『うれしいプリン。その後』

 事務所の近所にあるイカ焼き屋「まはから」(昼間はマハカラ。ややこしい)の「うれしいプリン」が想像以上に嬉しいことになっている。えー、そんな、いーんすか?ってところからもオファーがあり、嬉しい悩みに頭を抱えている。
 そもそもネーミングの「うれしいプリン」とは、単に美味けりゃいいということではなく、プリンひとつで町はつながれるという思いを込めて付けたものだ。「おいしい」と「うれしい」は密接な関係にあるが、「おいしい」よりもより余韻を引きずる「うれしい」をタイトルにした気持ちが届いたのだろう。町の人々にもじわじわと知られてきて、今では「川沿いのプリン屋さん」と記憶する人も多いみたいである。
 僕らの仕事は、最終的にそこに向かってゴールする。プリンもカタログも広告もイベントもそれほど違うとは思えない。キレイごとで言うつもりはないが、とにかく誰もがうれしくなくては意味がないのである。うれしくするためにはヘラヘラ笑ってるだけでは無理で、むしろ眉間にシワ寄せることの方が多いけれど、そういう過程を超えてこそ「うれしさ」にたどり着くと信じている。
 今までまるで無関係だった飲食の世界を覗き、「おいしい」が「うれしい」に結びつく瞬間に新鮮な喜びを知った。今まで自分の中にあった当たり前の受動態的な感覚が、今度は提供側へと変わっただけで、そこにある「美味しい気持ち」と「うれしい気持ち」は微塵も変わることはない。自分たちが作ったプリンを町の人に食べてもらって「おいしい」と言ってもらうだけで、なんでこんなに嬉しいのだろうと不思議な気持ちになったけれど、そもそも人と人とは、そんな関係にあって当たり前なのだ。
 「おひとつどうぞ」
 「ありがとうございます」
 「わっ、すっごくおいしいです」
 「ありがとうございます」
 互いにうれしい。これでいいのだ。これがいいのだ。これからもこの気持ち。何か忘れたら、ここに戻れ。




中目の人たちは軒先でプリン。




『禁断の会議室』

 小伝馬町にある某制作会社に向かう電車でひと眠りしたら、駅を降りた途端に腰から首までが硬直してまともに歩けなくなった。
 とはいえ仕事である。なんとか我慢し根性で歩行をすすめ、駅から徒歩5分圏内にある某社まで約15分を要して歩きなんとか到着した。エレベーターに乗った途端、安堵感からかますます背筋方面は硬直し、激痛で立ってられなくなった。
 会議室に通された僕を見て、某社のT氏が、「肩凝ってそうですね、揉みましょうか」と心中察してくれたので、喜んで甘えようとしたら、隣からM氏が「マッサージならTちゃんがいいんじゃないですか」と言って、マジ顔でパソコンを叩いていたTちゃんを急遽肩もみ要員としてよこしてくれた。
 Tちゃんはマッサージ師の免許をもっているらしく、ツボの攻め方はなかなかに見事であったが、オレとしてはこの際、筋肉細胞が破壊されるぐらい激しく揉み壊してほしかったので、改めてT氏に「頼む」と懇願した。
 T氏はTちゃん(なんかややこしい)との差別化を図るように激しく強くオレを揉みまくった。明らかに効いている恍惚な顔のオレを見て調子に乗ってしまったのだろうか、T氏は「ちょっと机に上半身をうつぶせにベターっと倒してください。手は上にあげた方がいいですね」とポジションを指定。お尻を付き出すように机にべったり伏せたオレの背後から乗しかかるようにT氏はオレの腰に両手を添えてグイッグイッ。
 横で見ていたM氏曰く「僕がいなかったら完璧に変態ですよ」。
 さらにT氏はポジション変更を指示する。「今度は手を腰の上に乗せましょうか」。そしてまたグイッ、グイグイッ。
 会議室の大きな窓には西日が差し込み、その模様は窓の外のいくつものビルディングから丸見えの眺望である。しかもオレの顔は窓の外に向けられ、押される毎になかなか良い顔をするのである。ビジュアルとしては背後から攻めるSなT氏に、されるがままのMなオレという図である。
 そこにさっきまでオレを揉んでくれていたTちゃんが会議室に入って来た。「きゃっ」「失礼しました」
 その様を見て「ほらね」とM氏。
 たぶん某制作会社は、近隣のビルディングから、あらぬ噂を立てられているに違いない。



『ねむ』

 梅雨の最中、蒸し蒸しした日が続くが、まるで食欲が落ちないのが取り柄である。汗を滴らせながらチゲ風味の辛鍋をズズズとやる。唐揚げをバカ食いする。名古屋に行けばみそかつを食い味噌煮込みうどんをすすり、大阪に行けば鉄板の前で分厚いお好み焼きをヘラで食う。
 オレの辞書には「暑いから食えない」という文字は見当たらない。もちろん酒も飲める。ぐいぐいやれる。
 ところが最近、ちょっとだけおかしい。相変わらずバリバリ食っているのだが、食い終わった後、真剣に眠い、というか寝る。寝てしまう。しかも深く。
 それは朝飯からそうで、さっき起きたばかりなのにお腹が膨れたらすぐ寝てしまうという、まるで子猫かブタのような人間になってしまったのである。昼飯は打ち合わせをした人とそのままランチという流れが多いのだが、ランチセットで付いてくるアイスコーヒーにミルクを注ぐ頃には目がしょぼしょぼして、アイスコーヒーを飲み干す頃には完全に向こう側の世界に旅しているのだ。
 ランチを供にした人は、眠そうで申し訳ないから話しかけられなかったと言って、結局ランチタイムの後半戦は、ケンカしたカップルみたいに無言のまま向かい合わせで座っている。
 夜もまた夕食を食べ終えた時点で一日のすべてが終わったような気になって、何の緊張感も感じないまま一日中でもっともダルダルの状態に陥り、そして寝る。外食をした日などはクルマの中で一寝入りしてから帰路につくぐらいのヘビースリーパーである。
 あー眠い。眠すぎる。ある人は「眠る時間がもったいない」というが、オレは寝る時間、いや、寝ようと決めた瞬間にもっとも幸せを感じる派だ(そんな派ってあるのか)。そして寝ても寝ても寝たりない「寝」に対するモチベーションが人一倍高い男でもある。
 こんな話を書いていたらまた眠くなった。3時間前に起きたばかりなのにどういうことだ。我慢して仕事しなけりゃならんのに、もうすぐ昼飯で、きっとアイスコーヒーも飲む。今日のランチは男と女それぞれひとりずつ。話し好きというか、オレの話を聞くのが趣味のようなふたりの前でウトウトしたら、奴らは許してくれるだろうか? 案外そういうところで「期待はずれ」とか思われたりして…。



『タオルケット』

 暑くて寝苦しい夜は辛いが、エアコンをかけたまま眠るのは苦手だ。エアコンは寝ている間に筋肉を凍りつかせる。中年になりただでさえ強張ってきたカラダをさらに硬化させ、レンジでチンしないとほぐれないぐらいカチンカチンにされてしまう。ちなみに田舎ではカチンカチンのことをカンカン、さらにカチンカチンのことをカンカツカンと言う。似たような表現(方言)で熱々のお湯をチンチンと良い、ものすげー熱いお湯のことをチンチキチンと言う。お腹が膨れすぎたらポンポコポン、ズボンの丈が短すぎればテンテケテン。この活用法を覚えるとサラっと関弁が使えるようになるのでお得です。
 寝苦しい夜はかなわんが、朝起きた時、首にびっしょり汗をかいて、その汗がタオルケットにしっとり吸収されていくのは結構好きである。まぁ汗というよりタオルケットが好きなだけなのだが。
 タオルケットに頬が沈む。シルクでもガーゼでもない、タオルケット特有のマット感。しっとりしてどこか母親を思い出させる包容力、好きだ。大好きだ。だから毎晩、股間でギュッと締めて寝る。もちろんシーツの上にもタオルケット。つまりオレはタオルケットにサンドされて夏の夜をドリーミンするのである。
 そこにちょっとした蚊取り線香の香りと風鈴の音、扇風機の首がぎこちない音を出しながら横に振れる。15秒ごとに頬を撫でるそよ風。寝苦しさはやがて穏やかな幼少期への思い出へトリップする。
 あぁタオルケット、新品なんて要らない。10年以上使い込んでヘタレたものが好きだ。ヤフオクではとても出品されないママの味。久しぶりに何書いてるかわからなくなってきた。でもいい。タオルケットのこと考えたら、気持ちが穏やかになった。すごい奴だ、タオルケット。



『日本代表記者会見』

 ワイドショーではどの局も岡田ジャパンの帰国会見の模様が流れていた。南アフリカに出発するときの見送りは30人程度だったが、帰国時の関空には4000人を超えるファンが詰めかけたらしい。
 ファンとは現金かつ残酷なのものだ。もし日本代表チームが全敗したら、どのような帰国の絵になりどのような会見になったのだろう。
 岡田監督はこの一ヶ月間で戦犯から名将へ、チームは史上最弱から史上最強、且つもっとも感動的なチームへと昇華した。
 会見は終始明るく賑やかで、そして切なくなるものだった。この切なさこそが今回の代表チームの魅力の総括であり、選手が口々に言う『チームワーク』という言葉の最終章だった。
 今までかつて、これほど切なくさせられるチームがあっただろうか。これほど解散を残念に思うチームが存在しただろうか。
 今までは誰もが日本代表チームを応援した。あくまで日本を代表するチームへのエールだった。けれど今回は違った。選ばれた選手ひとりひとりからなる2010年日本代表チームというキャラクターへの声援だった。試合を重ねる毎に、国民の誰もがこのチームをもっと観たいという気持ちになった。試合をするたびに、日本人たちの心の中の何かが揺れた。「1試合勝つだけでこんなにチームが変わり成長することを身をもって感じた」という本田圭祐の言葉がそれを物語っている。試合を重ねるたびに逞しくなる彼らを感じながら、サポーターも茶の間のにわかファンもまた変わっていったのである。
 会見でひな壇に並ぶ代表チームは、まるで卒業式のようだった。さわやかで切なくて、心残りさえ感じさせる、素晴らしい卒業式だった。




2010/07/12

『うれしいプリン。その後』

2010/07/09

『禁断の会議室』

2010/07/08

『ねむ』

2010/07/05

『タオルケット』

2010/07/02

『日本代表記者会見』
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