Vol.4 「タケダテツ語の巻」
鎌倉・小町通りでタケダテツ。
「わんわん」のぬいぐるみを抱く
これは「かぁー」。まみ画伯作


 タケダテツは今、1歳半なので、まあまあしゃべる。
 1日のうちで、たぶんいちばんたくさん口にするのは「は!」という単語。基本的には、何かを発見したり、何かに注目したりするときに発することになっているみたいだ。「は!」と言いながら、指をさす。たとえば、家のベランダにハトが飛来したのを発見したとき、ごはんの用意がされていたとき、テレビの画面にストレッチマンが登場したとき。
 発見したバージョンの「は!」はわかりやすいのだけれど、注目バージョンの場合、一応きちんと指をさしているにも関わらず、いったい何に注目しているのかがさっぱりわからない。さす位置がめちゃくちゃ微妙。カーテンを留めるやつとか、タバコのビニールの切れ端とか、石垣についてる排水溝とか、バスで隣に座った人の水筒とか、壁とか。
 タケダテツの父と母はめおと会議を開いた。議題は「いったい何を指さしているのか」。結論、「わからない」。わからないけれど、たぶんシックス・センスであろうということになった。父にも母にも見えないけれど、きっとこの世の中には、霊とかそういうヤツがおるんだろう。少なくとも我が家のカーテンを留めるところにはいるのだ。あと、タバコのビニールの切れ端にも。とてもコワイ。

 現在、確認されているタケダテツ語は以下の6種。(1)「は!」 (2)「わんわん」 (3)「がーがー」 (4)「かぁー」 (5)「ぱぱ」 (6)「でった」。
 このうち、(1)は前述のようにシックス・センス。で、(2)〜(4)が動物だ。順に、イヌ・アヒル・ネコをあらわしている。散歩中にイヌに出くわすと、タケダテツは鬼の首をとったかのように「わんわん」と叫ぶ。勢いあまると「わんわんわん」と言う。ドナルドダックは「がーがー」だ。ものすごくウィスパーボイスで言う。なぜネコが「かぁー」なのか父にも母にもわからない。ネコを見るたびにさんざん「にゃー」って教えても「かぁー」。たぶん“に”が発音できないんだと思う。だからといって、なにも“か”である必要はないと思うんだけど。
 絵本を指差して「これなあに?」とかって質問すると、タケダテツはだいたいの雰囲気で分類する。馬は「わんわん」でライオンは「かぁー」、カモノハシは「がーがー」だ。ヤツにとって、世の中に動物は3種類しか存在しない。
 問題なのは(5)。何か知らんが、ヤツはこのひとことで3つの単語を表しやがる。「パパ」と「ママ」と「パラッパ」だ。「ぱぱ」が「パパ」で「ぱぁぱぁ」が「ママ」で「ぱっぱー」が「パラッパ」。しっかりと聞かないと区別できないので、注意されたい。っていうか、どうでもいいことなんですけどね。
 (6)は、なにかものごとを成し遂げたとき(頭が洗えたとか歯が磨けたとき)に言うのだけれど、彼がこの語を発するとき、成し遂げているのは、大抵タケダテツではなく父か母だ。それでもテツは「でででででったぁ」と自慢げに言う。“で”の数はなぜかは知らんが、日に日に増加の傾向にあるようだ。
 タケダテツ、近頃では、あらぬ方(カーテンとか壁とか、以下略)を指差して「わんわん」とか「がーがー」とか言う。
 動物霊なのだろうか? わが家には動物霊までいるのだろうか?



Vol.3 「NHK教育テレビ、ストレッチマンの巻」

海に興味津々のタケダテツ。


 朝起きると、タケダテツは寝室を出てテレビの部屋まで行って(フスマ1枚隔てただけだけど)、スイッチ・オン。今まで寝ていたのがまるで幻かのようにスイッチ・オン。ヤツの辞書には“寝起き”という言葉はない。数字が読めずリモコンが使えないので、テレビ本体のボタンを押して3チャンネルに合わせる。ときどき間違えてボリュームのボタンを押し、音量35ぐらいになってびっくりして泣く。
 で、ともかく数字を3チャンネルに合わせたら、寝室に取って返し、うつぶせになって眠る父の髪をつかんで頭を持ち上げては、枕に叩きつける。かくして、父は、エヌエイチケー教育テレビを観なくちゃいけなくなる。
 ホントは『クイズママダス2002』とかを観ながら、「今日の主婦はなかなかエロいぞ」あるいは、「キッツイな〜」と心の中でつぶやきたいのだが、テレビ画面では、黄色い全身タイツの男が「ストレッチパワー!」とシャウトしていたりする。
 『ストレッチマン』だ。
 タケダテツは『ストレッチマン』が好きだ。ひょっとしたら子供番組の金字塔『おかあさんといっしょ』よりも、少し小さい子供番組の金字塔『いないいないばあ』よりも好きかもしれない。観ながら「は!」とか「ほ!」とか指差しているが、黄色い全身タイツの男が子供たちと一緒にストレッチをしているだけだ。どこに“は!ポイント”があるのかはまったくわからない。
 『ストレッチマン』は普段は宇宙にいるようだ。そこから毎回、養護学校に出勤していく。怪人(中身は各学校の先生。着ぐるみは手作り、しょぼい)が現れるから。怪人、マジでコワイと思う。先生が、ヘンなビニールひもとか段ボールに色塗ったのとかを身につけて暴れるのだ。「ウヘヘヘヘ」とか「エビエビ〜」とか叫びながら。
 生徒たちにしてみれば、「謎の怪人が来た、キャ〜」ではなく、「先生、どうして!?」って思うはずだ。昨日まで優しかったあの先生が、なんであのヘンな格好で!? なぜの嵐。おまけに黄色全身タイツのヘンなヤツにやっつけられてしまうわけで。それでいいのか、ストレッチマン。怪人に扮した先生は、収録終了後にきっと生徒たちにこう思われるのだ。
 「なんかあの先生ヤバイから、あんあmり近づかんようにしようぜ」。
 そんなこんなで、エビだか日韓共催記念ワールドカップ怪人(「騒ごうぜ〜」って言ってた。サッカー観ながら騒ぐことの何が悪いのか)だかに扮した先生は、生徒の人望を失うのだ。教師の間でも「○○先生はちょっと調子に乗りすぎましたな」とか言われて孤立。彼の手元に残るのは、ストレッチマン出演記念ビデオと、しょぼい着ぐるみだけだ。彼はやがて教師をやめ、しかたがないので家庭内で怪人に扮する。あきれ果てた妻子は彼の元を去る。しょぼい着ぐるみを身にまとったまま、彼は酒におぼれ、日に日に精神に異常をきたしてゆく。自分が元教師なのか本物の怪人なのか、わからなくなってくるのだ。そしてうす汚れた着ぐるみのまま、夜ごと街を徘徊するエビだかワールドカップだか怪人……若く理想に燃える教師の一生を台無しにして、それで満足か、ストレッチマン。顔がおっさんだぞ、ストレッチマン。ガレッジセールのゴリにちょっ似てるぞ、ストレッチマン。
 なぜそんなストレッチマンが大好きなんだ、タケダテツ!



Vol.2 「いじわるみーちゃんの巻」
こんどはみーちゃん、
タケダテツを海に
つきおとそうと・・・・
いん石のような後頭部も
まあまあ丸く。


みどりがおか公園に行くと、みーちゃんがいた。誰か来たよーと言いながら、おばあちゃんを振りほどいて駈けてくる。みーちゃんとは初対面で、当然名前も知らなかった。が、すぐに知ることになった。知りすぎるほどに。
 父がタケダテツを緑色のベビーカー(スヌーピーハンドルつき)から下ろしたとき、みーちゃんははっしとテツ号に取り付き、こう叫んだのだった。「みーちゃんの!」
 それは赤ちゃんのでしょ、と言うおばあちゃんを無視してみーちゃんは言った。
 「みーちゃん、ベビーカーのる」
 タケダテツはすでに別のものに心を奪われていたので、みーちゃんがテツ号に乗ろうがどうしようが構わない。彼は、公園に転がっていたアンパンマンの付いた手押し車に向かってテクテクと駆け出していたのだ。そのとき、黄色い悲鳴がした。
 「みーちゃんのぉぉーっ!」
 みーちゃんは疾風のようにアンパンマン号にまたがった。タケダテツは、一足遅かった。あーとかばーとか言いながら、アンパンマンのアタマをツルツルとなでさするに留まった。みーちゃんは、クルマをブンブン振り回してタケダテツを振りほどいた。
 それはホントにみーちゃんのだ。もうみーちゃんとは関係ないところで遊ぼう。持ってきたアンパンマンボールを、「ボールぼーん」と投げた。タケダテツはテケテケと追いかけてゆく。それを一瞬にしてぶっちぎっていく3歳児の影。「みーちゃん」の声がドップラー効果をおこす。次の瞬間みーちゃんはアンパンマンボールをおばあちゃんのもとにタッチダウンしていた。
 
 犬の散歩のおじさんが来た。大喜びで犬の顔面をまさぐるタケダテツをはじき飛ばして「みーちゃんの」。ハトが3羽舞いおりてきた。「みーちゃんの」。ブランコもすべり台も砂場も「みーちゃんの」。
 また遊ぼうね。みーちゃんはそう言って、帰っていった。もうやだ。



Vol.1 「水没の巻」

タケダテツ、水没1秒前。この後、火のついたように泣く。


 夏のある日のこと。六甲アイランドというところに行った。阪神淡路大震災の頃には、とても液状になってしまった人工島だが、今はそんな名残りは全然ない。実は結構な高級住宅地であったりする。
 いちばん栄えているのはアイランドセンター駅で、こおはシェラトンホテルやショッピングセンターなどがある。タケダテツたちの目的もここだった。ちょうどやっていた超バーゲンでかっちょいい冬物をゲットしたタケダテツは、ちょうどやっていたお祭りを見ていくことにした。
 これがもうなんというか、ガイジン祭。六甲アイランドには外資系の企業が多く、外国の住人も多い。そういうきんじょの人々外国人が、わざわざ屋外の噴水の周りにテーブルを出してきて陽気に談笑している。露天もいっぱい出ている。彼らはビールをガブガブ飲みながら、オーイエーとかノーキディングとかユー・エス・エー!ユー・エス・エー!とか言っているのであった。
 ふと見ると、噴水(といっても複数の池を水路でつないだすげえ立派なやつです)のあちこちで金髪の少年少女たちがちゃぶちゃぶと水遊びをしている。ユー・エス・エー!とか言っている。
 とても楽しそうなので、タケダテツを入れることにした。海パンもなんもない。おむつ一丁だ。
 つかまったり上がったりする用の岩がごろんごろんと置かれた浅瀬に、ときにはなってみた。
 タケダテツは座って、じょじょにおむすを浸食してくる水を興味深そうにじっと見つめている。ばちゃんばちゃんと水面を叩き、が案面をびしょ濡れにする。「ホーッ」と叫んだかと思うと、やおら一回転してハイハイを始めた。やがて岩の一つを手がかりに、ガシッと立ち上がった。バハハと笑った。
 そして後ろ向きに倒れていった。笑顔でゆっくりと仰向けに水没していくタケダテツ。目を開いて、両手はバンザイの姿勢。アホみたいににこやかなままの口元と鼻から空気の泡がぶくぶくと出る。以前として笑顔。ちょっと『ダイ・ハード』に似ていた。1の終わりの方で、テロリストの親玉がビルから落っこちていくシーン。とかいうようなことを思いながら観察していたこの間、おそらく2秒。
 抱き上げた2秒後、タケダテツは爆泣し、背筋に悪寒のようなものを感じて振り向くと、タケダテツの母が鬼の形相でこちらを見ていた。



Vol.0 「タケダテツ登場!の巻」

神戸の実家から、タケダテツ届くの図。宅急便で。


 彼の名前はタケダテツ。俳優の渡辺哲からとりました。たぶん50代の、凶暴なコアラみたいな顔をした役者さんで、別にファンだとかそういうことは何もない。なんだか、大層な名前を付けない方がイイと思ってた。名前って、両親の「こういう人になってほしい」という願いgかなり込められてるものなわけで。
 大らかに育って欲しいから大地とか、金持ちになって欲しいから金男とか。「そうなってほしい」ということは、わが子が「そうじゃない」と親が認定するような気がしてしょうがなかったので、あえてファンでもないコアラ俳優の名前を頂きましたとさ。
 タケダテツが登場したのは2000年10月22日のことだった。ちなみにイチローと同じ誕生日。産婦人科は神戸。ボクが病室でニュースかなんかを見ていたら、電話が鳴って、看護婦さんが生まれましたと言った。夕方だった。この時点では、まだ“武田家長男”という名前だったけれど、ボクは同じセリフをグルグルと繰り返しながら階段を下りていった。あ、エレベーターだったかもしれない。こんにちは、タケダテツ、父です、よろしく。こんにちは、タケダテツ、父です、よろしく。
 ブンベン室のドアを開ける。
 タケダテツはヘンな台に乗せられて、ホースで羊水その他の液体を吸い取られていた。コーンヘッズみたいな後頭部だった。産道の途中で逆回転して詰まったので、お医者のトムラさんが産婦人科医専門掃除機で、ブイーンと吸引したのであった。頭にネットのようなものをかぶされたタケダテツは伊丹十三みたいだった。
 キミのためにますます父はがんばるぞとか、世界中のすべてがキミの敵になっても父だけは味方だとか、ああなんて幸せなんだとか、それにしてもおなかが空いたとか。いろいろなことを思った。ぐるんぐるんと次々脳の中に現れては、マッハで消え去っていった。ずっと残っていたのは「ふ〜ん」とか「ほお〜」とか「なるほど」とかいう、シンプルな単語だけ。
 「うれしい?」。タケダテツの母が僕に聞いた。
 ボクは即答した。「うん、面白〜い!」。
 まったく質問の答えになっていない。まったく何が面白いんだか。当の本人は、そんなこと言った覚えは全然ないのだが、しっかりビデオに収められていた。ちょっと上ずりぎみの声で「面白〜い!」。
 そんな風にしてタケダテツはこの世に登場した。




2006/08/18

Vol.4 「タケダテツ語の巻」

2006/08/18

Vol.3 「NHK教育テレビ、ストレッチマンの巻」

2006/08/18

Vol.2 「いじわるみーちゃんの巻」

2006/08/18

Vol.1 「水没の巻」

2006/08/18

Vol.0 「タケダテツ登場!の巻」
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