『父の命日』

 父の命日。丸27年。毎年思うことだが、父が生きていたら俺のことをなんて言うだろう。そしてまた今日、27回目の自問がはじまった。
 この27年間で「お父さんが生きていたら喜ぶよ」と言われたことも多いけど、逆に誰も言わないが、父さんが生きてたら悲しむことの方が多いような気がする。
 人は天に昇ってしまえば、過ちなど無縁のような神々しい存在になりがちだけど、天にいる父は生きていた時よりも人間的に感じる部分がある。生前には話せなかったことをそっと打ち明けられたり、ちょとしたことを相談したりもできる。答えを求めているわけではないが、想うことによって自分の心のつっかえがなくなることだってあるのだ。
 酔っぱらって学ラン姿のまま父の棺に突っ伏して寝てしまったあの日から27年。20歳だった僕はこの夏で48歳を迎える。
 世の中の、社会の、まだ知らなかったことを経験する戸惑いや不安をすべて打ち明けてきた気がする。とりあえず、ではあるが、なんでも話してみる。不思議と打ち明ける前よりも気持ちが楽になる。そしてもちろん、答えは返ってこない。
 形はなくても魂は宿る、か。へんてこな方向に話を進ませる気はないが、確かにその通りだ。だから僕は朝晩、父に手を合わせ弱音を吐く。
 父親というものは、大人になればなるほど話せる存在なのだと、改めて確信する今日なのである。



『カーリング娘の話』

 五輪選手団が期待通りの活躍とはいかない中、クリスタルジャパンこと女子カーリングチームは大健闘中である。連日眠い目をこすりながら、鳥のさえずりが聞こえるまでテレビ観戦しているが、それに値する名勝負を演じてくれている。どのブログを覗いてもきっとクリジャパのことが書かれているだろうから、ここではちょっと違う視点にフォーカスしてみる。
 「クリスタルジャパン=チーム青森」。なぜ青森県がカーリングが盛んかというと、なんてことのない町おこし事業がきっかけだったらしい。
 雪国青森では冬になると県民のスポーツ熱が鈍り、どうしたらスキーやスケート以外に県民がレジャー感覚でスポーツを楽しめるかという議題が持ち上がったらしい。そこで青森はスコットランド発祥で、誰もが手頃に楽しめるカーリングをいち早く取り入れたらしいのだ。おかげさまで青森には土地はある。リンクもある。インドアでもアウトドアでも対応可能である。極端に体力を要求するスポーツでもなく、チーム編成のみで行うスポーツである。これら好条件が揃って、青森県にはカーリングが根付いたのだそうだ。
 五輪で活躍するカーリング娘たちは、どこか田舎っぽさを残し、雪国特有の白い肌と薄い顔が応援心に火を点ける。競技中の選手たちは胸元にピンマイクをつけ、その可愛い声も茶の間に届けられる。「ヤー」「イェーップ」「ウォーッ」、どの声も柑橘系の響きがして鼻先をくすぐるのである。少女っぽさを残しつつも、やや目元を強調させるメイク、けれどもヴァージニティを裏切ることのないトータルビューティを施して日の丸を背負う。なんとも日本女性でなんとも青森美人でカーリング娘でカントリー娘。なのだ。
 もしも彼女たちが表彰台に上がるなんてことになれば、ぜひ浴衣姿での御登壇を願いたい。浴衣に茶髪、編み込んだ日本髪、やや太めの腰、安定感のある下半身。ビューティすぎる。万が一、エキシビションで浴衣のまま競技するなんてことになったら、袂(たもと)がグワシっとめくれあがって大変なことになってしまう。そんなことになれば間違いなく大阪ミナミあたりで『カーリングBAR』みたいなとんでもない店が現れるかもしれない。
 こんなくだらない想像をしてしまうぐらい、私はクリスタルジャパンにメロメロなのである。
 五輪も後半戦、カーリング娘のみならず、日本選手団、頑張ってください。



『金曜日のリーマン』

 中目の路上リーマンが携帯電話片手にペコペコ頭を下げながら、地面に置いた手帳に必死でなにかをメモしていた。
 大変だなぁサラリーマン。絶対自分が悪くなくてもついついクセで謝っちゃうんだろうな。とりあえずアタマ下げときゃ的な生き方になってしまうのだろうか? それも悪くねーけど良くもねーなぁ。
 あのリーマン、携帯切った途端に携帯にガンつけて舌打ちしてたもんなぁ。いろいろあるだろうけど頑張ってくれ。二度とすれ違うことないと思うけど、そう願ってる。




こんな感じ




『教育実習時代の生徒、登場』

 教育実習で地元の高校に行っていたときの生徒が事務所に来た。製薬会社の広報をしているらしく、“なにかご一緒できれば”という健気な台詞を持って。ありがたいことである。
 そういえば昔は体育教師を目指していたよなぁ、なんてしみじみ。かといって大した努力もせず、ものの見事に採用試験にコケ、それからもありとあらゆるものにコケまくり、なんとかマスコミに拾っていただいた。
 昔の人間に会うとロクな話にならないというか、自分のことをその頃の印象のままで見られる傾向があるので厄介である。
 こう見えても自称「義理人情と正義と愛の人」である。そうなるために数々の経験をしてきただけで、たまたまその経験を積んでいるところをリアルタイムで知っている連中、というだけである。だからあまり色眼鏡で視ないようにしていただきたい。
 中目黒に来てくれたんで、近所の有田焼カレー屋に連れて行き、マハカラのプリンを食わせてやった。どちらもたいそう喜んでくれたので、俺のプリンに注ぐ情熱と、どれぐらいカレー好きかを約1時間述べたら、「昔も聞きました」と心ないことを言ったので喝を入れてやった。そいつは俺が連れて来たVIPゲストということでプリンの原材料である『日本一のこだわり卵』6個入りパックをお土産にもらって製薬会社に帰っていった。
 
 後輩と言っても今年44歳で正真正銘のおっさんである。正面から見てもサイドから見ても後ろから見てもシルエットが同じで、いかに運動不足でスイーツ好きかがいやでも判明できてしまう悲しい体型である。高校時代は夏の甲子園予選で母校を県大会ベスト8に導いたキーマン(本人談)で、大学時代はスクールウォーズに憧れてラガーマンになったというから、黙って聞いてりゃバリバリのスポーツマンだが、要するに極端なミーハーというだけの男である。
 けれど故郷の匂いを持つやつはいいもんだ。やはり話は故郷におよび、ついつい互いに「帰りたいな」を連呼してしまった。そして思った。そういう思いが実は果てしなく素晴らしいということを。嫌な思い出だけにしばられて、いくら東京で頑張ってても帰りたくない人もいるだろう。出来る事なら故郷で過ごした日々を忘れたいと思っている人だっているに違いない。
 たったひとつの故郷に「帰りたくない」ということがどれだけ哀しいことか。それぞれに事情はあるだろうが、だとしても故郷を思う気持ちに影が差すことは、やはり寂しい。

 後輩に言われた。「先輩、方言バリッバリですね」。
 あったり前である、故郷を思う気持ちを方言以外でどう伝えろというのだ。と豪語してみるが、都会のど真ん中で企画会議をしていても「クリさん、訛ってますよ」という事例も数多い。
 いいじゃないか、30年近くも東京にいるのにまだ方言が抜けないなんて、ある意味勲章だと思ってる。

 いつしか雪は溶け、陽が差した。春の予感はやはり故郷が連れてきた。




プリンを両目に




『朝青龍がやってくる』

 朝青龍はハワイで何を思っているのだろう。相撲協会のことを恨んでいるだろうか。自分は間違っていないと思っているだろうか。彼の心情はきっと我々が思っているほど穏やかではないだろう。
 窮屈なしきたりの中で、自分なりに我慢して、小刻みに噴火し続けて、叩かれて、叩かれた分強くなって、一瞬の弱みを見せたら濁流のようにつけ込まれて、そして初場所を優勝で飾って引退させられた。
 なんという劇的で悲劇的な人生だろう。スポーツという限られた時間の中、絶頂期で自らピリオドを打った者は少ない。もちろん彼の場合はそうせざるを得なかったのだろうが…。
 自らを馬鹿だと顧みることはあるだろうが、きっと “なんで?” や “どうして?” がつきまとっているはずだ。否定とか肯定とか、白黒だけでは測れない朝青龍問題。それは人権問題までにもおよぶ。

 さてさて、そんな朝青龍がおそらく今週末帰国(といっても、モンゴルではなく日本に)する。白鵬の結婚披露宴のためである。朝青龍引退の際、あれだけ涙した白鵬である。ふたりの間にはメディアからは伝達されない強いつながりがあるに違いない。
 朝青龍はどんな思いで協会関係者と同じ時間を過ごすのだろう。マゲはどうするのだろう。袴姿で登場するのだろうか。スピーチなんかしてくれると抜群に盛り上がるんだろうが、そんなことを協会関係者が許すはずないだろう。
 横野レポーターあたりがスノボの國母選手の着こなしについてマイクを向けてくれるとさらに盛り上がると思うのだが、そんな勇気はないだろう。

 朝青龍について尊敬していることがある。日本国籍を取得しなかったことだ。引退したら日本国籍を取得しなければ協会に残れないという、なんとも不思議なしきたりがあるが、朝青龍はモンゴル人を貫いている。
 結果的に協会を解雇されたに等しい彼にとって、国籍を変更しなかったことは良い選択だったと言えよう。
 
 ともかく『朝青龍』はなにかにつけて世相を占うキーワードである。つまりは彼が稀代のスーパースターでありスーパーヒールという証なのである。




2010/02/23

『父の命日』

2010/02/22

『カーリング娘の話』

2010/02/19

『金曜日のリーマン』

2010/02/18

『教育実習時代の生徒、登場』

2010/02/17

『朝青龍がやってくる』
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