『ゴルフ上でのひとコマ』

 ゴルフ場でティーショットを隣のコースに打ち込んでしまった。ボールはフェアウェイの真ん中に見える。ゴルフ場のルールによればノーペナルティでその場所から打ってよろしいとのことだったので、隣のコースの人たちがティーショットを打ち終わってから向かったが、ボールが見当たらない。
 確かにフェアウェイの真ん中にあったのに、どうしたんだろう…。徳光さんみたいな人の良さそうなおじさんがいたので尋ねると「知らないよ」であった。おかしいな、ロストボールかと諦めかけていたら、徳光さんの先を行く真っ黒に日焼けした漁師みたいなおっさんが「おう、そこにあったよ。ほら、そこ。あれ? なんでないんじゃろ?」と言ったので、もう一度、徳光さんに尋ねたら、「ひょっとしたらボールを間違えたかもしれない」とやや引きつり気味に言ったので、これは臭うと感じたオレは、「すみませんが、もう一回だけ聞いていですか? ボール見ませんでした?」とやや渋めの声色で言うと、「あ、僕のボールと間違えて拾っちゃったかも」とトボケた。
 この時点で犯人は私ですと言ってるようなものだが、まだ逃げ切りたい感じだったので、「僕と同じメーカーのを使ってるんですか?」と聞いたところ、徳光さんのどんどん顔色が青白くなっていった。
 なんか変だぞ、という空気を察してか、向こうの方から漁師のおじさんが駈けて来て「どうしたんじゃ?」と目玉おやじみたいな声で尋ねたので、「なんかボールを間違えて拾ったかもしれないとおっしゃるので、それを確認させてもらおうかと思ってるところです」。そう答えると、漁師は「だって○○さんのはオレンジボールじゃろ」と決定的な言葉を吐いた。ちなみにオレのはボールは白。心の中も真っ白でござる。
 すると徳光、「ハイ、返すわ」とパンツのポケットから無造作にボールを取り出すと、僕のボールがあった場所に走り出して、ボールを芝の上に置き、「はい、置いたから、打って良いですよ」ときたもんだ。
 これにはさすがの漁師もたまげている。オレはと言えば、腹が立つのを通り過ぎてなんだかおっさんがミジメに思えてきたので無視することにした…のだが、やっぱり腹が立ったのでそのまま追い込んでやろうと思ったけど、これ以上やると、あのおっさん、漁師にまで軽蔑されるだろうからということでやめにした。あとは漁師に好き勝手に言い訳してもらえばそれでいい。なんて大人なんだ、オレ。
 ホールアウト後、一緒に回った弁護士のSさんに一部始終を話したら、「それは立派な窃盗罪です」と教えてくれた。「なんならお力お貸ししましょか?」と言われたけど、料金が高そうなのでやめた。
 そして徳光は運悪く、風呂場の更衣室でまたオレと会うはめに。知らん顔を決め込んでいたおっさんをに、「さっきは、どうも。おかげで助かりました」とちょっと意地悪な大人言葉をかけてあげた。
 扇風機の風にあたりながら漁師のおっさん「わっはっは」。その軽快な笑いで、すべてがチャラになったとさ。

(本編に登場するおっさんふたりは、徳光さんとも漁師の方ともなんら関係ありません)



『両国橋の立ち呑み屋』

 両国橋にある立ち呑み屋にはなんともいえない風情がある。5時開店とともに待ってましたとばかりの人たちがズズズイと入ってきて、まずはお約束の瓶ビールを飲む。ビールコップはメーカー名が入ったシンプルなものだが、親指を添えるところが凹んでいて、親指と人差し指と中指でつまめるような形になっている。
 メニューは全部で7~8品。焼き鶏ものがメインだが、うなぎの串焼きなんていう気の利いたものもまぎれている。そしてタタキと呼ばれる生つくね。これには参った。柔道で言えば一本負け、野球でならば9回裏2死から逆転満塁ホームランを打たれたような「やられた感」がある。何十年もつけ足されている(だろう)タレにからませて口の中でくちゅくちゅ。食べる度に一本負けの逆転満塁打なのである。
 店を仕切るのは物静かな若夫婦。おそらく何代目かの大将夫妻だろう。口数だけでなく、目も体さばきも静かで、無愛想ととられても仕方ないが、それがまた店の空気を演出するのである。
 とにかく美味いというか、美味すぎる! どうしたらこんな味が誕生するのだという嫉妬なんかも入り交じって、10人も入れば満員となるその店は、客の記憶に鮮明に刻み込まれてゆく。
 ビール、酒、焼酎、酒類のみキャッシュオン。全力で飲んでしっかり味わって食って、“やられた”を連発しながら感動して、もうお腹いっぱいで腹をさすりながら満足感に酔いしれる。これでひとり2,500円。かなり食って飲んだはずなのに、これが両国橋の底力である。いわゆる新橋系の立ち呑み屋とは一線を画す、キングオブである。
 40分もいれば大満足。まだまだ明るい空を見上げながら引き戸を開けると、外には金曜日のキャッシュディスペンサー並みの行列が…。
 ネタがなくなれば即閉店。超人気店につき、5時から6時半までが激戦区。誰もが飢えた狼のような顔をしてひたすら「生つくね」を注文する。
 あまりの美味さにお礼を言うと、無愛想に見えた大将が炭火台よりも下に頭をさげて「ありがとうございます」と頭を下げた。
 両国橋「江戸政」。究極を味わった日の夜ほど幸福な時はない。



『灯りの川』

 この週末に郡上八幡に行くのだが、天気予報では岐阜県美濃地方に大雨洪水警報が出されている。灯りを点す吉田川は雨が降ると上流から土色の水が鉄砲水のように流れて来て、インディ・ジョーンズのワンシーンを見ているような光景が目の前に広がる。
 昨年もマロンのフグが灯りを仕込んでいるときに増水した水の流れにさらわれて、川にドボンと落っこちて、焦った両手が欽ちゃん走りみたいになっていたことを克明に思いだす。しかもジーパンのポッケにケータイを入れていたので、そっちのほうもドボン。豪雨の翌日の川に大いに泣かされていた。
 それを見ていた俺たちは、冷静に実況中継をするアナウンサーのように、「あ、おちそう、そろそろおちる、あーおちる、落ちちゃったよ」と無責任且つ人事な発言をするだけであった。びしょ濡れになるとともに恐怖を味わいケータイまで犠牲にしたフグが、それでも努めて明るく作り笑顔で川岸まで歩いてきた時には彼の人間的な成長を感じたものだ。
 去年はオレたち10数人が手探りでやった「灯りの川」も、今年は地元の人々の協力を得て30人体制となり屋台も出せることになった。
 この季節の河原のディスプレイはリスクも多いが、それでも人の目に安らぎを与えられるような灯りを点すことができれば苦労も実るというわけだ。
 水の綺麗さも水のありがたみも水の怖さも知っている町だからこそ、やる意味がある。
 日本名水百選の一番目に選ばれた郡上八幡の水と、がっぷり四つに組む週末はもう目の前。
 何十年ぶりに、てるてるぼうずを作りたい気分なのである。



『続・スナック』

 昨日の日記で新宿のスナックのことを書いたら、知り合いから「連れてってくれ」と電話があった。マドンナに会いたいのか常連客の輪に入りたいのかわからないが、とにかく久々に胸が高鳴ったと興奮していた。
 そいつは昔から大の年増(としま)好きで、20代で半ばで40代のわけあり女性と付き合っていたから、「60代の美人ママ」とか「50代前半のマドンナ」というフレーズに妄想を膨らませてたのだろう。
 メールでも感想が届いた。情景が浮かびPC上なのにインクの匂いがする、と。ありがたいことだ。
 こんなにややこしい世の中になっても誰もが頭の中は柔軟なのだ。勝手に妄想を膨らませて、その空間の中の好きな場所に自分を置く。事情がわかっているのは自分だけで、あとは他愛もない時間の流れをギャラリーとして楽しんでいるだけ。
 きっと誰もがそんな妄想ごっこを楽しんでいる。楽しんで満足して現実の生活に戻って行く。ストレス発散という点では、ある種、現代病予防のためにもなるが、妄想が膨らみすぎて何が現実かわからなくなり、現実に妄想を重ねて取り返しのつかない犯行に及ぶ者もいるから要注意行為でもある。
 妄想や夢の中のマドンナは、現実には手も足も届かない人。妄想を妄想として受け入れなければ、被害妄想となり頭の中は哀しみと虚無感で満たされる。
 そう思えばこそ、スナックは素晴らしい場所である。酒に酔いながら、その場所だけのマドンナが存在しデュエットも唄えるし拍手ももらえる。自分が行きたい場所で楽しみに満たされ、人とのつながりだって生まれるかもしれない。オレも今まで数々のスナックのママやマスターに助けられ、チンピラともめた時には仲裁に入ってもらい、食えない時には米と味噌を送ってもらった。親に吐けない弱音もこぼして、随分と甘えさせてもらったものだ。
 こういう時代だからこそスナックは必要なのだ。大切なのは客になるかならないかで、その前に店に行かなければ何も生まれない。はじめから鳴り物入りの客なんて誰もいない。いたとしてもそんなやつは常連客から嫌われる。どんな店を理想とするかは人それぞれだが、自分が心地いいと思ったら、その瞬間からその店を場所として好きになることだ。
 スナックとは酒を飲んでカラオケを唄うだけの場所ではない。自分を失わないための大切な場所でもあるのだ。



『新宿のスナック』

 新宿のスナックに行った。なんの変哲もないというか、むしろ昭和っぽすぎてアミューズメントな店だった。
 店内には60歳を超えた美人ママと、いかにも会社の帰りにアルバイトに来ているオーラ満載の30代後半のOLがカウンターに入っている。
 ほぼ常連で埋め付くされた店内には、びっくりするような懐かしいナンバーが流れ、完全に8トラックなラインナップで、『星降る街角』なんかが流れると客が総立ちとなって不思議なダンスを踊りだすのである。あれはジルバかルンバかそれともランバダか、その前に昭和なのか平成なのか20世紀なのか東南アジアなのかがわからない、それぐらい不思議な空間なのである。
 店には『マドンナ』と呼ばれる女性がいる。おそらく50代前半の、唇がちょっとポテッとしてて、常連の60代のおじさんにとってちょうどイジリ甲斐のある女性である。サブリナパンツにパンプスを穿き、ウェーブのかかったロングヘアを掻きあげながら、おじさんたちにとっては最新ナンバーの『六本木心中』を熱唱すると、おじさんたちはボトルが収納されている棚の扉を勝手に開けて、タンバリンやらマラカスやらを持ち出してジャカジャカやるのである。
 マドンナは自分に対する常連客の熱視線に酔いしれ、サブリナパンツを足元から太ももへと指先で撫で上げおじさんたちを完全にノックアウトする。おじさんたちは手のひらを額にパチンと当てながら“こりゃマイッタ”とか“やられた”とか連発したあとに揃ってわっはっはと高笑い。聞けば某製薬会社の役員だとか大学教授だとか、中には翌日朝一番で大変な裁判を控えている弁護士もいた。それぞれ立派な仕事をされているおじさんたちは“選挙も終わったことだし…”と何の脈絡もないことを呟きながら、“じゃぁまた明日”と手を振ってそれぞれの帰路につくのである。
 『マドンナ』はギャラリーが少なくなると俄然テンションが落ち、死にたくなるように暗いテレサ・テンのナンバーを口先だけでぼんやりと歌っていた。
 あの店には今夜もきっと同じ光景が広がるのだろう。マドンナはサブリナパンツの次に何を穿くのだろう? 弁護士は無事裁判を済ませたのだろうか? バイトのOLは今夜も無愛想なのだろうか?
 世の中にはほんのちっちゃなオアシスや幸せがあることを知った。まだまだ子供だ、オレ。




2010/07/20

『ゴルフ上でのひとコマ』

2010/07/16

『両国橋の立ち呑み屋』

2010/07/15

『灯りの川』

2010/07/14

『続・スナック』

2010/07/13

『新宿のスナック』
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