〜一回生の章〜 拾壱
俺達は初陣となる春季大会を明日に控え最終練習に心血を注いだ。この日は顧問のクマさんも練習に顔を出し、俺達よりもあの二人がふざけないか監視していたようだ。
「集まれっ」。体育館階段に鶴翼に広がっていた俺達はクマさんの号令で急いで横隊の陣をとる。この時のヨシダの動きがワザトラマンエースだった。クマさんまで僅か2、3メートルの距離なのに姿勢を低くしダッシュするのだ。しかも歯を食いしばって。ガキのかけっこでもあるまいし。一番乗りで列んだヨシダの顔は『プロ野球スナック』でホームランカードが当たった時の成績の悪い小学生並みの誇らしげな顔をしていた。
整列した俺達にクマさんから明日の予定や注意事項が告げられた。
「え〜、明日の試合は熱田球場で開始は朝10時、相手は名電。たぶん向こうは応援団が来ない(名電には正式な応援団が無かった)が、かと言って力を抜いた応援は許されない。OBの先輩方も沢山来られるようだから母校の勝利に向け一生懸命やってくれ。一年生は初めての試合になるが間違えても慌てず大きな声で応援するよう。いいな!それとヨシダ、オオツカ。おかしな学ランは禁止だぞ!特にオオツカ、聞けばマントのような学ランを着てるそうじゃないか、そんなものは論外!見つけたら切るぞ。いいか!そしてヨシダ、お前身体がデカイからといって大きいサイズの学ランを買ったら丈も長かったなどとくだらない事言うんじゃないぞ。決められた制定服で来いよ!」
図星の二人は苦笑いを通り越し顔面を引き攣らせて乾いた歯茎に唇が引っ付いて離れなくなっていた。
「それと誰か明日学校に来て太鼓と団旗をタクシーで球場まで運んでくれないか?一人じゃ大変だから二人で」
クマさんの問いに二年のナカシマが挙手した。
「押忍、自分が学校から一番家が近いので一年のウシダと運びます。押忍」
突然の指名に戸惑うセイゴ(ウシダ)。しかし仕方がない。なんせナカシマとセイゴはおな中だから。クマさんからタクシーチケットを受け取り伝達事項が終わった。練習もここで切り上げ部室へ。長椅子にセイウチの様に横たわるヨシダが翌日の連絡事項をおさらいする。
「明日は9時に熱田に集合だぁ〜。球場横に俺に無断でデカシタ(造った)断夫山古墳(だんぷやまこふん)ちゅう原始人の墓があるでその下のベンチ前に集まれや。分からん奴は地図で調べやぁせ」
そこでヨシダはタバコを一服。オオツカはマント学ランがバレている事にうろたえ、タバコを吸うどころかシガレットチョコレートのようにかみ砕いていた。
「よし、きゃぁるぞ!」。毎度ヨシダの気まぐれな号令に帰り支度を急いだ。グランドでは明日の試合に備え野球部が金属音を響かせていた。
明けて当日。鏡の前でソリと眉毛を整えていると「何時からやねん」と親父の声。剃刀と毛抜きを駆使しながら「10時」と面倒臭く言うと「見に行ったろか」と予期せぬ言葉。「学芸会でもあるまいし、来んでええからな」の模範解答に「さよかぁ」と笑う親父。
次いで玄関で慌てて靴を履いていると「あんた気張りや」と言う声とカン、カンと乾いた音が耳に響いた。振り向くとお袋が石を擦り笑ってた。ヤクザの出入りじゃあるまいに。
「ほな行って来るわ」
俺はバスと地下鉄で球場へと向かった。
球場の最寄り駅で地下鉄を降りると老若男女の人の波、波、波。出口が分からない俺はその人波について行った。
地上に出てしばらく歩くと熱田神宮公園の看板と共に『春季高校野球愛知大会』の横断幕が目に入った。その幕をくぐり奥を見るとバックスクリーンが見えた。先程の人の波はみな球場へ向かっている。俺は指定された古墳を探すも見当たらない。青々と繁る木々のトンネルを進んでいくと、ようやく数人の団員の姿を見つけた。
「お〜い」。タイチ、マコト、マサトの港三銃士が手を挙げて俺を呼んだ。「早いな、で古墳てどこよ?」。俺の問いに「この後の山が古墳らしいわ」とマサト。「へぇ〜」大阪にある古墳と比べると小さいが目前にある古墳だけはスケールがデカかった。そうこうしながらベンチ前でぶらぶらしてるとセイゴが走って来た。
「誰か太鼓と団旗運ぶの手伝って」。国道に止まっているタクシーにダッシュする俺達。そこに背も無い、目も無い、華も無いナカシマが“テメエラ遅いぞ”とばかりに仁王立ち。しばらくすると残りの一年と二年が到着し古墳下ベンチ前であの二人を待つ事に。俺達の前にはまだ途切れない人の波が続いている。そしてその人の波は俺達を好奇の眼で見ている。
「押忍!」。突然ナカシマが大声を張り上げ挨拶をした。
はっ? 誰に? 何処に?。辺りを見渡すも人波で何が何だか分からない。ただその一般ピープルの彼方から異様な雰囲気が近付いて来ることだけはこの一ヶ月の訓練で感じられた。
あの二人か?。予感はノストラダムスやサイババよりも的中した。一歩が5ミリの女中歩きのヨシダと一歩が百歩のガリバー歩きのオオツカの登場だ!
パンピーは恐れて道を空ける。完全にヒールや、世界最強タッグのブッチャー&シーク組より完全に弱いし華もないが、二人は“今この瞬間は僕たちだけのステージ”と言わんばかりに派手に威張って歩いていた。
「おう、揃っとるきゃ。いざ出陣といきゃぁすか!その前にヤニッ!」
しばらくするとクマさんもやって来た。試合開始30分前、俺たちはクマさんに引率され正面口から球場へと入った。古い球場だが愛知高校野球のメッカだけあってズシリとした歴史を感じる。
このおんぼろ球場の冷たいコンクリートの階段に一歩足を踏み入れた時から俺の真の団長への道が始まった。
これから二年半、幾度となく上ることになる階段。もちろん団長として上がる階段になろうとはこの時は微塵も考えていなかった。というよりオシッコに行きたくて堪えられなかった試合直前であった。
<続>
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