『ジンさんのお別れ会』

 お世話になったマガジンハウスの陣さんが亡くなられ、本日お別れ会が行われた。
 30そこそこの頃、ろくに書けないオレをライターにしてくれて人だ。よく六本木に連れて行ってもらい、芸能人や文化人と並びで酒を飲ませてくれた。ザッツギョーカイのゴルフコンペにも連れていってもらった。
 いつも毒づいていたけどピュアな人だった。威張ってるけど、優しい人だった。酒とタバコが大好きで、すれ違うとタバコの匂いがプーンとした。夜になるとそれが酒の匂いに変わった。
 マンションを購入されて間もなく、「オレの豪華マンションにお招きしてやる!」とまちがった敬語をつかい、深夜に連れてってもらった。お寝みになっている奥様を起こして「ダメライター連れて来たからコーヒー煎れてやってくれ」とカッコつけてたけど、その裏側ですごく家族を大切にされてるんだろうなと思ったが、その通りだったことが、今日、よぉくわかった。
 素敵なご家族だった。陣さんのことを誇りに思われていた。いくつもの雑誌の編集長を務めた陣さんのお別れ会には、マガジンハウスでエースと呼ばれた編集者やカメラマンがごっそり来られた。
 なんだか20年前に戻ったようで、確実にみなさんお年を召されたけれど、雑誌屋にとって大切な特有の軽さだけは持ち合わせていたので、陣さんの想い出や、陣さんと関係ない話にも花が咲いた。
 
 閉会後、お世話になった元編集長とフリーランスとして机を並べた女史達と一緒に、銀座ではココが美味いというオムライスを食べに行った。そしたら同じくお別れ会に出席されたマガジンハウスのみなさんが6人やってきて、お店のシェフは一気に11人前もオムライスをつくることになった。
 弔いの日にオムライスを食べる。これぞトムライスだねと洒落たことを言いながら食っていると、すこしだけ寂しい気持ちが込み上げてきた。

 陣さん、さみしいわ。またボヤいてくださいよ。オレ、いまでもダメライターです。
 あの世で好きなだけ酒飲んでタバコ吸ってください。ところで陣さん、タバコ、値上がりしたこと、知ってます?
 また誰かと一緒に陣さん思い出して酒飲みます。
 



『小径の老犬』

 飲み会がある日は電車で通勤。たまに池尻大橋で降りて15分かけて事務所まで歩く。順路はいつもバラバラ、知らない路を散歩気分で歩くのがけっこう好きである。
 今日もひとつ、月島にあるような路地を見つけた。住人しか立ち入らないような小径を、キョロキョロしながら侵入する。何も悪い事なんかしてないのに不審者気分でアウェーな感じだ。
 そこにアルミ製のケージがひとつ。年老いた柴犬のお家だった。
 聞き慣れない足音なのか、柴犬はオレに耳をそばだてながら、ケージの中をグルグルと旋回している。
たぶん、あの老犬、目が見えない。ウチのケンタもそうだったけど、鼻を地面に向けて足をヨタヨタさせながら、おんなじ方向にグルグルグル、何度も何度も回るのだ。やがて後ろ足がヨタついてバランスを崩し、ちょこんと尻もちをついて、そしてまた立ち上がってグルグル。その姿は気力そのものだ。自分は老いてなんかいない、目は視えなくなったけど自慢の鼻と耳で不審者を察知してビビリを利かせてやるんだというプライドが、ヨタつく足元とピッと立った耳に表れてた。
 ケージぎりぎりまで近寄って老犬に話しかける。「ごくろうさん。頑張ってるな。かっこいいぞ」。
 老犬は足を止め、半身になり背中を向けながら耳だけをこちらに向けている。警戒心はありありだろうけど、どこかに安心材料を見つけたのだろうか、カラダを反転させて、オレに顔を向け前足を枕にしてアゴをのせお腹を地面につけた。
 毛はたわしのように枯れ、目はずっと塞がったまま。開いたところで何も見えない瞳を、意味もなく開こうとしないのだろうか。それでもどこか穏やかな表情に感じるのは、まぶたの奥にしまわれた瞳に、大切にしてくれた家族の姿が映っているからだろう。
 「また来るよ」。老犬、微動だにせず。「来るからね、わかった?」。動かず。
 もしもオレの声が老犬に記憶されていたら、今度ケージを尋ね声をかけた時には、ちょっとだけ旋回の意味が違っているかもしれない。
 切ないけれど素敵な朝のひとときだった。



『矢沢永吉コンサート、その人間模様』

 永ちゃんのライヴに行って来た。ヨコハマ、熱かったぜ。出待ちは150人ぐらいいただろうか。家路を辿る前にクルマに乗り込む永ちゃんにさっきまでの興奮と感謝を届けたかったのだろう。

 サラリーマンのおっさんがガッツリ膨れ上がった年季物のブリーフケースからE.YAZAWAの刺繍入りスカジャンを取り出してワイシャツの上に羽織る。脱いだヨレヨレのジャケットとネクタイはスカじゃんと入れ替わりブリーフケースの中に収納された。待ちきれないのか、ブリーフケースのファスナーを閉じないまま足元に置き、永ちゃんコールで弾けると、勢いあまってブリーフケースを蹴飛ばして、コロコロとラグビーボールのような軌道でブリーフケースは階段を転げ落ちた。
 ブリーフケースに収納されていたジャケットは無惨にも外に投げ出されたが、E.YAZAWAの刺繍を背負う彼の眼中に放り出されたジャケットはない。
 歳の頃で50を過ぎたあたりだろうか。もちろん彼の日常など何も知らない。ただ、彼のブリーフケースの中には彼の輝いていた時代があった。サイズ的にキツクなってしまったスカじゃんと永ちゃんコールをする腰つきこそが、彼にとって最も自分らしい自分なのだろう。
 永ちゃんコールからバラードナンバーに転換すると、腰を屈めながら階段を下り、”すみませ〜ん”とリーマンたっぷりの50歳に戻ってジャケットを拾い上げる。
 矢沢永吉のライヴには、男たちの昔と今が混在する。しかし、けれど、だとしても、男はいつまでたっても男の子、つまり少年なのだ。
 



『マハカラうれしいプリンの報告』

 マハカラのうれしいプリン×目黒駅ナカワゴンが終了した。2週間の出店で学ぶことは多く、現場に立たないことには知り得ない事実がいくつもあった。けれど目標はほぼクリアし、プリンの販売数だけではなく、プロモーションとしてのメッセージも強かったのでスタッフにとっては意味のある日々だった。
 いつもあたりまえの場所でお客さんを待つ「店」と、ある場所に出向いて屋台を構えることでは大きな違いがある。まず、ご贔屓さんがいない。通りすぎる人の誰もが一見さんである。駅ナカを利用する人は、ほぼ毎日同じ時間にその場所を通るわけで、知らず知らずのうちに週単位で入れ替わる出店を比較している。特に同じ商品を販売する店に関しては、記憶を辿って比較することも珍しくない。ましてその店の商品を食べた人であれば、さらに詳細なる比較がうまれる。
 デビュー戦だからといって顔見世興行的な余裕はなく、そこそこヒットしなければ駅ナカサイドとしても首を傾げざるをえない。つまり、売らなくてはならないのだ。
 オレたちの考えは「売る」と「売れる」、双方のエッセンスを兼ねた展開。現段階では供給体制に限度があるからメディアには頼らない。まずは、地域から、現場から、確実に自分たちの味とウリを手渡しで伝えていくこと。
 2週間、目黒駅を利用する人たちには大変お世話になりました。「目黒駅で買ったよ」といって中目黒の店においで下さる人もたくさんいた。
 客商売ということをやったことがないが、こうして関わることで、客商売でしか味わえない喜びを感じられたことがオレには嬉しかった。
 



『和民』

 チェーン店の大衆居酒屋にはほとんど行ったことがないが、昨日、みんなで勢いをつけて行ってみた。
『和民』はすごい。何よりウマい。「安い」が先に来るのではなく「ウマい」が先である。「安い」が先にくると、マズくても安いからという低次元の言い訳が成されてしまうが、「ウマい」が先にくると、「安い」はより価値をアップさせる。もう少し引いて考えてみると、なんでこんなに安いのにウマいんだと嬉しい疑問しか沸き上がらない。つまり安さをなんの言い訳にもしない潔さがそこにある。
 接客姿勢にもしっかりした教育が感じられる。単に愛想がいいだけではなく、接客業とはなんたるかをプロフェッショナルとして機能させている。なーなーになっている居酒屋とか洋服屋の店員との差は歴然で、迅速な対応と身だしなみには好感を持った。清潔感も接客業のキモであることを存分に理解されていらっしゃる。
 要するに客商売をちゃんと実践しているのだ。そんなことを考えながら飲んでいると渡邊社長の顔が浮かんだ。ひょっとしたらあの出たがり具合は、すべての国民を和民化するための戦略ではないだろうかとさへ思ってしまうのだ。
 かといって和民帝国を築くとかのエゴ的なものではなく、この国をちゃんとするために居酒屋から変えようという志さを感じるのだ。
 機会があれば是非お会いしたい人物である。




2010/11/05

『ジンさんのお別れ会』

2010/11/04

『小径の老犬』

2010/11/02

『矢沢永吉コンサート、その人間模様』

2010/11/01

『マハカラうれしいプリンの報告』

2010/10/29

『和民』
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