『異常な夏』

 真夏の一日はどこから朝が始まって昼にかわり夕方はどこからでいつ夜になり、夜中は一体いつからで明け方はどこからなのだろう?
 どこれもこれも気温と湿度のせいだ。この4~5年ぐらいで日本の夏は変わってしまった。ただ一日中あっついだけの日々になってしまった。ちょっと前まではいくら暑くても黄昏時には気持ちが涼しくなったり、寝苦しい深夜でもぽつんとセンチな気分になれたりしたのに、今は単に暑いだけの夏。
 この暑さでは自由に発想したり感慨に耽る思考がなくなってしまう。そればかりか、感情そのものが短絡的かつ破滅的になって精神衛生上、非常によろしくない。暑さは物事の考え方に奥行きを与えない。手っ取り早い答えだけを求める安直で野蛮な環境である。
 アパレル業界は大変だ。秋物という概念がなくなってしまう。冬物はほんの一時期だけの代物となり、ほぼ通年、夏物にざっくりしたカヴァーオールを羽織るだけになってしまう。四季のうち夏が4ヶ月を占めたら、ほかの3つの季節はどうなる? 犠牲になるのは秋と冬に違いない。物思いに耽る季節が短くなれば文化や思想も低下する。恋だって大味で、近道を選んでしまう。
 我々は年中Tシャツ短パンで過ごす民族ではない。挨拶だってかならず微妙に変化する気象状況のことから入るではないか。「今日は暑いですよね」「先週まで肌寒かったのに」「蝉が鳴き出しましたね」「赤とんぼがでてきましたよ」「そろそろ夜には長袖が必要になってきましたね」。これが日本の夏だ。ひとつの季節の中にも12の季節がある(ユーミン談)ことを肝に命じよ!
 四季が危ない。切なさが溶けきってしまう。奥行きや行間を考えたセンスある思考は途絶え、安直な発想だけが世の中を牛耳る。
 絶滅種の気持ちがわかってきた。日本人が日本人でなくなろうとしている。暑さ対策は日本人死守のための生命線だ。今すぐアスファルトをはがすべきである。
 地べたを、大地を、足の裏で地球を踏みつけて、地球の呼吸と一体になるのだ!
 もうクーラー飽きた。めちゃくちゃ暑いけど、人工的な涼しさよりはましだ。力不足だが扇風機、この夏はお前にまかせた!



『はちみつレモンプリン サンプリングを終えて』
 あっちゅー間でした。250個、40分、即完。
 いくらあっつくてもプリン好きなんだなぁ、みんな。韓国人の女子ふたりと香港の青年も喜んで食べに来てくれた(通りがかっただけなんだろうけど)。香港の男の子は、明日香港に帰る前に買いに来て、そのまま持って帰ると言ってくれた。すごいなぁマハカラ、国際的プリンだ。
 たぶんサミットとかでも手の込んだデザートなんかでもてなすよりも、ザクッとプリンを出したほうが喜ばれるんじゃないだろうか。政治家だって元はと言えば子供だ。純粋に卵と砂糖のスイーツが嫌いなわけがない。稀に苦手な人もいるだろうが、きっと世界中どこでもプリンはアイドルのはず。国のガヴァメントを代表して参席している御人が、プリンひとつで童心に還って肩の力を抜いてリラックスしてサミット。なんと素晴らしいことか。
 プリン。平和の記号。笑顔の源泉。つながりの証。町のシンボル。
 通りすがりの人が炎天下で横並びにはちみつレモンプリン。素敵な夏の昼下がりでした。



並ぶ。



食べる。



食べ終わる。いいかんじ。





『はちみつレモンプリン サンプリング30分前』

これからマハカラの新作「はちみつレモンプリン」をサンプリングしてきます。
 その前に、こんなにあっついのに中目には人が歩いてるのだろうか? この暑さでプリンは受け入れられるのか? そもそもノドがカラカラの状態でプリンを食いたいのか?
 いろんな意味で興味深い。レポートはのちほど。



『マロン日記を研究する人』

 ある人がオレの日記を研究しているらしい。オレはその人のことをそれほど知っているわけではない。一度、知人に紹介されて30分ぐらい立ち話したことがあるのと、偶然飲み屋で会ったことぐらいで、しかも飲み屋では会釈をしただけであとはノータッチだった。それから何度かメールを頂いたけれど、立ち話し以来会ったこともなければ肉声を聞いたこともない。
 そんな人がこのほど何やらレポートみたいなものを送ってきた。『マロンさんの日記のありかたについて』という迷惑なタイトルがつけられていて、チャチな卒論みたいな装丁になっていた。
 中を見ると、「マロン日記にはふたつの特徴がある」と書かれてある。どれどれ。「ひとつは『熱さ』と『情熱』である」と。「ふたつめは道ばたに落ちているような笑いを膨らませる技術」だそうだ。
 勝手なこと書いてるなと思いつつも、どこか思い当たるフシがあったりして、しかもちょっと嬉しくなっているオレがいる。
 ブログ日記なんてものは丁寧に書き留めておくものではなく、誰かに話しかけるような軽いもので、その時の気分で書くことが決まる。何を書こうなんていう気負いは一切なく、走り書き程度に書いているだけである。それを読み返すこともないし、誰のために、何のために書いているのか未だわからない。会話というのは特定の誰かとするものだが、日記は不特定多数の誰かに向けて一方的に綴っているだけだから、ひとりごとや呟きに近いのかもしれない。
 ほんのたまに特定する誰かに向けて書くことはあるけれど、そういう時の文章は日記ではなくなっている。そう思えば上記の「道ばたに落ちているような笑い」というような流れが一番日記っぽいのかな、なんて思うのだ。
 そもそも、ほんのちっちゃな視点から広がる自由でバカバカしいイマジネーションはオレの商売道具である。それを毎日綴るということは、ある意味トレーニングしているようなものなのかもしれない。つまり、「勤勉」ということになると思うのだが、これも勝手な妄想&解釈であろうか。
 『熱さ』と『情熱』は人が受ける印象だろう。日記は話かけるようなものであるが、決して会話ではない。だから言いっ放し、投げっぱなし。自分で合いの手(あいのて)を入れこともなく、いつも垂れ流しのような状態。その一方通行的な文字情報にスピードやトルクを感じて熱さや情熱に変換されるのかもしれない。ただ、はじめから熱さを求めてもらっても困る。なんの期待もなく見ているお気楽な無防備感がきっと『熱さ』という落差を生むのだと思う。
 その人のレポートはこんなシメをしている。「マロン日記は書き出しが命。スタートダッシュさえ決まればゴールなどどこでもいいのである。ゴールを目指すことよりも小気味良いスタートダッシュを切ることこそが快適なリズムを産む最大の理由なのだ」と。
 余計なお世話といいたいが、そこそこ当たっているような気がしてなんかちょっと負けた感じだ。きっと占いってこういうことなんだろう。なんとな~く、あるある、みたいな心の動揺とちょっとしたツボをつくのが戦略なんじゃないだろうか。そしてバカな人々は高額な壷を購入するのである。
 Y.Sさん、レポートをありがとうございました。これからもまんまとあなたの分析する通りに書くと思いますが、ひとつよろしく。ただ壷は買わないよ。



『7月28日が過ぎて』

 今年の誕生日もたくさんの人からメールやプレゼントをいただいた。本当にありがたいことです。みなさん、ほんとうにありがとうございます。感謝しています。
 顔も知らない人たちからお祝いのメールをいただくなんて、親父が生きてたらどれほど喜ぶだろう。それもこれも日記の賜物だろうか。そのことを母親に伝えたら、「くだらん日記ばっか書かんと、まーちっとマシなこと書きんせー」と叱咤された。はて、おふくろ、読んでるのか? 

 とはいえ相変わらず誕生日は恥ずかしいものである。だから今年も特別なことはなし。そーっと24時間が過ぎるのを待つ控えめな7月28日を過ごした。もう何十年もこんな誕生日を過ごしているからか、なんだかそういう日が愛おしくなってきた。みんなから隠れるわけではないが、ささややに過ごすというか、ただ時を送るのである。今年もまた仕事をしてからひやむぎと鶏と大根の煮物を食べて、ウクレレを弾きながら缶ビールと焼酎を飲んでそうっと時間を過ごした。長年付き合ってる人たちはもう僕のことを誘わない。誘うだけ損、みたいな気分だろう。だから夏のどこかで飲み会のついでに祝ってくれる。シラフの状態から「今日はクリさんの誕生日だ、イェ~イ!」で始まるのはマズいが、いい加減、場が和んできたあたりで「そういえば今日はクリさんの誕生日で~す」だったらなんとか持ちこたえられる。ついでにね、的な感じで。
 
 最近仕事をしている(というか、これから仕事をすることになる)男が、「クリさん、誕生日おめでとうございます。なんかプレゼントしないとマズいっすよね」と気遣ってくれたので、「いや、いいよ。気持ちだけで」と返事しがてら、その男の誕生日を聞いたら7月29日だった。つーことはなにかい、プレゼントもらった翌日に返さなきゃならんわけだ。あーめんどくせー…。
 待てよ。そーいえば今日も12時半からそいつと打ち合わせだった。しかも日にち指定したのはオレだ。いかん、あと30分しかない。コージーコーナーで済ませるか。






某女社長からいただいた誕プレ。
かなりガツンときそうだ♡





2010/08/04

『異常な夏』

2010/08/03

『はちみつレモンプリン サンプリングを終えて』

2010/08/03

『はちみつレモンプリン サンプリング30分前』

2010/07/30

『マロン日記を研究する人』

2010/07/29

『7月28日が過ぎて』
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