『空港あれこれ』

関空着きました。中世のナイトみたいな面構えの電車に乗って、なんばまで出るのだ。
この電車、南海電鉄の「ラピート号」という。ラグジュアリーな内装(座席シートがヒョウ柄)で、けっこうかっこいいぞ。
そのまえに飛行機、大変お粗末な着陸で、ワンバウンドして2度着陸した。
またしても「もうあかん」と思ってしまった。
飛行機はいつまで俺をいじめるんだろうか。
そうだ、羽田で荷物検査をしたら、スイスアーミーのキャンプ用ナイフがカバンに入ってて、係員がいきなり「フライト時間が近づいていてカウンターに預けられないから放棄してください」と言った。
大切にしている、しかも思い出の品を「なんで放棄しなきゃいけないの?」と聞いたら、若くて発育が良すぎる女性係員は、いけしゃーしゃーと「だから、時間がないから」とこきやがった。
呆れ果てて「あのね…」と言ったところで、発育抜群女子の上司がすっ飛んできて、「すみません、厳しく注意しておきますから」と言って、枯れ木のような頭を下げたので、なんともなかったことにした。
そしてナイフは無事、着払いで事務所に届けられることになった。
たのむよ空港職員、モノには思い出が詰まってるんだぜ。捨てる他に道があるなら、時間がなくてもそっちから説明してくれよ。
君の都合で、大切な思い出まで放棄させられた人がいるかも知れないんだからね。








『髪の話、完結編』

 また髪の話ですまんが、中目の川沿いのサロンのゆきちゃんに切ってもらいました。サロンがオシャレすぎて緊張してしまったが、短くしてもらって嬉しいです。
 シャンプー台が進化しててびっくりした。ゴロンと寝てサイドから洗ってもらうものだと思っていたが、頭の後ろに回り込んで真後ろから洗えるような仕組みになってるんだね。腰を屈めて洗うとヘルニアになってしまうからという理由で考案されたらしく、なるほどと唸ってしまった。
 うちの母さん、よく56年も腰を屈めてやってるよなと、またまた母親に敬意を抱くのである。
 いかん、母の日とっくに過ぎてた。またしても次男は不義理をしでかしたのである。
 ヨン様のポスター送っとこ。




ゆきちゃんありがとう。




『髪について、その2』

 きのう、髪が伸びすぎて…と日記に書いたら、ヘアメイクさんやヘアサロンで働く5名ものみなさんから電話があり「切らせてください」という温かい言葉をいただいた。
 結果的には催促したことになるのだろうか? 母親はこういう手口で髪の毛をタダで切ってもらおうとしている次男を不憫に思っているだろうか?
 「あんた、ハサミ持つってことはやね、そりゃぁ~あ、気ぃ遣う商売なんやでね。髪の毛切ってもらう方は楽か知らんけど、私なんかずーと気ぃ遣って50年以上にもなるんやで」
 悪気はないのでお袋には勘違いしてほしくない。次男はただただ髪がうざくてたまらんという話を書いただけであります。

 高2の修学旅行の前日に、床屋でパンチをかけてきた俺を無理矢理カット台に座らせて、パーマ液をべとべとにつけてクシで思いっきり髪の毛引っ張りながらパーマを伸ばされたことを思い出す。
 「こんなニグ○みたいな頭にして、お父さんにバレたらあんた明日から修学旅行、行けーへんよ!」。それでもパンチは粘り強く残り、かなり激しいウェーブを残した。
 夕食時に俺の髪を見ながら親父がぽつり、「おっ、ちゃんと整髪してまってきたなぁ。明日から修学旅行やもんな。えーか、言っとくけどパーマはあかんぞ。パーマ屋の息子がパーマかけたらあかんでな」
 あれだけ見事にウェーブしている髪をどうして親父は見抜けなかったのか今でも疑問である。
 そういえば修学旅行で宿泊した「萩グランドホテル」で記念にもらって来たスリッパを親父が勝手に捨てたとき、俺は初めて親父に反抗した。
 ちなみにお袋の名前は「はぎ」。実家はハギ美容室。56年も営業している。
 どれもこれも懐かしい話だ。俺の髪が白髪だらけになるわけだ。



『長髪中』

 髪が伸びて気持ち悪い。決してロン毛を狙っているのではない。長髪が似合わないことは百も承知だ。髪を切りに行く時間がないというほど忙しい訳ではないが、なぜか腰が重い。
 美容室で育ったせいか、金を出して髪を切ることがもったいない気がする。なので、今まではずっと坊主、バリカンでセルフカッティングをするか、あるいは撮影の時にヘアメイクさんにちょきちょきやってもらった。
 なんて都合勝手の良い話だと思われるだろうが、とにかく美容室には行きたくないのである。恥ずかしいのだ。どうやってオーダーするかも難しい。みんなはオシャレなヘアスタイルにするときにどうやってオーダーするのだろう? ○○さんみたいなヘアにしてください、とか写真の切り抜きとかを見せるのだろうか。
 20歳のとき、大学で角刈りを義務づけられていた時期から解放され、祖師ケ谷大蔵の「セキネ理髪店」で初めて注文をつけた。「マッチみたいな髪型にしてください」。その写真をお見せしたいが、死にたくなるぐらい恥ずかしいのでやめとく。
 あー、髪、うざ。やっぱ床屋か。1000円で切ってくるわ。




ながっ




『松本隆さん…』

 昨日、松本隆さん作詞家生活40周年記念コンサート「風街ガラコンサート」に行って来た。覚悟はしていたが、やはり泣くしかないのだった。
 どうしてこんなにうれしいのに、悲しくて寂しくてやりきれなくて、だけどうれしいのだろう。
 斉藤由貴が武部聡さんのソロピアノで「卒業」を唄いだしたとき、ヨーイ、ドン!って感じで涙がどしゃ降った。塞き止めようなどと微塵も思わない涙が、曲が終わってからしばらくたっても流れ続けた。
 昔の曲に、「涙は心の汗」というフレーズがあったけどまさにその通りだ。涙はデトックス、つまりジョギングなどで流す汗と同じ効果なのである。勝手に感じ入ってしまっているけれど、実は気分爽快、なぜかなにもしていないのに達成感まで沸き上がってくるというわけのわからない感慨が襲ってきて、明日から良いことがありそうなんて都合のいい気分になってしまうから不思議なのである。
 松本隆さんの言葉は、小説を読まない僕にも恋愛小説というものを説いてくれる不思議な道具である。明らかに詞がメロディーを連れ回している。しかも好き勝手に。情景は想像から平面へ立体へ、やがて俯瞰に、そしてまぶたの裏にもういちど想像として貼り付く。直接と間接の狭間で、呼吸の速度と一緒に微妙な距離感をつくり出すじれったい恋ごころ。詞の中に登場する「ぼく」は、かならず誰の中にも存在し、「ぼく」が恋をする「誰か」もまた、同じく誰かにあてはまる。
 映画を観る時に、誰が出演しているかということよりも、誰の監督作品なのかという方が興味深い人がいる。
 僕は映画は詳しくないし、誰が監督かなんてさほど興味もないけれど、音楽に関してはそうだった。
 誰がつくったか、いや、誰が描いたか。歌を聴いて心にキュンときたときに、答え合わせをするように歌詞カードを眺めると、そこには松本隆と書いてあった。
 松本隆の作詞を聴いたから、想い出や想い出の中の登場人物がいつまでも尊いものになったのだと思う。
 松本さん、40年間ありがとうございます。あと20年ぐらい、お願いします。




9年前にいただいた。





2010/05/24

『空港あれこれ』

2010/05/20

『髪の話、完結編』

2010/05/19

『髪について、その2』

2010/05/18

『長髪中』

2010/05/17

『松本隆さん…』
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