『写真バカららばい』はじまります。

一枚の写真は、数百ページにもおよぶ小説よりも深く物語ることがあります。
プロローグもエピローグも、そんなものなんて要らない。
そこに閉じ込められた一瞬だけが、人の感情を揺さぶり、ときに感情さえも破壊する。
ロマンス、ファンタジー、未来、過去、泪、怒り、感動、夢、死、絶望、希望…
写した者と見る者の感覚の狭間で、やがてその一枚は神秘に包まれていく。
そしてまた一枚、二枚…何百何千何万何億枚とその一瞬に喰らいつく馬鹿者たちの手元が叫ぶ。
カシャッ カシャッ カシャッ。
どうにもファインダーを覗かなければならないバカ者たちの、どうしようもない感動の嵐。
『写真バカららばい』
梅雨のはじまりととともに、しっとりと、どうぞ。



6月11日今週の朝礼『梅雨のまえに』

 週末の朝晩はとても寒くて、日中には豪雨があり夕方には晴れ間が覗きました。
 こういう一日は本当に得をした気持ちになります。
 それは人の感情とよく似ているからです。
 喜怒哀楽。人の感情からは予期せずに表情が生まれます。
 それを悟られまいと、いくら取り繕うような表情をしても、心の中では雨や風が吹いたりするので、バレバレです。
 心も表情もすべては感情のおもむくままに。
 人間社会ではなかなか許されないことを、天気がかわりにやってくれてスッキリしました。
 雨上がりの夕方の、ほこりが焼かれたような匂いは、妙に清々しくて、どこかエロティックでもあります。
 僕は、そんな時間がたまらなく好きです。

 これから梅雨が始まりますが、どうか天気が悪いというだけで梅雨を恨まないでください。
 一年を通したら、どうしても雨が降らなきゃならない時期があるのです。
 このバランスが崩れたら、この国の四季はありがたくなくなります。
 雨の日には雨の日なりのラブソングを。
 雨が続けばビショビショになった恋愛小説を。
 洗濯物が乾かないぐらいで、ボヤくのはやめましょう。
 それよりも心が乾かないように、しっとり生きてください。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 弐

〜一回生の章〜 弐

 いよいよ初登校の日。どんな先輩や生活が待っているのかという期待と、バスと地下鉄の乗り継ぎがうまくいくかという結構情けない不安が入り混じった俺は、親父に肩を叩かれて玄関を出た。
「気張ってこいや!」そんな激励に、ボクサーでもないのに拳を見せ「ほな、行ってきまっさ!」と返す。普通の家庭なら「がんばれよ」→「はい」だろうが我が家は元来ピントがずれている。
 これは入学までの過程でも表れていた。少し余談にはなるが史実なので書いておこう。

 この頃の中京高校といえば「低学歴、極運動、高血圧」で名高く、言わば運動能力(だけ)が優れ血の気の多いバカ集団。ま、学ランを着た自○隊ってとこか。
 そんな所でありながら月謝の高い私学だから敬遠されがちな学校だった。
 しかし我が親父曰く「中京と言えば昔からの名門やしその名は全国に響いとる。OBもようけ(沢山)おるから就職も有利や、わしの郷里(福井)のもんが聞いたらビビりよるわ」と、俺の入学を大いに喜んだ。
 確かに親父の言葉正しかったが、それを実感したのは社会に出てさまざまな業界にOBが多いと知ってからだったのだが…。

 さて本題だ。家から5分のバス停からバスに乗り10分程で地下鉄の駅へ。人生初のラッシュアワーに多少面食らったが、同年代の女子高生やOLを見ると鼻の下が引きずられるくらいに伸びた。シャンプーや香水の甘い匂いが満員電車を苦にさせない(通学って素晴らしいじゃねえか!ハッピータイムじゃん!)。
 多少のオヤジ臭や生意気な奴なんて気になんないとニヤケている俺に何処からともなく鈍くて渇いたイヤーな音が……
「バッスン、バッスン」(何の音や?)満員電車で音の出何処は解らないが、どうやら座っている奴が何かを殴っているには違いない。
 電車が各鉄道(国鉄、名鉄)の乗り継ぎ駅である金山に着いて乗降客が入れ替わる時、その姿が俺の目の前に現れた。
「なな何〜!?」俺は目を疑うと共にその男の風貌、行動、そしてなによりオーラにフリーズしてしまった、、、。その男は俺を見てニヤッと笑ってる。(なんじゃこいつ?これが高校生か?してなんで学生カバンじゃなくてキャッチャーミットなんや?)
 そう、音の出何処はこのキャッチャーミットだったのだ!
 その男、いや高校生は電車内で右手拳でミットを叩いていたのだ。そしてよく見るとボタンに<中京高>襟章は3年を示すグリーンのピンバッチ、同じ学校の先輩であった。周りには付き人のような後輩がピタリとつき圧倒的威圧感を放っていた。

 電車が乗り換え駅に到着し、俺はトコロテンのように車外に放り出された。そしてキャッチャーミットを持った先輩が外へお出ましになると、駅構内の長い廊下を超がに股で威風堂々の大闊歩。その後ろにはSPのように張り付くいかにも時代劇の番頭のような後輩がニヤけながらピタリ。その2人を見て、まるで決まり事のように挨拶する無数の学生達。
 まるでヤ○ザの親分登場場面だ。
 そして俺はこの日のうちにこの男の正体を知ることになる。

 乗り換えた電車はさっき乗った路線の乗客とは異なり、さながら学生列車である。沿線にある女子校、共学校、男子校の生徒が入り混じり120パーセントの乗客率。立っているのがやっとこさで座る事なんて皆無であった。
 俺達が降りる駅までに2校分の生徒達が降りていき、車内が多少空いてきて俺の目に入った光景は、母校と思われる先輩達が(これでもか!)と足を広げ座席に座っていた姿だった。詰めれば10人は裕に座れる座席にたったの5人。
 皆、「あったりまえやろ」という感じで腕組みをしてバチバチ睨みを利かせている。もちろん俺達1年は目を合わせることもできず、当然他校の生徒達は地面に10円玉でも落ちていないかという感じで下を向いたままである。
 電車は学校の最寄駅に到着し、何百という不良が一斉に降りる。
 ドカン、ドカンとぶつかってくる先輩達にいきなり睨んでくる先輩。“ここ本当に高校か?”と思うほどめちゃくちゃな通学風景。これから毎日コレかよ。えらいこっちゃ、と途方に暮れた。

 教室に入り程なく校庭で行われる全体朝礼へ。するとそこには見たことの無い男の軍団がゴキブリの巣のような真っ黒い絨毯を敷き詰めていた。
 全校生徒1700人の朝礼、まるで黒服を着た北の国の軍時大行進である。
 そんな中、朝電車で一緒だったキャッチャーミットの御仁を発見!クラスメイトの野球部員に聞くと、さもそいつが偉いかのような口調で「あの人は野球部の正捕手であり、中京の番長や」と言った。
「なんやて〜、この学校の番長〜っ!!!」
 俺はそんな方と同じ電車で通学するのかと思うと急に胃が痛くなった。
 応援団入部まであと5日、団長まで1年半を切った登校初日だった。




<続>



6月4日今週の朝礼『脱・夢と希望』

大人になると毎日が惰性で過ぎて行きます。そんな毎日を避けるためにも夢や希望を持ち続けたいのですが、知らないうちにやらなければいけないことが増え、夢や希望に割く時間がありません。
そんな忙しくないヒマな仕事をしている人も、就労時間内はちゃんと仕事をしているフリをしなければいけないので、夢や希望のことは頭の中で淡く描くに留まってしまいます。
いっそ夢や希望なんて忘れてしまいましょう。所詮手の届かない代物です。だいいち本気で夢や希望を手にしようとしているのですか?とりあえず、じゃないですか?
ほんとは言うだけで、なんにも努力してないんでしょ?チャンスがない時間がないと言い訳しているだけなんでしょ?
いいんです。そんなの無くったって。一度、夢や希望を取り払ってみてから『毎日』という時間をじっくり見つめてみるのはいかがでしょう。そうすると惰性で生きていると思っていたことに案外生き甲斐を感じるかもしれません。そうじゃなくても、些細なことに喜びややり甲斐を見いだすかもしれません。
夢や希望を基準にしたら毎日がつまらなく映るかもしれないけど、そんな根拠も確信も無いスケベ心を取り除いたら、人は誰もがみな幸せなのかもしれませんよ。
ちなみに、僕の家の近所の小さな路の脇には、あじさいが満開になりました。僕はそれを見て、「うーん奇麗だ」という思いだけで約30分間、その場所に居続けました。
気がつけば30分。知らないうちに経過した時間ほど幸福に感じることはありません。
その日の僕は特別何をしたということもなかったのですが、会う人会う人にあじさいの花の話をしました。
それだけでいい一日だったと思います。



『僕がなりたかった駅員への道』後篇

後篇「夢より現実。僕の経験」





乗客より5センチほど高い改札口に立っていると、
さまざなな人間模様が見えてきます。
一度、総理大臣にも改札口に立ってもらいたいと思います。
きっと、東京タワーの展望台より、
日本がよく見えるはずです。

ハプニングもいろいろありました。
数あるハプニングの中で最も印象的な出来事が、
ホームで電車を待っていた女子高生に、
屋根にいたハトの糞が落下してしまい、
頭から靴下まで見事に真っ白になったその子が、
事務室にやってきたことです。

ちょうどその日は学校の試験日だったらしく、
どうしても学校には行かなくてはならないとのことでした。

すぐに学校と家に電話連絡をしました。
学校にはハト事件の全容を伝えることができましたが、
家のほうが留守だったので、
家族に着替えを持ってきてもらうことは断念しました。

結局、女子高生は駅のシャワーを浴びて、
僕の一張羅であるコム・デ・ギャルソンを着て、
学校へ向かいました。

翌日の朝、
母親が菓子折りを持って駅に現れましたが、
僕の一張羅はご丁寧にクリーニングに出されていました。
結局、僕は制服を着て寮に帰りました。

バレンタインデーのことも忘れられません。
バレンタインデーの日は、
早朝から駅のあちこちで、
チョコが入っていると思われる紙袋を持った女の子が、
きょろきょろしながら右往左往しています。

当時は携帯電話が無かったので、
改札脇の伝言板が大活躍していました。

「10:50。ヒロシへ、ロンロンのレコード屋で待っています」

「11:00。シュン君、公園口のいせやで待つ」

当時の伝言板は今のメールの代わりでした。
伝言は何時間後に消去するのかは忘れてしまいましたが、
白色のチョークをまめに補充した記憶があります。
それにしても、
バレンタインデーなのに、
“いせや”で焼き鳥でも食べるのでしょうか。

そんなバレンタインデーの朝、
僕が改札に立っていると、
ホームのベンチ付近にいた女子高生数人が、
こちらを見て騒いでいました。

そんな光景を見ていると、
僕の心がざわざわしてきました。

「ひょっとして僕?」

と、ちょっぴり意識してしまいます。

しばらくすると、
周りの友達に背中を押された女子高生が、
もじもじしながら僕のところにやってきました。

「おっ、来たなっ!(心の中の言葉)」

「あのう・・」

「はい、なんでしょう」

僕は機械より機械的な表情で話しました。

「これを、吉田さんに渡してください」

これが研修で習った“ハインリッヒの法則”なのだろうか。

ハインリッヒの法則とは「1:29:300」という確率を表したもので、

「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
その背後には300の小さな異常がある」

ということらしい。

ハインリッヒの法則はいいとして、
とにかく女子高生は小さな紙袋を僕に渡し、

「これ、吉田さんに渡してください」

と言って、足早に去って行ったのでした。

その日、吉田は公休でした。
紙袋の中には手紙と小さなチョコレートの箱が入っていました。

その光景を見ていた先輩が、

「な、お前、チョコを貰ったの?」

「これ、吉田にですよ」

「じゃ、俺が吉田に渡しおくから」

「人のチョコを食べないで下さいよ」

「分かった、分かった」


結局、先輩は吉田のチョコレートを食べてしまい、
手紙だけを吉田に渡したのです。

それからしばらくすると、
チョコを持ってきた女子高生と吉田が改札口で話すのを見かけるようなりました。
毎日毎日、女子高生は吉田が立っている改札口にやってきては、
何時間も話していました。
その間の僕は、
酔っぱらいの嘔吐を掃除して、
吉田に悪態をついていました。

二人はいつの間にか恋人同士になり、
数年後に二人は結婚しました。

吉田はいまだに、

「なんで、あの紙袋にはチョコが入っていなかったのだろう?」

と首を傾げています。

バレンタインが過ぎてしばらくすると、
僕は駅長室に呼ばれました。

「君はとても朝寝坊で遅刻が多いと聞いている。
 早く車掌になって、先輩方に“鉄道と時間”の関係について、
 徹底的に厳しく教育してもらったほうがいい。
 それとイタズラにも程がある」

と半分本気で半分冗談のようなことを言われました。
僕はイタズラらしいイタズラはしていないのですが、
駅長が盛んに“イタズラ”と言っているのは、
“あの日”のことだと思います。

武蔵野市の偉い方が駅長室に集まって、
街のなんとか会議がありました。
ちょうどその日の朝刊に、
宮沢りえヘア・ヌード写真集発売の広告が掲載されていました。
僕はそれを丁寧に切り取って、
駅長のデスクマットに挟んでおいたのです。
駅長は真っ赤な顔で犯人探しをしていましたが、
その日、駅長室の掃除をしたのは僕だけでしたので、
僕も確信犯気取りでいましたが、
きっと駅長はそのことを“イタズラ”と言っているのでしょう。

僕は半ば強制的に車掌試験を受けさせられ、
結果は不合格でも強制的に合格となりました。
先輩たちは、

「駅長はよっぽどお前のことを追い出したかったんだな」

と笑っていました。

駅員生活最後の夜、
いつものようにコンコース掃除に行くと、
毎晩、駅の敷地でアクセサリーを売っている、
“ミッキー”と呼ばれているおじさんがいました。

ミッキーさんは毎晩のように巡回の助役に注意をされて、
悪態をつきながら駅を出てゆくのですが、
すぐに駅に戻ってきてはアクセサリーを並べます。

助役は僕に、

「アクセサリー男がいたら注意して追い出すように」

と指示をしていましたが、
僕は最初の2〜3回だけ注意をして、
後は何も言いませんでした。
そのうちミッキーさんは、
僕の顔を覚えて話しかけてくるようになりました。

「あの助役は意地悪だよな。あいつの出番はいつだ?」

「違法なんだから仕方ないよ。
 人の目を気にして商売するなら、
 自分の店を持てばいいのに・・・・
 そそ、僕は○○日が最後の勤務だからね」

「なんだ、お前さん、居なくなっちまうのかい?
 そうか、車掌になるんだったら、めでたいな。
 お前さんよ、今夜は俺が駅の掃除をしておくから、
 ま、これでコーヒーでも飲んで、今日ぐらいは掃除を休みな」

ミッキーさんは僕に100円玉を渡しました。

昔は山都駅に行って、
駅員さんの掃除のお手伝いをして、
100円玉をもらったのに、
僕が駅員になっても、
人様から100円玉を貰っているので、
いつまで経っても本物の駅員にはなれません。

僕はミッキーさんに頂いた100円玉で、
ジュースを買って休憩をしました。

「お前さんには世話になったから、
 これを餞別にするよ。
 商売ものだけど、ま、受け取ってくれや」

ミッキーさんは小さな紙袋に、
シルバーのリングとドリーム・キャッチャーを入れて、
僕に手渡してくれました。

「おまえさん、明日から車掌なんだろ?
 今さらドリーム・キャッチャーなんて必要ないな。
 でもな、車掌になったからといって慢心するなよ。
 どうせ、すぐに別の欲が出てくるからな。
 その“欲”ばかりこだわってに自分で苦しむなよ。
 夢は叶わないものだからこそ、
 ドリーム・キャッチャーなんてものがこの世にあるんだよ。
 あはは。分かるか?
 大体、俺も自分の店を持つことより、
 こうやって駅でいろんな人に出会えるから面白いんだよ」

よく分かったような、分からないような、
説得力があるような、無いような言い方だった。
確かに車掌になっても、
いずれは別の欲が出てくるだろうと思います。
では車掌になった後、
僕にはどんな新たな欲が出てくるのだろう?
そんなことがその時点でわかるはずありませんでした。

「ミッキーさん、ありがとうございます」

「今日の売り上げは坊主だったけど、
 お前さんが唯一の客でよかったよ。
 掃除はしとくから、パチンコでも行ってこいよ」

僕は小さな紙袋を制服のポッケに入れて駅に戻った。
助役はいつもより早く戻ってきた僕に、

「今日はゴミが少なかったのか?」

翌日、勤務を終えて寮に戻ると、
早速、カーテンレールに、
ドリーム・キャッチャーを吊るしました。

明日から始まる車掌研修の準備をしながら、
この小さな網を使って夢をキャッチするのではなく、
どんな夢が現れてくるのかを想像していました。

その日の夜はなかなか寝付くことができませんでした。


おわり




2007/06/24

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