『ルパン&次元』

 ここしばらく、どんよりした天気が続いていたが、今日はスッキリとした気持ちのよい青空が帰ってきた。ベランダから手が届きそうな電線には緑色の野鳥がツガイでひなたぼっこ。春を待ちきれない恋人同士のように空の上でイチャついていた。
 事務所に向かう道すがら、246の大通りに真っ黄色のクラシックタイプのオープンカーに乗ったルパンと次元大介を発見! ルパンはグリーンのジャケットに黒シャツ&黄色のタイ、次元はブラックスーツに中折れ帽にザンバラボブ、あごひげとしゃくれたアゴまでクリソツだ。
 写真撮らせて!のリクエストに「オッケ〜、よっろしくね〜え!」とルパン氏。春日部ナンバーも神々しく、こんな小春日和は東京で勝負してやろーと駈けて来たのだろう。
 んーん素晴らし、そして気持ちいい瞬間だった。
 今度こそ、ほんとーの春ですな。



『忘れ喰い』

 実は先週、たまらなく悲しい出来事がありすごく落ち込んだ。なんとか復活せねばと思って週末はヤケ食いならぬ”忘れ喰い”に走った。人間、腹いっぱい喰らうと余計なことは考えなくなるというか、なんにも考えられなくなることをあらためて知るとともに、たまには思いっきり食うとか、逆に思いっきり食わないとかいうのもアリだと思った。
 人の日常にそれほど究極なんてものはなくて、それを睡眠時間で実戦しようとすると弊害が大き過ぎて困るけど、食った食わないならばそこそこ気分転換に効くのである。しかも手頃な反省感もやってきて、自分を正そうという方面に精神が働くのだ。
 とはいえ、ムチャ喰いのメニューが「新玉ねぎのバルサミコソースサラダ」と「冷や奴」と「オクラ長芋納豆」と「トマトサラダ」と「鶏ムネ肉のワインに煮込み」と「大根とニンジンと里芋の煮付け」と「アスパラベーコン」と「オニオングラタンスープ」というかなりヘルシーなメニューで構成されているところが弱気というか歳というか…、すでに食う時点でかなりカロリー計算されているところがつまらない。これでカルビ2kgとかいっちゃえばきっと違う境地へと行けるのだろうけど…
 やっぱちっちゃいな、おれ。



『カレーうどん』

 芝浦のロケハン帰り、軽メシでもということになり、ほど近い築地に行った。通常なら海鮮丼方面にいくところだが、フグ(海鮮ではなくウチの優秀なスタッフのアダ名)が、抜群のカレーうどんありますよと発したので早速カメラマンと3人でレッツゴー!
 築地「虎杖」おそるべし。見事なまでの鰹だし&しこしこ麺&豚バラ。久々に、出逢えた感満載の味覚。カレーうどんとはいうものの、スープカレーの中にうどん投入したという感じもアリのさっぱり味。
 あのロケーションゆえの女子狙いか…ギャップが逆に心躍るんだろうな、なんて思ったりしながら絶品の汁をすする。その店はイカしたBar的な要素も存分で、確実に銀座方面からOLが流れてくることまちがいなし。あーいう店で勝負に出る若手リーマンも多いことだろう。来週、兄貴が上京するので行くことにしよう。いいムードになりそうなカップルの横で、思いっきり方言でしゃべったろ。
 



『ダルのオープン戦』

 ダルビッシュがオープン戦2戦目で制球が定まらずに打たれちゃったみたいだな。いいんじゃないかな、今のうちにウミだしとくのも。マウンドも違えばストライクゾーンも違うんだし、今まで通りにいくはずがない。完璧に抑えるよりも、打たれたり駆け引きの中でフィアボール出したり、バッター有利のカウントにされながら痛打されるのは意味のあることだ。
 サッカーなんかと違って、野球の、特にピッチャーは、なんだかんだ言っても個人競技に近く個の能力差がそのまま成績に繋がる。勝ち負けは打線の調子によるけれど、打たれなければ負けないのだから。
 日本のようにじっくりキャンプをやってからオープン戦へというのではなく、キャンプでやることまではオフの間に自分でやっておけ的だから、オープン戦を多く組んで実戦の中でコンディションを作っていくしかないのだ。
 であればウミを出し切ってからシーズンを迎えるべきである。納得の上で打者に打たれる球を織り交ぜてみるのもいいだろう。打たせることで打者の弱点や攻め方も視えてくるものだから。それぐらい広いキャパをもってオープン戦を有効活用してほしいのである。
 打たれる球と打たれない球、打たせる球、いろいろ試せるのは各チームともレギュラーポジション争いの
場となるオープン戦以外にはない。オープン戦では意味のある犠牲をはらうことが賢い選択だ。
 



『渋谷 立ち飲み ハイボール』

 昨晩、体調不良をおして渋谷の立ち飲み屋に行った。場所的に足腰の問題があるので年寄りはいなかったが、俺らぐらいの50を往ったり来たりする人種はそこそこいたなぁ。みなさん1時間もすると完全にくたびれてお会計されていたけど。 
 それにしてもすごい人だった。ほとんどがアベックで3〜4人組がちらほら。あとはスマホと会話したりイヤホン付けて揺れてる若者たち。立ち飲み屋も随分と変わったもんだ。
 ハイボールなんかが復活しちゃったから立ち飲み屋がグッとトレンディーになったんだろうな。ビールだけだと焼き鳥とか奴とか、そっち系の伝統メニューに行きがちだけど、ハイボールは30年の時を越えてシャレて帰って来たもんだから、イベリコ豚だの生ハムだのなんとかのワイン煮込みだの、そっち方面とのジョイントにも一役買っているようだ。いーんです、なんでもアリなのが立ち飲み屋。
 俺のハイボールは昔から角オンリー。高価なウィスキーやバーボンを割るなんてもったいなくて…ときどき中目のマハカラで山崎のハイボール飲むけど、もったいないような気がしてならない。とはいえ、かならず2桁いかせるところが山崎のすごさなんだけど。
 そーいえば30年前、祖師ケ谷大蔵に「池田屋」という居酒屋があってさ、そこは立ち飲み屋じゃないんだけど、気楽な立ち飲み感覚の店だった。東宝の撮影所が近くにあったから売れない役者さんたちがいっぱい来てて、映画や演技について激論交わしてた。
 石原軍団の若い人たちも多くて、「先週犯人役で出てましたよね」なんて言うと、「観てくれたのか、もっと大きな役をやれるようになるから応援してくれよ」とニッコリされて例のハイボールをご馳走してくれるのである。
 名物の豚の角煮。あれは絶品だった。なんかハイボールひとつで短編小説書けそうだな。
 今日も鼻ズルズルだけど、行っちゃおかな。

 



『韓流ですが…』

 流行はわかるが、なんでもかんでも韓流ってのはどうだろ。特に男性ユニットだが、複数人いる中で必ずひとりふたりは、「どした?」ってのがいることを見逃してはならない。並べると個性があっていいように思えるけど、引き立て役というよりは偏差値を落としているに過ぎない気がする。
 長身細身でダンスが上手くて色白薄くちで一重まぶたで茶髪だったらなんでもありったのはもうよしましょ。こ慣れちゃった日本人に辟易してたとこにヨン様が登場して、しばらくはそっち方面が紳士に思えても仕方ないけど、そろそろやっぱ日本人がいいやって思わないことには我が国のエンタメ&ポップスはダメになる。日本進出が韓国の国家戦略だとすれば、ちゃんと吟味してあげることが礼儀である。なんでもかんでもでは最終的にK-POPアーティストを苦しめることになると思うけど。
 ジャニーズとかやっぱいいよ。関ジャニとか、じわっときて好きだな。



『のりさん50歳のお誕生日』

 昨日、ザ•木梨憲武ショー『NORITAKE GUIDE 5.0』初日を観てきた。今回の演目については、企画段階からのりさんにお話を伺っていたにも関わらず、本当に笑わせてもらった。
 ネタとか芸というジャンルを越えた、アーティストなんですね、あの人。関節の動きひとつとってもすべてがアートに繋がる。真っ白いキャンバスに自由に色をさして、好き放題やってるように思わせといて、確実に万人の琴線を揺さぶっていく。入り口も出口も笑いだけど、妙なセンチメンタリズムが入り交じって、口角上がったままため息でちゃうのである。
 年齢もほぼ同じ。演目の中にある宝さがしは、まるで俺の引き出しの中をかき混ぜているよう。
 ネタよりも、芸よりも、本能に近い感覚がつくり出すアーティスティックな笑いは、一過性の満足ではなく、海馬に摺り込まれていく。そこにはずっと40年間憧れ続けた東京を見たような気がした。
 スタイリッシュでリアリティに富んでて、シャープで軽くてセンチメンタルで部活動で、そして東京。

 のりさん、50歳の誕生日おめでとうございます。



『今日から3日間、日本橋』

 今日から3日間、日本橋三井ホールで木梨憲武さんの生誕50年記念ライヴが行われます。せっかくなので3日皆勤で拝見させていただこうと思っています。
 日本橋というのところは、10年位ずっと通い続けていた銀座から近いものの、百貨店に用事がある訳でもなくなかなか立ち寄ることのない街だったけど、せっかくなのでこの3日間で散策してみようと思う。
 とはいえシャレたホテルで食事なんていう嗜好はなく、代々暖簾を受け継ぐ丼モノの名店だとか和菓子とか、ちい散歩的に触れてみたいのである。
 早速、本日は17時よりなんてことのないサテンである人と打ち合わせのアポを入れました。煮え切った
真っ黒のコーヒーにバームクーヘンなんていうのを勝手に想像しております。 
 そのあと、木梨先輩の勇姿を拝見させていただき、きっとどっかへ流れるんだろうな…
 んで鼻グズグズになるんだろうな…



『やっぱ花粉症…』

 昨日「脱花粉症」なるタイトルで軽快に書きましたが、昨晩やってきました。深夜0時近く、三茶のスポーツBARで白ワイン飲んでる最中に。本当に迷惑なサンタクロースです。
 杉花粉がなにか世のためになることってあるのだろうか? 愚問か…杉の木はそれなりに役割があるんだもんな。
 毎年の事ながら、花粉症がはじまるとクシャミが怖くてクルマに乗れなくなってしまう。ちなみに今までの連発記録は16。時間にして35秒。この間、ほとんど目は閉じられる。さすがに運転中の記録ではないが、とはいえ運転中の10連発はZARAである。おっ、なんだかアパレルっぽいぞ、と下らないことを言いつつ、かなり憂鬱になってきたので今日はこれにておしまい。



『脱•花粉症』

 おかしい、変だ、ほんとうに花粉症がこない。こんな春は20年ぶりだ。4月中旬の陽気というのに、鼻も目も初夏のような清々しさだ。
 今まであまりの辛さから酒に逃げ、血行が良くなりすぎて余計に悲惨なことになって、そんなことを繰り返していたが、今年の春酒は臆病心など微塵もなく飲める、ってゆーか飲んでる、とゆーより飲み過ぎてる。
 3年間治療し続けている減感作療法。左の肘には60回以上注射針を射しただろうか。どす黒い皮膚は、はた目には完全なシャブ中だが、俺には勲章だ。2週間に1回、せっせせっせと通いつめて脱杉花粉。石の上、いや、意思の上に3年。ようやく体質改善に成功したのである。
 とはいえ、気を引き締めて飲む。そこじゃない。気を引き締めた生活を心がける。まだまだ油断ならない2、3、4、5月。1年なんて8ヶ月だけでいいと思った俺に、希望の4ヶ月がやって来た。
 小躍りするように嬉しい。春の訪れはこうでなくちゃならない。ありがとう60本の注射針。



『100円ショップに思う』

 東京でマラソンがあると、まちがっても都心にクルマでは出掛けられないので、世田谷界隈でうろうろしていたら、同じような考えの人たちがいたらしく、城西地区はクルマでごった返して大変だった。
 コロコロとかクイックルのスペアを買おうと100円ショップに入ったら、見るからにダメそうな物ばかりだったので、1円も使うことなく100円ショップを後にした。
 100円ショップだからと言ってなんでも買えーっというわけではなない。むしろ100円ショップはどれだけ賢い買い物ができるかが試される場所である。
 ゴマンとある100円ショップだが、品揃え、アイディア商品など、他店と比較されるため、単に安いからというだけでは生き残れない厳しい世界である。私の友人に100円ショップの商品企画および製造を一手に引き受けている者がいる。そいつが一昨年、「ちょっとアイディア貸してくれないか」というので、飲み代だけで引き受けた事があるが、聞けば聞くほど生々しい仁義なき世界だった。他店のアイディアをパクり、それにちょびっとだけ色を足して堂々とオリジナルを謳うのだそうだ。まぁ我々の世界にも若干そのような傾向があるけれど、我々の場合は「パクリ」とは解釈せず、「教材」あるいは「ヒント」と解釈する。クリエイティヴの企画とは、そのような勝手な解釈によるものが多く、それに心傷める人は、速やかにこの世界を去って行く。ずっといる人は、教材やヒントが大好きな私のような人ばかりだ。
 要は、いかに図々しいか、いかに鈍感か、ということがこの世界の長生きのコツである。とはいえ、そういう人たちのパクりのセンサーは恐ろしく鋭くパクってからのスピードがさらに速い。
 なんてことを書いていたら、自分のやっている仕事へのポリシーがボケてきそうなのでこのへんでやめておきます。

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 100円ショップに停まってたイカすベンツ。



『GAKU-MC』

 かつてミリオンを連発し紅白にも出場したGAKU-MC。「DA.YO.NE」や「MAICCA」は永久にだ記憶される名曲である。
 彼はやがて筋書きのない人生を歩み、思いも寄らぬ労苦を背負い込む。メジャーの王道からよりみちを余儀なくされ、時に道ばたにしゃがみ込んでは雑草や名もなき花の心を知る。もともと人の視線の行き届かないところに深い感動を覚えるような奴だったが、彼は偉大なる寄り道を終えて、今、もっとも自分らしく生きられる場所に帰って来た。
 昨日の「the Dish」は素晴らしかった。ヒップホップはどう聴けばいちばんご機嫌かを、オーディエンス目線で考えた珠玉のライヴ。歓喜のライヴからオーディエンス全員打ち上げ参加という希有な空間へと移行し、その場をともにした誰もの心に深く刻まれる永遠の時間となった。
 彼の呼びかけにより数多くのミュージシャンが参加していた。やんちゃな弟的な存在だっ彼を、誰もが「アニキ」と慕っている。満たされたアニキの顔を遠くで眺めているだけで込み上げるものがあった。
 息が止まるほどに抱きしめてやろうと思ったが、彼に挨拶することもなくずばらしい余韻を土産に会場を後にした。帰り道、友の成長を、ひとりテキーラソーダそっと乾杯した。
 
 



『はるよこい』

 朝晩なんて、そりゃもう寒くて、少し前まではベランダでお湯割り飲んでたけど、とてもとてもそれどころじゃなくて。でも昼間はすこしだけ温かくなって、確実に春は近いと予感させてくれる。
 大人はいつまでも着膨れているけど、子どもは春目線で遊具と戯れている。子どもって、きっと大人よりも何週間も春や夏を先取りするのだろう。そして僕ら大人は春の訪れさへ気づかずに、いつまでも肩をすくめてばかりいるのだろう。
 なんかもったいない気がして来た。こういう時にはキャッチボールとかドッヂボールとか、ボール系の遊びで春を呼び込むしかない。


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 去年の3月頃の写真だったかな。



『31年ぶりの部活動』

 日曜日、高校時代の陸上部の顧問の先生の退官パーティがあったので岐阜に帰った。高校を卒業してから初めてのOB会でもあったので、なんかそわそわして仕方なかった。そわそわには理由がある。僕は先生が母校を指導された10年間で、もっとも折り合いが悪い生徒だったからだ。
 先生がバリバリの現役選手として母校に赴任してきた時、僕は生意気盛りの高校3年生で、やれ服装だの髪型だの生活態度だのと注意され、何かとぶつかっては反抗してグラウンドへ行かなかった。俺がいなけりゃ始まらないだろうとタカをくくっていると、先生は、お前がいなくてもまったくかまわないというオーラで跳ね返す。舌戦のあとにはこのような無言の攻防戦が繰り広げられ、僕は先生と打ち解けることなく高校を卒業した。
 あれから31年。先生は弱小陸上部を鍛え上げ、県下で胸を張れる部に育て上げた。その功績が認められたかどうかは知らないが、先生は県内一の強豪校で指導者となり世界的な選手をも輩出し、現在は某高等学校で校長に就かれている。
 
 先生が赴任した当時の3年生だったということもあり乾杯の音頭を任された。話すことなど何も用意していなかったが、長くなると思い起立していた90人の後輩たちを座らせた。
 僕の話はグラスに注がれたビールの泡がほぼなくなるまで続いた。
 内容は、陸上競技を通じて自分が後悔したこと。それだけ。

 後悔の中味は恥ずかしくて書けないが、31年経ってようやく先生に話すことができた。しかも90人の後輩の前で。こういうことを公開懺悔とでもいうのだろうか。乾杯の発生のあとに、先生と初めて抱き合った。互いに歳をとって涙腺が緩んだのだろう、やがてどちらもグダグダの涙そうそうとなり、31年ぶりの部活動は青春のど真ん中を全力疾走で駆け抜けて行った。


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 先生、1000ccのバイクで、どこまでも突っ走ってください。



『夜と朝の間に』

 夏の暑いのも冬の寒いのも嫌いだが、いちばん嫌なのは夜が早くやってきて朝が来るのが遅いことだ。
 昔から暗いところが苦手で、幼い頃は寝る時に部屋を暗くすると、誰かに乗りかられるような気になって、怖くて両親の部屋に救いを求め、川の字になって寝ていたものである。今でもどっかに灯りがないと落ちついて眠れない。もちろん煌煌とではなく、窓から差す薄明かりとか、それぐらいのものでいいのだけど。
 寝る場所はずっと昔から陽ざしが差し込むところって決めていて、年柄年中レースだけ閉めてカーテンは閉めないようにしている。目覚まし時計より陽覚まし時計のほうが寝起きが良くて爽快なのだ。
 ただ冬となるとそうはいかず、ただでさへ朝が遅いのに雨ともなると8時すぎても朝感がまるでない。雪の日は違ったファンタジーがあるからいものの、冬の雨の朝はマジで落ち込む。
 そんな習性があるため、ホテルに泊まってもカーテンなど絶対に引かない。どんだけ出そうなホテルでも、カーテン引いた方が余計にお化け感が増すからである。
 そして時にホテルは、寝ぼけ眼に素晴らしい画を届けてくれる。先日行ったベラッジオもそうだが、夜に映る絢爛豪華な夜景も素晴らしいが、夜と朝がバトンパスするような時間帯の景色にしばし見蕩れてしまった。ややお疲れのネオンサインの向こうには荒野が拡がり、空にはなんともいえないグラデーションが広がる。ここで一曲ラブソングでもと、YAZAWAの「I LOVE YOU,OK」とヒロミゴーの「哀愁のカサブランカ」を唸る。まだ酒の抜けてないべガスの朝焼け、誰も知らない自分だけに世界に浸る僕がいたとさ。

 あー、早く春になれ。朝よ、陽ざしよ、もっと早くやってこい。

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『小さな小さなウエスタン』

 ネバダ州、べガスより60分。ただひたすらに荒野を走り、変わらぬ景色の中、見落としてしまいそうな小さなゲートを発見し侵入すると、ガイドマップにも載らないような小さなウェスタン村があった。荒野のオアシスとまではいかないが、タフなアメリカの茶目っ気がチラリ覗くかわいいテーマパークだった。
 規模的には日光江戸村や東武ワールドスクエアなんかよりももっともっとキャシャでチープな感じだが、ところどころに手作り感が施されていて温もりを感じるのである。売店のおじさんがうたた寝しているぐらい、古き良きゆるゆるのアメリカがそこにあった。
 ウエスタンルックを纏った気のいいおじさんが、25年前に北海道の遠軽にいたらしく、遠軽の素晴らしさを誇らし気に話してくれたが、誰も遠軽に行ったことがなくて、うんうんとうなずくのが精一杯だった。

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『友人と青木宣親』

 ダルビッシュ報道の陰に隠れているが、ブリュワーズへの入団を発表した青木には大いに期待している。彼のこれまでの並々ならぬ準備には目を見張るものがあるからだ。実は、僕の友人が彼の今日までの日常を詳しくレポートしてくれているのである。
 「彼」は青木に心底惚れ込み、自分の人生を重ねるように歩みを共にしている。年齢的に青木よりひとまわりも上の彼は、時に先輩として、時に友人として距離感と温度を変化させながら彼をサポートしている。
 勝手ながら、僕はミルウォーキーで躍動する青木の姿に彼を重ねることになるだろう。茶の間観戦ながら、僕にとっても特別なシーズンが始まることになる。

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 昇り龍となれ青木! 



『ダルビッシュ』

 ダルビッシュとレンジャースとの契約が無事成立してホッとしている。なんとなく球団側に押し切られた感じが強いが、後味を悪くして日本球界にUターンしてもらっても困るので、ひとまずはホッである。
 俺がホッとしてどーなることではないが、野球ファンとしては今季の楽しみが格段と増えるのは嬉しいことだ。彼はメジャーで通用するの?という声も少なくないが、はじめからお墨付きの選手など世界中どこにも存在しないわけで、環境や文化、若干のルールなどが違えば、誰にとっても可能性は未知数だといえよう。
 現に破格のカネを積んで助っ人としてやってきたメジャーリーガーがお粗末な成績しかあげられず、オチをつけて米球界にとんぼ返りして、またひと花咲かせたという話がゴマンとある。ヤンキースの井川はまったくその逆のケースで、その件が今回の交渉を硬化させたのではというメもなくはない。
 さて、ダルビッシュ。彼はどうか? 正直、メジャーをメッタ斬りするダルもメッタ打ちにされるダルも見たいというのが本音だ。コンディションが良かったり悪かったり、それでもローテーションを守って2年3年とシビれるゲームを経験して、野茂さへ足元にも及ばないようなタフなメジャーリーガーに成長して欲しいと願っている。
 5年前、20歳になったばかりのダルビッシュにインタビューをしたことがあるが、そのとき彼は「メジャーなんてまったく興味ないっすよ。英語覚えるのもめんどくさいし」と語ったが、その言葉の裏側にある真意をいやがうえにも感じたものだ。
 自分の力に判を押せるようになったときに彼は初めてメジャーを口にするだろうと踏んでいたが、ようやくその時が来たようだ。20歳の彼はこうも言った。「遊びも音楽もファッションも興味ないですね、野球は仕事だから興味なくはないですけど…でもピッチングには興味あります」
 照れ隠しとハニカミの中から本音がチラリ。彼は世界一のリーグでさらにピッチングへの感心を深める事になるだろう。17勝8敗。無責任に予想させてもらったが、今シーズンを終える頃には彼はローテーションの柱になっていることは確実だろう。
 



『長いトンネルを抜けて』

 新年あけましておめでとうございます。
 昨年10吉日(こんな書き方あり?)より、メンテナンスと称して無精しまくっておりましたNIKKIですが、本日よりRE STARTさせていただきます。
 思えば、遠くの友人から入院でもしたの?と心配され、代理店の友からはNIKKI更新しないと仕事はフラない!と言われ、別にフッてもらってるつもりはない!と反論することさへできず、「すぐ再開するから」と軽口を叩いてから早や90日。
 覚えたてのface bookをちまちま更新してはブログの埋め合わせをするような毎日でしたが、これからはきちんと二刀流にて電信いたしまゆえ、よろしくお願いいたします。

 なんてゆーんですか、ちょっとフレッシュな気分です。まだなんにも始まってないんですが、これが50歳を迎えるアニバーサリーイヤーの予感みたいなもんですかね。
 そんなわけで、またNIKKIやります。

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『メンテナンス中です』

なにやらNIKKIがアップされない状況です(しっかり書いてるのにね)
只今、メンテナンスの時間をいただいています
申し訳ありません



『祭りだわっしょい!』

 原稿が溜まっていて一日中パソコンとにらめっこしていたら疲れてきたので、お囃子の音に誘われて近所の神社の祭りに行って来た。
 いつも思うが、こういう場面では外国人がいちばんはしゃぐ。ハッピ着てハチマキ巻いてふんどし締めて足袋はいて神輿かつぐなんていう風習、世界中どこにもないだろうからね。軒を連ねる屋台もまた風情だし。調子に乗って神輿かつぎに参加する外人も多いが、力任せに担ぎ上げるから周りと調子が合わなくて怒鳴られることも多々アリ。それでも最後は”よくやった”と肩を叩かれて一緒に乾杯しなんかして微笑ましく思うのである。きっとそういう人が原宿で『一番』と書いたTシャツを購入するのだろう。
 15人編成で和太鼓を連打する出し物があったが、技術的なことはともかく血が騒ぐのはやはり日本人だからだろう。なんか「やれそう」な気になったり「強そう」な気になったり、打楽器ひとつで心躍るなんて原始的でいいじゃないの。もちろんすぐ現実にかえって「やれなさそう」になるけど。


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『ORGAN フレンチの最前線へ』

 ちょっと前の話だが、フレンチレストランウィークというイベントにORGANのミーちゃんがシェフとして選出され、渋谷の「ラ•ブランシュ」の料理長、田代さんのサポートのもと腕を振るった。彼女が参加したのはわずか3日間だったが、連日予約の嵐となり、なんとかランチに滑り込んだ。
 フランス料理の事をあれこれ言える立場ではないが、味はもとより、いろんなものを満たしてくれるすばらしいテーブルショーだった。
 そもそも鶏メインの炭火焼きダイニングがどうフレンチと対峙するのか不安だったが、フタを開けてみれば心配した分だけ落差となり楽しみが倍増した。
 震災、原発事故から7ヶ月が経ち、いまだ問題山積の福島人たちが、こうして新しいステージにチャレンジする姿は美しい。お世話になっている郡上の人たちにも更なる活躍を期待したい。
 田代シェフには本当にお世話になった。「同じ福島県人だから、気楽にやろう!」という言葉が忘れられない。彼女にとってもORGANにとっても素晴らしい経験だったことだろう。
 
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 田代シェフとミーちゃんと



『修行の秋』

 秋深まり、スポーツとか食欲とか読書とか…気持ちの行き先はいろいろあるけれど、修行の秋というのはどうだろうか。2011年のこれまでの300日あまりを振り返り、自堕落なことも多かった。人に不快な思いや迷惑をかけたこともある。それを水に流すとかお灸を据えるという意味ではなく、山にでも籠ってとにかく自分を見つめ直したい、と思うのだ。 
 高野山がいい。知り合いの僧侶がたくさんいるということ自体が煩悩みたいなものだが、そのあたりはやっぱドアウェーよりややホーム的な方が。いきなりチベット行くぞなんていう気概もないし…
 ひとり旅は苦手だが、静かなところで穏やかな時間の中に身を置きたいのだ。もちろん酒なし、精進料理オンリー、お経も唱えれば写経もするし瞑想もスクワットも雑巾掛けもやる。
 そこまで気合いがあるんなら日常生活でやれば? いやいや、それが山のチカラなのだ。って言い訳?


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『おひさま』

 連続テレビ小説「おひさま」が終わった。半年間、無遅刻無欠席で観たせいか寂しさでいっぱいである。物語の中に身を投じることは、テレビ側にしてみればいいお客さんであるが、今回に限っては存分にいいお客さんになってやろうと思った。
 真央ちゃん演じる「陽子」の女一代記。架空の人物の人生に自分を重ねることなど馬鹿馬鹿しいと思いつつも、思いに背いて日々思いは深まっていった。たった15分の間に予想もしなかった感情が込みあげてきて、いつしか僕はドラマの中の隅っこにいた。
 今日のストーリーに心揺さぶられ、明日はどうなるんだろうという不安と期待に包まれながら、朝8時の儀式を終了する。不思議なもので半年間も続けて観ると、8時15分を迎えると同時に深呼吸してカラダの隅々にまで酸素を届け、”さて、今日も!”という気分になる。7時に起床するときとは違う、清涼感に満たされた深呼吸である。これを「おひさま効果」というのだろうか。
 真央ちゃんの演技力には感心した。演技というものの上手い下手はわからないが、物語を牽引する能力、存在感、観る者の気持ちに寄り添う日常性などに惹きこまれ、国民の多くがおひさま中毒となり「おひさま」は朝の儀式になった。
 震災が起きた直後の放送に、真央ちゃんも思うことがたくさんあっただろうけど、終わってみれば、こんな年であればこそ「おひさま」はなによりの応援歌になったのではないだろうか。
 いち視聴者として、素晴らしい番組を届けてくれた「おひさま」に関わるすべてのかたに、心よりお礼を申し上げたい。 

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『路地裏にて』

 もう一日だけ沖縄追加。これはなんてことない首里城近くの路地裏。タモさんじゃないけど、旅に出るとあてもない場所をブラりする。タモさんというより「ちい散歩」かな?
 路地裏を見つけるとつい足を止めてしまう。これほど人々の暮らしを感じられる場所はない。
 それにしても南国の路地裏は美しい。陽があたらない日ても草木が輝いている。路地裏の難点は、路が狭過ぎるため立ち止まっていると迷子か不審人物に思われることだが、そういうときはデジカメを空に向ければなんとなくスルーできる。いろんな知恵を身につけて俺も今日まで生きてきたのだ。

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 しばらく佇んでいたい路地裏



『バイバイ沖縄 またね!』

 一昨日のおばあに会いたくて、もいっかい屋台の前をうろうろしたが、どうやら昨日は休業だったらしく、店の灯りが消えていた。といっても、どこにも「休み」というシグナルはない。ひょっとしたらまだ来てないのだろうか。でも午後1時だ。ランチ終わりということで5時まで休憩なのだろうか。んなこたーない。観光地の午後1時なんて修学旅行生をはじめカキイレ時だ。のれん入れたらバチがあたる。
 ズルか?それともこれが沖縄なのか?いや、こんな小さなことで悩んではいけない。きっとおばぁは、この次に会って、心の底から気持ちを込めて「このあいだ、どうしても会いたくなって、店にきたんだよ」と言ったところで、「そーだったんかい?」と軽く切り返してチャンチャンだろう。それが沖縄の広さと深さと軽さとスピードだからだ。
 そしておばぁはこうも言うだろう。「せっかく来てくれたのに、わるかったねぇ。じゃ飲んでけ、サンピン茶」と。その横には出番を待っているちんすこうの姿が見える。
 おばぁに少しの洒落っ気があるとすれば、次回は「塩ちんすこう」が登場するはずだ。
 さて、東京に帰ろう。さよなら沖縄、曇天の空、おばぁとちんすこう。 


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『名もなき沖縄のひととき』

 同じ日本でも土地土地で文化も風習もちがい、もち環境も異なるので街並はさまざま。特にお家の造りときたら、なんで?というようなものが多く興味を抱かせてくれる。
 できることならばヨネスケ張りに突然お家訪問して朝ご飯をいただきながら、なんでこーゆーお家にしたのか尋ねたいところだが、いささか図々しいのでやめる。
 自分的には、そこが旅の醍醐味である。名所旧跡人気スポット、確かにわかるが、そんなことよりも足で稼いだ小さな発見が何より尊い。なので名店などには一切入らず、イチかバチかのキタナトランに潜入することをミッションとしている。成功率は70%とまずまずだが、失敗した時のダウン感があまりにも険しいので、さらなる確立を追求し嗅覚を磨きたい。
 昨日入ったおんぼろ屋台。大して好きでもない沖縄そばだったが、おばぁの「雨降ってっからゆっくりしてけ」と言う言葉とともに出てきたぬるいサンピン茶が心の深部にまで染みた。”汁おいしいね”と言ったらラフテーくれた。
 ”これ、知ってるか? ちんすこう”
 知らない方がおかしいだろ。甘くて切ない味だったよ、おばぁ。

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 素敵なおうち 自由すぎるデザイン



『メンソーレ!』

 沖縄にいます。あいにくの曇天ですが、それでも沖縄はいいです。初恋の人が南沙織だったせいか、沖縄に来ると胸がしめつけられる気がしてなりません。
 初めて沖縄に来てから20年経ちますが、観光らしいことを一度もしたことがなかったので、モノレールに乗って首里城跡まで行ってきた。観光地というのは理屈抜きでにいい。爽やかなオーラが充満している。その昔、哀しみに包まれた場所であったとしても、カメラ片手にキャッキャ言っている人たちを見ていると元気な空気で満たされる。
 それにしてもキュウリはダメなのにゴーヤはむしろ好物だ。なんでやろ? がんばれキュウリ、そのうちオレに愛されろ!


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『天才アーティスト』

 土曜日の紺ブレパーティの続き。
 その場で思いついたものを、自分らしい表現でカタチにして、作品を通して空気感染させる。
 のりさんの描くものにはそんなLOVEがある。キャンバスがたまたま紺ブレに変わっただけで、その人の「らしさ」を絶妙にツいてくる、真摯なるオアソビなのだ。
 東京代表パーティに招かれた大の大人たちが、それぞれの個性を抉られたペイントを施されたが、街で着る勇気は別問題である。

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 吉田カバン、長谷川氏の背中にPORTERのリュック。着れるか、ハセガワ氏。



『紺ブレパーティ』

 トミーフィルフィガープレゼンツ 『東京代表紺ブレパーティ プロデュースドBY 木梨憲武 サポーテッドBY 大久保篤志』という長編タイトルのついたオシャレピーポーな催しお呼ばれした。
 紺ブレにのりさんが勝手にアクリルペイントで画を入れるという大人アートなパーティ。シャンパン率も高くみんなかなりシュワシュワ。トミーからは30着の紺ブレが用意され、のりさんにペイントしてもらったものを、世界で一着の紺ブレとして「着こなす」という愉快なものである。
 数々の傑作が誕生したが、中でも秀逸だったのは、吉田カバンのハセが背中にPORTERのリュックをペイントされ、スタイリストBABAチャンは、ご自慢スキンヘッドに7:3ヘアが白ペイントで描かれた。どちらも見事すぎる作品であった。あー紺ブレ、中学時代から憧れのアイテムを49歳になってプレゼントされ、家に帰ってまじまじ見たら、黒ブレだった。
 


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 僕はHIROMI GOのエンブレム このあと袖に2本線のアイビーライン



『冬支度』

 隠岐の島から帰った翌朝は、朝一番からヒロミゴーのディナーショウ全体会議。その落差の大きさときたらとてつもなく、まだ島時間で動いている自分にはジェットコースターに乗っているような感覚だった。
 ようやく本格的な秋が始まったばかりなのに、早速冬の仕込みである。今年はいろんなことがあった一年だから、ヒロミさんのディナーショウが人の心の奥底にまで素敵なものが届けられるように微力ながら頑張りい。
 島で見た星の多さときたらそれはもう…都会のステージでは星ではなくスターが煌めく。キラキラと輝く人のそばにいると、少しだけ輝きを分け与えられた気になる。星もスターも、ほんとにすごい。

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 ねぇ、プロペラ機 もう少し揺れ、抑えられんかね?



『さよなら隠岐の島』

 PV撮影全行程終了、隠岐の島を後にした。
 初めて島を訪れた時、この島は自分にとって一瞬に過ぎないと思ったが、こうして島の人たちとひと仕事終えると、そうはいかなくなった。正直ハマってしまった。
 島だからいいのか、いいと思った場所がたまたま島だったのか、どっちかわからんが、遠い先の島暮らしなんかもちょっと構想したりして。
 とはいえ、昨晩の打ち上げは壊れた。日本酒3杯イッキで記憶のすべてが吹き飛んだ。ことわれない性格を見抜いて俺にイッキさせるしたたかさもなかなかである。島で暮らすには今よりもっと酒を知らなきゃいけない。飲む量の話ではない。飲み方逃げ方断り方、そういうのをふくめて酒との付き合いというのだろう。それにしても飲んだ、いや浴びた。そうでもしなけりゃやってられない島との別れだった。

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 水木しげる先生ゆかりの地で キャラたちと



『隠岐の夕暮れ』

 東京はえらい寒いらしいが、隠岐の島はぽかぽか陽気で季節外れの日焼けなんかしています。島にしばらくいると時間の流れが変わって、なんかいい感じです。音も人工的なものが少なくて、たまにクルマの音が聞こえるとわずらわしく思えるぐらい。海はどこから見ても穏やかで、たまに汽笛が聞こえると、小柳ルミ子の懐かしソングなんかを口ずさんだりして…
 石川さゆりは激しすぎるし八代亜紀は堪えすぎだし、サブちゃんはハデすぎだし鳥羽一郎は海すぎる。ルミ子はちょうどいい。方向違いだけど瀬戸の花嫁的なグルーヴで夕日を眺めることにする。


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 はじめてみた スルメマシーン



『まっ青』

 島が見える。雲の上から。地べたからではぜったい見えない景色だ。怖いけど、いいな、雲の上からって。
 汚れたものがないように見える。汚れることなんて望んだことないけど、どっかで汚れているこたーわかってる。
 否定はしない。言葉よりも生き方だから、そーゆーこたーいろいろあった。
 だけど、どんだけ汚れよーとも、もいっかい、真っ白ってゆーか、真っ青になりたい。って、欲ばりだろーけど、やっぱそー思う。
 空はすげーよ、やっぱ、やっぱすげー。

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『秋の毎日』

 毎日毎日涼しくなっていく。反するように気持ちは高まる。うまくいくことは稀だが、うまくいかないなりに、ここまでこれたかという感慨はある。思えばいつだってそうだった。
 はじめて出逢う人たちと、ヨーイドンで仕事をする。立場上、こちらが仕事を先導しているように思われがちだが、仕事をしてくれているのは初めて出逢った人たちだ。つまり僕のお願いを初対面にも関わらず受入れてくれているのである。
 なんということだろう。こういうことを当たり前と思ってはいかん。稀なのだ。素晴らしい人たちに出逢った途端、その人たちが心を開いてくれるか、あるいは我慢してくれているのだ。
 当たり前に思っちゃいかん。稀、稀、超マレ。恵まれているのだ。そういう気持ちを存分に感じていると、からだ中が熱くなる。涼しくなっていく季節の中で、熱く感じられる我が身が愛おしい。熱くなる分、秋の風は、とてつもなく気持ちいい。
 



『著者の心境』

 世田谷ものづくり学校に入居して7ヶ月になる。入った途端に震災に遭い、多難な船出となったが、それでも入居して良かったと思えることがたくさんある。住み慣れた中目黒を引き払うことにちょっとロンリーな気持ちになったけど、住めば都の精神は理解していたので、今ではあたりまえのように学校の住人になっている。
 マロンの仕事とは別に、ものづくり学校の仕事もちょこちょこするうちに、本当に大人の学校ができればいいなと思いながら毎日を過ごしている。
 遠い離島の仕事なんか、ちょっと前までは検討もつかなかったことだけど、やってみれば楽しいことはいっぱいある。どれもが発見で、けれども自分から見つけに行かなければわからないものばかり。それは浜辺の貝殻の下に隠れていたり、月と雲が交差する時に去来するものだったり、意味の分からない方言の中に隠れていたり。まさに人生は、いや、仕事も旅なんだなと実感する。
 残暑というよりは二度目の夏がやって来たようだが、半袖でいるうちに、もうひと頑張りして、快適な秋を迎えたいもんだ。
 
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 学校のエントランス 涼し気(に見えるだけ)



『記念写真。でもさ…』

 知り合いの幼稚園の園長先生は、父兄が児童の写真を撮ることを嫌う。せっかくお子さんが伸び伸びしているところを肉眼で視ないのはもったいない、という理由らしい。すれはそれで理にかなってる。
 じゃ、思い出はどうするのと聞きくと、場面を思い出して、”あのときはこーだったね”と語るのが一番と仰る。これだけデジカメが流通するようになったのに、写真は要なしか…
 タチの悪い小学校なんかは、父兄はカメラ持ち込み禁止にして、同行したカメラマン(パターン的に学校ゆかりの写真屋さんが多い)が一枚100円ぐらいで生徒に売りさばく。ご時世的にデジカメさえあればプリントしても1枚5〜6円ぐらいであがるだろうに、こういうのを思い出商売というのだろうか。
 ずっと何十年も前から思っていたのだが、クラスの集合写真的な大判サイズが500円も1000円もするのはどうかと思うけど、このNIKKI、写真屋さんが見たら怒るかな?

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 せみ とれたよー (網は海用ですが)



『旅の醍醐味』

 旅の魅力は人。それまでまったく興味も関心もなかった場所が、人との出会いにより激変する。
 さっきまで見過ごしていた景色が美しく視えたり、汽笛の音に遠い想い出を重ねたり、すべてその場所にいる人が変える。島の人たちは、気さくで朗らかで熱意に満ちていて、そしてすこしだけおせっかい。全力で島の魅力を伝達しようとする姿に、ほろりとくる。
 豪華なホテルに泊まると得した気分になるが、海辺の砂でざらついた民宿も捨てがたい。朝7時には広間に和食が並んでいて、鮭の塩加減がバツグンときたもんだ。生たまごと明太子とかぼちゃの煮付けを少々、みそ汁の中には海の幸がおしくらまんじゅうしている。そして塩昆布と大根の浅漬け。
 見渡せば、俺と手塚さん以外ほぼ20代。平均年齢を上げるためにそこに座っているわけではないが、おっさんも負けじとおかわりクンの3杯メシを喰らうのである。
 しばらくロケハンして12時のサイレンを待たずに定食屋へ。ここでもまた3杯メシがおじさんたちに手招きしている。メシ食い終えてひと言、「夕飯はなに食おかなぁ」
 …ふむふむと気づく。メシの美味さもやはり人が誘導するのだ、と。
 人とはまるで、料理のダシのようだ。
 

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 夕方 イカ釣り漁船



『おいしすぎる recetteの@食パン』

 ディープなディナーの翌日は、さらさらっとお茶漬けかサラダだけと決めてたが、recetteの食パンに巡り会ってから状況が変わった。おまけに「パン」についての人生観まで変えてくれた。あまり人には影響されないが、パンにはまんまとやられた。
 満足感と優越感と自慢してやりたい感が絶妙の割合でブレンドされたrecetteの「@食パン」。1.6センチにスライスして軽ぅくキツネ色がはいったところで無塩バターをグワシッ! チーズみたくやや歯ごたえを残しながらのトースト&バターでありんす。調子こいてもーいち枚ってときには、マロンシロップをバターの上にぽとり。
 昨日ぐだぐだになったことも、知らないうちにつくった青アザもふっ飛ぶ至福の一瞬が、懺悔の朝を希望に変える。大人気商品につき同じ屋根の下ながら入手困難であるが、めげずにエントリーしまくるのである。
 朗報として、毎週土曜日に「@食パン」の弟分っていうか妹っていうか、「世田谷ものづくり学校のうれしい朝食パン」が学校のエントランスで限定販売されるので、なので俺は、そこ(も)狙う!
 清水圭さん、よほど惚れ込んだらしく、ブログで熱く語りまくっているのである。

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 パン屋のみなさんと 後ろに50歳の芸人さん



『さらば焼き肉』

 昨日、焼き肉食いに行ったけど、ほんと食えなくなった。老化現象として走れなくなるとか、疲れやすくなるとかあるけど、食えなくなるというのはかなり落ち込む。10年前までは焼き肉屋をハシゴしたこともあったのに、今では扉の前に立つだけで弱気になる。今日は食うぞと意気込んでも、ミノとタン塩とハラミをちびっと食えばもうお疲れさんで、ぐだぐだとナムル&キムチでフェイドアウト…
 俺の焼き肉人生、そろそろジエンドかなぁ。ちっともムラムラこない。ついでに飲んだあと〆のラーメンもギブアップ。以上、加齢による弱気発言の部、おしまい。

 一方、鶏に関してはかなりアグレッシブになってきた。刺身からスープ、串、焼、ステーキ、鶏のひつまぶし丼までフルコースでイケますな。みんなでつくったORGANも食材を福島から郡上に代えて、鶏づくしのコリャケッコーで胃袋関係もガゼン調子いいのである。
 そろそろORGANのシェフのみーちゃんが、青山の名店「ラブランシュ」で腕を振るう日が近づいてきた。10月4、6、7日の3日間、フレンチの名店がORGAN色に染まるわけです。
 待ちきれないのでちょっとNIKKIに書いてみた。
 
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 奥美濃の古地鶏炭火ステーキ でーれーうめーでかん



『50歳と49歳』

 久々に清水圭ちゃん参上。どうやら教室が羨ましいようで、え〜な〜を連発。しばらくの付き合いになるが、知らんうちに2人合わせて99歳になってしまった。あの頃は足しても60歳ぐらいだったよな…
 だけど、なんで、どーして、どーいうわけか、気持ちだけはあの頃よりも軽はずみ。軽薄という意味ではなく、ちゃんとわかってるんだけど捨てきれないものが尊くて、面倒くさいことの合間にこうして互いに意識を確認する儀式がまたうれしくて。
 50になったらとか大人になったらとかのレベルではない。現に50になって年齢的には立派な大人である。どうしたら大人の原点は子どもであることを伝えられるか。ガキとはちがう「こどもの精神」、学習方法は決まってないが、どこにでもあるような気がする。
 大人とは、ちゃんとしたこどもの延長線上であるような気がするが、その考えもまたこどもなのか?
 知らん。どーでもいい。このまま生きてく。
 

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『島をあとに』

 隠岐の島から帰ってその足でトゥモローランドのレンセプションに行く。DJ全開の中、赤ワインがお洒落なグラスに注がれ、都会っぽさ満載のフィンガーフードで場を過ごす。
 さっきまで島にいたのに、たった数時間でこの変わりようはなんだろう? いや、どっちも自分がいる場所だ。これからもきっとそう。田舎も島も好きだし、東京にはいまだ憧れを持っている。特に東京って奴は意地悪ばかりするけど、それでも離れようとは思えない不思議な場所。人たらしのようだ。
 今日で新丸ビルの高野山カフェが終わるけど、16日からは池袋のサンシャインシティで「郡上物産展」が始まる。忙しいけどちょっとだけ充実感のある秋のはじまり。

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 バイバイ隠岐の島 また再来週



『島のこと』

 隠岐の島の小学校をはじごした。たくさんのこどもたちに、この島のPVに出演してもらうためだ。
 たくさんの人たちにオーディションに参加してもらい、配役も決定した。中には90歳のおばあさんも「島のために」と参加してくれた。
 ハワイ•カウアイ島で生まれ、中国大連で育ち、終戦後に隠岐の島にひきあげてきた老女は、「生きているだけでありがたい」と語った。その言葉の裏側には、”島のおかげ”という意味が見え隠れしていた。この秋にはもう何度か隠岐を訪れることになるが、行く度に希望が湧き、帰る時には里心が芽生えて切なくなる。
 島暮らしなど到底むりだが、それでもしばらくいてもいいかな、と思わせてくれる島の匂い。はじめて抱く感慨の中で、人生のありがたさに気づく。どれもこれも、そう思わせてくれるのは、人の心だ。

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 島の6年生たち さいこー!



『隠岐の島にて』

 2ヶ月ぶりの隠岐の島。今回は島のPVのロケハンで来た。季節はちょっとだけ変わったけど、他はなんにも変わってないってゆーか変わりようがない。この変わりよーがないところをうまく切り取らなければならないんだろうな、なんてしみじみ。でも、なんにもかわんねーじゃねーかというネガなことではなく、変わらないことからしかはじまらない壮大なファンタジーっていうか…やめよ、ハードル上げるの。
 それにしてもなんでプロペラ機でしかこれないんだ、ココ。それも変わらないロマンか…
 夕方からPVに出演してくれる地元の人たちのオーディション。たのしみだなぁ。それが終わったら、なんとかの煮付けとか食いながら、冷や酒やります。 


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『郡上踊り 納めの日』

 この夏ほど郡上に足を運んだことはなかった。福島県富岡町の原発から7kmのレストランを移転させようと思ったことがそもそもの始まりだが、4月から毎月2回、移り行く季節の中で郡上と一緒に過ごした。
 この町のみんなと友達になったというよりは、少しだけ町の住人っぽくなれたと勝手に思っているが、実際に土地の人はどう思っているのだろう? 派手なことやりよってとか、俺たちの町をイジりやがってとか、夜な夜な騒ぎやがってとか、そんなことを思ってる人もいると思うが、震災復興支援の具体的なケースとして、土地の人50人とレストラン「ORGAN」を造ったことは、今まで経験した夏の中でもいちばんの思い出になった。
 多くのメディアにサポートしてもらったおけがで、七夕にオープンしたORGANはなんとかはじめての秋を迎えることができた。まずは土地の人に感謝して、お客様に感謝して、一緒に造ってくれた仲間に感謝して、少しずつ、「地元の店」と言われるようになってほしい。
 おかげで郡上の踊り始めと踊り納めに立ち会うことができた。
 来年の夏、50歳になって、また郡上おどりに参加したい。

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『飛べコーク!」

 iPhoheのアプリに「飛べコーク!」というのがある。iPhoneを8秒間、ひたすら降り続けてその得点を競うものだが、たった8秒でも無心に降り続けると、人間はこうなるの図。台風に立ち向かう勇気みたいなものを感じてやまない。
 
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『都心の中で高野山修行』

 高野山カフェin 丸の内。素晴らしいスタートダッシュをしたみたいです。なんかこう、都会の真ん中に高野山(もどき)つくって、そこで写経とか瞑想とか、丸の内ではありえないことやるっていうギャップが好きなんだな。これを山寺でやっても当たり前のことだし。
 人間って不思議なもので、都会は田舎とか自然の中でしか味わえない静寂や速度をもとめ、その逆もしかり。だからこういうイベントが重宝されるんだろう。
 僧侶のみなさまとは2年目のお付き合いになるが、袈裟の内側にある人間性に触れると、ますますナットクすることがある。説法って、結局おなじ人間だから説得力があるわけで、話す方も聞く方も、時を共有することで同じような価値観が得られるのだと思う。つまり僧侶も説法しながら学習する。説きながら学習、すなわち修行なのである。
 丸の内ハウスでは食べる修行もあるので、ぜひ参加していただきたい。

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 今年もつくったぞ修行部屋。



『今年も高野山カフェin 丸の内ハウス』

 深夜に新丸ビルに畳を敷き詰め、フロアのあちこちに装飾を施して、朝が明けてしばらくしてようやく丸の内に高野山ができあがりました。
 写経や瞑想体験、お坊さまがたのありがたいお言葉をいただき、フロア全9店舗ではオリジナル精進料理がテーブルの上に並びます。
 どか、おいでくださって、心の隅々までデトックスしてください。

 『高野山カフェ in 丸の内ハウス 2011』
  @新丸ビル7F 丸の内ハウス
  9月1日〜11日 


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 こうやくん



『夏の終わりのヒロミゴー』

 本格的な夏バテは秋になってからやってくるといわれるが、まさにその予兆バリバリ。そんなときにはヒロミゴーが効く、というか、これしきで夏バテなどとぬかしてられないと反省させられる学びの場でもある。
 夏に疲れた某企業社長、第一子を身籠ったばかりで不安な主婦、チームの低迷に頭を抱える某球団職員、それぞれが究極にリフレッシュして会場を後にした。
 各々を見送りスターに一礼。出待ちのファンの中に同級生を発見! 何十年の時を越えて、スターを挟んであっちとこっち。彼女もまた、自分を確認するためにこの日を心待ちにしていたのだろう。
 人を幸福にする2時間を40年も続ける人の人生は輝き、その2時間を何十年も浴び続ける人もまた、ひかり輝く。スターとファン、運命的な繋がりは奇跡的な時間をつくる。

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『同姓同名』

 国後島でクリヤマケイスケという人が国境警備隊に拘束されたらしい。
 事後、新聞社から電話が入り、友人からはメールやFBで無事確認が入り、あわただしい午後であるが、俺は無事に世田谷で働いているのでご安心いただきたい。
 それよりも拘束されたクリヤマケイスケさんは無事だろうか。国からはロシアに「遺憾だ」とメッセージしているらしいが、なにごともなく外交カードに利用されることもなく、とにかくご無事でお返しいただきたい。
 



『夏 もうすこし』

 どしゃ降りの雨のせいで気温が30°を割り、はじめて秋の気配を感じた。震災のせいだろうか、今年に限ってそれぞれの季節の印象は薄い。めちゃめちゃ暑いけど、どっか冷めてる2011。
 桜の頃もそうだった、美しいけれど騒いじゃならん。けれど高校球児たちは遠慮なしに青春のすべてをかけて灼熱のグラウンドを疾走する。数千校が参加した夏の甲子園も残すところ2チームだけ。光星学院が東北勢初の優勝となれば、なでしこジャパン並みの感動巨編となるに違いない。けれど、日大三高は強い。
 明日は腰を据えて決勝戦を観る。野球がイチバンという高校生の姿を見ながら忘れ物を探しにいこう。その前にビールと枝豆は忘れちゃいかん。

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 いつものカフェ  なんかさみし



『新農地改革』

 Facebookにうつつをぬかしてたら4日もNIKKIをサボってしまった。夏休みだったということもあってかパソコンは閉じっぱなしで高校野球と戦争番組を観ながら枝豆つまんでビールごっくんという、何十年も変わらない夏おやじのスタンダードを地でいってしまった。
 東京の夏は変わったな。いや日本の夏そのものが。これじゃ亜熱帯だ。そのうちオランウータンとかニシキヘビとかが繁殖するんじゃないだろうか。とはいえ冬はビシッと寒いからそんなこともないだろうが。
 この不快な季節、なんとかしよう。前にも書いたと思うが国土のコンクリートを4分の1ひっぱがして農地にしよう。近隣住民には申し訳ないが、そういう方には恩恵を何か用意して、国土をあげてこの国の不快指数を下げるのだ。土地は肥え農作物は肥えストレスは軽減し体調は健やかになる。もちろん空気や水も浄化して、自然の恵みにあやかる新神国ニッポンを築くのだ。さすれば農家農業が増え「自給自足」という地に足着けた生き方がスタンダードになる。都市生活者はそのままにしておいて、希望者を募って本格的に農業大国への扉をこじ開けるのだ。
 俺、希望する。パソコンとかいろいろあれば、誰だってそこそこなんとかなりそじゃないすか? 


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 あついぞ にゃーご



『巨匠 坂田栄一郎』

 自分はつねづねヒヨッコだと思うが、それを直に気づかせてくれる人がいる。写真界の巨人、坂田栄一郎さんもそうである。御歳そろそろ70にしてギャルソンの着こなしもなることながら、人の厚みに感服するのである。誰かに対する前向きな思いやり、その思いは写真にも滲み出る。俺のようなガキが言うのもなんだが、人が人を撮るという写真の醍醐味を一枚のプリントで見事に表現されるのである。
 坂田さんは、明るく気さくである。俺のように笑いをとるための明るさではなく、根ごころがおひさまのようにキラキラしている。写真が大好きで、人が大好きで、そのふたつを結びつけることが大好きで…とても輝かれている時間を一緒に過ごさせていただきました。
 恥ずかしながら、お礼に一句。
 「坂田さん 指ほどかれて 美があふれ…」
 走り書きのように書いた筆紙を、そっと財布に忍ばせてくれました。

 せんぱい、俺、すごくうれしかったっす!


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 坂田せんぱいとケイコ•リーと。



『日本代表、美しき勝利』

 昨日の日本代表はすごかった。韓国相手にやりたいサッカーをやっていた。もちろんリスクは伴うが、試さなければ得られない多くの結果をもたらした収穫の多い内容だった。
 ああいう試合を観ると、若い人たちの物怖じしない姿勢というものを学び取ることができる。それを試す勇気だけではなく、準備してしてきたハイレベルな練習量とそれにともなう精神力さへも。常にいくつもの選択肢をもち、瞬時にどれを選択するか。ときにセーフティにときにリスクをおして勝負に出る。いくつものアイディアが重なり合い、より多くの攻撃パターンが誕生するフレキシブルなゲームだった。
 次に繋がる試合とはよく言うが、なによりも勝利することが次へのステップになる。基本的な意識に加え、どう勝つか、勝つためにはどう点を取るか。叩き込まれたいくつもの基本意識が戦術に厚みを加え攻守の転換を相手よりも一瞬早く切り替える。
 この国のサッカーは、なでしこだけではない。そう予感させる美しい試合だった。


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 きどってみました



『となりの高校、甲子園出場』

 地元の隣の高校が甲子園に出た。延長13回に惜しくも敗れたが、すばらしい戦いだった。
 昔は野球部の連中は夏の甲子園予選が終わると髪を伸ばして眉毛を抜いてブカブカのズボンを履いて2ケツで目抜き通りを流して野球部引退キャンペーンを行った。それからソッコー単車の免許とって、パンチパーマがかけられる長さになると、これまたソッコーで大仏様みたいなヘアスタイルにした。
 今は違う。そんなちっさな夏は過ごさない。甲子園への夏が終わったら次の夏を目指す。それぞれの夢の向こうに側にある次の夏。そこには大仏様もブカブカもない。
 そして次の夏に向かって、あらたな素振りとノックが始まる。
 青春って素晴らしい。
 関商工野球部諸君、ほんとに見事な戦いぶりだった。ふるさとに新しい夏をくれてありがとう!

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 なつー



『おくることば』

 ピッチに立つだけで映画俳優のような存在感を放つ。どこか松田優作を彷彿させる希有な輝き。プレーのひとつひとつから伝わる命がけな姿勢。クールでタフで強くてやさしくてガムシャラで、なにより純粋に生きた純情サッカー戦士。
 ナオキ、おつかれ。あっちでも存分にサッカーやってくれ。



『同級生のケイコ』

 同級生の圭子が娘のユリを連れてやってきた。圭子は十何年前から「圭衣歌」という網走のスナックの店名みたいな名前に改名したが、中1から「ケーコ」と呼んでいるので今更「ケーカ」なんて呼べない。ただ「ケイコ」は本名じゃなくなっているので、”えーかげんケイカって呼んでよ”とゴネる。
 圭子は強い女だ。逞しくてチャレンジもするし、その分リスクもとる。自分の人生は自分で切り拓くという信念をもっているから、常に生きがいを見つけてそれに邁進する。すごい女だ。
 圭子は自分磨きも怠らない。だから美しい。48歳でしか滲み出ない美しさがある。女性特有の美しさというよりは人間的なもののような気がする。だからいつだって輝いている。
 ただし圭子は俺よりもよく喋るので聞き役にまわることが多い。普通ならイライラして貧乏ゆすりとかしてしまうけど、町内のおばちゃんに話しかけられてるみたいなので、目の前に故郷の景色が広がってなぜか安心する。
 自慢の同級生だ。

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 圭子には 後光が射す



『ステンドグラス』

 手づくりはすごい。機械ではできないものを誕生させる。人の手を伝ってすこしづつ作られたんだなという物語を見せてくれる。スイッチをポンではなくて、机のうえに道具を並べてゴミ捨てて、「あれっ」とか「やっちゃった」とか「ヤベ」を繰り返しながら、予定とは違う方向へいっちゃうこともある。
 それが手作りの旅だ。完成した旅の産物を、贈られる方はもちろん、贈る方にも、新しい思い出が刻まれる。手づくりって、とてもいいのだ。


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 ステンドグラス 栃木産



『ちいさい『っ』のはなし」

 8月になったのに涼しいなぁ。やっぱ肘とか膝の裏がねちゃねちゃにならないと夏っぽくないなぁ。ついでに首筋も。なんにもしないのにジトっとしてムカっとしてムラっとしてスカっとしてグタっとして、夏にはちいさい「っ」が5個も入る。
 俺はスカっを求めて樫木式カーヴィダンスをやっているが(今日で3日目)だが、もれなく他の「っ」がぜんぶついてきた。3日間連続で樫木先生に話しかけられて仲良くなったみたいでテレがなくなった。DVDっていいなぁ。

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 本編とまったく関係なく 神々しい郡上の吉田川



『兄貴の誕生日!』

 きょうはお兄の誕生日。きんさんぎんさんと同じ。きんさんぎんさん生きてたら幾つなんだろう。好きだったなぁ、きんさんの奔放なかわいさとぎんざんの、”双子だけどあたし姉だからね”的なしっかり感。どちらも可愛いんだけど、質がちょっと違ってた。
 なんで人間は歳とると可愛くなるんだろう? 赤ん坊から幼児までと、それから年寄りになってから。思春期から中年までよりもバツグンにかわいい。特に女子、若い頃いくら美しくても、その美貌が賞味期限をすぎたら内面の可愛さがキメテである。
 俺もおっさんまっしぐらであるが、そろそろ愛される老人めざして日々を生きようと思ってる。
 いかん、お兄の誕生日となにもカンケーないじゃないか。

 では記念すべき53歳の誕生日に、まずは謝罪から。
 8歳のとき、50円ぬすんでごめん。

 兄弟合わせて102歳。まだまだきんさんぎんさんに届かんね。
 がんばろまい!
 
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 おめでと ヨロシク!



『おなかメラメラ』

 ここしばらく、カラダもそうだが胃腸にかなり負担をかけたので、この週末は穏やかな食生活を送っている。といっても昨日は中華街で四川麻婆(店員に、激辛アルヨとコメントされた)と海鮮黒炒飯と小龍包くってしまった。しょうがない、”美味い”と言えるコンディションになったのだ。ただ飲み物はラテをホットで、胃の粘膜保護のため。
 今日は納豆、野菜スープ、ヨーグルト。雑誌かぶれしているOLみたいなメニューをこなしている。そして90分マッサージ&針治療。鉄板と呼ばれる背中がようやく少しほぐれた。
 50を前に決意した。週末は寝る、食わない、サジマ、針、あとカーヴィダンス。実はさっき初めてやってみた。ゆるカーヴィとメラメラカーヴィそれぞれ10分で計20分。腹回りがメラメラ燃える自覚症状はあるが48歳の樫木先生にもメラメラした。アッキーナがあと20年したらきっとこんな感じになるんだろうと思いながらメラメラしたので、それほど疲れなかった。

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 40周年ライヴをささえる神の手



『49歳と1日の日に』

 苦手苦手と言って今まで逃げてばかりいた誕生会でしたが、温かな御心のみなさんによくしてもらって素敵なメモリーになりました。小学校6年のとき以来の誕生会。37年前はともだち5人よんで、おふくろがお客さんパーマあててる間にちゃちゃっとカレーつくってくれて、それと不二家のプリン食っただけだったけど、昨日ははじめて豪快にやってもらった。これ以上照れられないという限界点まで照れて汗だくになり、ヘトヘトになった。みなさんのおかげで『した!』

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 黒板活用例



『49になりました』

 事務所に来たら陽子せんせいからおひさまのような花が届いていて、まじブルッとなった。わざわざ安曇野から届けてくれたんだいね。早くそばが食べられるようになるといいだいね。
 フントにフントにありがたいことだいね。健吾ってゆーか和成、陽子をたのむで!

 みなさま。おっさんの誕生日をいわってくれてありがとう。感謝して毎日をがむばります。

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 うれしかったわ



『am 代官山』

 ひさびさに代官山の路地裏あるく。OKURAの裏あたり、てぬぐいの「かまわぬ」の硝子細工風鈴で涼み、ひとときの避暑に浸かる。
 午前中の代官山はなぜかせつない。そもそも人がごった返す前の街とはそういうもので。新宿、渋谷、銀座、巣鴨でさえ早めのAMはなぜか…。
 散歩ついでにカレーパンを購入し、昨日の夕飯もカレーで今朝もカレー、さっき学食(go slow cafe)で危うくカレー注文しそうになったが、ふと気づいて急ブレーキ。納豆かけ豆腐を注文したらきゅうりがふんだんに入っていたので厨房のミホちゃんにヘルプしたら、きゅうり抜きに代えてくれた。そのやさしさに投げキッスで返したら、てのひらパタパタされた。

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 ねむい 



『先輩退院』

 大久保さんが肩のケガで入院していたのでなかなかご一緒(飲み)できなかったが、晴れて退院されたので、木梨先輩仕切りでいつもの蕎麦屋いつものメンツ呑みを開催した。
 とはいえ大久保さん、頑固なまでにノンアルコールビールに徹するの巻。オレたちのシュワシュワ光線を全身に浴びながら、かたくなにNO~nnアルコール。慣れない左手の箸使いのため、刺身や炙りものに逃げられ、それでも必死で追いかけ箸をする健気な姿に、誰からともなく「食べさせてあげましょうか」の声声声。
 「わるいけど介護にはまだ早いんでヨロシク!」とROCKで一蹴!
 大御所、すんませんでした。

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 大久保さん 退院記念に「ペレ」入れてもらうの図



『日向子(ひなこ)うまれた』

 「おひさま」真央ちゃんが女の子を産んだ。助産院でイキむシーンが5分ぐらい続いたんだが、旦那役の健吾より確実に心配した。なんでオレまでイキむんだと馬鹿馬鹿しい思いにかられながらも、無事産まれたときには涙が落ちた。月曜の朝からなにやってるんだ。でもこれ観ないと週がはじまらないし。
 出産祝い持って真央ちゃんとこへ尋ねようと思うけど、すでに現場はなかり先のシーンに行ってると思うので「は?」と言われるのがオチである。忙しそうだし、しばらくは朝8時にお顔を拝むことにする。

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 うまれたぞ 



『夏までに論』

 ヒロミさん、NHKホール観てきた。キレまくってたなぁ。
 雑誌「TARZAN」やってたころ、『夏までに…』シリーズというのがあって、…逆三角形にとか、…6パック腹筋にとか、最近では…細マッチョとか伝統は続いているみたいだが、そもそも夏を目指すならせめて半年前から準備しないとかなりムリめなテーマであることだけは言っておく。
 たとえばー5kg。これを1ヶ月で達成すると半年かけて達成するのとでは皮下脂肪のたるみ加減に大きく差が出る。ゆっくりじっくり落とせばゆっくりとボディラインに馴染み、急激に痩せれば皮下脂肪はビヨーンである。
 郷ひろみに限っては太る痩せるは論外で、60本のステージをこなすために食べて(肉体を)つくって、当たり前のようにステージで消費する。何十年間も怠らない準備が今日のステージに輝きを添える。御歳55歳。説得力にもホドがある。
 ここ2、3日涼しいからといってにわかジョギングをして、この夏勝負をキメようなんて思っている方がいたら、即お止めを。来年来年、それ目指してひと月続いたら、それでも達成率50%ぐらいの気持ちでゆっくりと夏を目指せ。
 ダイエットでもシェイプアップでもビルドアップででも、即効性を求めるからダメになる。それまでやっていない肉体が急な変化に耐えられるわけがない。ついでに禁煙も。
 オレ、もちろん来年メザシ、この夏はビールを控えるにとどめる。

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 オルガンのオムライス 郡上地味噌デミグラス バツグンうまい



『東京のよる』

 友人とメシ食いに行くかということになり、何食う?という流れで、そーだなークルマだから飲めないし、土用の丑の日だからうなぎ食いに行こかということになったが、東京で美味いうなぎ食わせてくれるとこは一軒しかないし(当社比)、平日でも満席だからたぶん無理だろと睨み、丼ぶりつながりで親子丼はどうだ!と提案したら全員一致の大賛成となったので、早速、親子丼目がけて下町へ激走した。(※全員一致とありますが、俺とそいつ、ふたりだけです)
 1760年創業、人形町の「玉ひで」もいいが、対抗馬的な店はないかと探していたら、ツレが「たしか湯島天神にあったで」とヒントをくれたので、なんとかケータイで調べ上げ、「鳥つね」という店ののれんをくぐった。
 「鳥つね」やるわい。あれ、「玉ひで」のお客さんに内緒ですり替えて出したらどんなリアクションするんだろ。”なにコレ、いつもと違う味じゃない、んもうー…でも、ありかも。ってゆーか、味変えたのかしら。ダメダメ、それじゃのれんが泣くわ。そーだ、いいこと考えた! いつものと、今日のコレと、ふたつの味をメニューにのせればいいんだわ、サエてるぅ〜、ア タ シ”という展開もそここそこ読める。
 いやいや、ごちそうさまでした。まさか「マハカラ」のプリンと同じ卵使ってるとは思わなかった。
美味いはずだ。あの卵だ。あのとろ〜り感だ。あのふわふわ感だ。あのじゅるじゅる感だ。
 「鳥つね」を出ると、向こうっかわにスカイツリーが見える。”見てーな””そやな”。で、GO!
 近づけるギリギリのとこまで行ってみた。とてつもなくでかくて震えるぐらい怖かった。こんなもん人間がつくるのかよ! とミムラ的にツッコミたくなった。帰り道、東京タワーが控えめに電飾をキラキラさせてた。”どーせ、ボクの時代はおわりです”って、そんなことないよ。君がいたから俺はこの街にきたんだから。10歳の夏の写真、君は俺と兄貴の間に背比べをするように映ってるだろ。俺も兄貴も背が伸びて、そして君よりも背の高い弟ができただけの話だよ。これからもよろしく。
 肌寒い夏の夜、ささやかな東京めぐり。

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 20世紀少年の巨大ロボットみたい こわすぎる
 



『プロペラ機、ぐらり』

 ロケーションサービスの手塚さんがシナハンのために隠岐の島に行ってくれた。シナハンとはシナリオハンティングの略でロケハンとはちょっと違う。撮影地を決め、もすこし突っ込んだところの行程である。 昔、カメラマン木村はロケハンの意味を「ロケ半分」と解釈して、マジでもう半分は遊べるものと勘違いしてバンコクロケにトロピカルグッズセットを持参したのは有名な話である。あらためて説明しておくが、ロケハンとは「ロケーションハンティング」、撮影場所の下見を意味する。
 さて、シナハンであるが、この台風の折に大丈夫かいなと心配していたら、案の定、プロペラ機が離陸直後に引き返しても一回着陸。プロペラ回したまましばらく待機ののち、ぐわんぐわん機体を上下左右に揺らながらどうにか島にたどり着いたらしい。
 そんな話を聞いてるだけで具合が悪くなったので、肝心のシナハンの報告は後日、ということにしてもらった。飛行機嫌いを自負している俺だが、人が乗った飛行機のあれこれを聞くだけで気持ち悪くなってしまうとは重症だ。10月までに2回は隠岐の島に飛ばなければならんというのに、俺だけフェリーか高速船にすっか。といいつつ、5年前に石垣島から波照間島までの高速船でQeeen聞きながらゲロ吐いた覚えがある。ありゃ揺れる、かなりドSに揺れる。
 なんとか電車かバスで行けんもんかね、隠岐の島! でもそれが島の良さってもんか…


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 ぺろっ



『深夜の学校』

 忘れものをして深夜2時半の事務所に入った。事務所といっても旧中学校である。リアル肝試しである。しかも台風である。頼むから廊下に電気ついててくれっ……NOぉ〜 せめてどっか事務所に灯りが点っててくれ……NOぉ〜  
 なんだよなんだよ、いやなんだよこえーのは…廊下しーんっっっ、階段しーんっっ、しかも外灯のせいで影がついてくる。ヒタヒタヒタ。3階、やっと階段の電気を点ければいいことに気づく、が、緊張でどこにスイッチあるかわからん。影が俺を覆う、やめろカゲ、ドツくぞ! だめだ、迫力ない。
 事務所前、また緊張、鍵穴にうまく入らない、まるで中3の夏のようだ。もうヤだ。泣く。腹いたくなってきたけど学校の便所じゃ無理。246のコンビニで便所借りて、申し訳ないからBio買って帰る。
 情けない一日の終わりだったわ。なんで49にもなってお化け怖いんだろ、ってゆーかお化け会ってないし、勝手にお化けシチュエーションに追い込んでるだけだし。今の事務所好きだけど、そこが泣きどころ。学校って、陽のあうるちはなんだかんだ青春イメージ全開なのに、なんで夜はお化けなんだ。でも「お化け」ってかわいい名前だなぁ。って家に帰ってちょっと余裕でました。

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 ねこもカンジだして…



『スポーツ平和党の復活を!』

 沢選手を見ているとどこかヤワラちゃんにかぶるところがある。切れ長の目だからということではなく、どこかがかなり。それが背負ってるっていうことかもしれないが、引っ張る女ならではの腰のすわった感じが溢れ出ている。
 まさか沢選手は出馬などしないだろうが、安易に触手を伸ばしてくる政党もいることだろう。
 昔、スポーツ平和党という部活みたいな政党があったが、確かにスポーツは国難に瀕した日本国民に笑顔をもたらしてくれる。今回のなでしこの例が顕著だが、報じられるニュースが躍動的で明るければ、どういううわけか見ている方も嬉しくなる。それがスポーツの力である。
 そこでスポーツ平和党復活を! 政治の中枢には全く触れず、あくまで国民を励ますためだけの部活的な役割を担う政党を。スポーツをして仲間を作って目標を掲げ、それに向かって頑張って、勝っても負けても泣いて、反省会で飲み食いして経済効果もたらして、カラダと精神鍛えて、ちょっとぐらいのことではメゲない人間づくりに重点を置いた体育的政党。
 さて党首は? うーん、困った。白鳳はモンゴル人だしヒデは旅人だし、イチローは小難しいしダルビッシュやマー君や遼くんはまだ早いし、ってことは現役選手はムリといて、やっぱイノキさんとかになっちゃうのかなぁ。なんでも「ダーっ!」ってそれも不安だし。もう少し考えてから発表しよう。
 案外とんねるず、っていうのがベストかも。

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 ねこ おきた



『祝なでしこ!』

 やったな、なでしこ。最高の寝不足だ! 来年は穂希(ほまれ)ちゃんという女の子がいっぱい誕生するんだろうな。朝5時まで飲むことは少なくないが5時から飲むことは珍しい。夜が明けるのを見ながら祝杯、いいもんだ。おかげで今日はすでにぐだぐだ、なでしこのせいだっ! ビバッ、グダグダっ!

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 早朝から ゆめごこち



『連休中日』

 とりあえず仕事はあるが連休の朝は気が抜けていいものだ。仕事といっても、短パンポロシャツ中折れ帽にビーサンだって許される。休日もスーツ着るリーマンには申し訳ないが、そんなカッコでも真面目なつもりです。アベックとファミリーごっちゃごちゃなヨコハマへ、いざ今日も。

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 まなぶべきことばのかずかず



『とりあえず3連休』

 3連休、らしい、が、これからヨコハマへ。ほとんどの人は土日祝日が休みだが、そういう日に張り切って働く人たちがいる。今週は後者側に寄った週末になりそうでねこのようにゆっくり寝ていられない。
 3連休の目標はマッサージと水泳を2回。ジミな目標だが、そろそろなまった肉体を叩き直さないとヤベーのだ。週が明ければまたまた東京以外のことでいろんな話が待っている。地方地方といっても日本なんてどこでもちゃちゃっと行けちゃうから都合がいいのか悪いのか。
 30年前に上京したときは、どんなことがあってもずーっと石のように東京にいるんだろうなと思っていたが、年間4分の1はどっかに居る。それを面白がれる年になったから不思議なものだ。
 久々、中華街でぶたまん買ってくる。


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 夏は もすこしねたい



『夏のお風呂セット』

 ランチ食って腹いっぱいになってトゥモローランド入ったら、気持ち良さそうなお風呂セット(というかシャンプーとリンスとボディ洗浄料)があったので大人買いした。「気持ち良さそう」に+して「美味しそう」なのである。とかくこの季節、ラベルは美味そうか美味くなさそうかが購入に大きく左右する。しかもデザートっぽければなおさら。
 まぎれもなくコレは美味そうで食べたいのであるってゆーかペロペロしたいかんじ。リーフレットによれば、きりっとサッパリ朝用とか深ぁい癒しの夜用とか洗浄料にもいろいろあるが、俺のように飲んで帰って来て夜か朝かどっちつかずの時はどれつかったらいーんだろか?
 まぁいい、これが風呂場に並ぶだけで確実に涼しそうな景色になる。それにしてもこんなバリバリ女性っぽいデザインものをレジに持っていくときの恥ずかしかったことったらもう…

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 みんな並んで記念撮影 左側シャンプーチーム 右側ボディ洗浄チーム



『大井競馬場にて』

 一昨日、自転車屋さんの長男の先輩に大井競馬場に連れてってもらった。競馬など無縁の俺だが、「ツインクル」なる響にはなかなか心打たれたのである。東京の湾岸ちかくのだだっ広い地ベタをお馬さんがパッパカ走る。その光景を純粋に美しいと思う俺の背後で、自転車屋の長男はイケーっ! サセーっ! と鼻の穴全開で絶叫する。
 前方はロマン、後方は修羅の群れ。トワイライトな場面で出走馬を白馬にかえてプロポーズ寸前の男女がいたが、彼らの背後からもワイシャツべっちゃべちゃにしたおっさんたちが眼鏡をくもらせてギャースカわめいてる。あの状況をものともせず肉体を絡め合ってたアベック、あれはある種のプレイだな。騒音があればあるほどに燃えるっちゅーかふたりの世界に没頭するコンセントレーションプレイ。
 参りました。
 大井競馬場6オクロックPM また連れてってください。

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 自転車屋の長男の先輩からいただいた 夏帽ふたつ



『九死に一生』

 昨日、インタビューしようと黒い巾着からICレコーダーを取り出したはずが、巾着からは古いケータイが2つ出てきた。これで何をしようというのか? その場は爆笑をとれたが、実際は録音できない現実に青ざめた。
 ところが、インタビューする人の大ファンだということでちゃっかりついて来た出版社の女子が奇跡的にバッグの中にレコーダーを忍ばせていてくれたから事なきを得た。ピンチを救ってくれた女子に感謝の気持ちとして、大ファンだというKさんとの2ショットをカメラマンに撮ってもらった。撮ったの俺でなくても、撮ってくれと言ったのは俺だから俺の手柄としたい。
 昔から九死に一生を得るといわれるタイプだが、今回もまた救われた。ありがたきかな、我が人生。

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 上がレコーダーで下がケータイ 
 同じ巾着だからややこしい



『きょうも、ねこ』

 ねこ、ハマるな。写真を載せるだけでいいひとに思われる。しばらくこのパターンでいくことにした。
 一度に2枚以上写真を貼付けることができないので毎日一枚だが、そのうちミニ写真集みたいな日記にしてやろうかと思ってるが、たいへんそうならやめる。
 ところでこのねこ、どこのねこかはいえないが、普通の雑種でキジトラ柄というらしい。仕草や動作がまるで人間で、定期的にパチりさせていただいている。人間はカメラ向けた途端につくるが、ねこはねこのままを出す。べんきょうになるし、とうていかなわないのである。
 
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 また ねのポーズ



『きょうのおれ』

 かぜひいた。ねむい。でも今日は新連載のインタビュー。まして大好きな人である。それまでは思いっきり具合悪いアピールして誰かれ問わず”だいじょうぶっ?”って言われたい。”ぜんぜんだいじょうぶっ!”と健気な一面を見せて好感度をアップさせる作戦にでようと思ってる。
 さて、ザギンいくか。
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 きょうも おれ、ねこ な感じです



『おれ、ねこ』

 昨日、慣れない場所に行ったもんだから今日は一日どろんとしていた。
 だりーしねみーしさみしーし、なんか珍しい日だった。
 きょうはたんと寝る。

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 こんなかんじで



『デビュー』

 facebookとやらに登録したが未だなんのことだかさっぱりわからない。ただいろんなことがあったら伝える係なのでとりあえず仲間に入れてもらうことにした。
 それにしてもわからん。ツイィッターというのもどこか違う星で行われているような気がする。いや何万年後の人類の交信かも。
 そう、「係」。いろんなことを裏側でやる係として。一日5分間だけフグに聞いて学習する。ダメならヤメる。そんなこと胸はって言ってるようじゃそもそもダメなのでありんす。

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 さすが仏大使館 エッフェル塔でござ〜る



『フランス大使館っ!』

 郡上八幡のレストラン『ORGAN』がダイナースクラブフランスレストランウィークからの依頼を受けました。
 11日、フランス大使館で公式記者会見があり、シェフのみーちゃんが10月に渋谷の名店「ラ•ブランシェ」のBIGシェフ田代和久氏とともに厨房に入り腕を振るうことになったのでありんす(JIN調に)。特別後援はフランス大使館という冠付きで全力でたまげてます。
 だいたい「館」というところは体育館と秘宝館と国士舘しか入ったことのない俺が、大使館で半日を過ごし、そのアウェー感に思いっきしヤラれ、三重まぶたになっています。
 とにかくめでたい。一連の『ORGAN』騒動ですが、断片的に書いているだけなので一度まとめてレポートします。なにが『ORGAN』で、なんで『ORGAN』で、どうしてテレビや雑誌やラジオやフランス大使館やのりさんや南朋が『ORGAN』かということを。

 しばし待たれよ。
 
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 フォール駐日大使をはさんで そうそうたるシェフのみなさま
 こっちからふたりめがみーちゃん ひとり郡上藍染めTシャツ イキっ!



『踊りはじめ』

 ここんとこ週末はいつも郡上八幡だ。しょうがない、ちょっとしたことを買ってでたんだから、いなきゃ無責任男である。それはご免なので週末は郡上の人になる。
 毎週行ってるのに今回は郡上が劇的に顔色を変えた。郡上踊りとともに夏を連れて来たからだ。
 それを『発祥祭』と云う。400年余り継がれている土地の踊りが解禁になる日のことだ。昼間の気温は37°。あまりの暑さに空もボーっとして闇を落とすのを忘れたのだろう、踊りが始まる7時半を過ぎても空は青い。そして全国からこの瞬間を待ちわびた踊り人たちが、『古調かわさき』の囃子と同時に下駄を鳴らす。これから2ヶ月もの間、郡上には水と鳥と虫と下駄が鳴き続ける。
 今日はメーテレ『UP!』で、明日は東海テレビ『スーパーニュース』で、夕飯時のちょっと前あたりらしいけど、東京は見れない。少し気がかりだったORGANのランチだったが、心配は無用であった。オムライスon郡上地味噌のデミグラスソース。あいつら、やるわい。なんか急に殿様語になってきた。これも暑さのせいか…

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 からんころん 夏がきた
 



『パンのはなし』

 知らなければそれなりに過ぎていた人生が、知ってしまったからそれなりでは済まされなくなってしまった。パンの話である。とりわけ食パン。金銭的な概念などこっぱみじんであり、それをトーストで食べてしまったが最後、それなりの人生は無惨にも砕け散り、そこにはあらたに興奮のコンテンツが加えられた。
 食べなきゃよかったよさへ思う。が、もう遅い。恋と同じで、好きになってしまったら最後なのだ。
 この先、これ以上のパンに出逢えるとは到底思えないし、おそらく不可能であろう。つまりは、最初にして最後の恋人と出逢ってしまったのだ。
 恋人の名前は『recette』 パン好きな方々にしてみれば、今さらなに言ってんのテキな感じかと思われますが、なんせ食パンに恋したことなどなかったものでして…
 はつこい…ですな。嗚呼、毎朝トースターからボヨンと飛び出すまでの2分間が死ぬほどに待ち遠しい。人よりもやや頑丈な前歯でサクリと生地を貫き、パンの内蔵部に歯がおよぶころ、口元から伝達された興奮と感動が、右脳も左脳もごちゃ混ぜにして、脊髄あたりでピクピクする。
 たかだか一枚の食パンにラブレターを綴る俺って…このまま書き続けると確実に朝を待たずに食っちまうことになるのでもーやめとく。
 時に午前3時。5時間後には恋人にあえる。ぐんない。
 

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 郡上地味噌パン 生まれたばかり 誰かのお口で またあらたな物語
 



なつがみ

 髪の毛きってもらった。さっぱりしたわ。ありがたいありがたい。実家が美容室なのにサロンに行くのがこっぱずかしくて、ようやく入れるようになったのが中目の『kisai』さん。きってくれるのはいつもユキちゃん。おじさんの頭皮をさわらせて申し訳なく思っています。

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 ユキちゃん 金沢で外人にまちがえられたらしい



『福島レストランORGAN郡上八幡で復活! その2』

 またまた詳細はあらためてということで申し訳ありませんが、とにかく素晴らしい時間だったことだけは報告しておきます。
 それにしても役者さんはすごいですね、山間の町に行っても役柄で呼ばれて酒を酌み交わすのですから。年輩の方もお見えになった場面ですから、「武市半平太さん」というのが最も多かったですね。「はい、武市です」という返しもサマになってました。
 
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 郡上本染 渡邊正吉さん家で 大森南朋くん



福島レストランORGAN、郡上八幡で復活!

 レポートはいずれゆっくり詳しく。
 東海地方のみなさま、7日の夕方CBCテレビ『イッポウ』あたりからご注目を。
 そのあとも続々と。
 7月5日発売雑誌『ソトコト』でも6ページにて紹介されていますので、こちらもどぞ。

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 のりさん 郡上八幡小駄良川でじゃぶじゃぶ



『復活!』

 明日7月2日。岐阜県郡上八幡にて、原発問題により閉店を余儀なくされた福島県富岡町のレストラン「ORGAN」の復興お披露目会を行います。ORGANの復興を支えてくださった方々と、地元のたくさんの皆様に、福島の食材を郡上のものにかえて、それまで通りの料理をお届けさせていただきます。
 ようやくこの日を迎えることができました。郡上全域の皆様に、心より感謝いたします。

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『わんがいた』

 ものづくり学校ではいろんな人が個展とか展示会とか発表会とかやります。その多くはアーティストと呼ばれる人が多く、でなければ予備軍かクリエイターです。
 先日もマルチプルスペースを覗いてみると、オオカミ犬のようなワンがベロ出して挨拶してれくれた。彼女(♀らしい)がアーティストだとは思わないが、その風貌はアーティストやクリエイターを完全に喰ってました。
 どうやら洋服屋さんのコレクションっぽかったのですが、デカいなりして優しい眼差しでご主人の女性の膝元にずっと身を寄せて、希薄になった人間社会の関係性よりも確かなものを感じました。

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 ハスキーとシェパードのハーフだったっけ?



『神聖なる滝を前に』

 隠岐の島をガイドしていただき、史に名を連ねる断崖40メートルを滑り落ちおる「壇鏡の瀧」に見蕩れていたら、お隣の「壇鏡神社」で賽銭泥棒が発生し現場検証が行われていた。
 バチ当たりがいるものだ。けしからんっ!

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 ほら



『プロペラ機』

 苦しめられたプロペラ機。往復どちらもプロペラの真横の席で、そのうちポロっと外れるんじゃないか的な恐怖を堪能させてくれる肝試し機である。離陸直後の大旋回と着陸直前のバウンドのような揺れ。そのへんのホラー映画よりよっぽど怖いし、マジで死ぬかと思う。
 怖いついでに一回操縦席に乗ってみたい。

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 写真で見ると清々しすぎるのだが…



『隠岐の島の酒』

 島根県隠岐の島に行って来た。伊丹空港から4年ぶりのプロペラ機は4年分揺れた。いつものことだが、両手を握り合わせて汗ぐちゃぐちゃになって喉元に酸っぱいもんがこみあげてきて自力で戻した。
 トビウオ、ヤリイカ、生タコ、サザエ、岩ガキ、めかぶ、ボタンエビ、酒が進まんはずがない。島の人は今時の甘ったるい酒とかチューハイはすすめない。あくまで地元の酒「隠岐誉」コレを常温でがんがん呑く。コレに飽きたらコレの親戚みたいな酒をがんがん。「コレはコレよりも3倍ぐらい甘くて、コレは4倍ぐらい辛い」。どれがコレかわからないが、島の酒は常温でイクのがたまらない。甘い刺身醤油にあきたら塩で口元に運ぶ。また酒が引き締まる。
 調子ついでに島一番の美人ホステスがいるというスナックでYAZAWAを熱唱し、ぱらぱらと拍手をいただきご機嫌で宿に戻り、船着き場のイカ釣り船を眺めてから寝る。
 二日酔いまるでなし、すごいぞ隠岐誉!

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 何十年も前の 島のこどもたち



『打ち合わせと清水圭』

 打ち合わせ連発の日は疲弊する。前にも書いたと思うが1本2時間はかけないとちゃんとできないので(余談が1時間以上あるから)4本で8時間となるから本当にしんどい。
 近くに清水圭ちゃんがいるというので息抜きついでに顔出して、しょーもない話を30分、初対面のみなさん4人を交えてうだうだ。これでかなりまぎれる。持つべきものは20年モノの友人である。そして学校にもどってまた2時間と40分。夏至の次の日はやっぱり陽が長い。 
 明日は隠岐の島まで飛びます。

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 圭ちゃん 明日で人生半世紀 おめでとさんです



『郡上踊り in 青山』

 先週の土日、青山の秩父宮ラグビー場駐車場で「郡上踊り」が開催された。郡上と青山は深いゆかりがあり、ゆえに都会の真ん中で郡上踊りというわけである。
 今年で18回目を迎えたそうだが、来場者の中には熱狂的な信者がいて、奇抜なコスプレでダンシンしている人もちらりほらり。ルールや振り付けはあるが、独自のスタイルで楽しむあたりがラテンでよろしい。
 俺はもっぱら鮎の塩焼きと焼きハム目当てで、缶ビール握りしめて踊りのある景色を眺める専門。神宮の杜にお囃子が響くのはなかなか機嫌がいいのである。
 とはいえまだまだ伸びシロのあるイベントである。1アイディア1コンテンツ1汗かきで、もっともっと周知を得、さらなるエンタテインメントに昇華するだろう。なんでもかんでも首突っ込むのはよくないので、来年もギャラリーとして楽む宣言であります。

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 郡上の世話人 とーるちゃん(えーひと)



『よい朝』

 月曜の朝は占いのようで、素敵なことがあったり清々しい気持ちになれれば、一週間ずっと良い時間を過ごせるような気がするし、逆だと憂鬱な週を覚悟してしまう。
 今日の朝は格別だった。大好きな女優と大好きなアーティストが対談するというのでお邪魔させてもらったのだが、それはもう感極まる思いだった。俺の役割はなにもなく単なるギャラリーなのだが、何の役割もないから遠慮なく感激させてもらうことができた。ほんと今日ほどこーゆー仕事をさせてもらってありがたいと思ったことはなかった。
 事務所に戻ってパソコンを開けてみると、もうひとつ素晴らしいことが実現しそうであることを確認した。ひとつひとつのことが確実に繋がっている気がする。どの部分を欠いても実現しないだろうなと思いつつ、ひとつも欠かさずちゃんとやれてるんだろうかという疑問も満載だが、ともかく月曜日の朝を気持ちよくおくれたことを実感している。
 コントンの月曜ランチのローストビーフも抜群だった。なんか、ぜんぶにありがとう! そんな気持ちでごんす。

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 気分いいので かっこつけた



『GOLF』

 久しぶりにゴルフやってきた。今年最初どころか、去年の11月から先輩のトランクの中にキャディバッグが眠りっぱなしだったらしく、昨日慌てて持って来てもらった。実際のところどこにしまっておいたか忘れてて、貸クラブでやろうと思ってたぐらい管理能力&記憶力がない。
 スコアはともかく(というか教えない)、ゴルフ場は気持ちがいい。ウグイスが絵の吹き出しのような声で鳴いてくれるし猿もヘビも登場する。ヘタな動物園よりも緊張感があって楽しいのだ。
 健康のために、なるべくカートに乗らず歩いてまわった。ふくらはぎが悲鳴を上げているが、筋肉の叫びはカラダに良い証だ。もっと叫べ、ふくらはぎ、ふともも、ケツ、コカンセツ!
 浴室には誰もいなかったので、先日やったヨガのポーズを湯船でやった。なかなか露(あらわ)な恰好である。これ混浴でやったらちょっとしたプレイだわ。
 昼メシにステーキ丼ではなく豚の生姜焼き定食をチョイスしたあたり、かなりヘルシー的に進歩したが、帰り道にセブンイレブンで昆布のおにぎりと唐揚げ棒2本とジャイアントコーン買い食いしてしまった。今日ぐらいはいい! いいことにする! ほんとはコーラと缶コーヒーも飲んだけど。

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 みのちゃんと



『ヨガの翌日』

 昨日、学校内で行われているヨガに挑戦したら、自分のカラダの効かなさに哀しくなってきた。高校時代までは軟体動物とまで謳われたマイボディが、肩越しに振り返ることすら出来ない(百恵ちゃん風にね)。
股関節なんかまるで借り物のようなぎこちなさだ。肩甲骨、肘、膝、股関節、足首にいたるまで、フィギュアのように誰かの手を借りないことには屈曲しないやるせなさ。
 これではいかんと、夜中に酢をたっぷり含んだ麦焼酎のりんご酢割を数杯飲み、さらに先日、池袋サンシャインの沖縄物産展で購入したシークァーサーの原液をどぼどぼ注いだ酎ハイを2杯飲んだが、一向に柔軟性は向上せず。そもそも飲んですぐ効くわけがないし、未だに酢を飲めばカラダが柔らかくなるという迷信を信じていること自体が昭和テイストなのだろうか。
 おかげで下痢した。現在午後1時半だが、すでに6階便座に座っている。
 さすが原液シークァーサー、デトックス効果もすばらしすぎる。

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 246への抜け道 首都高 青空 気持ちいい



『カレー好きなもので』

 カレーが好きでたまらない。12年住んだ中目でも名店が多かったが、三宿界隈でもそれなりのカレーは食える。そもそもカレーが美味くない街は失格である。ウマいウマくないの基準は自作のものとの比較。悪いが俺のカレーは美味い。市販のルウを3ブランドまぜ、コーミソースとハヤシドビーでシメる。
 どちらも東海地区でしかお目にかかれない代物だが、これらがカレーに魔法をかける。肉は鶏限定。あとは玉ねぎだけというのが基本だが、気分でアスパラをトッピングする。時にチーズも。
 さて自作のカレーを誰と食べたいかというのが問題だが、まずは陽子先生と今朝卒業したばかりの国民学校の六年白組の子どもたち。次は少女時代とKARAにふるまって美味しいですぅと褒められたい。
 
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 こぱ〜んのカレー この世で3本の指に入る絶品



『蕎麦屋ブーム』

 梅雨らしい日曜日。趣味の洗濯干し午前中に限定だな。半乾きのまま部屋にとりこむのは心が萎えるが、この季節は仕方ない。扇風機をあてて完成としたい。それにしても暖簾が並んだようなリビングの光景はいただけない。早く明けろ、梅雨。でも来るな、猛暑!
 金曜日に学校の入居者のみんなと蕎麦屋へ行った。蕎麦を食うのが目的ではなく、つまり呑みに。みなさんで、ものづくり学校をもっと楽しくしようという健全な会合。組合でも集会でもなく、ただの寄り合い。
 今回もおやじばかりがメンツだったが、最近は飲みの席を蕎麦屋が占める確率が高い。おやじたちの聖地だ。夜の蕎麦屋では飲んで食って最終的にちょっとだけ蕎麦をずずっとやればいいということが分かった。料理も比較的ローカロリーのものが多いし、珍味なんかも出てくる。時にはオヤッというような代物まで登場して、実はマイブームなのだ。まだまだひとりでは行く度胸ないけどね。
 かといって肝心の蕎麦が美味くないと話にならん。たとえ最後まで蕎麦に手をつけなくてもだ。真央ちゃんも蕎麦屋に嫁いだことだし、この夏は蕎麦サマーを満喫する予定である。
 さて、これからブクロに出掛けてちょっと仕事してくる。

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 ここは蕎麦屋ではなく いーかんじのゆるカフェ(中目)



『26年来のスナック』

 旅の最終夜は岐阜の弥八地蔵裏のスナック『こぱ〜ん』へ。26年前から行きつけのスナックである。スナックといっても料理は絶品で、レストランとして利用する客も珍しくない。
 飛騨高山生まれの殿と姫は還暦を過ぎても若々しくアチチである。あの頃の常連は数えるほどになってしまったらしいが、それも水商売の定めと振り返ることなく明るく店を守っている。
 食えない時に米とほうば味噌と家庭用品を送ってくれたお礼はまだできてないが、岐阜市に行ったときにはかならず顔を出している。相変わらず馬鹿デカい声ではしゃいでしまうが、昔とおんなじ穏やかな笑顔で包んでくれる。どこか肉親ぽくもあり、けっきょくいつも甘えてしまうのである。
 ありがたいことです。これからもよろしくお願いしたいのでどうか健康で長生きしてください。

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 あれから26年たちましたね



『カタカナ的に』

 生きているうちにやらなければいけないことはいろいろあると思うけど、今、それを実感することがある。その為に2週間毎に郡上八幡に向かい、そこで気づいた問題を持ち帰り世田谷から操作する。
 クリエイターとかプロデューサーとかカタカナで呼ばれることが多い自分がやれることはやはりカタカナ的なことが多いけれど、であれば胸を張ってカタカナ的に向きあおうと決めている。
 新聞報道された以上はもう隠してはいられないが、とはいえやることは着実に一歩ずつ。3歩下がることもあるだろうけど、長い目で見ればそれもまた進歩と捉えたい。視界も気持ちも健やかで、ほんのりではあるが充実感を感じる毎日である。
 
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 この景色の中で ひとつひとつ創っていく



『レトロ』


 レトロな建物を見ると反応してしまう。保存願望があるのだろうか、とにかく昔からレトロという響きに弱い。ブランド物っぽい響きだし…
 すでに俺そのものがレトロ化してAKB世代の人々には昔話を喋っているような気がするし、きっと奴らもそう思ってるだろう。ただ奴らにしてみれば見たこともない幻想的な世界のようで、何を言ってもそれなりに食いついてくれるから話し甲斐がある。レトロな話をしていると鼻歌までが昭和歌謡になって、よりレトロに拍車がかかり臨場感がでるらしい(若者談)。
 若い奴らの話題に混ざろうとするからケムタがられるわけで、こっちはこっちでこっちの話をすれば、それなりに関心を引き寄せられることを覚えた。わからないことは”頼むから教えてくれ”と懇願すると、”しょーがないわね”と上から言ってもらえることもうれしい。
 レトロになればなるほどレトロな人とばっか付き合うとレトロを超えて骨董品になってしまう。そしたらただの置き物だ。俺は時代遅れの扇風機でいいからあっちこっちに首を振って、レトロな風を送り続けていこうと思っとります。
 
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 レトロな美容室 42年前の実家を思い出す



『毎週地方へ』

 6月は忙しい。毎週どっかに出張だ。新幹線とか飛行機とか、高速で移動するものはどれもが疲れる。かといってクルマで500kmも走ると違う種類の疲れが出る。
 さしあたって火曜日からまたまた郡上八幡である。仕事というかなんというか、的確な言葉でまとめようとするのは困難だが、やりがいを持ってその場所に向かえることは幸せである。なんで郡上からクルマで30分ほどのふるさとに寄らないかという点については、まぁいろんな事があるのでそのうちに。ただ、郡上八幡にもふるさとの奴らが集うことは事実だ。そこがふるさとであろうとなかろうと、同じ気持ちを持った奴が集い、そうなればいつだってやることは決まっている。
 今回はカメラマンも編集者もライターも参加して、夜は夜で新しい何かが始まるだろう。
 東京に出て30年。自分にとってこの国は、東京とそれ以外の街の2種類しかない。それ以外の街や町に向かえるのは東京にいるからで、それは海外とて同じこと。ただ東京とふるさとがあることで、心のどこかに逃げ道をつくり、少しだけラクになれることで、また東京を有意義に過ごすことができるのだと思う。
 
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 週末。世田谷公園のフイ−ルドオブドリームス。



『土曜日のカラス』

 尾てい骨打撲による痛みがややおさまってきたのでリハビリで砧公園を歩いていると、用心深いはずのカラスがビニールシートを敷いたファミリーのすぐ近くで、ひな鳥を温めるような格好で佇んでいた。人懐っこいカラスだなと思い、近づいてみると羽根を広げクチバシを開いて威嚇された。
 どうした、ん、ケガでもしたか? 図星だった。原因は定かじゃないがとにかく飛べないらしい。木の枝には仲間と思われる黒い軍団が心配そうに見守っている。ビニールシートの家族と一緒にどうしようかと悩んでいたら、足を引きずりながらフライト体勢に入ったがカラダを持ち上げることができない。心配する俺たちの視線に威嚇を返すことが彼のせめてものプライドだろうか。
 しばらくして野鳥関係に詳しそうなおじさんが登場。”ケガだね。手当てしないと飛べないよ。さてと…”。
 無責任な俺はその場を離れ、ファミリーもビニールシートを畳んだ。あのカラス、どうなっただろう。おじさん、どうしたんだろう。気になるけど、やっぱ無責任だわ、おれ。なんかやりきれない。

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 本編と関係なく、GO SLOW CAFEの納豆マグロ丼



『おとこ酒』

 カラダが悲鳴をあげても胃袋が背を向けても気持ちでそれを上回れ。そんなことを28歳の頃、時の社長の友人に叩き込まれた。つまり「飲め」というか「断るな」ということである。
 幸い今日の俺には、カラダや胃袋がネを上げても飲みたい人たちがいる。どいつも男だ。男にしか分からん飲み方を生まれながらに知っている者たちだ。
 者たちは唱う。マイク代わりのガラスコップを握りしめ、両肩を持ち上げて熱唱する。伴奏も間の手も無く、ただ歌詞に節をつけて唄い続ける。
 若い奴らの睨みに少々危険を感じながらも続く熱唱。中目黒、三宿、三軒茶屋、たまぁに南麻布、もっとたまぁにギ六本。
 気がつけば20も離れた役者に説教する。「飲め! というか、断るな!」 
 時代はめぐる。

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 南朋くん、なんでロンドンみやげなのにボブディラン? 



『つづくな、あめ』

 やな天気が続くねぇ。気まぐれな雨はそれなりにいいけど続くと困る。洗濯物が乾かないと気持ちまで湿気る。何日も部屋干しすると生姜焼きとかみそ汁の匂いばかりか辛気くささまで染み付いてしまう。人も洗濯物もおひさまを浴びずには健やかに生きてはいけないのである。
 梅雨時に花ひらく紫陽花のような生き方もあるが、やっぱスカッとした陽ざしが恋しいわけで、肌の半分以上を晒してくれる女子たちに心拍数が上がるわけで、かといって隠すところはしっかり隠してほしいというバランスも必要なわけで…希望すべきは健全なる夏というわけです。
 世田谷ものづくり学校の隣は池尻小学校、正面に世田谷公園の野球場。それぞれに陽がそそぐと、それはそれは清々しい画をつくります。
 雨ふってますけど、梅雨はいったけど、夏はじまった感じもチラリ。晴れろ、ナツ。
 
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 となりの小学校 運動会



『復興について』

 これでも被災者支援と復興について真剣に取り組んでいる。このNIKKIにもさらりと書きたいが、サラリとはいかないところまで複雑になってきたのでもう少し先にする。
 「複雑」とは複数の幸福が重なり合いそうな予感のことで、喩えるならば寄せ鍋のようなもの。いくつもの具材がそれぞれの味覚と栄養素を存分に発揮し、それらすべてが力を合わせて独特のだしと汁をこさえる。単一食材ではとうてい味わえない出会いがしらのコラボレーション。確かに震災は数多の不幸をつくったが、復興という未来の扉を開けるにあたって、こんな方法もあるのだという具体的な試みをしている。
 復興をきっかけに、きっとこんな感じで未来がつくられていくんだろうなという絶対的な予感を信じ、しかるべきタイミングで詳しくお伝えしたい。伝達方法はきっとメディアが先になると思う。



『GIFT 〜40年目の贈りもの〜』

 29日。ヒロミゴー全国ツアー『GIFT 〜40年目の贈りもの〜』、どしゃ降りの中、サンシティ越谷市民ホールにて全快スタート。いつもながら初日の楽屋では総勢50人ちかくでエイエイオー!をするわけだが、Anniversary Yearだけあって桁外れの気合いであった。
 小生にとっても夏のゴングである。ライヴは文字通りGIFT満載、アイラブユーが溢れる会場となりますが、ご来場の方は、1ミリたりとも漏らさずこぼさず堪能され、真空パックにてお持ち帰りいただきたく候。ヒロミゴーご本人は、他の追随を許さない突き抜けたテンションとパッションとクオリティで2時間余りを激走いたします。
 100M走とマラソンを足したような2時間。元気、勇気、希望など、今のニッポンにおいて必要なものすべての教科書となるようなGIFTを、この夏のご贈答にぜひ!
 

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 久々のあおぞら 町も喜ぶ



『おひさま』に参加して!

 毎朝『おひさま』から一日をはじめるのだが、そうそう泣かされては日々に影響が出る。泣かなきゃいいじゃんと言われてもそうはいかないから困る。どうしてドラマの中に参加してしまうような性格になってしまったんだ。もう完全に俺は須藤兄弟の一番下の弟で陽子にいちばん歳が近い兄のポジションで観ている。
 だからシゲ兄ちゃんに泣ける。それまで”兄貴”って呼んどいて、最後の最後に”ハル兄さん”って、しかも振り返りながら…俺も一緒に戦争に行くよ、シゲ兄ちゃん!
 そして国民学校のシーンでは確実に六年白組の生徒に紛れ込む俺。いたずらのひとつもして、陽子先生に叱られた後に抱きしめられたい。
 そんなことを井上真央に告げれば「は?」と返されるだろうが、とにかく俺は毎朝8時から15分だけ『おひさま』に参加している。
 何書いてるのかわかんない人はスルーしてください。

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 住宅街、小さな野球場付きの公園。



『知らない!』

 昨日、入居者会議のあとにGO SLOW CAFEにて親睦会的なプチ飲み会。見渡せば年長者トップ5にランクイン。知らぬ間に歳とったものである。
 ルセットさんという名高きパン屋さんの御三方とウェブデザインを教えられている御三方と、ザッツart関係のみなさまやフィルムコミッション、レーベル、スタイリスト、建築士、家具デザイナー、家具職人、ウェブショップ云々、短時間ながらかなり深入りさせたいただいた。
 入居者が一堂に会するといろんなことを学ぶ。ほほー、そんな仕事してるんですか。で、それってどういう仕事? 若い人たちはあまりの俺の無知さに呆れながらも、丁寧に生業のあれこれを説明してくれた。知らぬ間に、知らないことを知らないと言えるようになった、我ながら感心である。
 「知らない」と正直に言えば学びの機会は無限に広がる。知らないことだらけの世の中は、好奇心の塊でもある。
 今日も”知らない”を連発していろいろ学ぶことにする。

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 下馬アパート。美しき給水塔。



『厄払い!』

 日曜日、自転車で猛スピードの女子高生が俺のクルマに体当たり。月曜日、新宿で階段でコケ5段落ち。
なんという厄介な週明けだ。日月と災難が続いたので、2度あることは系の話で火曜日はビビってっていたのだが、案の定、タイヤがパンクした。3つ続いたので、とりあえずは終わった感じ。
 それにしても不運だ。これじゃいかんということで厄払いで飲みに出る。大森南朋と飲むと武市半平太と飲んでる気になり、日本の未来を語っている気分になるが、内容はほぼ南朋のとんねるず大好き話である。そこにのりさん参戦!南朋のうれしい緊張感が伝染し、その分酒が旨くなる。
 のりさん褒め殺しにより大テレ、ピッチ進み、そしてみんな年季の入った青春を謳歌する。
 ただし、尾てい骨の痛みは5割増。本気でイテテである。
  
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 南朋と。



『散歩通勤』

 駒沢大学から歩いて学校に行くと、毎回目新しい景色が広がる。ほとんど246か下馬通りしか通らなかったので、なんとなく旅にでた気分である。
 太子堂にはお屋敷があって、ばあさんが丁寧に掃き掃除をしている。あのお屋敷はざっと見積もっただけでも周囲が400メートルはあるが、あのばあさんひとりで、しかも竹ぼうき一つで大丈夫なのだろうか? ちょっと手伝いたい気分だが、きっと何十年もやってきたキマリみたいなものがあって、手助けご無用!とか言われるかもしれないのでやめとく。
 昭和女子大の裏側も、おぉー世田谷というのどかな風情でどこか落ち着く。チャリじゃなくて歩きってとこがいいんだよな。なんだか『ちい散歩』の世界に突入しそうだが、あのなんともいえないシルバーな世界も嫌いじゃないので、そろそろお仲間に入りたいものである。
 今日は18時から原宿で打ち合わせがあるので、そちらにも歩いて行こう。その後、焼き鳥だし。
 
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 太子堂あたりのいい感じのクリーング店



『イタタタな日曜日』

 ここ3週間ばかり運動もせずマッサージにも行かずで、カラダがバキバキになっていたのでサジマに行った。すると担当したサジマ師が、手を背中に添えながら呟いた。”これを60分で和らげるには…”。 そんなこと分かっているからココに来たのだ。まるで鉄板のようになった背中、肩、腰、首、うなりながら施術するサジマ師の額から汗がしたたり背中にポチッ。申し訳ないが、俺だって悲鳴をあげているのだ、なんとか、なんとかしてくれい。
 結果、60分ではどうにもならず、家に帰ってストレッチポールとバランスボールをこなし、20分間ストレッチしてからぬるま湯に入る。すると急に血行が良くなって、そのままバタンQ。起きたらカラダ中の筋肉という筋肉がギャーッとなって、ロボコップみたいな歩き方をしているのであります候。
 明日からまた朝は早く夜も連ちゃんだ。せめて今日のうちにデトックスしておくぞ。
 
  
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 すりガラス越しに子ねこ。



『大掃除』

 いまだ片付いていない教室を眺め、いいかげん嫌になってきたので、根性いれて掃除した。中目の事務所と違って、キッチンもトイレも玄関も廊下もクロゼットもないからやたらだだっ広く感じる。そこに旧事務所で眠っていた物がゴチャゴチャ散乱している。
 キッチン用品やら調味料やらトイレグッズなど用なしの物は目隠しして隅っこに追いやったが、大量にストックされている酒ばかりは隠しようがない。GWが明けたら午後6時以降はBar使いオッケーにして、教室来た人にガンガン飲んでもらって減らそうと思ったが、いまだ倉庫のような佇まいなので、スナックマロンの開店は6月からに延期。
 教室に来る人はしばらく酒持って来ないように注意してください。
 つまみはむしろ大歓迎ですので、そのあたりもよろしく。

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 おなじみマックス。



『おいしいカフェ』

 三宿交差点の雑居ビルにあるkong tongのカフェメシにはクリビツである。カフェというよりビストロだな。雰囲気もいいがとにかく料理が抜群である。
 ランチタイムのカレーとハンバーグは秀逸で一口食ってだけでファンになった。夜メニューのポークジンジャーとチキンのグリル、バーニャカウダにも思わず唸りが。
 窓越しに節電で真っ暗になった首都高を車が走り去るのもブルージーでいい。ビールっ腹になったので急遽飲みはじめたワインもなかなかにすばらし。シェフの「わかってる具合」が皿に出てるのがカッコいいのだ。料理運んでくれるboy&girlも、「でしょ!」という顔で実に気持ちがいい。
 彼らにとっては、はじめて来た客が一口頬張ったときのリアクションには少々緊張するだろうが、おそらく10戦10勝だろうから、さぞや楽しみで誇らしい時間なのだろう。
 はらへった。2日連続でいくか。

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 HOSUのスーさんと娘さん。



『HOSU展示会』

 旅先で飲み過ぎたので、通勤は駒沢大学駅前で降りて三宿まで歩いた。初夏の陽射しが脇の下にドーナツをつくる。それにしても暑い、この夏の節電生活が思いやられる夏の始まりである。
 4日ぶりに学校に来たら、中目のHOSUが展示会をやっていた。久しぶりにオーナー兼デザイナーのスーさんに会ったら、ひとまわり大きくなられていたので元気な証拠だとうけとめた。
 宣伝する訳じゃないが、この秋冬のHOSU、かなり良いです。『黒く塗りつぶせ!』というヤンキー全開のラインナップがあるんですが、圧巻です。何十工程も手をかけて染めてつぶしてダメージを入れたインディゴを、ざぶんと真っ黒に染め上げて…思わず「バッカですね〜」と褒めてあげたら、「いや〜ぁわかってくれて嬉しい」と抱きしめられた。
 こういう人がとことんこだわってジーパン作ってくれてると思うとジーンとくる。ひっさしぶりに買うかな、黒デニム。

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 学校の1階のいっちばん奥で展示会。



『気持ちいい朝』

 郡上八幡最終日AM6:30。小径が眩しい。今朝も吉田屋さんで赤みそを胃袋に流し込んで昨晩の酒を抜く。もちろんおかわり、白メシも。
 鳥がチチチ、水路がザブザブ。人工的な音の無い朝に佇むと、心が清らかな気がする。ん? ”気がする”のではなく清いのだ。
 それにしても城山の緑が深くてまるでブロッコリーみたいだ。マヨネーズをきゅっとしぼって頬張りたいものだ。ってメシ食ったばっかやった。
 さて実はこれからがこの旅の本番。深い願いをなんとか叶えてやりたい。現段階では詳細に触れないが、やがてまた。頑張ってきます。

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 今日のあさ。おじさんゴミ捨て。



『水の町、初夏の足音』

 気まぐれな通り雨が何度もきて、町中に新緑の匂いがたちこめている。春には杉花粉の猛威を発揮した郡上八幡にも、そろそろ初夏の足音が聞こえてきた。少々肌寒いけど、軽くサブイボっぽいのが心地よし。
 関東でサブイボとは鳥肌のこと。俺の故郷ではサムケボロと言う。ついでにもひとつ。昨日盛り上がったんだけど、故郷では「定規」のことを「センヒキ」、ここ郡上では「スジヒキ」と言う。
 方言があるほどに町も酒もおもろい。あれだけ飲んだのに、やっぱ恋しくなるとは、酒ったら…

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 あと数時間後にはこの路を千鳥足。まちがいねえ。



『城下町の朝』

 毎度のことで何だが、やっぱり地元の奴らと2時半まで飲み、朝7時に起きて吉田屋さんのおいしい朝ご飯を食う。赤みそのみそ汁から始まる一日は格別で、もちろんおかわりして胃袋が元気なことを確認した後に近所のサテンでモーニング。これが岐阜の朝である。
 みんなはゲストを連れて八幡城やら食品サンプルづくりやらと観光案内をしているが、俺は5時までに原稿を上げんといかんので、お城を眺めながらパソコンとにらめっこ。
 さっき飴屋の大介に会ったら死んでた。昨日、さんざん飲んだあげく調子こいてウイスキーコークを9杯飲んだんだそうだ。飲み過ぎやろ、あほ!と言ってやったら、お前も同じだけ飲んだやろ!と昨日の飲み方をおさらいしてくれた。完璧に記憶とんどる。

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 石畳、朝いち。



『町歩きのあとに』

 12時に郡上八幡に着き、美濃錦でうな丼とあまごの塩焼きを食べ、白鳥まで足を伸ばし、3時半に八幡に戻り、6時半までゲストを歩いて待ち案内して、19時から名物「鶏ちゃん焼き」の店で宴席予定。
 睡眠不足でからだがフワフワするが、町を流れる透き通った水を見るとどこかが癒える。水のちからというか音というか、やっぱ人は水に助けられる。
 そしてこれから酔っぱらう水を飲みにいく。ただし、いつもながらにちょっと先にある故郷に寄れないのが残念だ。実家の仏壇とお墓を素通りしているようでなんか申し訳ない気持ち。
 今日も楽しい酒となれば先祖も許してくれるだろう。そのためにも楽しんで飲まんとな。
 町歩き中にいろんなやつらに声かけた。5人で予約したが20人ぐらいになる予感。それが良いか悪いかわからんが、こういう人生も大アリだ。

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 お宿から眼下を眺む。



『日曜日のできごと』

 昨日、広告代理店HのIと教室で打ち合わせしていたら、俳優のOが入って来て、次に同じく俳優のAとYが来て、友人のAとCが入って来て、代理店のIが帰り、入れ替わるように俳優のKが来て、学校内のGO SLOW CAFEでお茶飲んでたら(と言いながらみんなはカレー、俺だけ納豆マグロ丼)、映画監督のOが入って来て、延べ4時間おしゃべりに花を咲かせて素敵な日曜日を過ごした。
 三宿に事務所を移してから予想できない展開が多く、ちょっとしたサプライズの連続でなんともうれしい気持ちが続く。その分原稿書くのが遅れて、いつも深夜にパチパチというありさま。最近は事務所は人と話す場所で原稿は自宅、そんな風にセパレートされている。なんだかライター時代を思い出して懐かしい気持ちになるが、寝ても覚めても原稿と格闘していたことまで思い出してややブルーになる。
 ただ、俺はどこか文章に支えられている気がするし、その文章を支えているのは日々の暮らし、すなわち人間たちとの時間である。これが俺の生き方なんだろな。
 週も明けた。7時にクルマで郡上八幡へ出発だ。

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 いつもなにかを造ってる東京の青空。
 



『ユッケ』

 風評被害にあるときこそ実は安全である。審査基準やら管理やらなにかと厳しくなるからね。
 多くの焼肉店が迷惑をこうむっているが、真の焼肉店はいかなるときも正義で暖簾を開ける。こんなことでユッケが滅亡してたまるかと鼻息を荒げる店主は、いままでどうり安心で安全な抜群に美味いユッケをご馳走してくれた。
 ユッケに限らず食品はなんでも同じ。提供する側のモラルが徹底していれば、問題など発生しない。もしも発生したら、その時点でプロでもなんでもない。失格だ。そうなれば徹底的に償うのは当然である。
 未だ余震にビビる毎日、食いもんぐらい安心させてくれ。あたしゃユッケに首ったけなんだがね。

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 ただしきゅうりはどける。



『春の夜長』

 マンUとチェルシーの大一番を観ながらどこかボーっとしている。天下分け目の戦なのになぜか緊張も興奮もなく、BGMならぬBGV的にしか映らない。なんでも一直線になるタチだが、大好きなスポーツ観戦に余白を持つことが自分でも珍しい。
 珍しいついでに深夜に日記など書いている。明日の朝は早春に逆戻りだそうだ。今はまだ、さっきまで着ていたポロシャツ気分の延長だけど、夜が明ければ冷えた体温がニットを欲しがるのかもしれん。
 夜がきて朝がくる。ポロシャツから重ね着になる。あったりまえのようで不思議で仕方ないことが、夜と朝の悪戯によって生まれる。だからこそ夜は夜で、朝は朝なのだ。
 文章を見て心理分析をする医師がいるが、今日の日記はどう診断されるのだろう?占いも血液型も信じない俺だが、ゲーム感覚で遊んでもらいたいような気もチラリ。
 どうでもいいことを書き綴っているが、今夜はやけにさびしい。
 おっ、ランパードが1点返した。ルーニー、惜しいっ!なんか急に気合い入ってきたので、ここでおしまい!

 



『祝•師範学校合格!』

 花粉、まだあるぞ。杉じゃぁないはずなのに鼻ぐずぐずだ。花粉症の二股か?
 NHK連ドラで真央ちゃん(陽子)が師範学校に合格して泣きながらバンザイしている場面を見て、思わずもらいバンザイをしてしまった。バカバカしいとは思いつつも、本気で感動して泣けてきた。もう完全に年寄りのゾーンに突入したことを悟ったGW明けの朝である。
 
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 近所近影。GW明け、週明け、五月晴れ。



『朝と夜のおたのしみ』

 お薦めの番組をひとつ。NHK教育テレビで朝6:55と夜23:55に5分間放送されるその名も「0655」と「2355」。正式には両番組の「55」の下にアンダーバー(横線)が入るのだが、入力の仕方がわからんのでイメージで理解していただきたい。
 この番組、とにかくニクイ。あの佐藤雅彦氏の手がけたシュール&ラヴ極まりない作品も多数で、月〜金の帯というのがまたワンダホーなのだ。
 多くを語る必要はないので、この日記みた人は9日の朝6時55分と夜の23時55分に教育テレビへ走ってください。確実にしあわせになります。

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 教室に引っ越し行き場(下駄箱)をなくし放置されるぶーつたち。



『ユッケ』

 それにしてもユッケ、大変なことになった。偉そうなことを言うわりにはワイドショー情報を信じるタイプ。しばらくこわくて注文できない。
 10年前の狂牛病のとき、大阪でのイベントの打ち上げで、ブラザートムさんに「焼き肉行きましょ!」とせがんでむりやり連行したことがあるが、あのときのような勇気はどこにもない。
 次のイベントでトムさんが、この狂牛病の折に打ち上げで焼き肉を食いに行き、最初に人数分のユッケを頼んだ猛者がいて…とネタにされた。
 ここ二日の曇り空でお腹も下降気味。やっぱあの時は若かった。
 今日もお腹にやさしいものを食べよう。

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 GWの教室。どこかさみしい。



『下町の味』

 下町にはなかなか足が向かない。距離的にはたいしたことないのだが、仕事のついでとはいかない場所なので。とはいえ行けばそれなりのことはある。古い土地ならではの何かがあるので、行くたびに土産を持って帰るような気になるのだ。
 何十年もやってるそこそこ評判の店なのに、なぜか人知れずという店が多いのが不思議で仕方ない。 美味けりゃもっと早くから評判になるだろうにと疑念を抱きつつ、食えばナットクという展開が多い。
この不思議な感覚が下町ならではの風情なのだろう。下町B級グルメとは聞き飽きた言葉だが、A級ではなくB級に誠意を込めた店主たちの心意気が暖簾(のれん)を横並びにつなぎ、町の食文化を形成したのだろう。そんなご近所なロックンロールに、やはりシビレるのである。
 月に2回は下町。1回は昼。2回目は夜。しばらくやりたい。 

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こちらはA級、玉ひでの親子丼。創業1760年、今年251歳。



『友人の本音に思う』

 遠方の友人が「もうダメかもしれない」と弱音を吐いた。それまでも、いつ吐いてもおかしくない状況だったが、ついに抑えてきた本音がこぼれてしまったのだろう。
 どこからどこまでが我慢のボーダーラインかわからないが、同じ条件や環境でも、人には心のコンディションがある。晴れる日もあれば曇りや風の日もある。気持ちのどこかに緊張感を置き続けることは大変だろうが、裏を返せばそれがあるから今日がはじまれる。
 ダメとこぼしてしまったことで、少しプレッシャーが軽減することだってある。そもそも日々に合格点を与えられるような人は数少ないと思う。昨日の問題をクリアしても、その分を埋めなければならない問題が生じるだろうが、それを人生ゲームとして楽しんでいきたいものだ。
 不安も何もない人生というものには確かに惹かれるが、そんなの今との比較に過ぎない。もしもそんな時が本当やってきて、順風満帆な時が何年も続いたら、その日々の在り方をどう感じるのだろう?
 理想というものを実感し続けることもまた、困難なのだ。
 ここのつ悩んでひとつきっかけを掴む。自分に限ってではあるが、これだけでも日々は上向きになる。



『雨のヨシモト』

 代々木のチャリテーイベントに行った。3時すぎからざんざん降りになるが、エドはるみ、バッドボーイズはじめ吉本興行のみなさん、くじけずに奮闘!
 オープンステージのため、雨足が強くなるにつれハケてく客にさみしい顔は隠せないようだったが、気にせぬぞぶりで演目をこなすところに心打たれるの巻。一番前の席でケータイいじってる女子中学生がいようとも、それはそれ。客は神であり金である。客の数で芸の質や勢いを変えちゃならん、それがプロというものだ。ヨシモトはそんな場面を数多く経験して、本当のプロとなる。学びは多い。
 
 



『毎日まいにち』

 GWとは名ばかりで毎日事務所に来ては校庭で遊ぶ子どもたちのはしゃぎ声を聞きながら原稿を書いている。帰りはいつも深夜だ。飲む日ばかりじゃない。キーボードを弾く音が木霊する校舎で、プチ肝試しみたいな気持ちで苦闘する。闇夜の教室は本気で怖い。
 今週もいろいろあったな。いろんな人に会ったな。いろんな人と打ち合わせしたし論争したし、そして飲んだな。多分、24時間の3分の1ぐらいしゃべって、×7で約56時間ぐらい喋った濃ゆい一週間だった。
 疲れてるな。わかるわ。GWはそういう人のためにあるのだから、どこにも出掛けずに休まないと。
旅行もあまり興味ないし、どこかでなにかをというタイプでもないから、足だらーんと伸ばしてぼーっとしよ。とりあえずミキティ、真央ちゃん、キムヨナ。あしたは起きるまで寝る。
 
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 どこだろ、どこかの街の深夜。なんで撮ったんだろ。



『良い一日』

 朝からヒロミさんのコンサート全体会議。キーボードの沼ちゃんと昼ご飯(焼き肉ランチ)を食べてからバスに乗って帰ろうとしたら、発車まで微妙な時間だったので、写真を撮って歩いて帰った。
 帰ったら、友人の某プロダクション女社長が引っ越し祝いだと素敵すぎるプレゼントを持ってやって来てくれたが、あまりにも無惨な状態の事務所を見てアゼン…すまん、散らかってるにもほどがある。突然の訪問にも対応できるクリーニングが必要だと痛感したのである。
 女ともだちはそれほど多くはいないが、彼女にはブレのない友情を感じる。業界では超大物だが普段着で接してくれる彼女の心意気に本当に嬉しく思っている。
 ウチのフグが”心のでっかい人ですね”と言ったら自分のことのように嬉しくなった。
 良い人といると良い一日だったような気がする。こういうことが大切なんだ。


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 バスね。



『BOYS』

 夢とか希望とか、そんなんじゃなくて、だらだらと、けど、どうしようもなくうれしい時間。
 大人のカラダを借りて、少年たちは思う存分おどけるのである。

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 のりさん、おおくぼさん、好きだな。



『スーちゃんの空』

 青山葬儀場へ行こうか、やめようか。俺はランちゃんのファンだったけど、これでキャンディーズが復活する事はなくなった。そんなこと夢にも思ってなかったけど、ほんとは心のどこかでひょっとしたらと思ってた。
 歌なんか唄わなくても、3人が並んでくれるだけでよかった。正面右からスー、ラン、ミキ。この立ち位置でそっと並んでくれるだけで…もういちど見たかった。一回見るともっともっとと要求するかもしれないけど、もう大人だからたった一回、ほんの一瞬でよかった。
 これから青山で打ち合わせ。近くでスーちゃんがたくさんの人たちに見送られている。晴天の東京はスーちゃんの笑顔のせいか。空が青い分、よけいにせつない。
 スーちゃん、さよなら。SUPER SUPER SUPER キャンディーズ!
 



『日曜に…』

 日曜のものづくり学校はなかなか人手が多く、来館者がマロンがある3階まで上って来て、たくさんの人がすりガラス越しに事務所の中をのぞいていく。覗かれているとなぜか声をひそめてしまうから不思議だ。ふつうは覗く方がドキドキするのに覗かれているこっちのほうが緊張感が高まる。こういう気持ちが変な方向にいっちゃうときっと変なことになるんだろうな。
 今年の桜はタイミングが悪くて自粛の象徴みたいだったけど、少しずつ自粛ムードがゆるやかになりようやく本格的な春が訪れた気がする。
 真央ちゃん主演のNHK朝ドラを毎朝15分。初恋を経験したヒロインに胸躍る春と梅雨の切なさが同時にやってきた。観ているこちらもたった15分で季節が駆け巡り、そればかりか心のアルバムまでパラパラめくられて気持ちいいせつさなさが込み上げる。
 このテのドラマをやらせたらNHKに勝てるとこは他にない。
 すでに明日の展開が気になるのである。

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 週末、三宿のボエム。



『20秒でシュシュッと椅子に』

 青山AOビルで「fluxチェア」のイベントに行ってきた。耐荷重160kgなのに一枚の板のように折りたためめて1m以内のスペースに77脚も収納できるそうだ。
 組み立てのデモンストレーションを見ていたらまるで折り紙のようだった。組み立て20秒バラし20秒。
背もたれ部分がゆりかごのように左右に揺れて耐震構造っぽくて気持ちよかった。
 俺は折り紙はツルしか折れないな。それで十分か…
 さ、今日も撮影いってこ。

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 コレです。



『ほんきの日本』

 ラジオからアミューズオールスターズが聴こえる。日本列島、各所、各人、各企画で本気モード炸裂中だ。業界系はもちろんプロモ効果もあるが、そんなこたーどーだっていい。金があるやつは金を出し、知恵があるやつは知恵を出し、顔があるやつは顔を出し、何もないやつは力を出し、力もないやつは声をかけ、声がかれたやつは祈ればいい。
 政治もなにもなっちゃいないが、こんな本気列島はじめてかもしれない。
  
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 事務所のとなり素敵ルーム。気分変えたきゃこちらで打ち合わせ。



『聞いた話』

 ある被災者から聞いた話だが、被災地の方々は、現地に駆けつけてくれた人たちが炊き出しをしてくれるのは涙がでるほど嬉しいけれど、食べ物を配給されるのをじっと待つ身がすごく辛いとも言っていた。
 人間にはいろんな感情がめぐる。震災に遭いとんでもない境遇におかれても、自尊心や人に対する申し訳なさなどが入り交じるのだろう。困ったとこきはお互い様と言うけれど、供給する側とされる側では心に大きな開きがあるのかもしれないし、それを如実に感じるのは圧倒的に供給される側である。
 できれば、わがままを言えるならば、調理道具と食材を提供していただいて、自分たちで炊き出しができれば少しは申し訳なさが軽くなるかもしれない、とも。
 報道されるものだけでは計り知れない被災者の心理。日に日に考えさせられることが増えていくが、それを積み上げて逞しい人になりたい。



『トムさんに遭う』

 ランチ食って三宿の交差点を歩いてたらブラザートムさんに遭った。
 小学校に引っ越したらしいじゃんと聞かれたので、中学ですとお答えした。
 トムさんのライブには(というか、ブラザートムという生き方そのものに)中学生をはじめ、思春期を生きる者たちにはとても必要なものがいっぱい詰まっている。
 人が泣く意味や価値観を、答えではなく感性でわからせてくれる稀代のアーティストである。
 ちなみにトムさん、駒沢公園から歩いてきて、このまま原宿まで歩くのだそうだ。
 距離にして10キロ、1時間半ほどのウォーキング。オーバーオールに半袖Tシャツ。
 「まだ寒いわ、ココさわってみ」。ぶ太い二の腕は冷たかったけど、内側に通う血液は情熱的である。

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 CA4LA新作。涼しい黒ハット。



『よい一日』

 月曜は名古屋で仕事。その晩に(もちろんスナックで)ふるさとの同級生たちに火曜日にやろうとしていることを伝えたら応援してくれたので、火曜日は郡上八幡でいまできることをやってきた。
 あっちは雹(ひょう)が降って川っぺりをなごり雪みたいに白く染めていたが、季節外れの寒さを忘れさせてくれるような嬉しい出会いがいくつもあった。
 郡上八幡なんて聞いたこともないひとたちと名物の鶏ちゃんを囲んだ。それはいろんな人たちにとってのゴングのようでもあった。
 帰りの新幹線は少し満たされた気持ちで寝た。

 郡上が盆踊りで彩られる頃には、はじまるぞ。



『看板犬』

 郡上八幡、吉田屋旅館の看板犬マックス。玄関をくぐり名前を呼ぶと、カウンターに前足を乗せてベロを出し、いちどのれんの奥にもどって自慢のおもちゃを加えて再びカウンターに前足をかける。
 いつもカウンター越しに本気でかまってやるが、その代償としてシャツの袖が2枚イカれた。
 カウンター越しゆえに彼の下半身を拝んだことはない。

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 マックス。



『黒で』

 3週連続で岐阜へ。その前に名古屋で打ち合わせ。
 黒の中折れ帽、黒ふちメガネ、黒のブライトリング、黒のギャルソン、黒のウエスタンシャツ、黒のコーデュロイ、黒のUチップ、黒の手ぬぐい、リュックだけグレー。
 黒はカラダを引き締めてみせる作用があるらしいが最近は通じなくなった。俺の体型はともかく、黒っぽいニュースが多いが、気持ちは燃える赤と無垢な白でいくで。
 お、富士山みえた!

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『バイクにまたがるが…』

 そろそろ半袖半ズボンの季節です。むかぁしのバイクにまたがってますが、興味がないのでどれぐらい希少価値のあるものか知らないし、説明されたけど忘れてしまいました。
 そういえば高校の時、2ケツしている俺をあおるためにバイクが2台迫ってきて、乗っけてもらった先輩に迷惑かけたことがあった。先輩は動揺してハンドルがブレあやうく振り落とされそうになった。
 30年以上ずーっと言い続けているが俺はヤンキーじゃないよ。そーじゃない俺に負ける皆様がヨエーだけ。今からでも遅くない、ちゃんとやろ、青春!

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 清水圭さんが作る洋服『SURF & TURF』の撮影にて。



『春のつぶやき』

 花粉症と風邪と水虫が完璧に治る薬ができたら確実にノーベル賞だと思う。

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たまにはスリーピースなんぞで。



『白』

 小生満48歳。AKBではなくAGE48 であります。昨日は某所から某所へ移動し約9時間酒とたわむれました。正確にはたわむれあいました。
 俺以外に3人。最終的には11人。それぞれに名のある人々と大いに語らったのですが記憶が途切れて会話の詳細は不明。
 知らない世界に足を踏み込みました。自分の中では真っ白です。ジョーは力つきて真っ白になったけど、俺はまだ見ぬ世界に純白を感じています。
 最初に何色をさすかまったく未定ですが、色別は俺以外の人々に委ねられそうです。
 胸の高鳴り、ふるえる気持ち、鎮かな興奮。まだなにかが始められる人生に感謝。


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ある日のロケ弁。スタッフも女優も確実に↑る。



『ユーミンゲネプロ』

 ユーミンのゲネプロ観てきた。何十年経っても時代が変わってもあの人は裏切らないね。いや、予想を超えるということでは裏切り続けてくれているのかもしれない。
 歌を聴いて身震いするのは、どこかに希望を感じるからだと思う。若い歌い手が拳で胸を叩いて愛とか絆とか叫ぶのもわからなくはないが、熟練したアーティストが、ひとつひとつ曲を大切に唄ってくれるだけでなにかが入ってくる。感動させるために作った歌よりも、経験を経由して描いた未来や理想の方が、余計なものに邪魔されずに琴線を揺さぶるのである。
 ユーミンとの丸の内での仕事が中止になってしまったことをどこか引きずっていた自分の、ケツをひっぱたいてくれるような時間でもあった。
 「春よ、来い」か。待ってるだけじゃ季節はめぐってこないってことだ。
 教えられっぱなしだ、あの人には。



『おつかれランチの前に』

 撮影終了。計算通り太陽ものぞきmyチャーリーも活躍でヨシヨシ。ご満悦にて金兵衛の懐石弁当をパクつく寸前。至福のときである。
 これから品川駅に走るぜ、の巻。
 
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左/巨匠マイヤマさん 右/いつもの三野ちゃん(20年来の友)



『月曜日のグルーヴ』

 檜舞台に上がったmyチャーリー。普段は泥んこべったりつけてタフな仕事をしているが、今日はハウススタジオの芝生のセンターステージでどでんっ! 誰が乗るかは言えないが、こんなおんぼろでも今まで3人の女優がまたがった。「またがった」という言葉はインパクトが過ぎるな。女優を乗せたに訂正する。
 週が明けた。曇り空だけど太陽ものぞきだした。
 月曜日には独特なグルーヴがある。うまくノレるといいな、今週も。
 
 


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『東海道中そびえ富士』

 岐阜から4時間かけて東京へ。富士山が両手を広げて”お帰り”。神様が宿っているとしか思えないそのお姿に思わず吸い込まれてしまいそうだ。
 なんで富士山を見ると懺悔心が沸き立つのだろう。ずんずん大きくなってくるお姿に頭を垂れて縮こまりながらのドライブ。といいながらまた明日の夜には故郷の奥60kmまで足を運ぶ。帰りは先輩のクルマから野郎4人で富士山にご挨拶予定。
 その前にロケ一発。ワケあって渋谷までチャリで出動。風が吹けば桜吹雪の中を疾走することになるが、そこに主役を感じるのは俺ひとりだろう。

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『きっぷアゲイン』

 また切符をきられてしまった。今度は一旦停止。自覚はない。止まったハズ。ところが若いお巡りさんは止まっていませんと言い切った。彼にしてみれば止まらなかったハズなのだろう。
 こういう場合、目撃証言だけで確たる証拠等どこにもない。これ以上、無駄な問答はやめとこ、と思いつつ、ひとことだけ。
 一旦停止の場所の手前に立ちなさい。そうすれば違反も、もしもの事故も防げるよ、と。どこかに隠れて違反したのを見つけて、ピピピピーって。それが交通安全なのかな? と忠告すると、”巡査が2人体制のときはそうしています”と言ったので、たとえひとりでも違反を未然に防ぐ場所に立つべきだと言うと、”参考にしときま〜す”だって。
 怒っちゃいかん。怒らんぞ。最後に若い彼に、”頑張って立派なお巡りさんになってね”と言ったら
目も合わさず”ありがとうございま〜す”である。
 怒らんぞ。きっと彼は立派な警察官になってくれる。7000円分の願いをこめて。
 



『道ばたのできごと』

 実家に帰ってきた。帰って(きた)という表現はおかしいか? もうこっち(東京)にずっといるんだから、「行ってきた」が正解だな。
 それはそうと、実にいい天気だったので散歩をした。花粉は半端じゃなかったけど兄貴にもらった漢方の特効薬を飲んで、抜群に効いた(気がした)のでプラプラと。
 公園で姪っ子をあやしていると、道路の隅っこで老人4人が座り込んでいた。どうやらおばあさんがヨロケて倒れたらしく介抱しているところだった。
 リーダーシップのあるおじいさんが倒れたおばあさんをおぶってどこかに向かおうとしていたが、おじいさんもヨロケていたので助っ人に行った。おじいさんに”僕がおぶります”と言うと、”ありがとう。でも大丈夫やて”とプライドに満ちた言葉が返ってきたので、それ以上はかぶせず、おばあさんのお尻を持ち上げ、リアカーを押すように進行方向に力をかけた。
 どこへ向かっているのかとおじいさんに尋ねたら、”ばあさんの家はこの道の先の左側にある桜の木から3軒目だからそこまでおぶる”と言う。すると僕の後ろで心配そうにおばあさんを見守るもうふたりのおばあさんが、”きっと今頃はじいさんが二階でテレビ見てる頃だから鍵は開いてるよ”と教えてくれた。
 素晴らしいと思った。いや、倒れたおばあさんには大変な災難だったけど、この町ではどこかで誰かが倒れても、誰かが駆け寄ってきて、そしてきっとどこの誰かを知っていて、介抱しながら安心と安全を与えているような気がしたのだ。たとえどこの誰かを知らなくても、あっという間に、誰かがわかる仕組みになっている。『となり近所』という言葉が地域に根付いているのだ。
 倒れたおばあさんも最初は狼狽していたが、擦りむいて血がにじんだ鼻を指でちょこんと触って、”こんなもん赤チンぬっときゃなおってまうて”と笑っていた。
 ”おまはん、まーちょっと上手に歩きんさいよ。そやなけな、わしんた、いっつもあんたの後ろ、心配しながらついてかなあかんやろ”。そしてお決まりの「わっはっは」。
 まるでACのコマーシャルのような光景だった。思えばあのCMも言っているのは当たり前のことばかり。この当たり前がある町こそが僕の故郷だ。
 これが都会の真ん中だったらどうなることだろう…どこの誰? 家は? 連絡先は? 

 おばあさんの鼻ににじんだ赤色は、この町の温かさの証明のようだった。
 
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咲こうとする花、枯れた枝。季節はリレーする。



『衣類の行き場所』

 自宅の部屋を大掃除したら瀧のように着ない衣類が出てきた。毎度友人からフリマを勧められるが自分の中古品を売るのは気が引ける。考えれば古着もあまり買ったことがない。
 以前、企業のイベントでリサイカーズコレクションというものをやったことがある。人が必要としなくなった衣類を誰かが必要としてそれを買い取るというシステムで、とても意義深く気持ちよいものだった。友人のスタイリストを中心に毎回300点ほど集めいつも完売になった。売り上げをそれぞれスタイリストに返金して、彼らはまた洋服を購入し、そしてまたイベントへ。べらぼうに高価な洋服の健全な流れだと思っている。
 さて、我が家の膨大な衣類であるが、支援物資として送ることにした。そこそこに愛情を注いできたものが多いので自信を持って届けたい。東北の春はまだ遠いだろうからきっと役立ってくれると思う。
 
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ご近所のカフェ。気持ちが晴れる場所。



『4月』

 高校生の娘を持つ40をとうに越えた女性が神妙な顔つきでそっと呟いた。

 「あたし、再婚するんだ」
 うっそ、なんで、だれと…
 「だって…さ…」
 だってなんだよ?
 「聞きたい?」 
 まあな。
 「ぜったい言わない?」 
 いわねーよ。
 「ぜったいだよ!」
 だから言わないって。
 「あのね…今日はなんの日でしょう?」

 いい歳こいてひっかかってるオレって…。
 それにしてもこーいうの、めちゃくちゃ腹立つわ。

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昨日の写真の反対側。



『T女子、ヨガにて』

 マネージャーのT女子は日々のストレスを解放するために週末にフィットネスクラブでヨガをうけた。新種のアロマヨガというやつで、インストラクターが用意したアロマをハンカチみたいな布に滲みさせ、参加者たちに匂いを嗅がせながら回させその後にエクササイズするのだという。 
 T女子はアロマの匂いに心を奪われ、脳天からストレスが放出されるのを自覚したという。
 しばらくアロマを嗅ぎ、後ろの中年女性にハンカチを渡すと、中年女性は乱暴にピッとハンカチをもぎ取り、眉間にシワを寄せながら”おっそいわ!”と吐き捨てた。
 アロマで奪われた心は中年女性の態度で逆流し、ヨガスタジオに踏み入る前の約2倍のストレスがT女子を襲った。バツが悪いので途中でスタジオを抜けるわけにもいかず、中年女性の視線を背中で浴びながら、ストレス&プレッシャーヨガという、これまた新種のエクササイズをするハメになってしまったのである。
 ヨガが終了しても中年女性の言葉と眉間のシワが脳裏から離れず、悔しさと恐怖でその晩はなかなか寝付けなかったという。
 翌日の土曜日。昼を過ぎてもまだ脳裏には中年女性が…気分転換にT女子がチャリンコで買い物に出たところ、遥か前方から猛スピードで激チャリする女の姿が…そうです、あの中年女性だったのです。
 視線は一定に保ち腰から上を前方に45°傾け、そしてやはり眉間には強烈なシワが。歩道を猛スピードで走り、歩行者などおかまいなしてベルを鳴らし続けながら神風のように走り去ったという。
 T女子によれば、髪はアフロ気味のソバージュ、カラーは下品で安っぽいなブラウン、びっくりするぐらいにブルーのアイラインを引き、梅干しをつぶしたような色のルージュをひいて、そしてエブリタイム眉間ジワ。場末のスナックのママではないかとの想像だが、T女子曰く、「結構カネ持ってそうだから、代々続く土地成金に嫁いだ鬼嫁かもよ!」だそう。
 なんでカネ持ってると思うの?と問いかけたら、「わりと新しメの電動自転車乗ってたし。あれ、ディスカウント屋でも15万はするよ」と緻密な分析まで披露してくれた。
 さらに「わたし、アレ、欲しいんだけど…」と軽く猫なで声。
 
 心揺れる女子の日常。わたしはこんな話を聞くのがなによりも好きです。
 
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たった今、広くなった事務所というか教室。



『深夜のチャーリー』

 深夜にチャリ転がしてるとほとんどと言っていいほどポリさんに止められる。前方100メートルにポリさん発見した瞬間からゆーうつになってくる。予感はポリさんにも伝染し、”あー、もしもし、ちょっとスミマセン”となる。
 職質っぽくて腹が立つが、無視すると厄介になるからしばらくお付き合いする。防犯登録を調べ所有者確認をそれらしくして、”ではお気をつけてお帰りください!”である。ほんとーにめんどくさいし、いいリズムで走ってたのにまた一からリズムの作り直しである。

 そして俺は見つけた、止められない術を。
 ポリさんを発見したら、こちらから”お疲れさまでーす”と元気いっぱいに声をかけてやるのだ。不意をつかれたポリさんは”ど、どうも”としか切り返せない。節電で中国よろしく自転車が氾濫する都会の深夜、せめてポリさんぐらいスルーしたいものである。
 いちお報告しとくが、今んところ3戦全勝。無敗のヒクソングレーシーなのだ。
 



『支援のありかた』

 不謹慎。自粛。この意味を、今いちど考えるべきである。やろうとすること、やるはずだったことがすべて無くなれば経済効果は得られず、義援金等の復興支援にも支障をきたす。
 仕事そのものが「不謹慎」ととられる会社だってある。自粛ムードが行き過ぎて、不謹慎の意味があらぬ方向へいってしまったら、経済で保たれていたこの国の機能は完全に麻痺してしまうだろう。
 どこからが不謹慎でどこまでが適正か。その線引きは難しいが、自粛という言葉の呪縛にあい、人そのものが社会の中で機能しなくなれば、それこそが多大なる二次被害である。
 日々のことを真摯にやりとげ、そして復興に支援する。仕事も支援の一種であることを我々は肝に命じるべきである。
 



『MYチャーリー』

 5年前に買ったMYチャリのBianchiちゃんもなかなかいい味になってきた。長い間付き合っているとどうしてもカゴとバックミラーとベルが不可欠となってきておばチャリ感満載になってきたがベストな状況である。
 現在、HOSUのスーさんにセカンドカー(チャリ)を造ってもらってる最中で、「走るおばチャリ」をコンセプトに部品を集めてもらっている。本当は電動モノが欲しいのだが、ご時世である。節電&体力増強ということで自家発電に決定した。震災以降、2日に1日の割合でチャリ出勤しているが、どうもトワタリ方面に痛みが残って仕方がない。噂によれば生殖機能やヂ方面にも影響するらしい。来年50なので前者はヨシとしてもヂ系は穏やかではない。
 サドル装着用の座布団みたいなものはないのだろうか? スーさんに頼んでサドルそのものを座椅子仕様にするか。そうなると道交法にひっかかるのかな。
 うーん座椅子式チャリ、快適だろうなぁ。

 金曜日にキップ切られたこと思い出した。お巡りに「これを義援金に回しなさい!」と言ったが、「お気持ちはわかりますが…」と歯切れが悪かった。ムリもないか…
 

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Bianchiちゃん。



『友人ニシ、甲子園へ!』

 友人ニシはこの震災にやりきれない思いを隠せない。日々の義援金や日用品を提供するだけでは気持ちを満たせず、明日、朝イチで甲子園に乗り込み東北高校ナインを応援するのだとメールをよこした。
 機械がはじきだす活字ではあるが、文面からは熱気と鼻息が感じられた。
 さすがは中京高校伝説の応援団長。自分を裏切らない決断だ。
 「俺は45歳になっても応援団長なので、東北高校ナインを通じて東日本にエール振ってきます!」
 気合いが入った時のニシは最後に決まってこう書き記す。
 押忍!

 ただ対戦相手は我が故郷、岐阜代表の大垣日大高校である。
 ちょっとだけこっちも応援してくれるとありがたいのだが…大垣日大は日本全国が注目する中、完全アウェーとはいかないまでも、かなりプレッシャーのかかる試合になりそうだが、開会式の選手宣誓にもあったように、いろんな事情はさておき、球児は伸び伸びと自分たちの力を精一杯に発揮してくれればよし。
 すでに目頭が熱くなってきたが、とりあえず今夜は涙の前哨戦として金八先生で泣こう。



『ドーナツ』

 E社のKが陣中見舞いでドーナツを持って来た。そんじょそこらにはないミスドの物らしい。
 なぜKは6個入りの箱に5個だけ入れたのだろうか。プレミアムミスドゆえ、売り切れで5個しか買えなかったのだろうか、それとも経済的理由で5個にしたのか。もしかして途中で1個食っちゃったとか。ともあれこのバランスの悪さ、道中ドーナツがごっつんこしてクリームコーティングがはげ落ちたり隣のドーナツにくっついちゃったりしてビジュアル的には赤点である。
 「早くお届けしようと思って、ダッシュして持ってきました」
 ダッシュするからである。急がないと溶けてしまうとでも思ったのだろうか。
 まぁそんなところがKの良さでもあるのだな、と思うことにした。

 震災の4日後に第一子が誕生したばかりでなにかと大変だろうが、頑張れK! こんどは一緒にドーナッツ買いに行こう。

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『兄貴の話』

 「8時半の新幹線に乗らなあかんで、7時半までにちゃちゃっとメシ食おめーか」と兄が言うので、ちゃちゃっと食える餃子屋へ入った。メニューを見て、とりあえず餃子を5種類頼んでから、「ビールはあかんぞ、岐阜羽島にクルマ停めたるで」と兄貴said.
 ”ビールがあかんのはお兄ちゃんで俺じゃないだろ”と言おうと思ったが、裏を返せば”俺は飲めんからお前も飲むなよ(飲みたくなるから飲まんといてくれ!)”的な意味と解釈し、地味にふたりとも水で。
 兄貴、再びメニューを見る。「おぉ、ラーメンあるやねーか。さっきラーメン食ったばっかやでさすがにラーメン食えんわ。まんだ(まだ)腹ん中で太麺がちゃぽんちゃぽんしとる」。兄貴、さり気なくどんな麺を食ったか報告する。「セットにちっちぇー餃子もついとったな」。なんじゃい、餃子食って来たんや。
 「ほんなら、コレ、激辛担々麺!!」
 どうやらラーメンとは一線を画すらしい。
 「かっれー担々麺、汗びっちょびちょになって食っとるときは気持ちえーけど、外出たら汗が氷みてーになってまって風邪ひーてまうけどなー」
 じゃ、激辛はやめて辛口ぐらいにしとけば…
 「そんなもん、オメー、せっかく東京来たんやで激辛食わな損やろ!」 
 …なんで…?
 「オメーも風邪引いたーあかへんぞ。こういう時やで、よけーにな!」

 食うだけ食って喋るだけ喋って、しかも巨大な音量で…そして兄貴は予想通り汗びっちゃびちゃになって東京駅へと向かったのであります。
 

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週末もがんばれにっぽん!



『兄上京』

 兄貴が上京するなり土産話のように話しかけた。「お袋がな、”エダノさんって喋るときに歯が見えん人やな”って言っとったぞ」
 気にも留めてなかったが確かにそうだ。歯が見えないというか上唇がまるで動かない。まるでいっこく堂の相棒のようだ。
 そもそも上京するなりそのネタでいいのか? 
 いいのだ。安心する。
 
 母はいつだって困難な時にあさってのようなことを言う人である。それを新幹線に乗って伝言しにくる兄もまたでっかい器である。
 
 

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正面の壁、あと6日で開通。



『日記消失』

 久々に”書いたぞ!”という大作日記が完成したと思いきや、PCのへんなとことを、ぽぽぽぽ〜んとやったら消えてしまった。日記で大作とはなんじゃらほいという感じだが、とにかく1時間もかけて書いたものがぽぽぽぽ〜んである。もちろん二度と書けないし書く気なし。言い訳めいてメメしいがこれにてご免。
 今度は水か。スーパーで血まなこになってるひとびと見るのがコワい。



『キャンドル』

 3連休、どれだけ節電できるか試してみた。コタツとエアコンを点けずパッチとババシャツ(ジジシャツか?)と厚手の靴下を穿きJUNEにもらったキャンドルをここぞとばかりに活躍させた。
 寒けりゃ着る。こんな簡単なことをスイッチひとつで誤摩化していたことに気づく。耳と鼻の穴とおでこと襟元は冷えるが室内にいれば別にどってことないことにも気づく。
 キャンドルだけでもしばらくするとガラスは曇る。一気に温まりゃしないがパネルヒーターのように徐々に冷えが消されていく。
 倦怠気味の恋人同士にはそんな夜をお薦めする。味気ない蛍光灯よりもため息ひとつで表情を変えるキャンドルの灯りの方が互いの距離感を感じるかもしれない。
 やってないだけで、やれば気づくことがいっぱい。どれだけ怠惰な日常を過ごしていたのかと反省しきり。
 キャンドルひとつでいろんな気づき。JUNE、やがて今回の被災地にそっとあかりを灯しておくれ。
 

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寒くなればチャリで散歩。ただし花粉も本気。



『冬のサクラ 最終回』

 冬のサクラが、放送されなかった先週分と合わせてまとめて2時間放映されたが、はじめから最終回拡大版的に2時間としたわけではなく単に2週分を足していただけなので、真ん中あたりで前週分のクライマックスがあって、その次には急に今週分アタマ部分の穏やかな展開となり、なんかチグハグでもどかしかった。
 昼間っからものすごい番宣攻撃をしていたので、9時前から茶の間に正座して心待ちにしていたのに物足りなさは否めなかった。
 やはりドラマというのは流れとリズムなんだなぁ。1話分のストーリーはその中で完結するもので、”次回が待ち遠しい”と思わせてナンボ。それを無理矢理2話分繋げてしまうとクライマックスからじわーと引きずる余韻がなくなってしまい味気ないものになってしまう。
 とはいえ、クサナギ、イマイ、見事な結末であった。イマイのやつれた溜め息に、ついもらい溜め息を、クサナギが自分の腕の中で旅立ったばかりのモナミさんに「愛してます」と叫んだときには、完全にクサナギの後ろで見守っていた。コーイチさんは良い人になっちゃうし少々出来過ぎな部分はあるが、ハッピーエンドとはいかないまでも希望が見えるエンディングに救われた。

 茶の間でテレビを見られる俺たちがやることは、何をしたらいいかと悩むことより、いつも通り働いて義援金を送ることである。
 

 



『小さなはなし』

 「もしもし。今コンビニには何にも品物がないんだよ!」
 「こっちはコンビニもないよ。」

 自分が住んでる場所を当たり前だと思っちゃいかん。
 



『トイレにて』

 某所のトイレに入って手を洗ってたらびっくりした。
 トイレの神様、怒っております。

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『ベトナムのみやげ話、その②』

(はじめてご覧になる方は、昨日のNIKKIからご覧になることをおすすめします)


 ホーチミンのホテルは存分な広さはあるがベッドは湿っぽく部屋の灯りはネガティブだった。貧乏旅行を決めこんだゆえ、酒も基本的には持ち込みの焼酎とスコッチがメイン。足りない分は中学校の保健室みたいなスーパーで、オリジン弁当2人分の予算で7人分のビールとつまみを余裕で買い込みホテルへ戻った。
 夜の酒は昼間に食った屋台メシを刺激して、みんななんとなくそろーりそろりと便所へ駆け込んだ。
 用意周到の元電鉄会社車掌のKさんが名薬正露丸をリュックから取り出した時には大喝采が起き、すぐさまひとり3粒ずつ配給された。
 ジャンク料理が大好きなデザイナーYと、昨日の日記にも登場するカメラマンHは、ベトナム料理に著しくやられたらしく、何度も配給をうけていた。
 Hの胃袋のコンディションは最悪だったが、旅となるとその土地の文化や食に関してうんちくを語らずにはいられず、迫り来る便意に逆らいながら、誰も耳を傾けないうんちく話にセルフで酔いしれながら語り続けていた。
 一方Yはやや強めのメキシカンみたいな酒と目から火が出るようなビーフジャーキーをワイルドに飲み食いし、いい感じでタテ揺れに酔っぱらっていた。
 Yはのどがカラカラになった。あのメキシカンとビーフジャーキーのせいだろう。それまでかたくなに手放さなかったウィスキーグラスをテーブルに置き、ヘアメイクEに、「みず!」とリクエスト。Eは冷蔵庫の中を確認した後に、「1本20円らしいですよ」と伝えた。
 Yは少し考え込んだ末、「やっぱいーよ」と言うと腰を上げ、洗面所へと向かった。
 しばらくしてスッキリした顔で戻って来たYにEが聞いた。「ションベンですか?」。Yは答えた「ううん、水飲んで来た」。さらにE「どこの?」。Y「水道の」。一同「えーっ? マジでーっ?」。さらにY「ひとくちだけならダイジョーV!」とVサイン付きのしたり顔。

 10分後、猛烈な腹痛がYを襲った。床に倒れ込み、突然エビの踊り食いのような動きをやるもんだから我々はかなり焦った。一見、新種のエクササイズに見えなくもないが、形相が形相だけにそんなポジティヴな解釈は誰ひとりとしてしなかった。
 Yはもんどりうちながら、「せーろがんせーろがん」と連呼したが、それを聞いたKさんがポツリ。「きのうHさんがお腹痛いというので、全部飲まれましたよ」
 Yのエビダンスはさらに激しさを増し、冷や汗をかきながら「こらっH、なんで全部飲んじゃうんだー。誰のせーろがんだとおもってんだっ!」
 するとH「Kさんのでしょ。お腹いたかったからいっぱいもらっちゃった」

 またしても20円の悲劇。哀しい、哀しすぎるぞマイフレンド。

 (後記)
 ケチは友情にヒビを入れるが、旅そのものは盛り上がる。
 おしまい。
 
 
 



『ベトナムのみやげ話 その①』

 みんなでベトナム旅行に行ったときのこと。物価が安いからベトナム!と決定したホーチミンをメインに4泊6日の行程を組んだ。
 さすがベトナム、安い。安すぎる。屋台のチキンライスが20円。フォーも20円。安すぎて腰が抜けそうになった。しかし、その安さになれると、50円のフォーが高く思えてくる。東京では1000円もするクソまずいラーメンを食っているのに。環境とは恐ろしいもので、たった2日の滞在で価値観さへも変えてしまうのだ。
 3日目。みんなでサイゴン川をフェリーで渡りビーチに出た。汚い海だったがそれなりに異国情緒もあって気分は悪くなかった。しつこく流れるアイスクリーム売りの気味の悪い音楽さえなければもっと快適だったが、それはひとまず。
 汚いビーチで泳ぐにはゴーグルが必要だった。タイミングよく塩沢トキみたいな髪型をしたおばさんがアイスクリームとゴーグルを売りに来たので、カメラマンHが早速日本円で50円のゴーグルを買おうとしたところ、小銭の持ち合わせがなかったヘアメイクEが、”Hさん、僕の分まで買って来てください”と言った。Hは鼻歌まじりに了承し、ゴーグルを2つ持ってスキップで帰って来た。
 さっそく海に飛び込もうと、Eがゴーグルをかけようとした瞬間、ゴーグルのゴムがブチッと切れた。
 あまりにも粗野なゴーグルに腹を立てたEは、”こんなゴーグルに金は払えん!”とHに怒りをぶちまけた。するとHは”そんなの俺の知ったことか!カネ払え!”と怒り返した。
 結局それからの3日間、EとHはひと言も口をきかないままベトナムを後にした。

 10年以上の友人であるEとHの仲がたった50円で引き裂かれてしまうなんて…。
 もしも20円のチキンライスを食べてなかったら、フォーを食わなかったら50円ぐらいどうってことないと思っていただろうに…。

 あれから3年。久しぶりに鍋会で顔を合わせたEとH。初めは気恥ずかしさも手伝ってか、よそゆきの言葉で会話をしていたが、酒が入った途端「テメー、50円かえせーっ!」「あんなゴーグル買ってくるおめーがワリーっ!」
 
 以上、泣きたくなるほどちっぽけで哀しい話でした。
 おしまい。

 (予告編)明日はその②を書くよ。
 



『役割』

 3ヶ月ちかくかけて準備を進めていた仕事が中止になった。残念でならない。やりきれない気持ちを誰かにぶつけても、そんなこと知ったこっちゃないとそっぽ向かれるのがオチである。
 被災者の方たちを思えばこれぐらいでメゲていたらバチがあたる。俺たちは確実に恵まれていることを忘れちゃいけない。思い通りにならないことや予想が外れることは多々あるが、その程度で感情的になれること自体が恵まれた環境なのである。

 あの悲惨な映像を目ん玉に焼き付けるのだ。
 
 今日をちゃんと、いつも通りに生きる。そして誰かの役に立てることがあれば、それを速やかに実践する。どちらも俺たちの役割だ。
 



『いま』

 なんか、書けませんね。
 なにかしなければ。
 それを見つける。
 役割を。



『おやじ』

 名店「ふじ」の名物おやじ。故郷に帰ったようなとか心安らぐとかその程度の場所ではない、ここはひとつの宇宙である。引力とか磁力とかから解放された無重力のような店。
 ふじ豆腐とぱんぱら焼きとちりめんキャベツとメンチと最後にけんちん汁となによりおやじのスケールのでかいエピソード+栃木弁。これで重力もストレスもすべて解放。明日があることを実感させられる宇宙ステーションなのである。

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おやじと。



『東京男会』

 のりさん主催の男会。広尾のそば屋でキックオフ、蛇崩のおやじの店に転がり、ラストは渋谷の某Barへ。ひっさしぶりに部活感満載の夜だった。男っちゅーのはなんちゅーかどーしよーもなく、けれどたまらなく…後に続く言葉は星の数ほどあるけれど、やっぱ男はサイコーなのよ。
 嬉しすぎてみんなで泣きそうになりながらグビグビやってたら、kyon2も登場して、サイコーの境界線をはるかにこえて宇宙規模の夜になった。ロンブーあつし。ありゃモテるわ。礼儀が素晴らしい。
 のりさん、誕生日おめでとございます。

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のりたけ先輩とたけゆたか先輩(年下だけど)。



『朝ドラ試写会』

 連続テレビ小説の試写会に行って来た。映画の試写は頻繁に行くが連ドラは初めてだ。NHKは小4のとき、親父と兄貴と一緒にはとバスのコースで巡った場所ということもあり、民放局とちがう懐かしさがある。場所も移転していないし、古いまんまだからそう思うのか。受信料がっぽり取ってるんだからそろそろ新社屋でも建てたらどうかね。そーなると値上げっちゅーことになるのか、いかん。現状維持でよろしく。
 春の連ドラ「おひさま」の第一週分の6話をどどーと観た。いわゆるNHKの朝ドラのパターンだろうと高をくくっていたら、想定外の感動で涙腺が開きっぱなしになってしまった。マスクをしていたため花粉の涙っぽくふるまってみたが、どうしてどうしてまんまとNHKの罠にはめられてしまったのである。
 子役たち、泣かせる…。どっか「おしん」入ってて。おひさまのように自分の力で輝いてく女の一代記。ヒロイン16歳からは井上真央ちゃんの登場、花男、僕の初恋…以来の制服。「真央ちゃんが制服を着るとバカ当たりする」とはM氏の弁。いつもは髪の毛を人差し指でくるくるしながらゆるキャラのような存在のM氏だが、なかなかに言い当てた名言である。
 3月28日より起き抜けに目をこすりながら真央ちゃんと対面というのもわるかない。そしてどんどん手の届かないところに行っちまうのね…
 9月まで朝イチで泣きか、オヤジ街道まっしぐらやね。

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オガタケイさんの写真すばらしか。



『雪』

 「なごり雪」という歌は、もう春がやってきたのに、過ぎ行く冬を惜しむように雪が降るんだねという歌で、そこに男女間の恋愛や避けられない旅立ちの時を「汽車」というモティーフを用いて主人公と彼女との絶妙な距離感を描いた名曲。
 春の雪はせつなくて、けれどこの雪の向こうには大人になるための本当の春がある。
 春。卒業。旅立ち。心のこり。なごり雪。
 とはいえ今日のドカ雪はなんだ? ほどほどにしろ雪。切なさの微塵もデリカシーの欠片もない。唯一の救いは、花粉の飛散を若干抑えたぐらいだ。
 もう冬まで出番はいいからね、雪くん。

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雪がやんだ後の曇った夕方がまたちゃみちい。



『ロケ。鎌倉。はれ』

 鎌倉ロケ。右に富士山左に江ノ島。青い空とシーズン前につき、まだ青い海。
 なんで湘南なのに花粉バリバリ飛んでくる? スタッフ3名&ロケバスさんマスク着用で理科の実験室みたいになってしまったがバツグンに気持ちいい撮影だった。
 ランチはインド人が届けてくれたカレー。全6種類×2を11人で。サフランライスとナンはお好みで。晴れた日のロケはついつい遠足気分になってしまう。早朝出発というところがまた心地よさを膨らませてくれるのだ。そして遠足の帰りのロケバスは、Zzz…。

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スタジオ屋上。北斎が画を書く気持ちがわかる。



『朝帰りと茶碗蒸し』

 実家近くで自然環境あれこれ的な仕事があったので、出張で実家に行くという珍しいケース。4時半から打ち合わせを兼ねての会食という流れの中、最後は同級生のバツイっちゃんのお店で15人ぐらいで盛り上がり深夜を飛び越え早朝帰宅になってしまった。
 かれこれ15時間ぐらい飲んだのだろうか、我ながらすごい胃袋と肝臓である。
 朝6時、誰も起こさないようにそーっと玄関のドアを開けたら母親がニブイ笑みを浮かべて立っていた。「あんた、いくつになってもコソーっと帰ってくるんやね」。なんも言えません…
 「ほんで茶碗蒸しいつ食べるんやね?」。なんか悪さをやらかした中学生みたいな気持ちになってしまった。
 2時間寝て地元の若い衆とモーニング食べて、その後にゆっくり茶碗蒸し。やっぱ美味いわ、おかーたま。

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青いお箸は小学校4年から使ってる40年モノ。実家でキープ。



『隠れ家』

 友人の某プロダクション社長の隠れ家的会員制Barに招待されたので、どれどれ覗いててみっかと気楽な気持ちで入ったら、そりゃぁもうBar中のBarで、男の中の男的なシブくて重厚な雰囲気にたまげた。迷わずハーパー12年割りのウィスキーコークから扉を開けてしまった。
 友人社長は某名店からオーナーと店長込みという規格外のケータリングを実践して極上の水炊きでもてなしてくれた。通常の会食とはひと味違う隠れ家での晩餐である。大声でヤザワのモノマネやっても誰にも迷惑がかからない珠玉の空間。場所?…教えない。ヒント?…あたえない。
 時計などヤボなものはなし。気がつけば7時間。ウィスキーコーク9杯、焼酎ロック15杯、チェイサー代わりの生ビール4杯。ヤザワ談義3時間、80年代歌謡曲合唱大会2時間。
 つまりサイコー! 場所っ? おしえない。

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某所某地下。かくれが。



『来訪者』

 中目からクルマで5分離れただけなのに珍しい人がいっぱい尋ねてくる。そういうことが引っ越しということなのだろうか。ただ訪れた人が口々に「段ボール屋はじめたの?」とイタイところをついてくる。好きで積み上げてるんじゃねーのと言うのも面倒くさくなってきたので、「意外と段ボールって儲かるんだよ」と言うと案外本気になるから勝った気分になる。
 ついさっきスタイリストのハナちゃんがスタンダードプードルを連れて遊びに来た、というか学校の目の前の世田谷公園に散歩ついでにやってきた。そこそこの公園が近隣にあるというのものどかな雰囲気でよろしい。そのうち事務所は子連れの主婦とかで賑わうのだろうか。何の脈絡もなく知らない親子が遊びに来たとしても問題ないというのがマロンの強みである。ただし親子と言っても母子に限る。ここは声高に言っておく。
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巨大プードルに負けず、ハナちゃんもすごい。



『ねぇマスター』

 三茶、知る人ぞ知る路地裏、スナック「オスカー」。映画とスコッチをこよなく愛するマスターがかれこれ50年三茶の夜を彩る。御歳76歳。マスターの年齢を上回る常連さんも集う。ひと言では言えないが、たまらん店である。
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マスター目線、キマッてます。



『春まだ遠く、けれど…』

 夏は急にやってきて秋は知らず知らずのうちに、冬はドカンとやってくるが、春はジラす。手の届く距離まで歩み寄ってきて、ふっとその場から遠ざかる。まるで恋愛の駆け引きのようだ。
 春にジラされているうちに、季節は花粉症に横恋慕される。しかも花粉症は猛威をふるって季節の感覚など微塵も与えないほどアピールするのだ。この季節、別れや出会いにとっておきの涙を流すはずだったのに、毎日安っぽい涙を流し続けて、心は凹む。
 嗚呼、花粉症さえなかったらこの季節はどれほど輝くことだろう。ジラされ続ける2月最終日、東京世田谷気温5℃。真冬に戻ったのに花粉だけは元気だ。
 落ち込んでいるところにあのひとから素敵な観葉植物が届いた。灰色の空でも、心はラムネ色だ。

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ありがとうございます。



『トゥモロー レセ』

 金曜夜、TOMORROWLAND「SUPER A MARKET」のレセ。スパークリングワイン美味だった。
 レセ好きではないが、中年になってきたのでここ最近はちょこちょこ顔だすことにしている。楽しみは懐かしい顔に会えること。
 出版社のやつは編集部を移動していたりフリーのやつは予想もつかない事業をはじめたりしていて興味深い。ふっくらしたおばちゃんが10年前にトップモデルだったりなんてこともあって、ちょっとした同窓会的な雰囲気もある。中には何十年ぶりに会うやつもいて、大して仲良いわけでもないのにハグしあったりする。なんちゃってギョーカイっぽくてカッコ悪いが、そういう世界の中にずっといるので、別に誰もなんとも言わないから平気、というか、気にも留められてなくて、その流されてる感じもまた都会っぽくて実に大人なのである。
 いつもレセではいろんな人に写真を撮ってもらうが、その場で見せてもらうだけで届けてもらった試しがない。この刹那的な時間がまた大人で都会的でギョーカイなのである。
 素敵なBarだったので、ちょいちょい行くことにする。 

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カフェのデッキより店内をパシャ。



『花粉ショー』

 やっぱ今年も花粉症に負けた。2年間で35本も注射射ってるのにさ、今日グズグズだった。今日の収穫はおいしいハンバーグ食わしてくれるcafe見つけたこと。鼻水ずるるだったけど感激した。バーローかふん!


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映画P甲斐ちゃん。こころ落ちつくひと。



『写真』

 前からお手合わせ願いたかった写真家の秦淳司さんとようやくご一緒することができた。媒体を通して人の作品を素敵だなぁと思えること自体、自分にまだクリエイティブな気持ちが残されているのだなとちょっと安心した。
 前日には渡辺達夫さんの濡れるような写真に触れ、おぉっと思い、昨日はレスリーの写真展のレセプションに行ってまたおおっ。そこに、ここしばらくで写真家としてグイと存在感を際立たせてきた松田美由紀さんがやってきてしばし談笑したが、写真という表現の底力にあらためて心震わされるこの頃なのである。
 いつまでたってもバカチョンしか扱えない幼稚なオレが言うのもなんだが、写真を通してというか、ファインダーを覗くだけでなにかを学び探求するような感覚にとらわれるのはなぜだろう? 表現の手前段階で、「自分ならば」という自意識がそうさせるのだろうか? なんて面倒くさいことはヨシとして、写真っていいな。ということと、写真を撮るっていいな。ということと、誰かが撮った写真もいいな。ということと、やっぱ一流カメラマンの撮る写真は素敵だな。という小学生並の感想が書きたかっただけです。


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レスリーのレセ。盛り上がってます。



『衝撃の試写会』

 仲良くさせていただいている女優さん主演の試写会を編集者MとカメラマンRとともに観に行ってきた。女の痛みと哀しみと強さなんかが入り交じったかなりヘヴィな内容で、腰抜けのオレたちは逃げ出したくなるような衝撃的なドラマだった。
 少女だったあのコがショッキングなラブシーンを演じていて、思わずシャツの袖を噛んでしまったが、ラストシーンでは彼女迫真の女優魂に感動して涙してしまった。
 彼女が大人になってゆく嬉しさ混じりのさみしさと劇中のラブシーンのやりきれなさから、オレたちはヤケ食いに走ることを決意し、懐かしの中目(といっても離れてわずか10日)の某アジアンテイストの焼き肉店で、タン塩、カルビ、ハラミ、焼酎をヘビーローテーションして腹も脳みそもぐでんぐでんになってしまった。
 それにしても女という生き物の偉大さをまざまざと見せつけられた映画だった。
 帰り際、仲良く並んで信号待ちするおすPさんの後ろ姿が可愛かった。
 

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ひかりとかげ。人も人生も。



『頭の中の引き出し』

 4時半起きで鹿嶋までクルマで走り撮影をしてクルマで広尾まで戻り撮影してデザインして原稿を書いて気がついたら爆睡していた。引っ越し疲れか知らんが、無意識的なダウンをしたのはあまり記憶にない。カラダがついていかなくなったと軽い嘆きを入れてみたところで…
 話は変わる。以前から思っていたことだが、頭の中にはどれだけの引き出しがあるのだろう。
鹿嶋までの道すがら、なんてことない景色を瞳に入れるだけでどこか懐かしさとリンクする。昔、どっかで見たことのある景色でもなんでもないが、なにかにつけて想い出を辿り、そして何かが心におちる。すべては頭の、記憶の中の引き出しが勝手に開き、ファイルをみつけてはオレのどこかを刺激する。
 こういうことが「長いこと生きてると…」的なことなのだろう。
 引き出しが勝手に開かれるとなぜか嬉しいのは、想い出を大切にしているということになるのだろうか…。
 おやじの命日。28年の日。次男、48歳と7ヶ月なり。

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海岸沿いのハウススタジオ。プールを見て女優は「まさか…」と青ざめた。



『春の足音』

 某電鉄会社の車掌さんを務めたKさんが会津に帰ってしばらく。週末に、元気かなーとぼんやり思いをよぎらせたところ、ついさっき、昼メシどきに世田谷公園の前を歩くKさんを発見!
 「Kさん、なにやってるの?」と尋ねたところ「いや、引っ越したことをNIKKIで知って…」
 それでわざわざ? オレ、これから仕事で出掛けることろなんだけど…。つまり留守にするんだけど…。
 Kさんは、それでも構わないのダと。勝手に来たのは自分なのだからダと。引っ越し先を見られただけで満足なんダと。ダ、ダ、ダ、の連発はありがたいが、大変に申しわけない思いも深く…
 けれど、心に傷を負って実家に帰ったKさんが、こうして突然に東京へやってきたんだ。これを心の春と呼ばずになんと喩えよう。そう、いろんな人にヒタヒタと春は確実に近づいているのだ。
 まだまだダウンやコートは手放せないが、鼻をくすぐりだした花粉の調べも春の訪れのあかし。こんな日にはウクレレで『なごり雪』なんかを弾いてみる。すると、あんなに吹雪いた先週末さへも懐かしく感じてしまうではないか。
 人生、なんだってなごりがあるから始まれる。いくつものなごりが、また新しい想いをこさえるのだ。そしてそろそろ、春が来る。
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髪の毛、春用です。ユキちゃんありがとう。



『苗場のユーミン』

 苗場のユーミンは神々しい。自分が立つ場所と意味を存知ていらっしゃる。人々がどんな思いや想い出を連れてその場所を訪れるのかを理解した上で、苗場ならではのユーミンを演じてみせている。
 21時半を越えてはじまるライブは日付が変わってもまだ止まず、アンコールは4回を数えた。
 最後の最後に卒業写真。いくつもの場所と時間を何度も卒業したはずなのに、それでも皮の表紙を開かれると二キビづらした18歳に戻ってしまう不思議な空間。
 恋人だった人たちが30年の時を越えて家族になりユーミンを聴く。いつまでも恋人同士のオネエたちがときめく想いを交換しながら聴く。中には3世代も…。時間を止めたり戻したり、苗場ナンバーのかぼちゃの馬車は、どこまでもユーミンというファンタジーを疾走するのである。
 エジプトやあっちこっちで大変なことが起きているけど、苗場にいると、そんなことが起きていることなどまったく嘘のような地球にいる気がしてならないのだ。



『校庭に響く声』

 すんごい風で校庭の木々がびゅんびゅん揺れてます。なんか校庭を見ながら仕事というのもいいものです。といいつつマロンの窓から見えるのは正面に体育館、左に更地になった公団住宅跡地をどっかんどっかんやってる光景、右にかろうじて校庭。
 でもいわゆる放課後という時間になると元気な声が響き、ちょっとだけ口角が緩むのです。
 何十年経っても放課後の定番はドッヂボールとサッカーなんだね。近場のメシ屋もいくつか覚えたし、ゆっくりと池尻の住民になるとしよう。
 故郷にも池尻という町がある。長良川にかかる小瀬橋を越えたところにある田畑と山が織りなす素朴な風景。5月になれば鵜飼が行われる画のような町(村かな?)です。
 川を泳いで横断するのが地元の子どもたちの肝試しみたいで、真ん中にある七つ岩まで泳いで、少し休んで対岸を目指す。ところが流れが速いので上手く七つ岩までたどり着けず、下流までビューンと流されて溺死しそうになる小学生が多発。そんな奴らをさらに川にドボンと放り投げていた少年クリヤマ。
 ふるさとの誰もがそんな想い出をもっているのです。

 午後5時16分。夕日に染まる校庭を眺めながら。

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学校内にある「GO SLOW CAFE」。今日はチキンカレー(今週3回目)



『仁丹』

 仁丹の匂いはどこかノスタルジーへと誘う。昔はフリスクとかなかったから、親父や先生はエチケットに仁丹を飲んだのだろう。「飲んだ」という表現がまたレトロだな。昔の人はタバコを飲むと言ったのだ。
 中学でこっそりタバコを吸っていたオレに、親父は言った。「オレが中学時代は戦争中で、いつ死ぬかわからんかったから、経験としてタバコを吸ったけど、おまえんたの時代は平和やでタバコなんか吸ったらあかんぞ」。なんちゅう理由だ。とはいえ親父はオレがハタチになるまでタバコを吸わなかったと信じてくれたありがたい人だった。6年も誤摩化してごめん。
 246の歩道を初老の御仁とすれ違い様に仁丹の匂い。それだけで親父が登場するから不思議なものだ。写真や音楽だけじゃなく、匂いだって記憶を辿る。なんとなくちょっとだけうれしい。



『電車で聞き耳』

 電車のおばちゃんトークは辛辣だ。
「ほら人間って弱い生き物だから」
「でも男ほど弱くはないけどね」
「ほんと強がりなんて、何の役にも立ちゃしないわ」
「出世してから強がんなさいってネ」
 ふむふむ、なるほど、たしかにと耳をそばだてていたら、それまで黙っていたおばちゃんが口を開いたのである。
 「あなたたち、強い男を知らないからよ」

 時に田園都市線三軒茶屋駅停車。それまでの笑顔は消え、急遽おばさまたち4人は下車する。最後に発言したおばちゃんをシメるために降りたのか、そもそも三茶に用事があったのか…
 本来ならば尾行を敢行するところだが、未だ段ボールと激闘するフグを思うとそうはいかず、やむなく断念。大丈夫だろうかおばちゃん。どうでるんだろうか3人のおばさまたち…気になる…


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新事務所1F廊下。ダッシュしたい。



『きっといいことが…』

 荷造りとか引っ越しとか片付けとか届け出とか雪かきとか、今年は面倒くさいことばっかだなと思ったら、ちょとまて。ラスベガスが当たったじゃぁないか。今年のおいらは持ってる男じゃないか。
 すべてはベガスを満喫するための苦しみだ。人生苦しい時は上り坂。この先には楽園がある、って、片付けがめんどうなだけでなにうじうじ言っとるんやろ。でもな、自分に言い聞かせんとな、ほんとめげるもんな、だんぼーる。まっとれよ、ベガス!


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ロスからROUTE66を東へ4時間。
これがセットでもなんでもないからたまげる。



『からっぽ』

 別れを告げた…いや、卒業した中目マロン。想い出を箱詰めにして移動したらこんなにも広かったのか。確か8年前のバレンタインデーに引っ越しパーティをして92人が溢れたことを覚えている。
 餃子を50人前注文して、「宝来」のおばちゃんに”頼むから38人前で勘弁して”と泣かれたことがある。区切りのいい数字ではなく38人前というところに限界までチャレンジしたリアリティを感じたものだ。後日店を訪れたら”腱鞘炎になるかと思ったわ”と乙女のように笑っていた。
 中華料理店にとって餃子を作って腱鞘炎になることは、役者が舞台の上で死ぬことと同じぐらい誇り高いことだとオレは思う。
 そんな小ちゃな思い出が億千万も詰まった中目マロン。本当にさようなら。

 

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『引っ越した』

 引っ越した、が、写真のような状態。段ボールの山がいつになったら平野になるのだろう。黒板もしばらく使えなさそうだな。爪たててキキィ〜とかやりたいけど。
 この段ボールの中には歴史が詰まってる。ロクなもんじゃないけど、それでも今までの10年間がぎっしりと。ひとつひとつ開封しながらまた感激に浸るのだろうか…ないな。わけない。そんなことしたら2年以上かかる。とりあえず、毎日かあさん。ちょこちょことやりますわ。
 そして、中目黒さん。永い間ほんとうにありがとう。ずっと忘れないからね。オレのことも忘れるなよ。

 
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段ボールに埋もれて笑うフグ。不気味。



『チカとマサ』

 大学の同級生のチカとマサと飲んだ。チカは函館出身で現在北海道屈指の強豪ハンドボール部を率いる高校の鬼監督。マサは市原出身の元サッカー日本代表選手で現在150人のサッカー部員を率いる某私立高校の鬼監督。どちらも子ども達からすれば鬼である。鬼たる所以を書こうと思ったが時代が違うので誤解を招くといかんので割愛する。
 四谷三丁目で飲んだ。焼酎ばかり飲んだ。30年前、クラスの誰かが授業中にやらかした小っさな出来事ばかりを並べ立てて、”そーやったそーやった”言いながら飲んだ。
 インカレで輝いていた奴が今グダグダになっていることや、哀しみの死を遂げた奴がいることも話しながら飲んだ。いつも涙をためて体を奮わせながらビンタをとった先生が、とうの昔に亡くなったこと。理事長殺人事件で新学期が一週間延期したこと。2年時の学部内競技大会でクラスが総合優勝したこと。その日にとんでもない事件が起きたこと。ココではとても書けそうにないスレスレのバカ話など、どの話も1時間ぐらいしたいのに、そうはいかないから慌てて話して、そして深夜になった。
 来年は50になるから同窓会をやろうと計画したが、オレたち3人は面倒くさがり屋なので、そういうことにかけては超プロの増井に頼むことにした。深夜に山形で電話を受けた彼は、ひとつ返事でOKしてくれたが、ひとつだけ条件を付け加えた。
 「今年、同窓会のリハーサルを20、30人でやろう!」
 これで50になる楽しみと、49歳になる今年の楽しみもできた。

 


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左/チカ 右/マサ 



『堀ちえみライブ』

 雪のなか、堀ちえみのライブに行ってきた。82年デビュー組ではいちばん好きだったんだな。キョンキョン、早見優、明菜を抑えて堂々の1位! 個人的な話ではあるけど…
 『智恵美我女神』と刺繍された特攻服着たおじさんたちがいたけど、普段どんな仕事してるんだろう。29年前からあの服着てるんだろうか? だとしたらサイズ変わんなくてすごいわ。工事現場の誘導灯みたいなもの持って上手に掛け声をかけさせてた。あと、ソッチ系のファンの方が多いんですね。やっぱアイドルってそういう存在なのかも。男心の中にあるアイドル願望、それがジャニーズじゃなくてソッチ方面行っちゃったかんじってゆーかなんちゅーか。
 堀ちえみには感動した。特にお辞儀の素晴らしさ。ゆっくりと丁寧にこころをこめて。あの頃のアイドルはきっと事務所から徹底的に叩き込まれたんだろう。まるで茶道や華道にも通ずる礼節を感じてやまなかったのである。
 それと振り返るタイミングが素晴らしい。歌はあっちゃこっちゃ行っちゃった部分はあるけど、キメの振り返りは体が覚えているんだろう。10代の頃は振り返りスカートひるがえりフワフワがひらひらして、昨日の振り返りにもその残像がつきまとう。これぞトップアイドルの証明で、これができるかできないかがスターになれるかなれないかの最終試験みたいなものである。
 ライブの後、勢いに乗って握手会に参加しようと思ったが、スタッフから、”いちお関係者ですので”となだめられ、また雪路をそろりと帰ってゆきました。



『中目黒13年』

 昼めしは「青や」の辛鍋。トッピングにラーメンとチーズを入れて、五穀米でずるり。おかわりした五穀米は鍋に入れてぞうすい風にずずず。デザイナーのタケちゃんの喜んだ顔をみて喜んでいるところにオーナー料理長の有紀ちゃんが登場。今や『お願い!ランキング』で有名になっちまった美人女将である。また素敵な企てがあるのだろうか、終始笑顔で去って行った。
 さて中目黒。実に13年もの間お世話になったがバレンタインデーをもってオサラバする。来る事務所は世田谷ものづくり学校である。とはいえ、チャリで10分の距離なので、さみしくなったら目黒川を眺めにくる。まずは、ものづくりの前に荷造り。めんどくせ。


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青い服来て「青や」に入るフグ専務。



『地下鉄』

 雪が降ったので、こりゃヤバイぞとパーカの下に長袖半袖タンクを重ねてその上にダウンを着込んで電車に乗ったのはいいが、駅に着いたら見事に晴れて少し歩いただけで汗だくになった。
 いつまでたっても地下鉄の冷暖房システムはセンスがない。冬はバカ暑く夏はゲキ寒い。外に出れば真逆で3割増で疲れる。それでも都会人は駅から目的地までひたすら歩くことで体温を調整する。夏には地下鉄で冷えきったカラダを、冬にはのぼせた頭を冷気にさらし、心拍数を上昇させながら都会生活のリズムをつくる。
 最近は深夜の最終電車というのも珍しくない。ギューギュー詰めで暑苦しくて、メガネ曇らせたべったりヘアのおっさんが額に汗して酒臭い息ハーハーして、じわじわともたれかかってくる。我慢大会なのか肝試しなのかわからない状況から寒空に放たれた瞬間の空気の美味いことったらもう。
 最終電車に乗るにはこっちも酔っぱらうに限る。
 そして明日もまた8時台のラッシュで幕を明けるのだ。
 


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さてだれでしょう?



『iPhone』

 iPhoneの実力を今更ながら若い連中にティーチングされ、今更ながらに腰を抜かした。かといってアイホンに変えようなんざこれっぽっちも思っちゃいない。むしろらくらくホンに向かうべきだと考えている。
 こんなものを子どもに与えるとろくなことはない。電話もカメラもメールも買い物も恋も覗きも楽勝じゃないか。いくら学校で規則に縛られても、このちっぽけなマシーンは無法地帯だ。
 便利と不便は背中合わせ。なにかが便利になればなにかがダメになる。メールが増えれば会話がなくなりろくに字も書けなくなる。辞書も計算機も要らないから本屋も文房具屋も泣きが入る。そんな本屋も文具屋も主役がPCモノになり、ボタンひとつで風情も消える。マジで昭和が消えるまでカウントダウンに入ったな、と、やや儚さを滲ませつつ、ねずみセンパイのパンチをどうぞ。


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『テスト』

 はじめて写真をアップしてみた。どんなもんか、とりあえずテスト。
 ロスのゴルフ場のリスです。

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『続•冬のサクラ』

 恵比寿駅ビルの千疋屋で某編集者と待ち合わせ。少し遅れたオレを編集者はいちごパフェを食べながら笑顔で迎えてくれた。
 カメラマンとスタイリストを選定し終えると、某編集が切り出した。
 ”『冬のサクラ』、女房と泣きながら観てるよ”。前職(某出版社某女性誌編集部)ではSMAP担当に抜擢された彼だが、今更ながらにクサナギの魅力に取り憑かれてしまったらしい。
 なぜ泣けるか? 『冬』が付くからである。『冬』の次にカタカナがくるからである。『冬の〜』だからである。今や泣けるドラマのベースは、すべて『冬ソナ』にあると言っても過言ではない。そういえばクサナギはハングル語ペラペラである。大相撲や煮え切らない政治で疲弊しきった国民の精神を浄化してくれるのはもはや韓流ドラマしかないのである。
 第4話にして永遠に観ていたい!最終回が来るのが怖い!だけど最後の最後に大号泣したい!と思わせる『冬サク』。寒い冬に心からのぼせてしまう主婦ゴコロに心の底からカムサハムニダである。



『大相撲』

 大相撲がもっとも変えなければならないことは、高校を断念して各界に入る少年達に道徳心を徹底的に育ませることである。中卒でいきなり「ごっつぁん」の世界に足を踏み入れるということが、どれだけ希有で危険で、どれだけ責任を強いられることかということを、徹底的に教育すべきである。
 相撲界には食えない力士が山ほどいる。その力士たちを部屋が食わせる。若い時分は上を見て歯を食いしばるだろうが、年を重ねても食えないままの力士がほとんどだ。そして背負う責任は関取と同じ。それが国技の重さである。
 ごっっつぁん体質の力士たちが日常を変えるために安易な手段を選んだ。八百長を犯した力士が悪いに違いないが、そもそも相撲界の在り方そのもの、相撲界と実社会の違いを国民に伝え、根底から見直さなければならない時がきたのではないか。
 理事長は”ウミを完全に出し切るまでは、おそらく土俵上で相撲をお見せすることはできないと考えている”と述べた。悪いのは3力士だけか? 協会が本当にウミを出し切ったとき、いったいどれだけの力士と協会員が残れるのだろう。ひょっとしたら過去の輝かしい記録さえも抹消となることもあるかもしれないが、それさへも怖れぬ毅然とした姿勢で大鉈をふるって欲しい。
 この期に及び、それができないならば、もはや相撲は国技でも神技でもない。
 
 



『冬のサクラ』

 クサナギ、泣かせ最高。イマイミキ、泣き最高。ヤマタツ、曲のカットイン最高。すべての最高はタカシマの狂気がつくる。
 もう完全に主婦だ。



『きず」

 兄貴に迷惑をかけた。申し訳ない気持ちでいる。割と仲が良い兄弟ではあるが迷惑は別ものだ。兄貴が弟に無理難題をせがんだことはない。それが兄と弟の違いかもしれない。
 ”お兄ちゃん”と言えること自体甘えているのだと思う。
 40年前に兄貴の50円玉をかっぱらってし死にたいぐらい怒られた。50円玉の償いをしようと思い40年が経ったけど、どうだろう? ロレックスを贈ったことはあるけど、50円玉に値することはまだしていない。人生は小っさな傷の埋め合わせの連続だ。
 



『駅ナカプリン』

 少し遅れた情報でごめん。マハカラが目黒駅構内でプリンを販売しています。今日で6日目。売れてます。場所がいいから? 当たりです。でもそれだけですか?
 売れるということはマグレではないと思います。どうしたら売れるか? そこからどんどん掘り下げて、結局どんなモノをつくろうか、つくりたいか、つくるのかというところに立ち返るのだと思います。
 来週はバレンタインデイがやってきます。チョコじゃなくてプリン。さぁどうでしょう? 
 マハカラの出店は2月13日まで続きます。用もないのに駅構内をウロウロして、プリンに並ぶ人々を見てジーンときて、それを脳裏に焼き付けて麦をキュッと飲む。
 雑誌的な展開で、なかなかの金曜日です。
 



『元気…』

 ”いっつもNIKKI見とるから元気なこと知っとったよ”って、こっちはアンタが元気がどうかはおろか、死んどらへんかと思ったわ。ブログやこのテのものは情報が一方通行でいかんな。わざわざ東京まで来てくれんでもええから、ちょこっとメールしてくれたらええのに。元気かどうか知りたいやつ、いっぱいおるんやで。
 まんだしばらく寒みぃ〜で、みんな風邪ひいたらあかんよ。



『首都高で』

 首都高の入り口で強引に割り込んでくるトラックを許さなかったら、その場でクルマ並べられてかなりモメた。カッコ悪くてどっちが悪いかなんてどうでもよくなったのだが、ああなると中々引けない。トライチ茶髪に45グラサンの兄さんは興奮してるし周りには迷惑かけるし、さっさと入れてやれば良かった… 
 郷ひろみさんの言葉を思いだした。「クルマで移動していると強引に割り込んでくる人がいるけど、ああ世の中には急いでいる人がいるんだなって…。そういう人にはどうぞって譲ってあげないとね」
 …まだまだ修行が足りんわ。
 
 



『ふるさと懇親会』

 ふるさと懇親会というものに参加して来た。永田町で100人もの岐阜県関市出身者の集合である。最年長から最年少まで半世紀ぐらいの開きはあるが、言葉はほぼ同じである。もちろん皆さん、東京圏にお住まいなのでそれぞれヨソユキの言葉でお話しされますが、方言で突っ込むとほとんどの方がついポロリ。三つ子の魂100までというけれど、脳みそがやらかい頃に摺り込まれた言葉は、大人になってもほぼ条件反射のようについつい漏れてしまうものなのですね。ポロリとか漏れるとか、ちょっとそっち方面の言葉みたいだけど、そじゃなくて…
 毎年、名刺交換をするのだが、今年もまた「わたくし、こういうもので…」と名刺交換をしながら、「そういえば、昨年も名刺交換しましたよね」という哀しい事実に気づきながらも、出した名刺を引っ込めるのもヘンだから気まずい笑いの中で、そっと名刺をポケットにしまったりして。
 いいじゃないの。たとえ年一回だけの会合でも。毎年同じ人と名刺交換しても。大切なのは、年に一回、東京の真ん中で、ふるさとの人が集まる場所があるということで、”おれはこの人たちと同じふる里なんだ”と感じることだと思うから。
 良いとか悪いとかじゃなくて、ただ、ふるさとの人がいっぱい、東京で集まる。それだけで十分な気がする。



『オカマについて』

 それにしても最近のテレビはなんでもいいからオカマばかり出せばいいと思ってないか? 確かにオカマは偉い。視点も鋭いし強く逞しさもあり尊敬もする。が、やはり人それぞれである。
 このオカマブームにあやかり、にわかオカマが氾濫してはいないか? その一部がテレビにも流出して、確実にオカマの質を落としている。
 テレビもオカマに依存しすぎである。ナナメ目線で見られていた存在から市民権を与えられつつある現状には文化的進歩を感じるが、オカマを身近に感じるこの頃だからこそ、あえてオカマの在り方を問いたい。
 単に男好きな男のことを言うのではなく、女装願望のある男のことでもなく、女性になりたい男のことでもなく、オカマとは希有な感性の持ち主であり、また物事を厳しくリアルに観察し指摘する表現者でもあるのだ。
 そしてなによりも健気さ。派手でもゲテモノでもやかましくても極端でも、オカマの美学とは、なによりも健気なことである。どこかに「叶わない」という思いを抱き、儚さの中にも逞しさを抱く殊勝な生き物、それこそがオカマである。



『時間てね』

 もうすぐ月が変わる。ひと月前は大騒ぎなのに、それから11回の月の変わり目はジミだ。1年という区切りは気合いが入るがひと月となるとかなり気持ちが薄れ週単位となるとグダグダである。
 人生とはどれだけ短いスパンで気持ちを切り替えられるかが決め手ではないだろうか。1年という区切りに甘えている人よりもひと月毎に振り返る人。ひと月よりも週単位で思い省み考える人。1日で切り替える人。ちょっとした幸運が転がってきても甘んじない人。時間とは、瞬間瞬間が点であるが実は線であり、線であるが実は点である。
 点と線の結びかたとほどき方。キレイごとを言ったところで人生に差別はあるが、時間だけは誰にも平等である。
 



『スエットにボタンダウン』

 スエットの下にボタンダウン着てデニムとスニーカーを合わせる。なんてことない着こなしだがこれが命取りである。あれからもう30年以上経っているのだ。よほど体型がピリッとしてるか、よほど着こなしてなければ単なるウィークエンドパパルックである。誰も見向きもしない、くたびれたサラリーマンがスーツとネクタイから解放されたいだけのふにゃふにゃルックである。
 ハゲや薄毛をキャップで隠し、カラフルなU社のダウンに包まれても猫背は伸びず、5年前に買ったスニーカーはランニングシューズと兼用で泥んこ。ケツポケットから覗くブランド物の長財布が余計にヘンだ。20年前に買った時代遅れのロレックスを肌身離さず身につけているのもヘンその②。聞くところによれば海水浴に行くときも寝る時もしているそうな…。まさに男子一生の買い物である。
 ボタウンダウンにスエット、デニムにスニーカー、実に難しい。正月にトライしたが落ちこんで急遽パーカにストールぐるぐる巻きに変更した記憶が新しい。
 おっさんは休日もスーツの方が無難かもしれない。



『日本代表、震えるチーム』

 感動が過ぎて吐きたくなった経験がある。96年3月マレーシアでサッカー五輪代表チームがサウジアラビアに勝った瞬間だった。不安と興奮が入り交じる感覚のまま日本が逃げ切った瞬間、感動が一気に溢れて胸が苦しくなるとともに目眩がしてもどしそうになった。
 試合直後、前園とヒデに顔色が悪いよといわれてようやく我に返ったが、あんな経験は生まれて初めてだった。ところが半年後、同じ感覚を体験することになる。後に「アトランタの奇跡」と呼ばれる五輪でのブラジル戦である。けれど、あれ以来、そのテの感動を経験していない。
 今回のアジアカップはそれに似た感覚だった。現地に足を運んだわけではないが、毎試合、ギリギリの状況で難題を抱えながら確実に成長していく代表チームに心が震えた。目標をなくしたサウジとの対戦以外は、どれもがそんな試合だった。楽に勝つ試合よりも、ギリギリで勝つ試合の方がチームを成長させることをあらためて教えてくれた。
 決勝戦もやっぱりシビれた。こういう試合で結果を残すチームはファンを成長させる。日本人のDNAに貼り付いている「イヤな予感」を裏切ってくれることで、「ひょっとすると」や「たぶん大丈夫」という期待が沸き上がり、「あきらめる」という感覚が優先順位の下位へと押しやられるのである。
 もがきながら我慢するチーム。どんな状況でも負けないチーム。あいた穴を塞ごうとするたびに新しいヒーローが誕生するチーム。あきらめないチーム。結果を残すチーム。スカッと爽やかな勝ち方ではないが、観る者の心に何かを訴える人生劇場のようなチーム。
 素晴らしい日本代表チームができあがったものである。そんな代表チーム入りを競う選手達の間で、また震えるようなドラマが生まれるはずだ。
 



『男の背中』

 大久保さんがアメブロを始めたのを発見したので、”見ましたよ!”と電話したら、子どものように喜んでいた。いきなりノリさんとのツーショットで幕を開け、1日に4回も交信しててやる気満々のようです。
 ”今さ、キックボクシングの練習中だから、あとでゆっくり…”。ウィークエンドは肉体を鍛える大御所スタイリスト。郷ひろみ氏もそうだが御年55歳の先輩方は今年も小生に男の背中を見せてくれそうである。



『時間まちがい』

 打ち合わせの時間、「15時」と「5時」を間違えて、時間つぶしに公園でぼーっとしていたら公園の住人のおじさんに声かけられた。仲間の匂いがしたのだろうか…
 15時と5時、日本語って難しい。



『強がり』

 いつも強がっている男がふと弱みを見せると、女性はグッとくるそうだ。
 どうやったらそう見えるのだろうと興味深いが、グッときたところでなんなのさ。
 そもそも強がりは強さじゃなくて、弱さバレバレの証拠みたいなもんだし。



『カフェでのやりとり』

 最近気に入ってるカフェメシ屋がポイントカードを作った。月曜日と雨の日はポイント2倍だそうだ。
 ”店を出た途端に雨が降ったらどうするんですか?”と聞いたら”ノリで…!”と答えた。なかなかイケテる店長である。さらに”雨降ってる的なパフォーマンスで入店したら?”と尋ねたら、”芝居の出来次第ですね”ときたもんだ。デキる。
 気に入ったから毎週来るよと言ってクールに決めたら、”今のひと言でさらにポイント2倍です”と、さらに上を行かれた。ただし、今日の肉は硬かった。



『意思確認』

 半年前にグラビア撮影でヤマピーの究極の肉体を間近で見て発奮して、よしオレも!と意気込んだが、確かその晩に焼き肉屋の誘いを断れず、シメにラーメンも食ってしまった。
 禁煙と同じでいつから止めようなんて都合良くいくはずもなく、オレの肉体改造計画は数時間で断たれた。
 なんか1年ぐらい前のNIKKIに、バランスボールと深呼吸で5キロ減に成功したと豪語した覚えがあるが怖くて見返すことができない。
 2週間前のノロウィルスにより3キロ痩せた。頬がコケ、あまり健康的な痩せ方ではないが、体力が回復した時点ですぐに腹筋とプチ•コアリズムに取り組み、なんとか3キロ減をキープしている。
 20年前に禁煙に成功したオレだ。それ以来、イップクもしていない。少し丸くなった体型は禁煙成功のご褒美として許してあげよう。
 あれから20年。これからの20年を考えて少しずつなんかを続けていこう。
 今日は映画のプロデューサーの甲斐ちゃんと会食だが、アンキモと白子とイクラは避けよう。3年ぶり行く店なのでおやじの顔を見たら嬉しくなってガンガン食ってしまうかもしれないが、その時に自分の意志の強さを占うことにする。



『銀世界より』

 郡上八幡で吹雪の夜を迎え、白鳥で銀世界に出会い、久々に冬らしい冬を体験した。
 ホテルの窓を開けると肌を刺すような空気にたじろぐが、なぜか得したような気分になるから不思議である。これが自然の恩恵というものだろうか。
 太陽が照りつけてキラキラ輝く雪は尖った気分まで丸くしてくれる。吐く息が見事に白く、”ゴジラの放射能!”と息が切れるまで吐き続け、膝に両手をついてゼーゼーやる。
 真冬でなければできないひとりゴジラごっこ。ちなみに息子のミニラはゴジラが尻尾を踏むと、ドーナツ状の放射能の輪っかをポワワワンと、輪投げのようにのんびりしたスピードで吐いていた。
 冬晴れの銀世界。土産は目玉に焼き付けた。さて、東京かえるべ。



『おうちにかえる』

 今年はじめての帰郷である。名古屋から高速バスで帰るためバスの待合室でNIKKIを書いている。
 パソコンを出張に持って行くなど1年前では考えられなかったことだ。重くて面倒くさいことは承知だが、それじゃ各位に迷惑をかけるということが身に滲みて分かってきた。48歳にして多少の進歩あり(当社比)というところか。
 品川駅のホームで偶然シゲに会い新幹線でいろいろ話した。思いがけないシチュエーションはふたりをやや興奮させ、仕事の話なんかも進んだりして気持ち良かった。
 そこで母親からメールが届き、例によって”なに食べる?”。迷わず茶碗蒸しとカレーとステーキと返すと、”了解しました”と執事のような返信。
 帰省の際には必ずやりとりする文面であるが、答えはいつも同じなのに、母親はなんとなく聞いてみたいのだろう。それでもこのやりとりが公衆電話からケータイへ、そしてメールへと変わったところが時代である。そして母親もオレも老眼。あぁ、時の流れに身をまかせ…
 ただ今回は母親に土産があるので、夕飯時はちょっと盛り上がりそうだ。モノがモノだけに、興奮しすぎて母親のヨン様自慢を延々聞くはめになると思うが、それも親孝行ということで…。

 帰ったら墓参りに行こう。夕方のお寺は冷えるが、ご先祖様がきっと待ってくれている。



『もっている男』

 恒例の某プロダクション新年会。時代はしょぼくれていく一方だが、ココの事務所だけは勢いがあって毎年新年のゴングを元気に鳴らしてくれる。こういう場面ではいきなりワインから入る。白飲んで魚、赤飲んで肉、また白飲んで&デザート…ごっつぉーさまであります。
 今年のオレは「もっている」。前日もユーミンとのプロムナードの途中でノーベル賞受賞の根岸先生夫妻と遭遇して興奮したばかりのところに、続けてまたまた「もってる現象」が…。
 新年会名物プレゼント大会で、ラスベガス旅行を当ててしまったのである。しかも”超豪華特典付き”とは前年度当選者の弁。
 ようやくベガスがオレに追いついてくれた、と控えめなスピーチをしておいた。
 それにしても某プロダクション、いつもながらカラダを張った新年会には頭が下がる。時代がどんなに病み冷え込もうとも、なぜか心の中で「上を向いて歩こう」が流れるのである。
 100人近くの笑顔を見るとやはり元気が沸き上がってくる。笑顔とは本当に不思議なパワーを持つのだなとMr.べガスはしみじみ。それを率先しているのが美しき女優陣だからさらに感慨深い。
 充実した時間は希望を生産する。その感覚を共有し人と人の繋がりはより深くなる。
 某プロにとって新年会の真の意味は、そんなことなのかもしれない(ってべガス当たったから言ってんじゃないよ)。
 



『続•ユーミン』

 ユーミンとロケした。女王陛下みたいな人を10時間も独占するとなると、いったい時給いくらぐらいになるのだろうか。つまらないことを考えると”チープだね、考え方が”と言われそうだ。
 ロケといってもウォーキングロケ。都合15000歩ぐらいは歩いただろうか。抜群に健康的なロケだったのである。
 それにしても美しく歩く人だ。特に階段の上り方は左右のバランスがとれていて、まるでメトロノームのようである。推進力もありスピードが早く、そのために筋肉が見事に稼働しているのだ。だから急に飛び跳ねたりポーズをとるだけでアスリートのような雰囲気を醸し出す。カッコイイのだ。
 終了後にちょっとしたサプライズをした。ユーミン感激してた。それ見て感動した。見渡したらみんな同じだった。これ以上は書くと幸せが逃げて行くようで怖いからナシ。
 パンパンに膨らんだふくらはぎは、幸福の証拠なのだ。
 



『ユーミンの誕生日』

 ユーミンの誕生日。ポップミュージック界の女王だけど、エリザベスのように別珍の椅子に座らないで、ダイアナみたいに疾走する女性であり続けてほしい。かといってプリンセスではなくやっぱりクィーンのままで。
 5年前、ユーミンと恋の話になり、流れで過去の失恋を打ち明けながら、”ずっとこの人に恋の話を聞いてもらいたかったんじゃないだろうか”と思った。多分、オレらの世代の誰もの恋の中にユーミンが介在していると思う。もちろん間接的にだけど、しっかりとBGMや景色を焼き付けてくれている。
 だからユーミンを聴くともろくなる。もろさを実感しながら自分勝手なセンチメンタリズムの中に入り込んで、想い出に背中を押されながら今日を生きている。
 松任谷由実さま。何十年もありがとう。誕生日おめでとうございます。



『王様のおやつ』

 「グーテ•デ•ロワ」という洋菓子。焼きたてのフランスパンを使用して作ったいわゆるラスクである。大人気菓子だから知る人も多いだろうが、お姉(ともだちの)夫妻が贈ってくれたので、鼻息をふがふがしながら頬ばった。
 お姉の名前はゆかりで、しかも名古屋在住だから、包みの中身は間違いなく「坂角のゆかり」(海老せん)であろうという予想を裏切り、見事にキング•オブ•ラスクでアタックしてきたところがニクい。
 さて、その「グーテ…」の紹介文を見て感動した。
”(前略)「グーテ•デ•ロワ」(王様のおやつ)でございます。(中略)お中元やお歳暮に、また、ご商売でのプレミアムとして、あなた様の温かい真心の使者としてお選びください”。
 これが王様、これがプレミアム。お菓子が「使者」である。その使者を口にして唸ってしまうのだからまんまと王様にやられてしまったわけである。さらにカタログに写っている群馬県の本社はまるで宮殿のよう。ますます王様ファンにならざるを得ないわけだ。
 使者は3人。ラスクとチョコレートラスクとホワイトチョコラスクである。それを各3枚ずつ、麦茶をお供に一気に食べたらダイナミックな胸焼けが襲ってきた。
 王様、次は胸焼け用のクスリもぜひ!



『ヒートテック』

 こう寒いとヒートテックが肌身離せないと言いたいところだが、どうも上下ヒートテックとなるとカラダの動きが制限されるような気がしてストレスになる。ギュッと締めつけられるプレッシャーを感じてやまないのだ。
 これは個人差にもよると思うが、もともとタイト目なフォルムのパンツやシャツを好まないので、苦手意識がそうさせるのかもしれない。
 あと、カユイ。化学繊維の宿命なのだろうが、人生9分9厘肌着はコットンで通しているゆえ、ポリポリして仕方ない。モノづくりの理念とコストパフォーマンスは申し分ないのだから、Uブランドにはぜひオールコットンで同じ機能性をもつアンダーウエアを開発してほしい。
 ここで疑問。ヒートテックってモモヒキ?orタイツ? 股間にホールがあるのでモモヒキっていえばモモヒキだけど、タイツっていえばタイツだし。あれ一丁でバレエのレッスンとかやったら問題だからやっぱモモヒキか。
 



『ミッツ』

 この前、ミッツと飲んだ。オカマ論あれこれを聞いてなるほどと頷いた。「あしたのジョー」のポスターが貼ってあったので男たちの熱い青春について尋ねたら、そういう青春に参加できなかったからまともに観れないと言っていた。
 オカマと言ってももともと男で、いつになってもどこかに男は宿っているのだろう。複雑だがその分言葉は重く冷静な佇まいの中に艶やかな影が差している。軽薄で派手に振る舞っているオカマも、向き合って話すと、それぞれ親身になって穏やかに話してくれる。
 昔から悩んだ時にはオカマに相談するのが最適だと思っているが、やっぱそれは正しかったと確信した夜だった。



『たこ焼きへの思い』

 昼時にSが事務所で食う気満々でたこ焼きを買って来てくれたが、急遽打ち合わせをカフェでやることになり、せっかく買って来てくれたたこ焼きは任務を果たせず、そのままカフェに連れて行かれた。
 みんなでカレーを頼んだんだけど、Sはどうしてもたこ焼きを食いたかったらしく、”ココで食べれないか?”と相談された。
 そりゃいくらなんでもダメだろうと言ったら、”やっぱダメだよね”とうなだれて、うつむきながらカレーを食っていた。
 打ち合わせ終了とともにSは大阪に向かったのだが、その別れ際に”じゃたこ焼き、俺の分まで食べといて”とボソっ。よっぽど食べたかったんだな、たこ焼き…と申し訳なく思ってたら、駅に向かっていたSが振り向き様に”ちゃんとチンしてね”と追い打ち。
 Sのたこ焼きへの思いを無駄にしないように、6人前のたこ焼きをチんして3人で食べたら胸焼けした。



『I LOVE YOU』

 凍える六本木交差点で信号待ちしていると、巨大スクリーンからダイドーブレンドコーヒーのCFが流れた。CFに使われている尾崎豊の「I LOVE YOU」が交差点に流れ出すと、始まりから2回目の♪I LOVE YOU〜を信号待ちの何人かが口ずさんでいた。みんな斜め上に遠い視線を送りながら。
 なんで斜め上で遠い視線なんだろう。下向いてた人もアゴ上げた。「I LOVE YOU」聴いても何も変わらないのに、ため息のようなI LOVE YOUだったのに。
 口ずさんでる人同士が互いに気づいて、気まずそうにしているのが平和だった。



『スタバ&上島珈琲』

 スタバと上島珈琲をはしごしたら、どっちにも椅子の上に正座してくつろいでるおばちゃんがいた。ああなれれば人生勝ちな気がする。



『続•トイレの神様』

 日記を読んだ友人からメールがあった。「おまえはなんでも感動しすぎる。あの歌のなにがいいのか俺にはわからん」。
 まず言いたい。人の感動にケチつけるほど野暮な事はない。感動とは価値観であり設問に対するアンサーではないからだ。好き嫌いを問うのは自由だが価値観とは人の生き様であることを忘れちゃならん。
 &…いいじゃないの、大衆的評価というものがあるから尺度や角度が生まれるのだから。
 ただあの歌の幸運なところは、とってもNHK的だったこと。それだけは言える。
 



『トイレの神様』

 「トイレの神様」はなぜ泣けるか? もっともまだ泣けてないが、そもそも人間とはなにかを懺悔することで妙な正義感と感動が込み上げてくる生き物である。誰かが生きているうちはなんてことないことでも、死んだ途端に後悔してトラウマになってしまうことが多い。ひょっとしたら自分があの時あんなことしていなければ、あんなこと言わなければ死ななかったんじゃないかと被害妄想に陥る。
 そんなことを思う清い心があるならば、この先、そうしない努力をすればいいのに、人と接するにあたり「死」から考えないからそうはいかない。つまり人が死んで初めて後悔するのである。
 けれど、それでいいのではないだろうか。人と付き合うときに「死」を想定したら、言いたいこともやりたいことも出来なくなってしまうのが関の山。「死」を想定して付き合ったら遠慮や加減が生まれ、喧嘩するような仲にはとうていなれないからだ。
 トイレの神様の歌詞に描かれているのは、おばあちゃんの思いやりと主人公の迷惑、わがままがキーワード。祖母と孫の1対1の人間関係の小さな感情のぶつけ合いだ。
 おばあちゃんの死に、主人公に何か心残りがあったとしても、おばあちゃんはどう感じていたのだろう。逝った者の気持ちをすべて理解することも、見送った者の気持ちをすべて吐き出すことも、いずれも無意味である。残された者に、ほんのちっぽけな後悔さえあれば、人はきっとべっぴんさんになれると思う。



『ダメな日』

 何年かぶりに寝込んでしまった。吐き気と下痢、ふんばってると涙と鼻水とあぶら汗まででて、汁系のものは全部出てしまう。オェ〜とやりながら、”おいおいオレ、なにやってんだよ”と呆れてしまう。踏ん張りすぎて頭クラクラ足フラフラ。壁をつたって歩きながらソファーにへたりこむ。
 14時間連続で寝たから腰も痛いし、たまったもんじゃない。かろうじてバナナジュースを胃袋に流し込むがバナジューが胃袋でちゃぽんちゃぽんと暴れてこれまた具合悪い。
 たまにはこういうダメ過ぎる日がないと自分を戒められないので、ヨシとする。
 日本代表のサッカーまで時間があるからまた寝る。



『あんた誰?』

 行きつけの中華料理店に行ったら背後で聞き覚えのある女性の声がしたので振り向くと、確かに見覚えのある顔だけど誰だかわからない。一瞬目が合ったけれど、向こうも気づく様子がなくオレもまた背中を向けた。
 いかん、もやもやする。顔と名前が一致しないときほどイラつくことはない。しかも年々この現象が増えてる。単に記憶力が衰えただけの話だが、頼んだ鶏肉とブロッコリー炒め定食と餃子が運ばれてきても箸をつけないオレを見て、ママさんが”マロンちゃん、何かあったの?”と気遣ってくれた。
 『誰だっけ?』これほど悩める瞬間はない。聞いてしまえば話は早いがそんな勇気はないし、麻婆飯食べてる女性に向かって、突然アンタ誰?などと言えるわけがない。たとえ言えたとしてもその前に自分を名乗らなきゃならないし面倒くさいプロセスが多すぎる。
 あんた誰? いつの時代のオレに関係ある人? こんなことを一方的に上から目線で言えたらどれほど楽だろう。おかげで腹ぺこだったのに鶏ブロも餃子も味がぼやけてしまった。
 お勘定をしてからもう一度彼女を見たら、向こうもなんとなーく的な感じでオレをチラ見していて、また目が合った。相手も同じ気持ちを抱いたのだろうか、さっきとは違って約3秒ほど見つめ合ったけど、やっぱり答え合わせはできなかった。
 妙な空気に気づいた向こうのおそらく旦那か恋人と思われる男性が、”何かあったの?”とキョトンとした口調で言うと、彼女は何事もなかったかのように視線を彼に戻した。
 店を出て引き戸を閉めるとき、もう一度だけチラ見したら、今度はチラ見したくてもできない彼女がいた。
 オレの人生のどこかで何度か会った彼女。誰だかわからないし、人違いかもしれない。彼女にとっても同じことだろう。
 人生の一瞬一瞬は記録され記憶となる。そして記憶がぼやけた時、人生の一部もぼやけていく。
 仕方がないが、それが人生というものだろう。
 
 と、うまくまとめたつもりだがもやもやして眠れそうにないのも事実である。
 
 
 
 



『笑う』

 「クリちゃんはいいよね、いつも笑ってて」
 バカやろー、笑うのは努力だ。日々の努力が実っていつも笑っていられるようになっただけだ。
 つまんなくてもやりきれなくても笑ってみろ。無意味じゃねーぞ。詳しく説明しないけど、やってみれば分かるさ。難しくて大変なんだよ、笑うって。でも笑わないよりは気持ちがラクだ。
 それにしても「笑」という字は見事に笑ってる。哲学のようだ。
 さ、今年も仕事すっぞ。



『マツコ•デラックスさんについて』

 マツコデラックスは辛いと思う。出過ぎて毒が抜けてきた。毒はクスリと同じで飲み続けると慣れて効かなくなる。さらに毒を盛れば狙いが先攻して命取りになる。出過ぎたタレントの宿命であり踏ん張りどころだ。
 ひとつだけ道がある。媒体を路線変更することだ。バラエティはほどほどにして、もっと文化色の強いものを選べばいいのである。言いたいことを奔放な言葉を駆使して「威圧」という稀な才能をブレンドしながら表現する術は、すでに芸術の域に達するのだし、その「間」の掴み方は名人芸である。もっと崇高な場所へ引っ越しするだけで十分に鮮度は保たれるはずだ。
 バラエティからカルチャー寄り方面に行けばパネラーもMCも変わるから、ますますその存在感は際立つはずである。
 ただし色気づいて大先輩のおすピーさんの縄張りには足を踏み入れないことだ。そっち系の世界の掟は知らないが、そういうことには面倒くさそうな気配がするからだ。かといって急にインテリジェンスを身につけようとせず、今まで同様ありのままの直感と洞察力と威圧を駆使して各局の番組をイジリ倒してほしいと願うのである。
 それにしても、なぜカワイイと思ってしまうのだろう。それがマツコ最大の魅力であり、実は本人もちゃんとわかってるところにプロフェッショナルを感じるのである。



『初恋に関する質問』

 田舎の同級生から電話がかかって来た。同窓会をやってたみたいで(呼べよ、違うクラスでも)周りの賑やかな声が聞こえてきた。それにしても声というのは恐ろしい、とても今年49になるとは思えない女子たちの黄色い声がチャーミング力満点に聞こえるのである。
 どうせ酔っぱらった勢いでかけてきてるんだろうと思いながら用件を聞くと、”ところで圭ちゃんの初恋って誰やったんやん?”。 なんでも地元誌に「S先生」と書いたのが疑問を招いたらしく、あるやつは「A代ちゃん」ある人は「A子ちゃん」またある人は「Kちゃんのはず」とそれぞれの記憶を辿り、答え合わせをしたかったらしいのだ。
 そこで電話をしてきたNくんが、「ほんで、実際のところ誰やったん?」と聞いたところで電話の向こう側がシンと静まった。なんだこの緊張感は、正解者にお年玉でもでるのか、と適当な想像をめぐらせながらオレは答えた。
 「どれも初恋。わるい?」
 Nくんが”どれも初恋だってよ〜”と言うと、急に周りがざわついて、そりゃないだろう的なブーイングがどよめいた。
 Nくんの「そりゃないんじゃないの?」という返しに「知るかそんなもん」と切り返す。
 最後にひと言、「恋はいつでも初恋」と力強く言ってやると、それをNくんが大声でリフレイン。
 ”らし〜わ〜”とまたざわめく。
 きっとオレは40年近く前からそうやって思われてたんだろうなと苦笑しつつ、オメーらに純度100%の恋心がわかってたまるかと、ほくそ笑んでやった。
 恋はいつでも初恋。ちがうんかなぁ…



『箱根駅伝考』

 箱根駅伝を見ていると、その感動の裏側にこれからの大学の在り方に疑問を抱いて仕方がない。どう考えても20年前には箱根のハの字もなかったような大学が、当たり前のように正月の箱根路を力走しているのである。
 ここにどのような強化体制があるかは明らかだ。セレクションである。ほとんどの学生が走力か可能性で入学を許されているのである。しかも少子化の時代、大学側は手招きするようにお客さんを好条件で受け入れる。そして学生は大学の宣伝のために箱根を走り、お笑い番組に飽きた視聴者をごっそりさらって抜群の視聴率をたたき出す。
 この国家的イベントに仕掛け屋の広告代理店は高笑いだろう。それがわかっていても感動は別物で、泣けるものは泣ける。これがスポーツの素晴らしいところであり代理店のプロフェッショナルである。
 学生の競い合いというのがスポーツの純度をより際立たせるのであろう。4年という短い在学期間の中で90年にもおよぶタスキをつなぐ。とりわけ日本人は「つなぐ」という言葉に心底やられる国民だ。
 考えれてみれば、これでいいのだ。プロの大人たちが練りに練った感動のコンテンツを正月に全国放送することそのものが尊いからだ。年々厳しくなっていく時代において、年の初めに夢中になってどこかのだれかを応援できる姿は健やかで美しい。一瞬だけでも誰かの走りや競り合いを見て、”よしオレも”という気持ちが沸き上がれば、駅伝と番組の相互関係は成立し日本の正月は盛り上がる。
 この「走ってタスキをつなぐ」というシンプルなスポーツから学ばなければならないことは、誰もが何かをつないで生きているという事実と、そこに流れる責任とやり甲斐、そして感情である。
 冒頭に書いた大学の在り方も、こういうカタチでならば新設校が伝統校に肩を並べられるという希望が持てて良いのかもしれない。
 シンプルで不思議で心を打つスポーツ、エキデンは時代が病めば病むほどに神々しい。
 



『とんねるず』

 とんねるずが面白いのはマジなとこだね。マジだからキマってもハズしても人を惹きつける。緊張感があるから。
 名門帝京高校でサッカーと野球やってたことが大きい。もちろんふたりにタレントとしての能力があったからこそ過去が活かされているんだけど。
 彼らはトッププロたちを本気にさせる。コートを挟んで、フェアウェイを歩いて、サッカーボールをセットして、打席に立って、相手を本気でメラメラさせる。バラエティと知っていながら茶の間でオレらを本気で観させてしまうのが実力だね。
 彼らがプロたちの懐に入り込み、また自分の懐に引き入れることができるのは、スポーツを通して培った青春の結晶である。男はいくつになってもスポーツ(=少年心)に心を揺さぶられてしまうものなのだね、と勝手に思い込んでいるのところであります。
 いいオトナ、とはこういうことをいうのだろうな。
 



『おしょうがつのしょくよく』

 公然と昼間っから酒が飲めるのが正月のいいところ、というより、さっきまで寝てて、起きたらすぐ飲んでも罪悪感ゼロというのが風情である。それにしても餅というのはなんであんなに食えるのだろう? 雑煮で4個、きな粉で3個、仕上げに磯辺焼きで2個はイケる。それを少なくとも3日間。水分はビールの他おもにみかんで補う。ホッペの内側がメタボになって逆アンパンマンみたいになってしまった。
 なんでか知らんが餅にはビールだ。パンパンに張った腹をさすりながら、この摂取カロリーをどうやって消費しようかと思いながら黒豆をつまんでいる。思考回路を巡らせるだけでカロリーが消費されるような都合のいいことは起きないだろうか? もしそうならオレはかなりのアスリート体型だ。あと100年もしたら呪文を唱えるだけで特有のパルスが発生し、痩身の神経回路を刺激して動かなくてもダイエットが可能になるんだろうなぁ。それだけじゃなくて病気やウィルスなんかも撃退することができるかもしれない。
 ムリムリ、そんなことあり得ない! と思うことが、100年後には現実のものとなっているのがこの世の常であり不思議である。ただどんなに文明が発達しようとも、人は酒を飲み酒につぶれるということだけは永遠であってほしい。
 ニシから極上の飛騨牛が届いた。まだまだ正月は長いぜ!



『謹賀新年』

 年が明けましたね。寅から兔へ、といっても急に何かが変わることもない。変えるのはこっちだからね。ぐいぐいと粘り強く、一気には無理だろうけどひとつひとつぐいぐいと。変えたくないことには足踏ん張って。
 紅白、良かった。坂本冬美からサブちゃんへ、踏ん張り続けた人たちだけが咲かせられる根性の華。さゆり石川の形相もすごかった。歌に情念が込められてて、火サスなんかよりもずっとサスペンスだった。
 なんだかんだで紅白から除夜の鐘へというのが日本人の年越しの通例だね。一年の最後にこんな番組やる国なんて他にはない。格闘技もいいけど、一家団欒で血ぃ見ながら年越しそば食うにはまだまだ時間かかるわ。
 個人的には去年と比較するとか興味なくて、穏やかに日々を積み重ねていける一年にしたいです。
 
 



『48歳が思うAKB48』

 龍馬伝のダイジェストを観たまま寝てしまい、2時ぐらいに起きたらテレビでAKB48の総集編みたいな番組がやっていた。さっきまでオレには関係ないと思っていたユニットが、寝ぼけナマコに偶然飛び込んで来て、ボーっとした頭に何かを刷り込まれているような気持ちになり結局最後まで観てしまった。
 カッコよくてびっくりした。自信のなさや怯えを真剣さで打ち消すような目一杯感に心を打たれてしまった。どれどれ、どんな歌詞を唄っているのだろうとテロップを追ったのが間違いだった。年甲斐もなく感動が込み上げて来た。歌詞が琴線の扉を開けた途端、またたびを舐める猫のようになってしまった。
 10代そこそこのコたちが好き勝手に唄っているわけでも唄わされているのでもない。遠い昔に置いて来てしまったオレたちの尊い気持ちを彼女達が代弁してくれているような気がしてならないのである。それば
かりか、微かな希望さへ沸き上がるような気持ちになってしまうから不思議である。
 秋元康の仕掛けにまんまとハマるいいお客さんなのだろうが、むしろしばらく彼女達の客でいても悪くはないと思ってしまうのだ。



『正月のお笑い番組』

 年末年始のテレビは特番ばかりで面白くない。特番と聞いて得をしたと思うのは局サイドの思うツボだ。確かに制作費はかかっているだろうが、放送一週間ぐらい前からその番宣ばかりで、手抜き放送はなはだしい。しかもそこそこ見せておいて、フタを開けてみたらなんてことないものばかり。
 特に年始は一日中お笑いタレントが生放送をハシゴし、その合間に録画もののバラエティばかりで、観ていてあくびが出る。若手芸人がすぐ飽きられる原因のひとつは、年末年始の過剰露出が起因しているのではないかと思うのである。
 若手だけじゃない。エドはるみとかにしおかすみことかどこいっちゃったんだろう。鬼奴やいとうあさこも気が気じゃないだろうな。桜塚やっくんも随分ごぶさたでガッカリだよ。
 芸人って、一瞬輝けばそれでいいのだろうか。テレビの勝手で使い回されて納得なのだろうか。でもそれが芸人ってものか。もっとも芸のある人、少ないけど。

 そう思えばダチョウの竜ちゃんとか、エガちゃんとか凄い。ポリシー貫いてる。誰も真似できない芸当だ。尊敬に値するしその佇まいが神々しい。ヨゴレの巨匠とは地道に努力を重ねて来た証で、野球で言えば打率とかホームランの記録ではなく、バントとかデッドボールの記録に値する。
 柳沢慎吾さん、岡村さん、上島竜兵さん。共通点、大アリ。笑いの裏側にあるドラマに涙が出るほど感動する。ずっと観ていたいというか、観させていただきたい。毛色が違うところでタモさんも。
 この4人中心で正月のお笑い番組は選ばせていただくことにする。
 
 



『ららら』

 年の瀬だからといって何をそんなにあわてるのさ。1月1日からずーっと続いている1日に何も変わりなし。前にも書いたことがあると思うけど、まだ3日あるんだから、来年のカレンダーや手帳ばかり見ないで、残された2010年と向き合っていこうじゃないの。
 そう思うとクリスマスの後の残された日々って可哀想だよね。誰も気に留めてもくれないし、誕生会をやるにしても”年末だし”と軽く流されてちゃんちゃん。そういえば、摩季(大黒)の誕生日って確か大晦日だったよな。誕生会どんな感じでやってるんだろ。あいつ、大ヒット歌手になっても上京したばかりの時に買った8000円のガラステーブル使ってるような抜群に素晴らしいやつだもんな。パン屋を営んでる父さん母さんが、”忙しいから”と言ってもちゃんと我慢できるいい子だったと思う。会ってないなぁ、会いたいなぁ、元気かなぁ。元気になるんだよね、彼女。一緒に「ら•ら•ら」唄いたいな。
 そう。らららの精神。口ずさんで鼻歌うたって、人生いつだって「ららら」。
 なんか気持ち入ってきた。このままいくぞ、あと3日。
 



『ヤマジさん』

 記者会見というのは学力レベルに応じて異なるものだと思った。ツイッターが発端の今回の中年トライアングルだが、みなさん頭がよすぎてなんだか台詞を読んでいるような気がしてならない。淡々とした言葉の中に”くやしーっ!”とか”あんたに言われる筋合いないわよ”みたいな気持ちがありありなのに、あくまでオトナとして振る舞っているところが逆にウソくさい。
 山路さん、モテるんだね。モテのツボを心得てらっしゃる。弱い男と自由な男を自在に操って「少年ヤマジ」として母性本能の最前線へズシズシと侵入しているところは、さすがジャーナリスト。危ない橋をスレスレの緊張感の中で楽しんでいたんだろうが、地雷は自分の足元にあったんだね。
 
 
 



『年老いたみかんの行く末』

 この冬いろんな方達にいただいた大量のみかんがそろそろお釈迦になりそうなので、気合い入れて一気に何十個もグリグリと搾って100%ジュースにしてみた。ジューサーなどという気の利いたものはなく、横から見ると「山」の字のようなガラスの絞り器(バーテンがフルーツカクテル作る時のせっせとやるやつ)で何十個をグリグリ。ペットボトルにして約2本分の生ジュースが誕生した。
 まぎれもない果汁100%ジュース。果肉もぷりたつでさすがに美味い。残った絞り汁でシンクを洗い、抗菌&芳香。腐れば捨てる以外、使い道のないフルーツだが、腐らなければ使い道はそこそこある。
 人も同じだ。旬を過ぎても歳をとっても腐らないことが大切なのだ。瑞々しさは失せても何かができるはずだし誰かのためにもきっとなれる。100%意気込んでの「そこそこ」よりも、あきらめかけた重い腰を上げての「そこそこ」の方が大きな意味を持つ。
 銭湯の脱衣場で腰に手をあててフルーツ牛乳を飲むように、豪快にグビグビっ。
 うまいぜみかんジュース。明日の朝、また会おう!
 



『今日の日に』

 今日は19で死んだ親友の誕生日。毎年クリスマスと一緒に誕生会をやってもらい、”クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントを一緒にされて損する”と言っていたことを思い出す。
 あれから29年経ったが、ご両親は一年でもっとも賑わうこの日をきっと複雑に思ったことだろう。
 クリスマスを前に、お世話になった85歳のタップダンサーの御仁も、可愛がっていただいた女優のお母さんも旅立たれた。街のディスプレイやイルミネーションを眺め華いだ気持ちになるのもいいが、せめて今日は向こう側に逝ってしまった人たちにレクイエムを捧げたい。
 軽薄になった世の中であればこそ、こういう日は穏やかに過ごしたい。
 



『クリスマスとSONG』

 つねづね「歌」とは何たるかを考えている。
 歌は歌詞とメロディーによって構成される。メロディーはさておき、歌詞は言葉だ。言葉は気持ちだ。気持ちは想いだ。そして想いは経験や想像によって綴られる。
 気持ちを動かす言葉には情景が視える。もちろん頭の中に描かれるだけだが、それをもとに歌詞は物語となり台本となりながら絵を動かしていく。想像こそがロマンであり、無差別的に人を魅きいれていく。琴線を揺さぶられようものなら、すでに人は歌詞の中に居る。
 
 美しい手紙が人の心をうつのは、文章を綴った人の想いが映し出されるからである。文字から気持ちと情景を読み取り、いささか身勝手なストーリーをプラスして、やがて手紙は物語となる。
 そこにメロディーが流れるか否かの問題だけであり、そもそも手紙とは歌であり、人はみな歌人である。
 誰もが想いや願いを綴る歌びとであるならば、この星はもっと美しいものになる。
 聖なる夜に、そんな願いをささげるのも悪くはない。

 



『母のもてなし』

 久しぶりに実家にも帰ったしゆっくり墓参りもできたし里山にも行けたし、今回の帰省はなんかよかった。
 実家に帰るとなるとお袋が”あんた何食べたいんや?”と必ず聞いてくる。その手段が電話からメールになったことが時代なのだろう。
 78歳の母親は慣れないメールをどんな気持ちで打っているのだろう。戦争を知る者にとって、まさか生きているうちに、電話やら手紙やら新聞やらテレビやらに加え、買い物まで出来てしまう魔法のような箱にお目にかかるとは夢にも思っていなかっただろう。
 さてお袋であるが、いつも何食べる?とは聞くものの、定番の茶碗蒸しとすき焼きで次男の里帰りを迎えてくれた。相変わらずの美味というよりも、完全に舌と脳がジョイントされた味覚である。帰ってくると茶碗蒸しを3人前。兄貴と合わせて6人前。茶碗が足りなくなり、お袋と兄貴の嫁さんはその場しのぎの茶碗で食べる。兄52歳弟48歳、計100歳の茶碗蒸しは、25年以上前からふたりで6つというところが栗山家の特徴である。
 夕食を終えこたつでゴロンとする。もう食えないし、酒もたらふく飲んだ。そこでお袋が登場する。
 紙袋からゴソゴソ、おにぎりせんべいが登場する。これももうド定番。その昔、菓子ばかり食ってご飯を食べないオレに”あんた、そんなにおにぎりせんべいが好きやったら、おにぎりせんべいにお茶か
けて食べんさい!”と怒鳴った母親の言葉をヨシとして、本当におにぎりせんべい茶漬けを食べているオレを発見したら、口をポカンと開けたまま棒立ちになっていた。
 記憶は裏切れなのだろうか、母親は東京に向かうオレにそっとおにぎりせんべいを一袋渡してくれた。
 実家を経由し薪ストーブの里山から一変ディナーショーの現場へ。スペイン料理を食べて腹をさすっているオレに、ディナーショーに来ていたデンちゃんの姉ちゃん夫妻が、”寿司食いに行こう!”。
 深夜3時までディナーショウの興奮を語る姉ちゃん、隣でいい人を絵に描いたようなご主人。オレの腹は限界点まで膨張し、妊婦の苦しみを味わった夜となった。



『明宝村、里山にて』 

 郡上八幡の奥の奥、明宝村の山里にある古民家に泊まった。地元の人を中心とする林業関係者20人と囲炉裏を囲んでの懇親会である。
 みなさん山と森と木と水のことをいっぱい話されていた。それぞれに論調が違うけれど、誰もがちゃんと山と木々と人との共存共生を考えられていた。なにかと言えばeco eco言うような軽いものじゃなく、「生活」という軸に基づいた生真面目な話であった。
 そこにオレがいる理由はよくわからなかったが、それでもオレなりにちゃんと考えたり思ったりして、仲間に入れてもらった。途中、ボス的な人と一触即発になりかけたらしいが、そんなことはまったく憶えていない。とにかく飲んで飲んで呑まれて飲んだので、細かいディティールなどまるで記憶がないのである。
 以前から「メシと酒は地元のものでもてなします」と言われていたとおり、里山ならではのジビエ料理が振る舞われた。
 熊汁。これにはたまげた。とん汁の「とん」が「熊」になっているのである。つまり熊の肉が鉄鍋の中でグツグツと音を立てていたのだ。美味かった。熊の肉は焼き肉にもなり、手強い食感ではあったが味わい深いものだった。
 鹿肉の刺身とタタキは究極の美味だった。マグロの赤身とクジラ肉の中間ぐらいの食感、クセのない味覚、口溶けとともに広がるハーモニー。これをレモン汁と塩コショーでパクリとやる。まさに絶品。そしてエンドレスでどぶろく。
 薪ストーブの横で寝袋に入って寝た。寝ている間に気温は氷点下に…。寒さで目を覚ますと、目の前には斧が横たわっていた。何がなんだかわからず外に出ると、立ち込めた霧空の下で、さっきまで飲んでいたひとたちが薪割りをしていた。
 簡単に言ってしまえば不器用な人たちなのだろう。けれど、その分、じわじわと、寄り道をするように温かさが伝わって来た。一発触発のおじさんとは別れ際には抱き合ったいたそうだ。
 また行きたい場所が、もうひとつ増えた。



『巧妙なエロメール』

 近頃のエロメールの手口はなかなか巧妙で感心する。”そういえば鈴木さんも言ってましたよ。アイツ元気かって。会ったらよろしく言っといてくれ”って。貴方の間接的な知り合いです的な文言なのである。
 鈴木さんというところがミソで、日本人なら誰でも5〜6人の鈴木さんは知ってるだろうし、そのうちの2人ぐらいはしばらく音信不通というところに心当たりがある。
 敬語ベースな文体ながら語尾には「ね」をいい塩梅に使って、馴れ馴れしすぎず遠すぎずを見事に演出しながら場所指定をしてデートのアポをとりつけようとするのだ。
 誰が考えるのかわからないが、なかなか見事な文章でやもすれば尊敬したりもする。30代はじめの女子が使いそうな言葉、行間からはしぐささへ伝わってきて、ちょっとだけイイ女を連想してしまうのだ。
 たぶん書いているやつはボサボサの変態男だろうが、それがわかっていたとしても、そこそこイメージしてしまう自分が怖い。
 しばらくメール返信しまくって敵のアジトをつきとめたろかな?
 

 



『E.YAZAWAな夜』

 永ちゃんの武道館初日を観てきた。ボス御年61歳。還暦越えにしてあの爆裂ロック、頭が下がる。
 初めて武道館でボス観たのはハタチだったな。ケツの裏側から脊髄を駆け上るような衝撃に耐えきれなくて倒れそうになった。
 もう150回は観た。観れば観るほど味わい深くなる人だ。味わい深くなる条件に必要なのは新鮮さである。いつ観てもフレッシュでなければならない。毎回毎回、微妙に表情を変える鮮度が重なりあって深みをつくる。まるで上質の恋愛と同じである。
 ライヴ後に今話題の西麻布へ飲みに行った。例の事件現場のニアピンである。そこで知り合ったばかりの大人4人と一緒に軍鶏を食いながら、のべ2時間半にわたって永ちゃんショーをやった。みんな泣いて喜んでくれて嬉しくなり、WアンコールでアイラブユーOK.を歌ったところで、店の人から”そろそろ…”と渋い顔をされた。
 お会計を済ませていると店のバイトの女のコが”ウチの母もヤザワさん大好きなんです”と微笑んできた。ちっちゃな嬉しいことがたくさんあってサイコーな夜になった。
 



『IKEA そのワケ』

 IKEAに萎える10の理由。

 理由①広すぎてどこに何があるか分からないうちに萎える。
 理由②順路がわからず同じ場所を巡回しすぎて萎える。
 理由③出口がわからず、あんなに広いのに閉所恐怖症になって萎える。
 理由④値段の安さに嬉しくなるが、別に今買うこともないか、シラけて萎える。
 理由⑤子連れのヤンママがカラフルな椅子や照明を指差して「このコ」というから萎える。
 理由⑥住宅展示場みたいに部屋の間取りに合わせて見事にディスプレイしすぎてあるから萎える。
 理由⑦商品が山ほどあるのにバーゲンみたいにオババが血眼になってダッシュするから萎える。
 理由⑧本当に欲しい物は案外高いから萎える。
 理由⑨2時間いると7kmウォーキングしたぐらい疲れて萎える。
 理由⑩とかなんとか言ってまた行ってしまうオレに萎える。
 



『老犬、完結編』

 路地裏にある老犬の小屋に、ちっちゃな花瓶に花が添えられていた。死んだんだ。
 たった一度しか見たことのない犬だったけど、その姿が頭から離れない。誇り高くグルグル回って、足腰フラついて腰くだけになって、鼻と見えない目でオレの存在確認して、そしてまた誇り高くグルグル。 花瓶の花を見ながら手を合わせた。路地を通る人に不思議がられて恥ずかしかったが、しばらくそのままでいた。
 老犬、18年前に死んだケンタに似ていた。オレが生涯で一番愛した犬だった。ケンタは33年前にテレビで放映された「ROOTS」のクンタ•キンテから文字って名付けた。
 ケンタのことを思い出させてくれてた分、長く手を合わせたけど、辛いからもう路地を通るのはやめる。
 おつかれさま、名前も知らない老犬くん。



『泣く女とケータイ電話』

 大戸屋で昼メシを食ってたら、隣に座った女性がいきなり机に顔を伏せてシクシクしだした。次第にシクシクからヒクヒクになり、やがてはウッウッと嗚咽にまで発展したので、満席の店内は”何事だ”的な感じで静まり返った。
 店員が戸惑いながらも注文を聞くと、女性は顔を埋めたまま”鶏と野菜の黒酢あん定食”を注文した。そのままそっとしときゃいいものを、店員が「ごはんは普通盛りでいいですか」と尋ねたら、「はい。ジャコご飯で」と女性は答えた。
 いかなる理由があっても食べる女は逞しい。しかも豪快に哀しいアピールしておきながらこれだけ具体的にオーダーできれば見事である。料理が運ばれてもしばらく女性は泣き続けたが、涙も涸れた頃に顔を上げると同時に握りしめていたケータイで鶏と野菜の黒酢あん定食withジャコごはんを撮影しだした。しかも角度を変えて3パターンほど。
 興味深かったのでしばらく見学しようと思い、コーヒーを注文(セルフだけどね)して素知らぬ顔して眺めていたら、しっかり完食していたので安心した。
 食べてる最中、女性がケータイを握りしめていたのは、きっとケータイに涙の理由があるからなのだろう。
 いつしか単なる電話から男女の人生のあれこれまで、このちっちゃな機械はいろんな役割を果たしているのだ。



『はつ恋』

 地元のフリーペーパーに連載をしていて、今回は初恋(のような話)を描いた。そしたらいろんな地元の人からいろんな感想をメールでいただいたのだが、中には封書に便せんで書かれた手紙を送ってくれた方もいた。還暦を過ぎた立派な大人の女性である。
 「自分自身の初恋を思い出し胸キュンでした」と書かれていた。
 胸キュン、なんて瑞々しい言葉だ。「キュン」はときめきにより生じる現象で、秘密の壷からひとたびこぼれたら、とめどなく溢れ出る魔法の気持ちを意味する。距離が近すぎるとドキュンとなり、遠すぎるとギターのマイナーコードを鳴らすように伏し目がちにキュルルとなる。胸キュンはそんなときめきの距離を示す恋の記号、せつなさの扉。
 けれど、だけど、どうしても、鮮度が落ちるとキュンは消えてしまう。
 だから決して忘れない。すれ違いざまに香った髪の匂いや、触(さわ)れそうで触れなかった距離、たとえ触れたとしても力は込められず、ただ肌と肌がそっと触れ合っただけのプラトニックなプレッシャー。
 ドキドキした。キュンときた。それだけで曇り空に虹がかかるような気がした。
 だから初恋は美しい。
 そして人は、初恋を美しいと記憶することで今日もまた頑張れる。
 そこにいたのは、まぎれもなくピュアな自分だったのだから。



『レスリーと香里奈』

 久しぶりにレスリーと仕事をした。あのスチールの世界観はもうレスリーという人間そのものだな。美を探求し美を狙い美を誘い美を撮る。独特の付加価値をつけて。立派なもんだ、エゴじゃない、見事な個性だ。日本人が忘れかけたスピリットを垣間みさせてくれるシンガポール人である。
 香里奈は輝いてたなぁ。多分今日だけで死ぬほど撮られるんだろうなぁ。写真を撮られるということは想像以上に体力も気力も消耗する。プロだから、慣れてるからなんて物言いは素人のもので、プロであればあるほど、身も心も研ぎすましながら一瞬に注力するのである。それをリラックスしながらでもやってのけるのがプロ。インタビューの言葉の選択も素敵で、そこにもプロを感じたのである。
 良質の緊張感はプロたちの現場で誕生する。今日来ていた某編集部の新人くんは何を感じたのだろう。おそらく忘れられない一日になっただろうから10年後に聞いてみたい。
 



『エビゾー』

 エビゾー眼真っ赤だったな。相当やられたな。それにしてもエビゾー、誰かに似てる。誰だ誰だ。あっ、わかった、三島由紀夫だ。奇才ぶりも加味して、かなり似てるわ。
 三島由紀夫は美学を貫いたからな。文学性と芸術性を融合させて独自のダンディズムを作ったもんな。芸術に死はつきものだが、その芸術性溢れる美学を貫くために死を選んだもんな。それが三島由紀夫の美学であり芸術であり、なによりロマンだったんだろうな。本当に死ぬ瞬間まで自己演出をした根っからのアーティストだった。
 エビゾーはどうなんだろうな。天才と呼ばれている彼の美学は、芸術性は、感性は、ロマンは、いったいどんなものなんだろう?
 1989年、清原は4年目のシーズンにロッテの平沼投手のデッドボールに怒りバットを投げつけた。見るに絶えない愚行が世の反感を食った。早い話、若くして調子に乗りすぎた。大切な連続試合出場も途絶えた。その事件を笑い話にするために20年ちかくの時間を要した。
 エビゾーの事件もどこか似ているような気がする。誰が悪い云々ではなく、エビゾーが真の芸人であるならば、今回のような事件は招かなかったかもしれない。目玉が真っ白になったとき、芸人としても、いちど真っ白に整理した方がいいかもしれないな。
 そうすれば、やがて彼が50年にひとりの天才であることを証明できるかもしれない。
 
 



『おばあちゃん40年めの日』

 今日はおばあちゃんの日だ。オレが毎朝毎晩仏壇に手を合わせるようになってから40年めの日。
 8歳のオレが48になって、今でも毎晩、実家の方向を向いて手を合わす。時にというかほとんどだが、酔っぱらってて正座がグラつくが、それでも40年続けている。
 人生の中でこんなに続けていることは、息をすることと手を合わせることぐらいだ。
 猛烈に酔っぱらった翌朝、”しまった、昨日手を合わせなかった”と後悔することもあるし、正直、面倒くさいときもあるが、これからも何十年ずっとずっと行いたい大切なことである。
 先祖への感謝を表現することは難しいが、手を合わせているときだけは、なんとなく先祖と近くなる気がする。眠くても、面倒くさくても、手を合わせると気持ちがスッとする。
 ちいさいけれどうれしくて尊いことだ。

 クリスマスソング、街に流れて来た。街も人の気持ちもキレイになる気がする。
 



『緊迫の目黒署』

 目黒署の前に何十人もの報道陣がカメラ構えて陣取っている。エビゾーを殴打した26歳男性の出頭を待ち構えているのだ。それにしても、なんとも言えない物々しさだ。ピーンと張りつめた空気が歩行者の背中や顔にビンビン突き刺さってゾクゾクっとするのである。
 このタイミングでニット帽にグラサン、腰ばきジーンズかシャカパンにウォレットチェーン付きの長財布的なスタイルで署に入ったら、一斉にフラッシュの嵐だろうな。
 



『あしたのジョー』

 あしたのジョーの試写会を観て来た。たまらなかった。40年前に少年マガジンで見たものと同じだった。ジョーも力石も段平のとっつぁんもマンモス西も葉子お嬢様も、どれひとつとっても裏切りはなかった。
 あれから40年経って段平と同じぐらいの歳になったけど、ジョーを初めて読んだときの思いはなにひとつ変わらない。男は心のどこかにジョーを置いて生きているのだろうか。ジョーのようになれたら、ジョーみたいに変われたら、そんなことを今でも思ってしまうのである。
 ある意味、観なきゃ良かったのかも、とも思う。まだまだジョーは遥か遠く、オレは泪橋を渡ることさえ出来ずにいる。余力があるのに立ち上がろうともせず、都合よく横を向き、いつも自分を中心に生活を組み立てていて、上手くいかなければまた目を反らす。
 ヤマピー、伊勢谷、カッコ良すぎる。ヤツら、完全にジョーと力石だ。香川照之凄すぎる。段平さんにそっくりすぎて涙が出る。それぞれの役者魂は、まさしくあしたのジョーだった。
 「オレたちも反省して、まずは腹筋から鍛えなきゃな」と言いながら編集者Mと一緒に五反田の焼き肉屋に行ってしまった。



老犬、その後

 1ヶ月ぐらい前に路地裏で見かけた老犬の小屋を覗いたら、首輪にかけられる金属製のチェーンがフックからぶらんと下がっていた。老犬、死んじゃったのだろうか。張り切ってグルグル回って、なんとなくプライド感じたんだけど、旅立っちゃったのかも。
 もしそうだとしたらちゃんと飼い主に「逝くよ」と告げられたんだろうか。それともそっと抱かれて眠りの中で旅立ったのだろうか。
 まだ決まったわけじゃない。年老いたから家の中で飼っているのかもしれない。だとしたら慣れない家の中で階段やタンスにぶつかったりしていないだろうか。エアコンの風に戸惑いを感じてないだろうか。テレビの音におびえてないだろうか。
 まったく知らない家だから老犬がどうなったかなんて聞けるはずないし。
 気になる。あとでまた行ってみよう。ひょっとしたら散歩に出ていたのかもしれないし。
 老犬…なんでこんなに気になるんだ。



ラッシュ時の女たち

 朝の田園都市線のラッシュ具合は乗車する女性の顔に出る。誰もがこれでもかというぐらい”なんでこんな電車に乗らなきゃならないのよ”と不満たらたらな顔なのである。
 朝の、電車の、ラッシュの女は本当に怖い。性格は知り得ないが、とにかく顔が恐すぎる。眉間の縦ジワ、くっきりである。いくらアンチエイジングを施しても、石橋貴明並みの眉間縦ジワでは台無しである。
 各駅停車は2本に1本の割合で桜新町に停まる。ほとんど誰も降りないから、ずっと立ったままの状態が続く。それが納得いかなくて縦ジワはより深くなり、それにともなってため息を漏らす。
 たまに座席に座っていた人が降りると、椅子取りゲームのようにダッシュして座席を確保しようとするが、その争いに敗れると一段と縦ジワが深くなり吊り革を握ると同時に、これみよがしにフルボリュームでため息を吐き出す。
 そんな女達の朝を目の当たりにすると、たとえ目の前の座席が空いたとしても、あえて立つことを選んだように振る舞わなければならない。
 運良く座った女も決して緊張感を切らない。座っても不満たらたらな顔をして縦ジワを崩さない。そこでラッキーな顔などしたら、面前の縦ジワたちの鋭い視線の餌食になるからだ。だから、座っても縦ジワ。「私は今日、たまたま座れたけど、気持ちは立ってるみんなと同じよ」的なオーラを放ち、決してひとりだけ座れたことを媚びないのである。
 三軒茶屋でラッシュはピークになり、おしくらまんじゅう状態のままクライマックスの渋谷まで車内は戦場となる。少しでも押されたり寄りかかられたりしたら縦ジワと鋭い視線が喉元を切り裂き、万が一手のひらなどが肉体に触れようものなら…想像しただけで恐ろしくてたまらないのである。
 男達はとにかく右手は吊り革、左手はポケットに。それが朝の掟である。鞄なんて床に転がったって踏まれたっていい。とにかく、朝の、電車の、ラッシュ時の女を怒らすな。
 本当に怖かったんだから、今朝。
 
 



アイドル郷ひろみ

 つくづくというか、かえすがえすというか、どこまでもというか、郷ひろみという人のすごさを実感してやまないのである。40年間アイドルを続けるということがどれだけの偉業か? 答えは歳月だけではない。アイドルの掟は『決して裏切らないこと』にあるからだ。
 彼は40年もの間、ファンを裏切ることなく、堂々とその場所に居続けている。単なる歌手としてではなく、アイドルとして居続けることは困難極まりない。ビジュアルや声帯が変化し、実力を要求されるとともに存在として鮮度が伴わなければならないからだ。
 たとえチヤホヤからはじまったキャリアであったとしても、徐々に質を見出し、価値をつくり、ファンに勇気と励みを与え信頼関係をつくりあげた。もはや絆といっても過言ではないファンとの関係性の中で、55歳になった今日もあたりまえのようにアイドルとしてそこに立つ。ファンでない人は口をそろえて言う。「本当に55歳?」。これが郷ひろみとしての証明である。
 いつしかファンは、郷ひろみを支援していたことに誇りを憶え、その思いを自らの力とした。そして郷ひろみもまた40年間、信頼あるファンに支えられ進化を重ねてきた。
 世界中でも40年間もアイドルを続けたのはミッキーマウスとスヌーピーぐらいだろう。
 ギネス級のアイドルでありながらKING OF DINNER SHOW
 ほんとにほんとに、つくづくというか、かえすがえすというか、どこまでもというか…
 

 



ともだち

 映画のプロデューサーの甲斐ちゃんと昼メシを食った。甲斐ちゃんとは出会ったばかりだがそーとー気が合う。気が合うといつしかともだちになっている。不思議なものだ。「ともだちになろう」などとひと言も言っていないのに、人に紹介するときに「ともだちの○○さん。仕事は○○」となる。
 自分で言った「ともだち」というフレーズにハッとする。ともだちになってたんだ、と。
 ともだちは恋人と違う。恋人になるには告発が必要なのに、ともだちは知らず知らずのうちにそうなっているもの。だからともだちは自然の流れ、ゆえに尊い。
 ちなみに恋人は別れる時にも基本的に告白が必要だ。自然消滅は基本的に逃げである。
 ともだちは一度なればずっとともだち。憎たらしいことが起きて”あいつなんかともだちじゃねー”となっても、感情的になるのはともだちだから。関心がなくなれば無視すればいい。
 たった数回同じ場所で同じものを観ただけの者同士が、酒を飲んで「ともだち」と確信する。
 歳をとればとるほど、嬉しさもこみあげてくる。

 
 



『憲武せんぱい』

 先週の土曜日、憲武さんの個展のレセプションにお招きいただき、憲さんと立ち話をしながら作品を拝見させていただいたら、途中で憲さんの話が聞こえなくなってしまった。作品の凄みが周り物すべてを掻き消したのだ。
 アートのことはわからない。日本語で「美術」となると余計。けれど感じるものがある。表現の出口としての作品性はわからないが、入り口の素晴らしさに感動する。憲さんの視界と創造力とのジョイントを観た感じがして、やっぱこの人の感性って…そう思ってしまうのである。
 思えばとんねるずは革命だった。お笑いタレントを好きになることが「カッコイイ」と思わせた最初の人である。
 あれから30年弱。憲さんは、まだまだカッコイイをやってのけてくれている。「おもしろい」と「よくやるよ」と「スマートさ」と「都会的な感覚」と「運動神経」と「男気」と「風通し」と「新しさ」と「古典」と「部活」をいちいち感じさせてくれる人。それを簡潔にまとめてカッコいい人。
 その奥様が成美さん。ぜんぶまとめて嫉妬はいちゃってるところがまたヨシなのである。
 



『どっかんどっかん大変だ』

 朝鮮半島がすごいことになっている。この事実にどう理由づけがされるのかは見守りたいところだが、へたしたら戦争だ。そうなったらこっちもたまったもんじゃない。国連だなんだかんだ、いったいどれぐらいの力量があるのだろう。地球上のあちこちでエコだの環境だのと頑張ったところで、一発ドカンとなったら、そこを元通りにするにはどれぐらいの時間とカネが必要か。もっと根っこのところで言うなら、軍事演習でどっかんどっかんやってるだけで環境は破壊されていく。その一方で環境問題、生物多様性あーだこーだ。いくら排気ガスを抑えたクルマが登場しても、電気メーカーやガス会社がなにしても、どっかんどっかんで振り出し以前になってしまう。
 人死んでるんだよ。歯ぎしり韓国どう出る、北は…。こんなとき「はやぶさ」が宇宙からピシッと仲裁に入ってくれればいいんだが…そんな人口探査機じゃなかったか。
 死者の数とかダメージを与えたエリアとかだけで競っても意味がない。どうなる南北、どう出る米中
。管さん、あなたもね。



『10分』

 珍しく時間に余裕がない毎日を過ごしていると、ほん数分のボーッタイムがとてもありがたい。
 とりあえず椅子にふん反り返って寝るカンジ。気がつけば10分。何かが少し変わってる。頭の中が空っぽとまではいかないがとりあえず深呼吸しているのがわかる。さっきまで前頭葉がポッポしていたのになんだか涼しいのだ。
 日本人は働き過ぎと言われ、勤務時間内に10分程度の仮眠をとると脳が活性化してより効率的な仕事が可能になるという話を聞いたが、なんとなくわかる気がする。
 10分というのがミソなんだろうな。20分になると眠りの入り口に確実に突入する。15分だと生殺し。30分以上になると気がつけば2時間。
 仕事の合間の10分、きっとこれからの日本の課題となるだろう。これを休み時間と解釈するかチャージのための時間と解釈するか。どデカい企業だったら面倒くさい話になるんだろうなぁ。でも道路の端に営業車泊めて寝てるよりはいいと思う。
 3時間に10分だけ。働く人たちはこれで蘇生する。
 ちなみにオレは昨日、打ち合わせの間の10分で広末とジュンのおめでたに心の中でお祝いをした。
 仮眠よりも気持ちが浄化した。ふたりともすばらしい人間だからだ。よかったよかった。



『みなさんとのお話のあとで…』

岐阜での仕事の流れで、地元のみなさんと居酒屋で懇親会するぐらいの気分でいたら、なんと道の駅のレストランを貸し切ってのトークショーみたいなことになっていたので、それまでのゆるーい気分をグッと呑み込んでいざトーキングアバウトであった。
 二日間で100人以上の若い衆が集ってくれてなんだか人ごとのように感動してしまった。
 オレの話はいつだって夢だの未来だのというよりは、もっともっと身近のものから考えよー的なことばかりで、それは何十人も何百人も集まっていただく場だけに限らず、仕事の場面でもまったく同じことを伝えている気がする。
 広告代理店の営業がマロンに来て”こんなプロジェクトを立ち上げたいんですが”と言う時も、”こんな商品を開発したいんですが”でも、”イベントに協賛する理由と意味を構築したいんですが”でもたぶん同じ。見つめるべきは、まず足元。そして日常。未来を見据えればこそ無視できない現実があるのだ、と思う。
 そしてそして忘れてはならないのが、人と会えば会うほど、話せば話すほど、自分が話している理由が視えてくる。これは大変にありがたいことだ。
 むしろ感謝しなければならないのは、オレなのだ。

 



『今日は郡上八幡』

 今日は白鳥からクルマで20分、16km下った郡上八幡で仕事。このまま40km下ればふるさと関市だが、立ち寄る時間がない。墓参りに行けなくて申し訳ない。
 それにしても岐阜県の仕事はいいものだ。何より方言で喋れるのがいい。東京で何十年もいると”方言なんか忘れちゃったよ”という人が多いが、そんなわけねーだろと言いたい。
 故郷があるから東京がいいんだ。東京で暮らしてるから故郷がいーんだ。
 方言忘れるようじゃ故郷大切にしてないと同じ、だと思う、って言い過ぎかもしれんが、オレはそう思う。だから方言で喋る。東京でも。



『白鳥にて』

 岐阜県の白鳥(しろとり)ということろに来ています。キレイな名前です。都心よりも5度ぐらい冷えます。朝夕はもう冬です。どうやら今夜はここで会ったことのない人たちといろんな話をする計画があるらしいです。
 この土地には高校時代の友人のノザキくんの実家があり、大学一年のお盆に、盆踊りのため来たのですが、それ以来です。
 そういえばジョンレノンが死んだ日はノザキくんの下宿で麻雀をやっていた。ジャラジャラと卓を騒がせていたらラジオから淡々とした声で”本日、米国のニューヨークで元ビートルズのジョンレノン氏が何者かにより射殺されました”と流れてきた。今どきのパーソナリティーような軽薄な語り口ではなく、ちゃんとニュースとして読み上げていたのが余計に残酷だった。一瞬みんなの手が止まったけど、またジャラジャラとやりだしたのを憶えている。確か『イマジン』くちずさみながら。
 あれから30年。もうジョンの歳を遥かにこえた。ノザキくんは一橋大学をでて第一勧業銀行に入ったと聞いた。あったまいー子だった。
 彼とも30年近く会っていない。昔と今をつなぐのは本当に難しい。何十年ぶりに会ったとしても、昔と今を重ね合わせるのは困難である。昔は昔、今は今。でもそれでいいと思う。



『流行歌』

 恵比寿のROBOTまで雨の中歩いた。しとしとと降っていたので、つい”しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん”と口ずさんだら、すれ違ったおっさんの耳に届いたらしく、”なつかしいーねー”と呟きながら去って行った。
 雨が降ればついつい「子連れ狼」の主題歌の”しとしとぴっちゃん”か、三善英史の”雨にぃ〜濡れながぁあらー”と歌ってしまい、神戸に行くと”こおーべー”とつぶやいてしまう。歌というのは記憶の中でもものすごい存在感を持っているんだなぁとしみじみ。それを昔、流行歌と呼んだ。
 最近の若い子たちもどっかへ旅行したら、その土地にちなんだ歌を口ずさむのだろうか?
 
 今日の東京はすげーさみかったけど、条件反射のように歌ってしまう過去ソングにより、微妙ではあるが温まった気がする。
 一体オレの記憶の中にはどれだけの曲が週収められているのだろうか。数えてみたいわ。
 



『中野の野良猫』

 10年ぶりぐらいに中野ブロードウェイに行った。モール入り口の看板を見て、あらためて大胆なネーミングをするもんだと関心した。
 路地裏で野良猫が心ある誰かにエサを与えられたいた。おそらく野良用と思われるエサ入れにごっそり入ったキャットフードをブチがむさぼり、その横で三毛が行儀よく順番待ちをしていた。お腹いっぱいになったブチはエサに背を向け、大きく開脚して股間を毛づくろい。順番が回ってきた三毛は絵に描いたようにムシャムシャと食いはじめた。
 頭を撫でてもしっぽをグリグリしても逃げない噛まない引っかかないの3ナイ運動。やつらにとってその場所にしゃがむ人間は、誰もが都合のいいヤツに映るのだろう。
 三毛が食い終わるとブチが”いくぞ”とばかりに家と家の隙間に侵入、後を追うように三毛がちょこちょこついて行く。こちらも絵に描いたような”へい、オヤビン”。
 偉そうなブチだったがちゃんと三毛が食い終わるまで待つなんてなんとも微笑ましい図であった。
 あいつら親分子分か、それともカップルか。どうでもいいが気になるペアだった。

 



『中学校で仕事。そんでもって思うこと』

 朝からものづくり学校のスタジオでカタログ撮影。ものづくり学校にはクリエイティブな仕事と呼ばれることをしている会社が43社入っています。これが7年前までは池尻中学校だったというのだから面白いものです。
 少子化に伴い小中学校がスカスカになってしまい、ガッコーはあるけど生徒がいないという哀しい現象になり、ならば!ということで、廃校再生利用でものづくり学校。理にかなってます。
 40にも50にもなって中学校で仕事をして、やれ保健室だの理科室だの、とうに忘れかけていた場所を横目に「で、オレ、今、どうなんだろ?」と確認する。あまり成長してないことに気づいたりして軽く落ちこむ。いくら稼いだりステイタスとやらを獲得したとしても、純粋で無垢なあの頃の気持ちをとっくにどっかへやっちゃった気がして。
 究極、どっちか大切なんだろ?とキツい質問を自分にぶつけては、隣接する小学校で無邪気な声をあげてドッヂボールをするこどもたちに遠い自分を重ねる。
 偏差値など関係なくなり、血糖値と尿酸値だけが上昇する今日。偉くなくとも正しくいきたいとおもう、秋の夕暮れでした。



『栗山商店にて』

 戦後間もない頃の闇市的な商店街を発見した。興味津々になり中を覗き込んでみると「栗山商店」という看板が掛かっていたので失礼して写メったら、白髪の老人が出てきて”なんか用事かな?”と言われた。
 なんか隠し撮りした気になり少しだけ後ろめたさもあってか、取り乱して”いや、看板に栗山商店と書いてあったので…あ、ボク、栗山です”と冴えない言い訳をしてしまった。
 すると老人は、”ふむ。まぁ、入んなさい”と手招きをして、年季の入った栗山商店に入れてくれた。
 老人は、ヤカンから湯呑みにお茶を注いでくれた。”つーと、目黒の人かね”。どうやら栗山性は東京では目黒に多いらしく、しかも皆、かなりの土地持ちらしい。
 ”いえ、岐阜です”と答えると、”そーか、長良川か。わしゃ鮎釣りが好きでな、ほれ、そこに飾ってある写真、あれ長良川じゃ”と教えてくれた。よく見ると額縁の隅っこに「四万十川にて」と書いてあったがトボけてみた。
 それから2時間、老人はいろんな話を無理やり岐阜につなげて話してくれたが、どれも微妙に岐阜とはズレていた。けれどその心遣いというか気配りというか、お茶も3杯も煎れてくれたし、なんだか本当に田舎に帰ったような気になった。

 しばらくすると、近所に住む警察官が私服で登場し、会話に混ざった。大阪出身の元バレーボール選手で、彼の同年代のスタープレーヤーやその頃強かったチームの話をしたり、さらには彼の出身地の有名人や名所旧跡を言い当てたらかなり喜んでくれて、それを見ていた老人が”やっぱり思った通りの男じゃ”と言った。

 どれもこれもなんてことない話だけれど、ものすごい晴れやかな気持ちになったのはなぜだろう。
 きっと、そんななんてことないことが会話でありコミュニケーションであり人付き合いであり近所付き合いで、なにより触れ合いなのだろう。そんなことをふと…

 同じ名字だけで花が咲く。”思った通りの男じゃ”か。悪くない昼下がりだった。



『日本一辛い担々麺』

 三宿『豆金』。猛烈に辛い。真っ赤な生地の「赤餃子」、唐辛子100本入りの「日本一辛い担々麺」は、どんぶりを覗き込むだけで目が痛い。「辛みもやし」「麻婆豆腐」、もちろん辛い。だが、かなりマイウ。辛くて美味いのは本当に困る。翌朝の黄門様のご様子が明白だからである。
 HOSUのスーさんは強気である。明日は明日の風が吹くとおっしゃる。そして合計9名内イタリア人1名で担々麺を肝試しする。意外にもイタリア人は根性入りまくりで、流暢な日本語で「これもご縁ですから、お出しいただいた物はすべて平らげないと」と言って、目が痛いスープをズズッとやった。あいつは凄い、青い目をしたサムライだ。
 そして黒い目をした侍たちは、ムリムリムリムリと軽薄なギャル語を使って担々麺を回避する。そんなことだからカズはバレージに顔面骨折させられたのだ(古い話ですまん)。
 その担々麺は新番組のドラマのPRに奔走する某有名俳優の黄門様も泣かせた。ただ、泣いた者にこそ、その醍醐味は分かるもの。つまりクセになるというやつだ。
 人はその琴線をくすぐられるのが弱い。痛いと分かっていてもついついプリーズしてしまう。それがエスカレートすると『変態』というジャンルに昇格するが、ちょっと痛かったり辛かったりみっともなかったりイジメられたりするのが実は快楽なのである。
 実は私もまだヒリヒリする黄門様をさすりながら、すでに担々麺のことで頭がいっぱいなのである。



『腰痛い日のお話』

 昨日のゴルフで痛めた腰が思った以上に重傷で、朝、布団から起き上がることも困難だった。大体2日目に来るのね、腰痛のクライマックスは。人生のクライマックスはまだまだだけど、腰痛に関しては確実にフタケタを数えた。
 最初は高3の夏。県高校総体前日に友人とトランプで「大貧民」やってる最中に初めてのギックリ腰。で、100メートルと走り幅跳びとリレーを棄権。最終的にそれが高校最後の大会となった。
 4回目のクライマックスは25歳の秋。夜テレビで「鬼龍院花子の生涯」を観ている最中にギクッ。次の日の午後まで動けず、アパートの大家さんに合鍵で外から開けてもらい救急車を読んでもらって即入院。そのまま3週間、大部屋の住人となった。
 
 そして今朝、もう何度も経験しているので予想はしていたけど、それでも激痛に絶えられず、「神の針」とオレが勝手に呼んでいる鍼灸院の先生にプリーズして1時間「神」を打ち込んでもらった。
 すると棒状に引きずっていた足は膝から折れ曲がり、ちゃんとした人間の歩き方に戻った。
 そりゃまだ痛い。魔法じゃないんだから痛みが急に消えるなんてこたーないけど、たった1時間で300メートルも歩けるようになったのである。ひと針300メートル。先生の針はグリコのようだ。
 今日はずっと原稿書く日。ときどきハーマンミラーから腰をあげて、キュッキュッ。これだけで腰は喜び筋肉や関節も笑顔になる。
 猫のあくび&伸び。これは人間に置き換えてもストレッチとリラクゼーションの基本である。
 気持ち切り替えるときは猫のポーズ。OLさんがオフィスでやったらさぞセクシーだろうね。

 



『ホールインワン!』

 Mがホールンインワンを出した。もう大騒ぎである。テレビで観るものとは違って切り立った傾斜を利用したクッションボールが生まれたばかりのひな鳥のように、フラッグに向かってヨチヨチヨチ、そして…コロリ。そのシーンはスローモーションのようで、場面を見守ったオレとKとK山さんは、一瞬だけ息を止めてから、ありったけの声で大爆発! イヤッホー! ブラボー! ウェ〜イィ! どんな言葉でもかまわないが最後に必ず「!」を付けてカラダをぶつけ合ってフィーバーしたのである。
 本来ならOBになろうかという打球をホールインワンにするMの幸運に乗っかろうとみんなで記念ボールをナデナデすると、あら不思議、バーディなんか滅多にとったことないオレとKにもバーディが舞い降りて、しかもKに至っては後ろから飛んで来た打球が肩甲骨を直撃してもんどりうってぶっ倒れたりと、何かとお騒がせなゴルフだったのである。
 それにしてもK、骨折しているかもしれないのに18ホールを回り切るとはよほどの根性かあるいはストレスのせいだろう。人はゴルフ場に立つと人格が出ると言われるが、Kの根性は並大抵のものではないことを確信した。きっと50になったら大成するに違いない。それは傾斜を転がるボールがピンに向かって真っすぐ軌道を進めるように、思わぬ瞬間に訪れるだろう。

 ということでこんなゴルフもあるのだよ、という話でした。
(実はオレもギックリ腰になり、自力でクツをはけない情けない状態になってます)
 

 



『歯、ぽきっ!』

 飴を噛んだら歯が折れた。それまではクルミをガリガリやってもビクともしなかった上の歯が、ゴキっと音をたててベロの上に転げ落ちた。飴ごときで折れるとは情けねー限りである。
 歯の成分はほとんどがカルシウムである。ということは、この調子で骨まで弱っているのだろうか。骨粗鬆症とかなんとか早口言葉みたいな症状で、石ころ踏んづけた程度でもポキッといってしまうのだろうか。
 あんまり悔しかったので行きつけの店へ行ってグチ聞いてもらおうしたら、奇遇にもオレの歯を砕いた飴を売ってる飴屋の社長がやってきたので、”お前んとこの飴で歯が折れたぞ!”と怒ったら、”飴はナメるもんでっせ”と軽ぅ〜くいなされた。
 ちきしょー、もう飴、噛まん。
 ちなみに折れた歯は記念に持って帰った。



『ジンさんのお別れ会』

 お世話になったマガジンハウスの陣さんが亡くなられ、本日お別れ会が行われた。
 30そこそこの頃、ろくに書けないオレをライターにしてくれて人だ。よく六本木に連れて行ってもらい、芸能人や文化人と並びで酒を飲ませてくれた。ザッツギョーカイのゴルフコンペにも連れていってもらった。
 いつも毒づいていたけどピュアな人だった。威張ってるけど、優しい人だった。酒とタバコが大好きで、すれ違うとタバコの匂いがプーンとした。夜になるとそれが酒の匂いに変わった。
 マンションを購入されて間もなく、「オレの豪華マンションにお招きしてやる!」とまちがった敬語をつかい、深夜に連れてってもらった。お寝みになっている奥様を起こして「ダメライター連れて来たからコーヒー煎れてやってくれ」とカッコつけてたけど、その裏側ですごく家族を大切にされてるんだろうなと思ったが、その通りだったことが、今日、よぉくわかった。
 素敵なご家族だった。陣さんのことを誇りに思われていた。いくつもの雑誌の編集長を務めた陣さんのお別れ会には、マガジンハウスでエースと呼ばれた編集者やカメラマンがごっそり来られた。
 なんだか20年前に戻ったようで、確実にみなさんお年を召されたけれど、雑誌屋にとって大切な特有の軽さだけは持ち合わせていたので、陣さんの想い出や、陣さんと関係ない話にも花が咲いた。
 
 閉会後、お世話になった元編集長とフリーランスとして机を並べた女史達と一緒に、銀座ではココが美味いというオムライスを食べに行った。そしたら同じくお別れ会に出席されたマガジンハウスのみなさんが6人やってきて、お店のシェフは一気に11人前もオムライスをつくることになった。
 弔いの日にオムライスを食べる。これぞトムライスだねと洒落たことを言いながら食っていると、すこしだけ寂しい気持ちが込み上げてきた。

 陣さん、さみしいわ。またボヤいてくださいよ。オレ、いまでもダメライターです。
 あの世で好きなだけ酒飲んでタバコ吸ってください。ところで陣さん、タバコ、値上がりしたこと、知ってます?
 また誰かと一緒に陣さん思い出して酒飲みます。
 



『小径の老犬』

 飲み会がある日は電車で通勤。たまに池尻大橋で降りて15分かけて事務所まで歩く。順路はいつもバラバラ、知らない路を散歩気分で歩くのがけっこう好きである。
 今日もひとつ、月島にあるような路地を見つけた。住人しか立ち入らないような小径を、キョロキョロしながら侵入する。何も悪い事なんかしてないのに不審者気分でアウェーな感じだ。
 そこにアルミ製のケージがひとつ。年老いた柴犬のお家だった。
 聞き慣れない足音なのか、柴犬はオレに耳をそばだてながら、ケージの中をグルグルと旋回している。
たぶん、あの老犬、目が見えない。ウチのケンタもそうだったけど、鼻を地面に向けて足をヨタヨタさせながら、おんなじ方向にグルグルグル、何度も何度も回るのだ。やがて後ろ足がヨタついてバランスを崩し、ちょこんと尻もちをついて、そしてまた立ち上がってグルグル。その姿は気力そのものだ。自分は老いてなんかいない、目は視えなくなったけど自慢の鼻と耳で不審者を察知してビビリを利かせてやるんだというプライドが、ヨタつく足元とピッと立った耳に表れてた。
 ケージぎりぎりまで近寄って老犬に話しかける。「ごくろうさん。頑張ってるな。かっこいいぞ」。
 老犬は足を止め、半身になり背中を向けながら耳だけをこちらに向けている。警戒心はありありだろうけど、どこかに安心材料を見つけたのだろうか、カラダを反転させて、オレに顔を向け前足を枕にしてアゴをのせお腹を地面につけた。
 毛はたわしのように枯れ、目はずっと塞がったまま。開いたところで何も見えない瞳を、意味もなく開こうとしないのだろうか。それでもどこか穏やかな表情に感じるのは、まぶたの奥にしまわれた瞳に、大切にしてくれた家族の姿が映っているからだろう。
 「また来るよ」。老犬、微動だにせず。「来るからね、わかった?」。動かず。
 もしもオレの声が老犬に記憶されていたら、今度ケージを尋ね声をかけた時には、ちょっとだけ旋回の意味が違っているかもしれない。
 切ないけれど素敵な朝のひとときだった。



『矢沢永吉コンサート、その人間模様』

 永ちゃんのライヴに行って来た。ヨコハマ、熱かったぜ。出待ちは150人ぐらいいただろうか。家路を辿る前にクルマに乗り込む永ちゃんにさっきまでの興奮と感謝を届けたかったのだろう。

 サラリーマンのおっさんがガッツリ膨れ上がった年季物のブリーフケースからE.YAZAWAの刺繍入りスカジャンを取り出してワイシャツの上に羽織る。脱いだヨレヨレのジャケットとネクタイはスカじゃんと入れ替わりブリーフケースの中に収納された。待ちきれないのか、ブリーフケースのファスナーを閉じないまま足元に置き、永ちゃんコールで弾けると、勢いあまってブリーフケースを蹴飛ばして、コロコロとラグビーボールのような軌道でブリーフケースは階段を転げ落ちた。
 ブリーフケースに収納されていたジャケットは無惨にも外に投げ出されたが、E.YAZAWAの刺繍を背負う彼の眼中に放り出されたジャケットはない。
 歳の頃で50を過ぎたあたりだろうか。もちろん彼の日常など何も知らない。ただ、彼のブリーフケースの中には彼の輝いていた時代があった。サイズ的にキツクなってしまったスカじゃんと永ちゃんコールをする腰つきこそが、彼にとって最も自分らしい自分なのだろう。
 永ちゃんコールからバラードナンバーに転換すると、腰を屈めながら階段を下り、”すみませ〜ん”とリーマンたっぷりの50歳に戻ってジャケットを拾い上げる。
 矢沢永吉のライヴには、男たちの昔と今が混在する。しかし、けれど、だとしても、男はいつまでたっても男の子、つまり少年なのだ。
 



『マハカラうれしいプリンの報告』

 マハカラのうれしいプリン×目黒駅ナカワゴンが終了した。2週間の出店で学ぶことは多く、現場に立たないことには知り得ない事実がいくつもあった。けれど目標はほぼクリアし、プリンの販売数だけではなく、プロモーションとしてのメッセージも強かったのでスタッフにとっては意味のある日々だった。
 いつもあたりまえの場所でお客さんを待つ「店」と、ある場所に出向いて屋台を構えることでは大きな違いがある。まず、ご贔屓さんがいない。通りすぎる人の誰もが一見さんである。駅ナカを利用する人は、ほぼ毎日同じ時間にその場所を通るわけで、知らず知らずのうちに週単位で入れ替わる出店を比較している。特に同じ商品を販売する店に関しては、記憶を辿って比較することも珍しくない。ましてその店の商品を食べた人であれば、さらに詳細なる比較がうまれる。
 デビュー戦だからといって顔見世興行的な余裕はなく、そこそこヒットしなければ駅ナカサイドとしても首を傾げざるをえない。つまり、売らなくてはならないのだ。
 オレたちの考えは「売る」と「売れる」、双方のエッセンスを兼ねた展開。現段階では供給体制に限度があるからメディアには頼らない。まずは、地域から、現場から、確実に自分たちの味とウリを手渡しで伝えていくこと。
 2週間、目黒駅を利用する人たちには大変お世話になりました。「目黒駅で買ったよ」といって中目黒の店においで下さる人もたくさんいた。
 客商売ということをやったことがないが、こうして関わることで、客商売でしか味わえない喜びを感じられたことがオレには嬉しかった。
 



『和民』

 チェーン店の大衆居酒屋にはほとんど行ったことがないが、昨日、みんなで勢いをつけて行ってみた。
『和民』はすごい。何よりウマい。「安い」が先に来るのではなく「ウマい」が先である。「安い」が先にくると、マズくても安いからという低次元の言い訳が成されてしまうが、「ウマい」が先にくると、「安い」はより価値をアップさせる。もう少し引いて考えてみると、なんでこんなに安いのにウマいんだと嬉しい疑問しか沸き上がらない。つまり安さをなんの言い訳にもしない潔さがそこにある。
 接客姿勢にもしっかりした教育が感じられる。単に愛想がいいだけではなく、接客業とはなんたるかをプロフェッショナルとして機能させている。なーなーになっている居酒屋とか洋服屋の店員との差は歴然で、迅速な対応と身だしなみには好感を持った。清潔感も接客業のキモであることを存分に理解されていらっしゃる。
 要するに客商売をちゃんと実践しているのだ。そんなことを考えながら飲んでいると渡邊社長の顔が浮かんだ。ひょっとしたらあの出たがり具合は、すべての国民を和民化するための戦略ではないだろうかとさへ思ってしまうのだ。
 かといって和民帝国を築くとかのエゴ的なものではなく、この国をちゃんとするために居酒屋から変えようという志さを感じるのだ。
 機会があれば是非お会いしたい人物である。



『冬じゃん』

 冬じゃん。秋どこいった。猛暑の次は即、ふゆですか。季節がいっこ抜けると洋服屋とか困るだろうね。八百屋も。
 ミュージシャンは曲作れないだろうね。秋の記憶がないまま冬が来るなんて、デートをせずにいきなりベッドインするようなもんだ。その方が面倒くさくなくていいという人以外、恋愛に手っ取り早さは必要ない。物事には順番があり、準備があり、予感があり現実がある。こういうことは恋に喩えるとよくわかる。
 秋は恋の季節だからね。背景からしてやや失恋メの物語が多いが、いやいや、一番ステキな恋愛は片想いである。思い通りにならない恋に純真な気持ちをささげる。季節→恋ときたら、次は仕事に置き換えてみよう。順番はどうだ? 純真な思いを伝えられているか? 相手の気持ちを受け取っているか? 片想いに終わったとしても整理がつくまで気持ちを大切にしよう。自分を省みることの大切さは恋も仕事もおんなじだ。
 そんな話をゴルフ場で65歳のキャディーさんに話したら、両手を頬に当ててポッとしてた。



『パソコンちまちま』

 40の手習いとはよく言うもので、ここしばらく日記を自分でアップしてます。2001年に手書きで書き始めて早や9年、いつも”書いたからUPしといて”とスタッフ頼みでしたが、一念発起というか、そろそろ日記ぐらい自分でUPできないもんですかねという視線により、せっせとキーボード打ち込んでます。
 ただ写真の貼付け方がわからんので、それはまた来月になったら教えてもらってまたまたせっせとUPできるようにしたいと意気込んでます。
 70歳を過ぎたばーさんたちがパソコンやケータイを自在に操り、通販や韓国ツアーの申し込みをする今日、せめて日記ぐらいは自分でな。そもそも自分の日記を他人にUPしてもらうとは何事ぞ。そんなあったり前のことすら考えてもみなかった9年間。実に恥ずかしい限りである。
 何でも「もうついていけないな」と思ったら最後、それが事実であったとしても「これぐらいできるやろ」と何かをみつけて、ちまちまとパソコン生活。コレだね。
 なんだかんだでこのサイトでつながってる人がいると思えば、小指のささくれほどの「ちまちま」が大切なんだもんな。
 さて、これからまたこのサイトを通じて会ったこともない人に会ってくる。顔を知らない人と時間指定の待ち合わせ。パソコンひとつですごい世の中になったもんだ。



『浅田真央ちゃん』

 人生はジグソーパズルのようで、それまで上手くいっていたことがほんの些細なことでバランスを崩しリズムが乱れグチャグチャになってしまう。そこに収まるべき1ピースを間違えるだけでフレーム全体がダメになる。
 真央ちゃんのスケーティングは今、そこにある。課題のジャンプだけではなく、ジャンプに意識を置きすぎて、前段階やその後のつなぎもチグハグな状態である。
 フィギュアスケートは総合的な表現スポーツで、ジャンプだけが卓越していても圧倒的な加点を得られるものではない。ジグソーパズルはいくら早く組み立てたとしても、たった一箇所でもピースを置き間違えたら絵は完成しない。しかもそれを直すには、そのピースを外すだけではなく、かなり遡らなければならない。
 スケーティングからジャンプ、ジャンプからスケーティング、そしてそれらをつなぐ滑らかな表現ライン。どれもこれもがパズルのピースである。
 もう少し時間が経てば、もっと難解でコマ数の多いジグゾーパズルを真央ちゃんは完成させてくれるはずだ。苦悩する浅田真央こそが、大輪を咲かせるためのプロローグなのだ。

 



『環境あれこれ』

 永田町のとあるオフィスに行くと、早朝の森のような静けさの中、社員のみなさんが黙々と仕事をされている。女性は制服に着替え、男性は襟元のネクタイに緊張感を漂わせていた。社内にBGMはなく、デスクの椅子を引く音やパソコンのキーボードを弾く音が木霊する。行儀悪くお茶を飲もうものなら、すする音まで社内中に響き渡ってしまう。その光景を間近で見ながら出されたコーヒーを音をたてずに飲みケータイをマナーモードに切り替える。
 コレが当たり前なのだろう。さて、我がマロンはといえば、俺のデスクでは懐かしの歌謡曲が流れ続け、反対側の部屋ではFMのパーソナリティが朝から笑えないギャグを飛ばしている。時に、オレのウクレレが鳴り、ケータイにかかってきた電話に、なーなーのタメグチで応対する。コーヒーをすするどころか、時には客人に卵かけご飯までふるまうありさま。
 これでほんとに50前かよというほどユルい空間が支配していて、時々訪れる永田町方面の方々は、そのフランクさに緊張する。
 どちらも仕事場、どちらもオフィス。どちらにトレードされてもやりにくい空間だろうけれど、それでも仕事は発生し、アイデアは生まれやがて企画になり表現という出口に導かれる。
 ネクタイとTシャツ、しとやかなお茶と卵かけご飯、静寂とウクレレ。どちらも仕事。どちらも一生懸命。その両者がタッグを組んで同じゴールを目指す。
 育ってきた環境が違うから 好き嫌いは否めない。
 だけど、けれど、やっぱり…単純に君のこと 好きなのさ〜ああああ〜。 

 仕事って面白いもんだ。



『プロ野球考』

 クライマックスシリーズとは釈然としないシステムだと思っていたが、我がジャイアンツがペナント3位ながらシリーズチャンピオンの可能性を与えられるとなるとなかなか都合の良いものだ。ロッテの例もあるし、クライマックスシリーズの呪縛から逃れられないソフトバンクの歴史もあるから一概には言えないが、やはり専門家が論議に論議を重ねた上でできあがったコンテンツ、なかなかペナントレース3位のチームがリーグ優勝を勝ち取ることは困難である。
 となれば、あっぱれマリーンズ。選手会長西岡の涙に茶の間がもらい泣くわけである。

 それにしてもなんでテレビ中継しないんだ。仮にも日本の高度成長期を支えて来たプロ野球だぞ。いくらテレビのチャンネルが増えたからといってBS枠はないだろう。そんなことしてるから一流選手はメジャーに流れ、飲み屋のネタにも取り上げられなくなってしまったのだ。
 お笑いやドラマもいいが、テレビにとって必要なのはスポーツと歌番組だろ。決められたネタふりや類似したストーリーばかりのドラマでは視聴者のイメージする力が欠落してしまう。これじゃテレビはタレントや役者のカタログになってしまうではないか。緊迫した場面で、「なんでそんなコースに投げるんだよ」とか「ここは確実に三塁線にバントだろ」という超アナログなテレビゲームにのめり込みながら我々はイメージする力を養ってきた。そして素晴らしい試合を記憶にとどめるために、その時々の流行歌で時代を刷り込んできた。
 それがやがていつの日か、歌の力によってその瞬間を蘇らせる「思い出」という財産に昇華した。

 ジャイアンツが圧倒的に強くなくなった今日、国民の野球への関心も減退し、プロ野球はスポーツニュースと新聞で結果を知るだけの単なる情報になってしまった。圧倒的な強さがないジャイアンツに本気で対抗心を燃やすアンチファンも少なくなった。ねたみや嫉妬も少なくなり、プロ野球はマニアだけのコンテンツに衰退した。
 今一度、猛烈に強いジャイアンツをつくるために、テレビ局はジャイアンツ戦を買い付け、各チームにはジャイアンツ戦になれば全国放送されるというモチベーションを与え発奮させるべきである。
 もちろんパリーグもしかり、看板球団を作るために、テレビ放送そのものがプロデューサーとなるべきである。小学校で、中学高校で、会社で、飲み屋で、どこもかしこも本気で贔屓球団の魅力を言い合い、これまた本気でアンチジャイアンツを叫ぶ。なんと素晴らしい活気みなぎるプロ野球列島だことよ。

 プロ野球とはスタジアムとテレビが一体となり行われる、日本人の大切な大切な娯楽であり宝なのだ。



「ブスカワ」

 わさおが映画になる。わさおは青森に住む秋田犬である。毛がふさふさを越えてボーボーなのだが、それがなければわさおはクローズアップされてはいなかっただろう。
 わさおはブスカワ犬と言われているが、人間と同じでカテゴリー的にはブスに分類されるているところに可愛さがあるから親しまれるわけで、逆転してカワブスとなると最悪である。具体的に言えば、顔は可愛いけど性格悪いとか性癖めちゃくちゃとか金に汚いとか、そんなのがカワブスカテゴリーに属するのである。
「性癖めちゃくちゃ」というのが魅力という人もいるから、分類には難儀するが、まぁ顔がキレイだったりすると、顔のキレイさを裏切らないようにしなければならないという別の課題もあるということで、つまりはキレイだと思われることを持続することも大変なんだぞって話。
 オレはブスカワに大いなる魅力と未来を抱いている。直接会ったりするにしても、超カワよりもブスカワの方が断然グッとくる。さらに、自分ではブス止まりだと思っている人に「カワ」の部分を発見させてあげることに至福を感じるのである。
 こんな話を何十年もしてきて、人はそれをプロデュースと言うけれど、プロデュースには何よりも素材が大切なことを忘れてはならない。それを思えば、ブス止まりとあきらめてしまった人から「カワ」の部分を発見することは困難。ふさぎこんだり自分を解放しない人から、その人にしかないカワの魅力を見いだすのは至難の業である。けれど、ブスに属する人でも明るかったり、言うことが面白かったりオシャレだったり、酒の飲み方が気持ちよかったりすると、ブス経由カワイイ行きの切符が発券されることが往々にしてある。
 わさおの映画が完成したら、人間にとって「カワイさ」とは何かを、そしてそれを見事なまでに伝達するためには「ブス」であることも大いに役立つということを考えながら観賞してほしい。



『やっぱヒロミGO!』

 今年何回「スゴイ!」と思える瞬間に出会えただろう。スゴイ瞬間はそうそう狙って訪れることはないけど、昨日のヒロミゴーは圧巻だった。もちろん予想はしていたが、オレの予想などまるで当てにならないほどのスケールでただただポジティブなため息がこぼれるのだった。
 武道館で13000人の前でヒロミゴーを炸裂させたことはもちろんだが、デビューして39年が経ち、55歳という年齢で35年前のナンバーを歌う姿に、いっさいナツメロを感じさせないことが素晴らしい。それがまさに郷ひろみの生き方であり、歌へのチャレンジなのだろう。
 何よりも心を打たれたのは、本番を迎えるまでの準備である。その日のために最高の準備をする。エンタティナーにとって当然のことながら、それを裏切らないことは難しい。肉体的な節制はもちろん、歌のキレ、ノビ、タメ、カラダのキレから、極端な話、髪の毛一本の乱れに至るまで、ファンが望むイメージに微塵の狂いも許さないのが郷ひろみなのである。
 会場を埋めたファンはみな、何十年も前からヒロミさんを応援しているのだろうけれど、誰もが昔の郷ひろみを追っているのではく、今ここにいる55歳の郷ひろみのファンなのだと実感させられた。
 アーティストとファンの信頼関係を見事なまでに描いた、どうしようもなく素晴らしいライヴだった。



『ヒロミゴー武道館の日』

 今日は多いに頑張る日であります。
 夜にはヒロミさんの武道館公演「THE BIG BIRTHDAY」があるから、といっても何もすることないか。観客のひとりになって今年のツアー55本目をじっくりと楽しもうと思ってる。
 中目黒の「マハカラ」は今日から目黒駅構内で駅ナカワゴン販売を実施する。改札の中側で1週間、外側で1週間。6種類のプリンを販売するのである。
 これも何もすることないか。屋台はがっちり作ったしノボリも作ったしパネルも作ったしチラシも作ったし、東急目黒駅限定の栗チョコプリンはなんとか完成したし。あとはマハカラのみんなが路上ライブのように声をからして
プリンちゃんの魅力を伝えるだけだ。
 季節柄、なんだか文化祭のような日。そのスペシャルステージがヒロミゴーで…そんな感じでなんだか胸高まる週の幕開けです。
 16歳でデビューしたヒロミさんの55歳の誕生日を、ファンのみなさんはどんな思いで見守るのだろう。それ考えると今から泣ける。
 ヒロミさん、誕生日おめでとうございます。今日は武道館ぶっ壊れるまでヒロミゴーしてください!



『商店街』

 「商店街をなんとかしたいのだが、なんとかならんかいね?」
 こんな質問が漠然とやってくる。

 地域の未来を見据えた上で、それはそれは素晴らしい希望だけれど、そのための努力はふたつある。
 まずは商店街から「街」をとって、ひとつひとつの商店が頑張ること。
 もうひとつは「街」の中で、その商店はどんな存在になるべきかということ。
 そういう理念というか、気持ちが街を作る。商店が並ぶ商店街という「街」を。
 商店は街との共存であり商店街の一部である。たくさんの「一部」が街の主役なのだ。
 もちろんそこにいる店の人たちも。
 するともうひとつの主役である、お客さんがやってくる。
 人が集まる。会話が生まれる。笑い声が響きわたる。元気になる。

 そうやって考えてみると、その街に足りないモノやコトやお店や、もっといろいろなことが視えてくる。
 そんなシンプルなことをよーく理解した上で、さぁ話そう。



『チリ』

 ショックで頭が割れそうになった。割れるというより壊れると言った方が正確かもしれない。感動することも頭が破壊されそうになることも、人間だから仕方ないのだろう。
 ちゃぶ台をひっくり返す事は簡単だが、そのちゃぶ台もまた壊れてしまう。ちゃぶ台の気持ちになれるかどうか、またはちゃぶ台を元に戻す第三者の気持ちになれるか、どちらも人間のキャパだ。
 チリの落盤事故救出劇でもっとも感動したのは、地上と音信が取れるまでの17日間にある。生き埋めにされている状況に気づいてもらえているかわからない、そんな中での17日間、彼らは微塵も希望を捨てなかった。先行きが真っ暗になろうとも絶望が迫り来ても、希望でそれらを跳ね返した。さらに言うならば「希望を持つ」という希望をあきらめなかった。
 ちゃぶ台をひっくり返してしばらくしたら、逆さになり脚が折れたちゃぶ台を見て自分を悔いるだろう。
 選択肢はいつだってふたつある。たとえどん底に落ちたとしても、そのまま腐って人生に蓋をしたり人を罵り続けて自分を落とすか、それとも希望を持つか。どんな場面でもかならずいずれかを選択しなければならないのが人生である。
 簡単に言うならば、あきらめるかあきらめないか。希望こそが奇蹟を呼び込む唯一の方法である。
 チリが教えてくれたことは、まぎれもない人生訓である。



『御仁の言葉』

 飲み屋のカウンターでたまたま隣に居合わせた初老の御仁に、いきなり「君にとって仕事とはなんだ?」と言われたので、「ラブレターです!」と言ったらハイボールをご馳走してくれた。
 御仁にしてみればオレなどヒヨっ子同然なのだろう。ちょっとからかってみたに違いない。
 ところが意外と話は弾み、なにかにつけて恋愛論を絡ませながら人生訓みたいなものを聞かせていただいた。
 帰り際に御仁は「酒はどこで飲むかより誰と飲むか。仕事は誰とするかより何をするか。ラブレターと似てるだろ」とウインクされた。
 なるほど、という感覚を憶えることはありがたいものである。



『世界の中心でさけぶこと』

 「世界の中心で、愛をさけぶ」という映画があったが、もしオレが世界の中心で何かを叫ぶとしたらどう叫ぶのだろう?と考えた。するとやっぱり「愛してるぞー」と言うに決まっていることを確信した。
 愛してる。この気持ちがあるから人は生きられるのだと思う。
 どんな苦境に立たされようとも、決して折れない気持ちがあるのは自分を愛するがゆえ。気持ちが折れてしまったとしても、呼吸することをやめないのは自己愛に他ならない。まして愛する誰かや何かがあればなおさらである。愛は宇宙のようなもので際限も実態もない。地球だって他の惑星から見れば宇宙の一部。人は宇宙の中にいて、自分の中にも宇宙を持つ稀な生命体である。そして誰もが自分を知らない。知らないが故に自己を確認し、また誤摩化す。どれもこれも愛という名の自分探し。
 誰かを愛することも、誰かを罵ることもすべてが自分との距離や温度差を測るためのもの。可愛い子犬を愛でるのも問答無用でゴキブリを踏みつぶすのも、すべてが自己愛の確認である。
 愛があるから人は生きられる。愛があるから災いが起こる。どれもこれも愛がそうさせる。考えるほどに厄介だが、愛がつきまとわない人生ほど薄っぺらいものはない。そして、愛があるから人なのだ。
 イエスも仏も、きっとこんなことを言っているのではないだろうか。人はいつだって、世界の、いや宇宙の中心にいるのである。



『マイケルをさがして…』

 ある社長からハロウィンをやるのでマイケルジャクソンを探してくれと言われた。オレはこの手のリクエストに猛烈に燃える。MJがいるわけないのにどう探せというのだろうなどとは微塵も考えない。MJ亡き後にMJを探す。それがミッションである。あー燃える。マイケルどこだー。
 仲のいい後輩に相談したら一発解答。「いますよ、マイケル」。そんなウマくいくわけないじゃん的な話であるが、後輩の情報をパソコンで辿ってみたら、本当にマイケルがいた。その筋では世界的に有名なダンサーでマイケル追悼番組が頻発していた頃には毎日メディアに登場していた人物である。さらに検索をすすめると「マイケルとマドンナが取り合った男」と出ていた。
 こんな凄い人にどうやってお願いするのだと弱小のキャスティング会社みたいに弱腰になっていたら、「知り合いっすから問題ないっすよ」とまたまた後輩が頼もしいことを言ってくれた。すごいぞ、後輩。
 待てよ、後輩も凄いが、誰よりも先にその後輩に電話したオレの直感も大したもんじゃないか。…ん、ちがうか。そういうことでは、ない…ぞ、と…。
 どうやらそのマイケルはニューヨークに帰らねばならずハロウィンでのビリージーンは不可能になってしまったが、なんとなんと、後輩はNEXTマイケルを準備してくれていた。しかも二人。これでビリージーンとビートイットを同時に見れる。ダブルムーンウォークってのもありだ。横並びでスリラーもある。おー、マイケル、マァイケル…。
 それにしても「ビートイット」と「ビリージーン」をカタカナで書くと間抜けだ。



『お店と人』

 ものづくり学校でイカ玉焼きとプリンの屋台の番をしていたら、完全に店の人に間違われたのでそのままいくことにした。店の人というのは話しかけなくても話してもらえるからありがたい職業だと思った。もちろん食い物を通してのことではあるけど。
 もともと人と人の間には何かがないと会話は生まれにくい。話すための理由と言うかきっかけというか、そんなこと。初めて話す人に、いくらこっちが気合いを入れて“話すぞ”と意気込んでも、向こうは“急に来られても感”満載のときがある。人と人の初会話のタイミングはそんなに容易いものではない。だからほとんどの人は話すきっかけづくりのために「お天気ネタ」を使うのだろう。
 会話の多い店には人が集まる。集まった人たちが、初めて同士なのに「店」をネタにしてすんなりと会話に入っていける。自己紹介なんてその後で、“そういえば名前聞いてませんでしたね”なんて・・・最高じゃないですか。
 「人見知り」とか「口べた」だとか平気で言う人はお店の仕事をすればいいと思う。逆に口べたや人見知りの人ほどやるべきだ。言い訳ができないからである。人には性格があるからもっともだとは思うけれど、都合のいい時だけ話して、苦手意識を勝手につくって、場合によっては人任せ。これは困る。「口べた、人見知り」としおらしく言ったところで、場合によってはわがまま以外のなにものでもない。
 それはそうと、屋台を挟んで店の人とお客さんが会話をする。それだけでいろんな可能性が生まれるってことだけは事実。中には会話がしたくて店を覗く人もいるのだろうなとしみじみ。
 お店と人、実に深くて尊い関係だ。




「ものづくり学校のうれしいプリン」




『ともだちについての話』

 何十年ぶりかにかかってきた電話は、とりあえず「元気?」から始まったけれど、会ってなかった時間をなんとなく埋めるようなどうでもいい会話をしたあとに、「あのぉ、○○のチケットって取れる?」だった。こういうケースは初めてではないが、正直ガッカリする。多分、そいつは誰かにいい格好するために、「なんとかなるよ」か「なんとかするよ」と言ったのだろう。
 オレはこう聞き返す。「どれだけ頑張った?」。そいつは「とりあえず全部あたってみた」と返す。「どれぐらい?」とまた返すと、バツが悪そうに、「とりあえずいろんな方法で…」とモゴモゴする。「本気でチケットを取ろうとしたのならどれぐらい大変かわかるはずだろ?」と追い打ちをかける。すると黙る。「なんでオレに頼むの?」とさらに追い込むと、「取り易いと思って…」とさらに株を下げる。何十年も会ってない奴から頼まれてなんでオレがせっせとチケット取ってやらにゃならんのよ。それでなくとも人気アーティストのチケットは入手困難で、日本中の人たちが必死でトライしているのに、都合の良いこと言いなさんな。
 たとえ毎日会ってる奴でもオレは断る。そんなもん平等じゃない。オレが取ったらどこかの誰かが取れなくなる。道理はそこだ。
 似たケースで選挙前の電話というのがある。これまた何十年も前に会ったやつがテンション上げ上げで電話してくる。
 
 友達の線引きってどこだ? 都合がいいのが条件なのだろうか? カタイこと言わずにそういうもんでいいのだろうか? 
 そういう人たちには「あいつは友達なんかじゃない」と言われてるかも知れないが、それが正しいのかもしれないな。








『タツローの歌』

 一昨日、偶然にも山下達郎のライブに行った人の話を3人から聞いた。どれもが女子。20代ひとりと30代前半ふたりで、達郎世代とはほど遠いところにいる人たちであるが、3人がまったく同じ言い回しでライブの感動を表現した。
 「とろけた」。なんちゅースケベな響き。花盛りの女性に、しかも3人に「とろけた」と言わせたのである。
 とろける場所は限られている。心かカラダのいずれかである。どちらにしても凄い、絶倫だ。NHKホールで指先を使ったとは思えないから、歌だけで攻めて、そしてとろけさせた。
 歌だけで…タツロー、凄い。あのビジュアルで動くだけで凄いと思っていたが、歌ったらやっぱとんでもなく凄い人なんだ。タツローの歌、疼(うず)くんだろうな。ビリビリとカラダを這い上がってくるんだろうな。いい気持ちにさせるんだろうな。やっぱ歌って魔法だ。タツローは魔法使いだ。ビジュアルも。



『明日は世田谷ものづくり学校6周年記念祝典』

 明日は世田谷ものづくり学校の6周年記念祝典。メインダイニング(というかエントランスに屋台建てんだけど)は『マハカラ』。学校内にある「ゆっくりとカフェ」とともに1000名のゲストを楽しませてくれる。
 旧池尻中学校でいか玉焼きと串揚げとプリン。実に文化祭的で楽しそうだ。学校とは字のごとく学ぶ場所であるが、大人になったからには学校で何を学ぶかが大切だ。教科書を見るより人と語れ。語り下手だったら聞き上手になれ。今まで自分にはまったく関係なかった情報が好奇心となり、やがてそれが未来の自分へのトリガーとなる。
 知っていることを余裕で語るよりも、知らないことに緊張しながら耳を傾けることの方が大切である。人の言葉には小説も哲学もドキュメントもエンターテイメントもある。人と話す、人に話す、人の話を聞く。それが大事。いちばん勉強。



『筆ペン』

 最近、よく筆ペンを使っている。もともと字を書くのが好きで、小学校の頃から授業中にみんなが絵を描いているのにオレだけ字を書いていた。もっとも絵にチャレンジしていたことはあったが、どこから見ても自分の絵を愛しく思えず、10歳の段階で絵は見切った。大人になったらこんな職業に就くとは思ってなかった、というよりこんな職業なんてあるとは思わなかったけど、とにかくオレらの仕事はまず喋ってから絵を描くことが多いので、同じ落書きでも字ではなく絵を描いていれば良かったなと残念に思ってみたりもする。
 秋になってからも何人かに筆で手紙を書いた。お祝いものとお礼状。いつもはメールで返信という人も、手紙を出した途端に電話がかかって来た。びっくりしたというのだ。それぐらい手紙は珍しいものになってしまったという事だろうか。もちろん自分のキャラを考えた時に、とても毛筆で礼状など…と思われたに違いない。その落差を含めて、手紙というものは人の心に届く物だと信じている。
 鉛筆と消しゴムと定規と大学ノートと、筆ペン。いつも鞄に忍ばせてある大切な物たち。逆に自宅には今だパソコン回線が通っていない。これを不備だと指摘する人もいるだろうが、今のところ困ってもいないので、しばらくはこの状態をキープしたいと思っている。
 話は変わるが、寒くなったのでアイスコーヒーからホットコーヒーに切り替えた。アイスはのどごしを楽しんだり乾きを癒したり避暑対応的な要素も強かったけど、ホットコーヒーは香りと時間を楽しめるもんだとしみじみ感じた。コーヒーを飲めるようになって20年。銘柄にこだわるほど通じゃないが、秋口の一杯はなかなかである。
 パソコンを閉じてブラックコーヒーと筆ペン。悦に入ってしまうのである。








『おやじの話』

 昨日は“サミット”と称する定期的な飲み会で、ホスト役はスタイリストの大久保さんだった。ゲストに木梨憲武さんが来てくれて深夜まで大変盛り上がった。
 ノリさんがお父さんの話を誇らし気に語っていた。いい歳こいたおっさんが親父の話をするときは決まっていい顔になるものだ。とりわけノリさんの笑顔はいいものだった。
 おやじかぁ、会ってないなぁ、そりゃそうか、28年前に死んだもんなぁ。生きてたら10月1日で83歳かぁ。どんな年寄りになってたんだろうなぁ。やっぱ頑固なのかなぁ。今のオレを見たら、やっぱ“喝ぁ~つっ!”かなぁ。
 19んとき、親父が上京して麹町のビジネスホテルで兄貴と一緒に待ち合わせたとき、なんか恥ずかしかったなぁ。オレが上京して初めて東京で会うという日だったもんな。互いによそよそしくて、つい2ヶ月前まで一緒に暮らしてたのに、ちょっと離れただけで…男同士ってなんでこう不器用な感じになるんだろね。
 そんでホテルの一階にある焼き肉屋でデビューしたての原辰徳の話をしていた時だった。兄貴が「原はええ眼をしとる!」と太鼓判を押すように言うと、親父が「おー、2.0やでな」と真顔で言った。兄貴と顔を見合わせながら、笑いを必死にこらえていると、空気が冷えてしまったことに気づいたのか、「いやな、原は視力もえーんやぞ!」と掘った墓穴を急に埋めようとした。
 息子たちの話に無理矢理入ろうとするあたり、やっぱオレらのこと可愛かったんかな。
 ノリさんのお父さんが営まれる『木梨サイクル』は来年で創業50年を迎えられるそうだ。ノリさんはきっとお父さんの自慢の息子さんで、お父さんもノリさんの自慢の親父なんだろうね。
 うらやましいなぁ。いいなー、ノリさん。




ノリさんにいただきました。




『イチローに学ぶ』

 イチローは毎日同じことを繰り返しながら自己管理をするのだそうだ。毎朝同じ時間に起きて弓子夫人の作るカレーを食べて、いつも同じ時間に球場入りして同じ準備運動をして試合に臨み、同じ膝屈伸と伸脚運動をして、マスコットバットを回してから打席に立つ。打席ではご存知のように右手でバットをピッチャーマウンド方向に掲げユニフォームの右肩を左手でつまみ、投手との間合いと自分の集中力を高める。就寝時間も毎日同じだそうだ。
 どれもこれも毎日同じ。いわば儀式のようなものだが、この儀式こそがコンディショニングの源だという。
 なるほど、毎日同じことをしていれば微妙な変化にも気づくはずである。今日はカレーの消化が悪いとか、屈伸をするときに足首がやたら硬いとか、腿の裏側に張りがあるとか云々。どれもこれも同じ儀式を繰り返すことにより些細な発見が可能となる。そんな些細な気づきがあればこそ、今日は足首をもっとほぐそうとか整腸作用を促す食物を摂ろうとか、微妙に狂いかけているバランスを修復することができるのだ。
 つまりイチローは誰よりも自分を管理しているのだ。もちろんあらゆる手段を試して今日に至ったのだろうが、日々の生活にさまざまな儀式を組み入れながら、生活のブレを最小限に抑える努力には頭が下がる。
 さて、俺にはどんな儀式があるのだろう? 寝るのは夜中の2時過ぎ、これは徹底している。毎日酒を飲む。これも儀式だ。昼間は体力を温存して飲みに行くと全力を発揮する。これもほぼ守っている。カレーは毎朝とは言わないが、週に3日計5食は食べる。これはかなりイチローに近い。兄貴の名前が一郎で、最近仲いい先輩が一朗である。
 比較するのがバカらしくなってきたからやめる。




これも40年以上続けてきた儀式。
新商品「オタフクソース味」登場につき
名古屋のトシからダンボールで送られてきた。




『コウン2010』

 何度も書いていることではあるが、なぜかオレは飲んだ時にコウンの話で盛り上がる。飲食店に居ながらにして排泄系の話は基本的にはタブーであるが、人はタブーほど破りたいものである。校則、規則、法律すべて枠の外側に飛び出そうというのが人間の本能に宿っている。言っておくが法を犯せとけしかけているのではないからあしからず。
 先日、田舎で飲んでいるときのこと。高校時代の同級生のデンちゃんがいきなり検便の話を切りだすと、それまで停滞気味だった場が急に円滑になり、だれもが一気にバック・トゥー・ザ・ハイスクールした。
 若い頃のコウン話と違い、昨今のコウン話は単なる下の話にとどまらず、健康面においてかなり重要なデータとなるから興味深い。しかもかなりリアルなタッチで今朝のコウンを描写し合い、生活習慣病の入り口にいるような奴はメモを取る勢いでコウン描写に耳を傾けている。コウンに限らず排泄は健康のバロメーターであると太鼓判を押す某テレビ制作会社の人々と、コウンネタの番組を作ろうかと本気で盛り上がっているオレにしてみれば、a lot of コウン話はいわばリサーチでもあり、目の前の刺身盛り合わせとメンチカツをつまみながら実に有意義な飲み会となったわけである。
 それにしても同級生は超リアルなコウンの話をしながら痛快に飲食をとる。なによりもそこに感動する。



『町と建物』

 晩夏というか、まだまだ懲りない暑さの岐阜市川原町。戦災をまぬがれ、昭和を色濃く残す風情ある街並である。電線を地下に埋めてしまったのだろうか、瓦屋根のまわりには余計なものがなにもなく、青空がくっきりと浮かび上がって気持ちいい。
 残暑とはいえ、陰はしっかりと秋色を映し出すから不思議である。郡上八幡といい飛騨高山といい、故郷には素敵な町が多い。とはいえ初めから素敵な町だったわけではなく、その昔にはあたりまえのように瓦屋根の長屋連なりの町がいっぱいあった。それが都会は景気に便乗して景観を無視して町中をコンクリートで固めてしまったために、結果として岐阜の町が素敵な町となったわけである。
 無計画な建設が町をダメにした。東京は馬鹿デカいビルが並んで圧巻だが、どれもこれも無計画に建てられたものばかりでちゃんとした景色というか風情をこさえていない。だからデザイン的にまったくダメである。都市デザインというものがなんたるものかをよくは知らないが、なんか後づけ的なビジュアルな気がしてならない。いくらソフトが機能したとしても町が美しくなければ価値は半減する。
 この国の外国人観光客が伸び悩むのは、未来都市づくりをデザイン面で失敗したからではないだろうかと思う。名所旧跡だけではなく、近代的な建築物と都市デザインを観光名所にするなんざ、この国にはほど遠いことかもしれない。とはいえ建設ラッシュは未だ止まず、最近はデザインなのかパロディなのかわからないビジュアルに鼻から笑いが漏れる。
 ビルは街の一部、だと思うけどね。だからって200メートルのビルに瓦屋根つければいいってことじゃないけど。




岐阜・川原町通り。



鮎のお菓子屋さんもある。




『老眼デビュー』

 ついに秋の訪れである。季節の事ではありません、人生の、であります。冒頭の「ついに」という言葉がせつなすぎますが、わたくし48歳と2ヶ月にして老眼デビューでございます。
 新聞は遥か彼方から眺め、ケータイに限ってはヒロミゴーのバラードナンバーのエンディングのように、マイクを遠ざけるようにしながらのポジションでようやくメール確認というありさまです。この48年間、肉眼メガネなしでいろんなモノを見てきました。素直な気持ちで視点にこだわり、ときには人の心の中まで視透かしたりもしましたが、これからは老眼鏡のお世話になることに決心しました。
 お陰さまでダテ眼鏡だけはゴマンとございますので、どれを老眼鏡にしようかな~と、哀しい話題の中にも軽い希望を抱いて、老眼ライフの始まりに心を寄せているところです。
 とはいえ、とりあえずの老眼鏡は名店「ドンキ」で購入した788円モノ。これがなかなかすごい! というか、老眼鏡って素晴らしい。
 ダテ眼鏡に3万、老眼鏡に788円。いかがなものかといささか不安になるが、今後は3万のダテに老眼レンズを入れれば良いのである。さらにグラサン系にもサラリと老眼鏡! これをオシャレととるか悪あがきととるかは自由ですが、20を超えるコレクションから厳選するのもなかなかに困難である。
 まぁいい、とにかく老眼鏡だ。秋だ。読書はしないが、オシャレの幅は広がった。何でもデビューは嬉しいものだ。




ドンキの老眼鏡




『岐阜の夜』

 昨日は岐阜で飲んだ。死にかけている柳ケ瀬に喝を入れてやりに行った。もうヨタヨタな街なのに、なぜそんなに優しい。もういいからと言っても力の限り優しく包んでくれるんだ。
 なんだよ故郷、街を捨てて24年も経つのに優しくすんじゃねー。マスター、あんただって何十年前の客の相手をするよりも、今の常連さんを大切にしてやった方がゼニになるだろ?
 それなのに…貸し切りで…閉店時間なんてとっくに過ぎてんのに…。
 「ケースケさんが好きやったカレー、作っといたよ」
 泣かすな、バカ。岐阜だからバカじゃなくてターケ、か。
 1年に1回、いや2年に1回か。それもここしばらくの話で24年で5、6回しか顔出してないのに。
 店ってそういう場所なんかも。それでいいのかも。行ってないけど、いつか行く店。必ず行く店。そこにいる人、顔。そしていつも別れ際はこうだ。「東京で頑張らないかんよ」。
 そうやね。東京で頑張らないかんね。そういうことやね。



『大先輩と5時間』

 65歳の大先輩と軽く一杯ひっかけていたら、若い奴らと話すよりも下らないことで盛り上がり5時間も喋ってしまった。
 思春期のガキが抱く偉大な妄想と煩悩を65歳になっても失わない先輩はさすがである。こういう人のことを少年というのだろう。
 その先輩がこんな言葉をくれた。「クリ、お前もいい笑顔するようになったな。相当なことをやってこないとそういう顔はできん」。
 ちょっとは褒めてくれたのだろうか、嬉しくなって「少しは大人になれましたかね?」と尋ねたら、「早いわ。やっと大人になる入り口まできたところや」とピシッと返された。
 人物が人物だけに写真は掲載できないが、大先輩、それはそれはびっくりするぐらいの笑顔である。ただ、なんで笑ってるのに怖いんだろ。
 顔。大事だな。ただし「顔は磨けん。人間を磨け」。大先輩のお言葉。悔しいぐらいにロックだ。



『千駄ヶ谷でラミちゃん』

 清水圭ちゃんの展開する「surf &turf products」の撮影があり、素人の底力を発揮してから、原宿のGOOD MORNING cafeでランチをとり、気分よくクルマで帰る途中のこと。
 千駄ヶ谷の交差点で、青信号なのに前の前のクルマが動かない。後ろからクラクションにけしかけられたので、前のクルマにパッシングしても、その前の車と車間が近すぎて動けない。仕方なしにオレが後ろの車に事情を伝えて車間を開けてもらい、バックしてから前の車を追い越して信号を通過しようとしたら、問題の前の前のクルマの車窓から右手が出て来て、指先で早く行けと促すようなサインが送られた。
 おいおい、元々お前が停まってるからこんな状況になってんだろ!と軽くキレながら、追い越し際に右手の持ち主を睨みつけてやったら、なんとジャイアンツのラミレスではないか。
 もちろんオレの態度は急変。「ラミちゃん、優勝たのむよ!」と笑顔で投げかけたら、引き続き右手で“ハヤクイケ”サインを出しながらも「ワカリマシタ」とひと言&ラミちゃんスマイルをくれた。嬉しくてほんの数秒ではあるがうっとりしていたら信号が赤に変わってしまい、後続車から猛烈なクラクションを浴びせられ、交差点はちょっとした小渋滞になってしまった。
 みなさんすみません。嬉しかったんです、ラミちゃん。やっぱ野球選手はすごいわ。会った瞬間小学生に戻ってしまう。しかもジャイアンツの4番、ラミちゃん。
 もしオレが幼児だったら確実に抱っこしてもらってたな。あの渋滞の中でも。重ね重ねすみません。




左/圭    右/圭介




『玉置浩二』

 玉置浩二が話題みたいだ。コンサート会場でファンに食ってかかったみたい。これを単に「壊れている」ととるのはもったいない。
 ラブソングというものは身を削らなければ描けないとオレは思っている。+自分の過去や恋愛観を切り売りするようなものだ。それを7800円出して観に来てくれた客にどう届けるか、それがステージだ。
 玉置浩二がよくなかった点は、観客に「7800円ぐらいで云々…」と言ったことである。観客は主催者サイドが決定した7800円に対する価値を求める。すなわち2時間のステージの質だ。酒を飲んでいたにせよ、何かのトラブルがあったにせよ、観客の罵声に対して玉置浩二が返すべきは、暴言ではなく歌である。腹立たしい事があれば、うまくいかないもどかしさがあればこそ、ギターを鳴らして言葉を即興で歌にしてしまえばいい。彼には瞬時に言葉をメロディーに乗せてラブソングにするだけの能力があるのだから。
 たとえば「バカ野郎、ふざけんな、テメーひとりのためにステージやってんじゃねーんだぞ」。言葉にすれば完全なる暴力であるが、これに玉置浩二独特のメロウなメロディーをつけたとしよう。そしたらほら、耳をすましてごらん。そよ吹く風に乗っかって、傷ついた男のシャイな囁きに聞こえるではないか。
 ギターはなにも用意されたセットリストを演奏するためだけの道具ではない。その時々の思いや願い、ときには叫びにメロディをつけてソングにしてくれる魔法使いである。
 壊れているかもしれない。けれど傷ついてもいるに違いない。直接的な会話が愚かで危険であれば、ギターを挟んで会話をすべきである。
 たとえ行き過ぎた言葉であったとしても、そこにメロディがつけば、歌になれば、オーディエンスにとってはその日だけのサプライズとなり、すなわち玉置浩二の音楽家としての奥行きとなる。
 口べたと自負するならば、歌を唄ってくれ。歌で泣き、歌で伝えてくれ。あなたの生き方はメロディそのものなのだから。



『遼クン』

 世の中、誰もが「遼クン」を連呼している。年頃の男の子を持つ母親は、「あんたね、遼クンみたいにがんばりなさいよ」と言い、父親は「遼クンみたいに稼いで楽させてくれ」といい、祖父母は「遼クンみたいに礼儀正しい孫だったら」と言い、セガレに楽させてもらおうなどと安易なことを平気で言っている父親は「遼クンの爪の垢でも煎じて飲めば」と妻に言われてシュンとする。
 つまり、今、日本で一番理想の男子は石川遼クンなのだ。
 先日、フジサンケイクラシックを夫婦で観に行ったM夫妻は、“遼クンが歩くとモーゼの十戒みたいにギャラリーがザザーっと道を開け、通り過ぎるとまた元に戻ってすごかった”と小学生並みの言葉で感動を伝えてくれた。興奮冷めやらぬM氏は、「遼クンに2日間ついて歩いたらゴルフが視えてきた」となにか開眼したようだったので、早速金曜日に一緒に回ったらまだ開眼前だった。
 遼クンの凄さは、日本中の誰からも「クン」付けされることだ。幼児からも主婦からもギャルからも老人からも政治家からもヤクザからも「遼クン」。これは「象さん」とか「熊さん」とか「和尚さん」とかの「さん」付けを上回る最高の親しまれ方である。そして誰がどんな時、どんな状況にあっても、遼クンの話をすれば心が穏やかになることが素晴らしい。
 たとえば骨肉の争いをして離婚寸前の夫婦間にあっても「遼クンだったらどう思うとおもう?」とどちらかが投げかければ、「そうかぁ、遼クンならきっと、互いが幸せになれるように別々のフェアウェイを歩けるように努力してください」って言ってくれるんだろうなって、離婚取り消しになったり、ワイロを受けとってしらばっくれている政治家が「遼クンだったらどう思うだろう」と考えたとき、「フェアプレイをしてこそゴルフ、そして人生。潔く罪を認めペナルティを払って次のゲームに挑んでください」と頭の中で遼クンに囁かれ、確実に自首または出頭することになる。
 今、日本中で、なにかが起こったとき。そこに遼クンを思い浮かべれば、なぜそうなったのかを見極め、ここれからどうすればいいのかが視えてくる。何かにすがる宗教的なものではなく、「遼クン」という時代の鏡に自らを映し出すことで、自らの行いを反省し、自分の思いや気持ちに正直になり、自分が人間社会の一部であることをいやがうえにもわからせてくれる、魔法の杖なのだ。
 今では誰も「ハニカミ王子」とは言わない。遼クンは、王子を超えた「クン」付けの王様になったのである。
 がんばること、あきらめないこと、ねたまないこと。自分のすべてを晒してそれをゴルフで表現する遼クンは、やっつけ気味に生きている日本人に対して、日々魂のドライビングショットを打ち込んでいるのである。



『オレ』

 編集者でもライターでもなくなっている気がする。いろんなところに呼ばれては突然フラれたテーマに即興でプランを話している。こういう仕事はどんなジャンルに属するんだろ。やっぱりプランナーというのだろうか。それだったらあまり好きな聞こえじゃないな。ライターとかエディターの方がピュアな気がしていい。
 一昨日昨日と、上記のような場面を5つも経験し、延べ10時間以上も喋った。資料はその時にサラっと渡され、机のあっち側に座っている人たちの名刺と顔を覚えるのがやっとである。そういうときオレは妙にサディスティックになる。ボンテージセットを携えて身振り手振りを交えながらビシビシとムチをしならせる。
 ほらどうだっ、ビシッ。まだわかんねーのか、ビシッ。なんども言わせんじゃねー、ビシッ。…ビシッ、ビシッ、ビシッ。
 気がつけば出血大サービスをしているのはオレの方で、すべてのアイディアをご提供してしまうのである。木に登るブタというか、つまりは手のひらの上で転がされてしまうわけだ。
 いーか、これで。ボランティアで終わったとしても心にシコリは残らない。

 疲れたので机の上に顔を乗せて寝た。友人にもらったユーミンのオルゴールを聴きながら。
 わずかな時間だったが確実に寝た。そこにオルゴールが侵入してきた。ストーリーはわからないが夢の中でBGMになっていた。起きたとき切なすぎて泣きそうになった。
 簡単だ、オレ。ずるいわ音楽。むちゃくちゃだった恋愛さえも美しい想い出にすり替えてしまう。彼女も確実に4割増しで可愛くなってるし。都合良すぎるぞ想い出。
 簡単、単純。すばらしいことかも。
 48年かけて作られた人格だ、そう簡単に変わってたまるか。急に変わっても、オレついていけない。
 さて、また夜が来て夜が明けて朝が来て、残暑がもうひとふんばり。
 週末、サンマ食う。決めた。



『北海道日記』
 週末に北海道へ行って来た。北海道に行くとかならずチカの家に泊めてもらう。チカは大学の同級生で体育の先生をしている。
 チカの奥さんのユリちゃんが圧力鍋で作るさんまの梅肉煮込みに目がないので、オレが泊まりに行くたびにご馳走してくれる。
 夕食前に必ず近所の温泉に入って、サウナでのどをカラカラにさせてキンキンに冷えたビールという運びになる。
 例によってチカの高校の部活Tシャツと短パンを借りて、リラックスしてメシをご馳走になりエンドレスで飲む。どちらかがもう飲めない、となるかあるいは寝てしまったところで終了となり、気がつけば記憶もそこそこにリビング横の和室で寝ていることが多い。布団はいつもふかふかで、タオルケットは頬ずりしたくなるようないい匂い、枕もちょうどオレ好みの高さに設定されていて2週間ぐらい居候したい気分になる。
 北海道も残暑が厳しかったらしく、エアコンなしのチカ家では吹き抜けの天井に取り付けられたプロペラみたいなファンが大忙しだった。それでも夜はいい感じで肌寒く、久しぶりに布団にくるまって寝た。
 布団の話で思い出したが、オレの田舎では「布団を着て寝る」と言う。代表的な使い方としては「今日は冷えるから布団着て寝なかんよ」。それを東京人から大笑いされた記憶があるが、函館生まれのチカも「布団着て寝ろよ」と言ったので驚いた。それが嬉しくて、布団ネタでまたハイボールをそれぞれ3杯ずつ飲んだのである。
 北の朝は早い。さっき寝たばかりと思ったがすぐに目が覚める。トシだな。寝たまんまの格好で近くの小学校まで散歩して、校内に作られたミニ動物園でアヒルとうさぎに雑草を食わせて帰ってくると、ユリちゃんが朝メシを用意してくれていた。旅館で食べるような見た目にも美味しそうな朝和食。塩っぱいけれど甘み抜群の鮭がごはんを走らせる。そしてまた温泉へ。チカは無類の温泉好きなのだ。温泉では生まれて初めて岩盤浴を体験。49℃と52℃の部屋でそれぞれ20分。経験したことのない体の火照りに目が回った。
 間髪入れずに、“小樽行こ、オタル”。高速をぶっ放しレンガ並木と運河の街の風情に身を置いていると、中国人の団体が俺の感動の中をドカドカと横切って行った。日本中どこでも観光地は中国人だらけでいやになる。とはいえ今の観光地はどこも中国人頼りである。仕方ない、これも時代だ。あっちの方が上なのだから。頑張れ小沢か管、鳩山さんは髪型どうにかしなさい。
 石原裕次郎記念館に行こうと思ったけど、ソフトクリーム屋のおばちゃんに「徒歩で1時間」と言われたので断念した。ただ、記念館のある場所にほど近い観覧車は目測で25分の距離である。35分の時間差はどこにあるのかが不思議だったのでもういちどおばちゃんに尋ねたところ、「2回はお茶休憩した方がいいから」らしい。こういう発想もでっかいどうなのだ。
 小樽から戻り、札幌へ向かい、夜9時から札幌駅周辺にあるチカの教え子が働く居酒屋でサンマの刺身をつまみに焼酎を飲んだ。仕事を終えた教え子も一緒になってあらためて乾杯をして終電までとことん飲んだ。
 いつも別れ際に言う事は「あと100回会おうな!」。このフレーズを使いだしてから5、6回は会っているので本当は94、5回なのだが、キリの良いところで「あと100回」を決めゼリフにしている。
 似たケースで某編集者とは「死ぬまでにあと1000回ゴルフやろうな」と言ってるけど、まだ10回そこそこなので、このペースでいくと、白骨化した老人たちよりも確実に長生きしなくてはならないことになる。
 北海道はいいところで食べ物もおいしいが、一番嬉しいのはやっぱり友達だということを確信した。いい旅だった。





チカの家。高原にある別荘みたい。



近所の小学校へ向かう路。



ガアガアガア。



うんが。れんが。





『満員御礼高野山カフェ』

 新丸ビルの高野山カフェ、大ブレークでたまげた。写経は90分待ちで、精進料理ランチは各店100皿を優に越えるらしい。嬉しい悲鳴の連続にクライアントの南海電鉄の部長さんも目を潤ませていた。ああいう姿は胸を打つ。
 写経とか瞑想とか、みんな心のどこかで惹かれているんだなぁ。きっと日本人のDNAなのだろう。和、静寂、心の揺れ、深さ、速さ、奥行き。自分の中の自分に触れる瞬間。外国人のみなさんも慣れない正座で悶絶していた。これまた美しき光景。
 弘法大師空海が見守るなか、丸の内の真ん中で畳に正座して般若心経を写す。文字で世を確かめ筆に心を添える。
 しびれた足をひきずりながらレストランを回遊する。精進料理と高をくくっていたが悔しいほどに美味い。ヤラレタと嬉しい悲鳴。
 丸の内に高野山。ミスマッチな気がして不思議でならないのがコンセプトである。その落差を利用しながら人々の心にジャストミートするのである。
 この暑いのに館内のエアコンは大丈夫だろうか? 人々の好奇心が体温を上昇させ、空調設備を困らせる。
 今夜はちょっと早めの打ち上げだ。ただし第1回目。来週再来週と続き、その後に本格的な大打ち上げ。飲むのも修行、ですよね、弘法大師さま。




つくったぞ 高野山



ありがたい。





『残暑の美学』

 9月ですね。けど真夏です。しかもかなりタチ悪い。特に深夜の湿度満点の熱帯雨林系の暑さで体力奪われっぱなし。通常の夏よりもビールを注文するタイミングが2時間早い。昨日なんて午後4時だ。それから生、生、生、生、ハイボール15杯。でもまだ暑い。そして翌朝、生やハイボールたちが筋力と気力を奪う。ギラギラの街を汗だくで歩き、バス停で20分も待ち、打ち合わせで凍えるような冷房にあたり、そして陽は沈みまた生&ハイボール。これでいいのだ。
 この夏の会話は特殊だ。「なに食いに行く?」ではなく「ツマミは何にする?」である。主役はメシではなく生とハイボールなのだ。キンキンに冷えたシュワシュワを、もう飲めませんというところまで飲めればそれでいいのである。かといって屋上ビアホールではなく、そこそこ静かでほどほどゆるい店。脇役に降格したツマミも呆れるほど美味くなくてはならない。だからビアホールはなし。かといって美味しい料理で胃袋が満タンになってしまうともったいないのである。料理ではなくあくまでツマミ。せいぜい焼き鳥屋。飲み続ける狭間で、舌の感覚と喉元のテンションを切り替えるためにツマミに頑張ってもらうわけである。
 言い忘れたが仕事もきちんとする。長けりゃ良いという問題ではない。何でも鮮度が重要なのだ。短時間でキチンと決める。その場で解決できなければ意図的に次回に持ち越す。準備期間に内容を熟成させればよい。そのためにも体に酵母を存分に届けるのだ。興奮した血液が巡り、脳みそは円滑に機能する。それだけ夏の生とハイボールは効くのである。
 どれだけ美味い一杯を飲むか。美学である。最初の一杯だけではない、もう飲めない、というところまでの話である。
 そして私は今日もそこに挑戦するのである。(実は明日もあさっても。土日は北海道で)。



『大好きなシモフリのTシャツをいただくの巻』

インタビューも終了後、レコーダーがOFFになると同時に、某女優は、“かなり遅れちゃったけど…これ、どうぞ”。
 キレイに包装されたMARC JACOBSのシモフリのTシャツが登場した。
 オレはこういう時間差攻撃に弱い。ひと月経っても誕生日を覚えてくれていることに感激というか感謝する。誕生日からひと月も経てば、はて、なんだっけ?となるけれど、遅れてきた誕生日をそっと祝ってもらったようで嬉し恥ずかし大好きなドリームズカムトゥルーなのである。
 無類のシモフリT好きなオレに、新たに加わったMARC JACOBS。まだまだ長い残暑ゆえ、早速今日から活躍させていただくことにした。
 超忙しいのに気ぃ遣ってくれてありがとう、真央ちゃん。




サイズもピタリ。すばらしい。




『泣けるカラオケ』

 新宿のスナックへまた行った(連れていかれた)。○暴あがりの刑事みたいな、いかにもツブシの効かなさそうな角刈りのおっさんが仁王立ちで右手をベルトのバックルに添えながら『兄弟舟』を熱唱していた。唄い終わったら切腹するんじゃないかというほど気合いの入った歌声はちょっとした恐怖だった。
 帰り際に60歳を過ぎたママが、同じビルの飲食店を経営する88歳のおじいさんの肩をとんとんと叩きながら竹内まりやの『人生の扉』を唄った。涙が出てきた。
 春が来るたびに歳をかさね、人生はデニムのように味わい深く色を変えていくという歌である。人生の素晴らしさや希望は90歳を越えるまで綴られる。その歌詞は深くて尊い。若者が唄ったところできっと何も響かない。人生の先輩達が酸いも甘いも経験した上で、しかも酔っぱらって新宿のスナックで唄うからこそ感動するのである。
 おじいさんがうんうんと頷くように聞いている。おじいさんにとってはかなり年下の美人ママに肩をたたかれ、ちょっとばかり恥ずかしそうでもある。それがまたドラマなのだ。
 しばらくぼーぜんと感極まっていたら、また○暴が『兄弟舟』を唄いだしたので、ワンコーラス終わったところで帰った。



『野菜を食べると』

 野菜ばかり食っている。肉が食べられないわけではないが、なぜか野菜ばかり。今朝もアボガドとヤングコーンとオクラとフルーツトマトとニンジンを食った。アボガド以外は蒸してね。トイレの滞在時間は1分半。前にも書いたが、見事なまでのウォータースライダーでビッグベンは跡形もなく彼方へと消えている。
 野菜を食うと元気になる気がする。カラフルな色が胃袋に入っていくからだろうか。腹の中ではどんな絵が描かれてるのだろう。きっと胃袋は、“おい腸くん、いま君んとこに野菜を運搬するからあとは頼んだよ”。すると腸は“胃袋さん、お疲れさまです。僕がしっかり色味を消しときますから心配いりませんよ”。
 野菜だって本当は原色のまま黄門様から脱出したいのに、そんなことするとオーナーがひっくりかえってしまうので色を消しているのかもしれない。強いて言うならカメレオン。もしもビッグベンに色が付ついてて、カラフルなきゅうりみたいなことになっていたら… それはそれで美しいか。
 そうか、野菜の鮮やかな色は体内に吸収されるから肌がキレイになるのか。メルヘンだ。



『ドブネズミ』

 昼間、猛暑のアスファルトをねずみが前足だけで前進していた。後ろ足は投げ出されていて引きずっている状態だった。必死にドブに逃げ込もうとしているが、まだ1メートル近くもある。かなり弱っていてかたつむりぐらいのスピードしか出せず、ドブ板の隙間にたどり着くにはまだ3分はかかるだろうか。
 容赦なく照りつける太陽、焼けたアスファルトに体をこすりつけるようにしながらも、ひたすらにドブを目指す生への執念。
 つまんでドブに運んであげたかったがやめた。余計なことをしたら生態系が崩れる。見るも忍びないねずみの姿。頑張れミッキー(急にミッキーに変更。かなり美化してるな)。
 応援むなしくミッキーはドブの穴寸前で息絶えた。覗き込んで呼吸を確認した訳ではないが、おそらく…。生と死の境界線を彷徨うミッキーの姿には感動すら憶えた。自分の居場所に回帰しようとする本能が生への執念を映し出したのだ。もし彼に理性があったとしたら、せめて死ぬ場所はドブの中で、そう思ったに違いない。
 ドブネズミみたいに美しくなりたい…。その光景を見で心の中にある何かが揺れた。同時に、くだらない人間たちとどこか比較していた。
 白昼のドブネズミ。美しく、見事な最後だった。



『西麻布笑顔の男』

 スタイリストの大久保さんと渋谷の居酒屋で一杯ひっかけてから白金のBarに入った。そこそこ雰囲気も良くて、女をオトそうとしている野獣達が勝負球に使っているような店だった。野獣たちはどいつもこいつも仕事の手柄話を雄弁に話していて可愛かった。「オレがプロデュースしてやった」とか「オレが仕込んでやった」とか、聞いてて実に微笑ましい。あるCFをディレクションしたと豪語していた若者がいて、そのCFはオレの知り合いの○○さんが演出したはずだよと教えてあげようと思ったが、そんな野暮なことしても仕方ないのでやめた。
 はじめから一杯だけのつもりで入り、オレたちはそれぞれお気に入りのバーボンをソーダで割って飲んだ。値段はそれぞれ1400円とそこそこするが、雰囲気料ということで承知した。なんちゃってヤンエグたちのテキトーな話に耳を傾けながらちょっと色っぽい話なんかもして、いい気分でバーボンソーダを飲み干した。
 さて、次いきますか、ということでお会計すると、“4900円です”とバーテン。「ハッ?」である。言わしてもらうが、あの程度の店でテーブルチャージが付くとは思えないし、付いたとしても高すぎる。陽気な大久保さんの顔色が変わりオレの眉毛も吊り上がった。顔を見合わせて“どうする?”サインを交換したが、大久保さんが目を閉じてコクリと頷いたのでそのまま何事もなく店を出た。
 せっかくの楽しい飲み会にケチがつきタクシーの中ではバーとバーテンの在り方について語り合い、オレたちは苛立を抱えながら西麻布へ移動した。タクシーを降りてしばらく歩いていると、近づいてきたクルマの中から素敵な笑顔で会釈をする青年がいる。「お久しぶりです」、松田翔太である。実は渋谷の居酒屋でも彼の話で盛り上がったのだ。「礼儀正しい男」それが話のキーワードだった。
 一瞬で人を爽快にさせるのもスターの条件である。いや、それよりもデキた男の証である。翔太に会っただけで下らない出来事はすべて忘れ、俺たちはふたたびバーボンソーダで乾杯した。



『立ち話』

 炎天下、事務所のあるマンションの前で先日飲み屋で会った男に声をかけられた。「おー、元気か?」と、とりあえず声をかけてみると、「クリさん、クリさん」とオレの名前を連呼した。
 声のトーンと笑顔から、なんとなく嬉しい様子だったのでそのまま事務所に入っては悪いと思い軽く立ち話をすると、男は隣のラーメン店の長椅子に腰掛けてタバコを取り出し火を点けようとした。
 ちょとまて。この暑さで日陰もない。あと数秒でクーラーの効いた事務所に入れるのに…。でもコイツ、かなり嬉しそうな顔してる…。やっぱちょっとだけでもこの場で付き合わなきゃだめだろうか、いやコイツだって暑いはずだ。しかも上下真っ黒の洋服ときてる。顔も南方系でかなりカロリーが高い。なんてモジモジしていたらタバコに火がついた。同時にオレの汗腺にも火が点き、額と首と脇から汗が噴き出した。
 「クリさん、クリさん、クリさん」、今度は3連発だ。嬉しいのは分かるがこの暑さも分かってくれ。お前は平気なのかシャーク?(先日、ドラマ『不毛地帯』の話で盛り上がり、遠藤憲一が演じる鮫島について白熱したことからそう名付けた)
 約3分の立ち話。もっともふたりとも長椅子に腰掛けての会話だが、それでも瀧のような汗が流れオレのTシャツは襟元と脇あたりに妙な柄ができた。
 「クリさん、自分、行きます。それにしてもあっついですよね。クリさん、また連絡します。クリさん、ツイッターで呟いてください。クリさんがどこどこで飲んでるって呟いてくれたら、俺、ソッコー行きますから。クリさん、会えて嬉しかったです。クリさん、暑いですが体に気をつけてください。クリさん、それでは失礼します」
 シャークは帰り際の挨拶に2分以上もかけ『クリさん』という単語を7回も使った。なんか軽く拷問にあった感じだったが、シャークが去った後には爽やかな風が吹いた。
 もう少し涼しくなったら、シャークとの立ち話に存分につきあってあげよう。
 ほんとはオレも嬉しかったぞ、シャーク!



『訪問者』

 先週は岐阜の山間部で洋菓子店を経営する女性が、昨日は同じく岐阜出身のデビューしたてのミュージシャンが「とにかく相談」という感じでやって来た。会う前まではその人を知らないのだから、オレなりにどんな人なのだろう、何を相談に来るのだろうと考える。そういう気持ちは、どこかに振り分けると緊張感というジャンルに収まるのだと思う。ものすごく緊張しているわけでもなく、胸が高鳴っているわけでもないけど、やっぱり緊張しているのかなと感じるし、むしろ緊張感が必要だとも思う。
 ジャンル分けしてるオレなんか問題にならないほどやってくる人たちは緊張していて、作り笑顔にもならないような表情でオレと対面する。その緊張をほぐしてあげようと、こちらもまたさり気なく緊張する。
 人と人が初めて会うということはそういうことだと思う。どちらも相手を気遣い、離れた距離の中から少しずつ心の距離を縮めていくものである。信用と信頼は微妙に違うのだろうが、どちらも自分から距離を縮めようと心がけなければ何も生まれないし始まらない。ましてその先にある信用や信頼にたどり着くはずもない。
 誰に聞くのか知らないが、いろんな人がやってくる。ここんところは故郷の人が圧倒的に多い。きっと東京に住んでる岐阜の人というのが、分かり易い記号なのだろう。
 たった数時間会っただけで信頼や信用なんて生まれないだろうけれど、会った時の表情と帰る時の表情に差があると、オレは嬉しい。こっちも緊張した甲斐があるというものだ。
 人は数時間あれば成長するということの証だ。緊張にしばられていた自分が、本来の自分を取り戻し、それを自分の言葉で人に伝達する。心が動いた証拠だ。自己紹介ほど明確なコミュニケーションはない。
 洋菓子店を経営する女性がお店自慢の洋菓子を送ってくれた。美味しかった。添えてあった手紙を読むと、会った瞬間からは想像もできない彼女らしさが溢れていた。
 こういうことが、実はオレにとってものすごくありがたいことなのだと、最近やっとわかるようになった。



『ランチタイムの大逆転』

 ランチタイムで客が並ぶカフェ。並ぶ客には容赦なく灼熱の太陽が降り注ぐ。やめときゃいいのに、他のチョイスを考える思考能力も残っていない。
 アパレル勤務だろうか、シャレた女性4人組とそのカフェの入り口に同時に足を運んだ。この暑さではどっちが先に並ぶかちょっとした勝負である。4人組のひとりが急に歩行スピードを上げて、オレたちの前をゲットした。こういう時の女子には勝てない。いや勝とうとしてはいけない。そんなことしようものなら並んでいる間中、背中に黒い視線を感じてやまなくなる。そればかりか、チラっと聞こえるように嫌味なんかも。譲って良かった。
 彼女は任務を全うし達成感を感じていたようだった。ただ、互いに店外で入店を待つ身、いわばひとときの同志である。早足で先の順番を勝ち取った彼女はイジワルした感がありありでヒールのポジションにいた。
 こういう時は、背中を見られる方が本当にイヤなのだ。あらためて、譲って良かった。
 猛暑の中ひたすらガマン。窓越しに見える店内の客は涼しい顔でランチをほおばっている。あと少し。この4人が入ったら次はオレたちだ。ところがそこからなかなかお呼びがかからない。イラつく4人。話し声の中に攻撃的なため息が混じり、順番取りで敗北した俺たちにもイラついた視線をチラつかせる。それはそれはイジ悪な瞳、こわいこわい。
 店内から黒服が出てきた。「お待たせしました。が、もしよろしければ2名様をお席にご案内させていただいてよろしいでしょうか?」
 「なんでよ?」と男言葉でキレる4人。彼女達の答えを待つオレたち。
 「彼女たちの後でいいですよ」と大人なオレ。
 控えめなオレの言葉に、「え~っっ?」と機嫌をそこねながらも渋々「どうぞ」と言わざるをえない女たち。
 彼女たちに一礼してから一足先に清涼の店内へ。猛烈に不機嫌アピールをする彼女達が入店できたのはそれから15分も後のことだった。



『男のチャーハン』

 炒飯を余り物で作る。男の料理はこれだけできればほぼOKだ。厨房男子なる者もいるが、それはそれでよし。カレーも作れるが相当気合いが入るから、はいよ!とはいかない。
 炒飯の決め手は味付けである。どんな条件下でも味付けにブレがあってはならない。ベーコンから出る脂で野菜を焼き、しょうゆと酒でジュワーっとやり、バターちょびっとにブラックペッパーぱっぱで完成。冷蔵庫で放置され賞味期限と消費期限のあいだを彷徨っていた食材たち。このまま放置され続ければ生ゴミとなる以外に道はない食材がふたたび皿の上で輝きを放つとき、オレの額の汗も美しくきらめく。
 調子に乗って高めの鶏肉とかを使ってはいけない。そんなことをしたら炒飯のありがたみがなくなってしまう。あくまで冷蔵庫で行き場をなくした食材達のリーサルウェポンとして、炒飯は機能するのである。もちろんごはんも、3日前に残ってしまったカッチカチなやつ。冷蔵庫から出したばかりの冷えごはんは必ずチンする。熱してホクホクにして一粒一粒に勢いを出してキレをよくするのだ。そうなると味のノリが冴え。歯ごたえも復活する。
 残ったベーコンはスープに。カリッと焼いてからコンソメ汁の中にダイブさせ、ごま油をちょぽんと落として完成。
 キャベツか白菜が余ったら、これもチンして塩コショウで食べる。時にしょうゆマヨや、名古屋人御用達の「つけてみそかけてみそ」のジャンクなソースもかなりイケる。
 “食ったー”のひと言で深夜の晩餐はシメを迎える。実に男らしいことを言いながら、ケンタロウの料理本を3冊も持っているのである。



『プールではずかし』

 気合いを入れてスポーツクラブのプールに行ったら、インストラクターが揃って水を抜いたプールをタワシでゴシゴシ洗っていた。俺だけ競泳用パンツ、スイムキャップ&ゴーグル。会員は誰もいない。当然インストラクター達の視線が突き刺さる。ほぼ裸の状態だから余計に痛い。
 ああいう時って、どちらも一瞬「え?」って感じで固まってしまうんだな。口ぽかんと開けたまま、「なんで」とか「どうして」じゃなく、「え?」って。
 おそらくチーフ的な人だと思うけど、“あのう、今日はプール清掃日なのでプールはご利用できません。申し訳ございません”と頭を下げられたけど、丁寧な対応をされればされるほど恥ずかしさがアップして、照れ隠しに「だよね~」と平然とした顔して明るく振る舞ってみたけど、絶対動揺してるのバレたな。
 ドッキリ番組で、温泉からウォータースライダーでスキー場に真っ裸で飛び出してく芸人のはずかしめがちょっと分かった気がした。
 落ち込んで階段を下りて行ったら、ビキニパンツで泳ぐ気満々のおじさんとすれ違ったけど、そのまま素通りした。



『たまらん夏』

 この夏はテロテロコットンのタンクトップタイプのワンピースを着ている女性に出逢う。といっても、通り過ぎて後ろ髪をひかれるだけだが。オレはこのテのファッションにめっぽう弱い。開放感というかおウチ感というかコンビニファッションというか彼と彼女の距離感というか、玄関の扉を開けっ放しにしてドライヤーで髪を乾かしているような油断感みたいなところに心惹かれるのである。
 足元は決まってローヒールのサンダルで、グラデーションの大きめのサングラスをかけて、麦わらで編んだようなチープシックな買い物かごを引っ掛けて…完全に負けた感じがする。何に対して負けたのかわからないが、無防備すぎて逆に挑発されているような罠にまんまとかかってしまうのである。
 女たちはそれを知っている。してやったりの表情はグラデーションの奥にそっと隠しているが、“またひとり 飛んで火に入る バカなやつ”と、鼻先で川柳を詠みながら通り過ぎて行くのである。
 このファッションはルックスを問わない。スレンダーでもぽっちゃりでもマンモスぽっちゃりでも不思議と色気が放出されるのだ。さらに無防備な女性は後ろ姿に逆三角形のラインがうっすらと滲むのである。
 路上で立ち止まっている男は、きっとその残像をリフレインさせているか暑さのせいでいつも通っている道を迷ってしまったかのどちらかである。
 暑いのはたまらんが、違う意味でもたまらんのである。

 みなさま、良いお盆をお過ごしください。



『水場』
 マハカラの入り口に水場をつくった。野菜やラムネなんかを冷やしておく涼場である。
 郡上八幡を旅した時、売店の軒先にすいかやトマトを冷やしてあるのを思いだして、急遽、アレ作ろう!ということになり、早速大工仕事でやっつけたのだ。
 入り口には水場と柄杓と手ぬぐい、南部鉄の風鈴、ブタ蚊取りとすだれ、そして呼び鈴。これで2010年夏、完成である。
 なんか夏休みの工作をしているようで楽しかったが、オレが塗った部分のニスだけは相当いただけない結果になっている。何を隠そう、プラモデルづくり大嫌い、日曜大工興味なし、のこぎりで木を切る前に気持ちが切れてしまうオレである。そんなオレが中目黒の涼場のためにせっせとニスを塗ったのだ。愛情と気合いだけは水の中に溶け込んでいる。どうか通りがかったら柄杓で魂の水をすくって涼をとっていただきたい。
 とりあえす盆明けからトマトとスイカとラムネ冷やします。盗むなよ!




ギコギコ、ブィーン。



ココがこうで。



できた。



ジャーン。





『バカな知り合い』

 遠方にいる知り合いが電話をして来た。

 「明日東京に行くんですが、5時頃お時間空いてますか?」

 「おお、なんとかするよ」

 「じゃ僕の都合が合えばお会いしたいです」

 そいつとは未だ「知り合い」止まりである。



『カロリーメイトとの格闘』

 夏になると体が丸くなる傾向があるので、といってもすでに肉眼で確認できるほどの成果があるのだが、これではいかんと思いプールへ駆け込んだ。気合いを入れて1時間ほど泳ぎ、サウナにもビッシリと入って気分的には5キロほどダイエットした。すると当たり前のように腹が減ったのだが、時間を見ると23時10分。この時間帯で夜食など摂ったら泳いだ意味がない。空腹に顔を歪めながら渋々ジムに隣接するドンキでカロリーメイトチョコレート味を2コ買い込んで飢えた胃袋に押し込んだ。
 おそらくろくに咀嚼もせずに飲みこんだためだろう、カロリーメイトが桑田さんで有名になった食道あたりでやや原型を残した感じで引っかかっている気がしたので、大きく息を吸ってからグッと呑み込んだ。すると、どういうわけか呼吸困難というか息が吸えなくなり、ゴリラみたいに胸をウホウホと叩いてみたが、まだかなーり苦しい。苦しさ丸出しの形相でもういちどドンキに戻ってミネラルウォーターを購入してあわてて飲んでも、原型を残したままのカロリーメイトは食道を通ろうとしない。呼吸困難はなんとか回避されたが、まだカロリーメイトはスパイダーマンのように食道壁に張りついている。
 「カロリーメイト」。アメカジっぽい名前をつけたところで所詮は小麦粉の菓子だ。そのうち溶けて胃に流れ落ちるさと余裕をかましていたが、いやいや、小麦粉の塊は意外にも頑固で俺の食道と精神を苦しめた。
 そうか! 液体ではなく半液体なら土砂崩れのようにカロリーメイトを巻き込んで濁流となり、すんなり胃袋に流れるに違いない! オレは自分の閃きに希望を感じ、もう一度ドンキに戻ってウィダーインゼリーを2コ購入し、早速路上でウィダーインゼリー イントゥ ストマックを決行した。…が、ウィダーインゼリーは予想以上にヤワでカロリーメイトを避けるように胃袋へと逃げて行った。しかも2パック。
 食道あたりに引っかかるカロリーメイトのストレスばかりか、一気に呑み込んだ“1L for 10L”と2ウィダーのせいで具合が悪くなり、タフなオレもさすがにガードレールに座り込んでしまった。
 中目のドンキのレジはオープンエアーである。オレの3度の買い物を担当したレジの男が、レジ打ちの合間を見て、路上でヘタれ込むオレに「大丈夫ですか」と声をかけてくれたが、そんなもん大丈夫じゃないに決まってるけれど、「大丈夫ですよ!」と明るく返すしかなかった。しかも、そう返したらそこを立ち去るしかないだろうと心の中でツイッターしながら、レジ男の視界に入っているうちは平気そうな顔で夜道を帰って行かざるをえなかったのである。

 なにやってんだオレ。健康補助食品が全く裏目に出た蒸し暑い夜だった。




カロリーメイト(チョコレート味)
ヘアメイクのノボルのバカなステッカー付き。




『犬と手ぬぐい』

 おじいちゃんと犬、おばあちゃんと猫というのが決まりだが、おばあちゃんと犬というのも独特の和みを出す。おばあちゃんは現実的だから、夏でも涼しくなってからじゃないと犬を散歩させない。第一、自分がもたない。おじいちゃんはまだロック魂を捨てきれないから、時に炎天下でも犬を散歩させて、犬にもロック魂を注入させる。迷惑だワンという話である。
 おばあちゃん、そこそこ涼しいのに犬に手ぬぐい巻きつける。現実的だからファッションじゃなくて、本気で手ぬぐい。けど犬は首筋に汗かかない。汗腺がないから口を開けてハーハーやってるのはそのせいだ。汗の出し入れを口でやって温度調整をしているようなものである。ただ犬にとっては首輪+手ぬぐいで、首元がもたついて窮屈そうだった。
 夏でも犬にギャルみたいなファッションをさせているバカ飼い主がいるが、どれだけ犬が迷惑か考えてみた方がよいと思う。その点、手ぬぐいは気にならない。むしろ巻いてるだけで忠犬に思える。
 これが「和」の魅力。日本人の無骨な気質が手ぬぐい一枚に表れる。もちろん俺は20年来の手ぬぐい派だ。








『ふるさとの姿』
 名古屋で仕事があったので、ついでに実家に帰った。盆前ではあるが墓参りも出来たし、久しぶりに実家でメシも食った。
 今回は名古屋からバスで実家に帰り、帰りは実家から岐阜を経由して名古屋に出た。昔は人で賑わった旧・新関駅内にあるバスの待合所は閑散としていて、つぶれかけた自販機コーナーみたいになっていた。話し声も人の気配もない待合室には、自販機のモーターの音だけが静かに鳴るだけで、その音が余計に寂しさを募らせた。誰も動かない待合室は一枚の古ぼけた写真のようでもあった。
 駅裏にあった映画館は何十年も前に廃館になり跡形もなくなっている。岐阜まで延びる単線電車も廃線になり、電車道にはレールが剥がされた後だけが残っている。町の健康状態を占うような景色に、どんよりとした思いがのど元を通った。
 それでも人々はその町で暮らしている。景気が良かった頃の話を口癖にしながら厳しい現実を生きている。けれど希望は決して捨てない。希望のサイズは多少変わるだろうが、今より良くなることを信じ、良くなるための努力をそれなりに勤めている。
 6月には天皇皇后両陛下をお迎えした町。町が総出で式典の準備をし、式典が行われた長良川には何千人もの人で賑わったという。それもすでに思い出。
 素敵な思い出づくりも素晴らしいが、振り返れば思い出となるような、なんてことない、けれど活気に満ちた町になってくれることを願う。
 その昔、目抜き通りの本町通りでは市内の中学生がこぞってなにかを探しながらチャリンコを転がしていた。子供は人がいっぱいいる場所が好きだ。だから毎日、あてもなく本町通りを走った。本町通りを走れば誰かに会える。だから走る。誰にも会えなかったらもう一往復走る。それでも誰にも会えなかったら、また明日走る。それが夏休みの醍醐味だった。
 蘇れ本町通り。原爆アイス、満月焼、うなぎを焼く炭火の煙、喫茶店、モーニング、夏祭り、野菜でこさえた人形作品、なによりも子供たちのはしゃぐ声。
 時代はいくら変わっても故郷は変わらない。



バスの待合所。



レールのない線路。



川と水は変わらない。





『道路の安全について』

 運転免許を持っていない人の歩行や自転車通行のマナーが悪すぎる。事故ることを想定していないから道路で我がもの顔なのだ。ドライバーは自動車教習所では、運転することと同時に事故らないことを学ぶから、事故に対する意識が極めて高い。というより運転するということはそもそも事故の素であるということを自覚させられている。
 免許を持っている人と持っていない人の決定的な違いは、道路標識を読み取る力である。ドライバーが標識を無視すれば罰せられるが、歩行者にはなんのお咎めもない。仮に歩行者が空から赤信号の横断歩道に着地した瞬間にドカンとなっても、ドライバーには前方不注意という罰が付ついてまわる。なんでやねん?である。
 全国の白バイたちは、車やバイクだけを取り締まるのではなく、赤信号や信号のないところで平気にチャリで道路を横断するおばちゃんとか、道の真ん中で立ち話するおばちゃんとか、道の真ん中をトロトロとチャリ転がしてるおばちゃんとか、クラクション鳴らしたら親のカタキみたいな顔して睨むおばちゃんとかもしっかり取り締まってほしい。道の死角に隠れて「見~つけた」なんて性格悪すぎるだろ。これでは庶民の警察嫌いに拍車をかけるようなものである。
 交通ルールというのは、歩行者や自転車乗ってる人にも守ってもらわないといけないということを、もっと徹底させてほしいのだ。わかりやすく言えば、道路をむちゃくちゃに歩いたり横断したりチャリ転がしてるバカたちに、「あんたたち、こんな基本中の基本も守れないの(バカッ!)」と確実に人前に晒した状態で叱ってやってほしいのです(バカッ!はオプションで結構です)。



『夏、バカ!』

 クーラーを避けて扇風機で暑さをしのいで寝ていたら布団がぐしょぐしょになっていた。裏側にはほんのりカビの予感。早速ベランダに干して布団に日光浴させたら、夜中まで熱が逃げなくてまた汗だく。仕方なくクーラーを入れて寝たら朝アタマが痛かった。手強すぎるわ、今年の夏。やっぱ扇風機では力不足か。今日は冷えピタ貼って寝よ。
 なんで寝ることにこんなに苦労しなきゃならんのや、このバカ夏! 夏だけは運動神経も視力も要らんから、好き勝手に10℃以内なら調整できる体内エアコンがほしい。これ発明したらノーベル賞だろうけど、電機メーカーから抹殺されるな。



『異常な夏』

 真夏の一日はどこから朝が始まって昼にかわり夕方はどこからでいつ夜になり、夜中は一体いつからで明け方はどこからなのだろう?
 どこれもこれも気温と湿度のせいだ。この4~5年ぐらいで日本の夏は変わってしまった。ただ一日中あっついだけの日々になってしまった。ちょっと前まではいくら暑くても黄昏時には気持ちが涼しくなったり、寝苦しい深夜でもぽつんとセンチな気分になれたりしたのに、今は単に暑いだけの夏。
 この暑さでは自由に発想したり感慨に耽る思考がなくなってしまう。そればかりか、感情そのものが短絡的かつ破滅的になって精神衛生上、非常によろしくない。暑さは物事の考え方に奥行きを与えない。手っ取り早い答えだけを求める安直で野蛮な環境である。
 アパレル業界は大変だ。秋物という概念がなくなってしまう。冬物はほんの一時期だけの代物となり、ほぼ通年、夏物にざっくりしたカヴァーオールを羽織るだけになってしまう。四季のうち夏が4ヶ月を占めたら、ほかの3つの季節はどうなる? 犠牲になるのは秋と冬に違いない。物思いに耽る季節が短くなれば文化や思想も低下する。恋だって大味で、近道を選んでしまう。
 我々は年中Tシャツ短パンで過ごす民族ではない。挨拶だってかならず微妙に変化する気象状況のことから入るではないか。「今日は暑いですよね」「先週まで肌寒かったのに」「蝉が鳴き出しましたね」「赤とんぼがでてきましたよ」「そろそろ夜には長袖が必要になってきましたね」。これが日本の夏だ。ひとつの季節の中にも12の季節がある(ユーミン談)ことを肝に命じよ!
 四季が危ない。切なさが溶けきってしまう。奥行きや行間を考えたセンスある思考は途絶え、安直な発想だけが世の中を牛耳る。
 絶滅種の気持ちがわかってきた。日本人が日本人でなくなろうとしている。暑さ対策は日本人死守のための生命線だ。今すぐアスファルトをはがすべきである。
 地べたを、大地を、足の裏で地球を踏みつけて、地球の呼吸と一体になるのだ!
 もうクーラー飽きた。めちゃくちゃ暑いけど、人工的な涼しさよりはましだ。力不足だが扇風機、この夏はお前にまかせた!



『はちみつレモンプリン サンプリングを終えて』
 あっちゅー間でした。250個、40分、即完。
 いくらあっつくてもプリン好きなんだなぁ、みんな。韓国人の女子ふたりと香港の青年も喜んで食べに来てくれた(通りがかっただけなんだろうけど)。香港の男の子は、明日香港に帰る前に買いに来て、そのまま持って帰ると言ってくれた。すごいなぁマハカラ、国際的プリンだ。
 たぶんサミットとかでも手の込んだデザートなんかでもてなすよりも、ザクッとプリンを出したほうが喜ばれるんじゃないだろうか。政治家だって元はと言えば子供だ。純粋に卵と砂糖のスイーツが嫌いなわけがない。稀に苦手な人もいるだろうが、きっと世界中どこでもプリンはアイドルのはず。国のガヴァメントを代表して参席している御人が、プリンひとつで童心に還って肩の力を抜いてリラックスしてサミット。なんと素晴らしいことか。
 プリン。平和の記号。笑顔の源泉。つながりの証。町のシンボル。
 通りすがりの人が炎天下で横並びにはちみつレモンプリン。素敵な夏の昼下がりでした。



並ぶ。



食べる。



食べ終わる。いいかんじ。





『はちみつレモンプリン サンプリング30分前』

これからマハカラの新作「はちみつレモンプリン」をサンプリングしてきます。
 その前に、こんなにあっついのに中目には人が歩いてるのだろうか? この暑さでプリンは受け入れられるのか? そもそもノドがカラカラの状態でプリンを食いたいのか?
 いろんな意味で興味深い。レポートはのちほど。



『マロン日記を研究する人』

 ある人がオレの日記を研究しているらしい。オレはその人のことをそれほど知っているわけではない。一度、知人に紹介されて30分ぐらい立ち話したことがあるのと、偶然飲み屋で会ったことぐらいで、しかも飲み屋では会釈をしただけであとはノータッチだった。それから何度かメールを頂いたけれど、立ち話し以来会ったこともなければ肉声を聞いたこともない。
 そんな人がこのほど何やらレポートみたいなものを送ってきた。『マロンさんの日記のありかたについて』という迷惑なタイトルがつけられていて、チャチな卒論みたいな装丁になっていた。
 中を見ると、「マロン日記にはふたつの特徴がある」と書かれてある。どれどれ。「ひとつは『熱さ』と『情熱』である」と。「ふたつめは道ばたに落ちているような笑いを膨らませる技術」だそうだ。
 勝手なこと書いてるなと思いつつも、どこか思い当たるフシがあったりして、しかもちょっと嬉しくなっているオレがいる。
 ブログ日記なんてものは丁寧に書き留めておくものではなく、誰かに話しかけるような軽いもので、その時の気分で書くことが決まる。何を書こうなんていう気負いは一切なく、走り書き程度に書いているだけである。それを読み返すこともないし、誰のために、何のために書いているのか未だわからない。会話というのは特定の誰かとするものだが、日記は不特定多数の誰かに向けて一方的に綴っているだけだから、ひとりごとや呟きに近いのかもしれない。
 ほんのたまに特定する誰かに向けて書くことはあるけれど、そういう時の文章は日記ではなくなっている。そう思えば上記の「道ばたに落ちているような笑い」というような流れが一番日記っぽいのかな、なんて思うのだ。
 そもそも、ほんのちっちゃな視点から広がる自由でバカバカしいイマジネーションはオレの商売道具である。それを毎日綴るということは、ある意味トレーニングしているようなものなのかもしれない。つまり、「勤勉」ということになると思うのだが、これも勝手な妄想&解釈であろうか。
 『熱さ』と『情熱』は人が受ける印象だろう。日記は話かけるようなものであるが、決して会話ではない。だから言いっ放し、投げっぱなし。自分で合いの手(あいのて)を入れこともなく、いつも垂れ流しのような状態。その一方通行的な文字情報にスピードやトルクを感じて熱さや情熱に変換されるのかもしれない。ただ、はじめから熱さを求めてもらっても困る。なんの期待もなく見ているお気楽な無防備感がきっと『熱さ』という落差を生むのだと思う。
 その人のレポートはこんなシメをしている。「マロン日記は書き出しが命。スタートダッシュさえ決まればゴールなどどこでもいいのである。ゴールを目指すことよりも小気味良いスタートダッシュを切ることこそが快適なリズムを産む最大の理由なのだ」と。
 余計なお世話といいたいが、そこそこ当たっているような気がしてなんかちょっと負けた感じだ。きっと占いってこういうことなんだろう。なんとな~く、あるある、みたいな心の動揺とちょっとしたツボをつくのが戦略なんじゃないだろうか。そしてバカな人々は高額な壷を購入するのである。
 Y.Sさん、レポートをありがとうございました。これからもまんまとあなたの分析する通りに書くと思いますが、ひとつよろしく。ただ壷は買わないよ。



『7月28日が過ぎて』

 今年の誕生日もたくさんの人からメールやプレゼントをいただいた。本当にありがたいことです。みなさん、ほんとうにありがとうございます。感謝しています。
 顔も知らない人たちからお祝いのメールをいただくなんて、親父が生きてたらどれほど喜ぶだろう。それもこれも日記の賜物だろうか。そのことを母親に伝えたら、「くだらん日記ばっか書かんと、まーちっとマシなこと書きんせー」と叱咤された。はて、おふくろ、読んでるのか? 

 とはいえ相変わらず誕生日は恥ずかしいものである。だから今年も特別なことはなし。そーっと24時間が過ぎるのを待つ控えめな7月28日を過ごした。もう何十年もこんな誕生日を過ごしているからか、なんだかそういう日が愛おしくなってきた。みんなから隠れるわけではないが、ささややに過ごすというか、ただ時を送るのである。今年もまた仕事をしてからひやむぎと鶏と大根の煮物を食べて、ウクレレを弾きながら缶ビールと焼酎を飲んでそうっと時間を過ごした。長年付き合ってる人たちはもう僕のことを誘わない。誘うだけ損、みたいな気分だろう。だから夏のどこかで飲み会のついでに祝ってくれる。シラフの状態から「今日はクリさんの誕生日だ、イェ~イ!」で始まるのはマズいが、いい加減、場が和んできたあたりで「そういえば今日はクリさんの誕生日で~す」だったらなんとか持ちこたえられる。ついでにね、的な感じで。
 
 最近仕事をしている(というか、これから仕事をすることになる)男が、「クリさん、誕生日おめでとうございます。なんかプレゼントしないとマズいっすよね」と気遣ってくれたので、「いや、いいよ。気持ちだけで」と返事しがてら、その男の誕生日を聞いたら7月29日だった。つーことはなにかい、プレゼントもらった翌日に返さなきゃならんわけだ。あーめんどくせー…。
 待てよ。そーいえば今日も12時半からそいつと打ち合わせだった。しかも日にち指定したのはオレだ。いかん、あと30分しかない。コージーコーナーで済ませるか。






某女社長からいただいた誕プレ。
かなりガツンときそうだ♡




『誕生日とプリン』

 今日は48歳の誕生日である。あと2年で半世紀生きたことになる。すごいことだ。昔は人生50年といっていたのだから、なかなかすごい時間を生きていることになる。先日、日本人の平均寿命が発表されたが男性は79.59歳だというから、まだ30年以上も生きなければならないことになる。ちなみに、日本人女性は86.44歳で世界一の長寿。86年間も呼吸しつづけるなんてとんでもないことである。
 さて。といってはなんだが、昨日、「まはから」の新作プリンの試食会が行われた。目の前に8個のプリン、それぞれ微妙にブレンドが違う。さらに8個、もっと細分化された味覚が並んだ。
 ひとつひとつやっつけていく。胸焼けするといけないので食べずに味だけを見る。味見をする5人は誰もが真剣だ。30分間、じーっと小さじで新作プリンと格闘。5人の意見もまとまり、新たな課題を見つけ、新作プリンの完成は来週へと持ち越された。
 それにしてもプリン、奥深いのである。ほんのちょっとしたさじ加減で味覚はいたずらに変わってゆく。過去に蒸しプリン、白プリン、抹茶プリン、チョコレートプリン(バレンタイン期間のみ)と4種類のプリンを誕生させたが、今回はいままで以上に難題である。なぜならば、今回の新作は『はちみつレモンプリン』。過去の4作品は生地そのものに大胆な違いをつけられたが、今回はベースにスタンダードな蒸しプリンを採用しながら、味覚に微妙な変化をつけなければならないからだ。しかも微妙でありつつも、ハチミツの濃厚な甘味とレモンのさっぱり感を明確に表現しなければならないときたもんだ。
 そんな偏差値の高い試験をしていたら、ついついほぼ完食してしまい、試食後は絵に描いたような胸焼けに襲われたわけだ。
 
 『うれしいはちみつレモンプリン』は8月2日に完成し、8月3日(火)にはご存知、目黒川沿いの「まはから」前で新作記念キャンペーンとして250個を通りすがりの皆様に試食していただくことを、ここに宣言する!
 前回、前々回、前々々回、前々々々回と、ほぼ1時間での争奪戦だったから今回もおそらくそれぐらいの時間でゲームセットとなるだろう。どうそ、お近くの人やわざわざ中目黒までやってくる人は、午後1時、13時あたりに「まはから」の前でいかにもプリン食べたそうな顔して通りすがりを装ってください。感度の高い察知能力を持つスタッフが、かならずあなたを見つけてプリンを進呈いたします。

 さて、プリン試食会後、みんなで「もうしばらくプリンはいらねー」と輪唱していたところに、プリンちゃんことプリンメーカーのゆきちゃんが、嬉しそうな顔して何か箱詰めの物を俺に手渡した。触感的にズシりと重い。なんじゃろと箱を開けてみると、どんぶりいっぱい、表面張力でこぼれ落ちそうなバースデー特大プリンが俺のファインダーに飛び込んで来た。


 今こそ言うが、今俺がもっとも食べたくないものはプリンだっ!








『いつもその場所にいるその人』

 今日も砧公園の話だが、砧公園にはいつも決まっておんなじ場所に寝そべっている人がいる。猛暑の夏ばかりでなく、杉花粉の季節も霜柱が立つ冬も、初夏や秋口にもおんなじ場所で確実に寝そべっている。大きな樹の根っこ近くにリュックを置いて、新聞とペットボトルを手の届く場所に置いて、そして寝そべっている。
 スニーカーは流行のブランド物だし着ている物も汚いわけではないので、ブルーシート系の人ではなかろうと推察するのだが、目深に被った帽子で顔も見えないし声も聞いたことがないので情報は少ない。けれどオレがウォーキングに行くたび確実にその場所に寝そべっているので、ひょっとしたら住んでいるのではないかと思うのだ。
 オレが砧公園をウォーキングするのは平日なら午前7時半から9時の間、土日ならば9時から12時の間だが、その時間帯であれば何曜日の何時であろうが確実に、いや、絶対その人は寝そべっている。ということは少なくとも寝そべる準備時間を入れると7時にはそのポジションを確保しに来ているわけである。もし遠い場所から、しかも電車でやって来るとしたら起床時間が6時とか5時半とかになるはずだが、そんなことはないと勝手に決めているオレにしてみたら、やっぱり公園内のどこかに住んでいるか、あるいは無類の公園好きで近所のアパートかなんかに住んでいるに違いないと思うのだ。
 4月の初め、まだ肌寒い頃の夜の7時半頃に暗闇の公園をウォーキングしたが、その時もやっぱりその人は寝そべっていたし、夏至近くのもっとも日が長い日曜日の夜8時過ぎにウォーキングしても、やっぱりその人は寝そべっていた。何度も「その人」と言うのは、性別が定かではないからで、けれどスニーカーの配色やリュックの色やスポーツ新聞を愛読していることからおそらく男性と思われるのだが、いかんせん顔も声も謎なので現段階では「その人」でとどめておく。
 ところが事件は起きた。あまりの暑さで夜中に飛び起き、そのまま眠れなくなったので朝の4時半に公園までウォーキングに出掛けたのだが、その人は見当たらなかったのだ。つまりその人は、少なくともその場所には住んでいないことが判明したのだ。4時半から約1時間、なんだかんだで6時近くまでウォーキングコースをブラついたが、やはりその人は現れなかった。こうなるとオレは何のためにウォーキングに行くのかわからなくなってしまったが、その人がその時間に寝そべっていなかっただけで、なんだか特別な情報を手にした気になったのだ。


 というわけで、今日もなんにも役にたたない観察模様を書きました。



『日焼けをする目出たい人たち』

 砧公園を散歩していると、死人が出る猛暑だというのにパンツ一丁で日光浴している人々がいる。東京の暑さも、ここ5~6年ほどで過激になり特に今年はご存知のような状況であるにもかかわらず、芝に寝そべってサングラスもかけずに真上を向いてバンザイしているお目出たい人々。
 そもそもそこまでして日焼けする気がしれない。確かにこんがり焼けた小麦色の肌は健康的で若干シャープに見せる効果があるが、焦げてる人を見るとあんぐりする。
 スポーツクラブでも日焼けマシンに入ってからエクササイズをする人がいるが、そのほとんどがショートスパッツを穿いてギョクをもっこりさせて、髪の毛は短めでウェーブをかけてサイドとバックは刈り上げというタイプである。胸元にはゴールドのやや太めのキヘイのネックレスが輝いているのも特徴的なポイントである。どういうわけか芝に寝転んで焦げる人にもこのような髪型が多い。刈り上げとゴールドと日焼け。部屋とワイシャツと私みたいな関係になっているが、さらに付け加えるならば上半身は丸みを帯びたマッチョ体型というのがほとんどで、下半身は案外細く、『上半身だけマッチョに見えれば下半身なんか別にどうでもいい』というツメの甘いタイプが多い。というより、下半身は鍛えず細いままで、鍛え上げた上半身との落差を見せてウットリするタイプではないかと思われる。それを証拠に、そういう人々のファッションは黒のタンクトップにピッチピチのジーンズ、3分で水虫全開になりそうなエンジニアブーツかヘタれきったワークブーツ。脇にはブランド物のセカンドポーチがキラリ。グラサンは型落ちのレイバンかポルシェデザインという見事なアンバランスさ。
 経済的にも余裕がある感じで、いくら鍛えても腹は割れずホタテマンみたいな体型が主流である。


 さて、こんな観察や分析をしてなんになるのだろうか。



『郡上八幡のこと』

 今年も郡上八幡の吉田川に灯りを点してきた。八幡は日暮れが遅くて7時半にならないと美しく灯りが映し出されないので、それまでは盆踊りでイカ焼きとプリンの屋台を手伝った。
 実家から近いこともあって、同級生や後輩がなんやかやで30人ぐらい遊びに来てくれて嬉しかった。
 3泊4日、毎晩飲み過ぎた。初日の前夜祭は20人で、2日目は「灯りの川」の打ち上げで30人、最終日は盆踊りを含めた総合打ち上げで50人。豪雨が過ぎて次第に水かさが減っていった川と逆行して、腹の中はちゃぽんちゃぽんに増水して、毎朝個室で大洪水が起きたわけです。
 郡上八幡の伝統ともいえる肝試し『新橋から川への飛び込み』。橋の欄干までの高さ12メートル、そこに立って目線は13メートル50センチ。やめときゃいーものをマハカラのビルゲとダイスケが無謀にもダイブを決めた。ふたりを音楽に喩えるならば、ビルゲはパンクでダイスケはロック。パンクなビルゲは空中でヒャッホーと雄叫びをあげながらノー天気なダイブを決め、ロックなダイスケは両拳を固め両手を天に突き上げたフォルテシモダイブ。どちらも見事なチャレンジャーっぷりだったが、その横で橋の欄干から1メートル離れて、腰を引きおそるおそる川面を眺めていたユージは音楽で喩えるならばダメ詩吟である。
 今年も郡上八幡のたくさんの人と酒を飲んだ。顔は見たことあるけど話したことなかった人たちと酒を飲んだ。酒をともにするだけで一気に距離は縮まり、それからは当たり前のようになんでもない話ができるようになった。
 沢山の後輩といろんな話ができたし、数は少ないけれど先輩たちにも可愛がってもらった。女っ気がないところがまた気持ちいいのである。
 ビルゲとユージとダイスケが、郡上に着いた途端に『涙がでるぐらいキレイな町ですね』と言ってくれたのが印象的だった。俺の田舎の関も負けるなよ。かといって、無理して何か作るなよ。あるものそのままを美しいと言ってもらえるような町になって欲しいと願うばかりである。もちろん人間も。
 余談ではあるが(余談しか書いてないが)ダイスケは郡上にもいるので、郡上のダイスケを『グジョダイ』、マハカラのダイスケを『マハダイ』と呼んだら、マハダイという名がEXILEっぽいということでマハカラのダイスケは大いに気に入り、今後しばらく『マハダイ』を名乗ることになった。一方のグジョダイはどうにもネーミングが気に入らないらしく、「じゃ、君ん家は飴屋さんなので“アメダイ”は?」と尋ねたら、「フツーにダイスケのままにしておいてくれ」と軽く切れられた。
 ちなみにダイスケん家の愛犬プードルの名前は「シナモン」。二足歩行で300メートル散歩する珍しいワンチャンで、全国からテレビの取材が殺到する売れっ子である。
 名前の「シナモン」はダイスケん家が肉桂玉(ニッキ飴)の老舗だからではないだろうかと推察する。
 だったらやっぱ『アメダイ』でいーじゃん。



『快適な写真』

 井上真央ちゃんの公式HPの写真が素晴らしい。おそらくLAで撮影されたものと思われるが、恐ろしいほどにカワユイのだ。ペラペラペラと3枚仕立てになってて、「ようこそ ここへ クッククック」と魅きこまれていくようだ。
 女優さんやアイドルのみなさんのHPは、なんか行き過ぎた感じのものや仕掛けが多すぎて困惑してしまうものが多いが、真央ちゃんのHPのようなチャーミングでハツラツな扉には心を持っていかれる。
 連日の猛暑だ。そこにワンクリック。なんだ暑いのいーじゃん、汗かいてベそかいてGOじゃんと、心踊るのである。クーラーにあたるだけが避暑ではないぞ。こういう素敵な写真を眺めれば、太陽に照らされていても、なんかこう、スーって涼しい気分になって、つまりは快適な気分になれるのだ。団扇パタパタやりながら、クリック。いとすずし。机の上のちょっとした納涼でございます。



『ゴルフ上でのひとコマ』

 ゴルフ場でティーショットを隣のコースに打ち込んでしまった。ボールはフェアウェイの真ん中に見える。ゴルフ場のルールによればノーペナルティでその場所から打ってよろしいとのことだったので、隣のコースの人たちがティーショットを打ち終わってから向かったが、ボールが見当たらない。
 確かにフェアウェイの真ん中にあったのに、どうしたんだろう…。徳光さんみたいな人の良さそうなおじさんがいたので尋ねると「知らないよ」であった。おかしいな、ロストボールかと諦めかけていたら、徳光さんの先を行く真っ黒に日焼けした漁師みたいなおっさんが「おう、そこにあったよ。ほら、そこ。あれ? なんでないんじゃろ?」と言ったので、もう一度、徳光さんに尋ねたら、「ひょっとしたらボールを間違えたかもしれない」とやや引きつり気味に言ったので、これは臭うと感じたオレは、「すみませんが、もう一回だけ聞いていですか? ボール見ませんでした?」とやや渋めの声色で言うと、「あ、僕のボールと間違えて拾っちゃったかも」とトボケた。
 この時点で犯人は私ですと言ってるようなものだが、まだ逃げ切りたい感じだったので、「僕と同じメーカーのを使ってるんですか?」と聞いたところ、徳光さんのどんどん顔色が青白くなっていった。
 なんか変だぞ、という空気を察してか、向こうの方から漁師のおじさんが駈けて来て「どうしたんじゃ?」と目玉おやじみたいな声で尋ねたので、「なんかボールを間違えて拾ったかもしれないとおっしゃるので、それを確認させてもらおうかと思ってるところです」。そう答えると、漁師は「だって○○さんのはオレンジボールじゃろ」と決定的な言葉を吐いた。ちなみにオレのはボールは白。心の中も真っ白でござる。
 すると徳光、「ハイ、返すわ」とパンツのポケットから無造作にボールを取り出すと、僕のボールがあった場所に走り出して、ボールを芝の上に置き、「はい、置いたから、打って良いですよ」ときたもんだ。
 これにはさすがの漁師もたまげている。オレはと言えば、腹が立つのを通り過ぎてなんだかおっさんがミジメに思えてきたので無視することにした…のだが、やっぱり腹が立ったのでそのまま追い込んでやろうと思ったけど、これ以上やると、あのおっさん、漁師にまで軽蔑されるだろうからということでやめにした。あとは漁師に好き勝手に言い訳してもらえばそれでいい。なんて大人なんだ、オレ。
 ホールアウト後、一緒に回った弁護士のSさんに一部始終を話したら、「それは立派な窃盗罪です」と教えてくれた。「なんならお力お貸ししましょか?」と言われたけど、料金が高そうなのでやめた。
 そして徳光は運悪く、風呂場の更衣室でまたオレと会うはめに。知らん顔を決め込んでいたおっさんをに、「さっきは、どうも。おかげで助かりました」とちょっと意地悪な大人言葉をかけてあげた。
 扇風機の風にあたりながら漁師のおっさん「わっはっは」。その軽快な笑いで、すべてがチャラになったとさ。

(本編に登場するおっさんふたりは、徳光さんとも漁師の方ともなんら関係ありません)



『両国橋の立ち呑み屋』

 両国橋にある立ち呑み屋にはなんともいえない風情がある。5時開店とともに待ってましたとばかりの人たちがズズズイと入ってきて、まずはお約束の瓶ビールを飲む。ビールコップはメーカー名が入ったシンプルなものだが、親指を添えるところが凹んでいて、親指と人差し指と中指でつまめるような形になっている。
 メニューは全部で7~8品。焼き鶏ものがメインだが、うなぎの串焼きなんていう気の利いたものもまぎれている。そしてタタキと呼ばれる生つくね。これには参った。柔道で言えば一本負け、野球でならば9回裏2死から逆転満塁ホームランを打たれたような「やられた感」がある。何十年もつけ足されている(だろう)タレにからませて口の中でくちゅくちゅ。食べる度に一本負けの逆転満塁打なのである。
 店を仕切るのは物静かな若夫婦。おそらく何代目かの大将夫妻だろう。口数だけでなく、目も体さばきも静かで、無愛想ととられても仕方ないが、それがまた店の空気を演出するのである。
 とにかく美味いというか、美味すぎる! どうしたらこんな味が誕生するのだという嫉妬なんかも入り交じって、10人も入れば満員となるその店は、客の記憶に鮮明に刻み込まれてゆく。
 ビール、酒、焼酎、酒類のみキャッシュオン。全力で飲んでしっかり味わって食って、“やられた”を連発しながら感動して、もうお腹いっぱいで腹をさすりながら満足感に酔いしれる。これでひとり2,500円。かなり食って飲んだはずなのに、これが両国橋の底力である。いわゆる新橋系の立ち呑み屋とは一線を画す、キングオブである。
 40分もいれば大満足。まだまだ明るい空を見上げながら引き戸を開けると、外には金曜日のキャッシュディスペンサー並みの行列が…。
 ネタがなくなれば即閉店。超人気店につき、5時から6時半までが激戦区。誰もが飢えた狼のような顔をしてひたすら「生つくね」を注文する。
 あまりの美味さにお礼を言うと、無愛想に見えた大将が炭火台よりも下に頭をさげて「ありがとうございます」と頭を下げた。
 両国橋「江戸政」。究極を味わった日の夜ほど幸福な時はない。



『灯りの川』

 この週末に郡上八幡に行くのだが、天気予報では岐阜県美濃地方に大雨洪水警報が出されている。灯りを点す吉田川は雨が降ると上流から土色の水が鉄砲水のように流れて来て、インディ・ジョーンズのワンシーンを見ているような光景が目の前に広がる。
 昨年もマロンのフグが灯りを仕込んでいるときに増水した水の流れにさらわれて、川にドボンと落っこちて、焦った両手が欽ちゃん走りみたいになっていたことを克明に思いだす。しかもジーパンのポッケにケータイを入れていたので、そっちのほうもドボン。豪雨の翌日の川に大いに泣かされていた。
 それを見ていた俺たちは、冷静に実況中継をするアナウンサーのように、「あ、おちそう、そろそろおちる、あーおちる、落ちちゃったよ」と無責任且つ人事な発言をするだけであった。びしょ濡れになるとともに恐怖を味わいケータイまで犠牲にしたフグが、それでも努めて明るく作り笑顔で川岸まで歩いてきた時には彼の人間的な成長を感じたものだ。
 去年はオレたち10数人が手探りでやった「灯りの川」も、今年は地元の人々の協力を得て30人体制となり屋台も出せることになった。
 この季節の河原のディスプレイはリスクも多いが、それでも人の目に安らぎを与えられるような灯りを点すことができれば苦労も実るというわけだ。
 水の綺麗さも水のありがたみも水の怖さも知っている町だからこそ、やる意味がある。
 日本名水百選の一番目に選ばれた郡上八幡の水と、がっぷり四つに組む週末はもう目の前。
 何十年ぶりに、てるてるぼうずを作りたい気分なのである。



『続・スナック』

 昨日の日記で新宿のスナックのことを書いたら、知り合いから「連れてってくれ」と電話があっ