1月23日 今週の朝礼『あるある大反省』

  『発掘!あるある大辞典Ⅱ』のイカサマ映像が問題となりましたね。制作会社としてはもっともやってはいけないことをやってしまい、それをテレビ局が全国放送してしまい、さらにその番組は好視聴率番組であることから沢山の人が影響を受けてしまい、自分のライフフードスタイルに「納豆」を取り入れたらしいのです。
 スポーツ新聞を読んでいたら、角界にも納豆ダイエットを取り入れた幕下力士がいたらしく、もっともなんで相撲取りなのにダイエットかと不思議に思ったのですが、その力士曰く、単なるダイエットではなく、もっと良質な体質をつくるために効果のある納豆ダイエットをしていたらしいのです。
 ウソはいけません。ひとりに対して言うウソでもいけないのに、何百万人が見入るテレビでウソを流すなど言語道断です。
 テレビ局をかばうわけではありませんが、実際制作会社が丸めたウソを局が見破ることは困難です。とはいえそれを放送した局にも責任はあります。大変なんです、メディアというものは。

 そんなウソつき番組の担当責任者が大切な電波を利用して謝罪していた頃に、九州の宮崎県ではそのまんま東氏が県知事に当選確実になったと報道されました。
 お笑い芸人から県知事に。以前にもアタマのハゲた人がそんなことになって、スケベな事件を起こして知事を降ろされたことがありました。
 そういえば東さんも、10年位前にスケベな事件を起こして芸能界で謹慎処分になりましたね。アタマも少し薄いようです。
 人の記憶ってそういうちっぽけで情けないことばかりはバッチリ覚えているものですから、さぞかし今回の選挙では東さんに逆風が吹いたことでしょう。
 ところが東さんは見事当選。タケシ軍団一の出世頭に。あ、もう軍団やめたんでしたね。
 ニュースで流れる選挙活動中の演説なんか見ても立派なもんです。さすが芸能人だけあってマイクを持ったときの惹きつけかたなんて見事のひとことでした。得意のマラソンパフォーマンも手伝って、自らの足で自分の背中を押すように、確実にゴールへ向かってすばらしい追い風を吹かせていました。

 さて、なぜ東さんは当選したのでしょう? 彼は9年前に実にスケベで情けない事件を起こしたのです。
 みっともない事件を起こして、つい数年前には美人女優と離婚をして、簡単に言うと、スケベで家庭生活もダメな芸能人だったはずです。
 それでも大学へ入り直し、卒業したらまた違う学部へ入り直し、“いつかきっと”という思いのもと、マラソンのごとく、一歩一歩ピッチを刻みながら目標に向かって走ったのでしょう。
 もちろん県知事になったことが彼のゴールではないでしょうが、それでも彼は自分の走りを信じてここまで来たのだと思います。
 スケベ、離婚、走る、スケベ、離婚、走る。スケベ、走る。離婚、走る。走る。走る、走る。

 東さんがどんな公約をしてどんな知事になろうとしているのか詳細は知りません。
 なにせ80にも及ぶマニフェストがあるらしいのですから。
 ただ、いろいろスキャンダルを起こしたお笑い芸人が、地元の県知事に就いたことは事実です。
 もちろんこれからが大切ですし、もしもダメなら「やっぱり東なんかじゃダメだった」って、めちゃくちゃ言われ易い人だと思います。

 でも、とりあえず、今のところ、期待感も含めて、東さんは、宮崎県のリーダーとなりました。
 きっと反省があったからなれたんだと思います。
 やっちゃったこと、バレちゃったこと、ぜんぶ含めて、反省。

 『あるある大辞典』にも、きっとそんな日がやってくると思います。やっぱやってこないかもしれないです。
 新聞では番組打ち切りだの、テレビ局の社長が辞任だのと囁かれていますが、たとえ打ち切りになったとしても、十分に反省し、『納豆ダイエットの巻』以外は本当にためになる番組だったと視聴者が納得できるような終わりなき反省が必要になるのです。それがどんな方法で、などと考えても、視聴者の怒りがヒートアップしている現段階ではきっとなにも考えられないでしょう。
 ヤワな企画ではありますが、嘘偽りのデータを作成し制作してしまったスタッフの謝罪行脚をドキュメンタリータッチで描きつつ、納豆が含有する肉体への新たなる有効成分や食べ合わせ方法等を探求し、最後にそれを発表し、自らの肉体で検証するというのはいかがでしょう。名付けて『反省!あるある大辞典ワンモアチャンス』。番組スタッフは自らの肉体と顔をさらすことで、深い反省とともに、番組の持つ信憑性を甦らせるのです。
 冗談はさておき。
 別に僕はあの番組の視聴者でもないし、あの番組をかばうわけでも復活を願うわけでもありませんが、そういう情けない目にさらされて、そしてそれを乗り越えなければ反省の意味がないと思うのです。

 1月21日、夜9時。そのまんま東さんと『あるある大辞典Ⅱ』。
 互いに長い道のりでしょうが、ひたすら前を向いて走られることを願います。



『発車オーライ!』最終章

『発車オーライ!』 (全四章)
最終章「発車オーライ!」



向かって右が田崎さん。


群馬の会社に就職後、
私鉄に受かった2名と会う機会があった。
彼らは、僕に配慮するわけでもなく、
僕に鉄道の仕事話をおもしろおかしく話した。
僕は黙って聞くだけだった。

その後、群馬の会社を辞めて、
渋谷のレコード屋に勤めた後、
京浜急行の保線社員を受験した。

当時はバブル全盛期。
「保線」という職種は、
いわゆる「3K」と呼ばれた職種だったので、
僕は難なく合格した。
しかし、
初めての肉体労働に音を上げて辞めてしまい、
すぐに現在の会社を受験して、
1990年10月に僕は駅員になった。

入社後のある日、僕は改札に立ってた。
すると、
どこかで見覚えのある顔が改札を通った。
一瞬、お互いの目が合った。
その顔は例の私鉄男だった。

「小池!何でここいるんだ!?」
「やっと、お前らに追いついたよ。
俺が先に車掌になるからな」
「あはは。お前ってしつこいやつだな」
「しつこいと言うな、頑張ったと言え!」

その後、彼らには会うことは無かったが、
僕はすぐに車掌になり、
少しずつ仕事を覚えて充実した日々を過ごした。
でも、仕事に余裕が出てくると、
仕事と趣味の違い、
いや、
理想と現実、
ということに僕は気付いた。
しばらくはその事は考えないようにしていたが、
仕事で何かがあるたびに、
ひどく落ち込む事がしばしばあった。

それから数年後、
僕は休暇で実家に帰った。
久しぶりに押し入れを整理していたら、
山都駅で働いていた田崎さんの写真が出て来た。
ずっと写真を見ていると、
思いがけない感情が湧き出て来た。

家にも帰らずに駅の雪を片付けていた田崎さんに比べて、
今の自分は何なんだ!
そんな気持ちが出たと同時に、
顔は涙でぐしゃぐしゃになった。

そして、僕はこんな事を考えた。
とても浅はかであるが、
田崎さんに会いに行って、
今、僕がしている仕事の報告すれば、
何かが変わるかも知れない。

翌日、
僕は友人と田崎さんの住んでいる町の町役場へ行った。

「あの、田崎さんという方の住所を教えて欲しいのですが.....」
「プライバシーの保護で住所は教えることができないのです」
「そうですか....」
「でも...」
「はい?」
「その方はこの町には居ませんよ。転居されています。
本当はこれも守秘義務があるんですがね」

窓口の若い女性の言っていることは正しかった。
大体、今になって「会いたい」というのも虫がいい。
僕はそんな軽薄さを恥じらいながら役場を後にした。

家に帰ってきて、
中学の時に撮った写真を飽きずに見ていた。
そんな写真を見ていたら、
好きな事に夢中になっていればいいという、
昔の事を思い出した。
あの頃は、
ごはんも食べずに鉄道の写真を純粋な気持ちで撮っていた。
それに比べて今の俺は、大好きな鉄道に入りながらも、
仕事と趣味の違い、そして理想と現実に戸惑っている。
あの頃のピュアな気持ちはどこへ行ったんだ?

そんなネガティブな気持ちでいると、
お母さんが「電話よ」と呼びに来た。
電話は一緒に役場に行った友達からだった。

「あのさ、妹から電話あってさ」
「そんで」
「うちの妹、さっきの役場の子と同級生でさ」
「そんで」
「田崎さんの住所を教えてくれたよ」
「本当!?」
「その窓口の子さ、勤務時間が終わって、
たまたま田崎さんの引っ越し先を見たんだって、
そんで、クビ覚悟で住所を教えてきたんだよ」

友達は、田崎さんの住所をゆっくり教えてくれた。
転居先は県内だが、かなり離れたところだった。
僕はすぐに手紙を書いた。
何から書いて良いのか分からなかったので、
便箋を何枚もダメにした。
でも、なんとか文章らしくなった。

  ご無沙汰しております。
  昔、山都駅でお世話になりました小池です。
  覚えていますか?
  今でも、一緒に食べたラーメンの味が忘れられません。
  僕は、本当は田崎さんと山都駅でお仕事がしたかったです。
  実家に田崎さんの写真がたくさんあります。
  今度、焼き増しして送りますね。
  それと、
  今、僕は東京の私鉄で車掌をしています。
  会社は違うけど、おなじ職種です。
  僕は田崎さんに会いたいです。
  お元気で

僕は誤字脱字だらけの手紙を投函した。
返事が来て、田崎さんに会えるのなら、
休暇を使って会いに行こう。
僕はカレンダーを見て、
いつ休もうか検討した。

数日後、
仕事から帰ると、
僕に手紙が届いていた。
裏を見ると田崎と書いてある。
僕は部屋に入り、
丁寧にハサミを入れた。

  『初めまして、小池宏康様。
  ご丁寧にお手紙有難うございました。
  久男こと、私の主人が亡くなっているので、
  お手紙を開封しないでお返しした方が、
  いいものかどうか戸惑いましたが、
  開封させていただきました。

  主人が山都駅でお世話になっている時のように受けとめましたが、
  当時、うちの主人こそ貴方みたいな心の持ち主に大きな希望を持ち、
  優しい少年に出会えて、お勤めすることに大きな励みとなっていた事でしょう。
  あまり体の丈夫な人ではなかったので、
  あの頃から体調が優れず、持病で悩んでいました。

  山都駅を辞めてから腎臓病が発病し、
  昭和60年から透析を週三回受ける身となり、
  一年間、会津若松の病院に通院して居ましたが、
  色々な事情で白河に移り、
  娘達夫婦と一緒に生活することになりました。

  白河に来て8年目の1月31日、
  合併症の腸閉塞を起こして、亡くなってしまったので、
  今の世にしたはまだまだ早死の様に思えるのですが、
  68歳でした。

  元気で貴方のお手紙を受け取る事が出来たなら、
  どんなにか喜び目を輝かして返事を書いていたことでしょう。

  ごめんなさいね、代筆で。

  でも、この厳しい世相に、
  自分の意志で鉄道職場に就かれたこと、
  とても立派だと思います。

  健康に注意して、
  まだまだ若い洋々たる若人小池さん、
  大きな夢に向かって進んでください。
  頂いたお手紙も仏壇に供えましたので、
  「俺の後輩よかったな、頑張れよ」と言っているかも。

  色々な手をつくして住所を探していただいたけれど、
  主人が居ないからとは言わず、
  お手数かけますが、
  久男の写真を頂きたく存じますので、
  機会がありましたら送って下さい、
  お待ちしています。

  小池さんのお手紙で何だか知らないが、
  泣けて泣けてたまりませんんでした。

  手紙の末筆のくだりの、
  『お元気』での処を、何回も読み返してごめんなさいね。かしこ』


差出人をよく見てみると、
「田崎アイコ」と書いてあった。
その瞬間、声が出なくなって、
鼻から大きな息を吸った。
吸った息が目の後ろ側に届いたように感じた瞬間、
手元の写真が滲んで見えてきた。

田崎さんの制服姿、冬休み、雪、山都駅、ラーメン、
昔のいい思いでが頭をよぎった後、
今の自分の状況も入り交じり、
どうしようもない悲しみと自分の情けなさで、
胸がいっぱいになった。

その後、
僕は田崎さんの写真を奥様にお送りしました。
返信のお便りには、
「あまり、見る事がなかった仕事中の写真なのでとてもよかった」
と書いてありました。

しばらく年賀状のやり取りが続いたあと、
2003年、田崎さんの奥様と会う事ができました。
そして、ようやく天国の田崎さんに報告することができました。

「40人中40番でしたが、なんとか鉄道へ入りました。
そして、時々、立ち往生もしています。
僕は田崎さんのような立派な駅員ではないけど、
田崎さんが僕にしてくれたことができるような駅員になりたいです」

僕はお仏壇の前でそう誓いました。


おわり。



『発車オーライ!』第三章

『発車オーライ!』 (全四章)
第三章「夢に向かう各駅停車」


高校に入ると、
僕は髪型を藤井フミヤっぽくした。
高校で新しい友達ができて、
放課後は駅には寄らなくなってしまった。
おこづかいは鉄道模型の代わりに、
レコードになってしまった。

しばし、
鉄道から音楽へシフトした高校生活を送っていたが、
町の公報誌で山都駅が昭和60年(1985年)3月14日に、
無人駅になる事が書いてあった。
ちなみに、その翌月の4月1日には電々公社がNTTに、
専売公社がJTになり、日本の公社が相次いで民営化された。

山都駅の無人化は、町民の間でも話題になった。
「町の玄関である駅が無人化とは!」
「非行少年の溜まり場になる」
そんな意見もあったようだが、
結局、町役場が町の人を採用し、
その人たちが切符を売ることに決まったが、
駅に制服を着た人がいないのは、
結局、無人駅と一緒だと思っていた。

山都駅が無人駅になる前日、
僕は田崎さんと斉藤さんの仕事を見に行くと、
二人は淡々と事務室の後片付けをしていた。

「おい、これ持ってけ!」

古い時刻表が出てくる度にこんな台詞が出て来た。
たくさんのお土産をもらった僕は、
「そろそろ帰ります」と言って、
さよならを行って駅を辞した。

翌日、駅に行くと、
私服を着た近所のおばちゃんが窓口に座っていた。

「あの、ラッセル機関車の来る時間って分かります?」
「え?ラッセルって雪をかく機関車?」
「はい」
「あのね、私たちは切符を売ることと、トイレの掃除だけしかしないのよ。
そういう情報は関係ないのよ」
「そうですか」

僕はがっかりしたわけでもなく、
家に帰って、
借りてきたレコードを聴いていた。

その後、
僕は高校3年になり就職する時期になった。
早速、進路相談室で鉄道会社の採用を聞いてみた。
先生の話によれば、
国鉄は1986年4月からJRになり、
現状ではとても人が多すぎるので採用どころではない。
しかし、私鉄なら募集があると言う。
先生はそう説明した後、僕の成績を見た。

「あなたは40人中40番目ね。それじゃ受からないわよ」

僕は、そんな成績でもどうにかなるだろうと思って、
「ライオンズ」というプロ野球球団を持っている会社を受験した。
学校の定員枠2名で受験者は3名だった。
彼ら2名は野球部所属で成績優秀。
それに比べて僕は帰宅部。
それでもダメ元で試験を受け、
数日後に試験の結果が電報で来た。

「ゴキタイニソエズ、セイブ」

初めて社会というものから、
僕自身が評価された。
正直、ショックだったが、
後日、3次募集で群馬の中小企業に就職した。
とにかく、どこかへ行けば、
鉄道の仕事に就けるかもしれない。
そんな漠然とした気持ちで汽車に乗り、
ふるさとを後にした。



第3章・葛藤

ここまでの登場人物。               
                                      
かおり
お好み屋の看板娘であり中学の先輩で俺たちのマドンナ的存在当時21歳。この事件の2年後結婚、その後の消息はわからない。

アオキ
3つ上の先輩で当時鉄馬(単車)を乗らせれば天下一品だった伊達男。その後は物語り後半で。

モリ  
2つ上の先輩で絶大な力を持つアオキの腹心。俺の元カノの兄でもある。今でも地元に居るとか。

ノリカズ
親友ユウジの兄。アオキやモリその他の不良、俺たちに多大な影響(単車、4つ輪、音楽)を与えた伝説の不良。

マサシ
かおりの同級生。先輩であったが年が離れすぎていたため詳細はわからない。顔面凶器。

ユウジ
俺の転校後(小5)最初に仲良くなったヤツ。ノリカズの弟で不良発信基地。現在父の家業をノリカズ、コウゾウ(弟)の3人で継ぐ。

ヨウスケ
同級生でちょっとおっちょこちょいなヤンキー。高校進学後も多々揉め事を起こし、その都度助け舟を出し俺たちを困らせた。

ケイゾウ
同級生。見た目は温厚だが喧嘩は強い。7人兄弟の次男坊。ある時相手に大怪我を負わせて以来不良から遠ざかる。

ヨシモト
1つ上の先輩。モリの腹心で義理事や上下関係にうるさい。後輩の面倒見はいい。現鉄工所経営。

そして、

俺(エイイチ)
この事件後中京高校に入学。何故か応援団に入り団長として甲子園も経験。卒業後料理人を目指したが飲食業界が水に合わず鳶職に転職。現在に至る。


第3章からの登場人物。

ヨシカワ
アオキとコンビを組んでいたド不良。2年後弟のマサルと車に同乗中に事故死。

タキグチ
1つ上のパチンコ屋の息子。自分の名声や損得勘定で人を嵌めるカッコばかりのキザ男、いけ好かない先輩。地元から消える。

タケシ
同級生でお人好しの在日韓国人。5つ上の兄が当時の朝鮮高校の総番長。

ハルヒコ、ミチオ、カズヤ
同級生。超悪仲間。

サトミ、マリ、トン子、ヒトミ
同級生のヤンキー女連。ヒトミは当時の俺の彼女でモリの妹。


尚、登場人物の名称はすべて仮名です。(俺を除く)






第3章「葛藤」


 家に戻った俺は何をするでもなくボーっとレコードを聴いていた。ただ腑に落ちない点は先輩のタキグチがエライ剣幕で怒鳴り散らしていたことだった。「アイツが絡むとロクな事がないなぁ〜」とぶつくさ言いながら、、、。

 しばらくすると電話が鳴った。「ピーッピーッピ」
 部屋にあるインターホン(技術の授業で作った物)が鳴る。
「あんたぁ、ユウジ君から電話や、切り替えるからな」
 母親がそう言って親子電話を切り替えた。
「もしもしエイイチか、兄貴にアオさんの事と今日の夜の集合の事話したらよー、『行かんでもええわ』って言うんだけどよー、どしたらええきゃ?」
「うう〜ん。ノリ君が言っとんならええんだないきゃ。それとタキグチが絡んどるで嫌な予感がするんだわな」
 、、、、、、、、「そうやユウジ、この前借りたカセットがあるで取りに来いや」「ほうだな、暇だで行くわ」。
 ガキ同士の長電話より顔見て話す方が早い。
 電話を切ると10分ほどでユウジが家に来た。時刻は6時になろうとしていた。

「こんちは、おじゃまします」
「あれ、ユウジ君久しぶりやなぁ。公立受けるんやろ、がんばりや」とリビングから母親の声。
「まあええて母ちゃん、ユウジ早よ入れ」。話に加わろうとする母親を振り払いユウジを俺の部屋へ強制連行。
「おっ、アナーキーか。銀蝿よりええなぁ」「そやろう、銀蝿はウソッぽいでかん。カッコばっかやろ」「ほんでもおみゃあさん、銀パン(横浜銀蝿の白いドカンズボン)持っとるがや」「あれはファッションだて。アナ−キーの国鉄職員の制服は無理やろ」。
 どこでもある会話で盛り上がる俺たち。そして本題突入。
「ところでどうするんやエイイチ、おみゃあ行くのか?」
「とりあえず行くわ、あとでタキグチが何言ってこすか解らんでなぁ」
「そうやなぁ、あいつ何かと根に持つタイプやで」
「ユウジはええがや、ノリ君が行かんでもええって言っとるんだで。タキグチや他の先輩も文句言わせんだろう、ノリ君が言っとるんだで」
 アナーキー&銀蝿のときとはコロッと変わりしかめっ面の俺たち。
「そや、ケイゾウに電話してみるか」そう言ってリビングに電話を切り替えに、、、。すると親父が「何をコソコソしとんねん、ここでかけたらええやないけ」。
 逆らうとどんなヤンキーよりも怖い親父の言葉は法律よりも厳守である。俺は仕方なくリビングからケイゾウに電話をする。
「もしもしヤマグチさんですか?・・・なんやケイゾウか。おまえさん夜どうすんや?・・・解った、ほな後でな」
 電話を切り部屋へ戻ろうとする俺にまたしても親父のドスのような誘導尋問。
「何を悪さしよ思とんのや、どこ行くねん?」
「別に、ツレとゲーセン行くだけやんけ」
 親父の顔をまともに見れない俺(バレたか?)
「さよか」。鬼の顔が疑いで余計に怖くなる。親父にビビってる暇はない。部屋にいるユウジに電話の内容を話し、またもやどうするこうすると思案する。

 時刻は6時半、刻々と迫る集合時間。
「ぼちぼち行こかな、ユウジおまえさんどうするんや?」
 いまだ迷っているユウジも渋々「とりあえず行こかな」。
 2人が部屋を出て出掛けようとした時リビングから文字では優しそうだが実際はドスの利いた声がした。
「カワダ君(ユウジの苗字)、まだ入試があんのやろ?アホな事には首突っ込んだらあかんで!」。
 頭を掻き決まりがバツが悪そうなユウジ。そして俺には
「エイイチ、何をするのか知らんけど中途半端な事なら端からすなよ、それと友達巻き込むな、ええか!それが出来んのなら家に居れや」
 何かを察するような鋭い言葉が背中を突き刺した。
「なんもないヨ、ちょっと出掛けるだけや」。なんで“ヨ”なん?それだけでバレバレやろと苦い思いをしながら慌てて玄関を出た。
 辺りはすでに薄暗くなっていた。

 ケッタをこぎゲーセンを目指す2人の背後から大きな声が、、、。
「お〜い、エイイチ、ユウジ〜」。振り向くとケイゾウが原付に乗って手を振っている。
 ビ〜ン、ビビビ。「どしたんやケイゾウ原チャリなんか乗って」。
 パッソーラにまたがり得意満面のケイゾウ。
「姉貴のがあったで勝手に乗ってきたった。これで行こまいか」。
 思わずユウジと顔を見合わせニッコリ。ケッタを近くのおもちゃ屋の前に置き、原チャリ3ケツにていざゲーセンへ。
 途中買い物帰りのおばはんや信号待ちの車の運転手がしかめっ面で俺たちを見る。そんな視線が俺たちを余計に熱くさせる。
 オリャー、ドワゥオーッ! アフリカの原住民のような大声で何かを叫びながら、そしてどこかに青春の清々しさを感じながら3ケツ暴走族は風を切った、、、。

 間もなくしてゲーセン前に着くと、さっき病院前で見た4輪が2台と単車が数台停まっていた。
「なんだぁ、さっきのパンチとかアフロがおるんか?」とユウジに言うと「パンチ?アフロ?なんやそれ」とケイゾウ。数時間前の病院前の出来事を説明すると「なんか嫌な感じやなぁ、あっ!あれタキグチの単車やないのか」ピッカピカの単車を指差しケイゾウが言った。
 ゲーセン前でだべっていると、ボーッ、ボンボー、ブォン、ブォンと直管マフラーの凄まじい爆音が、、、。ヨシモト先輩だった。
 「よぉ〜、お前等も来たんか?べつにええんだぞ」「いや、タキグチ先輩に来いって言われましたから・・・・」「そっか、でもなちょっと厄介な事やぞ。お前等高校行くんやろ・・・」と意味深な言葉がヨシモト先輩の口から。
 顔を見合わせる3人。そんな3人に「とりあえず話だけでも聞いて帰るか」と先輩に背中を押されゲーセンの中へ。
 暗い店内に誰が居るか解らずキョロキョロしていると「遅いぞ!おみゃぁら!」とタキグチの怒鳴り声が、、、。
「スンマセン」とペコリ。
「何を苛こいとんだタキグチ、おまえ何を仕切っとんだたわけ!」と後から入ってきたヨシモトが言った。
「おっおお、ヨシやんか」
 喧嘩や統率力でかなわない同期のヨシモトに一瞬怯むタキグチ。

 そんななか「まあええやないか、身内で揉めるなや」とさっきのパンチが割って入った。店内の暗さに目が慣れ辺りを見渡すと、ハルヒコ、ミチオ、カズヤ、ヨウスケの同級生に2つ上のモリ君の同級生が数人、それとアオさんやかおりさんの同期の連中と狭いゲーセンの中に20人程の不良がいた。
 そして店の隅には何故か隣の中学の不良までが4、5人立っていた。
 しばらくするとマサシ(パンチ男)が話し始めた。
「ええかおまえ等よう聞けよ。アオキがやられた事は知っとんな。その相手を調べたら港のヤツ等らしいわ、ほんでなぁ、そいつらは、愛国○○会のイケイケ集団(十○夜隊)や!やられたらやりかえす!ええな!○翼やからってびびるなよ!きっちり仕返ししてわし等の地元がイチバン強いの見せたれ!ええな!」

 アオさんをやったヤツ等が判明した。しかしそれは名古屋南地区(港、南、熱田、中川)で名を轟かせる、○翼二次団体・十○夜隊だった。
 まだ中学生、15歳の俺たちにはとてつもない相手であり恐怖感さえ覚えた。そして当事者のアオさんやモリ、ヨシモトを差し置いてマサシに肩を叩かれたタキグチがしゃべり始めた。
「先輩方が言われたように、やられたらやりかえす!そのやり方やけどなぁ、まずあいつ等の行動、車や事務所を潰す。その後タイマンや集団での喧嘩に持ち込む。他の学区や友好のあるチームにも声は掛けた。けどなぁ俺たち地元が集まらな恥ずかしい。今日ここに居る者はもちろんの事、ツレや仲間に声を掛けてもっと人を集めてくれ」
 マサシに吹かれたのか普段より威張り散らすタキグチ。
 そしてマサシがさらに俺たちを引き締めるために口を開く。
「やるのは明後日の夜。電車道(昔市電が走っていた通り)のボーリング場跡に10時に集合や!わかったな!」
 横にいるタキグチやマサシの同級生は拍手までしていた。当のアオさんやモリは困惑顔、、、そして俺たちも、、、。
 ゲーセンを出た俺たちに「おい、こっち来い」とアオさんが、、、。
 ゲーセン裏の空き地に呼ばれた俺たちに「ええかおまえ等、こんな事になるとは俺もモリも知らなんだ。来たらあかんぞ、高校も就職もパーになってまう。マサシ君やタキグチがああやって言っとるけど俺が言っとくで絶対来たらあかんでな!」
 後ろに立つモリ君も頷いていた。
「さあ、早帰れ。ユウジ、ノリカズ先輩に申し訳ないって言っといてくれや」。
 アオさんやモリ君はまだ中学生の俺たちを巻き込みたくないと説明してくれた。

 俺とユウジ、ケイゾウが原チャリで帰ろうとしていると、タキグチに呼びつけられていたヨウスケがゲーセンから出てきて俺たちに近寄ってきた。
「何を言われとったんや」ケイゾウが言った。
 するとヨウスケからとんでもない言葉が、、、。
「もし、もし明後日来んかったら全員ヤキ入れるらしい。ほんで『地元に居れんようにしたる、関係ないヤツや親には絶対内緒やぞ』って言っとった」
「タキグチがか?」
 ヨウスケを睨みつけ俺が詰め寄ると
「そそ、そうやてタキグチ君もマサシさんもや」。
 アオさんやモリ君の言葉にホッとしていたのも束の間、またまた俺たちは窮地に。
「とりあえず帰ろまい」ケイゾウがポツリと言った。
 3ケツ原チャリの帰り道には言葉も笑いも雄叫びもなかった。

 部屋に戻りベッドで仰向けになり、行くか?行かんか?と悩む俺。
 暫くしてユウジから電話が、、、。兄貴(ノリカズ)にも話せずどうしたらいいか悩んでいると言う。そんな葛藤が続きなかなか寝つけない。
 気がつけば朝。何か情報や動きがあったらと久しぶりに学校へ向かう俺。
 学校に着くと昨日いたユウジを除いた連中が階段下の踊り場でなにやら話していた。ここでも行くか?行かないか?の相談である。
 授業も受けずほぼ丸1日悩んでいた俺たちに、翌日の集合が刻一刻と迫っていた。

(続)



1月11日 今週の朝礼『東京タワー』

 リリー・フランキー役が速水もこみちだと?とりわけ映画ではオダギリジョーがリリー氏を演じるなんて、そんなバカな?と1ミリでも思っている人は修行が足りなさ過ぎます。
 どうしてこうまでして『東京タワー』なのかをいちどゆっくり考えてみたら、それがもこみちでありオダジョーであることにまったくもって必然であることに気づくはずです。

 この腐りきったコンクリートとCO2の街で、いったい東京というものはどこに行ってしまったのだろう。 
 知らないうちにニューヨークシティよりも物騒になったこの街の住民は、いつしか兄が妹を切り刻んでゴミ袋に詰め込んでも仰天している時間はせいぜい一週間ぐらいなものになってしまった。あまりにも凶悪で残虐な事件が頻発し過ぎて、その事件の醜さや愚かさに慣れてしまった我々は、もはやその感覚さえも麻痺して今では不感症寸前である。
 人が人を殺す。生きる為に生まれて来たその人の時間に強引に終止符を打つ。同じ腹から生まれてきた者同士がやがて殺す側と殺される側に分かれるのは単に運命の悪戯か?だとすれば僕は運命を恨み拒み続ける。そんな日本人を見て東京タワーは泣いている。てっぺんからその姿と同じ赤い涙を流している。

 東京タワーに上ろうなんて考えは必要ない。
 東京タワーはそっと見上げるためだけに突き刺さっているものなのだ。
 どうしてもタワーに登りたかったら、そこから眼下を見下ろすことでどれだけひとりの人間がちっぽけか気づけば良い。富士山も東京湾も見えるその場所から見る人間の命の小ささと尊さ。
 ちっぽけな人間はみな平等だ。平等だから恋も友情も尊敬も信頼も誕生する。
 そこにちょっとしたエゴやズレが生じると、犯罪や差別が芽を出し、やがてタワーよりも背を伸ばす。
 そんなあたりまえのことを忘れ、後悔と懺悔の中でもがく馬鹿者たちの尻を叩くためにタワーは聳えている。
 だから東京タワーは母なのだ。

 偉くなくとも正しく生きる。正しく生きるとは、自分は人の中に生きているという考えである。
 自分が自分でありたいように人もまたひとであり続けたい。
 それが人間ぞ。それが命ぞ。

 速水もこみちとオダギリジョー。当代一の人気者が、彼らを見ただけで頭の中が空っぽになってしまう単細胞な脳トレできていない現代人たちに、人間としての当たり前を説く為に、彼らはリリー・フランキーを演じる。国民を魅了するスター俳優がマー君を演じることは、病みきった平成19年の始まりには、必然過ぎたのである。




2007/01/23

1月23日 今週の朝礼『あるある大反省』

2007/01/23

『発車オーライ!』最終章

2007/01/15

『発車オーライ!』第三章

2007/01/12

第3章・葛藤

2007/01/11

1月11日 今週の朝礼『東京タワー』
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