『頼むよ、東横線』 

 午後6時。横浜市内での打ち合わせのために、中目黒駅から横浜方面の電車に駆け込んだ。40段ある階段の中腹付近で発車のベルが鳴り、残りの約20段を2段飛ばしの猛スピードで昇りきったところにあるドアから突入しようとしたら、駅員が立派な体格をした中年女性に体当たりしながら車内へ押し込んでいたので、あと3秒くらいは大丈夫だろうと予想を立てながらホームを代官山方面へと走り、ほんのわずかな隙間を見つけた車両へ急角度にステップを踏んで突入した。同時に扉はプシューと閉まり、なんとかセーフのもよう。
 と思いきや、肩で息を整えながら顔を上げると、僕の目の前にはゆりかごから墓場まで、ありとあらゆる年齢層と個性に彩られた女性が立ち並んでいた。しかも白い目で僕を凝視しながら。
 どうやら僕は女性専用車両に乗り込んでしまったらしい、などと穏やかな感想を述べている余裕もなく、僕の顔は一気に紅潮し全身の汗腺という汗腺がドバーっとひらいて、猛烈に汗が噴き出してきた。
 僕が飛び乗った特急電車は、渋谷を発車して最初に中目黒駅に到着し、その次には自由ヶ丘へと向かう。つまり僕は、祐天寺と学芸大学と都立大学を通り過ぎて自由ヶ丘駅に着くまでこの状況の中でこの精神状態をキープしなければならない。なーに、いくら3駅通り過ぎるとはいえ、この電車は各駅停車でも急行でもなく、最速の特急だ。アッというまだよ、アッと。
 うそ、全然アッとじゃない。それどころか1秒が1分ぐらいに感じる。気分がすごく重い。恥ずかしすぎて重すぎる。なんかこの状況下でいろんな聴覚が冴え渡り、4メートルぐらい離れたところにいるOLの会話が聞こえてくる。「あのひとバッカじゃない」。その反対側の買い物帰りのデブのおばさんのつぶやきも聞こえる。「ったく、この車両はレディー専用なのにさ」。一体誰がレディーなんだと反論しようにも、ここは完全すぎるほどのアウェー状態。顔を上げることさえもままならない状況で、僕はただただ女性達の嘲笑にさらされうつむくだけのロンリーチャップリンとなっていた。
 うつむきすぎて首が疲れて折れそうだ。いっそこのまま首が折れて死んでしまえば楽かも知れないが、それが記事になったら大体見出しは予想がつく。「中年男、夕方のラッシュアワーで、女性専用車両にまぎれて興奮ののち突然死」。もうご先祖様に申し訳なさすぎる。
 あー、長い。まだ学芸大学駅を通過したばかりだよって、なんでうつむいたままなのに分るのかってぐらい、僕の感覚は鋭かった。うつむいたまま、首の疲れを少しでも緩和するために、左右にきこきこと首を揺らすと、両サイドでケータイメールをパチパチパチ。もちろん何て打っているのかわかるはずもないし、わかろうとして覗き込んだら状況が状況だけに本気で逮捕される。そんなネガティヴ極まりないことを考えていると、そのメールにも「まったくバカが女性専用車両に飛び乗ってサ」と打たれているような気がしてならない。
 いかん、考えれば考えるほど精神が破壊されそうだ。何も考えるな、何も見るな聞くな勘ぐるな……
 長い。長過ぎる。やっぱなにか考えてたほうがマシだ。
 早く来い自由ヶ丘。その名のとおり、はやく僕に自由をおくれ。

 「じゆ〜がおか〜、じゆ〜がおか〜」。車内アナウンスが梅雨感たっぷりにねばりの効いた声で響く。厚塗りのベテラン演歌歌手の小節(コブシ)のような爽やかさのかけらもない声が僕には天使の囁きに聞こえた。
 あー、ようやくここから解放される。やっと顔を上げられる。変な呪縛から逃れられる。あと数秒後にはこの扉は開く。そこでコソコソするのはみっともない。車両を間違えたことは仕方のないことだが、わざと乗り込んだわけじゃないし、降車するときぐらいは男らしく胸を張って降りてやろう。
 しかし午後6時の東横線は、僕のほんのわずかな男気さえも奪い取った。「ぴしゅ〜」と風船の空気が抜けたような音を響かせて開いたのは反対側の扉だった。そこに辿り着くまでに、顔が般若で肉体がトドのような生き物の群れをかき分けて猛進しなければならないのだ。けれど、ここでひるんでいたらまた3駅飛ばして武蔵小杉まで地獄の黙示録を味わうことになる。この哀しい時間の長さはいやというほど心に摺り込まれている。ダッシュだ、ダッシュあるのみ。
 「すみまっせーん」
 僕はラグビーでフォワードがスクラムを押すように、重心を落として両肩で女性を押すようにグイグイとやった。けれどラッシュ時の自由ヶ丘駅からは、僕と同じ要領で体重全部をかけて車内へと突進してくる女フォワードがうじゃうじゃ。ひょっとしたらダメかも、なんていう弱気な一面をよぎらせる間もなく、重戦車と化した僕は大量の女性の皮下脂肪ごと車外にトライを決めた。なんとか逆転勝ちを決め、もう二度と顔を合わせることもないだろうと、同じ車両に乗り合わせて僕が皮下脂肪ごとホームにトライした女性達の顔に目をやってみた。
 するとそこには予想通りと言うか予想以上と言うか、とてもこの世のものとは思えないほど険しくて意地悪な光を放つ瞳が僕を睨んでいた。電車外に約10人、電車内にも約10人ほどのマイナス光線が僕を睨みつけ、なかには「ちょっとー、あなた、あなたよっ」とまるで僕がその人の旦那でもあるかのように発言する方もいらっしゃいましたが、ホームに出た僕は、水を得た魚。まるで何事もなかったかのようにスイスイとホームにごったがえす人の群れを遊泳し、その車両からすっと遥か後方にある車両へとエスケイプした。
 そして僕はみなとみらいへと到着するわけだが、いやぁ、なんとも女性専用車両の怖かったことよ。まるで僕のことを猥褻(わいせつ)犯を見るような目で睨んでさ、ほんとにやってられないったらありゃしなくてさ。
 それにしても女性専用車両を抜け出した自由ヶ丘からみなとみらいまでの時間が短く感じたこと。なんて、ホッとしながらほんの10数分前に起きたことをおさらいしていたら、僕のちょっと先を歩いていた4人組の女性集団が改札口前で立ち止まり僕をギロリ。
 え?まだ終わってなかったの?その迫力に思わず僕は立ち止まり、というか動けなくなりました。4人組は立ち止まった僕を見て「勝った」と思ったのか、パスモかパスネットかなんかしらんけど、それをピッとやって横浜市内へと消えて行きました。
 僕はといえば、別になんにもしていないのに、何か重大な罪を犯したような、それもひどく恥ずかしい罪を犯したような気持ちになって、その場でしばしポツンとしてしまいました。それからもちろん歩き出したのですが、その様はと言えば、小学2年生の頃、初めて駄菓子屋さんで万引きをして、それが駄菓子屋のおばさんにバレて、すぐに両親に報告されて、そんな両親が待つ家に帰るときぐらい、重くて暗ぁい気持ちになったということです。
 っていうか、だいたい女性専用車両をつくる東横線が悪いんだし、専用車両をつくるにしても先頭車両かいっちばん後ろの車両にしろってゆーの。ほんともーきらいっ! っていう話でした。



茨城県のとある田舎の、きれいな色の八百屋さん。



『ヴィエトナム』

 海外に行くといつも思う。「どうして僕はここにいるのだろう?」と。
 それはきっと、日本が島国で、陸地のどこに向かっても行き着くところは海しかなくて、国境というものを知らないからだろう。どこに行っても珍しい場所で明らかに日本とは違う生活空間がそう思わせているに違いない。貨幣、食べ物、景色、空気、植物、音楽、宗教、習慣、目の色、心の色、ぜんぶ、なにもかもが違いすぎる。それが海外、列島の向こうにある陸地は全部海外。
 はい、ここからは隣の国になりますから通行手形を見せてください。日本にはそれがない。もっとも隣接している国でもそうはいかない場合もあって、実際日本の左斜め横の半島では通行手形を見せ合う場所に門番が機関銃を持って武装している。わざと国を分断している、同じ国だったのにわざわざ外国になっている。平気じゃないだろうけど殺し合ったりもしている。いろいろあるものだ。大変だなあと思う。

 どうして僕はここにいるのだろう? 
 ベトナムは日本の梅雨とは似てそうでかなり違う蒸し暑さがある、決定的に違うのは匂いだ。臭い。もちろん場所によって、と付け加えておくが、その臭いにやられて丸一日ベッドから脱出できなかった。
 日本料理店の大将によれば「慣れれば平気だよ」とのことだが、慣れるほどの時間はないし、慣れてどうするという気持ちもある。慣れてしまったら、どうして僕はここにいるのだろう?という気持ちが薄くなるから面白くない。
 いつだって僕は、海外にいることを不思議がっていたいのだ。いるはずのない場所にいるから非日常なわけで、変に融け込もうと思ったり、まして予習なんぞ周到な計画をするわけがない。慣れる気持ちがまるでないから海外はかなり辛い。まして片言の英語も通じない場所では生きた心地がしない。しかもそこに行くには飛行機に乗らなければならない。だから仕事以外行ったのはお袋と兄貴とで行った18年前の香港だけだ。
 けれど海外を辛く感じることには意味がある。海外に行っていちばん嬉しいことは日本がいかにすばらしい国であるかということが確認できることだ。
 灯台下暗しとはよく言ったもので、日常の中ではなかなか日本の良さを思い知ることはできない。けれど、ほんの数時間怖い思いをして飛行機に乗って違う環境の違う場所に降り立てば、いきなり日本が恋しくなる。いろんな目の色や肌の色をした人たちを見ていると心細くなって、着いた瞬間に日本に帰りたくなる。まだイミグレーションも済ませていないのにホームシックにかかってしまうのです。
 僕はそういうのが大好きだ。ずっと日本のことを思っていたい。情けないぐらい日本好きでいたい。

 日本国内は違いますね。九州に行っても北海道に行ってもなぜか嬉しい。日本人がいて日本人が日本人の味覚を理解して日本語で生活しているから。それこそ隣町に行ってもやっぱり嬉しい。ホテルの部屋で日本のテレビがやっていると本当に嬉しい。別に何も見ないけどほんとに嬉しい。
 海外だと必死になって日本放送のチャンネルを探して、死にものぐるいでNHKに辿り着いて、やってる番組は江戸家子猫がうぐいすとか丹頂鶴とかの物真似してるだけなんだけど、しかもそこに副音声でバイリンガルがかぶってくるのだけれど、口元を凝視してわざと日本語が聴こえるように集中する。けれどその類いの番組は一日に何度もリフレインしているので、気分が悪くなってベッドの住民になっていると、一日に5〜6回もうぐいすの物真似を観なくちゃならないのでさすがにめげる。
 アメリカの放送局がイチローや松井や松坂のことを報道しているとものすごく嬉しくなる。日本人の僕がベトナムに来ていて、そこにあるテレビにアメリカで活躍している松井たちのことが映し出されているというだけで感動してしまう。そんなときはいつも持ち歩いているグローブをはめて右手でグローブの内側をバンバン叩きながら中腰になってテレビの中に参加するのだ。
 ビバ日本人! ブラボージャパニーズ! 
 
 いやぁ今回のベトナムもやっぱり日本を好きだと確信させてくれた。素晴らしい海外出張だった。



写真で見ると美しい国。



『原宿の雨に…』

 原宿に梅雨入りを告げる雨が降り落ちた。
 しとしとからザァーザァー、そしてゴーゴーと雨足は加速する。両脇に巨大な荷物を抱え雨宿りする場所を探していたが、若者の街の無料避難所ときたらチャラチャラしたお店ばかりで入るのに勇気が要る。これならまだ雨に濡れた方がまし、なんて言ってられないほどどしゃ降りになってきたので、僕はその場所からいちばん近いカフェに非難することにした。
 若者の街のカフェはビジネスライクだ。席に着いた途端に注文を聞きにくる。早く答えないと申し訳ないような気になり、僕は咄嗟に“カレーライス”とオーダーした。きっとじっくりメニューを見てからでもオーダーするものは同じだったと思うが、それでも条件反射のように“カレーライス”と言ってしまった自分を、なんて可愛いヤツだと思った。
 カレーの話はいい。でも少しだけ触れとくか。美味かった。意外と。色が良かった、茶色と黒色と、少し紺色が混ざった、本格的なブリティッシュタイプだ。それに温泉卵をのせてアイスコーヒーと一緒にすすった。隣に座っていた格闘家であろう兄ちゃんと、彼の膝に抱かれたチワワが僕の食べっぷりを見て、腹を空かしているようだった。ちなみに格闘家であろう兄ちゃんのテーブルにはハンバーグランチとホットドッグの残骸があり、それでもなお腹を空かしている様子に、こいつはハングリー精神を履き違えているなと思って、なんか勝った気がした。
 カレーの話はもういい。隣に座った格闘家であろう兄ちゃんの話も要らない。

 原宿の雨はとても冷たい。蒸し暑さのもわもわ感が急に冷気に変わった感じだ。さらに怖さが少し混ざっている。この街を徘徊している若者達が、雨によって化けの皮が剥がされて、誰もがマイケル・ジャクソンの「スリラー」に出てくるゾンビに見えてくる。
 おかしいぞ。こう見えても僕は原宿27年生。いや、それよりも高校一年から兄貴のアパートへ遊びに来ては、小田急と千代田線を乗り継いで来たこの街から一日中離れなかったほどこの街が好きだったのに。そればかりか、電車がなくなってからも同潤会アパートメントと表参道の間の並木の根っこに腰を下ろし、生い茂る木々の葉っぱの隙間からずっと夜空を眺めていて、真夜中の表参道から祖師ヶ谷大蔵まで3時間近くかけて歩いて帰ったこともあるほどこの街のことが好きだったのに…この街を歩く人はみんな仲間だと思っていたのに…
 ゾンビたちは雨に濡れながらゾロゾロと歩いている。BGMは「スリラー」から「BAD」に変わった。ちょっとニューヨークっぽいぞ、戻ってこい、原宿っ。
 マイケル・ジャクソンの顔がどんどんろう人形っぽくなっていくのと同じ感じで、この街の若者たちが悪くて怖い人に見えてきたので、僕は中目黒に帰ることにした。けっこう電車が好きで、いつも明治通りを渋谷駅まで歩いて、そこから東横線に乗るのだが、今日はその場所からタクシーに乗って中目黒に向かった。

 なんで原宿が怖かったんだろう?わからん。でもみんなマイケルのバックダンサーに見えた。
 それを雨のせいだといったけれど、本当の理由はそうじゃないんです。
 明日また飛行機に乗らなければならないからです。
 本当はそれが怖くて、原宿に罪を被せただけです。
 ごめんなさい、原宿。もう二度としませんから許してください。
 
 それではヴェトナムに行ってきます。



「やるか?」
「やらねぇ」



『理想的な企画会議とはこういうもの』

 昨日、大手代理店のでかいテーブルでまだ何も始まろうともしていない仕事の話をしてきた。
 基本的にはなにかモノを作って、それをメディアに載せて列島中に届けようというものだけど、一体なにをどんな形でどうすればいいかという部分をすっ飛ばして、やれ青春だ、部活だという話になった。
 大の男が8人揃って声高に「部活っ」。実に感動した。

 さて、この国の企画会議とは、まず最初に、そこで初めて会った人と儀礼的な名刺交換をして、そしてテーブルを隔てて向かい合って座ります。その場合、テーブルの長さというか相手までの距離が1m30cmぐらいあって、それがまたいやぁな緊張感を漂わせます。そこからどうしようもなく中味のないジャブの打ち合いをしばらく続け、進行役っぽい人が軽はずみでつまんないギャグを言ったら、とりあえず誰もが少しも面白くないのに、はははと冷笑し、さらに三面記事やメジャーリーグとかハニカミ王子や佑ちゃんについて下らない話を散々した挙げ句、25分後ぐらいにやっと本題に入るというのがセオリー。しかも、その時の文句が決まって「ま、そんなこんなで、とりあえず今日皆さんに集まって頂いたのは…」
 僕はとにかくそういうのが苦手極まりないので、ジャブではなくいきなりカウンターを浴びせるために、トイレに寄って少しだけ遅れて来た人が焦ってカバンからゴソゴソと名刺を探している隙に、その人の背後に回って、「準備ができたら振り向いてください」と切れ味鋭いジョークをお見舞いした。
 以前、それに似たようなことをしたときは、それだけでその日の会議が打ち切られてしまったが、あれから5年、笑いは誘っても怒りは誘導しないテクニックを身につけたのです。
 僕の抜群のテクニックにより話はいきなり盛り上がり、僕たちはまるでピクニックにでも出かけたかのようなウキウキ気分で企画会議にどっぷりとはまっていったのです。
 
 残念ながらここで企画会議の全容をお教えすることはできませんが、40男が何人も揃うと、企画そのものを人生と照らし合わせる節があるんですな。つまり企画内容が、番組としてとかイベントとしてどうこうというよりも、それが自分の人生にとっていかに有意義で感動深いものかどうか、ということが決め手になってくるわけです。
 それはなぜか?僕たちは偉そうにモノを創っているように思われるかもしれませんが、実は、僕たちの創るモノとは、すべて自分たちがあの頃に置き忘れてきた「忘れ物」を取りに帰るような作業をしているだけなのです。
 それがたまたま、いろんな人や企業がお金を出してくれるから成立しているだけで、ほんとうはものすごくわがままで自分勝手なことをやっているのだと思います。

 忘れ物を取りに帰るような作業の結果としてモノが出来上がり、それがメディアに流れ、まるで関係ない人の元に届き、それを目にした人たちが、僕たちがそれを作ろうと決めた瞬間のような気持ちになってくれたりすると、僕らは忘れ物をしたこと自体に誇りを感じます。
 
 そんなモノ創りがはじまろうとする企画会議というのは、はじめから愉快で、且つ烈しいものです。
 誰もが自分の言葉に酔いしれジーンときては無意味なハイタッチを繰り返し、別れ際にはアメリカ人みたいに、パーで握手して指先を曲げて握手してそれからゲンコツをぶつけ合って、それから抱き合って右手で背中をぺたぺた叩いて、端から見たらレベルの低いホモクラブです。

 きっとみんなが学生時代とか新入社員の頃とか、それぞれの「あの頃」に置き忘れてきたものを、本気で探そうとしているからこそ、僕らは会った瞬間にホモになれたのだと思います。
 そして僕たちホモは、冷めやらぬ興奮のまま銀座のステーキハウスに入り、6人掛けのテーブル席に8人ギュウギュウ詰めになってギュウをミディアムレアで食いまくりました。
 ステーキハウスでも話は盛り上がり、さっきまでジュウジュウ鳴いていた目の前の鉄板がスケートリンクのように凍りついても、まだまだ話のゴールは見当たりません。もちろんお店は閉店時間を優に超えていました。
 いつしか店のマスターもコックコートを脱ぎ、“ほんとにあんたマスター?”というぐらい説得力のない格好になって隣のテーブル席に座りながら前のめりに顔をうつ伏せて早く帰ってよアピールをしたところで、さすがに申し訳ないと思って、スィーユーネクストタイム。

 こうして即席ホモ集団の夜は幕を閉じたわけですが、いやぁ面白かった。青春、部活、忘れ物。どれも美しくかつ誇り高い名品の数々。なんといっても名刺交換からわずかな時間でホモ集団になれるなんてそうあることではないです。
 こうして書いていると、いい話をしているのか、みっともない話をしているのかわからないですが、とにかく楽しかったことは事実ですので、こうして日記にしてみました。



スーパースターに連れてってもらった神楽坂にて。



『レッチリ観てきた』

 レッチリを観に行ってきました。東京ドームのアリーナ、かなり前。
 もともとというか、実は今でもまったく興味なかったのですが、いやぁ結構良くてびっくりした。もっとけたたましいのかも思ったけど、意外と繊細でメロディアスで、演奏が上手くて、こんな書き方をするとド素人っぽく思われるけど、素人なので仕方ないです。 
 何よりみんな歳が同じ位というのが嬉しかったね。タトゥーをしている人たちはあまり好きじゃなかったけど、すごく真面目なステージでボーカルも色っぽくて全体的にきめ細かさみたいなのをすごく感じたし、しっとりしてて、いやぁ良かったです。
 といっても簡単にファンなんて言わないですよ。まぁファンだろうがなんだろうが、そんなこたぁ関係ないけど。逆にファンじゃないから意味があるとさえ思った。
 そうか、あの人たちが3年前にロック・オデッセイで矢沢永吉の前にライヴやって、それで矢沢のことをきっとよく思ってくれて、横浜公演ではアンソニーが真っ白のスーツ(ただし短パン)着てステージ上がったんだ。あぁ嬉しい。レッチリが矢沢永吉を観て何かを感じて白いスーツ(ただし短パン)を着て、そうかそうか、レッチリいい奴らだなぁ。タトゥーしている人はあまり信用していなかったけど、あの人たちなら信用してもいいなぁと思ったぐらいです。

 ただ残念なことがひとつだけありました。僕らの前の前の前の席で観ていたデブの白人がコンサート終了後に、その場でタバコを吸い出して、灰を辺りに落としていたんです。あのデブ、名前はたぶんデイブ。
 デイブは他5人の白人と一緒に観ていて、そいつらはちょっとITバブルっぽい振る舞いをしていて、日本人を見下した感じの連中でした。肌が白くて図体がでかいだけなのに、よその国で図々しい振る舞いをしていることじたいIQの低さを感じるのですが、よりによって会場内絶対禁煙の場所で堂々と、しかも威圧的にタバコ吸って灰を落として、デイブの隣に外務省の役人が座っていたらきっと国際問題になっただろうし、デイブと同じ国の知らない人が座っていたらきっと注意しただろうし、それよりもデイブのお母さんが聞いたらきっと悲しむと思います。
 ああいう頭が悪くて醜い外人を警備員に通報してあげようと思ったけど、そのあたりにうろうろしていた警備員はその光景を見て見ぬふりしていたので、これじゃ何回戦争しても絶対勝てないと思った。
 日本人が携帯カメラで撮ってたらすごくいい感じでシャープに怒るのに、あのザマじゃ意味ないわ。
 その光景が本当に面白くなくて、せっかくいいライヴだっただけにすごく残念だった。なんかちょっとショックを受けてしまい、しばらく座席から立つ気がしませんでした。

 あの5人連れの中にひとり日本人の女性がいたけど、なんで怒らなかったんでしょうね?絶対その場面を見てるのになんで注意してあげなかったんでしょう?友人とか彼女とか仲間であれば、どうして「この場所では禁煙で、まして灰を落とすことなんて論外よ」と流暢な英語で教えてあげなかったんだろう。もっと愛があれば、「この場所でタバコ吸って灰を落とすことは決してカッコいいことじゃないのよ。むしろダサくて恥ずかしいことなのよ」と諭してあげなかったんだろう。さらにもっと信頼関係があれば「レッチリが知ったらきっとあなたを軽蔑するわ」とときめくような言葉を囁いてあげなかったんだろう。
 
 かつて矢沢永吉のコンサートは不良の集会と謳われていました。ところがそれを問題視した矢沢永吉はコンサートの在り方、ファンのマナーについて問題点を改善するべくいろんなアイディアを提案し、それを実践してはまた発生する問題を改善しながら今日に至りました。今では矢沢永吉のコンサートでは飲酒は禁止、鳴りものも禁止、集団意識を煽るような衣装も禁止になりました。
 ロックコンサートに酒が禁止とは行き過ぎじゃないの?という人もいるかと思いますが、矢沢永吉は、様々な経験をもとにして自分のコンサートでの禁酒を決行しました。
 結果、いろんなファンが増えました。不良とは無縁の若くて美しくて頭と育ちの良さそうな帰国子女みたいな人たちもいっぱい武道館に観に来ています。彼のイメージも変わりました。今ではとても素敵なオジさんでジェントルマンです。
 矢沢永吉は、自分のコンサートが自分とは無関係の心ないファンによって破壊されたことをもっとも悔やみました。それが辛くて辛くて仕方がなくて、彼はファンに訴えたのです。「コンサートを楽しもう。でもそれは、誰かの行為でほかの誰かが嫌な思いをした時点で成立しなくなる。最後の最後まで、会場に来た人みんながいい気持ちになれて、帰りに最高に美味い酒飲んで帰ろう」

 いろんなことを考えさせられたけど、すごくいいライブだったことは確かです。いろいろ考えさせられたから余計にいいライブだったのかな。
 アンソニーさん、フリーさん、ジョンさん、チャドさん、良かったです。どうも。



大阪城、金のしゃちほこ。




2007/06/25

『頼むよ、東横線』 

2007/06/20

『ヴィエトナム』

2007/06/14

『原宿の雨に…』

2007/06/08

『理想的な企画会議とはこういうもの』

2007/06/06

『レッチリ観てきた』
このサイトに掲載のイラスト
写真・文章の無断転載を禁じます

Copyright © 2001-2010 MaroonBrand