『8歳のお誕生日』

 愛子様、お誕生日おめでとうございます。
 私は愛子様のことをとても関心高く見守っている。なぜならば、それは愛子様の嗜好が私とほぼ同じだからである。
 愛子様は大相撲が大好きである。天覧試合などでは貴賓席から身を乗り出すほどに熱い思いと眼差しを力士に捧げられている。
 愛子様はメジャーリーグベースボールが大好きである。ほとんどの選手の名前とチーム名を暗記されているというから素晴らしい。
 愛子様は漢字の書き取りが大好きである。それが高じて時折、雅子様と一緒に書道をされるそうである。
 毛筆をとることすなわち修行なり。背筋を伸ばして力まず緩まず、気持ちを込めて筆を走らせることで健やかな御心を育まれているのである。
 愛子様は犬が大好きである。愛子様ともなれば単なる犬好きの概念に留まらず、犬との心の交流を楽しまれているに違いないのである。もの言えぬ犬との心の交換は、繊細で研ぎすまされたアスリートの心理を読み取ることに近いのかもしれない。そんな崇高な部分で愛子様は犬と触れ合い、スポーツ観戦をしているのであろう。そしてその感覚を養うために、書道に御心を投じられているのである。
 御年8歳にしてあの風格。すべての関心事に「通」を感じさせる落ち着き払った佇まい、そして包容力。器の大きさを予感させてやまないすばらしき愛子様。

 愛子様にはお花と犬がよくお似合いである。私がもし愛子様のお写真を撮影させていただけるのならば、暖かな春の日に、菜の花が咲き乱れる畑で、おだやかな顔をしたゴールデンレトリーバー2頭と一緒に、ほんの少しだけ口元を緩められた愛子様の笑顔を収めたいと思っている。
 12月の始まりを告げる日がこれほどぽかぽか陽気なのは、きっと愛子様のおかげなのである。



『亀田と内藤』

 亀田VS内藤。あれでいいんじゃないか。過熱する報道とは裏腹に、互いに独自のスタイルを貫く勝ちにこだわった試合だった。その上、亀田が勝った。亀田はこの2年間で多くを学んだろうし、内藤もまた学習した。結果、自分のボクシングを捨てずに、どう対戦相手にフィットさせるか。互いに距離をとりあい、つめあう攻防は、派手なパンチの応酬こそ少なかったものの見応えのあるものだった。
 ボクシングのジャッジは格闘技の中ではもっとも公平だと思っている。特に日本人同士の場合は、ホームもアウェイも関係なく双方が同じ条件で戦えるため、試合の印象とほぼ同じ判定が下される。最終ラウンドのゴングが鳴ったとき、亀田は勝ちを、内藤は負けを確信したに違いない。技術的に1枚も2枚も上の亀田が試合をコントロールし、内藤の変則的な攻撃を空回りさせる頭脳的な戦いは、因縁どうこうは別にして実に面白かった。
 メディアもそろそろそっとしておいていいんじゃないだろうか。それぐらい、今ふたりはすっきりしていると思う。リターンマッチがあるとしたら、それはもう因縁とか遺恨だとか、そんなものではなく、また違う価値観のもとで行われるべきだということを彼らは察知しているはずだ。グラブを交えた両者は互いを讃え合っているだろうし、僕らにはわからない敬意みたいなものを抱いたかもしれない。それがボクシングだと思うし、戦うということなんだと思う。
 敵ではあるがそれ以外のものなどなにもない。拳は憎しみを表現するための道具ではなく、自分を高めるためのものであることを、彼らは何よりも尊く感じているに違いない。
 亀田はやさしい青年だし、内藤も美しい精神を持った人間だと思う。そんなふたりが真剣にボクシングをしたのだ。そこに憎しみなどあるはずがない。スポーツとはそういうものなのだ。



『コンタ』

 きのうの夜、中高時代の同級生から電話がかかって来て、「今、丸の内にいるんだけど、圭ちゃんがイベントやってるところは何ビルの何階で、何を食べたらいいの?」と聞かれた。俺は三茶で仕事(飲み屋でだけどね)してたので、それじゃ丸の内ハウスの「mus mus」を訪ねて俺の同級生だと言ってくれと告げた。そしたらmus musのコンタ(気の利く女です)が同級生を連れてフロア全体を丁寧に案内してくれたらしいのだ。
 岐阜の田舎もんにしてみれば、そういうハートフルなことに大感激してしまうわけで、同級生は新幹線に飛び乗るなりその感動を伝えてくれたのである。
 それを聞いた俺まで嬉しくなったのは当然で、心から“東京も捨てたもんじゃない”と思った。

 コンタとは蒸し料理「mus mus」を仕切る女将で、明るく元気なキャラクターの裏側に、裏方としてのプライドとド根性があるなかなかの奴である。
 11月18日、午前0時半。今回のイベントの仕込みをする俺たち15人にコンタはおむすびを30個もこさえてくれた。「朝まで大変だからね~!」と明るい声で。さらに豚汁と山形直送のりんごをサイドメニューに添えて。職人の一人は「長いこと現場やってますけど、こんなことは初めてです」と感激し、職人たちの意気はいやが上にも上がり連帯感は高まった。
 午前5時半。まだまだゴールが見えない作業の中、コンタがそっと俺を呼んだ。「クリちゃん、もう30個用意しといたからね」
 出身も年齢も経歴も性格も夢も希望も、すべて違う人たちがおむすびひとつでつながって、そして頑張る。
 こういう人がいるから誰かが頑張れるのだ。コンタとは、そういう女です。



『おいしい鳥取 かるく打ち上げ』

 昨日は空間ディレクターのシゲと施工のドラゴンと「おいしい鳥取」の打ち上げをした。せっかくなので丸の内ハウスで鳥取料理を並べてお互いを労った。不思議なもので3ヶ月近くも鳥取のことを考えたり研究していたら、行ったこともない鳥取県を身近に感じてきた。
 パーティでは生産業者の方々とお話もしたし方言も勉強したし、ゲゲゲの鬼太郎ファミリーをナビゲーターに丸の内ハウスのディスプレイやブックレットを制作したこともあってか、知らないうちに毛穴から鳥取県が侵入してきた感じなのである。
 実際に鳥取食材でこさえられた料理を食べてみて、鳥取に行きたくなってしまった。決して仕事をしたからではなく、こんな美味いもんを食える場所とはどんなところなんだろうという好奇心が芽生えたからだ。食は風土へのナビゲーターでもあるのだな。ん、待てよ食は風土…食はフード…。なるほどそんな粋なナゾカケだったのか(単なるダジャレだな)。
 それにしても楽しい仕事だった。鳥取をどう料理する?こっから始まったもんな。次もどっかの県でやりたいな。いわゆる業界の仕事とは鮮度が違うよ。きっと地元の人たちと触れ合うことが多いからなんだろうけど、その地域性が本当にピュアで、そして誰もが地元を愛していて、同じぐらい不安に思っている。そんな気持ちがあるからこそ余計に食材の生産には力と心がこもるんだろうな。食材を手にしたときのおじさんおばさんの顔といったら、これほど美しいものはないって思ったもんね。地元への愛とプライドが食材にも表情にも言葉にも出てた。本当に素晴らしいものを見た気がした。
 仕事を通してとても大切なものを学習させてもらった気分である。こういう仕事をすると、先祖の墓に手を合わせたときのような健やかな気持ちになれる。ありがたい仕事だった。鳥取県には心から感謝である。



『おいしいテーブル in 恵比寿』

 親友夫妻の相談を受けるにあたり恵比寿でメシを食った。そこではかつて四川料理の名店で働いていた男がオーナーシェフとして頑張っていた。彼が居た店の味は抜群にうまく、今でもときどき訪れては舌を巻いているのだが、新たに構えた彼の城での初めての食事に感嘆してしまった。
 どう形容しようかという余裕もなく、「うまいっ!」と舌を打つしかないぐらい美味いのである。中華といえどもワインがメインの構成で、ワインと料理が競い合うように互いを高めているのである。ろくにワインの味などわかりゃしないが、それでも白ワインと一緒だったことでどこか知らない世界に迷い込んでしまうほど素敵な味覚の旅をしたのだ。
 とかく味覚に強烈なインパクトを残す店は、美味しいけれどしばらくはいいや、となるのが関の山で、年に1度、あるいは2回がいいところだが、昨日の味には角の取れた優しさとまろやかさが広がっていて、腹いっぱいになってもとても健やかな気持ちでいられたのである。じんわりとした余韻も楽しむことができ、デザートに至っては泣きたくなるようなもてなしが付いてきた。
 お見事。僕はこういう仕事をする人を尊敬する。お金を払うということは、それなりの価値を獲得することだ。ゆえに人は選択をする。どこで食おうか。何を食おうか。そのシンプルでダイレクトな挑戦に料理人は答えを出す。美味いか、そうでないか、それがすべてだ。美味いからこそ空間の魅力もスタッフのもてなしも加味加点され、そして僕らのテーブルは幸福で満たされる。
 なまずえくん、おめでとう。君は岐阜県の輝く星だ。スタッフに岐阜県人を3人も招いて、美味しくて泣きそうな僕に「でーれーうめーって言ってまって、僕もでーれーうれしーです」と方言で言われたときにとどめを刺された気がしたよ。




ご満悦。





2009/12/01

『8歳のお誕生日』

2009/11/30

『亀田と内藤』

2009/11/27

『コンタ』

2009/11/26

『おいしい鳥取 かるく打ち上げ』

2009/11/25

『おいしいテーブル in 恵比寿』
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