『GWの醍醐味』

 GWはどこに出掛けたわけでもなかったが、天気に恵まれて健やかな気持ちになれた。つい2週間前には雪が降ったとは思えない。東京には晴れの日が似合う。青空にそびえる高層ビルも笑っているようだ。
 窓越しに青空をうけながら昼寝をするほど気持ちいいことはない。気がつけば2時間、これぐらいがベスト・オブ・シエスタ。昼寝をするともったいないという人もいるだろうが、俺は昼寝ほど気持ちよいものはないと思っているから、ものすごい得した気持ちになれる。
 5月5日、こどもの日。デーゲームのジャイアンツ戦。ラミレス、李、坂本、小笠原、阿部が豪快なホームランをスタンドに打ち込み東野が完封勝利、野球少年達の夢が膨らんだ。俺も茶の間で驚喜し、うれしくなって横になる。気がつけば2時間。真っ昼間のそれよりも少し冷たくなった風が頬をなでる。シーツにはちょっぴり汗。起きぬけにシャワーで気分爽快第2ラウンド。陽暮れはまだまだ遠く、斜めに差し込んだ陽射しを浴びる新緑のなか、窓を全開にしてガラ空きの東京を飛ばす。これだけで充分に贅沢なGWなのだ。
 これからひと月、休日最大の愉しみは昼寝だな。なんと安上がりなこと。



『癒しをもとめて』

 いかん、9日も日記を書かずにいた。忘れていた訳ではないが、「書かなきゃ」という変な強迫観念があり、そういうときほど気分は乗らないので今日まで書けなかった。
 まぁ言い訳ですな。
 なんか知らんうちにGWに突入していたんだね。桜が散ってから雪が降って季節が逆戻りしているうちにものすごく忙しくなって、久しぶりに2徹なんかもあったので、浦島太郎のように歳をとってしまった感じがして、カラダもダルダルのダルビッシュになっていた。これではいかんと、高輪にある高野山東京別院に出向いて「阿字観」という瞑想修行と「写経」をして心を穏やかにしてきた。
 修行はなかなか良いものだった。同じ30分でもこれほど質が違うものかと実感した。「無」の境地にはほど遠いが、それでもちょっとした心の静寂、平穏は感じられた。阿字観はなかなかゾーンにまでは入れなかったが、ひたすらに般若心経をなぞる写経はちょっとしたところへ旅をしたような気になった。
 正直こんなに簡単にスッと入れる世界があるとは知らなかった。感度の高いOLたちの間では既にブームになっているらしく、当日もたくさん来場していたので驚いた。彼女達の中には本山である高野山まで「修行の旅」と題しエンタテインメントとして楽しんでいるらしいのだ。どこまでもOL達の好奇心は凄いと感心するこの頃、俺もOL化してもっともっとミーハーにならねばならんと決意するのである。
 明日はマイラバのアコちゃんのライブを観に行く。彼女の声はまるでゆりかごのようで疲れた心を癒してくれる。これからしばらくは、癒しを求めて生きていくような気がしてならないが、今はきっとそういう時なんだという天の声かもしれない。




BLUE MAN  こちらも癒し。




『100まで』

 朝から順天堂病院に行ってレントゲン撮って、その帰りに中目黒の病院で花粉症の注射射って、ボヤーっとしてたら兄貴から電話がかかって来て、「おう、俺、脳のMRIやるぞ。コエーけど」とまたまた病院関係の話。
 そろそろ本格的に病院とお付き合いしなければならない年齢になったということか。そりゃそうだ、48年間エンジン全開で好き放題してたもんなぁ。例えば内視鏡検査でこれまで胃袋の中にどれぐらいのアルコールを収納したとかわかれば面白いのに。さらに日本酒、焼酎、ウィスキー、ワインなど、種類別に分けられてたら自分の歴史に感慨も深まるだろうにね。
 話は戻るが、兄貴はちょっとでもヤバい気配が漂うとかならず電話してくる癖がある。「胃カメラ飲むぞ」「人間ドックやるぞ」「飛行機乗るぞ」「巨人戦を中日側のスタンドで観るぞ」など、ちょっとでも死の気配を感じると確実に電話するのである。まぁそれは俺も同じで、つまりは小心者ということなんだが。
 お袋が海外旅行に行く時なんかも「何時何分から何時何分まで飛行機に乗るでな」と念を押すのである。なにが念で、なにを押すのかわからないでもないが、つまりは飛行機が落ちないように祈っておけということなのだ。だったら「何時何分まで飛行機に乗るから祈っとけよ」と言えばいいのに、「祈っとけ」の部分が恥ずかしくて言えないのである。
 お陰さまで我が家は飛行機事故に見舞われたこともなく、お袋は胃がんを患ったけれど今でもピンピンでヨン様熱も冷めず、時々思い立ったように韓国まで遊びに行っている。
 おやじはとっくに死んでしまったけど、お袋には100歳まで生きてもらいたいし、兄弟もろとも3桁目指して長生きできるように頑張ります。



『リップよ、おまえは』

 春とはいえどもまだ冬の余波はあり、唇と手と目が乾燥してカピカピだ。今さら言うことでもないが、唇にはリップクリームを手にはハンドクリームを目には目薬を、という現代人の乾燥対策3点がある。ところがこの3点、紛失物ランキングで常に上位を独占する品々でもある。
 誰もが思い当たる節があるだろう。なんでリップクリームってすぐどっかにいってしまうんだろう。なんで目薬ってなくしてしまうんだろう、と。
 仕方ないのである。リップも目薬もハンドクリームも、いつもどこでも持ち歩いていなければならない常備品なのだから、1コ持ってたらOKという代物ではない。だからしてそろそろ冬物を片付けようとしていると、あちこちのジャンパーやらジャケットやらのポケットから、出てくるわ出てくるわリップ&目薬。僕も先週日曜日、かなりウォームなデイだったので、厚手のジャケットやコートをクロゼットの奥にしまい込む際に、リップクリーム4コと目薬2コを発見した。中には5年以上前のものと予想されるレトロなパッケージデザインの目薬も発見して、液体がもれなく失明しそうなヤバいカラーリングになっていた。
 他にも部屋の机の引き出しからリップが3コ、車の中からドロドロに溶けたスティック糊みたいなリップが1コ、事務所のデスクからもキャップが外れたオールドリップと近江兄弟社のメンソレがそれぞれ2コ発見されている。
 この分だとまだまだリップ&目薬&ハンドクリームが発掘されそうで軽い恐怖感におののいているのだが、実は昨日また新しいリップを2つ購入してしまったのである。だってイチゴ味とメロン味という、ときめくようなリップだったから、ついつい。




なごむ。




『雑誌片手に女子はランチ』

 マハカラ店主のビルゲと目黒川沿いのお洒落なカフェでランチをしたのだが、店内は雑誌片手に中目以外から来ている女性ばかりで僕らは完全に浮いてしまった。ほんと、どこを見回してもバッグに雑誌をしのばせていて、中にはおもむろに雑誌を取り出し、注文したランチメニューと雑誌の記事を答え合わせしていたほどである。
 僕らが浮いたのはともかく、雑誌の影響力がまだあること自体に驚いた。ここしばらくの間、紙媒体はかなり苦戦を強いられていて、雑誌の生命線である広告出稿量が激減して、一部の雑誌を除いてはどれもこれもがぺらぺらのボリュームになっている。廃刊に追い込まれた雑誌も多く、中には刊行2年ぐらいで暖簾を下ろしたものや、逆に何十年というキャリアをもつ歴史的な雑誌まで姿を消した。そんな今日に、雑誌片手に中目ランチである。
 果たして雑誌というメディアが見直されたのか、はたまた街ブラに勢いがついたのか。いずれにせよ、女性がバッグに雑誌をしのばせてランチをする姿は美しい。
 そもそもが広告出稿に左右されながら誌面作りをしてきたツケである。雑誌はあくまでコンテンツで勝負してナンボ。時代が揺れサイフのヒモが固くなれば判断すべきは内容である。つまりは情報量および切り口。すなわち雑誌本来のアイデンティティがようやく吟味されはじめてきたのだと信じたい。
 雑誌を見て、どこにランチに行こうかという好奇心。実に健やかで愉快じゃないか。紙(雑誌)こそは優越感なる日常への入り口だと僕は信じている。
 葉桜の目黒川に、そんなことを思いながら、僕とビルゲは6月からスタートするニュープリンの打ち合わせをしていたのであります。




葉桜デビュー。





2010/05/06

『GWの醍醐味』

2010/04/30

『癒しをもとめて』

2010/04/21

『100まで』

2010/04/20

『リップよ、おまえは』

2010/04/19

『雑誌片手に女子はランチ』
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