増田に電話をしたけれど、電源はオフだった。
 どうやらライヴが始まる直前に「ケータイの電源、切っておけよ」と言ったまま、翌日の夕方まで電源を切りっぱなしにしていたらしい。
 増田にとってはそれぐらいの感動があったのだろうと想像すると、なんとも純粋でなんとも真っすぐで、なんとも良い男だなぁと思って、また肩を組みたくなった。

 翌日、彼の部員たちは熊本県の1年生大会で優勝した。
 春高バレーで会える日がちょっと近づいた気がした。





熊本工業高校バレー部 増田良治監督と



新チーム発足間もないバレー部のみんなと



『世界陸上の正しい見方』

 世界陸上が始まった。前評判は全然静かでしたが、幕が開けるとやはりかなり血が騒ぎます。それもそのはず、世界で一番速い人間、遠くへ跳ぶ人間、遠くへ投げる人間、遠くへ速く走る人間を決める、いわば最も原始人に近い人間を決める大会なのですから。
 アスリートの競技に対するひたむきな姿勢にはただただ感動しますが、もうひとつ大きな感動が僕をとりこにしてしかたないのです。
 それはケツです。
 プリッと引き締まったケツほど芸術的なものはありません。特に女性アスリートのケツときたらもう何秒だとか何メートルだとか何着だとか何ヘストパスカルだとか関係なくて、とにかくテレビに映し出されるケツ映像そのものがアートなのです。そして僕たちはアートを観賞するために、枝豆とキーンと冷えたビールだけを用意して、あとは顎でも触りながらテレビにかじりついているだけで十分なのです。
 いやぁ、ほんとうにケツ is beautiful & wonderful. あの鍛え抜かれた細い足首と十分な筋繊維で膨らんだふくらはぎと太腿の上に乗っかるゴムマリのようなケツ。その上には腹直筋が露になったウェストラインがニョキッとなって、それが飛んだり跳ねたりでもう夢の国です。
 特に美しいのは東欧人ですね。ロシア、ハンガリー、ルーマニア、ポーランド。いわゆるパツキンの白い肌に気合いを入れるためにケツをバシバシッ!みるみる赤みを帯ていく肌色とは裏腹に表情はいたってクールで、どんな拷問にも耐えられそうな冷徹さにゾクッとくるのです。
 西洋人はダメですね。どんなに美しいおケツしてても笑顔を安売りしすぎてマイナス100ミリバールです。笑顔は0円ではありません。競技者にとって真の笑顔とは、自分が思い描いた目標に到達してはじめて「こぼれる」もので、カメラ向けられたらニコッ、話しかけられたらニコッなんて、そんな温泉地の売春婦みたいなウソっぽいスマイルは必要ないのです。
 東欧人のように、競技内容が納得いかなければブスッとして、さらに結果がファッキンだとブルマの内側に隠しておいたコルトでテレビカメラを打ち抜くような殺気があってこそ、はじめてケツの美しさに高尚さが与えられるのです。
 アスリートのケツは、エロではなくエロスなのです。勃起するとかソソるとかではなく、圧倒的な生命力とその神秘を謳う究極の美なのです。それは緊張感があればこそはじめて生産されるもので、大袈裟に言うなれば、ケツそのもがひとつの生命体なのです。
 ということは、世界陸上はある意味では「美ケツアート世界一決定戦」なのです。

 女性アスリートのケツこそが地球であり、そんな美しく逞しい地球の上で、男どもは単に生かされているだけである。眺めたい、触りたい、鷲掴みしたい、キスしたい、噛み付きたい。そんな愛しさの表現こそが究極の地球愛であることをご存知ですか?だからこそ、我々は永遠に美しいケツと地球を存続させるために、地球とケツに愛情を注ぎまくらなければならないのです。
 そう思えば、世界陸上は電通が仕掛けた地球最大のエコの祭典です。
 ケツと地球。どちらも欠くことが出来ない、我々の宝物。この星の上で呼吸する僕たちが血迷った行動をとらないように、世界陸上は美しいケツ=地球を、連日どアップで映し出しているのです。





"遠くへ投げる人間のケツ"のポーズ。



『パンツ事件』

 大井町線の向かいの座席に3人連れの女が座った。女はそれぞれにめっちゃくちゃなメイクを施し、顔面のとんでもないところにピアスをしている。ピアスなどしたことがない僕にしてみれば拷問かSMにしか見えないが、彼女たちにしてみれば単なるファッションに過ぎないのだろう。
 顔面ばかりかヘソ下あたりの局部の、そのまた局部にもピアスをしている女性がいるらしいが、なんでまたそんな場所にするのだろうか?ソコにするとアレのときに極端に快感度が増すのだろうか?だとしたらみんなやった方がいい。気持ちいいことはなんでも率先してどん欲にやるべきだと思ってる。
 しかし待てよ、そしたら飛行機に乗る時にピーピー鳴らないんだろうか?鳴ったらどうやって説明してどうやってその場を切り抜けるのだろうか?警備員の人はこっそり裏で“ピアスはずしてください”とかいって、はずされたピアスをクンクンしたりしないんだろうか?ダメだ、こんなことばかりを考えていたらバカになる。
 向かいの座席に座った3人組の女は、顔面ピアスとメイクもそうだが、これまたものっすごい短いスカートを穿いているにも関わらず、膝と膝の間を約15センチぐらい離しているから、正面に座った僕にしてみれば、確実にパンツー丸見えなのだ。これは決して望んで見たわけではなく、どうしようもなく見えてしまうのだからバツが悪い。
 しかも女たちは、パンツを見せている自分に恍惚を感じているらしく、股の開きを調整しながら僕の視線を窺ってくる。ナメるな、この野郎!とガツンと言ってやりたいが、おちょくられていることに激怒しようものなら己のキャパが知れている。僕はどれだけ股間を開閉されようが、じっと吊り皮あたりに視線をロックオンして、平静さを装っていた。
 そこに先の尖ったセンスの悪い革靴を履いた埼玉あたりのホストクラブにいそうなヘアスタイルをした若者が偉そうにどっかと股を開いて僕の隣に座った。彼の左膝は僕の右太腿にタッチするほどワイルドに拡げられ、座席にはかなり浅めに座っていたので、ドライビングポジション的にはフェラーリに乗るような格好になっていた。見るからにガラと頭と育ちの悪そうな若者。確かそいつも眉毛にキンキラのピアスをしていた。
 女たちの獲物は僕からそいつに変わった。一見、仲間にも見えそうな雰囲気であるが、その反面、敵対するグループにも見える。得てして同性代とはこういうものなのだろう。ということは、僕は明らかにあいつらとは別世界の人間で、要するに女たちにしてみればまったく興味ないオッサンということろに収まる。しょーがない、45年も生きて来たんだ。楽しいこともいっぱいあったし、そろそろそっち側にいきましょう。
 さて、例によって女たちは股ぐらを開閉させながら、今度は隣の男を挑発する。同世代だからだろうか、僕のときとは違って、からかいながらも自分たちも少しからかってほしいような感じで、なんか戯れるような感じさえもあった。
 その時だった、男がフェラーリよりも低いドライビングポジションになって急に怒鳴ったのだ。
「汚ったねぇパンツ見せてんじゃねーよ。目が腐るだろーが」
 それを聞いた女どもはすかさず切り返す。
「パンツ見やがったな、この変態!そんな低い姿勢になってスカートの中覗き込んでんじゃねーよ」
 フェラーリはさらに怒った。
「誰がおめーらみてーなクソ女のパンツ見るかよ、っざけんじゃねー」

“ふむふむ、パンツが汚いかどうかは別として、この件に関してはフェラーリの意見の方が正しいな。大体、あいつらわざとパンツ見えるように股ぐらを開閉しているんだし、人間的にはあいつの方が正解だ”などと心の中で呟く僕。
 しばらくの間、怒声合戦は止み、そのかわり3対1の醜いメンチ合戦が電車内の冷房よりも冷んやりした空気に変えた。
 フェラーリの隣の隣ぐらいの人には伝わらないであろう、事件現場のご近所の僕の緊張。

 いやーな沈黙の中、フェラーリが僕を見た。ローアングルからの鋭い眼差しだ。そこで僕はふと感じた。この視線は威嚇や威圧ではない。むしろ懇願であり弁護を求めるようなそれだ。目つきが悪いのは育ちのせいでコイツに悪意があるわけではない。しかし、この場で僕はコイツの弁護をひきうけていいものかどうか悩んだ。「コイツがパンツを覗いたのではなく、アイツらがわざとパンツを見せたんですよ」と僕が言ってしまったら、アイツらの未来に影を落とす。かとってこのままではフェラーリの未来にはスケベな暗雲が立ち込めて、周囲からは一生植草教授扱いされてしまう。あぁ、こまった、ほんとうに…どうしたら…
 と思った途端に、僕は隣の車両へ移動を始めていた。僕の背中にはパンツ娘3人とフェラーリの視線が突き刺さる。彼らから見れば、なんて無責任で根性なしのおやじなんだ、というところだろう。しかたない、これが世の中というものだ。それ以降のことはアイツらとフェラーリに任せるのがいちばんだ。もしかしたら、このいさかいがきっかけでかけがえのない友情に発展する可能性だってある。おやじはただ黙って、突き刺さる視線に耐えながら去れば良いのだ。

 君のゆくみちは 果てしなく遠い だのになぜ 歯を食いしばり 君はゆくのか そんなにしてまで

 若者たちよ。考えなさい。悩みなさい。恨みなさい。ぶつかりなさい。そして交わしなさい。
 それが若者である意味なのだから。

 そして若者を卒業した僕はといえば、もめごとに引きずり込まれなくてよかったなーと、胸を撫で下ろすのでした。





夏の終わりのおめめ。



『天才の腕時計』

 僕の友だちのYはグラフィックデザイナーとしてはとても有名&有能な男で、数々の作品を世に送り出しては高い評価を獲得し、つい先日、グラフィックデザイナー界の名球会みたいな権威ある組織に名を連ねたちょっと大した男です。
 その男の発想は大胆というか、どこか奇天烈なところもあって、それが独特の世界観を創造しているのです。
 そんなYの日常はといえば、やはり僕ら常人では理解できないところもあるわけです。
 
 ある日、仕事の打ち合わせのためにYがマロンブランドにやってきました。Yの左腕にはイカしたアンティークの腕時計が巻かれていました。よく見たらIWCではありませんか。お洒落を知り尽くした男の腕にしか巻かれることが許されない世界の一流腕時計です。
 ところがその腕時計のフェイス内は大汗をかいたように水滴をびっしりと溜め込んでいたのです。
 そんな状況でのやりとりを会話形式にてお届けいたします。

 「おっ、IWC。違うね、名球会は」
 「いや〜、大したことないすよ、親父の形見なんで」
 「それは親父さんが大したことないっていうことかい? それとも時計がか?」
 「そんなことないですよ。親父は大した人ですごく尊敬してましたから」
 「じゃ、なにが大したことないの?」
 「ですよね。じゃ、言い直していいですか?」
 「どうぞ」
 「大した時計です。親父の形見なんですごく大切にしてるんですよ」
 「そうかそうか。それは良いことだ。でも、なにその水滴?」
 「これですか。実は一昨日、便器の中に落っことしちゃったんですよ」
 「そんな、精密機械だよ。修理に持って行かなきゃダメじゃないか」
 「そうなんすよ。で、水滴を取らなきゃいけないと思って電子レンジに入れてチンしたんですよ」
 「は…? なんで…?」
 「だから、乾かさなきゃいけないと思って…」
 「そんなんで水滴が乾く訳ないだろ、時計が壊れちゃうぞ」
 「ですよね〜」
 「ですよね〜って、バカっ! で、チンしたらどうした?」
 「チンって鳴る前に、火花が散って『ヴィヤァンッ!』って音がしました」
 「それは時計が壊れたよってサインだよ」
 「なるほど〜、だからネジ巻いても動かないんだ〜、なっとくっ」
 「バカっ、ふつー気がつくだろ。第一動いてないじゃねーか。早く修理に出さないと手遅れになるぞ」
 「クルマの修理代もけっこう高かったんでちょっと金欠なんですよね」
 「だって、親父さんの形見だろ? 大切なんだろ?」
 「ちょっとなに怒ってるんですか。わかりましたよ、ちゃんと修理に出しますよ。ほんとに」
 「で、なんで動かない時計してるんだよ?」
 「だからお盆なんで、大切な思い出があるので、時計しなきゃなって」
 「大切にしている部分が違いすぎるっ! バカやろうっ!」
 
 やがて打ち合わせが終わりYが帰ってからも僕はYの時計のことが気がかりで仕方なくなり、その日の夜にYに電話をして、“絶対に修理にだせよ”と念を押してから電話を切った。

 翌日、僕があまりにもうるさく言ったからか、Yは時計屋さんから教えてもらった高級時計専門の修理工場に連絡を入れた。そこで今回の成り行きを正直に話したところ、修理工場の担当者の方はまず最初に溜め息をついてから「ま、できるだけ頑張ってみましょう」と言ったそうだ。

 ただ、あいにくお盆で修理工場が速やかな対応ができないらしく、Yは3日間ほど自宅で腕時計を保管することになった。

 「もしもし、相変わらず暑いな。ところでその後、腕時計はどうなった?」
 「今、修理屋さんが休みなんで家で大切に保管してます」
 「多少、水滴は取れたの?」
 「いや〜、あんまり取れないんで日中ずっと物干竿に下げて日干しにしてるんですよ」
 「この記録的な暑さの中で?」
 「ぜったいに乾くと思って」
 「…そうか。わかった…」
 「ね、乾きますよね。そう思いません?」


 今僕は、これからもこいつと一緒に仕事をしていくかどうか、本気で考えてるところです。





とりあえず、今日はこれだけ。



『黒コウン事件』

 45歳ともなるとなにかと体調が気になって、ちょっとお腹が痛いだけでも重病を抱え込んでいるんじゃないかなどと不安になる。
 長年かけて育ててきた胃袋の中には、それはそれは一言では言い表せないほどのストーリーとカロリーとアルコーリーが蓄積していて、それを手放してなるものかと皮下脂肪がガッチリとガードしてくれている。
 皮下脂肪の責任感はわかるけど、そんなもん外へ放出してくれと胃袋のオーナーである僕が言ったところで頑固な彼らはその場所に居座りいっこうに譲らない。
 長年かけて育てたものは長年かけてじっくりと退治するしかないんだなとオーナーはがっくり。
 けれど毎夜赤ちょうちんは僕を誘惑し、代理店の営業たちも打ち合わせと称していろんな駅のガード下へと僕を連行する。連れ去られる僕本人が笑顔満面なのでほんとうにどうしようもないことなのだが、そういうわけで僕はこの夏もやっぱり生ビールからはじまり麦焼酎やがてはウォッカへとリレーしているのです。

 そんな不摂生極まりない生活の中でも結構健康には気をつけていて、特に胃腸に関してはかなりの配慮を施し、「まずは14日間お試しください」という緑色のパックのヨーグルトなんかを14週間ぐらい続けて食べたりしています。
 あれ、けっこう良いね。なかなか出が鋭い。「出」って、そんなもん決まってるでしょ、コウンですよ。
 かなりの頻度でシュルッって感じに良い爽快感を残して僕の中から外界へと旅立って行きます。硬度的にはややナンパな感じがするけど、それでもあのシュルッ感はかなり快感です。時には目にも留まらぬ早さでスタート&ゴールを決め、残糞感なんかもまるでなく、しかもトイレットペーパーの白いキャンバスにブラウンの絵の具がつくこともなくて、「おースゲー」って唸ってしまうこともあるくらい。
 そんな日にはなにか良いことが起こりそうな気がするんだけど、かといって今までに良いコウンが出たからといって良いことがあった試しなど一回もない。でもいーじゃん、そんな気がするだけで儲けもんというものです。

 さて先週末、大阪で仕事を終え宗右衛門町で飲んだ翌朝のホテルで事件は起きました。
 14日間ヨーグルトの効き目かその日の朝も個室の作業は絶好調だったのですが、ひと仕事してよいしょっと腰を浮かしたところ、TOTOにへばりついたコウンが異変をきたしていました。真っ黒だったのです。
“もしや大変な病気にかかってしまったのではないか?”そんな不安がよぎり僕は怖くなってしまったんだけど、ここはひとつ冷静になってまずは観察をと思い、TOTOに顔を近づけて至近距離でコウンを眺めてみたのです。とりわけヘンな匂いがするでもなし、かといってもちろん香しい匂いでするはずもなく、匂い的にはいつものコウンとまったく変わりはなかった。問題はこの色。なぜ黒いのか?不安の中にもわずかなポジティヴマインドはあるもので、“ひょっとしたら14日間を14週間食べ続けた結晶として、腸内の悪玉菌をことごとく退治して、そいつらが黄門様から追い出されたのではないか”という推理もしたんだけど、悪玉だから黒い色という、そんな幼稚な発想が通用するわけがないと思ってすぐさまその推理は却下されました。
 じゃなんで黒いんだ?
 僕の不安は募り、前夜に一緒に食事をとったプロデューサーのCと某大物ミュージシャンマネージャーのMに連絡をとり事情を説明した上で、前夜のメニュー構成などを聴取しました。ちなみにケータイを手にしながらも僕のアンダー半身はノーウェアでした。
 前日に僕らが胃袋に収めたものはほとんどお好み焼き店のものであることが判明しました。遡ればその前に新大阪駅構内でチキンカレーを食ったのですが、それが黒コウンをナビゲートするはずもなく、さらにそれ以前に遡れば前日の夜はチャーハンと餃子です。そこにも黒への起因性はありません。まさに黒コウンだけに真相は闇の中…
 
 結局CとMに問い合わせても黒の答えは見つかりませんでした。僕はさっきよりももっと不安になって、僕の腸内でなにか大変なことが起こっているのではないかと考えるようになっていました。弱気になった僕はその先に「死」を連想し、その前には闘病生活を連想し、その前には病院の個室でフルーツとお花に囲まれて点滴付けになっている自分を連想し、そんなネガティヴな想像ばかりを巡らせていたらカラダが全然言うことを利かなくなって、気がつけば僕はアンダー半身をノーウェアにしたまま、ちょっと壊れた人が思い詰めたときのように黒コウンをじっと見つめていました。
“なぁ、コウンよおまえはなんでそんなに黒いんだ?誰がお前をそんな色に染めたんだい?”
 コウンに口無し。彼(かれかよ?)が答えてくれるはずもありません。
 そんなセリフを心の中で連呼しながら僕とコウンは互いを見つめ続けていました。

 そんな時にSから陽気な着信音とともに短い単語がメールで届きました。
「イカスミ」

 ん?イカスミ。僕はそんなもん食べた記憶がありません。っていうか僕はイカスミなんていうものを食べたことさえないのです。オシャレなレストランでイカスミのパスタを美味しそうに食っている奴を見かけると、そいつがパスタに墨汁をかけて食っているバカな奴にしか見えないぐらい、僕は食材としてイカスミを認めていなかったのです。

 ところが記憶とは曖昧なもので、僕はお好み焼き店でお腹を満腹にしたあとかなりの酒を飲み、ベロンベロンの状態になったときに、Cが注文したイカスミの野菜炒めをバカ喰いしたのだと言うのです。しかも、“こんなもん食ったらサンコンさんになってまうわー”とアフリカの人を侮辱するようなことを大声で発言しながら黒く染まった野菜をろくに噛みもせずに喉の奥へと流し込むように平らげたらしいのです。

 原因は究明されました。犯人はイカスミでした。だけど前述通りイカスミの記憶はまったくなく、味はもちろんのこと、2日経った今でも墨汁を胃袋に流し込んでしまったと後悔しているほどです。
 
 それにしてもイカスミ。あいつはすごい。あんな色に染め上げるなんて超びっくり。
 そして僕。情報不足とはいえ、かなりビビった。あの時はこの先死ぬまで黒いコウンしか出ないのかと思って本気で哀しくなった。ひょっとしたら50代や60代の人のコウンはみんな黒くて、だけどコウンの話なんかあまり人にするわけもないし、そう思うと、人は皆、コウンの色をまざまざと眺めながら“歳とったなぁ”などと呟きながら哀愁に浸り老いに足を踏み入れていくのかなぁなんて思ったりもして。
 今回はたまたまイカスミを食ったことを忘れていて、それでコウンが黒くて、それ見て驚いて不安になってウロたえて下半身丸出しのまま友だちに電話して、それでも頭が混乱して死を連想してしまったのだけれど、やっぱコウンひとつで人生のあれこれを考える年齢になったのだなぁと、中年の悲哀をしみじみと感じた出来事だったのでした。
 
 そして…ごめんよイカスミ。君はそんなに悪い奴じゃなさそうだね。今度は思い切って、記憶のあるうちに君を心から味わうことを誓うよ。そしてサンコンさんにもごめんなさい。





夢叶う。




2007/09/06

『鬼監督、郷ひろみに震える』

2007/08/28

『世界陸上の正しい見方』

2007/08/25

『パンツ事件』

2007/08/20

『天才の腕時計』

2007/08/06

『黒コウン事件』
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