『笑う』

 「クリちゃんはいいよね、いつも笑ってて」
 バカやろー、笑うのは努力だ。日々の努力が実っていつも笑っていられるようになっただけだ。
 つまんなくてもやりきれなくても笑ってみろ。無意味じゃねーぞ。詳しく説明しないけど、やってみれば分かるさ。難しくて大変なんだよ、笑うって。でも笑わないよりは気持ちがラクだ。
 それにしても「笑」という字は見事に笑ってる。哲学のようだ。
 さ、今年も仕事すっぞ。



『マツコ•デラックスさんについて』

 マツコデラックスは辛いと思う。出過ぎて毒が抜けてきた。毒はクスリと同じで飲み続けると慣れて効かなくなる。さらに毒を盛れば狙いが先攻して命取りになる。出過ぎたタレントの宿命であり踏ん張りどころだ。
 ひとつだけ道がある。媒体を路線変更することだ。バラエティはほどほどにして、もっと文化色の強いものを選べばいいのである。言いたいことを奔放な言葉を駆使して「威圧」という稀な才能をブレンドしながら表現する術は、すでに芸術の域に達するのだし、その「間」の掴み方は名人芸である。もっと崇高な場所へ引っ越しするだけで十分に鮮度は保たれるはずだ。
 バラエティからカルチャー寄り方面に行けばパネラーもMCも変わるから、ますますその存在感は際立つはずである。
 ただし色気づいて大先輩のおすピーさんの縄張りには足を踏み入れないことだ。そっち系の世界の掟は知らないが、そういうことには面倒くさそうな気配がするからだ。かといって急にインテリジェンスを身につけようとせず、今まで同様ありのままの直感と洞察力と威圧を駆使して各局の番組をイジリ倒してほしいと願うのである。
 それにしても、なぜカワイイと思ってしまうのだろう。それがマツコ最大の魅力であり、実は本人もちゃんとわかってるところにプロフェッショナルを感じるのである。



『初恋に関する質問』

 田舎の同級生から電話がかかって来た。同窓会をやってたみたいで(呼べよ、違うクラスでも)周りの賑やかな声が聞こえてきた。それにしても声というのは恐ろしい、とても今年49になるとは思えない女子たちの黄色い声がチャーミング力満点に聞こえるのである。
 どうせ酔っぱらった勢いでかけてきてるんだろうと思いながら用件を聞くと、”ところで圭ちゃんの初恋って誰やったんやん?”。 なんでも地元誌に「S先生」と書いたのが疑問を招いたらしく、あるやつは「A代ちゃん」ある人は「A子ちゃん」またある人は「Kちゃんのはず」とそれぞれの記憶を辿り、答え合わせをしたかったらしいのだ。
 そこで電話をしてきたNくんが、「ほんで、実際のところ誰やったん?」と聞いたところで電話の向こう側がシンと静まった。なんだこの緊張感は、正解者にお年玉でもでるのか、と適当な想像をめぐらせながらオレは答えた。
 「どれも初恋。わるい?」
 Nくんが”どれも初恋だってよ〜”と言うと、急に周りがざわついて、そりゃないだろう的なブーイングがどよめいた。
 Nくんの「そりゃないんじゃないの?」という返しに「知るかそんなもん」と切り返す。
 最後にひと言、「恋はいつでも初恋」と力強く言ってやると、それをNくんが大声でリフレイン。
 ”らし〜わ〜”とまたざわめく。
 きっとオレは40年近く前からそうやって思われてたんだろうなと苦笑しつつ、オメーらに純度100%の恋心がわかってたまるかと、ほくそ笑んでやった。
 恋はいつでも初恋。ちがうんかなぁ…



『箱根駅伝考』

 箱根駅伝を見ていると、その感動の裏側にこれからの大学の在り方に疑問を抱いて仕方がない。どう考えても20年前には箱根のハの字もなかったような大学が、当たり前のように正月の箱根路を力走しているのである。
 ここにどのような強化体制があるかは明らかだ。セレクションである。ほとんどの学生が走力か可能性で入学を許されているのである。しかも少子化の時代、大学側は手招きするようにお客さんを好条件で受け入れる。そして学生は大学の宣伝のために箱根を走り、お笑い番組に飽きた視聴者をごっそりさらって抜群の視聴率をたたき出す。
 この国家的イベントに仕掛け屋の広告代理店は高笑いだろう。それがわかっていても感動は別物で、泣けるものは泣ける。これがスポーツの素晴らしいところであり代理店のプロフェッショナルである。
 学生の競い合いというのがスポーツの純度をより際立たせるのであろう。4年という短い在学期間の中で90年にもおよぶタスキをつなぐ。とりわけ日本人は「つなぐ」という言葉に心底やられる国民だ。
 考えれてみれば、これでいいのだ。プロの大人たちが練りに練った感動のコンテンツを正月に全国放送することそのものが尊いからだ。年々厳しくなっていく時代において、年の初めに夢中になってどこかのだれかを応援できる姿は健やかで美しい。一瞬だけでも誰かの走りや競り合いを見て、”よしオレも”という気持ちが沸き上がれば、駅伝と番組の相互関係は成立し日本の正月は盛り上がる。
 この「走ってタスキをつなぐ」というシンプルなスポーツから学ばなければならないことは、誰もが何かをつないで生きているという事実と、そこに流れる責任とやり甲斐、そして感情である。
 冒頭に書いた大学の在り方も、こういうカタチでならば新設校が伝統校に肩を並べられるという希望が持てて良いのかもしれない。
 シンプルで不思議で心を打つスポーツ、エキデンは時代が病めば病むほどに神々しい。
 



『とんねるず』

 とんねるずが面白いのはマジなとこだね。マジだからキマってもハズしても人を惹きつける。緊張感があるから。
 名門帝京高校でサッカーと野球やってたことが大きい。もちろんふたりにタレントとしての能力があったからこそ過去が活かされているんだけど。
 彼らはトッププロたちを本気にさせる。コートを挟んで、フェアウェイを歩いて、サッカーボールをセットして、打席に立って、相手を本気でメラメラさせる。バラエティと知っていながら茶の間でオレらを本気で観させてしまうのが実力だね。
 彼らがプロたちの懐に入り込み、また自分の懐に引き入れることができるのは、スポーツを通して培った青春の結晶である。男はいくつになってもスポーツ(=少年心)に心を揺さぶられてしまうものなのだね、と勝手に思い込んでいるのところであります。
 いいオトナ、とはこういうことをいうのだろうな。
 




2011/01/06

『笑う』

2011/01/05

『マツコ•デラックスさんについて』

2011/01/04

『初恋に関する質問』

2011/01/03

『箱根駅伝考』

2011/01/02

『とんねるず』
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