「ブスカワ」

 わさおが映画になる。わさおは青森に住む秋田犬である。毛がふさふさを越えてボーボーなのだが、それがなければわさおはクローズアップされてはいなかっただろう。
 わさおはブスカワ犬と言われているが、人間と同じでカテゴリー的にはブスに分類されるているところに可愛さがあるから親しまれるわけで、逆転してカワブスとなると最悪である。具体的に言えば、顔は可愛いけど性格悪いとか性癖めちゃくちゃとか金に汚いとか、そんなのがカワブスカテゴリーに属するのである。
「性癖めちゃくちゃ」というのが魅力という人もいるから、分類には難儀するが、まぁ顔がキレイだったりすると、顔のキレイさを裏切らないようにしなければならないという別の課題もあるということで、つまりはキレイだと思われることを持続することも大変なんだぞって話。
 オレはブスカワに大いなる魅力と未来を抱いている。直接会ったりするにしても、超カワよりもブスカワの方が断然グッとくる。さらに、自分ではブス止まりだと思っている人に「カワ」の部分を発見させてあげることに至福を感じるのである。
 こんな話を何十年もしてきて、人はそれをプロデュースと言うけれど、プロデュースには何よりも素材が大切なことを忘れてはならない。それを思えば、ブス止まりとあきらめてしまった人から「カワ」の部分を発見することは困難。ふさぎこんだり自分を解放しない人から、その人にしかないカワの魅力を見いだすのは至難の業である。けれど、ブスに属する人でも明るかったり、言うことが面白かったりオシャレだったり、酒の飲み方が気持ちよかったりすると、ブス経由カワイイ行きの切符が発券されることが往々にしてある。
 わさおの映画が完成したら、人間にとって「カワイさ」とは何かを、そしてそれを見事なまでに伝達するためには「ブス」であることも大いに役立つということを考えながら観賞してほしい。



『やっぱヒロミGO!』

 今年何回「スゴイ!」と思える瞬間に出会えただろう。スゴイ瞬間はそうそう狙って訪れることはないけど、昨日のヒロミゴーは圧巻だった。もちろん予想はしていたが、オレの予想などまるで当てにならないほどのスケールでただただポジティブなため息がこぼれるのだった。
 武道館で13000人の前でヒロミゴーを炸裂させたことはもちろんだが、デビューして39年が経ち、55歳という年齢で35年前のナンバーを歌う姿に、いっさいナツメロを感じさせないことが素晴らしい。それがまさに郷ひろみの生き方であり、歌へのチャレンジなのだろう。
 何よりも心を打たれたのは、本番を迎えるまでの準備である。その日のために最高の準備をする。エンタティナーにとって当然のことながら、それを裏切らないことは難しい。肉体的な節制はもちろん、歌のキレ、ノビ、タメ、カラダのキレから、極端な話、髪の毛一本の乱れに至るまで、ファンが望むイメージに微塵の狂いも許さないのが郷ひろみなのである。
 会場を埋めたファンはみな、何十年も前からヒロミさんを応援しているのだろうけれど、誰もが昔の郷ひろみを追っているのではく、今ここにいる55歳の郷ひろみのファンなのだと実感させられた。
 アーティストとファンの信頼関係を見事なまでに描いた、どうしようもなく素晴らしいライヴだった。



『ヒロミゴー武道館の日』

 今日は多いに頑張る日であります。
 夜にはヒロミさんの武道館公演「THE BIG BIRTHDAY」があるから、といっても何もすることないか。観客のひとりになって今年のツアー55本目をじっくりと楽しもうと思ってる。
 中目黒の「マハカラ」は今日から目黒駅構内で駅ナカワゴン販売を実施する。改札の中側で1週間、外側で1週間。6種類のプリンを販売するのである。
 これも何もすることないか。屋台はがっちり作ったしノボリも作ったしパネルも作ったしチラシも作ったし、東急目黒駅限定の栗チョコプリンはなんとか完成したし。あとはマハカラのみんなが路上ライブのように声をからして
プリンちゃんの魅力を伝えるだけだ。
 季節柄、なんだか文化祭のような日。そのスペシャルステージがヒロミゴーで…そんな感じでなんだか胸高まる週の幕開けです。
 16歳でデビューしたヒロミさんの55歳の誕生日を、ファンのみなさんはどんな思いで見守るのだろう。それ考えると今から泣ける。
 ヒロミさん、誕生日おめでとうございます。今日は武道館ぶっ壊れるまでヒロミゴーしてください!



『商店街』

 「商店街をなんとかしたいのだが、なんとかならんかいね?」
 こんな質問が漠然とやってくる。

 地域の未来を見据えた上で、それはそれは素晴らしい希望だけれど、そのための努力はふたつある。
 まずは商店街から「街」をとって、ひとつひとつの商店が頑張ること。
 もうひとつは「街」の中で、その商店はどんな存在になるべきかということ。
 そういう理念というか、気持ちが街を作る。商店が並ぶ商店街という「街」を。
 商店は街との共存であり商店街の一部である。たくさんの「一部」が街の主役なのだ。
 もちろんそこにいる店の人たちも。
 するともうひとつの主役である、お客さんがやってくる。
 人が集まる。会話が生まれる。笑い声が響きわたる。元気になる。

 そうやって考えてみると、その街に足りないモノやコトやお店や、もっといろいろなことが視えてくる。
 そんなシンプルなことをよーく理解した上で、さぁ話そう。



『チリ』

 ショックで頭が割れそうになった。割れるというより壊れると言った方が正確かもしれない。感動することも頭が破壊されそうになることも、人間だから仕方ないのだろう。
 ちゃぶ台をひっくり返す事は簡単だが、そのちゃぶ台もまた壊れてしまう。ちゃぶ台の気持ちになれるかどうか、またはちゃぶ台を元に戻す第三者の気持ちになれるか、どちらも人間のキャパだ。
 チリの落盤事故救出劇でもっとも感動したのは、地上と音信が取れるまでの17日間にある。生き埋めにされている状況に気づいてもらえているかわからない、そんな中での17日間、彼らは微塵も希望を捨てなかった。先行きが真っ暗になろうとも絶望が迫り来ても、希望でそれらを跳ね返した。さらに言うならば「希望を持つ」という希望をあきらめなかった。
 ちゃぶ台をひっくり返してしばらくしたら、逆さになり脚が折れたちゃぶ台を見て自分を悔いるだろう。
 選択肢はいつだってふたつある。たとえどん底に落ちたとしても、そのまま腐って人生に蓋をしたり人を罵り続けて自分を落とすか、それとも希望を持つか。どんな場面でもかならずいずれかを選択しなければならないのが人生である。
 簡単に言うならば、あきらめるかあきらめないか。希望こそが奇蹟を呼び込む唯一の方法である。
 チリが教えてくれたことは、まぎれもない人生訓である。




2010/10/20

「ブスカワ」

2010/10/19

『やっぱヒロミGO!』

2010/10/18

『ヒロミゴー武道館の日』

2010/10/15

『商店街』

2010/10/14

『チリ』
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