最終章・『伝説の武漢〜永久に・・・・・・』

 どれくらい眠っただろうか、、、微かな記憶では昨日の夜中に眠ったはずなのに、起きても外は暗いままだった。不思議な気持ちで時計を覗くと夜の10時過ぎ。眠りに就いたのが10時すぎだったから、かれこれ丸一日は寝ていたことになる。
 ふと頭に手をやると巻かれていた包帯が取れてマフラーのようになっていた。壮絶な記憶に背中を持ち上げるように体を起こすと全身に激痛が走りベッドから転げ落ちるように床に落ちた。
 その痛みから思わず出た大声にお袋が部屋に飛び込んできた。
 床に転がった俺を見て「やっと起きたんかいな、お腹減ったやろ、ご飯食べ」
 俺はてっきり喧嘩の事で小言を言われると思っていたから少し気が抜けた。

 頭を押さえ足を引きずりながらリビングへ行くと笑いながら俺を待っていた親父がいた。
「どや、ようやられたなぁ。まあそんな事もあるわいや」
 バレてた。
「そやけど先輩のアオキって言う奴はえらいやっちゃ。きちんと頭下げて帰ったで、自分の責任や言うてな」
 しかもすべて見抜いてる。
「さあ飯喰えや」
 この男には一生かかっても勝てないだろう。

 翌朝、全身の痛みを引きずりながら学校へ向かった。通学途中で会う連中は俺と目が合うと「どうやった?」「勝ったんか?」と声を掛けてくる。具体的な勝敗の行方が判らなかった俺は「えらい喧嘩やった」と答えるので精一杯だった。
 教室に入ると俺の席にヒトミが座っていた。
「あんた大丈夫?」。半泣きの顔が可愛かった。「よう殴られたて」無言で手を握るヒトミの瞳から止め処なく涙が、、、担任の先生は何も言わず授業に入った。

 放課後になるとユウジとカズがやって来た。カズはサビオをデコと目尻に貼り笑ってた。ユウジは喧嘩に行けなかった事を謝っていたがそんなことはどうでも良かった。またこうして笑えるのだから、、、互いの傷を笑い合っているとハルがこれまた足を引きずりながら登場。しかし、やつの顔には笑顔が無かった、、、。
「どしたんハルよ、元気ねえなぁ」。中々口を開かないハルを問い詰めると、思いもよらぬ言葉が!?どうやら先輩のタキグチが俺とケイゾウに殴られた事を逆恨みして全く違う話をでっちあげ後輩や仲間に吹きまくっていると言う。内容は俺やケイゾウ達が喧嘩に参加せず、後で先輩達に見つかってヤキを入れられたという作り話。どこまでも腐った奴だ。
「気にせんでええやろ、本当の事はすぐ判るで」。そう言って一笑したがこれが後に遺恨を残す事になってしまったのだ。狭い地域のことだ、それも超地元意識の強い土地柄、言った者勝ちみたいな風習がはびこり、後から吠えても受け入れられない土地体質とタキグチの話術と金に流され、真実は数年迷宮に入る事に、、、。
 こんなセコイ奴等と連るむのは御免だ。
 俺はこの時、地元を捨てたかもしれない。
 それから卒業までの日々は学校へ行く事もあまりせず、ほとんど家でボーっとしていた。 
 そんな俺を両親は何も言わずそっとしておいてくれた。

 卒業式があと2日と迫った日、ケイゾウが家に来た。いつもの笑い顔ではなく慌てた顔で息を切らし手からは血を流していた。
「どしたんやケイゾウ、怪我しとるがや」
 部屋に入り事の成り行きを聞くと、公園でタムロしていたヨウスケと後輩達に声を掛けたところ裏切り者呼ばわりされ、ブチ切れてどつき回して来たのだという。そしてその中の一人に一生残る大怪我を負わせ、それが原因でケイゾウは卒業式に出ることなく地元を離れることになった。そして同時にケイゾウはワルの世界からも身を引いていった。

 やりきれない気持ちのまま迎えた卒業式には10台程のパトカー、職員室には私服の刑事、体育館の周りにも警官が陣取り、異様な光景となった。目出たい儀式のはずが精神状態や周囲の状況で最悪の一日に。式が終わり学校を出る俺とユウジ、ハルやカズのもとに一人の刑事が近づいて来て、ケイゾウの居場所や先日の喧嘩について問いただしてきた。
「解らない」「知らない」を繰り返す俺たちに手を焼く刑事。押し問答の末やっと開放された俺達は腹を空かせ、いつもの『かおり』に向かった。
 お好み焼きや玉煎をほおばり、かおりさんと喧嘩の事や今までの楽しかった事をべらべら喋りまくった。そして俺たちは『かおり』からも卒業した。


 高校入学までの春休みに俺は大阪の友達を訪ねた。数年ぶりに大阪弁で喋りガキの頃よく行った駄菓子屋でたこ焼きを喰い、名古屋での嫌な想い出を払拭しようと必死だった。
 とにかく忘れたかった。なんとかして忘れたかったのだ。

 高校入学前のある日、俺とハルがアオさんやモリに呼ばれた。今置かれている俺たちの状況や今後の事をやさしく話してくれた。そこにタキグチも遅れてやって来た。アオさんはタキグチを一喝したが、それ以上こらしめることはせず、俺たちとタキグチに「仲良くやれ」とやや強い口調で言った。
 渋々握手する俺とタキグチ。それを見届けるとアオさんが口を開いた。それはとんでもない言葉だった。
「こないだの喧嘩の代償がどえらい大きいんや。車、事務所、怪我人・・・あれだけの責任を数えたら幾らになるかわからんぐらいや。それでな、それで…俺が奴等の下で下働きするということで許してもらった。だから俺は此処を出て行く。後はモリに任せるでな。とにかくお前等に手打ちしてもらいたかったんや。それが俺からの最後の頼みや」

 突然の話に愕然としたが、俺たちをかばって責任をとるアオさんに涙が止まらなかった。それから間もなくアオさんは地元を離れ、俺たちが牙を剥いて喧嘩した十○夜隊の上部組織<愛国青○会>の一員になり、あの喧嘩の代償として体を張り続ける日を送った。
 俺はといえば、なんともやるせない気持ちのまま高校に入学したものの、所詮15歳のガキのこと、新しい仲間が出来れば辛い想い出などだんだんと頭から離れていき、新鮮で楽しい毎日を始めていた。ただ地元については無関心を通し、集まりや走りにも参加はしなかったた。時折ユウジやハル、カズ達と遊ぶものの心は完全に地元から離れていった。

 高校生活は馬鹿な友達と馬鹿をやり、応援団でしごかれる毎日を有意義に過ごした。そんな毎日が嫌な想い出を忘れさせたのだが、2年夏の甲子園から帰った暑い夜、一本の電話が入り悲しい過去に引き戻された。
「もしもしエイイチか?アオさんがな・・アオさんがな・・・・・」
 声の主はユウジだった。
「アオさんが、アオさんが」
 とてつもなく嫌な予感が走る。「アオさんがどしたんや!ユウジ!」
「……」
 言葉にならないユウジからいつしか兄のノリ君が受話器を奪い取っていた。
「よう聞けよチビッ。アオキが死んだんや!アオキが死んだんや〜!」

「えっ? アオさんが? ノリ君、どういう、事?」
 長い沈黙の後、ノリ君はアオさんが車の事故で死んだと話してくれた。葬儀は身内だけですでに済ましたということも一緒に。

 俺は受話器を落とした。
「アオさん」「アオさん」「アオさん」……。何度も何度もアオさんの名前を腹の底から叫び号泣した。手も口も足も、体中全部が震えていつまでも止らなかった。

 それから数日が過ぎ、ニ学期が始まって間もなくモリ先輩から集合命令が出た。場所は地元の『すかいらーく』。あの喧嘩以来ほとんど顔を出さなかった集会に顔を出すと当時の後輩達が一端のやんちゃに成長していた。
「コンチワッス」。
 あの頃俺やケイゾウを裏切り者扱いしていた連中がどういうワケか頭を下げ挨拶してくる。訳が解らないままとりあえず空いた席に腰を下ろした。
 しばらくするとユウジやハルもやって来た。辺りを見るとあの喧嘩に参加したマサシや他の先輩連中や他校の不良達も顔を揃えた。店内にはさらに続々と猛者が集まり、その数は店のキャパをはるかに超え、総勢百数十人を数えた。
 不思議な事にその中にはどんなに捜してもあのタキグチの姿はなかった。

 百人ものワルを前に、モリ先輩の口が開かれた。
 アオさんの本当の死因やこれまでの話、アオさんの意志ともとれる言葉が、次々に、そして静かに発せられていく。店のあちこちですすり泣きが響く。
 次いでモリの腹心のヨシモトから『送り火走行』をやるという案が出された。アオさんが風を切り、あの頃突っ走ったロードをもういちどだけみんなで走ろうというのだ。もちろん皆は賛同し、友好チームや他のチームにも声を掛け盛大にアオさんを送ることで意見がまとまった。

 集会が終わり、店内が帰る者でごったがえす中、俺はヨシモトにタキグチの事を尋ねた。するとヨシモトは地元から奴が逃げたことを教えてくれた。後輩への執拗な集金(上納金)や先輩達へのウソやでまかせが仇となり、どうにも居られなくなったという話だった。
 俺の居ない一年半余りで状況はかなり変化していたのだ。そんな話をしていると数人の後輩達がやってきて俺に頭を下げた。
「先輩、すいませんでした。タキグチ君の話を鵜呑みにして先輩やケイゾウ君の事を悪く言ったりして。本当にすいませんでした」
 何度も何度も頭を下げて謝り続ける後輩達に俺は言葉を掛けることはしなかった。いや、声を掛ける気がしなかったというのが本音だ。そんなことはもうどうだっていい。ただ真実が判って良かったなと、客観的な感想を持ったぐらいで、これで潔白になったとか、スッキりしたとか、そんな特別な思いなんてなにもなかった。

 一週間後。あの喧嘩の時に集合したボーリング場跡地に無数の単車と4つ輪が集合した。その数は200を超えていただろう。
 驚いた事に、その大群の中にはあの(青○会や十○夜隊)文字が入った車や街宣車もいるではないか!しかもその街宣車の上にモリとヨシモトが立ち拡声器で叫んでいる。

「今日は暴走じゃない、アオキ先輩を送るために、あの凄い先輩を忘れないために走るんだ!ルートは23号を走り鍋田埠頭へ行き海に送り火を流す。わかったなっ!」
「おおお〜!!!」

 合図と共に国道へ流れる200台のマシン。ルート23とゼロヨンの聖地・鍋田はアオさんがもっとも大好きなルートだった。
 唸るようなエンジン音を止め、埠頭には静寂が訪れた。暗く静かな海に200人がそっと送り火を流した。俺は水面に揺れる火とアオさんの顔を重ねながらただただ涙を流し、そして無理矢理アオさんに別れを告げた。他の200人の大半も俺と同じことをしていた。
 その夜のルート23には、アオさんの冥福を祈るようにホタル(テールランプ)が延々と灯り続けた・・・・。


 アオさん、今もどこかで俺を見守ってくれてますか?俺はアオさんが言っていた事を守れてますか?生きていれば45歳ですね。きっと何度も一緒に酒を呑んでるでしょうね。俺は今でも貴方の背中の大きさを忘れません。いつまでも貴方の背中が見えるからつまらん人生は歩きません。ボチボチでいいからしっかり生きて行こうと思います。アオさんの言っていた「武漢道」を貫くためにも、俺らしく、っていうかそれしかできないんで、絶対俺らしく生きて行きます。じゃ、アオさん、また。


最高の武漢、アオキに捧ぐ




実録!武漢道・完結



4月16日今週の朝礼『力々しい』

 満開のさくらが葉桜に変わり、街全体が緑々としてきた。緑々すると僕も少しだけ力々(りょくりょく)する。
 力々することすなわち、動くこと、である。カラダを動かすことが一番簡潔な力々方法であり、動くこと以外に力々を感じることはない。
 晴天の日曜日。花粉もそろそろ控えめになってきて、僕は久しぶりにビアンキちゃんにまたがって、多摩川の土手を調布方面に走った。あ、ビアンキちゃんとは自転車のメーカーです。自転車にはそれほど詳しくないのだが、自転車屋さんの「ビアンキぐらいだったら乗ってても恥ずかしくないですよ」という一言で即購入したポリシーのない愛車です。
 ちなみにビアンキちゃんを勧めてくれた自転車屋さんよりもネットショッピングの方が安かったので、結局、自転車屋さんは相談のみとなりました。けれどその自転車のお兄ちゃんは、僕がビアンキちゃんで疾走しているところを見かけて、僕が心の中で「ヤベッ」と思っていても、「空気入れた方がいいですよ」と言って、空気入れを無料で貸してくれる素晴らしきナカメグラーです。
 僕はイタリアンレッドのビアンキちゃんで調布方面へ向かった。富士山を左手に見て、川の流れと逆走するのだ。ビューン。体感速度はかなりのもので、僕の脳内速度では時速30キロを遥かに超えているつもりだったのだが、スピード走法練習中の駒沢大学陸上部の学生にぴゅっと抜かれてしまった。
 僕の大腿部にかかる負荷はそれなりにある。曲がりなりにも大学まで陸上部に所属した僕の、かなりハードなペダリングをぴゅっと抜いて行くとはさすがお坊さんの大学は修行が進んでいる。冷静に考えてみれば、時速30キロのペダリングをぴゅっと抜くランナーなんてそういるわけではないから、僕のビアンキちゃんは好意的に見積もっても時速20キロ以下だったに違いない。こうして正直に書いている僕はなんて意地らしいのだろう。3割増発言のちょいダメおやじ。私のことであります。
 ビアンキちゃんは走る。顔面で受けた風が両耳に流れ込みながら軽い金属音を発する。耳元でキーン、足下でビューン。僕の力々はさらにレベルアップし、気がつけばスタートしてから1時間5分を経過していた。
 日曜の土手は健やかだ。仕事の匂いがまるでしない。スーツの匂いも電車の匂いも、酒の匂いはお父さんたちの顔にうっすらと表れているが、それでもそこに愚痴や不満は感じない。
 日曜日はどんな時代になっても日曜日なのだ。金曜日までバリバリに仕事をしているお父さんが、ものすごくだらしなくて、けれど健全に見える特別な日。着ている洋服がチョーダサイ。ジャージの着こなしは最低でジーンズやチノパンのそれもかなりレベルが低く、スカしてベースボールキャップを被っていても電気工事の人に見える。だったら年中スーツ着てなさいと言いたくなりますが、このチョーダサいのが日曜の平和を約束するのである。ダサいは平和、ダサいは笑顔。ダサいから話しかけ易いし頼み事もし易いのです。お父さんは変に格好よくならずにダサいままでいた方が地域貢献度も高く、近所の評判もよいのです。
 ビアンキちゃんを降りて土手の緑地に広がるピースな光景を楽しんでいた僕ですが、よくよく考えてみれば1時間5分の距離はかなりへヴィな道のりであることを認識しました。1時間5分、時速15キロと換算してもやっぱ15キロはあるわけです。なんで男っていう生き物は往きのことばかり考えて帰りのことを何も考えないんだろう?大学の時、お袋から送ってもらった仕送りを一週間で使い切ってしまう計画性のなさがここにも出た。往きはよいよい帰りは怖い。しかも川の流れに沿って走る帰り道、土手には強烈なアゲインストが吹きつける。
 僕とビアンキちゃんは1時間5分で来た道を、倍以上の時間をかけてなんとか二子玉川に到着することが出来ました。おかげで太腿はぱんぱんです。前傾姿勢で走行するものだから首の後ろから背中にかけてもぱんぱんでお尻の皮に至ってはずる剥け寸前ですが、春真っ盛りの晴天の日曜日に、ダサいお父さんたちの姿を見て嬉しくなったことは収穫でした。ダサいなりにもそこにいる。いや、ダサくいられる場所があるという幸福を覗き見させていただいた気がしてとても嬉しくなった。
 力々しいこと。突っ走れるところまで突っ走ること。戻らなければいけない距離を知ってゾッとして、あーあ、やっちゃったとボヤきながら太腿パンパンになること。まったく計画性のない自転車の旅は、それでもみなぎる力に溢れていて、とても清々しい時間を与えてくれたのでした。
 良い日曜日だった。
 僕はまた走る。
 みんなも力々しく生きてくれ!



第7章・大乱闘(後編)

 喧嘩の輪に戻った俺たちの目に移った光景は、まさしく地獄絵図だった。額から血を流し倒れている奴、パイプを振り回し暴れまくっている奴、チョーパン合戦を繰り広げている奴等と名作『仁義なき戦い』がスクリーンから飛び出したような迫力と緊迫感が全身を覆った。

「チビ~、呆けッとしとんなよ~!みんなおるんかぁ」
 特服野郎の胸ぐらを掴みながらアオさんが言った。
<アオさんや!>
 俺達はアオさんの勇姿を見つけ俄然元気が出た。

「よっしゃ~、いったるぞ~!」
 俺たち4人は菱の形で陣を組み火中に飛び込んだ! 所詮不良でも中坊は中坊、大人相手のタイマンにはちと体力不足。それをカバーしようと4人掛かりで1人や2人を殴り蹴りしてなんとか攻撃をかわした。
 が、しかし・・・そんな子供だましの戦術が長く持つはずがなかった。

 ケイゾウが捕まった。
 学校no.1の体格と怪力の持ち主も2人組にボコボコにされ失神状態になった。その光景に、俺は今までにない憤りが全身を突き抜けた。

 <ツレが、ツレがやられた。あんないい奴が、おもろい奴が、、、ケイゾウ~!>

 この時初めて眠っていた別の俺が生まれた。
 今までは自分がやられたり文句を言われた時にしかスイッチが入らなかった俺が、仲間がやられているのを初めて見てそれまで以上に強力なスイッチが入ったのだ。
 今思えば、このときが後年の俺、いや現在の俺の気性を形成したのだろう。

 半死のケイゾウに群がる奴等に突っ込み消火器を振り下ろした。頭を押さえつけ倒れた奴に馬乗りになりフルパワーで殴り続けた。途中他の特服に引き離され、ど突つかれ、蹴られ、出血しながらも、またさっきの奴だけを狙い殴り続けた。
 そいつも反撃を開始した。殴り殴られ蹴り蹴られ、一進一退を続けるなか決定的な一撃が放たれた!

 ガァッツ-ンン!  受けたことのない電流とと激痛が頭に走った、、、、

 <なにが起きた?なんだこの感覚?なんだ背中に伝う冷たいものは?>
 一瞬すべての感覚と感情から解放され、無重力な時間帯が俺を包んだ。

 ドサッ。
 地面に倒れこむ自分がはっきりと判った。その後、蹴りまくられる自分が映った。夢のような、まぼろしのような、経験したことのない時間の中でボコボコにされ続けるオレ。
 死ぬかも……と思った瞬間、息もできないほど苦しくなり、同時に全身に激痛が電流のように走った。
 いっそ死んだ方がよかっ……
 俺に対する攻撃が止んだ。わずかな安堵の中、頭に手をやると、その手が真っ赤に染まった。恐ろしいの量と色とネバネバと……

<ひょっとして、やっぱ、死ぬかも?>

 頭の痛みも体の痛みも感覚が無くなり、おまけに気も遠くなりかけた時、
「どや、いけるか?」と腕を掴み起してくれた男が、、、
 目にも血が入りぼやけて前が見えなかったが、その声からモリ先輩と判った。

「先輩すんません、やられてまったわ」
「ようやったんだにゃぁか?よう暴れとったがや。がんばったな」
 見上げた先輩は笑ってた。
「先輩、ケイゾウは?」
「ケイゾウも大丈夫や、とりあえず生きとる」

 なんだか急に全身の力が抜けた。
 先輩に体を委ねていると、怒声や罵声がいつのまにか止んでいた。地面からはうめき声や小競り合いの声はきこえるものの、、、、。

 どれくらいの時間が経ったかわからないが乱闘は終わったようだ。
 誰に渡されたのか解らないタオルで顔を拭き、それに付着した血に二度驚きながらも喧嘩が終わったという実感が満身に広がった。

 目を凝らすと○翼の親玉らしき連中とアオさんや他の先輩がなにやら話をしていた。その光景や表情からはとても和解の図には見えなかった。

 しばらくして俺達に解散命令が出た。なんとか自力で歩こうと先輩から離れ仲間を捜すと、バスにもたれたケイゾウや顔がボコボコのハルや、血だらけのカズがへたりこんでいた。
 お互いが姿を確認すると声も無く手を揚げるだけだった。
 ケイゾウの横に座りタバコを一服。無意識のうちに肩を組み夜空を眺めていると、カズとハルも寄って来た。
 互いに原形のない顔を見て笑い、「さあ、帰るか」と腰をあげ車の方へと向かった。
 足を引きずり顔面を押さえ、見た目には敗戦兵士だが、俺たちは共に戦った充実感と、大袈裟だが生きてるという安堵感で心が満たされていた。

 車に戻ると何故か罵声が聞こえた。
「馬鹿野郎!」「なにしとるんだ、おみゃぁらは」
 輪の中を覗くと土下座したタキグチとヨウスケがいた。聞けば喧嘩に参加せずずっと車の辺りをウロウロしていたという。
 聞き苦しい言い訳を並べるタキグチに先輩達は拳を振り足を上げ、いわゆる<ヤキ>が始まった。

 しばらくそれが続き、ある先輩が止めに入ってその儀式は終わった。
 しかし俺たちの怒りが収まらない。いつも俺たちをアゴで動かし格好ばかりつけてたタキグチに、怒りと軽蔑を思い切りぶつけ爆発した。

「タッキグチ~」。バッカン、バッカン、ボッコン、ボッコーンッ!!
 気が狂ったように殴り続ける俺をケイゾウが止めに入っている時だった。
「うらぁ~っ、お前ぇ~、死ぃねや~ぁ!」
 ケイゾウが振り下ろしたパイプにタキグチがグッタリした。
 興奮する俺たちにアオさんが怒鳴った。
「もう止めろっ!身内やろ」
 アオさんは続けた。
「ええかお前等、もう喧嘩は終わったんや。こんな事は二度と起すな、いや起こさせん。ええか、仲間を裏切るな!仲間を見捨てるな!信念を持て!何があっても最後まで武漢(おとこ)でおれ!今日を忘れるな!」
 アオさんの言葉に涙が溢れた。
 俺だけじゃない、みんなみんな泣いていた。

 その後、俺たちはアオさんやモリに救急病院に連れて行かれ、治療を受けた。
 ケイゾウは無数の打撲で安静に、ハルやカズは裂傷でおびただしいほどの消毒を、そして俺はパイプで殴られた痕を3針縫う事になった。

 体の傷と心の傷。あの日のことはたとえ死んでも忘れない。いや、そう易々とは忘れさせてくれないだろう。

(続)



第6章・大乱闘(前編)

 俺たちは先輩に指示されたとおり、街宣車やマイクロバス、行動車に攻撃を仕掛けた。
 ハルとカズは赤いスプレーを手に街宣車を塗りたくり、俺とケイゾウ、その他大勢はマイクロのガラスを割ったり、行動車をバットや鉄パイプで原型を無くすほどにど突きまわした。

 暗闇と静寂の夜に凄まじい破壊音が響く、、、
 俺達中坊軍団は物を破壊する快楽に奇声を上げて暴れまくった。
 バットを振り回す奴は「ナイ・バッチン!」を連呼し、スプレーを噴き散らしている奴は、ノッポさんか亜土チャンのようにはしゃいでいた。
 「壊れる」とはまさにこういうことを言うのだろう。

 突如、マイクロが左右に激しく揺れ始めた。
「何だ?」
 暗闇に目を凝らすと、バスの片側に大勢のヤンキーが群がりバスを倒そうとしていた!
「おい、こっち来な潰されるぞ!」
 モリが目をギョロつかせながら叫んでいた。
 割れたガラスからバスの中めがけて無数の爆竹が投げ込まれる。
 パパパパパ~ン!パン、パパパ~ン!
 バスの中は煙で何も見えなくなり、硝煙の匂いが辺りに立ち込めた。

「いったれや~」
 誰が叫んだか解らないが、その号令とともに一段とバスの揺れが激しくなった。
「ウオリャァ~」「行け~」「死ねヤー」「やったら~」

 ズ、ズ、ズ、ズ、ドッシーン、ガッしゃん、ドォーンンン…

 今まで聞いたこともない爆音と地響きが俺たちを包んだ。
 巨大なアフリカ象がハイエナの大群に襲われ、やがて力尽きて大地に倒れていくように、バスはスローモーションでアスファルトに倒れた。
 巨大な象を倒した俺たちハイエナは、狩りの成功に歓喜し、思い思いに気狂いじみた奇声をあげ乱舞した。

 勢いに乗った軍団は行動車のドアを破壊し、街宣車内に乱入し機材や椅子を破壊し続けた。このときは<喧嘩>という名分をわすれ完全に破壊工作員に化けていた。物を壊す事とその破壊音に快楽を感じ、今までに経験したことのない後ろ向きの快感に酔いしれていたときだった。

「き、き、き、来たぞ~、来たぞ~。かかってくるぞ~」

 誰かの叫び声を聞き、敵の事務所の方を見ると、揃いの特服軍団が怒声をあげてもの凄い勢いで俺たちへと向かってきた!
 暗闇でその数は明らかではなかったが、20~30人の狂犬が額に怒りマークモロ出しで向かって来ていたのだ。
「離れるなよ!あいつ等を囲んでまえ!」
 マサシが叫ぶ!俺とケイゾウ、ハルとカズは奴等の背後に回ろうと街宣車を盾に逆走した。

「コッラ~、どこぞの者じゃぁ~!おどれらブチ殺すぞ~!」
 奴等の声がはっきりと聞こえ距離が縮まってきたことを肌身に感じた。
 俺は軍団を離れ、乗ってきた車に走った。
「エイイチ~どこ行くんじゃぁ~」
 ケイゾウの声に「消火器だがや、消火器~」
 その言葉にケイゾウも走った。

 車に戻り消火器を手にすると再び喧嘩の輪へ全力疾走、、、、、このたった数分の間にその場は修羅場と化していた!
 どつきあう者、蹴りを入れる奴、パイプや棒を振りかざす奴、怒声罵声絶叫、色んな音が入り混じりヤクザ映画の乱闘シーンが目の前に広がっていた。

「なんじゃこりゃぁ!?」
 あまりの凄まじさに立ち尽くす俺達。

「どうすんや?突っ込むんか?」 ハルが見せたたこともない顔でみんなに問い掛ける。「・・・・・・・・」
 無言の俺達。お互いが顔を見合わせていたその時、バスの陰から黒い影が飛び出してきた!

「コッラ~、おみゃあらあも仲間きゃぁ~。ガキでもなんでもやってまうぞ~!おお~う」
 特服を着た坊主頭とパンチの大男が余裕をたれながら俺たちの前に立ちはだかった。

(なんちゅうデカイ奴とごッつい奴。勝てるんか?)

 ケタ外れの威圧感と怒声に<蛇に睨まれた蛙>状態の中、奴等の拳がカズに向けられた!
 ボコッ、バッカァーン! 
 秒殺だった。
「カズ~ぅ!!!」。ハルが絶叫しながらカズのもとへ走った。鼻血を出しぐったりしたカズを起そうとしたハルに奴等のパイプが振り下ろされた!
 ガッツ~ン
 頭を抱えもんどりうつハル。

<格が違うのか、場数が違うのか、、、、>。色んな喧嘩や修羅場をくぐってきたが、ツレがこうも簡単に秒殺される姿は初めて見たし、正直やられるとは想像もしていなかった。同時に脳裏に「殺られる」という文字が浮かび始めた時、ケイゾウが怒声とともに奴等にぶっ込んだ!

「なんじゃあ~おりゃあ~!!!」
 奴等もケイゾウ目掛け走った。その動きに我に返った俺も走った。
「こっちこいや~!」
 次の瞬間、俺は手に持った消火器を奴等の顔面めがけ発泡した。
「うわ~、なにするんだ!クソガキがぁ~」
 続けてケイゾウの消火器からも発泡。濃紺の特服が消化剤でピンクに染まり、煙と泡に巻かれて目を覆う特服たち。
 「ケイゾウ、今や!やったれや!」
 ケイゾウはパンチ男の脛を、俺は坊主頭の顔面を消火器でしゃくりあげた。

「うっぎゃあ~」「痛ってぇ~」
 地面に倒れた2人を気が狂ったかのようにどつきまわす。叫べば叫ぶほど、痛みを訴えれば訴えるほどに強く激しく、殴る蹴る。
 それまで倒れていたハルが無表情で起き上がり、俺たちに加勢して、俺たちよりもさらに激しく、感情的に蹴りたくる。

「なめとんかコラ!飛んどけや~!」
 ハルは血走った目でパンチの背中に点火した爆竹を放り込んだ!

 ………特服の中で弾ける爆竹は音がこもって聞こえた。
「熱っちい~、痛ってえ~、ああ~」
 地獄の制裁の中で泣き叫ぶパンチ野郎。未だ目が見えない坊主頭が
「おみゃあら、なにしてくれたんや~」と叫ぶ。
 ハルから取り上げた爆竹に火をつけ「おまえも飛べやぁ!」
 そいつの背中にも爆竹が放り込まれ、あらためて丁寧かつ強烈に顔面を蹴り上げた俺。
 戦況を把握し、ケイゾウは血だらけのカズを抱え合図をおくった。
「もう大丈夫や」

 数分間の地獄絵図に息も絶え絶えの4人。だがどの顔にも精気が戻った。
 しかし集団の輪からは怒声や金属音が勢いを増していた。

 喧嘩はまだ始まったばかり。
 俺たちの顔もまだなんとか原形を保っていた。
 


(続)



『何故かパン屋の伊藤さん』

山都駅構内の外れに、
かわいらしい山小屋のような建物がある。

この建物は、
JR下請け保線会社の休憩所になっているが、
かつて、
ここには山都保線管理室という職場があった。





保線管理室は3〜4駅間の線路保守を担当し、
主に線路の徒歩巡回、
黄色いラッセル車での除雪作業、
トンネルの入り口や内部にできたツララ切りなどを行っていた。

保線管理室のメンバーは、
実直でポッポ屋タイプの大竹保線管理室長、
同級生の父でもある小林保線副管理掛、
昭和電工から中途採用で国鉄に入社した佐藤保線管理掛、
スポーツマンで一番若い伊藤保線管理掛、
の計4名が勤務していた。

保線管理室は通常4名で勤務していたが、
日曜日は4名のうちの1人が、
異常時に備えて待機勤務をしていた。
とにかく待機勤務は、
“待機”することが仕事だったので、
この待機勤務日の日曜日に僕が遊びに行くと、
誰もが僕を大歓迎してくれた。

大竹さんは保線の話をよくしてくれて、
「勉強しろよ!」が口癖だった。

小林さんは「仕事している写真を撮ってくれないか」
といつもリクエストしていた。
また、線路端で青大将を捕まえてきては職場の風呂場に放し、
「ほーら、見でみ、上手に泳ぐべ?」と、
僕にヘビの泳ぎ方を見せてくれた。

佐藤さんは、
僕が遊びに行く度に「小池は彼女いないのか?」と言い、
買ったばかりの愛車である、
トヨタ・クレスタの洗車をコーラ一本で手伝わされ、
カーステレオに録音機能が付いているのを自慢げに話していた。

伊藤さんは町内出身で、
父親も国鉄に勤めていた国鉄一家だった。
待機勤務の日は机の上に足を乗せ、
スポーツ新聞を読みながら、
鉄道話はあまりせず、
不良だった高校時代のエピソードを聞かせてくれた。

「朝、学校さ行ぐべ、
 すんげぇ、寒くてよ。
 そんで、腹も減っていっぺし、
 うぢ(家)から豚肉を持っていってよぉ、
 ストーブの上で焼き肉すんのな。
 そんで、タレが無ぐなってよ、
 1年生にエバラを買いに行がせでよぉー」

僕が行こうとしている学校で、
焼き肉ができる、ということにとても喜んだ。
天井に木刀が刺さっている話から焼き肉まで、
一通りのネタが披露されると、
ランチ・タイムになる。

「小池、売店に行ってコーラ買ってきて。
 あと、報知とカップラーメン。
 お湯は入れなくてもいいぞ」

僕はお金を握って線路を渡る、
線路を渡る前には、
職員ぶって左右の指差し確認をする。

売店に行くと、
おばちゃんが、
「今日は駅、保線?」と聞いてきた。
「保線です。あ、お湯は入れなくてもいいです」
僕は自分のコーラも買って、
夕方の終業時間まで伊藤さんの不良話を聞いていた。

その後、国鉄民営化が決まり、
末端職場の大合理化が始まる。
山都保線管理室もすぐに廃止され、
メンバー全員が3駅先の野沢保線支区へ転勤になり、
さらなる合理化で野沢保線支区も消えて、
ほんんどのメンバーがバラバラになり、
新潟のほうへ転勤して行った。

数年後、
僕が私鉄の車掌になった頃、
伊藤さんが川崎駅前のJR直営パン屋で働いていることを、
風の便りで聞いた。

休日に伊藤さんの店を訪ねることにした。
きれいになった川崎駅のコンコースを出ると、
大きなバス乗り場があり、
伊藤さんの勤めるパン屋は、
きれいな駅ビルとは別の建物に入居していた。

JRのパン屋というのは、
「パンでひと儲けしよう」というより、
「民営化したので、取り敢えずパン屋でもやりましょう」
という感じの店だった。

僕は店には入らずガラス越しに伊藤さんを探したが伊藤さんは居なかった。
しばらくすると、
今までレジを打っていた年配の人に替わって、
奥の調理場のほうから伊藤さん出て来てレジを打ち始めた。

伊藤さんは保線作業着の替わりに白衣を着ていた。
伊藤さんの白衣姿を見ていると、
山都保線管理室のヘルメット置き場の上に貼ってあった、
一枚のポスターを思い出した。
汗まみれの保線マンが、
高速で通過する列車に向かって手を挙げている写真の下には、
「汗は俺たちの言葉だ!」と書いてあった。

パン屋はなかなか繁盛しているみたいで、
レジは行列ができていた。
伊藤さんはお客さんに頭を下げて、
トレイに載せられた調理パンを丁寧に包んで、
大きな袋に入れて、
「ありがとうございます」と、
ぎこちないお辞儀をしていた。

伊藤さんのお辞儀は、
デパ地下の店員以上に懇切丁寧な気がして、
僕はなんだか嬉しくなった。

一生懸命に働いている伊藤さんを見ていたら、
店に入ろうかどうかとても迷ったが、
意を決して店に入りレジの前に立った。

「いらっしゃいませ!」

無骨な男達の声が店内に響く。

「すみません、ケーキはありますか?」
「ケーキは焼いていませ........おー、小池っ!」
「元気そうですね」
「ここに居るのがよく分かったな!」
「はい、山都の○○さんから聞いて」
「○○ちゃん、ちょっとレジ変わってくれよ。
 田舎の後輩が来たんだよ!」
「なに?伊藤に面会?」
「そそ、こいつ、中学の時から保線に来てたんだよ。
 お、小池っ、そんなとこ突っ立ってないで、
 好きなパンを好きなだけ持ってこいよ!」

僕は遠慮なく、
おいしそうなパンをトレイに載せて、
レジへ持って行った。
伊藤さんは調理パンをビニール袋に直接入れて、
僕を休憩室に連れていった。

休憩室には大勢の男達がいた。
パン屋の規模と働く人数のバランス、
そして年齢層も顔つきもまったく合わなかった。
誰かが、
「おい、若いの、お茶か?コーヒーか?」
「じゃ、コーヒーでお願いします」
「粒か粉か?」
「粒でお願いします」
「贅沢なやつだなぁ」
(粒はゴールドブレンド、粉は普通のネスカフェを指す)

伊藤さんはタバコを吸いながら、
「え〜と、今、コーヒーを作っている○○ちゃんは岩手の駅員、
 そこの○○ちゃんは青森の運転士、
 ○○ちゃんは郡山の電力、
 ま、ここのメンバーはほとんど東北出身だな。
 みんな独身寮に入って朝4時に起きてパン作りだ。
 俺らがパン作ってんだぜ!
 でも、一応、パスコのパンを使ってんだよ。」

伊藤さんが活き活きしてみえた。

「ところで、小池は、今は何をやってんだ?」
「車掌になりました」
「へぇ、小池が車掌か。駅はどこにいた?」
「吉祥寺駅に居ました」
「すっかり東京人だな」
「そんなことないですよ」
「ところで、休日はなにをしているんですか?」
「休み?新幹線で山都に帰るよ。
 ガキも小さいしな。
 ま、ひとりで自由が丘でお茶してもしょうがないしな」
「この後、保線に復職できるんですか?」
「できるよ、それが約束で2年もパン作りをやっているんだから」
「そうですか」
「お、小池、悪いけど、レジ任せっぱなしだから持ち場に戻るな。
 すぐに勤務が終わるから、あとで駅前で待ってろ!」

いつの間にか、
僕と伊藤さんの周りには、
あちこちから単身赴任してきた、
無骨な鉄道マンが集まってきて、
僕らの話をニヤニヤ笑いながら聞いていた。

コーヒーを入れてくれた岩手出身の駅員さんは、
「伊藤は幸せもんだよな。面会に来るやつが居るんだぜ!」と
羨ましそうに皮肉った。
僕は伊藤さんが上がってくるまで、
他の職員さんに東京トレンディスポットの講釈をしていた。

駅前で伊藤さんを待っていると、
伊藤さんはラルフローレンのシャツの襟を立ててやってきた。
この服装は昔から変わりない。
僕らはJR駅ビルに入っている、
こじゃれたカフェ・バーに入った。

「最近は駅も垢抜けちまってよ、こんな店もあるんだぜ」
「さすが、民間企業のJRですね」
「俺たちのグローブみたいな手で作ったパンを『美味い!』と言って、
 買って行く客がいるんだから、人間の舌はあてになんねーな」
「パン作りのほうが向いているんじゃないですか?」
「冗談を言うなよ、とっとと地元へ帰るぞ!」

その夜は伊藤さんと故郷の話で盛り上がった。
伊藤さんは「明日も早いんだ」と言い、
大井町の独身寮へ帰って行った。

それ以来、
僕はパン屋さんに顔を出すことは無かったが、
しばらくしてパン屋の前を通ったら、
店名も内装も変わっていて、
アルバイトの女子高生がレジを打っていて、
鉄道職員の作るパン屋は無くなっていた。

その年の暮れ。
僕は実家に帰って友達の車でドライブをしていると、
JRのトラックが前からやって来た。
サングラスをかけて、
助手席のダッシュボードに足を上げている、
伊藤さんを見て僕は安心した。




2007/04/20

最終章・『伝説の武漢〜永久に・・・・・・』

2007/04/16

4月16日今週の朝礼『力々しい』

2007/03/27

第7章・大乱闘(後編)

2007/03/16

第6章・大乱闘(前編)

2007/03/15

『何故かパン屋の伊藤さん』
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