『千駄ヶ谷でラミちゃん』

 清水圭ちゃんの展開する「surf &turf products」の撮影があり、素人の底力を発揮してから、原宿のGOOD MORNING cafeでランチをとり、気分よくクルマで帰る途中のこと。
 千駄ヶ谷の交差点で、青信号なのに前の前のクルマが動かない。後ろからクラクションにけしかけられたので、前のクルマにパッシングしても、その前の車と車間が近すぎて動けない。仕方なしにオレが後ろの車に事情を伝えて車間を開けてもらい、バックしてから前の車を追い越して信号を通過しようとしたら、問題の前の前のクルマの車窓から右手が出て来て、指先で早く行けと促すようなサインが送られた。
 おいおい、元々お前が停まってるからこんな状況になってんだろ!と軽くキレながら、追い越し際に右手の持ち主を睨みつけてやったら、なんとジャイアンツのラミレスではないか。
 もちろんオレの態度は急変。「ラミちゃん、優勝たのむよ!」と笑顔で投げかけたら、引き続き右手で“ハヤクイケ”サインを出しながらも「ワカリマシタ」とひと言&ラミちゃんスマイルをくれた。嬉しくてほんの数秒ではあるがうっとりしていたら信号が赤に変わってしまい、後続車から猛烈なクラクションを浴びせられ、交差点はちょっとした小渋滞になってしまった。
 みなさんすみません。嬉しかったんです、ラミちゃん。やっぱ野球選手はすごいわ。会った瞬間小学生に戻ってしまう。しかもジャイアンツの4番、ラミちゃん。
 もしオレが幼児だったら確実に抱っこしてもらってたな。あの渋滞の中でも。重ね重ねすみません。




左/圭    右/圭介




『玉置浩二』

 玉置浩二が話題みたいだ。コンサート会場でファンに食ってかかったみたい。これを単に「壊れている」ととるのはもったいない。
 ラブソングというものは身を削らなければ描けないとオレは思っている。+自分の過去や恋愛観を切り売りするようなものだ。それを7800円出して観に来てくれた客にどう届けるか、それがステージだ。
 玉置浩二がよくなかった点は、観客に「7800円ぐらいで云々…」と言ったことである。観客は主催者サイドが決定した7800円に対する価値を求める。すなわち2時間のステージの質だ。酒を飲んでいたにせよ、何かのトラブルがあったにせよ、観客の罵声に対して玉置浩二が返すべきは、暴言ではなく歌である。腹立たしい事があれば、うまくいかないもどかしさがあればこそ、ギターを鳴らして言葉を即興で歌にしてしまえばいい。彼には瞬時に言葉をメロディーに乗せてラブソングにするだけの能力があるのだから。
 たとえば「バカ野郎、ふざけんな、テメーひとりのためにステージやってんじゃねーんだぞ」。言葉にすれば完全なる暴力であるが、これに玉置浩二独特のメロウなメロディーをつけたとしよう。そしたらほら、耳をすましてごらん。そよ吹く風に乗っかって、傷ついた男のシャイな囁きに聞こえるではないか。
 ギターはなにも用意されたセットリストを演奏するためだけの道具ではない。その時々の思いや願い、ときには叫びにメロディをつけてソングにしてくれる魔法使いである。
 壊れているかもしれない。けれど傷ついてもいるに違いない。直接的な会話が愚かで危険であれば、ギターを挟んで会話をすべきである。
 たとえ行き過ぎた言葉であったとしても、そこにメロディがつけば、歌になれば、オーディエンスにとってはその日だけのサプライズとなり、すなわち玉置浩二の音楽家としての奥行きとなる。
 口べたと自負するならば、歌を唄ってくれ。歌で泣き、歌で伝えてくれ。あなたの生き方はメロディそのものなのだから。



『遼クン』

 世の中、誰もが「遼クン」を連呼している。年頃の男の子を持つ母親は、「あんたね、遼クンみたいにがんばりなさいよ」と言い、父親は「遼クンみたいに稼いで楽させてくれ」といい、祖父母は「遼クンみたいに礼儀正しい孫だったら」と言い、セガレに楽させてもらおうなどと安易なことを平気で言っている父親は「遼クンの爪の垢でも煎じて飲めば」と妻に言われてシュンとする。
 つまり、今、日本で一番理想の男子は石川遼クンなのだ。
 先日、フジサンケイクラシックを夫婦で観に行ったM夫妻は、“遼クンが歩くとモーゼの十戒みたいにギャラリーがザザーっと道を開け、通り過ぎるとまた元に戻ってすごかった”と小学生並みの言葉で感動を伝えてくれた。興奮冷めやらぬM氏は、「遼クンに2日間ついて歩いたらゴルフが視えてきた」となにか開眼したようだったので、早速金曜日に一緒に回ったらまだ開眼前だった。
 遼クンの凄さは、日本中の誰からも「クン」付けされることだ。幼児からも主婦からもギャルからも老人からも政治家からもヤクザからも「遼クン」。これは「象さん」とか「熊さん」とか「和尚さん」とかの「さん」付けを上回る最高の親しまれ方である。そして誰がどんな時、どんな状況にあっても、遼クンの話をすれば心が穏やかになることが素晴らしい。
 たとえば骨肉の争いをして離婚寸前の夫婦間にあっても「遼クンだったらどう思うとおもう?」とどちらかが投げかければ、「そうかぁ、遼クンならきっと、互いが幸せになれるように別々のフェアウェイを歩けるように努力してください」って言ってくれるんだろうなって、離婚取り消しになったり、ワイロを受けとってしらばっくれている政治家が「遼クンだったらどう思うだろう」と考えたとき、「フェアプレイをしてこそゴルフ、そして人生。潔く罪を認めペナルティを払って次のゲームに挑んでください」と頭の中で遼クンに囁かれ、確実に自首または出頭することになる。
 今、日本中で、なにかが起こったとき。そこに遼クンを思い浮かべれば、なぜそうなったのかを見極め、ここれからどうすればいいのかが視えてくる。何かにすがる宗教的なものではなく、「遼クン」という時代の鏡に自らを映し出すことで、自らの行いを反省し、自分の思いや気持ちに正直になり、自分が人間社会の一部であることをいやがうえにもわからせてくれる、魔法の杖なのだ。
 今では誰も「ハニカミ王子」とは言わない。遼クンは、王子を超えた「クン」付けの王様になったのである。
 がんばること、あきらめないこと、ねたまないこと。自分のすべてを晒してそれをゴルフで表現する遼クンは、やっつけ気味に生きている日本人に対して、日々魂のドライビングショットを打ち込んでいるのである。



『オレ』

 編集者でもライターでもなくなっている気がする。いろんなところに呼ばれては突然フラれたテーマに即興でプランを話している。こういう仕事はどんなジャンルに属するんだろ。やっぱりプランナーというのだろうか。それだったらあまり好きな聞こえじゃないな。ライターとかエディターの方がピュアな気がしていい。
 一昨日昨日と、上記のような場面を5つも経験し、延べ10時間以上も喋った。資料はその時にサラっと渡され、机のあっち側に座っている人たちの名刺と顔を覚えるのがやっとである。そういうときオレは妙にサディスティックになる。ボンテージセットを携えて身振り手振りを交えながらビシビシとムチをしならせる。
 ほらどうだっ、ビシッ。まだわかんねーのか、ビシッ。なんども言わせんじゃねー、ビシッ。…ビシッ、ビシッ、ビシッ。
 気がつけば出血大サービスをしているのはオレの方で、すべてのアイディアをご提供してしまうのである。木に登るブタというか、つまりは手のひらの上で転がされてしまうわけだ。
 いーか、これで。ボランティアで終わったとしても心にシコリは残らない。

 疲れたので机の上に顔を乗せて寝た。友人にもらったユーミンのオルゴールを聴きながら。
 わずかな時間だったが確実に寝た。そこにオルゴールが侵入してきた。ストーリーはわからないが夢の中でBGMになっていた。起きたとき切なすぎて泣きそうになった。
 簡単だ、オレ。ずるいわ音楽。むちゃくちゃだった恋愛さえも美しい想い出にすり替えてしまう。彼女も確実に4割増しで可愛くなってるし。都合良すぎるぞ想い出。
 簡単、単純。すばらしいことかも。
 48年かけて作られた人格だ、そう簡単に変わってたまるか。急に変わっても、オレついていけない。
 さて、また夜が来て夜が明けて朝が来て、残暑がもうひとふんばり。
 週末、サンマ食う。決めた。



『北海道日記』
 週末に北海道へ行って来た。北海道に行くとかならずチカの家に泊めてもらう。チカは大学の同級生で体育の先生をしている。
 チカの奥さんのユリちゃんが圧力鍋で作るさんまの梅肉煮込みに目がないので、オレが泊まりに行くたびにご馳走してくれる。
 夕食前に必ず近所の温泉に入って、サウナでのどをカラカラにさせてキンキンに冷えたビールという運びになる。
 例によってチカの高校の部活Tシャツと短パンを借りて、リラックスしてメシをご馳走になりエンドレスで飲む。どちらかがもう飲めない、となるかあるいは寝てしまったところで終了となり、気がつけば記憶もそこそこにリビング横の和室で寝ていることが多い。布団はいつもふかふかで、タオルケットは頬ずりしたくなるようないい匂い、枕もちょうどオレ好みの高さに設定されていて2週間ぐらい居候したい気分になる。
 北海道も残暑が厳しかったらしく、エアコンなしのチカ家では吹き抜けの天井に取り付けられたプロペラみたいなファンが大忙しだった。それでも夜はいい感じで肌寒く、久しぶりに布団にくるまって寝た。
 布団の話で思い出したが、オレの田舎では「布団を着て寝る」と言う。代表的な使い方としては「今日は冷えるから布団着て寝なかんよ」。それを東京人から大笑いされた記憶があるが、函館生まれのチカも「布団着て寝ろよ」と言ったので驚いた。それが嬉しくて、布団ネタでまたハイボールをそれぞれ3杯ずつ飲んだのである。
 北の朝は早い。さっき寝たばかりと思ったがすぐに目が覚める。トシだな。寝たまんまの格好で近くの小学校まで散歩して、校内に作られたミニ動物園でアヒルとうさぎに雑草を食わせて帰ってくると、ユリちゃんが朝メシを用意してくれていた。旅館で食べるような見た目にも美味しそうな朝和食。塩っぱいけれど甘み抜群の鮭がごはんを走らせる。そしてまた温泉へ。チカは無類の温泉好きなのだ。温泉では生まれて初めて岩盤浴を体験。49℃と52℃の部屋でそれぞれ20分。経験したことのない体の火照りに目が回った。
 間髪入れずに、“小樽行こ、オタル”。高速をぶっ放しレンガ並木と運河の街の風情に身を置いていると、中国人の団体が俺の感動の中をドカドカと横切って行った。日本中どこでも観光地は中国人だらけでいやになる。とはいえ今の観光地はどこも中国人頼りである。仕方ない、これも時代だ。あっちの方が上なのだから。頑張れ小沢か管、鳩山さんは髪型どうにかしなさい。
 石原裕次郎記念館に行こうと思ったけど、ソフトクリーム屋のおばちゃんに「徒歩で1時間」と言われたので断念した。ただ、記念館のある場所にほど近い観覧車は目測で25分の距離である。35分の時間差はどこにあるのかが不思議だったのでもういちどおばちゃんに尋ねたところ、「2回はお茶休憩した方がいいから」らしい。こういう発想もでっかいどうなのだ。
 小樽から戻り、札幌へ向かい、夜9時から札幌駅周辺にあるチカの教え子が働く居酒屋でサンマの刺身をつまみに焼酎を飲んだ。仕事を終えた教え子も一緒になってあらためて乾杯をして終電までとことん飲んだ。
 いつも別れ際に言う事は「あと100回会おうな!」。このフレーズを使いだしてから5、6回は会っているので本当は94、5回なのだが、キリの良いところで「あと100回」を決めゼリフにしている。
 似たケースで某編集者とは「死ぬまでにあと1000回ゴルフやろうな」と言ってるけど、まだ10回そこそこなので、このペースでいくと、白骨化した老人たちよりも確実に長生きしなくてはならないことになる。
 北海道はいいところで食べ物もおいしいが、一番嬉しいのはやっぱり友達だということを確信した。いい旅だった。





チカの家。高原にある別荘みたい。



近所の小学校へ向かう路。



ガアガアガア。



うんが。れんが。






2010/09/15

『千駄ヶ谷でラミちゃん』

2010/09/14

『玉置浩二』

2010/09/13

『遼クン』

2010/09/10

『オレ』

2010/09/07

『北海道日記』
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