12月18日 今週の朝礼『日常』

 親友の店鋪デザインが某メジャーファッションデザイナーの目に留まった。
 親友のデザインを手にしたデザイナーは、早速親友に会いたいと言った。
 親友は某有名百貨店と某大手アパレルのプロデューサーとともにNYへ渡った。
 親友は某デザイナーに聞かれた。
 『どんなコンセプトでデザインしたのですか?』
 『隅々にまで気持ちが行き届いたデザインです』
 『どうやって気持ちを込めたのですか?』
 『洋服や洋服作りのプロセスを見て感じているうちに、気分だけではなく気持ちを込められるようになりました』
 某デザイナーは前もって送っておいた手書きの企画書を大切に抱えながら、こう付け加えた。
 『今日、出会うまでにすごく胸が高鳴った。嬉しかった。ありがとう』
 親友は、某デザイナーと別れた直後に電話をくれた。
 『夢みてるみたいや』

 夢ではない。夢のような現実なのだ。
 このプレゼンに負けていたとしたら、彼の現実は『夢』とはほど遠い距離にあり、せいぜい『充実』止まりだったであろう。
 すべては結果、ではないし、そう思いたくもないが、『夢』を感じさせてくれる瞬間に身を置くには、現実がすべてとなる。

 現実。そこにある日常。みなさんはどんな日々をお過ごしですか?
 あと14日間ほど残された今年のカレンダーには目もくれず、2007年のことばかり考えてはいませんか? 今年はまだ2週間ほどあるのに、“来年はきっといいことありますように”と無責任な願いをかけたりしていませんか?
 
 親友はどんなときでもできるだけのことをする男である。深夜作業が続く毎日でも、起きてからではなく、眠る前に自分の頭の中にあるものを必ず書き出す。なんとかなるなんて絶対に思わないのだ。
 なんとかなるのではなく、なんとかする。これが日常に於けるもっとも大切で重要なことだと彼は言う。
 彼は続けた。『夢みたいなことが起こったから、もっと大変な毎日が起こりそう』
 2006年。あと14日間。
 みなさんはどうやって過ごしますか?



第2章・集結

 かおりさんからもらった水を一気に飲み干したヨウスケが一呼吸おいて話し始めた。
「青さんが竜宮(地名)の交差点で止まっとったら、"マフラーが五月蝿い"って車からヤンキーが2人出てきて、殴る蹴るのボコボコにされて、単車もわや(めちゃくちゃ)にされて、挙げ句に今病院におるらしい、って水口先輩に聞いたんだがや。先輩がみんなに教えろって言ったもんだで、おまえん等(ら)とかケイゾウ捜しとったんだがや」
 一気に捲くし立てたヨウスケはまた水を飲んだ。
 青さんといえば、3つ上の先輩で鉄馬(単車)を乗らせれば右に出る者がいないほどの腕で、喧嘩も負けなしの超シブイ先輩である。その青さんが散々な目に遭ったのだ。
 誰もが耳を疑い、自分がボコボコにされるよりも辛い心境に陥った。
 青さんとは、俺たちのプライドだったのだ。
「何〜!青さんがやられてまったぁ〜。ほんなわけにゃぁだろ、青さんは強えぞ」
 玉煎を喰いながらユウジが言う。
「ほんでもよー、2対1だったらわからんで」
 コテでお好みを切りながら俺がそう言うと、腕組みをして話しを聞いていたかおりさんが眉を吊り上げ口をひらいた。
「ヨウちゃん、アオキは何処ぞの病院におるんやね?それとどんなヤツ等にやられてまったんや!」
「病院は杉山外科やけど、相手ははっきり判らんし何処のヤツ等かも・・・・・」
 困り顔のヨウスケに「まあええ、私病院行くで。あんたん等も行くか?」
 かおりさんはエプロンをはずし、後ろで束ねた黒髪をほどいた。
「お母さん、ちょっと出てくるわ、この子ん達の分は私が払うで」
 どうする? 顔を見合わせる俺たち。
「行くんか、行かへんのかどっちや!」。かおりさんが一喝する。
 その迫力に圧倒された俺たちに許された言葉はひとつだけ。
「い、行きます」
 焼きそばを焼くおばはんにペコリと頭を下げ店の外に出てケッタに乗ろうとする俺たちに「私の車で行くよ、こっちおいで」と駐車場に向かうかおりさん。
 店の横の駐車場には真っ白の<コロナGT・通称コロG>があった。少し車体を落としアドバンの赤い三角ホイルがヤン姉を物語っていた。
 憧れの女性の車の横でもじもじしている俺たち。
「早よ乗りやぁ」。「失礼します」
 先輩がえらい目に遭わされているのに、どこかそわそわ落ち着かない俺たちは、遠慮気味に後部座席へ。狭い座席にギュウギュウ詰めの俺たちに、「1人前乗りやぁて、狭いやろう」とこれまた半ば強制的指導を受ける3人。
「お前行け」「いや、お前が行け」変なところで譲りあうのはガキのせいか。
「ユウジが1番大きいんやろう、あんたが前来やぁて」
 優柔不断な俺たちに苛立ったのか、かおりさんは思い切り重低音を響かせてクルマを出した。
 車内にはディスコソング(アリババ、モスクワ)が流れていたが、誰もそれを聴くでもなく、ほとんど会話も無いままに病院に到着。病院前には、クラウンや豚ケツローレル、230セドリックの4輪集団に、FX、KH、CB、ホークⅡ等の2輪集団が縦横無尽に停車していた。
 クルマを降りると「かおり〜、かおり〜」と怒声が聞こえた。声のする方を見ると、ドカジャンにストライプのスラックス、ドパンチパーマにグラサンの超悪人面の男が・・・
「ああ、マサシ。あんた元気?」と薄ら笑いのかおりさん。
 どうやらかおりさんの同級生らしい。
 かおりさんと同期ということは21歳だろうが、どう見てもおっさんでプラス顔面凶器の男であった。
「かおり、なんだぁそのガキんたは?」顔面凶器はくわえタバコを上下させながら俺たちをイチベツした。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように固まる俺たち。
「なにビビらせとるのマサシ、この子ん達は私ん達の後輩だがね。ほんで1番背の高い子はノリの弟だがね」
 かおりさんの一言でその男の表情がいくぶん柔和になり「ほうきゃぁ、ノリの弟と後輩きゃぁ。そりゃ悪かったなぁ、それにしてもええおべべ(服)背負っとんなぁ〜」とニヤリ。顔面凶器は笑っても怖い。
 そんなやりとりをしてる間に、病院前は族の集会のような人種と人数が集まっていた。4輪集団の面々はほとんど面識も無い人ばかり。2輪集団は1つ、2つ上の顔馴染の先輩達。いくら俺たちが最高学年(中3)でツッパッていても此処にいる面子にはとうていかなわない、というか大人と子供であった。
「こんちはっス」挨拶した相手は2つ上で絶大な力と人気があるモリ先輩だった。
「おうっ、おまえ等、元気しとるか?」極短パンチがシビレルほどカッコいいモリ先輩がニヤッと笑った。
「先輩、青さん大丈夫っスか?」心配顔の俺たちに「青ちゃんか?大丈夫や。ちょっと目の上切って縫っただけだて。そう心配しやぁすな」とヨウスケの頭を撫でた。
 それを聞いてひと安心した俺はかおりさんを捜した。かおりさんは4輪集団の輪の中でなにやらしゃべっていた。その輪の中から今度は、ドテラにジャージ、アフロヘアーの男が「モリ〜、モリ〜、ちょー来いや!」とモリ先輩を呼んだ。
「おう、ちょっと行って来るわ」先輩は俺の肩を叩きアフロ男のもとへ・・・
 俺たちの視線はモリ先輩の向かった4輪集団の会話や態度に釘付けになった。始めはにこやかだったモリ先輩の顔が次第に何か思いつめたような表情に変わり、やがてなにか決断を迫られたような苦渋に満ちた顔に変貌していった。
「どうしたんやろ?何言われてんやろ?」 
 ドギマギする3人。あーでもない、こーでもないとボソボソ話していると、
「よっ!坊主達どしたん、俺のお見舞いか?」
 振り向くと左瞼に大きなガーゼを貼られニコニコ顔の青さんが立っていた。
「こんちはッス、大丈夫ですか?」
「おお、ちょっとやられてまった。たいした事にゃぁよ」とにっこり笑う青さん。
 そんな青さんを見てホッとしていると「アオキ〜、アオキ〜、ちょー来いや!!」
とドテラを着た男が叫んでいた。その怒声に引き寄せられるように青さんは先輩集団の中へ・・・・・
 モリ先輩同様、青さんの顔も次第に強張っていった。
「なんなんやろなぁ?」「どしてまったんや?」
 俺たちの不安は募るばかり。
 そんな中、1つ上のヨシモト先輩が俺たちのとこへ近寄ってきた。
「おい、今日の夜皆に集合掛けろや。場所は消防署前のゲーセンや。ええか、なるたけ(できるだけ)人集めろ!時間は7時や、行け!」
 ヨシモト先輩の言葉の意味が解らないまま、かおりさんにペコリと頭を下げお好み焼き屋に戻る俺たち。
「どういう事やろ」「何があるんやろ?」
 頭の中は?だらけ。
 店の前に戻りケッタにまたがった俺たちは、連絡する奴の確認や分担を決め「じゃあ、後でな」と各々別れて行った。
 このときはまだ、とてつもない喧嘩に巻き込まれる事など知る由もなかった。
(続)



『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

『各駅停車と少年・辻本 』 (全二回)
〜後篇〜


午後3時すぎ。
交代の駅に電車が着き、
ドアを開けると僕の一日の仕事が終わる。
交代の車掌が、
「この、中学生知り合い?ずっと小池のこと待っているみたいだよ」
「おー、辻本!」
「今日は学校が早く終わったので、ここで待っていました」
「塾は?」
「今日は休みです」

急いで着替えてホームに向かった。
改札口では辻本が待っている。

「今日、中目黒に遊びに行ってもいいですか?」
「いいけど、電車賃あるのか?」
「ないです」
「じゃ、定期使えるとこまで電車で行って、そこから歩くぞ」
「それもいいですね」
「お金ないんだから、そうするしかないでしょ」

下北沢で降りた。
今時、古着を着てギターを担いでいる若者がいるのが下北沢っぽい。

「ね、下北沢好きですか?」
「あんまり降りる街じゃないな」
「ライバルの小田急が走っているから?」
「そう来たか」

ここから中目黒まで歩く。
軽く1時間はかかるだろう。
茶沢通りから淡島通りにぶつかった辺りで休みたくなってきた。

「な、コーラ飲まない?」
「え?コーラの代金120円を出すのなら切符代出して下さいよ」
「それとこれとは別なのだ。大体、僕は辻本の父親でもなく他人だぞ。
なんで辻本の電車賃を出さなきゃならないのさ」
「そりゃ、そうですね」
「じゃ、ここで休憩」
「休憩はいいですけど、ここでタバコは吸わないでくださいよ」
「俺は社会人だからここで吸ってもいいのだ」
「じゃなくて、この通りは学校の先生の帰り道なんです」
「わかった、わかった」


中目黒のアパートに着くと、
すっかり暗くなっていた。
辻本は僕の狭いアパートに入るなり、
「女っ気、無いですね」と笑った。
「シンプルな部屋と言え!」
「早く結婚してもらわないと困るんです」
「何でだ?」
「少子高齢化で日本がダメになります」
「少子高齢化と辻本のどこが関係あるのだ?」
「はい、少子高齢化が進むと、通学する鉄道利用者は減って、
鉄道会社への就職が狭き門になります」
「お前は鉄道会社に行かないで、お役人にでもなれ」
「それより、押し入れには何が入っていますか?」
「服と鉄道模型だ」
「鉄道模型をやりましょう」
「勝手にやっていいよ」

辻本は鉄道模型のレールを繋げて、
僕の白手袋をはめて模型を走らせている。
その間、僕は風呂に入るが、
半身浴をしている間に寝てしまった。

「あのー」
「むにゃむにゃ」
「死んでいるのかと思いましたよ」
「おい、今、何時だ?」
「7時です」
「他人様の家の電気が点いたら、家に帰るんだぞ」
「お邪魔した時から、とっくに電気は点いていましたよ」
「あのな、ここは日当たり悪いの。分かる?」
「じゃ、模型片付けます」
「いいよ、それは去年のボーナスで買ったドイツ製の模型だ。
壊されたらたまらんから俺がやっておく」
「じゃ、明日の7時20分に乗ります」
「たまには寝坊してもいいだんぞ」

僕は疲れ果てて寝てしまった。


翌日、7時18分。
何が入っているのか分からないが、
パンパンに膨れ上がったカバンを背負って、
辻本がホームで待っていた。
つかつかと僕のところにやってきて、
「昨日はお世話になりました」
「こちらこそ。もう発車だぞ」

車内に乗った辻本は生徒手帳を出してこう書いた。

「今日は何時に終わりますか?」
「3時すぎだ」
「心配しないでください。今日は塾です」

辻本は手帳をしまい、
漢字の教科書を出して、
こんな漢字を指差してこちらを見ている。

「嬢」

辻本は僕の表情を見てニヤりとしている。
「中学生と鉄道模型で遊んでいないで、
女性と付き合いなさい」という意味なのか?

辻本はその後、
すれ違う電車を見るために後ろを向いている。
僕も次の駅のアナウンスをすると、
車内に背を向け、過ぎてゆく風景をずっと見ていた。(完)



12月11日 今週の朝礼『忘年会』

 この季節になると風物詩とでも申しますか、当たり前のように忘年会が行われます。
 特別何をするというわけではなく、ただ酒を飲んで楽しくやりましょうというだけの話。どこに『忘年』といういう意味が込められているのかわかりませんが、とにかくこの国は年末のクソ忙しい時になると酒を飲みます。建前としては上司も部下もなく無礼講で酒を飲みながらコミュニケーションを計って翌年の仕事への意欲と換えようというところだと思うのですが、忘年会では必ずマイナス要素たっぷりの事件や発見が繰り返されます。
 事件とは、ろくに仕事もできない若い社員が、若さと体力だけを買われて酒をバンバン飲まされて、いい感じに出来上がってしまい、ロレツがまわらなくなってきたところで、課長や部長のことを“ハゲ”とか“バイアグラ”とか呼んで、その場の空気が一瞬冷ややかになるのですが、ハゲ呼ばわりされた次長課長が“いいんだよ、今日は無礼講だから”といって、出来た人間っぽく振る舞うものだから、余計に若い社員がツケあがって、次長課長のハゲ頭をぺんぺん叩いたりしたところで、次長課長の堪忍袋の緒が切れて、本気でつかみ合いの喧嘩になってしまい、若い奴はまだまだ将来の選択肢があるから“こんな会社辞めてやる!”とタンカを切るのですが、次長課長はここで会社を辞める(辞めさせられる)ようなことになったら一家心中ものだと、ふと我に返り、途中でバトルを断念するのがセオリーです。
 部下からは「○○次長って以外と熱いんだ」と軽く尊敬されたりするのですが、それを冷静に見ていた出納担当課長あたりから、事件の一部始終を役員に報告され、無礼講と銘うった忘年会で若い社員と本気でつかみ合いになるなど言語道断と厳重注意され、出世に黄色信号が灯るのが関の山です。
 一方の若い社員はといえば、ただ若い、未熟だということで、言葉による注意のみ。次長課長にしてみたら何とも分の悪い乱闘になってしまうことが多いので、絶対に喧嘩はいけません。
 次に『発見』ですが。これにはいろんなケースがあります。そのどれもが“え〜、知らなかった〜”系のもので、そのほとんどが芸を披露することによるものです。よくあるのが意外な人がマジックを披露して、それがまた抜群に上手くて、マジックのためのグッズや、中には網タイツ姿のアシスタントを用意している人までいます。
 マジックをする人の中には勤務態度がすごく真面目な人が多く、だからして突然目の前でマジックを始められると社員は唖然としてしまうのですが、常日頃からのその人のギャップがその芸をよりダイナミックで精巧なものに映し、一躍拍手喝采の大ヒーローになります。
 忘年会後の数日間は、部下や上司からもマジックを褒めちぎられていい気分で正月を迎えるのですが、年が明けると案外みんな忘れているもので、その妙技を覚えている人がいるとしても「忘年会はお疲れさまでした」程度の言葉しかなく、ちょっとがっかりしてしまったりするものです。
 本当は正月休みを利用して新しいネタを練習していたりして、チャンスがあればいつでも披露する心構えはあるのですが、年が明けたら明けたでみなさん忙しく、年末の隠し芸のことなんてどっかへ飛んでしまっていて、これぞほんとの『忘年会』という感じで、すごく寂しい気持ちになってしまうことを知っておいてください。
 さらに、マジックを披露した次長課長のグループの成績が落ちたり伸び悩んだりしていると、上司からは「マジックなんかやってるから成績が落ちるんだ」とお目玉を喰らうこともあって、忘年会でウケて一瞬嬉しい気持ちにはなるけれど、あとはロクなことにはならないので、いくらマジックが得意でも、会社のような理不尽で足を引っ張り合ったり罪をなすり付け合ったりするような場所では披露することを控えた方が身のためかと思います。
 さらに酒を飲むと性格が急変するようなとんでもない『発見』の場合は、即刻超マイナス査定、哀しみのアップグレードです。
 セクハラ、変態、マニアック、どれもこれも失速のマイレージがたまります。たまにある社員の変態っぷりを知って、“やっとワタシと同じ趣味の人、見ぃつけた”と予想外の幸福な発見がありますが、そんな場合はたとえそのふたりが結ばれても世間からは白い目で見られるのがオチで、犯罪を犯さないことを願うばかりです。
 みなさん気づいてくれましたか?『忘年会』とは名ばかりで、実は人を陥れようとするワナがみっちりと詰め込まれた悪魔の会なのです。
 間違っても忘年会で人気者になろうなんて気を起こさないように、注がれた酒だけをちびちび飲んで、注がなきゃいけない人にはぼちぼち注いであげられれば、それで忘年会という『仕事』は成就するのです。
 今年もきっとたくさんの犠牲者がでることでしょうが、それでもやるという人は、勝手にやって左遷されたり業績ダウンのいわれなき責任を負ってください。



『各駅停車と少年・辻本〜前篇〜』

『各駅停車と少年・辻本』(全二回)
〜前篇〜


この2年間、
僕は毎日同じ電車に乗務しています。
電車が駅に着くと、
いつもの顔がいつもの表情で、
新聞や携帯電話を片手に電車を待っています。

ドアが開くと、
お客さんは足早にいつもの指定席に座り、
新聞を畳んで読み始めますが、
いつもの指定席に座れなかった人は、
席が埋まった電車を降りて並び直します。

車内の様子を見てみると、
会計士のテキストを勉強する若手サラリーマン、
経済新聞持参なのに携帯に夢中な就活中の女子大生、
友達とジャレあう小学生、ゲームで対戦中の中高生、
昨日の酒が完全に抜けていない団塊サラリーマン、
髪を切ったOLなど、
いつもの顔がいくつもの表情で車内にいます。

そんな車内の日常風景をぼんやり見ていたら、
通学の子供達と目が合ってしまいました。
朝の通勤電車でこちらを見ていると言えば、
まだ心に余裕がある子供達ぐらいです。

中学2年生の辻本は途中駅から乗ってきます。
車内では僕の目の前に立ち、
生徒手帳の余白に鉄道の質問を書いて、
ガラス越しに筆談を求めてきます。

「○○系電車はいつ廃車ですか?」
「今、仕事中なんで、後で」
「今日は何時に終わりますか?」
「3時頃」

「後で」と、迷惑がっているそぶりを見せながらも
他のお客さんに見つからないように筆談するのは、
ちょっとした悪戯をしているみたいで、なんだかドキドキします。
そういえば昔、授業中に友達と筆談した事もありました。
辻本は筆談が終わると後方を凝視し、
すれ違う電車の番号を確認していました。


高校3年生の吉田は中学校時代からの顔なじみで、
地元の学校でいじめにあって登校拒否になり、
その後、私立に編入し、電車に乗ってくるようになりました。
彼も大の鉄道ファンですが、
電車の話は少しだけで、
父親とうまくいかない事や学校で起きたいじめの話をしていました。

「好きな電車に乗れるんだから学校は行かなくちゃね」
「今の学校はいじめがないんです」
「へぇ、なんで?」
「いじめられたやつしかいないので」

そんな吉田もいつの間にか高校3年になり、
就職試験を受けたそうです。

「JRと京王を受けたけどダメでした」
「そうかぁ」
「なので、就職せずに専門学校へ行きます。
そのために新宿のファミレスでバイトを始めるんです」
「偉いな。今までお母さんに小遣い貰っていたもんな。
ま、専門学校を卒業してからでも鉄道会社は受験できるしね」
「はい、次は受かるようにがんばります」
「じゃ、今度、ファミレスに顔出すよ」
「待ってます」
吉田は人混みの中へ消えていった。


僕と目が合うのは乗客だけではなかった。
ある駅前の小さな自転車屋の前では、
女の人が犬を抱いて誰かに向かって手を振っている。

よくよく見てみると、
その女の人は犬の散歩を兼ねて、
会社に行くご主人を見送っていたのだ。

まず、ご主人が電車に乗り込む直前に犬を抱きかかえ、
犬の腕を掴み一度目のバイバイをする。
ドアが閉まり電車が動きだすと、
二度目のバイバイをする。

腕を掴まれた犬は全く関係ない方向を見ているが、
尻尾は勢いよく振っているから嬉しそうだ。

そのうち奥さんはこちらにも手を振るようになり、
僕も手を振り返すようになった。

ある日の午後、
乗務員室の前でこちらを覗いている人がいた。

「7時42分の車掌さんですよね?」
「え?」
「毎朝、犬を抱いてバイバイしている者です」
「あっ、コーギーの....」
「でも、何でこんな時間に乗っているの?」
「え、ちょっと体を壊してしまって」
「あ、そうなの..お大事にね...。
でも、最近、あなたは7時42分に乗っていないわね?」
「はい、時間が変わって7時30分になったんです」
「そうなの..」
「ところで犬の名前は何ていうのですか?」
「ロンよ」

その後、奥さんとロンは7時30分に現れるようになった。
つまり、ご主人も7時30分の電車に乗ることになったのだ。
家族でどのような会話があってそうなったのだろうか。


昼食を食べて午後の乗務。
小学生達が学校から帰ってくる。
自由奔放な教育をする学校の子供達が乗ってきて、
さんざん車内をかけずり回った後、
こちらにやってくる。

「おっ、小池さん」
「宿題出た?」
「出ないよ」
「他の人の迷惑になるから静かにしろよ。
あと、網棚には登るな」
「わかったよー」

子供達は前の車両に走って行ってしまった。
すると、僕らの一部始終を見ていた、
別の学校へ通っている子供達がこちらへやってきた。

「車掌さんとしゃべってもいいの?」
「いいんだよ。今日は宿題出た?」
「宿題?塾が始まる前にやっちゃうよ」
「ふーん、そんでいつ遊ぶの?」
「塾が終わってからコンビニの前で遊ぶよ」
「それって何時頃?」
「夜10頃だよ」
「僕は夢の中だよ」
「大人なのに寝るの早いよ」

夜の10時にならないとこの子たちの各駅停車は発車しないのか、、、、
僕は少し重い気持ちで車窓を眺めた。(続)




2006/12/18

12月18日 今週の朝礼『日常』

2006/12/15

第2章・集結

2006/12/14

『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

2006/12/11

12月11日 今週の朝礼『忘年会』

2006/12/07

『各駅停車と少年・辻本〜前篇〜』
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