『the head・団長への道』〜一回生の章〜 参

〜一回生の章〜 参


 入学して数日が経つとクラスの中で仲間の輪が広がりはじめた。そんな中、入学して初めての土曜日に「クラブ紹介」という一大イベントが体育館で行われた。各クラブの主将が壇上で挨拶。ただの挨拶で終わるクラブもあれば、体操やバレーなどは実演までして勧誘に熱を入れていた。そんなイベントを余興のように楽しみながらワイワイガヤガヤ観ていると、舞台の袖になにやら怪しげな一団が・・・・。

 大きな校旗に和太鼓、人相が悪い6、7人の男達、まさに応援団であった。ある意味応援団は「学校の顔」と言われるがおよそ学校の顔と呼ばれるにほど遠い印象であった。

 全てのクラブ紹介が終わり遂に応援団の番に、、、、。

 マイクに向かいしゃべり出したのは0.1トンはあるかと思われる巨漢の男。他のクラブは経歴や内容を話す中この男が発した言葉は「やる気のある者だけを希望する!」とまるで大門団長のような言葉一言だった。その言葉が終わるや否や「ドーン」という太鼓の音に一瞬肝が震えた。続けて演舞が始まった。3・3・7拍子や校歌とその迫力に圧倒され、その日一番の拍手を浴びていたのも応援団であった。

 そしてクラブ紹介の時間も終わり俺たち一年生は体育館から運動場へと移動した。
「硬式野球」「サッカー」「水泳」と各クラブのプラカードが並ぶ。硬式野球にはすでに100人以上の生徒が並んでいた。「すっげぇなぁ〜、さすが中京の野球部やわ」と感心してると同じクラスの不良達が、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと浮遊していた。その中の一人、浩太郎(後の副団長)に声を掛けた。「おい浩太郎、おみゃあどこぞに入るんや?」すると「どの道すぐ辞めるで文系でええんだにゃあか」と文科系クラブを物色してた。同じような考えを持つ不良を従えて。
 俺もさして当てが無いままブラブラしていると、およそ高校生とは思えない低くドスの効いた声が背後から襲って来た。「おい兄ちゃん、これ持っといてくれや。わし便所行って来るで」振り向くと185センチくらいで眼光は蛇の様に鋭く冷たく学生服のカラー(襟)が恐ろしく高く、裾はくるぶしまで達していそうなマントの様な学ランを着た御仁が俺を睨んでいた。それこそ俺は蛇に睨まれた蛙の様に固まり返事すらできなかった。「頼んだぞ!動くだにゃあぞ!」と恫喝を入れその男は消えた。渡されたプラカードを恐る恐る覗くと「応援部」と書かれていた。“なな何っ!?応援団?俺の選択肢にこの3文字は無いし考えた事も無い。いや持っているだけでいいはずや”と不安になりながら俺は言われるまま渡されたプラカードを持って街のサンドイッチマンみたいに突っ立っていた。

 5分、10分あの男は帰ってこない。“何処行ったんや?下痢か?バックレか?”色んな思いが錯綜する中俺の前にクラスの不良どもがやって来た。「どしたんニシやん、応援団に入るんか?」と声を掛けて来たのは稲本という元気者。俺は事の次第を説明しているとリーゼントを靡かせたマコトが「ええんじゃないか、どうせすぐに辞めるんだで。どこも一緒やろ」とお気楽な一言。しかしこの一言が周りにいた連中の誘い水となり「ええじゃないか、ええじゃないか」と赤福餅のコマーシャルソングのように馬鹿どもが集まって来た。プラカードを持つ俺の周りには見た事も無い連中も含め15人程の不良が集まっていた。不良とは言い難い場違いな奴もいたが、、、、。

 そんなこんなでガヤガヤしていると、どこからともなくチビで目の細い男とコント赤信号の小宮そっくりの男が声を掛けて来た。「やあ君達!応援団に入部希望かね?いいクラブだよ。歓迎!歓迎!」と何故か舞い上がっている。してその二人の後ろに視線をやると先ほどの大男とクラブ挨拶でマイクに向かっていた巨漢の男が二人して笑っていた。“しまった!嵌められたか?”だがもう遅い。

 小宮みたいな奴が「じゃあ月曜日にハウス(部室)に来てくれ。ハウスはあの並びの1番左だから」とグランド脇の部室群を指差した。教室に戻り仲間たちに「ひょっとして嵌められたぞ」と言うと皆異口同音で「すぐ辞めやええて」と呑気なものだった。後の事も考えずに、、、、。

 地獄を味わうまであと1ヶ月。団長までのカウントダウンがとうとう始まった! 




<続>



『僕の見習い車掌日記』 〜師匠の教えの巻〜

〜師匠の教えの巻〜


「車掌なんて辞めろ。降りろ!」

真っ赤な顔をした師匠が、
客室に聞こえるほどの声で僕を怒鳴った。

僕はカバンを持って、
雨の降る小さな駅で電車を降りた。

乗客がヒソヒソと話しながら僕を見ている。
僕は黙って師匠を見ていた。
師匠はすぐにドアを閉めると、
僕を降ろした電車は勢い良く駅を出て行った。

電車を見送った僕は駅事務室にトボトボと歩いて行った。
階段を上がり改札窓口に顔を出すと、
駅員はビックリした顔で僕を見た。

「そこに立っていると邪魔だよ。中に入れば?」

「はい」

僕は駅事務室の椅子に座り、
窓口に立つ駅員の背中をぼんやりと見ていた。
休憩室でそばを食べ終えた年配の駅員が、
売店に行って僕に缶コーヒを買ってきてくれた。

缶コーヒーなんて飲んでいる場合ではないが、
今の僕には行く所がない。
師匠はなぜ僕を怒鳴ったのだろう?

「ミスなんてしていない・・・」

その言葉がリフレインしている。
あまりにも覚えることが多過ぎて、
僕のキャパを超えているような気分になってきた。
今現在、
一体何を優先すればよいのかまったく分からない。

「今度、師匠の乗った電車は、この駅は何時に通るの?」

初老の駅員が声を掛けて来た。

「1時間半後です」

「この前も降ろされていたやつがいたよ。
 そいつはホームで案山子のように2時間ほど立っていたけどね。
 君も何をして電車から降ろされたの?」

「・・・・・・・・・・」

僕はコーヒーを一気に飲んだ。
すぐにダイヤを開いて師匠の電車を追いかけることにした。

「コーヒー、ごちそうさまでした」

「二度とここには来るなよ」

お客さんに混じって階段を降りてホーム後方で電車を待つ。

しばらくすると電車がやってきた。
運転士はホームで突っ立て居る僕を見て、
不思議そうな顔をしていた。

到着した電車の乗務員室に行き、
担当車掌に訳を話して乗せてもらう。

「降ろされたやつはここにも居たか。
 お前らは本当にデキが悪いね」

乗務員室では僕は無言だった。
ふと、
横目で先輩を見てみると、
先輩の制帽はフリスビーのように潰れていて、
顎ヒモは制帽の前後に二本も付いている。
先輩は校則違反を楽しんでいる学生のようだった。

電車は通過駅に差し掛かる。
先輩は見かけによらずひとつひとつの動作が日舞のように美しく、
基本動作を完全の自分のものにしている。
ふと、
そうした先輩の動きを見ているうちに、
なぜ自分が降ろされたのかが分かった。

先輩は通過駅に差し掛かると後方監視“だけ”を行いひとつの作業を終える。
次の作業は車内放送なのでマイクを持つ、
といったように一度に二つの作業はしていなかった。
つまり、
僕は一度に二つの作業をしていたのだ。
これでは基本動作を励行していないことになる。

僕は先輩に礼を言って師匠が休憩している駅に降りた。
僕は恐る恐る休憩所に入ると、
電車を降ろされた僕を見て先輩たちは大声で笑った。

師匠はソファの真ん中に座り新聞を読んでいた。
僕は師匠の前に立って自分の過ちを述べて謝った。

その後、
師匠には何十回も「降りろ!」と言われたが、
なんとか訓練を終えて車掌試験を受けた。

試験当日は本社の偉い人たちが数人やってきた。
各自がチェックシートを持ちながら、
僕の動作を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見ていた。

「異常なし!」

「声が小さいなぁ。
 そして指差確認喚呼の時に肘がまっすぐになっていない」

試験管は冷静に僕の悪い点を指摘したが、
僕を含めた同期全員が何とか試験に合格した。

試験が終わると新しいバッジが支給され、
肩書きが「車掌見習」から「車掌」に変わったが、
一人で電車に乗ることが信じられなくてとても不安だった。



『僕の見習い車掌日記』 〜乗務区研修の巻〜

〜乗務区研修の巻〜


センターでの最終日、
教師から配属先が言い渡された。
僕はニュータウンのど真ん中にある乗務区に配属が決まった。

乗務区での研修が始った。
乗務区は現場独特の雰囲気を醸し出していた。
僕らは電車から降りてきた先輩達と廊下ですれ違う度に大きな声を出して挨拶をした。
先輩達は頭を少し下げただけで声も出さずに、
ソファにドカッと座ってスポーツ新聞を広げていた。

僕らが先輩達のような一人前の車掌になるまでの行程は、
車庫の電車で訓練をして、
“師匠”と呼ばれる指導者と営業電車で
約1ヶ月間の実車訓練を行って車掌試験に挑む。

車庫での訓練が終わると師匠と弟子の組み合わせが発表される。
師匠と弟子の組み合わせ発表のことを“顔合わせ”といい、
僕らは師匠が待つ会議室前の廊下に並ばされた。
担当主任から一人一人順番に名前が呼ばれると、
僕らは緊張した面持ちで会議室に入ってゆく。

「小池!」

僕は3番目に名前が呼ばれた。
ノックをして会議室に入る。
3番目に呼ばれたので奥から3番目の人が僕の師匠らしい。
師匠は優しそうな顔をしたおじさんだった。
僕は師匠の前に立ち、

「小池です。よろしくお願いいたします」

「よろしく」

この人が僕の師匠か・・・。
僕らはセンターで研修を受けている時から、
各師匠の行動や性格をリサーチしておいた。
それによると僕の師匠となった人は山形県出身で、
よっぽどのヘマをしない限り怒らないという前評判だった。

実車訓練が始まった。
僕は師匠の動きを終止見ていた。
師匠の動きを見ているととても簡単に見える。

師匠は要注意駅や駆け込み乗車が多い駅を懇切丁寧に説明するのだが、
山形弁のお陰で何を言っているのかさっぱり分からなかった。

数日後、
ドアを開けた師匠が僕の腕を引っ張った。

「ドア、閉めてみっか?」

「はい」

僕はドアを閉めるタイミングを見計らっていた。
真後ろには師匠が立っていて、
師匠の鼻息が僕の首に当たるのでくすぐったい。

二人で乗降モニターを監視する、
ドア・スイッチに親指を添えて乗降が終了した時が閉めるチャンスだ。

「よし、閉めろ!」

「前よし!」

思い切ってドア・スイッチを押す。

「プシュー、ガラガラ」

刃物の上を歩くような緊張感が全身を走り、
冷や汗がゆっくりと背骨をつたって落ちる。
ドアが閉まると電車は勢い良く加速してゆく。
急いで車掌用の扉を閉めて、
窓から顔を出してホーム上の監視を始める。

顔に当たる風が電車の加速と共に強くなる。
降りた乗客たちの姿が一瞬にして目の前を通り過ぎてゆく。
ホームを抜けると窓を閉めて後方を指差確認喚呼する。

「異常なし!」

「異常なし!」

師匠が復唱する。

「ドアを閉めるは怖いだろう?」

「怖いです」

「次は放送してみるか?
 窓を開けて自分の耳で放送音量を確認すること。
 放送をするポイントはスカイ・コートのマンション付近だ」

「次は○○、○○です」

僕が放送した直後、
お客さんが一斉にこちらを見る。

「早口で声が萎縮してるからお客さんがお前を見るんだよ」

「はい」

その後は順調に実車訓練が進むものと思っていたが、
ちょとした僕のミスで電車から降ろされたことがあった。




つづく



『僕の見習い車掌日記』 〜車掌研修の巻〜

誰だってはじめはヒヨッ子です。
ヒヨッ子にもなれないヒヨッ子予備軍のときもあります。
誰もがそういう時間を経験してちゃんとした仕事に就いていくのです。
特にいろんな人たちの大切な時間を乗せる鉄道員の仕事においては、
どれだけちゃんとしたヒヨッ子時代を過ごすかがとても大切なのです。
もちろんまだまだ子供なので、納得のいかないことばかりなのですが…

夏休みの終わりに、ちょっとだけ苦い話、お届けします。
エアコンの冷気ではなく、車窓から入ってくるちょっとぬるい風に吹かれて、
読んでみてください。




〜車掌研修の巻〜


車掌研修が始まった。
センターでの勤務時間は9時から18時までの机上教育で、
目の前の教科書と鉛筆を見ているだけで睡魔が襲う。

今回の車掌研修を受けるメンバーはほとんどが入社同期で、
彼らとセンター行きの社員専用バスに乗っていると、
入社研修を受けていた時代に戻った気持ちになり、
とても懐かしい。

センターでの研修内容は車両、信号、規則など多岐に渡り、
科目によっては理数系も登場する。

研修も中盤に差し掛かったある日、
いつまで経ってもY君が教室に現れなくて、
みんなY君の事を心配していた。
教師は何事も無かったような表情をしていたが、
その表情を見るとかなり苛立っているように見えた。

みんなが授業に集中し始めたとき教室のドアが開いた。
Y君は申し訳なさそう顔で教室に入ってきた。

「なんだぁ、報連相も無しか?」

「昨日、飲み会があって帰りが遅かったのです」

「お前、車掌になる気あるの?」

「・・・・・・・・・・」

翌日、
教室にY君の姿は無かった。
Y君は教師と相談の結果、
今まで勤めていた駅に戻ることになったが、
その後の風の便りでは、
Y君は駅に出勤する事もなく会社を辞めてしまった。

昼食後、
僕らは表に出て、
古い電車が飾ってある線路の上に座って、
会社を辞めたY君のことを話していた。
そこに教師が輪の中に入ってきたので、
僕らは慌てて話題を変えた。
教師はタバコに火を点けながら、

「簡単に辞められちゃ困るんだ。
 研修期間中でも会社はお前らに給料を払っているんだ。
 次の現場に行っても1ヶ月半ぐらいは見習いだろう?
 今のお前らはお金を稼いでいないんだ」

教師はわざとお金の話をしているように感じた。
その表情を見ると、
お金のことよりも、
たった一度の遅刻で辞めたY君の事をとても気にしているように思えた。

教師の言う通り、
会社が僕らにお金をかけた分だけ責任も重かった。
目には見えないけれど、
乗務員としての重責がそこにあるのかも知れない。
その厳しさがあるからこそ僕は乗務員に憧れた。
子供の頃に見た貨物列車の機関士は、
まるで軍人のような目つきでハンドルを握っていた。
誰もが振り向きもしない地味な貨物列車だったが、
誰にも注目を浴びていないからこそ、
自己陶酔しているような機関士の表情に憧れた。

教師は2本目のタバコに火を点ける。

「電車が来ると踏切の遮断機が降りるよね?
 遮断機が降りると、
 みんなそこで遮断機が開くの待っているんだ。
 パトカー、
 消防車、
 救急車、
 皇室の自動車、
 みんな遮断機の前で待っているんだよ。

 箱根マラソンを見たことあるだろう?
 踏切が閉まったらランナーも先導の白バイも一旦停止だ。

 もし、
 この会社の社長がお前らのところにやってきて、

 『次の駅で止めて下さい』

 と言ってもお前らは電車を止めないだろう?
 運転に関する全ての実権は乗務員が握っているんだ。
 そのくらいの気持ちでなきゃ国民の財産を預かって運転できないでしょう?
 “前の日が遅かったから”と言って寝坊をして、
 そんなスタンスで乗務員ができるか?
 出来ないよな、そんな生半可じゃ」

僕らは線路の石を見ながら黙って聞いていた。
1ヶ月間の研修中に1人が退社し、
2人が車掌になるのを諦めて駅に戻った。


つづく



8月9日今週の朝礼『原子爆弾』

 広島に続き長崎に原爆が投下されて62年が経つ。
 単なる想像ではなく、もっともっと具体的にその瞬間を想像したら吐きそうになった。記録に残っている映像やドキュメンタリー風の映画とかテレビドラマではなく、本気でその瞬間を想像したらとてもやりきれなくなった。

 原爆が投下される3秒前。それまで普通の人間として当たり前に暮らしていた人々が、その一瞬ですべてが無くなってしまったのだ。その人の命もその人が暮らした場所もその人の記憶も思い出の品もなにもかも。残されたものは、奇跡的に助かった「その人」を知っている人たち。その人たちの中だけにその人の記憶は残される。
 けれど、その記憶ほど残酷なものはない。ましてその人を慕っていた気持ちがあるとするなら、その記憶は地獄である。
 
 62年後。地球人は何をやっているんだろう?原爆を墜とした国と墜とされた国が仲良くなったのは結構だが、本当の友好ははるか彼方にあり、全世界中で核兵器が外交手段の切り札となり、宗教さえも武器となっている。そんなバカげたことが膨れ上がって異常気象どころか異常惑星になりつつある。
 
 ぼくの爺さんは戦争で死んだ。もちろん顔は知らない。どんな人だったのかも知らない。知っているのは、台北で軍人をしながら教師をしていて、中国大陸で戦死したということだけ。そんな爺さんの話をしてくれた父親も死に、父親を知っている人たちも少なくなった。
 記憶の語り手は途絶え、真実はやがて想像へとシフトしていく。真実が教科書の中にあるとしても、それはあくまで紙の中。そこから掘り出して自分の心に付着させることは困難である。
 であれば、とことん想像しよう。どれだけ悲惨でどれだ悔しくてどれだけ痛くてどれだけ泣けて、どれだけ泣いてもきりがなくて、どれだけの絶望があったのか。そして62年後の今、僕らはそれをどう受け入れて生きていけばいいのかを、力一杯に具体的に想像するのだ。

 そんなちっぽけなことが本当はすごく大切なことなのかもしれない。
 少なくとも僕はこの前、早朝の原爆ドームでそうすることを誓いました。

 ひと夏ごとに、平和な日本に近づけますように。平和な地球に近づいていけますように。
 心より祈っています。
 そのために、僕はずっと想像します。




2007/09/05

『the head・団長への道』〜一回生の章〜 参

2007/08/31

『僕の見習い車掌日記』 〜師匠の教えの巻〜

2007/08/27

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2007/08/22

『僕の見習い車掌日記』 〜車掌研修の巻〜

2007/08/09

8月9日今週の朝礼『原子爆弾』
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