6月1日今週の朝礼『プライド』

僕のともだちで若い衆をまもるために上司に牙を剥いた男がいる。
そんなことを口に出せば、仕事が来なくなることは百も承知の上で、
その男はその想いを口にした。
結果。仕事は離れていった。

その男は多少の強がりを滲ませながら「これでいい」と言った。
それでいいはずはないのに。

人間にプライドがある以上、人の生き方はふたつに分けられる。
それを守るか捨てるかである。

どちらを選ぶにせよ人の自由であるが、
選ぶ前にどちらが自分らしいかを見極めることが大切だ。

そいつは上司にケツをまくり、仕事は離れていったが、
そいつに後悔はなく、厳しい現状の中にも、
確かな未来に希望を見いだしている。

ちょっとカッコイイと思った



『僕がなりたかった駅員への道』中篇

中篇「夢と現実。僕の葛藤」

一ヶ月間の研修が終わると、
いよいよ配属駅が決まります。
教師からひとりずつ名前と配属先を発表されました。
僕の配属先は、
井の頭線の吉祥寺駅でした。
仕事をするのならお洒落な駅がいいなと思っていたので、
とてもラッキーです。

それにひきかえ、
新宿や渋谷に配属された連中は、
困惑した表情でした。
繁華街の駅は何かとトラブルも多いし、
今みたいに自動改札では無かったので、
日本有数のターミナル駅での、
改札作業に恐れをなしていたのです。

この一ヶ月間の研修で、
ようやく心を開いて同期と友達になれたというのに、
離ればなれになるのは残念なことですが、
僕は駅員としての第一歩が待ち遠しくて、
仕方ありませんでした。
そんな浮かれた気分でいたお陰で、
紙袋に入れた制服を電車の網棚に忘れてしまい、
恐る恐る駅に申し出ました。

「茶色の“スーツ”を忘れたのですが」

駅員さんはニヤリとし、

「助役さん、持ち主が現れましたよ」

奥から角刈りの助役が出て来て、

「これはスーツとは言わないんだ!
 お前の顔は二度と忘れないからな!」

と僕の両耳を思いっきり引っぱられました。

それ以来、
網棚に荷物を置くのは一切やめました。

晴れて吉祥寺駅駅務掛を拝命し、
駅員のイロハを教えてくれたのは、
この春に高校を出たばかりの年下の先輩でした。
先輩から渡されたあんちょこを見てみると、
ずいぶん、事細かにスケージュルが組んであります。

吉祥寺駅、改札掛A作業ダイヤ

出勤、
駅長にお茶を出す(ぬるいと怒る)
昼食のそば・うどんの仕込み(大きな鍋でお湯を沸かす)
改札、
西友へ昼食と夕食の買い物(昼はうどん・そば、夜はおかず二品が目安)
調理(小姑が多く、目を離した隙に鍋の味を勝手に変えるので注意)
集札、
寝室掃除(マンガは捨てる)、
シーツ交換(マスクをしたほうがよい)、
昼食(材料費を出面人数で割る。代金は繰り上げしないとやってられない)
改札、
昼食後片付け、
夕食調理、
忘れ物帳簿点検、
集札、
夕食後片付け、
清掃(トイレ、ホーム、コンコース、テナント前)
改札、
夜食のオーダーを取る、
夜食買い物、
終車追い込み(乗り遅れ客が無いように)
シャッター閉め、
着替え、シャワー、
夜食後片付け(とっとと寝ないとキリがない)
仮眠、
起床、
改札、
集札、
掃除、
引き継ぎ、
勤務終了。

これが24時間勤務の内容です。
記憶を便りに大まかに書いたスケージュールですが、
駅員の仕事は、
“掃除と調理に始まり、掃除と調理に終わる”

ちなみに駅で見かける、
黄緑色のちり取り(ピンセット付き)の名前を、
「鉄道ちり取り」
と言って、商品名にもなっているぐらいです。

新米駅員の必須アイテムは、
この鉄道ちり取りと包丁で、
新米の調理は消防署でも行われています。

僕は早く改札に立って、
不正乗車を摘発する駅員になろうと思っていたのですが、
切符を切るパンチの練習より、
包丁の持ち方を覚えなければなりませんでした。

改札口に立っていると、
いろいろな人がこの通路を通り抜けて行きます。
不正乗車をする人もすぐに分かるようになります。
不正をする人は定期券面を指で隠したり、
慌てて改札を出ようとしたり、
目が挙動不審になっていたりするので、
改札の10メートル手前で判別がつきます。

キセル犯に「もしもし」と声を掛けると、
その場でお金を投げ捨てて去って行く人と、
逃走する人、二種類に分かれますが、
一度だけ逃走したキセル犯を、
駅の外まで追いかけて捕まえたことがありました。

キセル犯の身長は180センチくらいの大男でしたので、
一部始終を見ていたJR駅員も応援に来てくれて、
3人がかりで事務室まで連行しました。
JRの駅員は、

「俺もさんざん捕まえたけど、
 最近は刃物とか持っている客が多いから、
 あんまり無茶するなよ。
 弁当とケガは自分持ちってことよ。
 それにしても、
 最近の若い駅員は見て見ぬ振りが多いけど、
 お前さんもなかなかやるもんだ」

と声をかけて、
持ち場へ戻っていきました。
それをきっかけに、
JRの駅員が勤務を終えると、
僕らの職場に遊びに来るようになりました。

それまでは業務的な行き来はあったものの、
どこか遠目に見ている感じで、
世間話をするほどの関係にはなっていませんでした。

それからしばらくすると、
JRの駅員が職場にやってきて、

「今度、湯沢へスキーに行くから、
 小池君も一緒に来ないか?
 旅行センターの女子社員も来るよ」
とても魅力的な誘いでした。

僕はスキーよりも、
“旅行センターの女子社員”に惹かれて、
ガーラ湯沢に行きました。
さんざんスキーを楽しんだあと、
お互いの仕事の話になりました。
旅行に来てまで仕事の話をするのは如何なものか?
となりますが、
僕にとってはとても興味深い話が聞けたので、
旅行センターの女子社員にお酌をするのも忘れるほど、
鉄道の話に夢中になってしまいました。

スキーから帰ってくると、
僕はいつもの改札口に立っていました。

改札口はキセル犯も学生も、
疲れたサラリーマンも通りますが、
まれにとってもかわいい女の子が通ります。
他の駅員も彼女のことは熟知しており、
ある先輩は、
定期券面の名前を一瞬にしてスキャンしていました。

「○○子。今のところ、ミス・井の頭だな。
 この駅の一日の乗降者数を知っているか?
 14万人だよ、14万人。
 男女を半分に分けても7万人だ。
 ということは7万人の女性の中で、
 いちばんかわいい、ということだ」

先輩も○○子がお気に入りの様子でした。


つづく



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 壱

〜一回生の章〜 壱


 昭和56年春。俺は名門中京高校(現・中京大中京)の門をくぐり、中部圏一猛者集団の一員になった。

 約半年前、入学願書を提出しに来た時は校舎のあちこちからコーラの瓶や空き缶、ごみが投げつけられ罵声を浴びた。ガラの悪さと恐怖と不安を感じたが今やその学校の生徒である。当時在校生1700名、教員100名とその全てが男。女の人と言えば事務職に2人(おばはん)と保健室に1人(阿修羅男爵みたいな女)がいるだけの男の館。学校の座右の銘的ものは「学業とスポーツの殿堂たれ・真剣味」と謳っていたが、どちらかというと、というより、思いっきりスポーツ学校で悪の巣であった。

 入学式当日。駅から学校まで延びる長い坂道は無数の学ランで溢れていた。まだ中学を卒業して間もない同期の輩達だが、おっさんみたいな顔の奴やすでに体型が部長クラスの奴、まだ小学生か?と思うような童顔な奴と様々な顔が学校を目指し歩いている。

 そんな中に「おい、ニシオ。おまえもここか?」と声を掛けて来た奴がいた。後の名二塁手<安チビ>ことアンドウであった。こいつとは小学校の頃から幾度となく野球の試合で顔を合わせた奴で、何故か気が合った。「おうアンドウ、おまえもか。特待か?」「いいや一般や。おまえ野球やるんか?」「俺は中学で終わりや。のんびり遊ぶわ」

 会話が終わる頃には正門の前に着いていた。校舎前のロータリーに居並ぶ教師達。新入生を迎え拍手はしているものの、そのどの顔にも笑顔は無かった。逆に苦虫を潰したような、仁王のような顔で俺たちに睨みを利かせている。“なんじゃこいつら、目出度い日やっちゅうのに”

 俺たちは流れ作業のように体育館前へと引率され、並べられたテーブルの名簿から自分の名を探した。

“ニシ、ニシ・・・・あった。1年普通科C組”札だか紙切れだか忘れたがそれを持って体育館へ入った。席の並びは自由らしい。

 適当に腰掛け周りを見ると、おるわおるわ悪そうな奴等が。そしてそんな奴等に限って辺りを見渡し、真面目そうな奴等は目を合わせないように真っ直ぐ一点を見つめていた。

 入学式が始まった。校長や来賓の挨拶と中学や小学校となんら変わりない式であったが、一つだけ明確に違う点があった。それは各教師の紹介の時間の長さだった。なんせ100人もの数だ。それと驚いた事はやたらと体
育教師が多い事、おそらく5分の1強はそうだった、、、。

 どれ位の時間だったか覚えてないが長い入学式が終わった。まだ4月の初旬で肌寒い小雨の降る日だったが、新入生700人プラス教師100人、その他来賓数十人の体育館は熱気というか体温で蒸していた。これが欧米式9月の式典だったら男臭くて倒れているか、この時点で退学していたかもしれない。

 体育館を出て階段を下りているとデカイ男が目に入った。“あいがノナカか?<後のエース>”初対面だったが前年の全国中等学校野球大会で何度もテレビに映っていたので覚えていた。「デケェ〜なぁ〜」思わず声が出た。高1とは思えない体格と風格を漂わしている。

 校庭では各担任になる教師がクラス名を表示した看板を持ちガキどもを集めている。「普通科C組、普通科C組・・・・・」キョロキョロした視線の先に<1普C>と書かれた看板を発見。七三分けで眼鏡の色白のおっさんがそれを持って「1普C、1普Cはこっちだ」と叫んでいた。

 暫くするとそのおっさんの周りに悪そうな奴や真面目そうな奴が40〜50人集まった。おっさんが点呼をとり、揃ったところで教室へ向かった。

 でもこの作業の最中、貰った紙にクラスが明記してあるにもかかわらず間違えて並んだり、いつまでも自分のクラスを探せないでいる奴等が無数いた。クラスは全てアルファベットで分けられているのにそれが解らない、、、(やっぱアホが多いわ)としみじみ考えてしまった。

 教室は東校舎4階。お世辞にも綺麗といえない教室に入り廊下側から出席番号順に座っていった。ここでもアホな奴は自分の席を見つけるのに一苦労してた。“アルファベットやあいうえお順も解らんやつがおる、いったいどんな基準で入学させとんやこの学校は、、、。”

4列目真中に座った俺は周りを見てやんちゃそうな連中を物色してた。リーゼント、坊主、角刈り、七三と床屋の壁写真のような髪型が座る教室。その中でも数人目つきの悪い奴や態度がビッグな奴がいた。そのほとんどが後に応援団に入るとは考えもしなかった。というより自分が応援団に入る事さえ考えてもいなかったし選択肢にも無かった。だが、、、、、、、。

応援団入部まで1週間、団長になるまで1年半の入学式の日だった・・・・。




<続>



『僕がなりたかった駅員への道』前篇

前篇「夢のレール。僕の挑戦」


僕は1990年に私鉄の入社試験を受けました。
ちょうど、バブル全盛期で、
みんなが口を揃えて
「お金、土地、お金、土地」
と呪文のように唱えていたので、
鉄道業なんて誰も見向きもしない時代でした。

駅員、電力、車両、保線の全職種で募集していました。
全職種の募集人員が50名ぐらいで、
受験者は120人ぐらいいました。

試験は本社の会議室に集合し、
長い机の上で、
算数、国語、一般常識などの筆記試験をしてから、
内田式クレペリンテストと身体検査があり、
最後に面接が行われました。

内田式クレペリンテストは、
ひと桁の足し算を5分の休憩をはさんで
前半15分、後半15分の30分間行なわせた上で、
1分ごとの暗算作業量の変化のパターンから、
その人間の性格面・適正面を診断するのです。

鉄道や航空などの運輸業は、
人の命や財産を預かる業種なので、
筆記試験や一般常識よりも、
クレペリンや身体検査に重点を置いています。
特に身体検査では、
視力、聴力、色盲などが、
徹底して検査されました。

面接は当たり前の事を答えておけばいいのですが、
ひとつだけ気を付けたことがあります。

それは、
第一志望で駅務掛と答えている人が多く、
当時は技術系志望の人は少なかったのです。
面接官はどうしても人員を平均化したいから、
いろいろ知恵を出して、

「もし、駅員の試験がダメだったら、技術系でもいいかな?」
と、ひっかけて言うのです。
そうなると、どうしても会社に入りたい人は、
「ええ、もちろんです。職種は選びません」
と答えざるを得ないのです。

そう答えてしまった人は、
全員、技術系に配属されました。
でも、最近では、
職人スタイルが若い人にウケていて、
技術系のほうが人気があるようです。

一通りの試験を終えて、
緊張も溶けて隣席のライバルと話していると、
人事部の人が、

「長時間の試験、大変お疲れさまでした。
 今回の受験者はとても多いので、
 これから場所を移して、
 試験の結果報告などについてお話させていただきますので、
 みなさんにはA室とB室に別れていただきます。
 では、名前を呼びますので、
 忘れ物がないよう指定場所へ移動してください。
 ○○さんはA室へ、○○さんはB室へ行ってください」

実はここが運命の分かれ道で、
A室に行くとデパートの人が首にメジャーを垂らして、
営業スマイルで待っています。

「じゃ、制服の採寸を行いますね」

B室に行くと、

「本日は長い時間お疲れさまでした。
 後日、本日の結果をご連絡させていただきます」

となるわけです。

デパートの人にサンプルの制服を着せてもらっても、
なんだか半信半疑で、

「これは試験ではないですよね?」

「制服を着させてあなたを落としたら、
 この会社はあなたに訴えられますよ」

A室に入ったみんなは、
お互いに握手をしました。
みんな鉄道が好きで試験を受けたやつばかりです。
鉄道でケツ押しのバイトをしていたもの、
小田急の花屋さんにいたもの、
国鉄にいたもの、
みんなが安堵の表情を浮かべています。

さっそくサンプルの制服を着た時、
少し顔が火照ったような気がしました。
こんな気分になったのは小学校に入学した時ぐらいです。

デパートの人に制服を着せられて、
大きな鏡の前に立つと、
制服制帽姿の自分を見て、
やっと制服を着れたなと思いました。

後日、入社式が本社で行われ、
晴れて社員と言いたいところですが、
3ヶ月間は試雇社員という身分です。
試雇期間中に何か問題があれば、
すぐに解雇となってしまうので、
素行に気をつけなければなりません。

入社式の最後に、
“試雇パス”というのが支給されるのですが、
これがいわゆる全線パスで、

「改札を通るときは、先輩駅員に挨拶を忘れないように」
「無くしたり、盗まれた場合は始末書だけでは済まされないからな」
「他社線に乗る時は、『乗せていただいてもいいですか?』と聞きなさい」
「これは警察手帳と一緒だからな」
とやや大げさ、且つ事細かにパスの取り扱い方を叩き込まれて、
試雇パスを受け取りました。

翌日から研修センターに通って、
朝から晩まで鉄道のイロハを学びました。
鉄道が好きなやつは、

「これでお金が貰えるんだから最高だな」

と喜々とした表情で、
教師に鉄道の質問を浴びせていました。

ちょうど僕らがセンターに入ったときに、
運転士の養成教育を行っていました。
僕ら新入社員からすると、
運転士というのは憧れの職種です。
運転士教育中の先輩と、
トイレ、廊下、食堂、階段ですれ違う度に、
僕らは軍隊のような直立不動の姿勢で、
バカでかい声で挨拶をしていました。

先輩たちは、
顎をしゃくりながら、

「お前ら、給食室で並ぶ時は俺たちの後に並ぶんだ!
 もし、授業が俺たちより先に終わったら、外に出てタバコでも吸ってろ!」

と一喝されました。

みんなはヘビに睨まれたカエルのように萎縮していましたが、
僕は内心、ゾクゾクとしていました。
実はこんな体育会系が好きなのです。


つづく



5月8日今週は五七五で。

ためいき川柳


連休を終えたら余計ウィークに


ゴールデンウィークだからといって特別なことはしませんでしたか?
そんなことをするから疲れてしまうのです。
あなたにはあたなの日常ってものがあるのですから、
それに従うことが身のためなのです。
ゴールデンウィークで張り切りすぎて疲れて使い物にならなくなってしまったあなたが、
いつもどおりのあなたを取り戻すためには、
ゴールデンウィークの2倍の時間が必要となることでしょう。




2007/06/01

6月1日今週の朝礼『プライド』

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『僕がなりたかった駅員への道』中篇

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5月8日今週は五七五で。
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