『ピッチャー小林』

 ピッチャー小林が死んだ。震災の日に。昭和後期を代表する名投手だった。野球を面白くする選手だった。ボールとともにプライドとスピリットを投げていた。ジャイアンツ時代、頼りにしていた分、タイガースに移籍したらすごくいやな存在になった。江川が好きだったので仕方ないかと思ったが、あの事件を転機にさらに素晴らしいピッチャーになったことは立派だった。
 3年前に「黄桜」のCFでふたりが競演したのを見たときには涙が出た。わずかな時間の中にものすごいドラマを見た気がした。小林だけではなく、江川も犠牲者だと思っていたので、その分余計に…
 直接対決は江川の7勝2敗。通算勝利数は小林139勝に対して江川135勝。実働年数小林11年、江川9年。ともに最終年は13勝を挙げながら早すぎる引退を決意している。ふたりが若くしてマウンドを降りたのは偶然だったのだろうか。
 江川にとって小林は、小林にとって江川は…ほんとにほんとに本当のところ、どんな存在だったのだろうか? あの事件はどんなものだったのだろう?
 会見で目を真っ赤ににじませる江川を見てまた泣けた。巨人と阪神、野球と人間、人間と人間、それを動かす影の人間。スポーツの世界にもいろんなことがあることを理解したのは大人になってからだったけど、そんな面倒くさい世界の中で、ふたりは見事に一流な選手時代を送った。ふたりにとって、あの事件は運命ともいえるものだったと思うが、それに押しつぶされることなく投げ続けたふたりは本当にすばらしいライバルだった。巨人が少し弱くなった頃だったけど、ふたりのおかげでプロ野球が面白くてたまらなくなった。
 ピッチャー小林。忘れられない名投手。ご冥福をお祈りします。



『外国人特派員協会』

 昨日、外国人特派員協会というところに行った。海外のスターや世界的に活躍する人が世界のメディアを集めてインタビューするところだ。通路にはそれはそれはの人の写真が飾られている。
 有楽町の電気ビルの20階にあるその場所、エレベーターで上っていくにつれ緊張感が高まり、エレベーターに乗り合わせた人に気づかれないように深呼吸して息を整えてから足を踏み入れた。
 「はいはいはい~、新鮮だよ~、キトキトだからね~」。緊張は一瞬にしてとけ、威勢のいいかけ声に招かれ会場いっぱいにふるまわれた海の幸を一気に食いまくった。
 富山県のPRである。海の恵みと地酒で大変なことになっている。呆気にとられたのはほんの数秒で、30分後には胃袋が3倍になっていた。ちなみに「キトキト」とは富山の方言で、「新鮮、活きがいい」というような意味で、口元に運んだ海の幸が広辞苑の役割を果たしてくれた。寒ブリ、甘エビ、白エビ、ベニズワイ、ホタルイカ、バイ貝、オイボ、ゲンゲ、カワハギ、アワビ。他にもいろいろ富山の食の底力、ごっつぁんでした。そうそう、寒ブリの解体ショーも面白かった。ブリってあんなにデカいんだな、と子供のような感想を持ったけど、こういうことが地域への関心に繋がるのだろう。
 その勢いでサトウ先輩(業界で「サトジィ」)の店に連れられ、今度は三重県熊野のフェアへ。こちらでは熊野地鶏と高菜で巻いたお寿司をいただき、京都伏見のお酒を升で5杯飲んだ。昼間のプリン劇場とあわせて、食い物から離れられない一日となった。
 それにしても前日にクリニックで食生活の見直しについて厳しく言われたとは思えない豪食豪飲で、プクリと膨れたお腹をさすりながら、“大変だったね”と言葉をかける夜でした。
 さて、今夜は今年初の三茶。冬の和食はたまらんからね。「付き合いだからしょうがないよ」と言うけれど、そんなこと言う人に限ってかなりワクワクしているのであります。なぜなら、「付き合いだから」という言葉ほど、使い勝手のいい言い訳はないからです。あ、ウチのモットー『言い訳禁止』だった。こういう素敵な場合や心が躍る場合の言い訳は基本的にヨシとしよう。なんでも改正改訂があってこその文化である。ささ、寒いときだからこそ、鍋のもとへ…



『プリンの日』

 マハカラでプリン記念日イヴイベント、試食会を手伝った。1時間で100人に声をかけ、あっという間に300個が道行く人たちの胃袋に消えた。
 評判は上々。プリン作ってるわけじゃないけど、うれしいものだ。
 ジョギング中の女性がいて、「プリンいかがですか?」と訪ねると、「今ダイエット中なのでちょっと…」。「テイクアウトでもいいですよ」「じゃいただきます」と言って、彼女はプリンを持ってジョギングを続行しました。
 森三中の40年後みたいなおばちゃん3人が小走りでやってきて「プリンは?」と訪ねられたのだが、すでに完食後で、「すんません、たった今、無くなりました」と言うと、呆然とした顔で「うそや~」と言い残し、肩を落として帰って行かれた。
 怖い顔してまっすぐ前を見て歩いている人でも、「プリン」と言うと、ややスピードが鈍り、「タダ」と言うとほとんどの確率で足が止まった。それほどまでにプリンの魅力が凄いことを、あらためて知った。
 明日からはマハカラさんが中目黒中にプリンブームを巻き起こしてくれるだろう。それにしても桜の頃には一日何百ぐらいのプリンが出るのだろう? そんな素敵な夢を抱きながら、俺のプリン協奏曲はひとまずおしまい。




マハカラの人たちと。







『マハカラの うれしい プリン』

 今日はマカハカのプリン記念日です。そこでマロンブランドでは商品名を考えデザインしました。『マハカラの うれしい プリン』。説明は要りませんよね。とは言いつつ、この“うれしいプリン”をお買い上げいただくときに、自慢の紙袋の中に「うれしいプリン誕生秘話」を添えさせていただきます。おー、そーゆーことかーと思っていただいたら、さらにうれしくなります。

 さて、『マハカラの うれしい プリン』誕生を記念しまして、明日14日(木)のお昼12:00より目黒川沿いでプリンを300個無料で差し上げます。そういうことはもっと早く告知しなさいと言われそうですが、なにしろマハカラのリニューアルも同時進行してまして、むちゃくちゃだったものですから、このようなインフォとなってしまいました。すみません。

 いいですかみなさん。プリンというものは誰もが大好きなベストスィーツです。おそらくアイスクリームよりも番付が上だと思います。だからこそ、プリンは美味くて当たり前、まずかったら大損というプレッシャーがあります。
 『マハカラの うれしい プリン』はうれしいのです。「おいしい」の先にある「うれしい」にまでたどり着かなければ話にならない。だからこそ、“超プリン”を目指し、そして完成したのです。
 あとはぜひ、試してみてください。

 中目黒?なんとか行ける!という方々、お待ちしています。



『防衛省』

 昨日、クルマで防衛省に行ったのだが、ナビが裏門を案内したので周辺の駐車場に停めて歩くことにした。待ち合わせをしている正門まで3分ぐらいだろうと高をくくっていたら、まぁ遠い遠い、着かない着かない。15分ほどは歩いただろうか。時に東京はこの冬一番の寒さでみぞれ雨。本当にヤんなった。
 ぎりぎりで遅刻を免れ問題なく打ち合わせを済ませ、また正門から裏門へとまわることに。あまりに悔しいので、一体どれほどの距離を歩いたかを確かめたくて、歩数を数えてみたらなんと駐車場まで1740歩もあった。俺のストライドを85センチとみて計1487.5m。これを往復で2975m。そりゃ疲れるわ。よくよく考えてみれば裏門から駐車場まで800歩近くもあった。なんでそんなに遠いところに停めたんだと肩で息をしながらマジでトホホになった。
 それから友達とランチをして腹一杯になったら眠くなった。歩き疲れて腹ふくらませてポカポカして眠くなって、事務所帰って眠気さましにニッキ飴なめてむりやり目を見開いて、ボーっとしながら打ち合わせして。まるで小学生だった。
 それにしても防衛省、とてつもなく広い。やっぱ国防の中枢機関はこれぐらいのスケールがないとダメなんだろうな。そして俺はちっとも自分を防衛してない。無駄撃ちばかりでヘロヘロである。もう間違えん。次からは電車で行く。




2010/01/18

『ピッチャー小林』

2010/01/15

『外国人特派員協会』

2010/01/14

『プリンの日』

2010/01/13

『マハカラの うれしい プリン』

2010/01/13

『防衛省』
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