団長への道 ~特別編~

 今回は、先に行われた〔第91回全国高校野球選手権大会〕に於いて7度目の“全国制覇”を達成した、母校中京大学付属中京高校の栄誉を讃え、

“団長への道・飛翔~遥かなるアルプス”

としてお送りします。




「サードライナー!!、壮絶な試合にピリオドがうたれました~!!」

絶叫するアナウンサーの声。この瞬間母校の43年振り7度目の優勝が決まった!


 平成21年8月8日、全国4041校の頂点を目指し第91回全国高校野球選手権大会が開幕した。母校は愛知大会6試合で64得点という超破壊力打線を引っ提げ挑む大会。注目は花巻東の菊池、その怪物を倒すべく抜きん出た優勝候補がいない戦国大会。
 8月12日、雨で2日順延になったが母校の甲子園が始まった。俺達は今年初めて揃いのTシャツを作り甲子園に乗り込んだ。春の選抜時にはまだ完成していなかった新しい甲子園が全容を現し俺達を迎えた。ベージュ色の煉瓦タイルの外装は大リーグのオールドスタイルの球場を思わせる。蔦が絡まった壁が懐かしい。そんな甲子園が用意したのは一回戦屈指の好カード対龍谷大平安戦。母校同様に大学付属となり校名が変わったが、オールドファンには堪らない、中京対平安戦である。試合は5-1で母校が勝利、甲子園に5年振りの校歌が流れた。俺はというと愛知大会初戦同様、高速の事故渋滞で試合に遅刻。得点シーンは車中で観戦という失態だった。

 8月17日、2回戦対関西学院戦。
 地元校であり70年振りの甲子園勝利に湧く相手アルプスいや甲子園球場。3塁アルプス以外は関西学院ファンという超アウェー状態。試合もシーソーゲーム。9回表同点に追いつかれた。俄然盛り上がる甲子園。9回裏先頭打者2番國友が三振に倒れた。次打者は強打者河合。県大会からのバッティングは健在。両アルプスの応援がヒートアップする。そんな中、河合が初球を叩いた!「カキーン」乾いた金属音と共に白球が左中間に飛んだ。低く早い弾道の白球が左中間フェンスに直撃しグランドに戻った!?「走れ~、走れ~!」アルプスから絶叫の声が…。その時、2塁塁審が右手をぐるぐるとちぎれんばかりに回していた!「ホームランか?!ホームランやっ!!」狂乱する3塁アルプス、抱き合い叫ぶ仲間達。河合の打球が早過ぎてスタンドに入りグランドに跳ね返ったのが見えなかったのだ!こんな劇的な勝利は未だかつて経験した事がなかった。自然と溢れる涙を抑え予選から全試合観戦してきた親友のシンカイとがっちり握手した。2度目の校歌は感激ひとしおであった。

 8月20日、3回戦対長野日大戦。
 この日、平日にも関わらず母校のアルプスは満員。俺の携帯も平日なのに鳴りっぱなし。「ニシやん、頼むから勝たせてくれ」と養老タケシが言えば、「栄ちゃん頼む!」と親友オオサワが言う。メールも同様のものが多方面から入った。それもそのはず、初戦が雨天で2日も順延になったためにお盆に観戦を予定していた者達が未だ甲子園に来れていない。せっかく作ったTシャツも着れないでいる。Tシャツ作製提案者のナオマサもしかりだ。俺はそんな奴等の思いを胸にアルプスに陣取る。母校はその日も先制。5点先制で少し気が緩んだか5回に追いつかれる。春の選抜のままのチームならどうなっていたか分からないが、報徳学園に敗れてから精神的に進歩したチームはそれを跳ね返しその後12点を奪い、15-5の圧勝、準々決勝に駒を進めた。

 8月22日、準々決勝対都城商戦。
 名神高速も4日目の走行になると甲子園が近く感じて来たと同時に深紅の旗も近づく気がした。そんな名神高速を走る朝一本の電話が…。「ああ、僕だけど今日は僕の母校とですね、よろしくお願いします。でもね問題があって…もし都城が勝ったら大変なんよ。勝てば6000千万いるのよ、だけど現在3000万しか集まってないの。寄附が集まらない…。まあ多分中京が勝つから、お互い頑張って応援しましょう!」電話の主は後輩の九州男からだった。公立校の切なる悩みが漏れてきた。母校の資金は豊富だろう。甲子園が2ヶ月続いたとて大丈夫。そんな小さな物語がある中甲子園に到着。
 ここまで勝ち進むとチケットの入手が困難になる。しかし俺達には毎試合チケットを苦労して入手してくれるジンノがいた。試合前日に母校へ出向いて並び、人数分を買って来てくれていた。チケットはどうにかなる、しかしどうにもならないのが座席である。俺はこの日、親友のフトシとアルプス入場門最前列に並んだ。試合開始2時間30分前の事。3塁側アルプス入場門に続々と人が押し寄せて来る。土曜日とあって同級生や先輩後輩も多い。俺とフトシの少し後ろに野球部OB達の姿も見えた。前の試合が終わり入場が始まった。狭い門に数千人が押し寄せる。小さい子供達は息も絶え絶えだ。俺とフトシ、合流したセイジは座席確保にダッシュした。前試合の応援団が退場するのを待ち空いた席にカバンやタオル、ペットボトルにライター、タバコと貴重品以外の物を置き席を取った。50~60人分は確保しただろうか…。そこへ仲間達や先輩後輩が次から次へとやって来る。そんなみんなはあのTシャツを来て嬉しそうだった。試合が始まった。またも先制する中京ペース、途中1点差に詰め寄られるもきっちり駄目押しして、6-2で勝利!4度目の校歌が流れた。あと二つ。26年前の夏、俺達もこの場所までは来たのだ。しかしあと一歩で広商に決勝への道を絶たれた。次はあの花巻東。エース菊池の調子が悪いと聞いたが選抜準優勝校。油断は出来ない。

 8月23日、準決勝対花巻東戦。
 甲子園へ向かう名神高速には花巻東応援団のバスが沢山走っていた。「何時間かかるんや?大変やな…」この日も3塁側アルプス入場門のほぼ最前列に並んだ。フトシにセイジ、あのアナコンダ先輩にゴリラ先輩も…。第一試合は県岐商対日本文理。心情的には県岐商との決勝を望んだが…。帝京、PLと優勝経験のある強豪校を倒し力尽きたのか、惜しくも惜敗し甲子園を去った。決勝の相手は決まった!日本文理だ。相手はどこでも同じ、その前に目前の花巻東に勝たなければならない。
 アルプスの門が開いた!前日にも増して観客が溢れ我先にと階段を駆け上がる。3塁側アルプスにはまだ日本文理の応援団や観客が多数いた。勝った余韻と甲子園を楽しむかのようにのんびりしている。俺達はいつも陣取る場所へ向かった。そこには日本文理と書かれた鉢巻きや帽子を被ったOBやファンがのんびり座り込みバックスクリーンやグランドを眺めてる。甲子園のアルプスのルールを知らんようだ。俺達揃いのTシャツを着た軍団がその団体を囲んだ。ぐるりと囲まれた日本文理の団体はまるで四面楚歌状態に顔色を無くす。「中京さんが来た、中京さんが来た。早く席を空けないと」還暦ぐらいの男性があわてふためき席を立つ。それに合わせ周りの連中も一目散に退場して行った。新潟県の人達ですら中京を知っている。

 余談だが一回戦観戦中、何故か次の試合の横浜ナンチャラ高校の若いOB達がアルプスに多数いた。喫煙ブースへ煙草を吸いに行くとあの阪神タイガースもどきのユニホームを着た若造達が地べたに座りモニターを怠そうに眺めていた。その中の一人が「中京って何処よ?強いの?知ってっか?」と仲間に言った。余裕でヤニかましながら(煙草吸いながら)横にいた仲間はニヤニヤしながら「知らね~し!聞いた時ね~し!」と鼻から煙を出しながら…。そんな有り難いお言葉を聞き逃すはずがない!俺と一緒に煙草を吸っていた野球部OBヨゴウの顔が引き攣った!「おう、なんか言っとんな~ニシやん!」わざと若造達に聞こえるようにヨゴウが言った。「おうよ、知らんらしいわ中京を。舶来の人きゃ?」ブース内には中京のオールドファンやOB、後輩達が多数いた。俺の一言に気付いた人達が阪神もどき達を睨んだ。若造達はただ事ではない雰囲気と殺気にフリーズし無言の恫喝はそいつ達を恐怖のどん底へ招待した。横浜ナンチャラ高校よ、甲子園初出場おめでとさん、激戦区神奈川を勝ち抜いた事は大儀であった。だがな、聖地甲子園には暗黙のルールがあるんだよ。分かったか!新参者が吠えたらかんわ…。公の場だが母校を軽視した事と名誉のために言っとくわ!「100年かかっても我が母校の戦歴には勝てんわ!」


 ああ、スッとした。
 話を戻そう。


 ほぼ満員のスタンドが両校の登場を待っていた。うぐいす嬢の先発メンバー発表にどよめくスタンド。菊池の名前がスタメンに無いのだ。よほど調子が悪いのだろう。だがそれも時の運、武運である。決勝に立ちはだかる壁を破る試合が始まった。母校はこの日も先制、不調のエースを引きずり出すのに時間はかからなかった。不調の菊池も懸命に投げたが今の中京の勢いは誰にも止められない!9回表、11-1のスコアを誰が予想したか?あと一人…あと一人で壁を越えられる。そう思うと涙腺が決壊し唇が震えた…。接戦覚悟のこの日、試合前にゴリラとアナコンダと俺はある相談をしていた。「終盤試合がもつれていたら、応援歌や。儂が先陣切るで後はキョーデェーとエイイチで頼むぎゃ!」ゴリラが雄叫びをあげた。
 しかし試合は予想外の展開。最終回にゴリラから出た指示は「まっ、今日はえっか!楽勝だでな、はっはっはっ!明日、明日や!明日はめっちゃくちゃやったるがや!」と…。グランドでは最終打者が倒れ試合が終わった。整列を終え母校の今大会5回目の校歌が流れ出したと同時に俺は悪魔二人の間をすり抜けアルプス席に立った!「おい、エイイチ!お前…」後ろでゴリラが言った。俺は先輩を無視して校歌団長エールを振り始めた。止められても、恫喝されても殴られても俺はエールを止める気が無かった。俺にとっては明日じゃない、26年前ベスト4を勝ち抜いたエールを振れなかった思いがある。決勝じゃない、準決勝で勝ってエールが振りたかったのだ。
 涙が頬を伝う、足が震える。俺が振りたくて振れなかったエールを43歳になった今現実に振っている。校歌が終わった…。感無量の俺は俯いたまま顔があげれない。しかしまだやる事がある…。悟られてはいけない。「やってまったきゃ」ゴリラが笑う、横で優しく頷くアナコンダ。アルプス前に選手達が並んだ、43年振りの決勝進出に笑顔が輝いていた。俺の周りで仲間達がガヤガヤしてる。その内容は明日の決勝は月曜日、仕事で来れないという嘆き節。

 そんな一人オオサワが「えーちゃん、明日来れんで応援歌やってくれ…」と言った。周りもみんな囃し立てる。だが命令無視で校歌エールを振りこれ以上の事をやると流石の悪魔二人も…と思った。しかし校歌エールを振った以上観客に礼と明日決勝を戦う選手達にエールを振らなければ失礼だ。“明日じゃない。俺は今日の為に、今日エールを振る為に卒業以来27年母校を応援して来たんだ。やろう。決勝へ向かう若武者達に”俺は再びアルプス席に立った。アルプス上段を見上げ「中京ファンの皆さん、本日は御声援ありがとうございました。明日の決勝戦も御声援よろしくお願いいたします!」万雷の拍手と仲間からの「よう言った!」の声が…。その拍手と歓声にアルプスの注目が集まった。“さあ、どうする?やるか、止めるか”一瞬の迷いはあったが団長という性が体をグランドに反転させた。「いくどぉ~!中京高等学校の~明日の全国制覇を祈って~。フレー、フレー、ちゅうー・うー・きょーうー、押忍!」「フレフレ中京、フレフレ中京~!」アルプスが一体化した。抱き着いて来る奴、握手して来る奴、肩を叩く奴。俺はもみくちゃにされながら号泣した。若いOBから“ニシオコール”まで起きた。アルプス全体からもらった拍手が今でも耳に残る。帰りの運転中も涙が溢れ鳥肌が立つほどだった。

 翌日。母校は大接戦の末、43年振りに深紅の大優勝旗を手中にした。遂に念願の全国制覇を成し遂げたのだ!決勝ではエールを封印した。今度いつ決勝に勝ち進むか分からない。しかし俺は準決勝での勝ち名乗りを目標に来た。一気に決勝でのエールはおこがましい。正規の応援団として甲子園最後の団長、甲子園10勝の団長の誇りを胸に、今度は決勝で優勝エールを振るまで俺はこの先も母校を応援し生涯団長であり続ける。中京大中京高校、優勝おめでとう!!





“団長への道・飛翔~遥かなるアルプス”<完>



「the head・団長への道」を御覧の皆様へ。
いつも御覧いただきありがとうございます。
平成17年、「名古屋ページ」からお世話になっておりましたが、この度マロンQエストでの連載を卒業する事になりました。
皆様には長年大変お世話になり感謝の言葉しかありません。
マロンQエストは卒業しますが、「団長への道」は私の個人ページにて連載を続けます。
最後に長年私の連載編集に携わっていただいた、マロンブランドスタッフの皆様、そして私にこんな大きなステージを与え、公私共に御指導、御鞭撻、叱咤激励をいただきました、栗山圭介氏に最大級の感謝の言葉を、押忍、ありがとうございました!
皆様、またいつかどこかで…ニシ。


~ INFORMATION ~
今後の「団長への道」は、http://www.240.no-blog.jp./にて連載いたします。
続編第1弾は「2009 甲子園、それぞれの決勝戦」で連載スタートです!

元中京高等学校應援團
第59代 團長 西尾栄一



『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十六

〜一回生の章〜 弐十六


 満員に近い店内で棒立ちする俺達4人を店員は空席待ちの若いヤンキーとしか見ていなかったであろう。まさかこの4人がちびっ子ギャングになろうとは…。

 しかしギャングになるには丸腰で、顔を隠すわけでも変装するでもなし。揚句、もろ中京の学ラン。あるのは勢いだけの青二才。長居は無用、一気呵成に仕事をするのがギャングと映画を見て分かっている。店員はまだ俺達の大作戦に気付いていない。俺達は空席待ちを装い一旦外に出て作戦会議を開いた。

「セイゴ、お前サッカーやっとってバランスええでくそ汁係な。マコト、お前ちょっと鈍臭いで正当に牛飯持てよ。イナモト、お前箸入れと紅生姜と醤油と七味の備品関係な。俺は漬物とサラダ持ってケツ持ちやるわ。店員がぼって(※ぼって=追って)来たら蹴散らすで…。ほんで俺はマイショップ寄って卵1P買ってくで。店出たらイナモトはダッシュやぞ!セイゴとマコトは堂々とゆっくり急いで歩け。なんせイナモトのブツは強奪品やでな!」
 一気にまくし立てた俺にセイゴが冷静に言った。
「ニシやん湯呑みと灰皿は?」
 ハッ!湯呑みと灰皿があったか…。
「湯呑みは牛飯待っとる間に茶が出るやろ、茶飲んでポケットインや、灰皿はカウンターの裏に積んだるで隙みてちゃばったれ(※ちゃばったれ=パクったれ)最悪灰皿は無しや!」
 4人足しても1人分の脳ミソには程遠い俺達にしては素晴らしい作戦会議が終わった。

 会議の途中数人の客が帰ったようで店内にいくつかの空席が出来た。
「行くかエーチャン!」イナモトが鼻息荒く言った。無理も無い、イナモトは備品強奪係で競馬で言えば先行逃げ切り馬。
「いや少し待とう。満員で店員がバタついとる時がええで。それとイナモト、備品は大人しそうなセイガクかリーマンの席の備品にしろよ。正義君みたいな奴がおったら厄介だでな」
たかが牛丼、いや牛飯買うのに何でこんなドキドキヒヤヒヤするんや。半ば馬鹿馬鹿しくなって来た時数人の大学生が入った、それも弱っちそうな奴等が…。
「今や!セイゴ、お前と俺の演技力が大事やでな、ヘタ打つなよ!」

 この強奪最大の難題は丼と椀、備品を持ち帰る事である。作戦は俺とマコトが今正に喰わんとした瞬間に、セイゴが店に乱入し職員室呼出しの急を告げ牛飯やくそ汁を容器に移し変える時間を無くし、その混乱のさなかイナモトが備品をちゃばるという学園ドラマ張りの作戦であった。

「よし、行くか!」
 俺とマコト、イナモトが店内へ。セイゴは尾行するデカのように外から見張った。運良く厨房から一番離れた席が二つ空いていた。マコトに目配せし席に着いた。イナモトは空席待ちを装い備品と客をチェックしてる。頭の中で映画撮影のカチンコが鳴った!
「アクション!」

 店員が注文をとりに来た。
「ご注文どうぞ」
 30くらいの運動神経マイナス君みたいな奴だった。俺はニヤリとして「大盛り二つとみそ汁二つ」と注文。店員は厨房に向かいオーダーを叫んだ「大盛り二ちょう、みそ汁二杯」その間に熱い茶を飲み湯呑みをポケットへ。次にケースを開け漬物とサラダ各2個をテーブルに乗せた。ここまでは順調だ。イナモトは強奪する備品と客の因果関係を見分けている。1分も経たないうちに牛飯とくそ汁が運ばれた。

 ここで一発演技を入れた。
「なあ、俺達には茶がねーのきゃ?」先程の店員は疑う事なく「すみません」と新しい茶を出した。“ハン、馬鹿め。これで湯呑みは楽勝、後はセイゴとイナモトや”イナモトは獲物を視界に捕らえていた。さあセイゴや。牛飯とくそ汁を前に演技で割り箸を割り、軽く七味を振り今喰おうとした時!!ガッシャーン!硝子戸を物凄い勢いで開けた音が…。
「おいお前等、何暢気に飯喰っとんだて!先公が直ぐ職員室来いって発狂しとるて。何やらかしたんだ!?」セイゴ迫真の演技だった。そしてやらかしたんじゃなく、今からやらかすんだよね!

「なんやて?バレてまったか?いかんがやどつかれてまうな!」
 俺も危機迫る演技。
「はよ行かな殺されるぞ!」俺とマコトは立ち上がり
「おい、持ってくで袋くれ!」と店員に言った。店員はマニュアル通り「じゃあ移し変えますから」と言った。
「ボケか!こっちは先公から的かけられとんやぞ、このまま持ってくでラップしろよ!」
 怒鳴る俺に店長が
「困ります、持ち出しは困ります」と困惑顔。それでも怯まない俺達に「わかりました。明日にでも返して下さい、それならいいです」と白旗を振った。店長自ら牛飯とくそ汁、漬物にラップをした。

 俺達の強奪は苦もなく正当に終わった。問題はイナモトだ。イナモトが居た方を見ると奴の姿が無い。振り向くと奴は既に店外にいた。背中を丸くしながら…。後は会計だ。牛飯、くそ汁、漬物にサラダ各二人前分を払い威風堂々と店を出た。

 しかしここからが大変。リミット15分をクリアしなければ、ゴリラとアナコンダが暴れる。その前に立ちはだかる学校までの急な坂道をどれだけで走り切れるか!

 セイゴはくそ汁がこぼれないよう慎重に競歩。マコトは両手に牛飯をぶら下げ駆け足。イナモトは左手に紅生姜、右手に箸入れ、ポケットに醤油を入れスーパーダッシュ!俺は漬物とサラダをぶら下げマイショップへダッシュ!
「卵買ってくで先行ってくれよ、落とすなよ!割るなよ!こけるなよ!それと喰うなよ!」
「オオーッ!」皆作戦とちょっとしたスリルの成功に満足顔だった。俺もマイショップで卵を買い心臓破りの坂へ。頂上付近に奴らの背中を確認しダッシュした坂道。

 部室に戻ると欠食児童みたいなゴリラとアナコンダが待っていた。牛飯を見たゴリラは胸を叩き雄叫びをあげ、生卵をほお擦りするアナコンダは今にも丸呑みしそうな恍惚の表情だった。少しタイムオーバーしたものの満腹感に浸っている二人からお叱りはなかった。そして…
「よーし、腹も膨れたできゃぁるか!なあ、キョーデェー」
「そうだなキョーデェー、おはようスパンク見なかんでなぁ」
“はぁ?帰る?おはようスパンク?帰るなら途中の店で喰って帰れよ。何がおはようスパンクや頭パンクのくせに…。”

 短縮授業初日、授業より命が短縮された暑い日だった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十伍

〜一回生の章〜 弐十伍


 突然の統制交代から数日が経ったが、変わったのは横隊で並ぶ順番だけ。統制とは名ばかりで連帯責任の代表みたいなもんや。

 タイチの背中の傷は夏場という時期とあまりにも無数にあるために治りが遅い。練習で汗をかくとまた痛むのだ。
 ある日練習が終わると悪魔二人は、それはそれは残念そうに話し始めた。
「え~諸君、明日からの期末テスト期間だが明日と明後日は部活は休みだ。休みだからといって遊びほうけないでしっかり予習して赤点を取らないように。そしてテスト明けからはバンバン練習や!家で練習しとくように。」ヨシダは昨日家で復唱したような台詞を俺達に投げた。オオツカは腕組みしギロリと睨みを効かせている。
「ほんなら今日は解散」
 珍しくあっさり帰る二人、多分俺達より勉強しなかんのはあの二人やろな。お世辞でもお利口さんじゃなさそうやし…。

 ここで!中京式テストの紹介。
 普通の学校ならペーパーテストは100点満点だが我が中京は80点満点!残りの20点は《平常点》というとても有り難いハンディがあった。この20点は減点方式で、忘れ物や授業態度が悪いと減点されるキンダーガーデン並みのものであった。従って平常点が満点あればペーパーテストで15点取れば赤点は免れる。揚句、答が解らなくても解答欄になんらかそれに近い事が書いてあれば三角(1点)が貰える先生もいた…。アホなはずや。あ、現在は違いますよ。今ではオール4以上無いと入学出来ないようです、名誉のために。

 話しを戻そう。俺は早々に帰宅するのが馬鹿馬鹿しくなりセイゴの地元(御器所・ゴキソ)へ遊びに行く事にした。比較的学校に近い御器所からセイゴはケッタで通っていた。そのケッタに二ケツして鼻唄交じりにタンデム。着いた先はセイゴの家でなく先輩の家。そこにはセイゴの同級生や後輩達がいた。
 いわばたまり場。6畳一間に7~8人、煙草の煙で視界は悪くジュースの缶や菓子袋が散乱し衛生環境最悪の場所。だが当時はこういう場所が憩いの広場、その後しょっちゅう通う事に。尾崎じゃないが盗んだバイクを乗り回したり、近くの高校の女子のテニスコートを覗きに行ったり。そんなはちゃめちゃな連中の中に一人無口でリーゼントを決めた男がいた。セイゴと同じ中学でライバル校の享栄に通うそいつはマルヤマ。後の享栄高校応援団長になる男であった。
 二年後の夏に甲子園を懸けた一戦を共に団長として戦うなど、本人達はもとより周りのヤンキー達も想像しなかっただろう。
 それにしても運命の出会いであった事は間違いない。そして今でもマルヤマとの付き合いは続いている。リーゼントが無理な頭になっちまったが…。結果、休部の3日間は俺は毎日そこにいた。

 そして休部が解禁。3日振りに見たヨシダは少ない脳をフルに使ったのか頬がコケてげっそりし、オオツカは色白が青白になり病人みたいになっていた。“この人達は本当漫画みたいやな”そんな二人は体力を取り戻すべく食に走った。

「おい一年、誰が足早や~んだ?イトウ(白豚)は却下でな」
 誰や?誰や?と話していると、
「統制!お前は行くのは決まり。あとはセイゴ、マコト、イナモトおみゃぁさんらが行け!」結局勝手に人選された。
「よ~し、決まったら牛野家行って来い!」
“はぁ?牛野家?吉野家じゃなく?学食じゃねぇのかよ。それに4人てなんや?たかだか牛丼二つで…”疑問だらけの俺達にまたもや無理難題が!?
「キョーデェ~何食べやぁす?わし大盛で牛野家フルセットだぎゃ!」
 鼻息荒くヨシダが言うとオオツカも
「わしもそれいっとくわ」と…。
“牛野家フルセットって何や?それに吉野家やろ、店の名前すら覚えれんのか?”意味が分からず
「押忍、牛野家フルセットって何でしょうか?」とヨシダに尋ねると、
「ええ質問だぎゃ、さすが統制!あのよー牛野家フルセットちゅうもんわな、牛飯(うしめし)大盛に、くそ汁(味噌汁)に漬物とサラダと卵のフルオーダーだぎゃ!ほんでこっからが重要だでよう聞いとりゃぁせよ。ちゃんと丼と碗で牛飯とくそ汁持って来い。持ち帰り容器は臭っさいでよ。ほんでだな、紅生姜もテーブルにあるやつまるごと、七味も容器ごと、箸も爪楊枝もケースごと、ついでに湯呑みも2個!要はこの部室が牛野家になるっちゅう事や。店員が文句言ったら中京の応援団やと言え。あっこの店長はよう知っとるで。ああ、ほんで金はおみゃぁさんら持ちやでな!へっへっへっ」

 ヨシダは得意満面で笑い、喰い物を想像しただけでコケた頬がふっくらしてきた様に見えた。“何?それは万引き、いや強盗やないか!それをイケシャァシャァとよう言うなあ”困惑顔の俺達に日の丸扇子を振りかざし
「15分で帰って来い、行け~!」
 空腹ゴリラが叫んだ。俺達選ばれた4人は一礼し部室を飛び出そうとした時、今度は空腹アナコンダが叫んだ。
「待て~、待ちやがれ~!」
 その甲高い声にフリーズする。恐る恐る振り向くと獲物を前にトグロを巻き威嚇する大蛇がいた。
「お前達、この時期の牛野家のシステム知っとんきゃ?夏場はな、夏場はな、卵の持ち帰りが出来んのじゃ!卵は坂道の下にあるマイショップでワンパック買って来い!栄養のため卵飲むんじゃ!それとサトル(ヨシダ)は言い忘れとるが牛野家の醤油も持って来るんやぞ!それこそが牛野家スペッシャル・ワンダホー・フルセット、サトちゃんノブちゃんハッピーセットじゃ!分かったら行きさらせや~!」
“アホや銀河系レベルのアホや、情けない…。卵飲む?ほんまもんの蛇やないけ”だがNOとは言えない。
「押忍」と挨拶し部室を飛び出した。

 ダッシュの傍ら仲間の財布事情を確認。なんとか金は都合がつく。それより物品の略奪はどうする?そんな悩みを抱えつつ吉野家、いや奴らの言う牛野家に到着。店内は近所の大学生やリーマンで一杯。
さあこの状態でどうやってミッションを成功させる?口下手なマコトにイケイケのセイゴとイナモト…やっぱ俺か。
 大会目前の超暑い午後、それより熱い牛野家フルセット略奪戦の幕が切って落とされた!!


(応援団と何も関係あらへん、漫画バレーボーイズみたいになってきたわ。・・・筆者談)

<続>



左から筆者、中セイゴ、右タイチ。昨年末の忘年会より。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十四

〜一回生の章〜 弐十四

 部室前に並ぶ俺達の耳に入って来たのはオオツカの怒声と竹刀を土間に叩きつける乾いた音。時折タイチやエスパーの「押忍」と言う力無い返事が…。目の前のグランドの網にはカビが入った団旗が無情に靡いていた。

「おみゃぁら、団旗を何だと思っとるんだぁ!団の顔、団の命やぞ~!どたわけが~!!」
 オオツカが万を持してキレた。と同時に竹刀で制裁を加え始めた。
「バシッ、バシッ」
 竹刀で体を打つ音とブロック塀にぶつかる音。
「うぁ~、ああ~、押忍すいませんでした~」
 見事なまでのSMショーである。
 タイチ達の悲痛の声が鉄扉の隙間から聞こえる。20分、30分休む間もなくショウ、もといヤキが続く。俺達は先公の監視と、いつ中に呼ばれるかという緊張と恐怖で震えていた。

「ガラガラ」鉄扉が開いた。中から竹刀を抱えたムラマツとナカシマが出て来た。
「終わったか…」
 ホッとしたのも束の間、息を切らしたオオツカが叫ぶ。
「おいナカシマ、ありったけの竹刀持って来い!足りにゃ練習で使っとる竹刀も取り上げて来い!ムカイ(剣道部主将)がほざいたらついでに呼んで来い!行け~」
 オオツカの目は血走り額には無数の血管が浮いていた。そしてナカシマとムラマツが抱える竹刀を見るとその全てがバキバキに折れていた!それを見た俺達は顔面蒼白、元々色白で白豚イトウなんかは青豚という予想外の珍獣になっていた。

 恐る恐る振り向き部室を覗くとカッター姿のタイチ、エスパー、スズキがふらふらになりながら立っていた。そして皆の背中にはうっすらと血が滲んでいた。しばらくしてナカシマとムラマツが数本の竹刀を持ち帰って来た。その後ろには剣道部主将ムカイの姿が…。そのムカイが、
「おい、サトル(ヨシダ)何をやっとるんだ?全部折れてまっとるし打ち込み中の奴の竹刀も持ってってまうとは。これは問題にさしてもらうぞ!」
 語気をあらげるムカイに、
「まあまあ、そう言やあすなて。コウスケ(剣道部顧問)にはパンダが来てかじってまったって言っとけ」
と吉本新喜劇でも言わないような駄ジャレを真顔で言うヨシダ。
“パンダが来るわけねーし、パンダは竹喰うけど竹刀じゃなく笹竹だし…。この人の脳みそはビッグバンしとるわ”剣道部主将として乗り込んで来たムカイだったが尋常じゃないオオツカの姿と餌食になっている奴等を見て、
「あんま無茶せんといてくれよ、ちょっとやり過ぎやろ…」
 と退散した。再び鉄扉が閉められ制裁が始まった。竹刀の打撃音とうめき声が止んだのは陽が傾きかけたころだった。外で立つ俺達を中に入るよう手招きするヨシダ。オオツカの顔は獲物を丸呑みして腹一杯のアナコンダみたいに満足気だった。

「ええきゃ、おみゃぁんたー。団の物は全て宝物のように扱え!ほんでなぁ今回の事はお前等一年の連帯責任じゃ、頭丸めて来い。それとイケダ、一年統制のお前がだりー(だるい、やる気ない)でこうなるんだて。」
“統制が悪い?あんたがアイウエオ順という一番ポピュラーな決め方で決めといてよう言うわ、あほらしい…次はじゃんけんかアミダか?”とあんぐりしていると、
「エイイチ、おみゃぁさんがやれ。ここしばらく見とったらおみゃぁさんが一番《心技体》が揃っとるみたゃぁだでよ。なぁ、キョーデェー」
 話しを振られたオオツカは未だ興奮覚めやらぬ顔で相槌を打った。“はあ?俺?なんで?それに心技体って何!いくらあんたが太ってるからって横綱審議委員会みたいな事言うなよ…”。突然の、人の意見も入れ札も無しに決められた事態に戸惑う俺。そんな重要な人事も30秒程で片付け、ゴリラとアナコンダは二年生を従えさっさと帰って行った。

 部室に残った一年はタイチやエスパーの背中に付いた無数のミミズ張れの跡を見て無言になってしまった。また脱落者が出そうな雰囲気に「なんかわからんけど統制になってまったみたいや。何をしてええかわからんけど後二ヶ月もしたらアイツラ引退や。それまで頑張ろうや」精一杯の就任挨拶をやった。

 干してあった団旗を片付け帰路に就いた駅までの坂道。タイチやエスパーに肩を貸すイケダやイナモトを後ろから見ていると胸が熱くなってきた。そんな映画のワンシーンみたいな友情の光景に水いや氷水を差すような馬鹿がいた。顔面凶器で声がアニメーシヨンなトヨダだ。
「なあニシオ、いやいや統制。統制といえば一年の団長やろ?このまま行けば末は本物の団長や!そうなったら俺を副団長にしてブイブイいわしたろうぜ!そん時はこのトヨダを是非とも副団長に。へっへっへっ」
 お前は悪党回船問屋か?こういう奴に限ってケツ割るんだよな(実際トヨダは夏休み後、団を退部し進級出来ず退学していったバカちんである)。
 夏の予選を三週間後に控えた夕刻、急遽任された統制という役目、未来への団長への始まりだった。


<続く>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十参

〜一回生の章〜弐十参

 名古屋の梅雨は湿気が多く暑苦しい。狭い部室は若い男子が出す異様なフェロモンと煙草の臭いが入り交じる異臭空間。ある放課後、そんな嗅覚がおかしくなりそうな部室を飛び出して悪魔二人組は俺達一年数人を従え学校から二駅隣の御器所(ごきそ)にあるセイゴの行きつけの喫茶店へ出向いた。
 その喫茶店も奴らの行きつけ(喫茶・若草)同様、店の奥に死角となるソファー席があり、これまたその席に侍女をはべらせてコーヒー一杯で延々とチチクリあっていた。そんな光景を常連のオバハン達が白い眼、いや自分もチチクリして欲しい眼で見ていた。

 怠い時間がダラダラ続き太陽が傾きかけた頃、店内に緊張が走った!
 店の正面と裏口から二人のオッサンが入って来て店内を物色し始めた。“どっかで見たオッサンやな?”
 その時だった!ヨシダとオオツカが大慌ててテーブル上の灰皿と煙草を隠した。“チャリ(警察)? いやジャージ着たチャリはおらんな…はっ!先公や!!”
 そのオッサンをよく見るとそれはバスケ部監督のゴリラことアオキだった。もう一人は印象が薄く忘れたが先公だった事には間違いない。
 俺達一年と侍女達はその場で保釈されたが悪魔二人は学校へと連行された。結果、夏の予選目前で二人は無期停学、部活は無期で休部となり応援団存続が危ぶまれる事件となった。
 それから約二週間、俺達は伸び伸びと学校生活をエンジョイした。

 二人の停学と休部が明けて部室に集まった初日。ヨシダとオオツカは停学の罰として丸めた頭を掻きながら
「おみゃぁさんたぁ、今日からは真剣モードで練習だでなぁ!」とヨシダが吠えれば、
「よし、団旗揚げて練習じゃぁぁぁ~」とオオツカが奇声をあげた。
「押忍!」の返事と共に太鼓や扇、団旗を持って校舎屋上へダッシュした。梅雨の晴れ間の下、久々に声を張り上げ準備運動だけで体力が無くなっていく感じがした。
「よ~し、団旗揚げて実戦練習じゃ!団旗揚げたれやぁ~!」ヨシダの声に機敏に動く親衛隊。
 二年生カコの身体に団旗ベルトを取り付けるスズキ。団旗ポールに団旗を付けるタイチとエスパー(ヤマダ)。団ベル(団旗専用ベルト)にポールを差し込みタイチとエスパーは団旗を抱え準備が整った。
「団旗揚げ~」「ドン!」
 二年生ムラマツが打つ太鼓を合図に団旗が揚がった。久々に揚げられた団旗は初夏の風に靡き緊張感が体に走った。
「校歌~、よ~い!」
 ヨシダが今まさに団長エールを振ろうとしたその時!
「待て待て、待ちやがれ~っ!」怒声を上げオオツカが団旗に迫った。風に靡く団旗をわしづかみにし「なななな、なんじゃこりゃぁ~!」とジーパン刑事のように叫んだ!
「おお、大変じゃ大変じゃ!どエライ事しでかしたなぁ、おみゃぁら~!」
 狂気しながらタイチに跳び蹴りを入れた。続いてエスパーには鉄拳、スズキには回し蹴りをかまし三人はその場に芸人のように勢いよく倒れ込んだ。事態を把握出来ないヨシダは、
「キョーデェー(義兄弟)どうしやあたぁ~!」と巨体なのに欽ちゃん走りで団旗に駆け寄った。
「見やぁせキョーデェー!」
 オオツカが広げた団旗を見てヨシダの眼がぐるぐる回った。
「なんじゃこりゃ、てみゃぁら前の試合の後団旗干してにゃぁんきゃ!練習中止、部室集合じゃ!」

 道具を片付け螺旋階段を走る俺達は「どうした?」「何があった?」と訳が分からず部室へ向かった。時折見えたオオツカは顔面蒼白で怒りのあまり震えていた。部室に戻り全員が中に入った。走った後なのでいつにも増して異臭が漂う。

 二年生が団旗を広げた。えんじ色に白抜きで[中京高]の団旗はいつもと変わらない様に見えた。暫くの沈黙の後、
「おみゃぁら、やってくれたな。団の顔に…カビ、カビが生えとるだにゃぁかぁ~!OBになんと説明するんじゃ、死ね!死んで償え~!」
 オオツカは狂ったように言い放った!団旗をよく見ると旗全体にカビが増殖していた。いくら後輩の手入れのせいとはいえ団旗の保管整備は現親衛隊々長 であるオオツカの全責任になるから穏やかではない。
「一年の統制と親衛隊以外は外へ出ろ、二年、お前らは剣道部に行って道場にある竹刀を全部持って来い!行け~!」オオツカの雄叫びに続き、
「他の一年、いつにも増して先公見張っとれ!ええきゃ!」とヨシダはゴリラのように胸を叩いた。

 部室前に並ぶ俺達の眼に入ったのは竹刀を抱き抱えた二年生。その数は40本はあっただろう。これから部室内で起こる事は察知できた。今まで幾度と入れられたヤキより壮絶になる事も肌で感じた。
 青空が消え夕立でもきそうな暗雲立ち込める夕暮れだった。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十弐

〜一回生の章〜弐十弐


「ドカ―ン!!」
 鉄扉に物凄い音がした。誰かがぶつかった、いや蹴飛ばされたかブッツ飛ばされたに違いない。
「おうコラッ、なめとんのかテメェら!」
 オオツカの声が響きブロック塀や鉄扉から鈍い音が続く。5分、10分…。その音は一向に鳴り止まない。しばらくすると鉄扉の隙間から、
「おい一年、先公が来たらソッコーで教えろよ、ちゃんと見とれよ!」
 声の主は二回生ナカシマだったと思う。部室外の俺達四人は言われるままに校舎方向を見渡した。
 次いで耳に入ってきたのは「バッシ、バッシ」と叩かれる音。多分あの“精神注入棒”かバットで叩かれているのだろう。俺達四人は音がする度にビクンビクンと身体が反応して外にいても恐怖と激痛が伝わって来た。現場を目撃せず音だけで恐怖を感じるという事は想像力と聴覚を刺激し何十倍もの恐怖を体感し、俺は奴らを部室へ呼んだ事を後悔した。

 そんな《ヤキ》が続く中「おい、あれ先公じゃね?」とシモムラが言った。食堂横をゆっくり歩いてこっちに向かって来るのは、大木を挟んで右隣に部室を構えるウェイトリフティング部の顧問国崎(通称コメ)だった。
 シモムラは直ぐさま鉄扉に近寄り「押忍、コメが来ました」。中から「コメか無視しとけ」と声がした。
 コメが処刑部屋(部室)の僅か2メートルまで接近しウェイトを上下する部員を見ていた。そのコメの耳にヤキの協奏曲が聞こえているのは明白!しかしコメはこちらを見ようともせずまた中からの恫喝や打撃音も止まない…。
 見猿、言わ猿、聞か猿か…そりゃいくら先公でもあの二人に関わりたく無いわな。
 数分後、「じゃ頑張って」とウェイトを上下させる部員に声を掛けそそくさと立ち去るコメ。その間もヤキは続いていた。

 かれこれ一時間が経とうとしていた時、食堂横にまた一人の先公が現れた。そいつは応援団を敵視するバレー部顧問のヤスダだった!俺は一年生の時このヤスダに何十回と殴られ、卒業後二度も死亡説を流された。そんなに嫌いか!
 そのヤスダを見てすかさずタイチが鉄扉に向かい「おおお押忍、ヤヤヤスダがきき来ました」部室内はヤスダの名前に反応し静寂した。部室前でヤスダが立ち止まった!ヤスダは俺達と鉄扉を睨み付けタバコの匂いを嗅ぐかのように鼻をヒクつかせる。
「何やってんだ、オマエラ」ヤスダの甲高い声に固まる俺達。ヤスダは俺達に睨みを効かせバレー部の部室へ向かった。
「ヤっさんは行ったか?」鉄扉隙間からナカシマの声が…。
「押忍、行きました」
 俺が答えると同時に鉄扉が開き中から仲間達がよろめきながらトコロテンのように出て来た。ヤスダが偶然通った事で地獄のショータイムが終わった。

 中から出て来た誰もが憔悴していたが何故か殴られた痕跡は無い、しかし真っ黒の学ランやズボンには靴跡やバットや精神注入棒で殴られたような形跡がくっきり付いていた。腹を押さえる者、足や腕を摩る者、悔し涙を流す者と十人十色で苦痛を表している。
「大丈夫か?」声を掛ける俺に「騙された、ドツボや…」と一番酷くやられた姿のイナモトが息も絶え絶えに呟いた。

 結果、ヤキを入れられた部員は残留を強いられた揚げ句、丸坊主にするよう強要された。せっかく大金を叩いてあてたパーマは一週間の寿命を閉じた。残留組の俺達にも連帯責任として、一年間の食堂使用禁止が命じられた。しかし…この事件を境に奴ら(悪魔二人組)は本性をモロに出し始め、身の回りの世話はもちろん、登下校時のボディーガードや毎日の献金、むしゃくしゃした時の人間サンドバッグに暇な時の人間ジュークボックスとありとあらゆる手段で俺達を痛め付けた。

 そんな悪夢の様な毎日が続き、夏の予選一ヶ月前にまた事件が起きた。それは梅雨が一休みした暑い午後だった…。


<続>




『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十一

あけましておめでとうございます。
2009年もよろしくおねがいします。
それでは、おめでたくないストーリーの続きをおたのしみください。



〜一回生の章〜弐十一


 教室の中からヨシダが笑顔で手招きしていた。俺は周囲の雰囲気に飲み込まれないよう目一杯の声で挨拶をした。
「押忍、一年ニシオ入ります。失礼します!」
 昼寝をしていたガラの悪い輩が飛び起きて、 「なんじゃ餓鬼がぁ~」と機嫌悪い声をあげると、その機嫌悪い輩に、「じゃぁしいわボケ、儂んとこの兵隊だがや。だぁっとれ、ドたわけぇ~」と団長ヨシダ。
 ヨシダに恫喝された輩は直ぐさま寝たふりをした。俺はそれが本当か仕込みなのか疑う余裕もなく、いつも通りの自然体をとり不良達の輪の中に悪寒つきで立っていた。

「おうチビちゃん元気きゃ」。番長ヨシダが笑う。
 その横で団長ヨシダの二倍はある巨漢タカハシがサングラスの奥で目を細めていた(まるで竜鉄也です)。

 緊張のあまり顔を強張らせていると、「おいエイイチ、辞めてかした(訳:辞めていった)連中がえらい羽根伸ばしとるみたいだにゃぁきゃ、どうなっとりゃぁす?(訳:どうなってる)」とおババが使う名古屋弁全開でヨシダが言い放つと、神父の服より長い学ランを捲り、「あいつらパーマネントあてて食堂でランチまでしとる始末…。な、な、なめとんのきゃぁぁぁぁ~!」とオオツカが奇声を発する。(このふたりは本当に息が合うというか、映し鏡と言うか、ひとりが何か言ったらかならず返す、まるでバカな山びこのようだ。ヤッホー、アッホー、なんちゃって…)。

 その圧力にびびりながらも(俺のせいじゃないやろ)と冷静に考え黙り込む俺。しかし黙秘を続ければ殴られるのは必然、なんか言わなかん。

「押忍、どうすればよろしいですか?」
 その言葉にヨシダがニヤリと笑った。
「あいつんたらー(訳:あいつら)に言っとけ。楽しそうな学校生活の感想が聞きたゃぁで明日一度ハウス(部室)に来るようにと…ええきゃ逃がすなよ」。補足するようにオオツカ(山びこ2号)が、
「今日言うだにゃぁぞ、明日の帰り際に全員集めて連れて来い。一人もきゃぁすなよ(訳:帰すな)」と俺の肩を叩いたた。そのいや~な感触は今でも鮮明に残ってる。

 番長ヨシダやその他大勢の不良の方々は“御愁傷様”といった表情だった。(えらい事になった、あいつら殺される)。そんな一世一代の大役を仰せつかった俺は足どり重く悪の巣を出た。
 教室に戻るとイナモトやセイゴ、マコトにコウタロウがこの世を謳歌するように馬鹿騒ぎしていた。
「ニシやんどした?あのデブちゃんなんやって?」。トラボルタみたいに櫛をあて余裕のイナモト。
「あっ、いや別に…」
 言えなかった。いや言ってどうなるものでもなかったと思う。
 放課後タイチとシモムラ、イトウに話の内容を伝えると皆渋い顔をした。

 明けて翌日。浮かない顔でぼーっとしているとまたまたあの悪魔二人のロデム“クキ”が顔を歪めながら教室にやって来て、「おい援部の一年ちょっと来い」と廊下に呼ばれた。
 胸を突くだけで5メーターは吹っ飛びそうな奴だけど、いかんせんあいつ等のロデム、下手に文句や手出しは出来ない。
「何の用っすか?」。ぶっきらぼうに言うと、
「あああ態度悪い、態度悪い。サトル達の前とえらい違う、言うぞ言うぞ。それより今日は辞めた奴達みんな来てんのか?ってサトルが聞いてましたけど」。だからなんで語尾が敬語なんだよ、と思いながら、
「全員来てるはずっスけど。なんなら自分で調べられたらどうっすか」
 少し声を荒げ言うと、「わかったわかった、じゃあ僕はこれで」と逃げるように去って行った。
 嫌な時間が刻一刻と迫って来る。まだなにも知らない連中はいつも通り馬鹿騒ぎ。
 唯一シモムラだけが俺を不安げな目で見ていた。

 昼飯が終わり俺達残留組は元団員がいるクラスを回り部室へ来るようにと伝えて回ると、ほとんどのヤツが理由を聞いてきた。
 俺の口から出た言葉は「正式な退部届けを出してくれと言われた」。出任せにしては説得力のある最高の台詞だった。少々心苦しく思いながら…。
 そんな俺を疑うでもなく皆口を揃え、「そやそや!正式に辞めないつ殴られるかもしれへんで!」と逆に歓迎ムード一色だった。

 放課後、部室前で立っていると退部者達がゾロゾロ歩いて来た。二回生を見てもぺこりと頭を下げるだけで以前のような挨拶は無い。
 そんな態度に二回生ムラマツがへらへら笑ってた。その顔がなんか余裕でムカついた。
 まずは俺達残留組が部室へ呼ばれた。
 ヨシダとオオツカはなぜか満面の笑顔で、
「やあ君達本日の働き大儀である、もはや幹部の君達は外で野球でも見ていなさい。代わりに外に居るゴミ共に中へ入るように言いなさい、へっへっへっ」
 いつものおババ言葉は無い。俺達は外へ出て退部者達に中へ入るよう指示した。
 俺達と入れ代わる様にヤツラが部室に入ると速攻で鉄扉が閉めら
れた。ついで、「てみゃぁら(訳:おまえら)どえらい調こいとらっせるだにゃぁきゃ(訳:すごく調子にのってる)おうコラッ!」とヨシダが叫んだ。

“ザザザ”後退りする無数の足音が聞こえた。

 とうとう地獄のショウタイムが始まった!


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜弐十

〜一回生の章〜弐十


 衝撃の退部勧告事件から一夜明けた地下鉄(上前津)のホーム。昨日まではヨシダにはイナモトがオオツカにはタイチとヤマダが付き添い周囲を威嚇していた。しかし今朝はあの二人とタイチだけ。俺は最後尾のモニターを見ながら違和感を感じていた。
 下車駅から学校へ向かう坂道でコウタロウとマコトを見つけた。その二人の髪形が前日までとガラリと変わっている。二人ともパーマ(カールアイパー)をかけ楽しそうにしゃべっていた。教室に入ると横山やすしバリにアイパーをかけたイナモトが櫛を頭にあてがいどしゃべっていた。
「あーあ、気が楽だわ、あいつ等の顔見んでもええし朝早くから駅で突っ立って鞄持ちもせんでもええし。ええ気分やてー」と意気がっている。
 その横に隣の教室から遠征しこれまたパーマどうよと誇らしげな顔の元団員スズキもいた。意を決意し団に留まった俺とシモムラの方が元気がなかった。
「なあ栄ちゃん、あいつら一気にやり過ぎやねーか?なんもなきゃええけど…」
「せやなー、まあ先輩等がなんもせえへんて言っとらしたで滅多な事ねーやろ」そんな二人の心配をよそに一日、また一日と平穏な生活が続いた。

 残った一回生四人は毎日部室に通いアホ先輩達のアホ話を聞いたり喫茶店に付き合わされたりと振り回されていた。ある日の喫茶店での出来事。悪魔二人とその侍女達と俺とタイチが常店の若草へ。各テーブルのコーナーに大きな観葉植物がありそれがブラインド代わりに、そして俺達二人を立たせているから簡易個室になっていた。それをいいことに二人はそれぞれ侍女を横にはべらかし、たまにソフトタッチ時にブラウスの中に手を入れる等ティーサロンをピンサロにしていた。
 そんなチチクリ合いを見せつけられながらもじっと立っている事が情け無く感じ辞めて行った奴等を羨んでいると
「喉渇いたきゃ?腹減ったきゃ?なんか飲んで食うきゃ?」と思ってもいない優しい言葉が侍女の胸元に手をツッコミニヤニヤしたヨシダから出た。
胸元に手を突っ込まれている侍女は「キャッ、キャッ!」と声を発してる。
“お前等きゃっきゃっ教か!”と呆れていると「押忍、自分喉が渇きました」とタイチが言った。(当時俺達は飲食店へ行っても水すら飲ませて貰えない立場だった。飲み物乞い食い物乞いらももっての外。それなのにタイチが声を出した事には驚いた)「ほうきゃ、喉渇きゃぁたかね」と細い目を一層細め笑った。隣の侍女が「ハイッ」とメニューをタイチに渡そうとした時その手をオオツカが制止した。
「メニューは儂が決めたるぎゃ」アナコンダの眼が光った。そして「アイミル(アイスミルク)とサラダでええな」と言いながら自分達の水のコップにコーヒーに付いてくるフレッシュと砂糖を入れ指で掻き混ぜ、観葉植物の葉っぱを一枚もぎ取り俺達の前に差し出した。
「ほれ飲んで食えよ、栄養取らにゃ!若いんだで」有り得ない光景に目を丸くしてると一人の侍女が「かわいそうだでやめたりゃぁ」と言った。しかし「おい遠慮せんと飲みゃぁせ、喉渇いとんやろ。水だにゃぁぞ、アイミルやて」とヨシダが言い放った。オオツカの眼からは“早よ飲め~”ビームが放たれている。もう躊躇してる暇は無い。俺とタイチは「押忍、ごっつぁんです」と言って白濁に濁った偽アイミルを一気に飲んだ。
“うぇ、まずい”飲み干したコップを見ると底には溶けきってない砂糖が溜まっている。さすがに葉っぱは勘弁と固まっていると無理矢理口に押し込まれた。
 自棄くそになり噛んでいるとなんとも青臭い味が口中に広がり吐き気をもようした。しかし飲み物はもう無い。悔しさと情けなさが怒りに変わり完食してやった。
「旨みゃぁか?ハッハッハッ」笑うヨシダが超悪代官に見えた。
 店を出て奴らと別れた俺達はソッコーで自販機を探した。なんでもいいから口に含まないと葉っぱ臭が酷かった。何を飲んだか忘れたが道に座り込み二人で一気に飲み物を飲んだ。
「やっぱ辞めた奴等が正解か?何が応援団や」タイチが吐き捨てる様に言った。
「本当やな…けどよーここで辞めたらあいつ等のツボやし先に辞めた奴等にやっぱり辞めたかと言われるのも腹立つし…俺達が上になったらこんな事はせんぞ、夏過ぎまでの辛抱やタイチ」肩を叩き帰路に就いた。

 一回生退部から一週間。悪魔二人からの攻撃も無く退部者の気が緩み始めた頃事件が起こった!昼飯が終わり教室でのんびりしていると見た事無い三年生が一人廊下をウロウロし教室の中を伺っている。そいつは恐ろしく青白く顔が少し傾いた弱っちそうな奴、およそ不良ではなく大方使い走りであろうオーラ全開サイクロンだった。しかし最上級生、俺達一年の前では意気がって見せた。開いた窓から「おい、応援部のニシオっておるか?直ぐにサトル(ヨシダ)の教室へ来い…って言ってました…」意気がっていたのに最後は敬語になってしまう変な奴。後にこいつがその時々の使者になるとは…
 俺はそれこそ猛ダッシュでヨシダの教室へ。“なんの用や?殴られるんか?上納か?”不安だらけの俺が着いた教室の中は悪魔二人をはじめ番長ヨシダやその他顔役が揃った巣だった。“生きて帰れるか?いやその前に中に入る事が出来るか?”そんな重苦しい空気と殺気と妖気漂う午後だった。

<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾九

〜一回生の章〜  拾九


 笑顔を絶やさない悪魔二人に何らかの魂胆があるのは、明朗会計のキャバレーより分かり易い。ヨシダはニヤニヤしながら俺達をなめ回す様に眺め、オオツカは二回生相手にジャレていた。一回生の中にもこのダラけた雰囲気にコソコソ話す奴や自然体を崩す奴が…
 その時だった!?
「一年、お前等頑張ったな」
 ヨシダの言葉にオオツカもジャレるのを止めドカリと座り直した。
 そして次にヨシダが発した言葉に俺達は驚き耳を疑った。
「この一ヶ月半、そんで昨日までの二試合を経験して、“もう無理や、辞めたゃぁわ”って奴おるやろ?儂等もOBのたわけん等にぐずぐず言われて夏の大会までには精鋭部隊を作らなかんだわ。ほんだでこの機会に辞めたい奴はどうぞお引き取り下さい。ヤキ入れたり後で追い込む事はあれせんで!」
 思ってもいないヨシダからの退部勧告だった。少しざわつき顔を見合わす一回生。
 そしてオオツカが「よう頑張ってくれたな、でも無理なもんは無理で正直に言えばええぞ。辞めたら俺達に気を使わんでもええし、パーマもかけれるし学食も使えるし」
 オオツカの優しい言葉と笑顔があかずきんちゃんの狼婆さんに見えた。

 ヨシダとオオツカは互いにマクドナルドのスマイル¥0みたいな笑顔を振り撒きやたらと退部を勧める。最後にヨシダが「一日考えて明日返事ちょ、明日集合して返事聞くで今日は逢い引きがあるで解散!」と、言うだけ言って悪魔二人と二回生はさっさと部室を後にした。
 部室に残った俺達一回生15人は一斉に会議に入った。塞きを切ってどしゃべり始めたのはヨシダの付き人であるイナモトだった。
「俺は辞めるて!やっとれんわアホらしてよー。毎日毎日鞄持ちや煙草買いに行かされ、茶店行ってもずっと横に立たされっぱなし。機嫌が悪いと殴られ蹴られ。辞め辞め!」とまくし立てた。
 それにつられるかの様にマコト、コウタロウにセイゴ、マサト等が“辞めよう、辞めよう”の大合唱。
 俺とタイチはただ黙って見てた。
 帰りの地下鉄で退部を決めた奴等が振りまいた開放感ある笑顔が今でも鮮明に思い出される。

 明けて翌日。教室ではイナモトやマコト、コウタロウにセイゴがめちゃくちゃ明るく会話をしていた。
「なあニシやんは辞めんのきゃ?」イナモトが肩を叩き言った。
「ああ、毎日地獄やけど一旦足入れたから続けてみるわ。ほやけどお前等あんま調子こかんほうがええぞ。あの二人の事やで…」
 そんな言葉は何処吹く風とばかり退部希望者達は自由を手に入れた兵士の様にはしゃいでいた。
 放課後…タオカという一回生部員を除き全員部室に集合した。あの二人は前日に引き続きビッグスマイルである。
「さて、辞めたい者はもう帰ってええよ。ご苦労さん。晴れて自由の身や高校生活を思う存分楽しんでくれ!」
 ヨシダの惜別の挨拶と同時に鉄扉が開いた。退部を決めた奴等が一礼して次々と出て行く。そんな連中にオオツカは笑顔でアラレちゃんの“バイちゃ”を繰り返す。
 自然体で立つ俺に「エイイチはええのきゃ?」とヨシダ。
「押忍」と応える俺の頭を撫でるオオツカ。しかしこの時のオオツカからは既に笑顔が消え、部室にケツを向け帰って行く連中を睨んでいた。
 結局残ったのは、俺とタイチとシモムラ。そしてなぜか一番鈍臭い白豚イトウの四人だけだった。
「やあぁ、勇気ある諸君。残った君達で応援団を担ってくれたまえ。もはや君達は明日の幹部候補や!ハッハッハッ」
 ヨシダが声高らかに笑う。その横でオオツカは薄笑いを浮かべていた。
 胸騒ぎがした。なにかある。ないわけがない。
 残った俺達の恐怖感よりも辞めていった奴等への不安感を抱いた冷たい雨の夕刻。この雨が赤く染まらないとように…

<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾八

〜一回生の章〜 拾八


 集合場所へダッシュして横隊するもあのうっとうしいOB達の姿は無く、唯一大寿山そっくりのOBサマノがあんこ腹を摩りながら突っ立っていた。
「押忍」ヨシダの挨拶が飛んだ。それを合図かのように大寿山が喋り出す。「ご苦労さん、一年生は夏の大会までに声・体力ともに鍛えて、二年生はエールの型をしっかり振るように。三年生の二人は指導をしてやってくれ。それから……であるから……以上」
 大寿山いやサマノは友達がいないのか相当長い時間喋りやがった、雨で学ランが濡れて寒くてたまらんのに。他の馬鹿OB達は試合に負けた事と雨が降っているというからという遠足が中止になったみたいな理由で帰っていったらしい。やっぱパーである。

 サマノの大演説の後、顧問のクマさんから応援の労いと解散命令が下った。小言を言いたそうだったヨシダは普段からパンパンに張った顔を2倍に膨らまし、オオツカは睨みと怒声をあげようとしていたが、解散命令に何処を見てどうすればいいか分からず目を白黒させ回していた。
 “そんなに目を回したら倒れるぞ”。クマさんの鶴の一声で解放された俺達は難を逃れホッとして家に帰った。
 翌日、あの脳天気高気圧の二人の事だから、昨日の試合は忘れてまた馬鹿な余興でもさせられるぞ…くらいの気持ちで部室へ向かった。

 俺とセイゴとシモムラが食堂の手前から取って付けた様なダッシュをして角を曲がった瞬間、前から超大股歩きで闊歩する番長ヨシダに遭遇!
「押忍」。急に立ち止まり挨拶する俺の背中にシモムラが顔面ダイブした。
 ニッコリと笑う番長は、「おう、昨日はご苦労さん。今度はマッキー(せんだ似のマキハラ)いわしたるでな、応援頼むよ!それよりおまはんたー(おまえら)なんかやらかしたきゃ?サトルちゃんとノブちゃん血圧振り切っとったで。まぁ、気をつけやぁせよ」
 捨て台詞を放ちタバコの匂いを撒き散らしながら番長は去って行った。
「おい聞いたきゃ、なんか怒っとらっせるらしいぎゃ」。髪をつんつんに起てたセイゴの髪が不安を予知する妖怪電波に見えた。

 普段口数が少なくポーカーフェイスのシモムラが「でら矢場町!」と当時流行っていた(ヤバイ)と(矢場町)を掛けた渾身のギャグを放ったが、番長の言葉に危険を察知した俺は「余裕こくなて」とシモムラをしばいた。
 部室から死角になる場所に身を隠し様子を伺う俺達。時間が経つにつれ恐怖感が増す。震える小動物みたいな俺達に選択肢は二つ。勇敢に部室へ行くか、これも勇敢にブッチ切るか・・・。“三人集まりゃなんとかの知恵”というが、残念な事に俺達は三人で一人分の知恵しか無かった。
「行こまい!どの道怒られるんや、ブッチしたら倍怒られるて。今行っときゃぁ殺されへんて。」
 思えばこの頃は“殺されへんて”が自分を含め皆を納得させるキーワードになっていた。
「よし、行ったるか!」。セイゴの言葉に再び取って付けた様なダッシュをする俺達。そして部室前で自然体をとり横隊、しばらくして残りの一年生部員がこれまた嘘のような真剣な顔と偽ダッシュで集合した。

 統制のマコトが分厚い鉄扉のドアに向かい「一年全員揃いました!」と声を掛けた。鉄扉の隙間からはいつもの様にタバコの煙が僅かに洩れパタパタと扇子を扇ぐ音が聞こえてた。

「入ったれや!!」
 野太いオオツカの声が響いた、まるで地獄の門番の様や・・。ガラガラガラ。重い鉄扉が開いた。煙の向こうにはあの二人が踏ん反り返り、その横では二回生のナカシマ、ムラマツが“ザ・ピーナツ”がモスラを扇ぐが如く扇子で二人をパタパタしていた。
“殿様か?”。タバコの煙が消え二人の顔が見えた。番長からの情報だとかなり怒っていたようだが、なんと驚く事に怒りとは真逆の笑顔がそこにあった!“いや待て、こいつらの笑顔には必ず裏がある。なんか企んでるに決まっとる、しかし本当そんな詐欺師・ペテン師みたいな笑顔がよく出来るなぁ。ヨシダなんて口角まで上げやがって”そんな二人から脚本に無いような言葉が・・・。
「あ~君達、昨日は雨の中ご苦労様でした。風邪なんてひいてないかな?」とヨシダの薄っぺらい言葉に続き、「学生服は乾いたか?革靴は大丈夫か?」と悪代官を前にした越後屋の様に手を擦り目を蒲鉾型にしてヘラヘラするオオツカ。
“怪しい、怪しすぎる”。そんな二人を不審に思いながらも拳やケリが飛んで来ないことに俺達は気が緩み始めていた。
 前日に続く梅雨を思わせるじっとりした蒸し暑い放課後。タバコ臭さより胡散臭さが充満する湿度200%の部室だった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾七

〜一回生の章〜 拾七


 スタンドに入ると相手側の応援席にカラフルなポンポンを持ったチアガールとハチ巻き姿に学ランの応援団が早くも陣取り試合に備えていた。今春選抜大会に出場し、あのアルプスで応援した自信の表れか、、、。
 それを見てヨシダは「ジャァシーわ、大府ごときが」と吐き捨てた。母校の応援席には昨日見たOB達が雁首揃え座ってる。
“お前等野球部関係者より威張り腐ってんな”
 ヨシダ、オオツカがそいつらに一礼し俺達は配置に着いた。
 暫くすると相手応援団々長はじめお供の団員がやって来て悪魔二人組に挨拶。ヨシダの殺人ビームを受けながらも笑顔で応えていた。
 いつもならそんな相手を威圧するオオツカの姿が無い?俺たちは神出鬼没を得意とするオオツカを探した。するとオオツカは今日団旗持ちを命じたタイチの前に立ち何やら死に物狂いでしゃべっていた。
「ええきゃぁ~、何があっても下ろすなよ!団旗地べたに付けたらぶっ殺すぞ!」
 オオツカは観客がいるのも気にせず殺人予告を掲げていた。この模様は文章では表現できないぐらいマンガ的です。

 タイチは初めて装着する“団ベル”(団旗専用ベルト)相手に悪戦苦闘してる。団ベルは革製で2本のショルダーベルトに腰回りに20センチ位の極太ベルト、そしてコチン前に団旗ポールを差し込む筒状のカップが付いていた。よく分からない方は、巨人の星に出てきた“大リーグボール養成ギブス”をイメージしてね!余計にわからんという人はサラッと読み流してください。
 ヨシダが「全員起立、脱帽」と声を張り上げた。
 校歌を斉唱し相手校へのエールを送った。そして大府高側からは俺達以上の声でエールが送られて来た!
 この光景にいらつくOB達。
 ともあれ試合が始まった。俺はタイチが心配で時折スタンド上段を見上げた。そんな心配をよそに団旗は勢いよく靡いていてる。試合前からあやしい雲行きだったが二回を終わる頃にとうとう雨が降り出して来た。「あ~あ、中止になりゃええのに…」そんなやる気なさをよそに試合は淡々と進んで行った。

 マウンドから豪速球を投げるマキハラ(元巨人/せんだみつお似)に活路を見出だせない母校。前年の選手権予選、秋季大会と大府に二連敗中の母校に回を追うごとに厳しいヤジと俺達応援団に叱咤怒声が飛ぶスタンド。昨日のヒーロー気分は消え失せ、まるでヒールになったような俺達…。
 そんな中、先制点は大府に入った。相手スタンドはポンポンが舞い上がり笛や太鼓が鳴り響く。そんな歓喜の声を“消せ!”とばかりヨシダ自ら“フレッ、中京”のエールを振る。が…勢いづく大府に追加点が入りそのエールも掻き消されてしまった。何とか失点を2で食い止めた中京、しかし攻撃はマキハラの前に凡打の連続でチャンスを掴めない。中盤を終え雨足が強くなり風が強くなってきた。

 ふとタイチを見ると鬼の形相で立っている。
“どした?便所でも行きたいきゃ?”そんな間抜けな考えは瞬時にぶっ飛んだ!団旗が雨に濡れ重さを増し風に煽られ普通に立っていられないのだった。ましてや団旗を付けるポールが昔ながらの桜の樹、硬くて重い…。初めて団旗を持つタイチには過酷な条件が揃いすぎたのだ!
 “頑張れタイチ、落としたら殺されるぞ”。そんな願いも虚しく雨と風が一層強くなって来たゲーム終盤、最前列ではオオツカによる応援歌のエールが始まった。コールドゲームになってもおかしくない天候に母校は意地を見せ同点としてゲームを振り出しに戻した。
 静かだったスタンドは息を吹き返し大声援を送る。しかし今一歩マキハラを捕らえきれずどうしても逆転出来なかった。
 そして最終回、大府は疲れが見えはじめた中京のエース・ニワを攻め虎の子の1点をもぎ取り、最後の中京の攻撃もマキハラ(せんだみつお似)の豪腕で凌ぎ3-2のスコアで母校は敗れた。

 終了後のエールを終えタイチの下へ走ると、憔悴しきったタイチが仲間に支えられぐったりしていた。そんな俺達をよそに先輩やOB達はそそくさと球場を出てあの説教場所へ向かっていた。俺達に送られる労いの拍手も雨に掻き消されるほど雨足が一段と強まった春の嵐の日だった…。

しかし、春の嵐以上の嵐が待ち受けているなどとは…。

<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾六

〜一回生の章〜 拾六


 初陣を勝利で飾ったものの先輩やOB達のボヤキや小言で喜びがぶっ飛び暗い気分で迎えた翌日、気が乗らずダラダラ着替えていると、
「どないしたんや、ダラーっとして。今日も応援やろ、気合い入れて行かんかい!」と内情を知らない親父が新聞を見ながら言った。
「はいはい、そやけどなぁ勝ったのに怒られるし文句言われるしやっとれんで」とぼやく俺に、
「ほなケツ割るんけ?ワレの同級生にええピッチャー(ノナカ)おんねやろ、ワレが団長なって儂を甲子園連れて行ったれや!」と親父はハッパを掛けた。“団長ねぇ~。それより続けられるかどうかが問題やわ”と考えながら球場へ向かった。

 空は昨日とは違い曇天、まるで俺の気分と一緒で試合前から滅入ってしまう。先輩に言われたように2時間前に球場に着いたが、応援団どころか客や学生すら歩いていない。聞こえるのは隣接したグランドから聞こえるママさんソフトの打球音と声援だけ・・・。しばらくしてタイチとマコト、マサトが来た。
「オッス」
「なあ、アイツ等俺んたに2時間前に来いって言ったけど自分んたは来んだろ?」とタイチ。
「来やせん、来やせん。今頃まんだ上前津の茶店におるやろ」とあの二人の分かりやすい行動パターンを解析する俺。するとマコトが、
「交代でヤニ吸いに行こまい」とポッケから“ブンタ”(セブンスターの略)を出してニヤリと笑った。俺とタイチは昨日先輩達がヤニを吸いに行った古墳へ上がった。
ヤンキー座りをしてタバコをふかし互いに昨日の事を愚痴っていると下からマコトが
「まだかて~」と催促。一気吸いをしてマコト達と交代。そこへコウタロウやシモ、セイゴが合流。そして昨日ぼろくそに言われた白豚イトウとヤマダ一号も…。

 試合開始1時間前ともなると駅からの道が人で溢れ始めた。
「そろそろ来るな」統制のマコトの声に横隊する。
「……ん?」イナモトとスズキは太鼓運搬でまだ来ないにしても二、三人足らない。
「おいマコト、カトウとタオカ、それとそれと…あっヤマダ二号は?」と聞くと何も連絡が無いとキョロキョロするマコト。
「辞めたな」とセイゴが言えば
「根性無しが」とタイチがなじる。
「それより無断だったらまたあの人達に怒られるぅ」と昨日の恐怖を甦らせるイトウ。その一言が俺達をブルーにした。ざわつく烏合の衆にマコトの声で緊張が走る。
「来た、いいか…押忍!」マコトの合図に連動し挨拶する。二人は肩で風切り、泣く子は殴る勢いで反社会的人相を全面に出し歩いて来た。ヨシダもオオツカも昨日とは違い少しヘラヘラしてる。おおよそ茶店の女とデートの約束をしたか電車でいい女見たか、駅の階段でパンツを拝んだぐらいだろう。“はぁ、単細胞”しかし…いつまでもヘラつくヨシダに対しオオツカの眼がアナコンダに変貌した!
「一年、何人か足らんだにゃぁきゃ?遅刻きゃ?連絡は?」それを耳にしたヨシダが
「チコツ~?いやチコク~!」とすべりまくりのギャグを交え横隊を見た。
「青白い奴とザクロ顔とタラコくちびるは!」名前を覚えきらないヨシダはそいつ等の特徴を叫んだ。タジタジする俺達に、
「まあええ、明日部室に連れて来い」と冷たく言い放つオオツカ。そしてヨシダは、
「ええきゃ、今日はあのマキハラがおる大府や。去年の夏の予選、秋の県大会と我が校は連敗中や。プラス選抜に出てええ気になっとる。今日は絶対勝たなかんで死にもの狂いでやれ!ええきゃ!」と鼻息を荒くした。

 間もなくして太鼓運搬班のイナモトとスズキ、二回生のナカシマとムラマツも合流した。だが二回生の団旗持ちカコと焼肉ダンスのヤスオがいない。聞くとカコは風邪でヤスオ急用との事だった。俺達は顧問が来るのを待ち三塁側入口で待機した。そこでオオツカからとんでもない言葉が発せられた!?
「ウチヤマ~(タイチ)今日はテメェが団旗持てや!団の顔、ひいては学校の顔やで旗落としたり、地面に付けたりしたら、ぶっ殺すぞ!」と恫喝した。

 押忍としか返事が出来ないタイチは虚ろな眼で空を見上げた。これが後の大事件に発展するとは誰も分からない、雨雲が立ち込めて来た試合前だった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾伍

〜一回生の章〜 拾伍


 集合場所で自然体の姿勢で立っていると団長ヨシダと副団長オオツカが苦虫をかみ砕いたような顔で近付いて来た。“おいおい、二人共顔面凶器なんだでにこやかにしてくれよ”と間違っても口に出せない台詞が頭を駆ける。しかしそんな事を考えてる場合ではなかった。
「てみゃぁら、しっかり声出さんでOBにどえりゃぁ言わされたでにゃぁきゃ!ドたわけがぁ~!」
 ヨシダが早口でまくし立てると今度はオオツカが
「二年、貴様等ちゃんと一年に指導しとんのきゃ?特にあの白豚(イトウ)は明日までにビシッとやっとけ!胸クソ悪い…」
 二人共よほどOBに叱られたのか極限に機嫌が悪い。ヨシダはもっと文句を言いたそうだったが、顧問のクマさんとOBが数人やってきたので口をつぐんだ。そのヨシダが顧問とOBに向かい「押忍!」と大声で挨拶した、それに習い他の団員も一礼し横隊をとる。まずは顧問の労いの言葉から始まり次いでOB達の有り難いのかどうでもいいのか分からない説教が始まった。それにトム&ジェリー五話分の時間がかかるとは思わなかった。若干若いOB達は自己紹介と明日の激励程度で終わったが、今の俺達(四十代)のOBになるとまず自己紹介からして長い。

 その中の一人で、七三分けに眼鏡、スリーピースをビチッとはち切れそうに着た今で言うメタボリックなOB。
「あ~諸君、私は昭和〇〇年甲子園出場時の第〇〇代団長のカタオカであります。一回生の諸君は初めてだな、カタオカであります。栄光の我が応援団に入られこれからの活躍を期待する。本日は御苦労」
 広いデコに汗を垂らしながら涼しい顔で喋る姿はさながら選挙演説の代議士のようだったと言うか“本日は御苦労”が先じゃねえのかよ。そいつは続けて喋り始めた。長くなるので抜粋すると、応援のリズム、攻守の切り替え時の空白、適材適所の人員配置、一回生の体力と声の出し方とまぁキリが無いったらありゃしない。
 そいつの癖が悪いのは、一つのテーマが終わると必ず「それからもうひとつ!」と仕切り直し話しを始める事。だからいつまで経っても終りが見えない。俺達の自然体がだらりとなるのを察知したもう一人のOBがそのカタオカをやんわりと止めた。カタオカの台本にはまだまだ台詞があったのだろうがひとまず無理矢理まとめて後ろへ下がった。そのカタオカの暴挙を止めたOBは、
「僕は第〇〇代サマノといいます。顧問の熊谷先生と大学で一緒でした。以後よろしく」
 とカタオカと違いあっさり挨拶を終らせ俺の好感を得てた。さぁ~終りか、やれやれと一瞬気を抜いた時だった。数人列ぶOBの後ろからさっき球場でほざいていた白豚オヤジが姿を現した!?“おいおい部外者、球場内はともかくここは関係者以外ご法度やぜ”と睨んでいると、事もあろうかあのカタオカが体を小さくして「どどどうも、いらしてたのですか?」と梨元ばりに恐縮してる。“誰だあの白豚”余裕こきまくりの白豚は俺達の前に二足立ち、いや仁王立ちしてニヤリッとした。悪魔二人も顔を見合わせ首を傾げてた。白豚オヤジはイチベツすると、
「儂はフジモト、当然OBだ。歴史はそこのカタオカにでも聞いてくれや。それにしても数年振りに応援を見たがなっとらん!全くもってなっとらせん!こんな応援では万一甲子園へ行ったとて恥ずかして披露でけせんわ!明日、いんや今大会は無理とて夏の予選までにはまともな応援が出来るように。特に三回生の二人格好の前に質を付けろや。以上!……あっ、ヨシアキしっかり頑張れ」

 白豚オヤジは最後に意味不明な言葉を残し威風豚々(とんとん)と帰って行った。その後をカタオカ達若輩OBは蝿の様に手を擦り金魚の糞よろしく行列を作り公園を後にした。残った俺達に顧問から解散命令が…。先生を見送り一息とおもいきや悪魔二人が烈火の如く怒り狂った!
「ヨシアキって誰じゃぁ~?あの白豚と何の縁故があるんじゃ~?名乗り出んきゃぁ~!」
 青い森をバックに吠えるヨシダが本当にジャングルのニシローランドゴリラに見え、誰かと疑うオオツカは獲物を仕留めようと樹から身を垂らしたアナコンダのようだった。
「誰だ!出ろ!」
 自分達でない二回生達も声をあらげる。俺達一回生も顔を見合わせていたその時!さっきの白豚オヤジと同じシルエットを持つ奴を発見してしまった!一回生の白豚ことイトウである。顔を紅潮&硬直させたイトウが一歩前に出た。
「おみゃぁ~きゃぁ~!なんだあのクソオヤジは?おみゃぁのなんだて~!」
胸を叩き雄叫びをあげるヨシダに
「おお押忍、叔父であります。母の兄で割り箸の卸し屋で…それで、それで…」
「もうええわっ!てみゃぁの叔父でもOBでも関係にゃぁ~!俺らに文句言いやがって、副団長かなんか知らんが今度会ったらぶっつぶす。お前も辞める覚悟しとけや!気分悪いで帰ってくぞ!明日の集合もここで試合前2時間に集まっとけ、ええきゃ!」
 何振り構わぬニシローランドゴリラは雄叫びをあげアナコンダと共に彼方へ消えた。
 初陣を勝利で飾ったのに大敗の原因を押し付けられたような縦の関係を思い知らされた苦い夕刻だった。


<続>



名刺

ついに名刺をつくってもらいました。

私、今日から名前が少し変わりました。
芸名が出来た気分です。

「すみません、まだ名刺がないんです。」と言わずにすむようになりました。

最初の一枚はどなたにお渡しできるんかな〜とかちょっと浮かれてこの日記を書いていたら、
たったいまお客様がきて、あっけなく名刺デビューは終りました・・・。



彼女の恋

サッカーの中田選手やMr.Childrenの桜井さんを見ると、
たまに同級生の女の子のことを思い出すときがある。

彼女とは保育園から中学校まで一緒だった。
家も近く小中学校ではよく遊んだ。

彼女はとてつもなく惚れっぽかった。
主に芸能人に。

中田英寿選手、桜井和寿さん、柏原崇さん、スキージャンプの荻原さん、
漫画「イタkiss」の入江くん、ブルースウィリスさん、キアヌリーブスさん、
トムクルーズさん、モーガンフリーマンさん、デイヴィッドドゥカヴニーさん・・・。
まだまだ数えればキリがない。
(っていうかあとは誰を好きだったか忘れた。少なくともあと20人はいるはず。)
同級生のかっこいい女の子のことまで好きになったこともある。

とある芸能人男性のことは、中学生のとき、不倫騒動が出たからきらいになった。
そのときは私がフォローして慰めた。
デイヴィッドドゥカヴニーさんの出演しているX-FileのDVDも一緒に観た。
「このときのモルダウがかっこええがよ!!」と言って何度も巻き戻し早送り一時停止・・・。
結局モルダウの顔を観て時間が過ぎた。

そんな彼女に付き合うのはきらいでもなく、
「ほんま色んな人好きになったねぇ」とふたりで彼女の好きになった人を思い出しながら数えた日々・・・
「次は○○が好きになった!」ということばを何度聞いただろうか。

今思うと、彼女は私の友人の中でもちょっと変わった存在やったなぁ。

高校は離れ、それ以来連絡はとっていない。

彼女にとって「恋」ってなんだったんだろう。

彼女は今も恋してるのだろうか。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾四

〜一回生の章〜 拾四


 好投手クドウに連打を浴びせチャンスを広げる母校にスタンドも自然と盛り上がる。それまで単調だった応援にも一層力が入った。
 団長ヨシダが0.1トンの巨漢に似合わぬ機敏な動きで的確な指示を出し、オオツカは俺達の動きに誤りやさぼりがないかとスネークEyeを飛ばし、先程ほざいていた白豚おやじもエールに合わせ声を出している。
 グランドでは母校がランナーを二人置きチャンスを広げ、左バッターボックスには番長ヨシダが不敵に構えていた。団長ヨシダの指示は「かっ飛ばせ!ヨシダ」、得点機を前にスタンドは一段とボルテージがあがる。
「カッセ〜、カッセ〜、ヨシダ!カッセ〜、カッセ〜、ヨシダ!」
 スタンドの野球部員の声も一層大きくなり、俺達も怒声に近い声を出し必死に応援。
 球場の全ての人の視線がバッターボックスに集中していた時事件が起った!?

「ガツン」。鈍い音が響き一瞬にして球場が静まりかえった。事もあろうかクドウが投げたボールがヨシダいや総番のヘルメットを直撃したのだ! 直後に母校スタンドからは怒声と罵声が飛び交い団長ヨシダは金網にへばり付き「テメェ、コラッ!クドウ貴様殺すぞ!」と喚き散らしている。多分相手スタンドから見ると、ニシローランドゴリラが暴れている様にしか見えなかっただろう。
 そんな騒然としたスタンドをよそにバッターボックスのヨシダはバットを持ったまま1ミリも動かない。“痛いのか?動けないのか?”審判の問い掛けにも知らん顔のヨシダがとった行動は、帽子を取って謝るクドウにまず強烈な眼を飛ばすことだった。

 しばしの沈黙。ひょっとしたら乱闘も…そんあことを予感させるほどの迫力&静寂。そしてヨシダは静の迫力を存分に発揮しながらスローモーションで一塁へと向かった。
 そうだよなプロじゃねぇから乱闘は無いよな、と半ばナットク、けれどちょっぴりがっかりした俺の眼に信じられない光景が飛び込んできた。
 クドウに続き帽子をとり一礼する一塁手にヨシダは軽く体当たり(ギリギリ許される範囲)してから何やら耳元で囁いている。何を囁いたかは分からないが一塁手はかなり慌てていた。
 そしてヨシダはリードするフリをして一塁手の足を踏んでニヤニヤしてる(これもバレない程度のギリギリのテクニック)。
“これは高校野球なんかじゃない、喧嘩や!でもここは野球場で審判もいる…子供の頃見たドカベン?いやアストロ球団?違う、ちょっと違う、あっ!アパッチ野球軍そのままや!”。俺は必死に応援しながらも過去の記憶を蘇えらせた自分に果てしない喜びを感じた。

 一発触発の中、次の打者がしぶとくヒットで1点、次いで御家芸のスクイズで2点をあげた。盛り上がるスタンド、沸き上がる歓声!応援初陣の俺は”これが中京野球か、これが応援団の心意気か”と体に震えが走った。
 後続は絶たれたがスコアボードには誇らし気に【2】と書き込まれ、我が中京は確実に勝利へ一歩近付いた。
 俺にとって初の応援だ、絶対勝ちたい! その意欲がさらに声を大きくさせた。
 しかし名電もしぶとく2点を返して来た。そして回は8回中京の攻撃。
 ここで、ニシローランドゴリラいや団長ヨシダから出された指示は「かっ飛ばせ〜〇〇」でもなければ「フレッ中京」でもなく「応援歌」であった。応援歌といえばラッキーセブンに副団長オオツカのエールで歌うのが常だが、何故かこの回は二回生ナカシマがエールを振りそれが始まった。

 俺達は拳を上下させ太鼓に合わせシャウト。応援歌は歌詞の1番だけを歌い、「フレッ中京」のエールを振って終わるのだがちょっと様子が違う。1番を歌い終えると同時にナカシマから発せられた言葉は「もうー丁〜」
 はぁ?もう一丁? 初めて出る指示に戸惑い一瞬手と声が止まり仲間を見ると皆どうしていいか分からず動きがバラバラになっていた。
 それを後頭部にも眼がついているオオツカが察知! 振り向くや否やスタンド狭しと駆け回り一回生の耳元で「続けんか!ボケ〜ェェェ!!!」と、血走った眼で恫喝しジャングルを高速で這うアナコンダの様にまた定位置に戻った。
 怖え〜、マジ怖え〜。歌わな殺される…手を止めたら殺される…。試合後が怖い、いっそ一生試合やっててくれ〜! そんな恐怖心と絶望感に襲われている間に母校にチャンスが訪れていた。
 スタンドでは現役、OB、ファンに一般客が一体となり応援歌の大合唱!それはまるで早慶戦のような盛り上がりだった。
 誰が決勝打を打ったかは記憶に無い。しかしこの回、勝ち越しの1点を取り、初陣を勝利で飾ったことだけは間違いない。
 ゲームセット後の団長エールが終わった。もう体力も無く、声も涸れていた。球場の外へ出て横隊する俺達に無数の拍手が…。なんだかすこしだけヒーローになった様な気分だった。
 だが…
 この後あの悪魔二人組の「今日の一言」とOBからの「本日の小言」という恐怖の時間がある事も知らず、俺はヒーロー気分で集合場所へ走った。
 そんな初陣であった。


<続>



自転車屋のおんちゃん

実家の目の前には自転車屋さんがある。

夫婦でやっている自転車屋さん。
そこのおじさんが亡くなったそうだ。

学校に行くとき帰ったとき友達と出かけるとき帰ってきたとき、
いつもおじさんは私の目の前に立っていた。

自転車の空気入れ。
私は一人でいれたことがない。

「空気がないなったー」と言って自転車を持っていくと、
「おっしゃ」と言ってチューブでプシューっと空気を入れてくれる。
あのプシューっといって一瞬でタイヤがふくらむ感覚が好きだった。

朝8時頃シャッターの音が聞こえてお店が開かれ、夜18時頃シャッターが閉められる。
ガラガラガラ、と音がなる。
あの音を聞くことはこれからあるのだろうか。

ときがたつにつれ地元の知り合いがどんどん亡くなっていき、新しい命が少しずつうまれていく。

人はいつか死ぬとはいっても、知り合いが死んでいくのはやっぱり・・・とてもとてもかなしい。



6/1から

道路交通法一部改正。

・乗車用ヘルメット着用
・75歳以上・聴覚障害者の標識表示義務化
・後部座席シートベルト着用完全義務化
・普通自転車の歩道通行
シートベルト非着用の致死率は着用者の約4倍だそうです。
安全のためとはいえ、 後部座席シートベルト着用に慣れるまでは
バスやタクシー運転手さんたちはお客様への対応に苦労しそうですね・・・

自転車は車道通行が原則とのことですが、
運転者が13歳未満の児童や幼児・交通の状況でやむをえない場合は
歩道通行可能だそうです。

車道側の自転車通行ってこわいですよね・・
あんまり通りたくないなぁ。
事故とか増えたりしないんだろうか。
人と自転車の接触事故は減るんだろうか。

心配です。

ちなみに6/1は姉の誕生日★

・・・あっ、やばい、何プレゼントしよう・・



牧場

この前あまりにも眠れなかったので、ひつじを数えてみることにしました。

ひつじが柵をとびこえるところを想像しながら、

ひつじがいっぴき
ひつじがにひき
・・・

30くらい数えたところで、想像の中の牧場がひつじで満員になったので、
数えるのをやめました。

どうやら私の頭の中の牧場は結構せまいようです。

結局一睡もできませんでした。



結婚

ウエルカムボードイラストを描かせてもらった友人の友人が
無事結婚式を終えました。

友人が結婚式の最中に新郎新婦の写メを送ってくれて、
幸せそうな二人を見て私もうれしくなりました。



wedding.jpg
末永くお幸せに




大阪から東京に来てふと思ったこと。

ギャルを見ない

満員電車が満員すぎる



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾参

〜一回生の章〜 拾参

 デビュー曲の「校歌」を歌い終え、俺の体力バロメーターはすでに半分となった。あまりの大声で校歌をシャウトしたもんだから脳の酸素が薄くなり半朦朧状態となったが、呼吸を整える間もなくヨシダによる団長エールへと続く。
「それでは〜まずは〜相手側、名古屋電気高等学校の本日の健闘を祈ってぇ〜。フレー、フレー、めーいーでーん、押忍!」
「フレッ、フレッ名電、フレッ、フレッ名電」
 相手校にエールを送ると相手団長は一礼しスタンドからは拍手が起こる。ここで気になる人物がいた。野球部生徒の最前列で背中に日の丸中京の白抜き文字入りアロハシャツを来て手にはこれまた日の丸の旗を持ち笛を吹きまくるおじさん。“OBか?変わった人やな”と思わず笑ってしまった。しかしこの後その人と呉越同舟の仲になるとは…それも40歳を過ぎた今でも…
 
「それでは次に、我等中京高等学校の本日の勝〜利を祈ってぇ〜。フレー、フレー、ちゅ〜、う〜、きょ〜う、押忍!」
「フレッ、フレッ中京、フレッ、フレッ中京〜」
「タイボウ(学帽を被れの意)着席!」
 ヨシダの号令で俺達兵隊は「ありがとうございました」と深々と頭を下げ観客や生徒、OBに礼を告げる。
 試合前の一大パフォーマンスが終わった。ヨシダとオオツカはスタンド最前列から4、5段上がった所で二人して大股を広げ4〜5人前のスペースを確保してから腕組みをして名電応援団を睨み付けた。そしてオオツカはいつものように角栄バリに日の丸扇をパタつかせていた。
 俺達は何事があろうとも常に自然体の姿勢で指示を待つ。しばらくすると名電側から我が校へのエールが始まった。ヨシダから頭を下げろの合図。エールが終わると自然体に戻り敬意の拍手。ウグイス嬢から試合開始のアナウンスが流された。

 ホームベースを挟み両校が挨拶。後攻めの母校のナインがグランドに散った。番長であり正捕手のヨシダが野手達に「プレーィ!」と低い声で両手と片足を揚げ開始を告げた。
 審判の手が揚がると同時に応援が始まった。
 ナカシマが「フレッ中京」のエールを振りスタンドを鼓舞する。学校での練習とは違いスタンドやフェンス、バックスクリーンに反響する声は迫力があった。
 一回の表を終え母校の攻撃に。1番セカンドで主将のシラキがバッターボックスへ。すかさず「カッセ(かっ飛ばせ)シラキ」のエール。マウンドにはあの工藤がいる。シラキ凡退後、2番アサオウ、3番イトウも凡退。試合は中盤まで膠着状態が続く。俺達は「カッセ〇〇」と「フレッ中京」を繰り返した。
 試合同様単調な応援に一人のオッサンが立ち上がり顔を紅潮させ叫んだ。
「応援団なにやってんだ!もっと声出して休まず続けろ、バカヤロー!」
 眼鏡で色白でデブな気色悪いオッサンがまくし立てた。ヨシダとオオツカは鬼の形相で振り返り「なんじゃコラッ!」と言わんばかりの怒りオーラを体いっぱいににじませた。
“誰だあのオッサン?眼鏡で白豚のくせに。ん?眼鏡に白豚?うちの団にも似た奴(イトウ)おるなぁ。よう似とるわ”この変な一致が後日大事件になりイトウの環境を変える事に。
 そのオッサンの言葉に発奮したのかオオツカが日の丸扇を持ち立ち上がり「拍手三・三・七拍〜子 」と低音で威圧的な態度で扇を振った。
 その効果かこの日初めての快音が球場に響いた!

<続>



心配性

祖母が最近、肩の手術をした。

以前もしたことがあるし、命に関わるようなものではなかったけれど、
手術前後は連続で、実家に帰っている夢を見た。

心配性は祖母と母似だ。

命に別状はないとは言っても、普段と違う場所に寝泊りするだけで勝手が違う。
知人の話だが、『勝手に点滴をはずすから』という理由で手足を縛られた人の話を聞いた。
おそろしい。
自分たちの身は自分たちで守らなければいけないと思った。



ばーば

GW、甥っこに会った。
甥っ子 琉生、1才4ヶ月ちょっと。

琉生は、誰が誰なのか(両親・祖母・曾祖母など)を理解しているんだけど、
皆のことを『ばーば』と呼ぶ。

ひときわ警戒心が強くなかなかなつかない子だけど、GW、なぜか私に対する態度が違っていた。

琉生がブーブー(車)で遊んでいて、私がそばでちょっとよそ見をしていただけで
「ばーば、ばーば!」と呼ぶ。

「おい!俺と遊べよ」って怒られてるみたいだ。

なんだか・・・息子を通り越してすでに孫ができた気分・・・。



ランチタイム

ランチに毎回1000円以上もかけれん!と思って、
今日はコンビニでおにぎり+スイーツを買って
川沿いのベンチで食べることにした。

コンビニにある、他よりちょっと贅沢な具のおにぎりと新作スイーツさえあれば
私はごきげん。

桜の木もすっかり緑色。

常に小説を持ち歩いているので時間をもてあますことはないけれど、
意外と人が通る。

そして何故かブックカバーに小さい蜂が・・・!
ブックカバーに蜜でも入ってる??
と思ってしまうほどの入れ込みっぷり。
ずーっとツンツンしてた。

私は虫が苦手。
昔 部屋にムカデが出て、あまりのこわさに
畳の床がテカッテカのツルッツルになるくらいキンチョールをまいて毒殺し、
いまだに『虫が出たらキンチョール一本使う子』と祖母に言われているほどだ。

部屋にムカデが出たことのあまりのショックに、
『将来絶対この家を出よう』と思ったくらいだ。

うう・・・夏は蚊とかG(黒光りしたアイツ)が出てきそうやな・・・

川沿いで食べるのはやっぱやめよかな・・



GW

GW、実家に帰った。

私や姉が実家に帰ってきて、また家を離れるとき、祖母は毎回泣く。

祖母はとても心配性で、そして涙もろい。

今回は二回も泣いた。

「琉生(甥)やメグ(私)が幸せになればいい・・」と言って泣いた。

祖母は毎回、涙をこらえてほんとうにつらそうな顔をして泣く。

私はそのたびに、目がジーンとなって胸が熱くなる。

祖母が元気なうちにもっとばあちゃん孝行をせないかんな・・・と毎回思う。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾弐

〜一回生の章〜 拾弐

 冷たいコンクリートの階段を上がると目の前に青く繁った芝生が広がっていた。その後ろには手書きで味のあるバックスクリーンが幾多の名勝負を見届けて来たかのように威風堂々と立っている。外野席は全て芝生、のんびりした風景。そして自軍のスタンドに目をやると、のんびりした風景が一変しほぼ満員の観客で埋まっていた。
 なんだ?甲子園の予選でも大会決勝でもないのに…その光景に驚きながら相手(名電側)を見るとなんとガラガラ。昔の川崎球場のようだった。“中京は人気があるんやなぁ”と感心してると二年のナカシマが「配置せえや!」と怒鳴った。
 初陣で右も左も分からず躊躇してる俺達は他の二年に引率されスタンドの階段や通路にバラバラに配置された。

 俺の横には100人を越える野球部の一年が座ってる。同じクラスの野球部員が俺を見てニコリとしてた。新野球部員にとっても今日が初の試合観戦で期待に満ちあふれた表情で座っているが、そいつらが俺達までをも見ていると思うと極度の緊張感に覆われタマキンが天まで上がってしまった(そんなわけあるはずないけどね)。
 ふとスタンド最前列に目をやると例の二人がOBらしき男にペコペコしてる。OBらしき男がニヤリと笑った。“なななんじゃぁ、ありゃ!?”笑った男の歯はその約7割が金歯と銀歯に装飾されロレックスのコンビのように豪華に光っていた、というより“007”の宿敵[ジョーズ]そっくりっていうか。

 俺達が自然体を組み立っているとナカシマからハクタイ(白い手袋)装着の合図。間もなく始まる試合に緊張が高まる。しばらくすると一塁側から黄色のトレーナーに紫の鉢巻きをした名電の応援団風の生徒が3人歩いて来た。名電には応援団が無い、従って生徒会か野球部員から作る急造応援団ということになる。風格も厳つさも全く無い。そんな連中が中京側のスタンドに来るという事はスラム街に迷い込んだ日本人観光客の心境だろう。
 この儀式は応援団間で必ず行われる試合前の挨拶である。挨拶は歴史の古い応援団に歴史が浅い方が出向くのが常である。我が中京は県内はもちろん東海圏でも歴史は一番古く全国でも第四位に位置していた。あの悪魔二人組は第56代にあたる。

 この挨拶で試合前と後のエールの順番を決める。通常先攻チームが先にエールを振り、勝利チームが先にエールを振る。しかし中京にはそんな打ち合わせはいらない。何故なら後攻だろうが負けようが必ず先にエールを振るという不文律が出来上がっているからだ。だから応援団のある古豪、強豪校は「本日は宜しく」と挨拶をして帰るのだが名電の急造応援団はそれを知らずあの二人を怒らせてしまった 「押忍、名電応援団々長〇〇ですが、先攻なので先にエールを振りますがよろしいですか?」
 その言葉に真っ先に反応したのはオオツカだった。目を血走らせ血管がメロンの表面(あるいはキャン玉袋)のように浮き上げ立ち上がった!
「クゥオラ〜、今なんて言ったんだぁぁ〜、あ?この電気坊主〜!」
 ちなみに「電気坊主」とは名電生のあだ名。この電光石火の恫喝に後退りする名電生。
「あの…その…えっ?」
 じわりじわりと詰め寄るオオツカとスタンドの雰囲気に顔面蒼白の三人組。それをニタニタ見ていたヨシダがここぞとばかりに立ち上がる。
「おい、おみゃぁさんたらぁよ〜どこぞの学校にもの言っとりゃぁすきゃ。わしら中京だがね、先攻後攻、勝ち負け関係無しでエールは中京が先に決まっとるぎゃぁ。覚えとけドたわけがぁ〜。分かったらちゃっと帰って応援のまね事でもしとけっ!」
「ししし失礼しますっ」名電生は慌てふためき自軍スタンドへ。
 へっへっへっ、バ〜カ。オオツカが得意満面で笑った。

 グランドでは中京のノックが始まった。初めて見る立ち襟付きのユニフォームは痺れるくらい格好よかった。それとツバが上がった帽子渋すぎる。そんな選手に見とれているとナカシマから次の号令が。「九人エールだ」。九人エールとはその日の先発選手の名前をコールして応援する一発目のエールである。それと同時に団旗を揚げる合図も出る。ピッチャーから順にライトまで最後はフレーフレー中京で締める。
 俺達の初陣が始まった!選手の名前を大声で叫び力いっぱい手を叩いた。両校のノックが終わり最後のグランド整備が始まった頃、団長ヨシダがスタンド最前列中央に立ち上がり、両手を揚げ口上を発した。
「中京ファンの皆さん、並びに先輩生徒諸君。本日は我等中京高等学校に絶大なる御声援をお願いします!」
 この口上を合図に回りの人達に「よろしくお願いします!」と何度も頭を下げ応援をお願いする。万雷の拍手の中「校歌〜、よお〜い!」のヨシダの号令に「ド〜ン!」と太鼓が鳴る。とうとう俺達が練習に練習を重ねたデビュー曲校歌の初披露だ。音程もコブシもビブラートも無い。
 ただただ大声でがむしゃらに歌った。校舎や階段で歌った感覚とは全く違う爽快感が体を抜けた。

 投球練習場のマウンドを見ると未だ現役で頑張る『ハマのオジサン』こと名電のエース工藤が立っていた。
 アンパイアの手が揚がった
「プレーボール!」
 俺達のバカな青春も幕を開けた。

<続>



パラダイス

ふと、地元にあるカラオケのことを思い出した。

その名も『パラダイス』。

この前地元に帰ったとき、つぶれていた。

思えば初めて行ったのは小学生高学年。
それから高校生まで随分お世話になった。

一室一時間1000円。
フリータイム最大7時間3000円。

夫婦で個人経営している、ひっそりとはずれに建っていた
学生時代の思い出がつまったカラオケ屋さんでした。

地元を離れていると、
『~がつぶれた』だの、『~が出来た』だの、
そういう話を耳にすることが多いです。

いい話をたくさん聞けるようになったらいいなぁ。



退職

今年春、父が定年退職をすることになった。

口下手で、口を開けば質問攻め、嫌味ばかり言う父に反抗していた時期もあったが、
今まで真面目にこつこつ働いて家族を養ってくれたことに本当に感謝している。

銀行員としてずっと働いてきていたが、
昔目指していた夢は違うものだったということを、
少しだけ話してくれたことがある。
東京で数年働いたが、肌に合わないといって高知に戻って働いていた。

・・・

そんなあなたの娘は高知から大阪、そして今東京にいます。
私が東京に行くことを第三者から知ったとき、ためいきをもらしたと聞きました。

心配かけてごめんなさい。
でも、もうちょっとだけ自分のやりたいようにがんばってみます。

ありがとう。
今までお疲れさまでした。



結婚式の幸せ

友人の友人が来月結婚することになったらしく、
ウェルカムボード用のウェディングイラストを描かせてもらうことになりました。

ウェルカムボードを描くのがさりげに夢だったので、うれしいです。

幸せっていいですね。

私の知っている方々というわけではなくても、
同年代の人が「結婚」というとちょっと身近な感じで
幸せそうな二人を想像するとなぜか自分までうれしくなります。

なんかこっちまで幸せが伝染してくるような気がします。
伝染したらいいな~

結婚式がうまくいきますように・・・

少しでもイラストを気にいってもらえますように・・・





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ブーケとってみたい。




ジャストサイズ

昔、私はスリッポンがほしかった。
でも私の足のサイズは22cm。

大半の靴はスポスポで、ジャストサイズの靴はなかなか見つからない。

ふと昨日靴屋さんで目にしたキッズコーナー。
『 スニーカー・スリッポン ~22cm までサイズ有。』

・・・
キッズサイズならピッタシなんじゃ・・・
と思いつつ、
いかにもキッズな原色カラフルなコーナーで
足を通す勇気はちょっとなかった。

同じ足のサイズの姉が興味をもってくれたら、
ネタも本気もかねて、今度一緒に行くことにしようと思う。




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昔バイトしていた靴製作屋さんに置いてた靴




プレゼント

GWに実家に帰る予定なので、
母の日に向けて母に服を買った。
今年の定年退職に向けて父には財布をあげることにした。

サプライズプレゼントをするのが好きだ。
家族の喜ぶ顔を見ると、自分がうれしくなる。
渡す直前が一番わくわくする。

東京新宿駅から実家までバスでおよそ12時間。
大阪梅田駅から実家までバスでおよそ10時間。

帰ることを一切隠して大阪からこっそり実家まで帰ったことがある。
夜中に地元の駅に到着して、街灯のない道を一人で歩いて家に帰った。
あまりの真っ暗闇にお化けが出るんじゃないかとそわそわしたけど、
祖母や母たちの驚く顔を想像してわくわくする気持ちの方が強かった。
どろぼうのようにこそこそしながら家に入り、
「ただいま!」
と言って登場したときの皆の驚いた顔。
今でも忘れられない。

またやりたいな~、とは思いながらも、
ときがたつにつれ祖母の心臓に負担がかかることの心配と、
家に誰もいなかったときのむなしさといったら・・・
想像するだけでさむいので、
きっともうやることはないだろう。



妄想

一昨年、
「よし!読書の秋だ!」と思いたち、それからずっと小説を読んでいます。
とはいっても読むのはもっぱら宮部みゆきさんの作品です。

会社の近くに古本屋さんがあって、今日もそこで小説を買いました。

それをお昼休みに読んでいたところ、
小説の中に挟まっている読者アンケートはがきを発見。
そのはがきの下の方には、ボールペンで8ケタの番号がなぐりがきしてありました。

・・・

『 これって・・・
電話番号だよね??
なんでこんなところにあせって書いたような文字が・・・
はっ!
もしかしてこれって・・・
何かの暗号!!?
もしや
誰かが助けを求めているんじゃ・・・・ 』

・・・

なんて一瞬のうちに妄想をはりめぐらせたアタシ。

・・・

・・・

小説の読みすぎでしょうか。。



去年12月に、兄に長男がうまれました。
私にとって初めての甥で、私は「おばさん」になりました。

その甥っこ、琉生くんは
曾祖母・祖母(私にとっては祖母・母)の家に行くと
毎回曽祖父の仏壇に向かって
『のんのん』をします。

兄が「はい、琉生くん『のんのん』は?」と言うと
仏壇に向かって手を合わせておじぎをします。

本人はどういう意味かわかってやっている行動ではないと思います。
でもすごくいい習慣だと思います。

私にも将来こどもが生まれたら、その子には
そういう習慣を身につけるようにしてもらいたいです。

そして私自身も、実家に帰るときは特に
ご先祖様へ「ありがとう」のあいさつを忘れないように
これからも心がけたいと思います。



アレックスのレモネードスタンド


『 人生が酸っぱいレモンをくれるなら、

そのレモンで甘いレモネードを作ればいい。 』

このことばがすべてを物語っています。


小児ガンと戦った女の子のおはなし。
テレビの前で一人で大泣きしました。



緊張

「緊張するのはいいことだ」と栗山さんは言います。

《慣れ》ってこわいものだと思うし、
いざそのときに 今緊張してるからどうだ とか考える余裕はないにしても、
確かに緊張はいいものだと思います。

ただ、
私は極度の緊張症ではないかとたまに思います。

たとえば学校で挙手するとき、
おそろしいくらいに心臓がバクバクいうのです。

(手をあげようか・・・どうしようか・・・!
思いきってあげてみたけどあたるかな・・・
あたってほしいけどあたってほしくないな・・!)
と思いながら、
心臓はバクバクバクバク・・・
心臓が高鳴りすぎてこのまま死んでしまうんじゃないかとさえ思ってました。

会社での打ち合わせでもそうです。
なにか案を思いついて考えを口にだすタイミングを考えるときにも
心臓がバクバクバクバク・・・

小学校のとき、
「○○くん、モエのこと好きながやとー!」
と言われただけで、
動揺して顔が赤くなって
「うわ!顔が赤くなっちょう!モエも○○くんのこと好きながやー!」
なんて言われて歯がゆい思いをするようなことも。
顔が赤くなることなんてしょっちゅうありました。

小さい頃は
ピアノを習っていて
ピアノ発表会に出たり歌を歌ったり。
小学校のときは
生徒会に入ったり、
音楽会で歌を歌ったり。
中学校では
ステージで作文発表したり
英語の暗唱大会で劇をしたり。
高校でも
生徒会に入って送辞を読んだり。

今思えばやたら学校のステージに立ってたかも・・・。
なんでやねん。
意外と昔の方が平気だったのかもしれません。

一生に鳴る鼓動の回数は決まっている、と聞いたことがありますが、
もしかして私は緊張するたびに自分の寿命を縮めてるのかな?
もしそうなら「オンギャー」と生まれたときから
鼓動の回数数えれたら良かったのにな~~★


自意識過剰だからあがるのでしょうか??
経験を踏んで慣れると、今ほど緊張しなくなるときがくるんでしょうか??

人前で話すときに緊張しなくなって、自分の言いたいことを的確に
伝えられるようになりたいです。



ロケ

今日は大物スターのロケでした。
栗山さんに紹介してもらって、至近距離で一言紹介させてもらっただけですごく緊張しました。

私がロケに参加させていただくのは四回目ですが、いまだに慣れません。
あせって緊張してなんか皆さんに偉そうな口のきき方になったり、
(普段から敬語がなってないんですが)
全然気がまわらなくてボーッとしてたり。
それを思い返しては一人で「あー」とか「うわー」とか「やばいやばい」などと、奇声を発したりします。

気持ちが高まると特にひとり言と奇声が出ます。
自分でも、私・・・変人やな、あやしいな・・・と思います。

ひとりごとを言ってるのを発見したら、そっとしておくか軽くつっこんでやってください。




秘密結社

会社にヘアメイクさんが来ていて、
「高知って秘密結社があるの?」と聞かれました。

・・・初耳です。

前のロケのときにはスタイリストさんに、
「高知って土佐犬がウロウロしてるの?」と聞かれました。

・・・そんなことはありません。

高知といえば、
「よさこい見たいね~」とか、「やっぱカツオのたたきでしょ」とか、
「波がいいね(サーフィンに)」、「柚子もとれるの?」
などとは言われたことはありますが、
秘密結社と土佐犬については初めて聞かれました。

おもしろいですね~
自分のイメージする地方って、ある程度は似てますが人それぞれ違いがありますね。

確かに今考えるとかつおのたたきは家でよく食べるし、柚子も大好きです。
でも私は土佐犬らしい土佐犬は見たことがありません。

今度帰ったら家族に秘密結社についてくわしく聞いてみようと思います。

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中目黒桜だより、
更新していなくてすみません。
撮った画像をPCに入れたらUPしたいと思います。

金曜日は目黒川沿いで夜、服屋さんたちが主催のお花見会(?)があるそうです。



一ヶ月。

会社に入って一ヶ月がたとうとしています。

今日は初給料日でした。
封筒の中には、あの達筆の、社長直筆のお手紙が入っていました。

初めて出社していったときに買った白桃の枝は、
まだ私の家で、花を咲かせようと、きれいな黄緑色の葉をたくさん伸ばしています。

まるで、「もっとこれからがんばろうぜ」って言われてるようです。


相反して、中目黒の桜は満開です。
実家の、高知の私の母校の桜はまだ満開ではないそうですが・・・(母談)

《NIKKI》で桜だよりを書かせてもらってます。

http://www.mb-jp.com/nikki.php?page=2#a000445
http://www.mb-jp.com/nikki.php#a000448

今毎日写真を撮っています。

中目黒の春を少しでも感じてもらえたらうれしいです。



会社帰り

会社とはまったく関係ないのですが・・・

会社帰りに
アーティストを支援・応援するシステムをつくろうとしている(つくっている)
大学院生の方々とお話してきました。

私も、おこがましくもアーティスト(ユーザー)的立場としてお話させてもらいました。

自分のおもいをコトバにする・情報交換するのってやっぱ大事ですね。

大学院生の方々の本気の思い、ユーザーへの思いやりが伝わってきました。

今後アーティストの将来的なツールのひとつとして発信されていくのが楽しみです。
いつかご紹介したいと思います。



おるすばん。

久々の出勤ですが、夕方から一人で留守番でした。
なので今、会社でブログ更新中。

今日はあいにくの雨。
フグさんたちがロケを外でやるようなことを言っていたのですが、無事終ったんでしょうか。
実は私は雨女なんですが...ロケには行ってないので雨が降ったのは私のせいではない...と思います。たぶん。

最近は春らしく、昼間はぽかぽかしていたのに、
今日に限って冬が戻ってきたかのように寒いです。

香川の友人が、ほんの少し前インフルエンザにかかったそうです。
まだ菌がいたんですね。

油断大敵ですね。



二回目のロケ

出勤九日目。


都内スタジオロケ。

四国出身者が四人もいました。
香川県民三人・高知県民が一人(私)。


大阪にいた頃は四国出身者に遭遇する機会も多かったんですが、
「東京ではめったに会わない」と聞きました。

前回のロケでは高知県民が二人(一人は私)いました。

・・・意外といるものですね。
四国人に会うのはとてもうれしいです。
標準語に染まりきってないコトバを聞くと落ち着きます。

もっと高知県民が都内進出して仲間が増えるといいなと思う反面、
若い子たちが田舎を栄えさせてほしいと思います。

私はまだ田舎に帰ることはできないので、
都内でちょっとずつ高知を宣伝していきたいです★



喫茶店


昔ならではの喫茶店が好きです。

薄暗い暖色照明

お店の木の雰囲気

珈琲の香り

力の入り過ぎない接客の店員さん

が、好きです。


この前会社の近くで初めて飲んだ『黒糖珈琲』、甘くて美味しくて
なぜかホッとしました。




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美味しい珈琲はムズカシイ





じゅんがわるい。

出勤七日目です。

今日、久しぶりに大阪弁を聞きました。
大阪出身のカメラマンさんでした。
うーん、やっぱ方言っていいですね。あったかみがあって。
方言大好きです。

私は高知県宿毛市出身なのですが、
ひとつ流行らせたい方言(幡多弁)があります。

--------------------
「じゅんがわるい」

もしくは

「じゅんわるい」
--------------------
です。


意味は、
《居心地が悪い・着心地が悪い・なんか気持ち悪い》とか、
そういうのをひっくるめたコトバ
・・・という感じです。
何故標準語じゃないのか不思議なくらい、とっても便利なことばなのです。

例: 方言に慣れちょうけん、標準語ってなんかじゅんわるくない??

『幡多弁(せめて「じゅんがわるい」だけでも)を流行らせる』

それが今の目標のひとつです。





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消極的を反省




『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾壱

〜一回生の章〜 拾壱


 俺達は初陣となる春季大会を明日に控え最終練習に心血を注いだ。この日は顧問のクマさんも練習に顔を出し、俺達よりもあの二人がふざけないか監視していたようだ。
「集まれっ」。体育館階段に鶴翼に広がっていた俺達はクマさんの号令で急いで横隊の陣をとる。この時のヨシダの動きがワザトラマンエースだった。クマさんまで僅か2、3メートルの距離なのに姿勢を低くしダッシュするのだ。しかも歯を食いしばって。ガキのかけっこでもあるまいし。一番乗りで列んだヨシダの顔は『プロ野球スナック』でホームランカードが当たった時の成績の悪い小学生並みの誇らしげな顔をしていた。

 整列した俺達にクマさんから明日の予定や注意事項が告げられた。
「え〜、明日の試合は熱田球場で開始は朝10時、相手は名電。たぶん向こうは応援団が来ない(名電には正式な応援団が無かった)が、かと言って力を抜いた応援は許されない。OBの先輩方も沢山来られるようだから母校の勝利に向け一生懸命やってくれ。一年生は初めての試合になるが間違えても慌てず大きな声で応援するよう。いいな!それとヨシダ、オオツカ。おかしな学ランは禁止だぞ!特にオオツカ、聞けばマントのような学ランを着てるそうじゃないか、そんなものは論外!見つけたら切るぞ。いいか!そしてヨシダ、お前身体がデカイからといって大きいサイズの学ランを買ったら丈も長かったなどとくだらない事言うんじゃないぞ。決められた制定服で来いよ!」
 図星の二人は苦笑いを通り越し顔面を引き攣らせて乾いた歯茎に唇が引っ付いて離れなくなっていた。
「それと誰か明日学校に来て太鼓と団旗をタクシーで球場まで運んでくれないか?一人じゃ大変だから二人で」
 クマさんの問いに二年のナカシマが挙手した。
「押忍、自分が学校から一番家が近いので一年のウシダと運びます。押忍」
 突然の指名に戸惑うセイゴ(ウシダ)。しかし仕方がない。なんせナカシマとセイゴはおな中だから。クマさんからタクシーチケットを受け取り伝達事項が終わった。練習もここで切り上げ部室へ。長椅子にセイウチの様に横たわるヨシダが翌日の連絡事項をおさらいする。
「明日は9時に熱田に集合だぁ〜。球場横に俺に無断でデカシタ(造った)断夫山古墳(だんぷやまこふん)ちゅう原始人の墓があるでその下のベンチ前に集まれや。分からん奴は地図で調べやぁせ」
 そこでヨシダはタバコを一服。オオツカはマント学ランがバレている事にうろたえ、タバコを吸うどころかシガレットチョコレートのようにかみ砕いていた。
「よし、きゃぁるぞ!」。毎度ヨシダの気まぐれな号令に帰り支度を急いだ。グランドでは明日の試合に備え野球部が金属音を響かせていた。

 明けて当日。鏡の前でソリと眉毛を整えていると「何時からやねん」と親父の声。剃刀と毛抜きを駆使しながら「10時」と面倒臭く言うと「見に行ったろか」と予期せぬ言葉。「学芸会でもあるまいし、来んでええからな」の模範解答に「さよかぁ」と笑う親父。
 次いで玄関で慌てて靴を履いていると「あんた気張りや」と言う声とカン、カンと乾いた音が耳に響いた。振り向くとお袋が石を擦り笑ってた。ヤクザの出入りじゃあるまいに。
「ほな行って来るわ」
 俺はバスと地下鉄で球場へと向かった。

 球場の最寄り駅で地下鉄を降りると老若男女の人の波、波、波。出口が分からない俺はその人波について行った。
 地上に出てしばらく歩くと熱田神宮公園の看板と共に『春季高校野球愛知大会』の横断幕が目に入った。その幕をくぐり奥を見るとバックスクリーンが見えた。先程の人の波はみな球場へ向かっている。俺は指定された古墳を探すも見当たらない。青々と繁る木々のトンネルを進んでいくと、ようやく数人の団員の姿を見つけた。
「お〜い」。タイチ、マコト、マサトの港三銃士が手を挙げて俺を呼んだ。「早いな、で古墳てどこよ?」。俺の問いに「この後の山が古墳らしいわ」とマサト。「へぇ〜」大阪にある古墳と比べると小さいが目前にある古墳だけはスケールがデカかった。そうこうしながらベンチ前でぶらぶらしてるとセイゴが走って来た。
「誰か太鼓と団旗運ぶの手伝って」。国道に止まっているタクシーにダッシュする俺達。そこに背も無い、目も無い、華も無いナカシマが“テメエラ遅いぞ”とばかりに仁王立ち。しばらくすると残りの一年と二年が到着し古墳下ベンチ前であの二人を待つ事に。俺達の前にはまだ途切れない人の波が続いている。そしてその人の波は俺達を好奇の眼で見ている。
「押忍!」。突然ナカシマが大声を張り上げ挨拶をした。
 はっ? 誰に? 何処に?。辺りを見渡すも人波で何が何だか分からない。ただその一般ピープルの彼方から異様な雰囲気が近付いて来ることだけはこの一ヶ月の訓練で感じられた。

 あの二人か?。予感はノストラダムスやサイババよりも的中した。一歩が5ミリの女中歩きのヨシダと一歩が百歩のガリバー歩きのオオツカの登場だ!
 パンピーは恐れて道を空ける。完全にヒールや、世界最強タッグのブッチャー&シーク組より完全に弱いし華もないが、二人は“今この瞬間は僕たちだけのステージ”と言わんばかりに派手に威張って歩いていた。
「おう、揃っとるきゃ。いざ出陣といきゃぁすか!その前にヤニッ!」

 しばらくするとクマさんもやって来た。試合開始30分前、俺たちはクマさんに引率され正面口から球場へと入った。古い球場だが愛知高校野球のメッカだけあってズシリとした歴史を感じる。
 このおんぼろ球場の冷たいコンクリートの階段に一歩足を踏み入れた時から俺の真の団長への道が始まった。
 これから二年半、幾度となく上ることになる階段。もちろん団長として上がる階段になろうとはこの時は微塵も考えていなかった。というよりオシッコに行きたくて堪えられなかった試合直前であった。


<続>



出勤六日目。

今日は不意打ちでおつかいを頼まれました。
が、二回目ということもありスムーズに終わりました。

だんだんあったかくなってきましたね。
ところどころで見かける桜のつぼみが今にも咲きそうです。



出勤五日目。

初・ロケデビューの日でした。

カメラマン・スタイリスト・ヘアメイク・モデル・スタッフ・・・
プロのお仕事を間近で拝見させていただきました。

クリエイティブであり、何より楽しんで誇りを持ってやっているということがひしひしと伝わってきました。
ひとりひとりの力が合わさって強大なパワーがうまれている。そんな感じでした。
モデルさんのかわいさとスタイルの良さにも驚愕!
強いプロ意識を感じました。


私も女性としてもスタッフとしても
もっと色々気をつかえるようにならなくては・・・と反省もあり、
あっという間だけど長い一日でした。




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モデルさん・・・ほんとに見惚れました。




出勤四日目(第二週目)

数日あいて、出勤4日目です。
皆さんのおかげで緊張もほぐれて働けるようになってきました。
やっと標準語にも慣れることが出来そうな予感です。
(まだ慣れん)

明日は初ロケ参加をさせてもらいます。
なんか今から緊張します。





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白桃は私の成長を待たずに咲いてしまいました。




出勤三日目。

最近いろんな人が、「モエちゃん」と呼んでくれる。
親しみやすく呼んでいただいてとってもうれしいんだけど、
なんだかむずがゆいような こしょばいような・・・
そんな感じがする。

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なんてガラでもないけど・・・
とは考えつつも
大阪人的に「これっておいしいのかしら」とも思う(エセですが)


会社でお会いする方皆さんすごい方なのに、それを感じさせず、対等にしゃべってくれる。
ほんとにありがたいです。



そして今日は はじめてのおつかい。

冊子用の入稿データを出版社に持って行きました。
頭の中では某特集番組のBGMを流しながら 
一人でひそかに はにかんで小走り。

「今までおつかいに行った人で4時間かかった子がいた」なんて
会社のコトバにビビリつつも
なんとか時間内に無事にコトを終えたのでした。



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出勤二日目。

今日は、私の居場所(机スペース)をつくってもらいました。
素直にうれしいです。
が、まだマロンブランドにいるという実感がわきません。
いまだに妄想の中にいるみたいです。

・・・とはいいつつも今日、とあるお仕事の打ち合わせに参加させてもらって
自分の思ったことを言いたい放題言っちゃいました。

礼儀を知らないような私の発言を対等な立場で聞いてくれる皆さんに感謝です。


今、私は本当に人に恵まれていると思います。
いつも「ありがとう」と「ごめんなさい」の連続です。



初出勤日、3月3日。

おひなまつり。
マロンブランド初出勤の日。

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いよいよ10時に初出勤!
・・・のはずが、
目が覚めると13時になってた。

・・・という夢を見ました。
本当に目覚めたのは6時。
起きてすぐはどれが現実なのかわからなかった。
あせった。夢でよかった。


昨日、花屋で白桃の枝を買いました。
半分は会社に。
もう半分は新居にポトス(観葉植物)と一緒に飾っています。
たまには女の子らしいことをするのもいいものですね。
桃のつぼみを見ていると、なんだか自分の気持ちもほっこりしました。

このつぼみと一緒に成長していけたらいいな。
花開くかな〜。


これからよろしくお願いします。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾

〜一回生の章〜 拾


 入学して何が何だか分からない間に一ヶ月が経とうとしている。ただ確実に分かる事は応援団に入りあの二人に翻弄されているということだ。彼等にとって俺達はこのうえないオモチャに違いない。“このままでいいのか?これが夢と希望を抱いていた高校生活か?俺には灰色の”葛藤の日々が流れていた。“はぁぁぁぁ、今日もお唄の練習と発声練習か”。まるで長唄か詩吟を習っているような気分に姿勢は自然と丸くなり、お稽古場、いや部室に向かう俺。部室を目掛け知能指数0で全力疾走する運動部員達とは明らかに覇気が違っていた。

 トロ〜ンとした目で部室を見ると何やら二回生が慌ただしく部室を出入りしてる。
 “なにやっとんだ?熊さん(顧問)のガサ入れでもあんのか?”
 俺はいかにも校舎からダッシュしてきたかのように全身にターボチャージャーのシグナルを送り部室前へ飛び込んだ!
「ハァ、ハァ、押忍!先輩何かあるんですか?」。太鼓台を出し無表情のナカシマに聞いた。
「おう、今度の春季大会にOBの方が試合を見に来るらしい。だから今日からは通し練習だ!団旗を揚げて体育館の階段を球場のスタンドに見立て実戦形式の練習だ。ちゃっと回ししろ!(すぐ用意しろ)」
 細い目をカッと開きまくし立てるちょっとイカすナカシマであった。
 続々と集まる一年にその旨を伝え練習の準備をしていると、あの二人が苦虫をかみ砕いたような形相で部室へと消えた。中から聞こえるのは苛立つような声と困惑するアホ声のデュエット。しばらくして二人がジャージに着替え外に出て来た。俺達はそそくさと急ぎ足で体育館前へ向かう二人の後を大奥の女中のように厳かに追う(足袋はいてスリ足でね!)

 体育館前に着くとまず横隊番号。次いで団長ヨ〜シダの言葉。
「ええきゃ、来週から始まる春季大会に応援団のOBがぎょうさんござるらしいわ(たくさん来る)、うるしゃぁ奴ばっかだでビシッとせえよ!…ところでOBって分かるわなぁ?英語で言うオールドボーイだがや!けどなぁ、うちのOBは“オメデタイバカ”でOBだがね、ハッハッハッ!」
 まるで来年自分が卒業し、そう言われるのを分かっていない発言に“あんたがメデタイ”と思ったのは俺一人ではないだろう。この日からの練習は今までのものとはガラリと変わり実戦モードに入った。
 まずは校歌、次いで団長エール。そして攻撃を想定して「かっ飛ばせ中京やかっ飛ばせ〇〇」といった選手の名前を入れてのエール。
 先輩達の振るエールに俺達一年は声を張り上げ拳を揚げたり、手拍子を打ったり、いわゆる『バック』と呼ばれるポジションを淡々とこなす。ここで余談だが援団用語として『サチコー』という掛け声がある。なにも団長のナオンや西田でも小林でもない。だがこれが『ハマコー』では調子が悪い。『サチコー』とは観衆に呼び掛ける心を込めた言葉で、『さあ、もう一丁行こう!』が短くなり変型したものだ。
 しかし残念な事に応援団が消滅し、現在の体制(野球部員が応援団)になってからこの掛け声はいつしか『幸来〜い!』と言う認識となってしまった。マスメディアが勝手に活字にして広まったと思われるが、『幸来い』などと
そんな女々しい応援がどこにあるか?そんな言葉で勝てるわけないやろ?
 生徒諸君! 若いOB、並びにご父兄のみなさま、あれは『幸来い』でなく『サチコー』=さあ、もう一丁行こうっ!であります。
 さあもう一丁行こう、これを何度も繰り返し少し早口で言ってみて下さい。20秒後には『サチコー!』になります。たぶん。

 話しを戻そう。我が応援団は空手の組み手を取り入れた、「空手拍手三・三・七拍子」や「空手拍手ニ拍子・三拍子」等がある。そのどれもが団長や副団長が演じるものだ。
 それと全国でも珍しい日の丸扇を使った応援の数々。さすがこのあたりは全国屈指(創部歴全国四位、同年に浪商)である。普段ちゃらんぽらんな二人が真剣に型を振っている。それも一糸乱れぬ動きで、、、。
 “スゲェ、やればできるんや。俺達が三年になってあんなに上手くできるんか?”そんな真剣な二人が格好良く見えた、ちょっとだけね。いや、ちょっとのさらに半分、量にして耳クソぐらい。
 こんな気合いの入った練習が数日続いた、、、俺達はその中で校歌より有名で、選手はもとより生徒いやOBまでも熱くさせる「応援歌」の練習に時間を割いた。この応援歌の副題がなんとも凄いというか威張ってるというか、、『応援歌〜天下の中京』なのである。あの『陸の王者慶應』もぶっ飛ぶタイトルである!俺達はデビューシングル『校歌』に続き、セカンドシングル『応援歌』を来る日も来る日も歌い続けた。
 ちなみに聖子ちゃんのセカンドシングルは『青い珊瑚礁』です。こういうことも応援団にとっては大切な知識なんです。

 そして目前に迫った春季大会。この年の愛知県は後のプロ野球界で活躍する逸材がゴロゴロしていた。その年の春の選抜に出場した大府・槙原(巨人)、愛知・浜田の彦野(中日)、名電の工藤(現横浜)等の豪華な顔ぶれが並んだ。
 そして俺達の初陣は名電戦と決定。
 その日を前に我が応援団は一層力の入った練習を繰り返した。夕陽を浴び初夏のような風を受ける帰りの坂道で、俺達の顔が少し引き締まったように見えた初陣二日前。
 遥か甲子園に続く空が茜色に染まっていた。


<続>

今回は応援歌『天下の中京』を掲載させていただきます。

“天下の中京”
思え天下に中京の
名を響かせし先人の
その華やかな歴史をば
継がんと健児血涙の
錬磨の力悔ゆるなく
示すは今ぞ友よ起て
中京、中京、天下の中京



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 九

〜一回生の章〜 九


 初練習から一週間ほどが経った。来る日も来る日も校歌の合唱。そのうち輪唱ができるんじゃねえかと思うくらい上達している。そんな俺達をよそにあの二人は団長エールや三・三・七拍子等の型を振るでもなく、田中角栄の様に日の丸扇を目出たくパタパタさせている。
「おうオオツカの、今日は栄(名古屋イチの繁華街)でも繰り出すきゃ!」とヨシダが言えば、「待っとったぎゃ、キョーデェー。地下の茶店にえぇナオン発見しちゃったもんね。僕ちゃんとっぴ!(捕った)」などと相も変わらぬ低IQで下半身には高カロリーな話に花を咲かせるとろんとろんな毎日。
“コイツらの本性が分からん。いや分からんほうが幸せか”みたいな、まるでどーだっていい日々を俺たちは送っていた。
 そんなある日の朝、教室へ着くとセイゴとコウタロウ、マコトが一人の男を囲んで話していた。
「ウィ〜ッス。朝からどしたん?恐喝やいじめは級長の僕が見逃さないぞ」と善人ぶってその輪に顔を突っ込むと、クラスでもあまり目立たないチーム所属の「シモムラ」と言う小柄な男が立っていた。
「ニシオ、コイツ応援団に入りたいって言っとるけど、どうする?」
 セイゴがシモムラの肩をポンと叩き言った。
「はぁ〜?お前が応援団?やめとけ、やめとけ」と優しくそいつに言うと、
「なんかオマエら見てたら楽しそうだし、先輩も少なそうだし」
とシモムラはボソボソ。
 そこへ毎朝ヨシダの付き人をしているイナモトが登場。
「はぁはぁ、オッス。まぁあの人ん等にはまいるて。タバコ買い忘れてたら蹴られるし、モンチャン(学ラン)のたたみ方が汚いって殴られるし、やっとれん!ところでみんな朝から何しとん?」
 一気に喋りまくったイナモトは机にへたり込んだが、事の次第を話すコウタロウにイナモトは飛び起き、気合い一発!
「入りゃええが、頭数多い方が何かと都合ええで。あっそうや、俺のおんなじ中学だった奴が商業科におるけどそいつも今日から来るで。みんなで運命共同体や!」
 先輩からの怒りやヤキを分散しようとしているイナモトの浅はかな考えは一目瞭然だったが、入部を口にしてしまったシモムラはその流れに逆らえずその日の放課後部室へ行くハメに…

 部室前に着くと見た事の無い、妙に厳つい男がひとり、日本海の岸壁を連想させるよう演歌チックに直立していた。
「お〜、トンぶぅ〜」
 イナモトが手を振り呼び掛けた。コイツがイナモトのツレか。オッサンみたいやな、眉毛ねぇ〜し少し髭生やしてるし…なんて外見から四の五の詮索していると、そいつが俺達に近付いてきた。
「オッス、トヨダって言うもんや。よろしく」
 低くドスの効いた声と風貌は既に二回生の馬鹿どもの薄っぺらい貫禄を2.5ゲームほどリードしてた。それに比べ我が部のニューフェイス・シモムラときたら、「シモムラです、よろしくお願いします」と生徒会長に立候補した「童貞臭いガリ勉君」の様にペコペコしてた。

「来たぞ!整列っ」
 統制のマコトの声に横隊する俺達。慣れない二人も見よう見真似で列に加わる。
「押忍!」体育館横の通路にあの二人が現れた。ヨシダは巨漢のくせに歩幅が小さく急ぎ足でちょこまか歩き、オオツカの一歩は小学校低学年の幅跳びくらいの迷惑な歩幅で、さらに擦り足がに股で脇目も振らずただ一点だけを見つめダメな武士のように闊歩している。
 今や見慣れた登場シーン、新入部の二人の目にはどう写っているのやら…。
 ヨシダはそんな新入部員に気付く事も無く部室へ、しかしオオツカは普段から張り巡らしている妖怪電波に二人をキャッチしたのか鉄扉前でピタリと止まった。漫画でよくある“ギヌロ”というフキダシがそのまま頭の上につくような視線で新顔をなめ回す様に見ていた。
 あ〜あロックオン入っちゃったよ。本当この人の視線はアナコンダが獲物に巻き付き、今まさにフォークとナイフを用意して無茶苦茶なテーブルマナーで食わんとしている様や。ほんと毎日蛇をツマミにハブ酒でも呑んでんじゃねえか?クワバラ、クワバラ。
 俺の妄想どおり二人に恐怖心を植え付けたオオツカはニヤリと笑い部室に消えた。
 しばらくして部室内へ入るよう、二回生から指示が出た。狭い部室にはタバコの臭いが充満し、ゆっくり煙りが靡いていた。
「おっ!?新入りさんきゃ?よういりゃぁたね(よく来たね)。名前はなんて言ってちょうすきゃ?(名前を言ってくれ)」
 ヨシダの口から発せられる名古屋弁はいつも婆ちゃん言葉で、しかも声が高い。後方に立っていた二人は俺達の間を擦り抜け最前列に立った。
 躊躇する二人に、「僕ちゃん達名前は?それと姉ちゃんか妹、すなわちシスターがいたらそれも知りたいなぁ〜」
 どこから見ても取り立て業者のような質問を浴びせるオオツカ。
 対するニューカマー、最初に口開いたのはトヨダであった。
「一年商業科、トヨダです。よろしくお願いします。小学生の妹が一人います。」
 オオツカの質問に正直に答えるトヨダにヨシダは大笑い。しかしオオツカは真顔で返す。
「小学生きゃ、まだ蒼いなぁ、ちょっとムリかも」
 その本気なコメントからも全身が海綿体で構成されていることが十分にうかがえる、海綿体の金太郎飴みたいなビバ・オオツカ!
「次っ」
「一年普通科シモムラです、よろしくお願いします。姉が一人います。」
 その言葉にオオツカは超反応し横臥していた体を反り返す勢いで起き上がり首をろくろ首の様に伸ばし顔をシモムラに近付けた。
「い、い、今、姉って言ったよな、姉って。お姉様はお幾つなられるのかな?はたまた何をしていらっしゃるのかな?して綺麗きゃ?シモザワ君!」
 あかん、この人まぁはい鼻の下伸びきっとる。完全に時代劇のスケベ代官や。名前も間違えとるし、完全にアホのレッドゾーンはいったわ。
 そんな海綿体代官に下村は生真面目に解答する。
「姉は7つ上で銀行員です。世間では一応綺麗と言われてます。それと僕はシモザワでなくシモムラです。」
“綺麗”と“年上”さえ入力すれば、名前なんてどいうでもいい海綿体先輩は激しいダンスを交えて叫んだ。
「シモザワでもシモムラでもそんなもんどっちでもエエわ!要はちゃん姉よ。なぁ、キョーデェー!」
 今会ったばかりなのに兄弟になるのがオオツカの特技である。ただし年上お姉さんがいる場合に限るが…。
「あーこれこれ、シモムラ君とやら、僕かオオツカ君は将来君の兄になる可能性が出てきた。学校生活で困ったり、ここにいる他の一年のたわけどもにいじめられたら、直ちに僕かオオツカに言いなさい。エエきゃおみゃぁさんたー、今日からシモムラ君は幹部候補だで丁重にもてなせよ。おみゃらは着替えて外周(学校周り)走って来い!ささ、シモムラ君は僕達と将来についてとかお姉様達との合同コンパの予定を立てようじゃないか!まさに君は我が部のドラフト1位指名。ゴールデンルーキーということですね。へっへっへっ」

 馬鹿だ…バカすぎる。シモムラの安否が気になりつつもジャージに着替え外周を走る俺達。坂道ではあの白豚イトウが自慢の鈍足を披露していた汗ばむ陽気の春真っ只中だった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 八

〜一回生の章〜 八


 いよいよというか、やっとというか初練習の日が来た。

 仮入部から2週間、応援団らしい事と言えば『押忍』と言う挨拶を覚えた事と毎夕の行列できちんと列んで歩く事くらいか、、、。
 授業が終わりいつものように部室へ急いだ。グラウンドや他の部室はいつもの光景があったが、我が応援団の部室は今までと違うただならぬ雰囲気が漂っていた。
 あの悪魔二人組が早々と部室へ来て、タバコも吸わずジャージに着替え軽いストレッチをしているではないか!

「やあ〜君達、早く着替えて練習をしようじゃないか!」
 前屈しながらヨシダは見せた事もない笑顔で森田健作ばりに爽やかに言った。しかし身体が硬いのか張り出した腹が邪魔なのか、やっぱりデブなのか前屈体操というより軽い会釈にしか見えない動作で額に汗し、先程の爽やかさはぶっ飛び、暑苦しさだけが残った。
 その横ではオオツカが試合前のボクサーのように首を回し、指っをポキポキ鳴らし、時折回し蹴りのような格好を俺達に見せ付け威嚇していた。その眼はまさしく獲物を見つけたアナコンダのようで冷たく光っていた。
 俺達は部室前でパンツ一丁になり急いで着替えをした。

 しばらくすると二回生達も集まり、部室内で着替えを済ませ点呼が始まった。
 中京のジャージは学年別で色分けされていた。それは入学時に決まった色を三年間通して着るのである。俺達一回生はこの春卒業した先輩達の色【緑】三回生は【紺】二回生が一番しょぼく【えんじ】に別れていた。
 そして丸襟、手首、ズボンの側面には【赤、白、青】の通称(中京ライン)があしらわれている。

 総勢20名の点呼が終わりヨシダからの指示が飛んだ。
「よし、今日の練習場は校舎屋上だ。ウチヤマとヤマダ、イナモトは和太鼓と台を持って行け。残りは屋上までダッシュや!校舎横の螺旋階段を上がって行け、2年が後をぼう(追う)から抜かれたらヤキやぞ!行け〜!!」
 ヨシダの号令と同時に俺達は屋上目掛け走り出した。部室から100メーターぐらい走ったところでまたヨシダの声がした。
「行きゃぁせ!!」全力疾走の中振り返ると二回生四人が一斉に走り出した!
「来たぞ!」横を走るセイゴが言った。
「余裕だろ、こなけん(これだけ)距離があるで」
 と余裕のヨッチャンで振り返った俺の眼に恐ろしい現実が映った!?
それは同期で眼鏡でデブで信じられない程鈍足のイトウの姿だった!
“なんだてあのデブ、100メーターもビハインドがあったのに。まぁはい(もう)50メーターぐらい詰められとるだにゃぁか!”
 その後ろを必死の形相で走る二回生に脅威を感じながら俺はセイゴを呼び止めた。
「セイゴ、イトウがヤバイてっ!待っとって連れてこまい!」
 するとセイゴは足を止め、
「イトウ、早よ走れっ!無理ならそこで死ね!」
 激励とも罵声ともとれるセイゴの声にイトウは顔色を変え眼鏡をずらしながらシフトアップした。二回生のムラマツがもの凄い脚力で猛追して来た。
 イトウは体を左右に振り息も絶え絶えで顎を上げ顔を真っ赤にし、今にも転倒しそうだった。
「イトウ〜早よせえや!」セイゴが手を伸ばし叫んだ。
 ムラマツがあと20メートルぐらいと迫った時、俺とセイゴの間にイトウが倒れ込むように体を預けて来た。

「ハァ、ハァすすまん」「喋るな、行くぞ!」
 俺とセイゴはイトウを両脇に抱え螺旋階段に向かった。“階段は狭い、俺とセイゴが壁を作り背後の二回生をブロックしてる間にイトウを先行させれば抜かれずに済む”この超ナイスで古典的な作戦に、後ろからぼって来た(追って来た)ムラマツが金切り声で
「どけぇ〜、お前等!こっすいぞ!(卑怯)」
 と叫びながら俺のジャージに手を掛けた。“何するんだ、この青瓢箪。うっとーしい”それを見たセイゴがムラマツの手を振り払おうと必死だ。
 俺は引きずられながら叫んだ。
「ウオリャ〜!イトウ早よ行きさらせ〜!」
 ジャージが伸び首が絞まりそうになりながら再度叫んだ。“抜かれたら終わりや、なんであの白豚のせいで俺とセイゴが、、、クッソ”怒りの矛先がイトウに向いた時、
「着いた〜!」
 とイトウの声がした。
 上を見上げると螺旋階段もあと半周程で屋上の距離にいた。
「セイゴ行けぇ〜!」命じた声にセイゴは
「アホか一緒に行くぞ!」と俺の腕を掴み階段を駆け上がる。
 俺を掴むムラマツはもう抜く力が残っていないようだった。三段、二段、、、
「ヨッシャ〜!ウォォ〜!」
 屋上に倒れ込みながら二人は叫んだ。
 俺から手を離したムラマツもくたばり果て膝を落としうなだれている。
 俺は仰向けになり猛スピードで深呼吸を繰り返した。目には青い空がものごっつく綺麗に映っていた。そんな小さな感動を感じていると、その青空を隠すようにひとつの影が俺を被った。

「誰や?」逆光で姿が見えない。すると俺の顔に滴がポタポタ落ちて来た。“なんじゃこれ?”生暖かい滴は汗と分かり気持ち悪さで跳び起きると、真っ赤な顔から蒼白になり本物の白豚になったイトウが立っていた。
「ハァ、ハァ、ゴメンな俺のせいで。ハァ、ハァ」
 息まで生暖かいイトウを突き飛ばし
「おみゃぁのせいで、まあちっとでヤキだったがや!セイゴにも謝れっ!」
 激高する俺に一瞬怯んだイトウはセイゴにも頭を下げた。
 そうこうしていると額がナイアガラの滝みたいになった太鼓を担いだタイチとヤマダ、太鼓台を抱えたイナモトに残りの二回生と悪魔二人組が屋上に到着した。
「あ〜あ、ええ天気だなも。練習なんかやっとれえへんわ」
 大あくびと共にヨシダが言えば
「本当だなキョーディ、こんな日はお姉ちゃんとチョメチョメに限るわ」
 と腰を高速回転させながらヘラヘラ笑うオオツカ。“本当この二人は天気同様、脳天気やわ”呼吸を整える俺達にナカシマから号令が、、、

「整列!」
 その声に横一列に並ぶ。続けて、
「横隊番号!」「1、2、3、・・・14。1年14名異常ありません!」
 点呼を終えた俺達をヨシダとオオツカがなめ回すように見ていた。
「1年、抜かれたもんはおれせんのきゃ?」
 統制のマコトが「押忍、おりません」と答えると
「ほうきゃ、優秀だぎゃ」と少し残念そうにヨシダが言った。
 オオツカは俺達を抜けなかったムラマツの前に無言で仁王立ち。オオツカを直視できないムラマツは俯きながら口を開いた。
「押忍、すいません。ニシオとウシダ(セイゴ)が邪魔をして、その、、、」
 そんな言い訳をするムラマツに
「へっへっへっ。ほうきゃぁ〜、邪魔されたきゃぁ〜?役者やのぉ〜」
 と、あの『嗚呼!!花の応援団』の名台詞を吐き捨て睨みを効かせるオオツカ。
 その眼光と迫力に俺達は背筋を凍らせた。しばらくの沈黙の後
「よ〜し校歌だ、おみゃ等覚えたやろなっ!1番、2番をええと言うまで歌い続けろ!ムラマツ!太鼓!」
 ヨシダの命令と共に自然体をとり合図を待った。ナカシマの「校歌〜、よお〜い!」の号令で太鼓が鳴った。(ドン、ドン、ドンドンドン。押忍!)
 初練習である校歌が始まった。最初の1番が終わるや否や、悪魔二人組は二回生のヤスオを屋上の隅っこに呼び、あの“焼肉パーティー”なるへんてこな歌と踊りに爆笑を繰り返し、これっぽっちも俺達を見ていなかった。
“全くあの二人は何を考えているのか、、、。”

 俺達は歌い続けた。30回以上はリピートしただろう。そして頭がぼーっとし声がかすれ始めた頃、
「あれっ?おまえん等まんだ歌っとったんきゃ。そろそろ夕方、ご近所に迷惑だろ。それも下手くそな歌で、お空でカラスがにゃぁとるで、まぁきゃぁってくぞ(帰るぞ)」
 全くジコチューというか適当というかヨシダの言葉に開いた口が塞がらない。
 とどめはオオツカの
「テメェ等、ちゃっと帰るぞ!おはようスパンク見逃したらヤキだでなっ!たわけ!!」
“おはようスパンクだぁ?その顔とキャラで。勘弁してくれよ〜”

 結局二人の暇つぶしに付き合わされた練習初日。【デビルブラザーとヤンキー達】という名でテイチクレコードからデビュー出来るくらい校歌を歌い込んだ。

<続く>


 今回は、今春の選抜高校野球に出場が決まった我が母校を祝し校歌を掲載させていただきます。

『中京高校校歌』
ここ八事山 東海の
大都名古屋の 東に
中京の名を 負ひ持ちて
城と守る 我が学びの舎
凜乎とかざす 真剣味
見よ躍進の 先輩の業績



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 七

〜一回生の章〜 七


 正式な応援団員になって数日、ひとつだけ気になっている事があった。応援団の顧問の先生が誰であるか知らない事だった。
 どうせこの応援団の顧問、教員の中でも1、2を争う猛者だろうと勝手に考えていた。
 それにしても姿を現さないのはどういう事か?そんな疑問をよそに部室では毎日練習をするでもなく、何かを伝授されるでもなく悪魔、二人組の馬鹿話を聞いたり、タバコの火付け係りと見張り番、行列をなしての下校の毎日。たまに笑いがあるとすれば二回生のヤスオ先輩が二人にイジられ意味不明の“焼肉パーティー”というダンスを踊らされているのを見ている時くらいだった。
 俺たちに何か変化があったといえば足元が革靴に変わっていたくらいかな。

 それから数日、いつものようにタバコの見張りで部室前に立っていると校舎の方角から、Yシャツにスラックス、170センチやや痩せ型の先生らしき人物が食堂横(異常報告線)を突破しこちらに向かって歩いて来た。
 どうみても真面目そうな先生で応援団に縁もゆかりもないような先生だったが規則により部室内に報告。部室内から「どんな感じの奴だ?」との問い合わせに「はぁ、七三分けでカッターにズボンのおとなしそうで少しニコニコして歩いてる根菜みたいな先生ですけど」と鉄扉の隙間から応えるや否や、部室の中からナカシマとムラマツが大慌てで外へ飛び出した。室内を見るとまるで火事の火を消すかのようにイナモトとタイチが学ランでタバコの煙を仰ぎ、オオツカはオリンピック日本代表応援団のお爺さん(あの人、きっとすげー金持ちだと思うわ)のように、日の丸扇子で煙を扇ぎ、ヨシダはトイレの消臭剤をスペシウム光線のように煙に噴射してた。
 その光景を見て(ハッ!?もしかして顧問の先生か?)という疑問が頭を過ぎった。
 ナカシマは小声で「1年整列、整列」と普段大仏のような細い目を仁王様のようにカッと見開き指示を出す。ムラマツは自然体で先生を迎える態勢に入り微動だにしない。
 そして先生が剣道場(結界)を通過した時「押忍!」とナカシマが声を張り上げ挨拶、それに倣い俺たちも続けて挨拶をした。

 初めて見る俺たちに少し笑顔を浮かべた根菜先生。(こんなおとなしそうな人が応援団の顧問?)そんな疑問は秒殺された! 先生の顔が一瞬で別人に、、、、眉間には顔面の90パーセントのシワが集まり目つきはオオツカの何百倍も鋭くなって部室前に立った。
「ヨシダァ〜!、オオツカァ〜!」名前を呼ばれた二人は身を寄せ合うようにというかヨシダの巨体に押し出されるように奥から出てきて先生に挨拶をした。
「押忍!」
 俺たちは二人が頭を下げ挨拶をするのを初めて見た。
 部室の中からはタバコの匂いとヨシダが撒き散らした消臭剤(キンモクセイ)の匂いがブレンドされた異臭が放出し変にトリップしそうだった。
 先生は鬼の形相で二人を睨んだ。ヨシダはパンパンに張った面の皮がヒクヒクと動くくらい緊張し、オオツカはモグラが通った跡の土のように額に血管を浮き上がらせ瞳孔をフルオープンさせていた。
 先生は黙ったまま二人を睨んでいたが、暫くして三回生と二回生とともに部室に入った。中からは先生の声は聞こえないが、あの二人と三回生の「押忍」という大声が何度も連呼されていた。

 俺たち一回生は妙な緊張感に包まれ雑談を止め目前の野球部の練習を黙って見ていた。
 俺たちと同じ一回生の野球部員は約130人、1塁3塁側のフェアラインの後ろに並び大声を出し言わば球拾いをしていた。その列は両翼のポール際にまで達する人間フェンスあるいは人間ドミノで、どちらも欽ちゃんの仮装大将で赤ランプに到達する見事さだった。
 数分の後。俺たち一回生も部室に入るよう指示された。3m×3mほどの狭い空間に20人、すし詰め状態の中で先生の挨拶が始まった。

「1年生のみんな初めまして、応援団顧問の熊谷(クマガイ)と言います。僕は3年を受け持っているので君たちとはなかなか接する機会が少ないが、ここで会ったのも何かの縁ということでこれから宜しく。そして応援団というものは一見派手でありますがその活動というのは実は地味で各クラブの応援活動のみです。成績や表彰といったは類は無く地道に母校を勝利に導くための活動ですが、勝利した時の達成感や感動は他ならないものがあります。厳しいこともあるが、頑張って下さい。押忍!」
 
 手短ではあったが見た目と違い男気ある挨拶に武士のような潔さを見た。
「ヨシダ、オオツカ、何もないなら早く帰れよ」
 先生の言葉にヨシダは「押忍」と首を竦め、オオツカは“そりゃごもっともで”と越後屋みたいなウソ臭い笑顔で手を揉み、そのまま部長の接待ゴルフに付き添うセクハラ係長のようになっていた。
 先生が異常報告線を越えるのを確認すると三回生、二回生そして俺とセイゴが部室に入った。
「まいったなぁ〜、兄弟(キョウディヤー)」とオオツカが寅さんのタコ社長のように扇子をばたつかせ、ムラマツから咥えさせてもらったタバコをふかし言えば
「1年、おみゃぁさんたぁよう、なんのために見張りをやっとんだ!ドたわけ!」
と噛んだタバコがふにゃふにゃに見えるくらい上下させてヨシダが言い放った。
 ちなみに「ドたわけ!」はたわけ=バカの最上級であり、これ以上のバカはいないという、御菓子で言うならばモンドブレッソみたいな勲章である。

 俺とセイゴはただただ謝るばかりであった。二人の喫煙タイムが終わると、外にいる一回生全員が呼ばれ一回生の体制と今後の活動について話が始まった。
「1年っ、おみゃぁさんたぁの中でも統制(まとめ役)を選ばなかん。いわば1年の団長だがや。誰ぞやりたい奴はおりゃぁすか?」
 刑務所のサーチライトのように首を左右に振り俺たちを睨むヨシダ。それをよそにオオツカはヤスオをイジって遊んでる。
 誰も挙手しない俺たちに痺れを切らし「ほんなら俺が決めるで、ええかっ!」と言って名前を書いた大学ノートを開くヨシダ。
「ん〜、んんん。ほうきゃイケダおみゃぁさんがやれ!ええきゃ下手うったら即交代アンド焼きアンド連帯責任の3点セットや、ええきゃぁ〜!」
 きゃぁ〜きゃぁ〜と活字の上では可愛いが、これが全部オールバックに剃り込み&眉毛ピューなむさ苦しい男たちの声だから始末なし。
 指名されたイケダ(マコト)は有無も無しに「押忍」と返事。
 俺たちに拒否や固辞と言った言葉や表現は無い、有るのは『押忍』のみだ。
 それを聞いたオオツカは「兄弟、なんでまたイケダなんだ?喧嘩が強いとか唄が上手いとか家族構成で年頃の姉チャンがおるとか?」
 聞いて呆れる質問事項にヨシダの出した答えはそれを遥かに超えるものだった!?
「そんなもんアイウエオ順に決まっとるがね!」
(はぁぁ〜? 中京の応援団が、それも次期団長候補の座の統制をアイウエオ順やとぉぉぉ〜。なんちゅういい加減、なんちゅう適当、そんなんでええのか!)。意見が出来ない俺たちは当のマコトを含め皆目が点。
 しかしそれを聞いたオオツカは「うん、うん。それが一番ええ、アイウエオ順は世界共通、世界は一家、人類皆兄弟。一件落着、よっ名奉行!」(世界共通?人類皆兄弟?名奉行?だめだこりゃ、この二人はおかしい)真剣に二人の脳みそを疑っていると
「そうきゃ、名奉行きゃぁ!」と頭を撫で照れるヨシダ。
(いよいよ重症や、こうなると知能はパンダ以下や)
 落胆し目がうつろになりかけた時
「よし!春季大会にむけて練習でもやるきゃ!あっ、ほんでも今日はエミコん達と茶店行く約束があったで、やっぱ練習は明日からにし〜よせ。はっはっはっ」
 脳超ド天気のヨシダ。パンダを超え虫以下である。

 そしていざ帰るとなると夜逃げのように素早く機敏に部室を出る二人。
 駅へ向かう坂道にはいつものゴキブリ行列が、、、、、
 団長エールを振る第一歩を明日に控えた、夕暮れ。
 サンセットが綺麗な空だった。


 <続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 六

〜一回生の章〜 六


 本入部を明日に控えた日曜日、俺は遅まきながらの入学祝いと食事をご馳走になりに叔父さんに招かれた。場所は人気の焼肉屋。慣れた調子で注文する叔父さんが「一杯呑むか!」と15歳のボーイに“生大”を差し出した。
 小学生から親父の晩酌に付き合い、中学の頃にはマイビールを備蓄していた俺にとって“生大”なんて朝シャン前だった。
 テーブルに咲いた霜降りロースやタン塩の花が俺の腹に収まっていく。まるでギャル曽根、いやゴリ西である。
「ところで栄一、野球はやらんのか?」。
「野球?あぁ、やらせんよ。野球は中学で終りや、たかだか名古屋市で優勝したくらいでは無理や。それに一年だけで百数十人おる。特待はもちろん半特や推薦、県外からもえらい来とるわ。無理、無理っ」
 小ニから野球を始め中京に入って野球をやると思っていた叔父さんはちょっとガッカリ&ちょっと怒って「そんなら何やるんだ?」
 目の前には二杯目の“生大”がダイナミックに用意されていた。
「ああ、とりあえず応援団やろうと思うとるわ」
 この何気ない言葉に叔父さんの動きが止まった。
「応援団?あの“チョンワ、チャンワ、クエッ、クエッ”か!」
(※“チョンワ、チャンワ、クエックエッ”とは、どおくまん作『嗚呼!!花の応援団』の主人公(青田赤道)が絶頂時にとるポーズである)と青田の真似をしながら爆笑した。
 俺はその間抜けな動きを見ながら「いや、たぶんまともやと思う」とテンション低く答えてみたが、青田赤道のキャラが大塚副団長と被り思い出し笑いで噴いてしまった。
 
 肉どもをたらふく喰い、余裕で“生大”を三杯飲み干した俺は、いい気分になり「おう、オジキよ、団長になって甲子園行ったらぁ!」と巻き舌で吠えた。
 まさか、この確信も信念もないガキの遠吠えが、二年半後には現実になるとは誰も思っていなかっただろう。

 明けて月曜日、強烈なニンニク臭と少しのアルコール臭をお供に半寝状態で地下鉄に乗ると、例のミット音が!
“番長や!”。
 その鈍く重い音が俺の中枢神経を叩き起こし現実の世界へと引き戻した。
 二人前の座席にほぼ180°開脚の御仁。
「おお、、押忍」
 まだ慣れないぎこちない挨拶に「おう、チビちゃんおはようさん。ええあんばいきゃ」と流暢なお婆仕様の名古屋弁でニコリ。言葉の意味が見つからない俺は、とりあえず「押忍」と答えた。その横にはいつもの二年生の先輩がSPばりに立っていた。
 この男、兵庫から野球留学で来た、出口という。にこやかな番長とは対称にいつも不動明王みたいに睨みを効かせてた。だが、この男が現在の俺のギャグ魂を形成し、揚句の果てに人生を左右する人物になろうとは知る由も無かった。

 乗り換え駅の上前津に着き、鶴舞線のホーム最後尾に立った。長いホームは通勤・通学客で溢れかえっている。ふとホーム後方に設置されたモニターに目をやると、一台はホーム最前列を、もう一台はホーム中央
を映し出していた。
 最前列のモニターには女子高生がバーゲンセールのワゴン品みたいにわんさかいる。“ええなぁ〜”と心の中でポツリ。さて中央のモニターはどうだ?
 んん? 人影が映ってない? それどころか画面一面真っ黒だ。
 しばらくして自動調整のカメラが引いたのだが、そこに映し出されのはヤクザものの映画を観た後に映画館から出てくるような、眉間にシワがより過ぎて、まるで肛門のようになっている吉田団長と大塚副団長だった!
 ガビ〜ン!! やべっ、あの二人だよ。よりによって同じ電車かよ。俺は悩んだ。挨拶すべきかスルーすべきか? と考えるよりも体が先に反応し、柱の影に身を隠した。それから電車がくるまでの数分は柱からモニターを覗いたりまた柱に隠れたりと、当時の広島カープの古葉監督か、あるいは巨人の星の明子ねえちゃんのように落ち着きつきなく小刻みに動いた。

 プワーンッ。電車がホームへ入って来た。俺は彼等に見つからない様細心の注意を払い電車に乗り込もうとして、最後に入念なチェックと思いモニターを見た。
 すると、なんとモニターの中の大塚副団長と目が合ったのだ!
 ギョエッ〜! バ、バレた、見られた、どうしよう? いや相手からは見えるはずがない。落ち着け、でもあの人ならレンズ越しでも見通すかもしれん。なんせあの眼力だ…全身に悪寒が走り嫌な汗が出てきた。

 学校までの車内はいつも生き地獄だった。降車駅に着けば着いたで彼等にバレないよう、太陽にほえろの山さんみたいな尾行スタイルで校門を目指した。
 なんとか無事教室にたどり着き、まだ朝礼も授業も受けてないのにヘトヘトの俺。
 男子1700人の軍隊式朝礼を終えイナモトやセイゴ、マコト達と本入部について語ると、どうやら皆、一応入部するつもりらしい。そして6時間の授業を終えいざ部室へ向かった。
「あれ?トシは?」いつも後方を歩いてる同じクラスの中村がいない。
「逃げたか?」セイゴが辺りを見ながら呟いた。
「まっ、ええぎゃ。あいつでは無理だて、行こまい、行こまい」
 クールフェイスのコウタロウが言った。

 部室前に着き他の連中を見渡すと、先週より少し人数が減っていた。
「カトウは?」首を傾げながら雑談していると、知らぬ間に2年の中島と村松がものすごいボリュームで怒鳴りだした。
「テメェら挨拶はぁ? あぁ? だべっとんじゃねえぞ! ちゃんと整列しとれボケぇ!」
 明らかに先週までの態度と違う中島。“なんじゃこの目無し、いつも先輩にイジられヘラヘラしとるくせに”。
 軽くガンを飛ばすと、「おい、先輩にとる態度じゃねえな」と村松。
“おい、おい、本入部となるとコレもんかよ。頼むぜ大将”。
 不快感を露わにしていると中島の声が響いた。
「押忍っ!」
 体育館横の通路にあの二人が!俺達も続けて挨拶をする。
「押忍っ!」
 いつもは少し愛想笑いをする吉田団長の顔が強張っている。いつも鋭い眼光の大塚副団長の目は強烈に血走っていた。
“どうしたんや? 今朝の地下鉄の行動がばれたか?”。またまたいやな悪寒が走った。
 部室内の先輩から「1年入れ!」の声が、、
「失礼します」「失礼します」。続々と部室に入る俺達。
 ひと時の静寂の後吉田団長が口を開いた。
「今日ここへ来たと言う事は、どういう事か分かっとりゃぁすか?」
 何故か俺を見た。答えを躊躇する俺に再度、団長の声が響く。
「分かっとりゃぁすか?」
「はいっ。本入部するためです」
 答えるや否や「『はい』だにゃぁ、返事は『押忍』だぁぁぁ」と大塚副団長のソプラノが部室中に響いた。
「まっ、ええぎゃノブヒコ。順を追って教えたりゃぁ」

 早くも吉田&大塚の『飴と鞭作戦』が開始された。そして本入部第一弾の命令が若き兵隊達に告げられた!
「ええきゃ、一週間の猶予をやるで全員革靴を揃えろ。応援に学ラン・革靴は当たり前だ、ええきゃ」と団長命令が下った。

 その後は葬式の記帳のように、氏名、クラス等を大学ノートに記入させられた。そしてなんとか第一日目が終わり帰宅できるのかと思いきや
「よし、全員できゃぁるぞ!(帰るぞ)」と吉田団長。
 部室前に二列に並ばされた俺達は、先頭の団長・副団長、その後ろの二年に続きゾロゾロと歩き始めた。
 それは、大名行列でも凱旋パレードでもなく、目付きの悪いゴキブリの行列のようだった。
 まさかこの行列が毎日続くとは誰も知らない本入部初日。
 それは団長への地獄の階段を登り始めた日でもあった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 伍

〜一回生の章〜 伍


 応援団に仮入部して2、3日が経った。仮入部の俺達は何も考えず毎日のんきに部室へ出入りしていた。その日もただ先輩達の馬鹿話しをしたり、聞きたくもない応援団の歴史等をダラダラと聞かされていた。
 なぜか吉田団長が一本の棒を持ち出し、そのただの棒きれの中に歴史が詰まっているかのようなマジックショーみたいなウンチク話しが始まった。

「ええきゃ、お前さんたぁ〜。これは代々受け継がれてきた精神棒という。この棒には先輩方の汗と血が染み込まれた由緒ある棒や!時に厳しく時に優しくお前達を立派な団員にしてくれる有り難い物だ。粗末に扱うなよ、ええきゃ!」
 そう言ってその棒を手渡された俺達は腫れ物を触るかのようにその棒を回し見した。側面には〈精神入魂〉や校訓である〈真剣味〉の文字が書かれていた。それも恐ろしいほどキタナイ字で。
 そしてそれは小学校の修学旅行で誰もが買い求めた、東大寺の文字入り木刀より粗悪でただの棒きれを誰かが暇にまかせ彫刻刀で削って作ったパチ物だった。
 “こんな棒を由緒あるなんて何考えてるんやろ。『うまい棒』の方が歴史があるわ”と小馬鹿にしながら感心するふりをして見ていた。
 それにしても絞まらない話やなぁ、とふと視線を上げるとあの爬虫類男、いや副団長であり親衛隊々長の大塚先輩がまたまた冷酷な薄ら笑いを浮かべ俺達を見ていた。そしてその棒きれの使い手が大塚副団長だと言う事を後日思い知らされる事になる。

 そうこうしていると部室の重く冷たい鉄扉が軽々と開けられた。
「おるきゃぁ〜!」
 名古屋弁丸出しで威風堂々と登場したのは野球部の正捕手であり総番長の吉田先輩だった。
「おう、サトシどうしゃぁた?」W吉田のサトルがこれまた丸出しの名古屋弁で聞くと「おみぁさんとこの新しい兵隊見に来たんだぎゃぁ」そう言って俺達達にイチベツをくれる。すると「おっ、チビちゃんおみゃぁさん援部に入りゃぁたか。しっかりやりゃぁせよ」と、まるで戦争で旦那を亡くした婆ちゃんが使うような懐の深い名古屋弁で俺の頭を撫でた。
 そして今度は「あるきゃ?」とコント赤信号の小宮もどきの2年の村松に発した。
「押忍」の返事とともに何やらカバンを探り始めると、同時にこれまた2年の目無し男(異様に目が細い)中島が、
「1年、外に出ろ!先公が見えたら速攻で教えろ!下手うつなよ!」と俺達1年を外へ押し出した。
 すると村松が「おい、西尾と稲本、お前達残れ」と部室に連れ戻された。
 中島が何か手に持ち鉄扉が開かない様にカイモノをした。それを見た瞬間俺に衝撃が走った!?
「ガ〜ン!」さっき、それも数分前吉田団長が観光ガイドかガマの油売りの様に講釈を並べた精神棒が鉄扉のつっかい棒になっていたのだ!

 “なんじゃこりゃ。こんなんじゃ先がおもいやられるわ”と脱力感が体を包み始めた時、今度は隅っこに座り影も髪も薄い、加古という2年から日の丸扇が手渡された。
「扇げ」
 顔はアホの坂田だが声だけは森山周一郎似の渋い重低音バズーカが冷たいコンクリート壁に響いた。
「扇ぐ?」
 両手に持った扇と稲本の顔を不思議顔で見ていると「押忍、失礼します」の声と共に、中島が先輩達のタバコに次々と火を点けて回った。
 W吉田と大塚は恍惚の表情で旨そうにタバコを吸った。俺と稲本は持った扇でなにをするのかが理解出来た。壁に開けられた窓というよりブロック塀をくり抜き鉄筋が立てられている刑務所の窓のようなところを目掛け煙りを扇いだ。「パタ、パタ、パタ」力無く扇ぐ俺達に「もっと扇いだれや」と大塚からの恫喝が!渾身の力を込め扇ぐ扇に「これも練習だぎゃ」とニヤつく吉田団長。
 冷静に観たら、これほどバカで間抜けな絵はない。こんなことなら高校なんて行かずに第一希望のヤクザにでもなっとけばよかった…

 そうこうしていると外で押し問答のような声が。
「あっ、すいません。なんですか?」
 誰か分からんが1年の慌てる声が。すると「サトル〜、おりゃぁすきゃ〜」先刻の番長吉田よりもどぎつい名古屋弁が耳に飛び込んできた。
「ヤスきゃあ〜?今開けるで」と吉田団長。急いで精神棒、いやつっかい棒を外し鉄扉を開ける村松。
「お〜う、なんだぁ、サトシもおりゃぁたかね」声の主を見ようと恐る恐る振り向くと、部室の壁を隠してしまう程の巨体の男がえなり君のようなニコニコ顔で立っていた。

 180センチを余裕で越え120キロはあると思われるその男に隠れて見えなかった、小さいが目つきが超鋭い男も続いて入ってきた。この二人も現中京の顔役で巨体が高橋(通称ヤス)目つきが鋭い方が松本(通称タツマサ)と言った。
 この二人もタバコを旨そうに吸い、W吉田や大塚達と名古屋弁講座のような会話を続けた。その後も続々と部室を訪れる先輩達にビビリながら扇を扇ぎ続けた仮入部のある一日。

 二人(吉田、大塚)が本性を出す日(本入部)まであと3日、ここに入部したら一生恋などできないんじゃないかと本気で悩みはじめた花冷えのする日だった。




<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 四

〜一回生の章〜 四

 週が明けた。今週からは本格的に授業が始まる。だが・・・そんな事より脳裏をよぎるのは部活のこと、授業なんて身が入らない。そんな中、休憩時間になると、コウタロウやマコトが部活の話で盛り上がっていた。
「団長デブだよな〜。デカイ人(副団長)おそがそう〈怖そう〉だし」などなど。
 するとその話の輪に髪の毛をツンツンにおっ立て眉毛をミクロに剃り揃えたセイゴが加わってきた。
「俺も援団入ろうかな?2年のナカシマっていう人が俺の中学の先輩らしいわ」。
 その言葉に反応したのがイナモト。「入れ、入れ!俺んたの組で仕切ったろまいか!」となぜかすぐに辞めると言っていたヤツが息巻いていた。

 結局俺達1年普通科C組からは、マコト、イナモト、セイゴ、ナカムラ、そして俺の元気者5人が参加する事になった。それと同時に、俺はこの悪タレ達が集うクラスの級長に選ばれた。
 放課後・・・教えられたクラブハウスに向かう俺達。ハウスへ向かう通路は野球部の1年達が我先にと重そうな中京バッグを肩に掛け全力疾走し、柔道部や剣道部ではこれまた1年達が道場掃除に余念がない。
 俺達がハウス前に着くと土曜日に見た連中が数人いた。
「おう、イケダ〜」とマコトに声を掛けきたのは顔が人の2倍は有りそうなオッサン顔の厳つい奴。
 この男、マコトと同じ中学の同窓生でタイチ(後の親衛隊々長)という。その横にはこれまた同じ中学出身のベビーフェイスのマサトが笑ってた。
 暫くすると他の1年生部員もゾロゾロ集合し、その数は17人にものぼった。

 ハウス前でワイワイガヤガヤやっていると土曜日に見たチビで細目の男とコント赤信号の小宮もどきの男がやってきた。
「やあ、君達よく来たね。もうすぐ先輩が来られるから整列してくれ」と小宮もどきが仕切りを入れた。次に細目の男が「あの食堂の角を先輩が曲がったら、俺達に続いて押忍っと大きな声で挨拶をしてくれ」と乗っけから応援団の流儀を押し付けられた。

 そして突然!?俺達に能書きをタレていた先輩二人が手を後ろに回し「押忍!」の大声とともに頭を下げ固まった。(なんじゃ?)あまりにも突然、そして見た事もない挨拶にア然とする俺達に「お前等とりあえず頭を下げろっ!」と慌てて怒鳴る小宮もどき。
 全員言われるがまま頭を下げた。すると直ぐに「もとい」の号令。ノソノソ頭を上げると、またまた押忍の声と同時に頭を下げる先輩二人。“何がどうなって、こうなるんや”。混乱する俺達。

 そして・・・あたふたする俺達の前に、あの巨漢男と爬虫類のような冷たい視線を持つ大男が姿を現した!巨漢男は笑ってる、爬虫類男は俺達をイチベツし小動物の獲物を見つけたかのようにニヤリッとした。
 その時だった。「ゴ—ッ、ガラガラガラガラ」いきなり背後の鉄の扉が自動扉のように開いた!

「押忍!失礼します」中にいた別の先輩二人が団長と副団長を迎え入れた。
「おう、ご苦労」
 巨漢男が言った。爬虫類男は外にいる細目と小宮もどきに
「お前等、中入ったれや」と指示を出した。すると頑丈な鉄の扉が閉められ俺達はハウスの外でただただ突っ立っていた。“どうすりゃええんだ?”。なにをしていいのか分からない俺達は雑談に花を咲かせていた。

 中からは僅かな話し声と時折笑い声が聞こえていた。「なあ、ヤニの匂いせえせんきゃ?」。タイチが鼻をひくつかせ小声で言った。一斉に扉に群がる俺達。
 間違いない!中で煙草を吸っている。扉とコンクリート壁の隙間から微かに煙がもれている。するとその隙間から「おい1年、校舎の方から先生らしき者が来たらソッコーで教えろ」と誰とも分からぬが命令が下った。
 俺達は言われるがまま校舎方向を凝視した。ハウス前には物凄い数の他のクラブの先輩や1年達が往来してる。そんな光景を見ていると、いきなり鉄の扉が開き、おそらく二年と思われる少し髪の薄い男が「1年、中に入れ」と超低音の声で俺達に言った。
 とうとう中に入る時が来たのだ。

 部室の中は煙草で少し煙っていた。誰から入るか躊躇していると小宮もどきがイナモトの腕を引っ張り「早く入れ!」と声を荒げた。イナモトに続いてゾロゾロと部室に入る俺達。正面には巨漢男がニコニコし、その横で爬
虫類男が眼光鋭く俺達を見てた。
 真四角の部屋にコの字型の木製のベンチ、ブロック壁には所狭しと落書きが・・・キョロキョロしていると巨漢男が立ち上がり「諸君ようこそ応援団へ。俺は団長の吉田智(サトル)だ、よろしく!ちなみにうちの番長も吉田智と書くが奴は(サトシ)と言う。そんなことで、団長・サトル、番長・サトシのダブル吉田をよろしく!」と挨拶なのかなんなのか分からない自己紹介が終わった。
 続いて座ったままの爬虫類男が「副団長兼親衛隊々長の大塚だ」と前者の団長とは異なり、それらしい挨拶と言えば挨拶だったが、なんだかぶっきらぼうでまるで良くないインパクトを放っていた。

 続いて2年生4人の紹介に入ったが、正直これといってパッとする奴はいなくて、これならすぐシメれるかも?なんて甘い考えが浮かんだが、この連載を読んでる当時の二年生がいつ暴れ出すかわからんので、「それはウソです」ということにしておきます。
 そして俺達1年生の自己紹介へ。名前や出身校だけの簡単な紹介ではあったが、団長のヨシダは「あっこの学校のだれそれは知り合いだ」とか「その学校の番はだれそれだろ」とまるで中学不良図鑑の著者の如く知識をひけらかしていたのを鮮明に覚えている。

 そんな時間が過ぎ先輩達の雑談を数十分ただただ聞かされたのだ。
 話題が途絶えた時「今日はこれまでだ、また明日軽い気持ちで来てくれや」とヨシダ。そしてオオツカが「君達は大事な後輩だ、一週間は仮入部だから遊び感覚で寄ってくれればええでな」と口元を緩めた。
 しかしその視線は冷たく、まるでライオンがシマウマの群れを見つけたように光って見えた。

 本入部(地獄)まで一週間、団長までの辛く険しく馬鹿馬鹿しい応援団初日だった。




<続>



写真バカららばい 第2回 『夏休み』
思えばこの夏は記録的な暑さでしたね。40℃を越える場所もあって、
「この暑さはいつまで続くんだ」と吐き捨てるように言っていたけれど、
気がつけばもう秋。
もう少ししてセーターを羽織るような頃になると、
暑くてたまらなかった夏さえ懐かしく思えるのでしょうね。

もう夏休みなんて関係のない年齢になってしまったけれど、
やはり僕たちニッポン人の心の中には、永遠に夏休みがあるものです。

終わってしまった夏と、心の中だけの夏休みに想いをよせて…
みなさんから寄せられた、たった一枚の『夏休み』
ご覧ください。


『写らら』編集長マロンブランディーによる評&演出と、グランプリ以下の順位も発表します。



砂川昭子さん
評&演出
人間だとか鳥だとか魚だとかいう問題ではない。夏の海がそうさせただけ。根拠のない躍動は限りなく美しい。ただそれだけ。これが冬だったら即入院。




木村秀明氏
評&演出
空の蒼が鮮やかです。とても気持ち良くて清々しくて。けれどどこか怖くて意地悪な色にも視えるのは気のせいでしょうか?なにをやっても空はお見通しなんでしょうね。構図良し。コントラスト良し。湿り気良し。なによりも道と電線と空と雲と少年が、この場所でひとつになっています。




鈴木暁子さん
評&演出
写真には時に音楽が流れます。その音楽によって写真は動き出します。そこに映し出された他愛もない一瞬は誰かの中でかけがえのない瞬間となり、人生さえ変えてしまうこともあります。写真の素晴らしさとはそういうものです。海岸線を走る少年と少女。たったそれだけなのに、溢れる感動があります。




小泉修氏
評&演出
シャッターを切るその時が、それぞれの人生の中でいちばん新しい瞬間だった。やがてそれは過去となって紙に映し出される。この一枚があれば、いつだって寂しくない。夏休みは、記念写真をいちばん美しく撮れる季節です。




稲田平氏
評&演出
写真とは狙わなくても飛び込んでくる時があります。夏の歩道で麦わら帽の青年とおばあさん。ふたりの会話はきっと夏休みならではのものなのでしょう。このなんてことのない情景が時代を繋ぐのです。すごく暑いのだけど、なぜか涼を運んでくれる風鈴のような作品です。




新保勇樹氏
評&演出
もうあの日には戻れない。けれどこれで良かった。ほんとうは少し後悔しているけれど、こうして悩むことだって、きっと夏がわたしを変えたから。女にしかわからない刹那を、勝手にほじくり出している男の右脳にカンパイ!




武田英志氏
評&演出
スケボー、サーフパンツ、スニーカー、そしてシェイク。時代がどんなに移ろうとも変わることのない夏の少年像。夏休みだからヨコノリ。横道に反れるのが夏休みの最高の経験なのだ。




フグ氏
評&演出
観光地の番人はつらい。掻き入れ時には気を抜くなんてできない。カメラを向けられたら目線を突き刺してポーズとらなきゃ。僕らは熱中症になんてならない。それがプライドだ。




山路紳多郎氏
評&演出
それが叫びなのか破壊なのか暴走なのか、答えなんて要らない。言えることはただひとつ。これは魂の躍動だ。それが鎮まるとき明らかに季節は変わっている。夏が暑いのは太陽のせいではなく、僕たちの魂のせいなんだ。




平野哲郎氏
評&演出
夏休みはかごの中。飛び出したいのにそんな勇気なんてない。もちろん自慢の羽根を思い切り羽ばたかせたいと思ってる。けれど、誰かが扉を開けてくれたとしても、私はきっとここから飛び出そうとは思わない。夏休みが私を変えてくれるなんて、ぜったいにありえない…




空山美奈子さん
評&演出
シャッターチャンスをものにすることも実力のひとつです。しかしよくもまぁこんなに美味しい瞬間を。一枚の写真でストーリーと空気がわかる大傑作です。




伊東茂樹氏
評&演出
僕にだって痛みがあるのに、それをわかってもらえないのは、僕がすいかだから?食べ物だから?叩かれて壊されて、君たちの胃袋の中に入ればそれでいいの?気が済むの?だけどね、聞いて。どんな形になろうとも僕のハートは真っ赤だよ。太陽はずっとずっと僕の心の中にあるんだから。




太田好治氏
評&演出
ぜんぶ日本人だったらなんてことない写真だけど、みんな西洋人だから真ん中に居る彼が浮いてイカすのです。顔が小さいとか手足が長いとかそんなのカンケーネーっ!それにしてもみなさん見事な笑顔ですね。こんなにハッピーな瞬間を閉じ込めることができるなんてそうあることではありません。すぐさま年賀状にすることを勧めます。




カイセサトシ氏
評&演出
歴史的な酷暑の夏、意識朦朧とする中でその琥珀色の液体のみならず君まで飲み干してしまいたいシーズン・イン・ザ・サン。売れるわけですね「金麦」。こんな真夏にど真ん中のストレート投げ込まれるなんて…。もちろんフルスイングの三球三振です。




是永はづき氏
評&演出
夏休みなんて、所詮なにもやることがないものだ。何かが引っかかってくれたらそいつと遊ぼう。だけど無理だな、釣りをしているのは僕じゃないもん。釣りをしているふりをして、単に時間が過ぎるのを待っているだけなんだ。夏の虚しさを濁った水に映す、溜め息の作品です。




西尾栄一氏
評&演出
後のことなどなにも考えなくて、ただその一瞬に金魚をがっぽりすくえればいいというまるで計画性のない残酷な遊び。かつて大ブームを巻き起こしたシベリアンハスキーが、その3年後には山林に大量に捨てられたように、いくら子供のときが可愛いからといってむやみにペットを飼うもんじゃないですよという痛烈なメッセージを込めた社会派作品。




溝口晴喜氏
評&演出
むにゃむにゃむにゃ。おとぎの国の住民たちは元気をなくした森の木々に声をかけました。「もっともっとまっすぐ伸びてきれいな緑の葉っぱをつけておくれ」。むにゃむにゃむにゃ、ちょびっとボヤケているのはやっぱ夢のせいかな。環境問題に正面から向き合う勇気ある夏の研究作品。




hanakoさん
評&演出
始まろうとする夏。盛夏。終わろうとする夏。いろんな夏をせんぶ川の流れがさらってゆく。人生だってそう。ずっと居続けたい場所になんて居られない。ただただ流されていくだけ。そこにとどまっていられるのは、一枚の写真の中だけ。




羽場正起氏
評&演出
コンドームってどうして夏なんだろ?どうして汗びっちょりなんだろ?どうしてマイルドセブンとコカコーラのペットボトルなんだろ?どうして情けないんだろ?どうして嫌われちゃったんだろ?どうしてAVと違うんだろ?どうしてどうして夏休みなんだろ?





次回もプロアマ問わず、これを見ているあなたからの投稿もOKです。
写メール画像でも構いませんので、何でも送ってみてください。




『写らら』編集長マロンブランディーが、辛口で批評しつつも素敵に演出してみせます。
グランプリに輝いた方には気まぐれで何かを進呈いたしますので、お楽しみに。



また、本コーナーに掲載した画像に関する著作権は、特に明記がない限りマロンQエストに帰属しますが、原則的に掲載は本サイトのみとし、他媒体への転用はしません。尚、掲載後に投稿者からの削除の申し出があった場合は、内容を検討し適宜考慮します。




それでは、次回もあなたの投稿をお待ちしています。



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9月5日今週の朝礼『ノーモア宿題』

 もう9月ですよ。こうなると8月は一体なんだったんだってことになりますよね。
 夏休みなんてそういうものです。
 でもご安心ください。宿題なんてもんは、やったから立派だとか褒められるとかいう類いのものじゃなくて、やらなかったからその分巻き返さなきゃなと思えば、それで十分宿題の存在は成立するものなのです。

 そもそも宿題なんてもんは、40日もの夏休みの中で少しぐらいは机に向わせなければならないでしょ、というゆる〜い規律を文部科学省が各都道府県の教育委員会に押し付けて、それを各校がまともに受けて、別にやろうがやろまいがどっちでもいいのに、とりあえず的にできあがった夏休みのルールみたいなもの。
 私学は私学で夏休み中に勉強させとかないと非行に走られて学校の評判が落ちるからという、まぁ大人の勝手なエゴみたいものから誕生したものだから、それを本気でどうこう言ってくる先生もそうそういるとは思えないし、現に宿題をやらなかったからといって死刑になるとか留年するとかという話なんて一切聞いたことがない。
 本当に勉強したいやつは休みじゃなくてもやるだろうし、やりたくないやつは学校や塾に行っても問題と答えが右の耳から左の耳へと抜けて行く。それが現実なのだから、大切なのは宿題よりも個人研究なのである。
 かといって毎日何かを観察してノートに書き溜めるということではありません。研究とは、興味ある物事に対して観察、確認し、それを経験とする作業である。多少スケベなことや、タバコ吸ったり酒飲んだりケンカすることだって、十分な研究なのです。
 そうして『経験』と言う名の個人研究をしたら、それを一度自分の懐にしまい込んで、部屋に持ち帰り、その事実(研究)と向き合い、ときに反省しながら、さらなる研究課題を見つけていけば良いのである。

 勘違いしてならないのは、親や先生に逆らうことが目的ではないということだ。あくまでも自分が関心あることを自分の手と足で探し、そこに向い、そこの空気を体験するということが目的だということを忘れてはならない。結果的に親や先生に迷惑を掛け、自分も反省し後悔したとしたら、それこそが最も大切な経験ではないか。この無茶苦茶な世の中で、やってはいけないことを知るということは何事にも代え難い財産であり、やがてそれは大切なモラルとなる。
 もし、この国の学校教育に、夏休みの宿題よりも夏休みの個人研究の方が大切で、しかもその内容はまったくもってなんでもありという方針が各都道府県で実施されていれば、理不尽極まりない殺人事件は激減しているに違いない。やってしまってから知る現実なんてものほど残酷で意味がないものはない。やる前にブレーキをかけることができる青少年をつくるには、なんでもそこそこやらせること以外に方法はないのである。

 山口百恵の『ひと夏の経験』は、30年以上も昔に今日のダメダメ日本列島を予言して唱われた、若者達の教科書であることを忘れてはならないのである。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 参

〜一回生の章〜 参


 入学して数日が経つとクラスの中で仲間の輪が広がりはじめた。そんな中、入学して初めての土曜日に「クラブ紹介」という一大イベントが体育館で行われた。各クラブの主将が壇上で挨拶。ただの挨拶で終わるクラブもあれば、体操やバレーなどは実演までして勧誘に熱を入れていた。そんなイベントを余興のように楽しみながらワイワイガヤガヤ観ていると、舞台の袖になにやら怪しげな一団が・・・・。

 大きな校旗に和太鼓、人相が悪い6、7人の男達、まさに応援団であった。ある意味応援団は「学校の顔」と言われるがおよそ学校の顔と呼ばれるにほど遠い印象であった。

 全てのクラブ紹介が終わり遂に応援団の番に、、、、。

 マイクに向かいしゃべり出したのは0.1トンはあるかと思われる巨漢の男。他のクラブは経歴や内容を話す中この男が発した言葉は「やる気のある者だけを希望する!」とまるで大門団長のような言葉一言だった。その言葉が終わるや否や「ドーン」という太鼓の音に一瞬肝が震えた。続けて演舞が始まった。3・3・7拍子や校歌とその迫力に圧倒され、その日一番の拍手を浴びていたのも応援団であった。

 そしてクラブ紹介の時間も終わり俺たち一年生は体育館から運動場へと移動した。
「硬式野球」「サッカー」「水泳」と各クラブのプラカードが並ぶ。硬式野球にはすでに100人以上の生徒が並んでいた。「すっげぇなぁ〜、さすが中京の野球部やわ」と感心してると同じクラスの不良達が、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと浮遊していた。その中の一人、浩太郎(後の副団長)に声を掛けた。「おい浩太郎、おみゃあどこぞに入るんや?」すると「どの道すぐ辞めるで文系でええんだにゃあか」と文科系クラブを物色してた。同じような考えを持つ不良を従えて。
 俺もさして当てが無いままブラブラしていると、およそ高校生とは思えない低くドスの効いた声が背後から襲って来た。「おい兄ちゃん、これ持っといてくれや。わし便所行って来るで」振り向くと185センチくらいで眼光は蛇の様に鋭く冷たく学生服のカラー(襟)が恐ろしく高く、裾はくるぶしまで達していそうなマントの様な学ランを着た御仁が俺を睨んでいた。それこそ俺は蛇に睨まれた蛙の様に固まり返事すらできなかった。「頼んだぞ!動くだにゃあぞ!」と恫喝を入れその男は消えた。渡されたプラカードを恐る恐る覗くと「応援部」と書かれていた。“なな何っ!?応援団?俺の選択肢にこの3文字は無いし考えた事も無い。いや持っているだけでいいはずや”と不安になりながら俺は言われるまま渡されたプラカードを持って街のサンドイッチマンみたいに突っ立っていた。

 5分、10分あの男は帰ってこない。“何処行ったんや?下痢か?バックレか?”色んな思いが錯綜する中俺の前にクラスの不良どもがやって来た。「どしたんニシやん、応援団に入るんか?」と声を掛けて来たのは稲本という元気者。俺は事の次第を説明しているとリーゼントを靡かせたマコトが「ええんじゃないか、どうせすぐに辞めるんだで。どこも一緒やろ」とお気楽な一言。しかしこの一言が周りにいた連中の誘い水となり「ええじゃないか、ええじゃないか」と赤福餅のコマーシャルソングのように馬鹿どもが集まって来た。プラカードを持つ俺の周りには見た事も無い連中も含め15人程の不良が集まっていた。不良とは言い難い場違いな奴もいたが、、、、。

 そんなこんなでガヤガヤしていると、どこからともなくチビで目の細い男とコント赤信号の小宮そっくりの男が声を掛けて来た。「やあ君達!応援団に入部希望かね?いいクラブだよ。歓迎!歓迎!」と何故か舞い上がっている。してその二人の後ろに視線をやると先ほどの大男とクラブ挨拶でマイクに向かっていた巨漢の男が二人して笑っていた。“しまった!嵌められたか?”だがもう遅い。

 小宮みたいな奴が「じゃあ月曜日にハウス(部室)に来てくれ。ハウスはあの並びの1番左だから」とグランド脇の部室群を指差した。教室に戻り仲間たちに「ひょっとして嵌められたぞ」と言うと皆異口同音で「すぐ辞めやええて」と呑気なものだった。後の事も考えずに、、、、。

 地獄を味わうまであと1ヶ月。団長までのカウントダウンがとうとう始まった! 




<続>



『僕の見習い車掌日記』 〜師匠の教えの巻〜

〜師匠の教えの巻〜


「車掌なんて辞めろ。降りろ!」

真っ赤な顔をした師匠が、
客室に聞こえるほどの声で僕を怒鳴った。

僕はカバンを持って、
雨の降る小さな駅で電車を降りた。

乗客がヒソヒソと話しながら僕を見ている。
僕は黙って師匠を見ていた。
師匠はすぐにドアを閉めると、
僕を降ろした電車は勢い良く駅を出て行った。

電車を見送った僕は駅事務室にトボトボと歩いて行った。
階段を上がり改札窓口に顔を出すと、
駅員はビックリした顔で僕を見た。

「そこに立っていると邪魔だよ。中に入れば?」

「はい」

僕は駅事務室の椅子に座り、
窓口に立つ駅員の背中をぼんやりと見ていた。
休憩室でそばを食べ終えた年配の駅員が、
売店に行って僕に缶コーヒを買ってきてくれた。

缶コーヒーなんて飲んでいる場合ではないが、
今の僕には行く所がない。
師匠はなぜ僕を怒鳴ったのだろう?

「ミスなんてしていない・・・」

その言葉がリフレインしている。
あまりにも覚えることが多過ぎて、
僕のキャパを超えているような気分になってきた。
今現在、
一体何を優先すればよいのかまったく分からない。

「今度、師匠の乗った電車は、この駅は何時に通るの?」

初老の駅員が声を掛けて来た。

「1時間半後です」

「この前も降ろされていたやつがいたよ。
 そいつはホームで案山子のように2時間ほど立っていたけどね。
 君も何をして電車から降ろされたの?」

「・・・・・・・・・・」

僕はコーヒーを一気に飲んだ。
すぐにダイヤを開いて師匠の電車を追いかけることにした。

「コーヒー、ごちそうさまでした」

「二度とここには来るなよ」

お客さんに混じって階段を降りてホーム後方で電車を待つ。

しばらくすると電車がやってきた。
運転士はホームで突っ立て居る僕を見て、
不思議そうな顔をしていた。

到着した電車の乗務員室に行き、
担当車掌に訳を話して乗せてもらう。

「降ろされたやつはここにも居たか。
 お前らは本当にデキが悪いね」

乗務員室では僕は無言だった。
ふと、
横目で先輩を見てみると、
先輩の制帽はフリスビーのように潰れていて、
顎ヒモは制帽の前後に二本も付いている。
先輩は校則違反を楽しんでいる学生のようだった。

電車は通過駅に差し掛かる。
先輩は見かけによらずひとつひとつの動作が日舞のように美しく、
基本動作を完全の自分のものにしている。
ふと、
そうした先輩の動きを見ているうちに、
なぜ自分が降ろされたのかが分かった。

先輩は通過駅に差し掛かると後方監視“だけ”を行いひとつの作業を終える。
次の作業は車内放送なのでマイクを持つ、
といったように一度に二つの作業はしていなかった。
つまり、
僕は一度に二つの作業をしていたのだ。
これでは基本動作を励行していないことになる。

僕は先輩に礼を言って師匠が休憩している駅に降りた。
僕は恐る恐る休憩所に入ると、
電車を降ろされた僕を見て先輩たちは大声で笑った。

師匠はソファの真ん中に座り新聞を読んでいた。
僕は師匠の前に立って自分の過ちを述べて謝った。

その後、
師匠には何十回も「降りろ!」と言われたが、
なんとか訓練を終えて車掌試験を受けた。

試験当日は本社の偉い人たちが数人やってきた。
各自がチェックシートを持ちながら、
僕の動作を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見ていた。

「異常なし!」

「声が小さいなぁ。
 そして指差確認喚呼の時に肘がまっすぐになっていない」

試験管は冷静に僕の悪い点を指摘したが、
僕を含めた同期全員が何とか試験に合格した。

試験が終わると新しいバッジが支給され、
肩書きが「車掌見習」から「車掌」に変わったが、
一人で電車に乗ることが信じられなくてとても不安だった。



『僕の見習い車掌日記』 〜乗務区研修の巻〜

〜乗務区研修の巻〜


センターでの最終日、
教師から配属先が言い渡された。
僕はニュータウンのど真ん中にある乗務区に配属が決まった。

乗務区での研修が始った。
乗務区は現場独特の雰囲気を醸し出していた。
僕らは電車から降りてきた先輩達と廊下ですれ違う度に大きな声を出して挨拶をした。
先輩達は頭を少し下げただけで声も出さずに、
ソファにドカッと座ってスポーツ新聞を広げていた。

僕らが先輩達のような一人前の車掌になるまでの行程は、
車庫の電車で訓練をして、
“師匠”と呼ばれる指導者と営業電車で
約1ヶ月間の実車訓練を行って車掌試験に挑む。

車庫での訓練が終わると師匠と弟子の組み合わせが発表される。
師匠と弟子の組み合わせ発表のことを“顔合わせ”といい、
僕らは師匠が待つ会議室前の廊下に並ばされた。
担当主任から一人一人順番に名前が呼ばれると、
僕らは緊張した面持ちで会議室に入ってゆく。

「小池!」

僕は3番目に名前が呼ばれた。
ノックをして会議室に入る。
3番目に呼ばれたので奥から3番目の人が僕の師匠らしい。
師匠は優しそうな顔をしたおじさんだった。
僕は師匠の前に立ち、

「小池です。よろしくお願いいたします」

「よろしく」

この人が僕の師匠か・・・。
僕らはセンターで研修を受けている時から、
各師匠の行動や性格をリサーチしておいた。
それによると僕の師匠となった人は山形県出身で、
よっぽどのヘマをしない限り怒らないという前評判だった。

実車訓練が始まった。
僕は師匠の動きを終止見ていた。
師匠の動きを見ているととても簡単に見える。

師匠は要注意駅や駆け込み乗車が多い駅を懇切丁寧に説明するのだが、
山形弁のお陰で何を言っているのかさっぱり分からなかった。

数日後、
ドアを開けた師匠が僕の腕を引っ張った。

「ドア、閉めてみっか?」

「はい」

僕はドアを閉めるタイミングを見計らっていた。
真後ろには師匠が立っていて、
師匠の鼻息が僕の首に当たるのでくすぐったい。

二人で乗降モニターを監視する、
ドア・スイッチに親指を添えて乗降が終了した時が閉めるチャンスだ。

「よし、閉めろ!」

「前よし!」

思い切ってドア・スイッチを押す。

「プシュー、ガラガラ」

刃物の上を歩くような緊張感が全身を走り、
冷や汗がゆっくりと背骨をつたって落ちる。
ドアが閉まると電車は勢い良く加速してゆく。
急いで車掌用の扉を閉めて、
窓から顔を出してホーム上の監視を始める。

顔に当たる風が電車の加速と共に強くなる。
降りた乗客たちの姿が一瞬にして目の前を通り過ぎてゆく。
ホームを抜けると窓を閉めて後方を指差確認喚呼する。

「異常なし!」

「異常なし!」

師匠が復唱する。

「ドアを閉めるは怖いだろう?」

「怖いです」

「次は放送してみるか?
 窓を開けて自分の耳で放送音量を確認すること。
 放送をするポイントはスカイ・コートのマンション付近だ」

「次は○○、○○です」

僕が放送した直後、
お客さんが一斉にこちらを見る。

「早口で声が萎縮してるからお客さんがお前を見るんだよ」

「はい」

その後は順調に実車訓練が進むものと思っていたが、
ちょとした僕のミスで電車から降ろされたことがあった。




つづく



『僕の見習い車掌日記』 〜車掌研修の巻〜

誰だってはじめはヒヨッ子です。
ヒヨッ子にもなれないヒヨッ子予備軍のときもあります。
誰もがそういう時間を経験してちゃんとした仕事に就いていくのです。
特にいろんな人たちの大切な時間を乗せる鉄道員の仕事においては、
どれだけちゃんとしたヒヨッ子時代を過ごすかがとても大切なのです。
もちろんまだまだ子供なので、納得のいかないことばかりなのですが…

夏休みの終わりに、ちょっとだけ苦い話、お届けします。
エアコンの冷気ではなく、車窓から入ってくるちょっとぬるい風に吹かれて、
読んでみてください。




〜車掌研修の巻〜


車掌研修が始まった。
センターでの勤務時間は9時から18時までの机上教育で、
目の前の教科書と鉛筆を見ているだけで睡魔が襲う。

今回の車掌研修を受けるメンバーはほとんどが入社同期で、
彼らとセンター行きの社員専用バスに乗っていると、
入社研修を受けていた時代に戻った気持ちになり、
とても懐かしい。

センターでの研修内容は車両、信号、規則など多岐に渡り、
科目によっては理数系も登場する。

研修も中盤に差し掛かったある日、
いつまで経ってもY君が教室に現れなくて、
みんなY君の事を心配していた。
教師は何事も無かったような表情をしていたが、
その表情を見るとかなり苛立っているように見えた。

みんなが授業に集中し始めたとき教室のドアが開いた。
Y君は申し訳なさそう顔で教室に入ってきた。

「なんだぁ、報連相も無しか?」

「昨日、飲み会があって帰りが遅かったのです」

「お前、車掌になる気あるの?」

「・・・・・・・・・・」

翌日、
教室にY君の姿は無かった。
Y君は教師と相談の結果、
今まで勤めていた駅に戻ることになったが、
その後の風の便りでは、
Y君は駅に出勤する事もなく会社を辞めてしまった。

昼食後、
僕らは表に出て、
古い電車が飾ってある線路の上に座って、
会社を辞めたY君のことを話していた。
そこに教師が輪の中に入ってきたので、
僕らは慌てて話題を変えた。
教師はタバコに火を点けながら、

「簡単に辞められちゃ困るんだ。
 研修期間中でも会社はお前らに給料を払っているんだ。
 次の現場に行っても1ヶ月半ぐらいは見習いだろう?
 今のお前らはお金を稼いでいないんだ」

教師はわざとお金の話をしているように感じた。
その表情を見ると、
お金のことよりも、
たった一度の遅刻で辞めたY君の事をとても気にしているように思えた。

教師の言う通り、
会社が僕らにお金をかけた分だけ責任も重かった。
目には見えないけれど、
乗務員としての重責がそこにあるのかも知れない。
その厳しさがあるからこそ僕は乗務員に憧れた。
子供の頃に見た貨物列車の機関士は、
まるで軍人のような目つきでハンドルを握っていた。
誰もが振り向きもしない地味な貨物列車だったが、
誰にも注目を浴びていないからこそ、
自己陶酔しているような機関士の表情に憧れた。

教師は2本目のタバコに火を点ける。

「電車が来ると踏切の遮断機が降りるよね?
 遮断機が降りると、
 みんなそこで遮断機が開くの待っているんだ。
 パトカー、
 消防車、
 救急車、
 皇室の自動車、
 みんな遮断機の前で待っているんだよ。

 箱根マラソンを見たことあるだろう?
 踏切が閉まったらランナーも先導の白バイも一旦停止だ。

 もし、
 この会社の社長がお前らのところにやってきて、

 『次の駅で止めて下さい』

 と言ってもお前らは電車を止めないだろう?
 運転に関する全ての実権は乗務員が握っているんだ。
 そのくらいの気持ちでなきゃ国民の財産を預かって運転できないでしょう?
 “前の日が遅かったから”と言って寝坊をして、
 そんなスタンスで乗務員ができるか?
 出来ないよな、そんな生半可じゃ」

僕らは線路の石を見ながら黙って聞いていた。
1ヶ月間の研修中に1人が退社し、
2人が車掌になるのを諦めて駅に戻った。


つづく



8月9日今週の朝礼『原子爆弾』

 広島に続き長崎に原爆が投下されて62年が経つ。
 単なる想像ではなく、もっともっと具体的にその瞬間を想像したら吐きそうになった。記録に残っている映像やドキュメンタリー風の映画とかテレビドラマではなく、本気でその瞬間を想像したらとてもやりきれなくなった。

 原爆が投下される3秒前。それまで普通の人間として当たり前に暮らしていた人々が、その一瞬ですべてが無くなってしまったのだ。その人の命もその人が暮らした場所もその人の記憶も思い出の品もなにもかも。残されたものは、奇跡的に助かった「その人」を知っている人たち。その人たちの中だけにその人の記憶は残される。
 けれど、その記憶ほど残酷なものはない。ましてその人を慕っていた気持ちがあるとするなら、その記憶は地獄である。
 
 62年後。地球人は何をやっているんだろう?原爆を墜とした国と墜とされた国が仲良くなったのは結構だが、本当の友好ははるか彼方にあり、全世界中で核兵器が外交手段の切り札となり、宗教さえも武器となっている。そんなバカげたことが膨れ上がって異常気象どころか異常惑星になりつつある。
 
 ぼくの爺さんは戦争で死んだ。もちろん顔は知らない。どんな人だったのかも知らない。知っているのは、台北で軍人をしながら教師をしていて、中国大陸で戦死したということだけ。そんな爺さんの話をしてくれた父親も死に、父親を知っている人たちも少なくなった。
 記憶の語り手は途絶え、真実はやがて想像へとシフトしていく。真実が教科書の中にあるとしても、それはあくまで紙の中。そこから掘り出して自分の心に付着させることは困難である。
 であれば、とことん想像しよう。どれだけ悲惨でどれだ悔しくてどれだけ痛くてどれだけ泣けて、どれだけ泣いてもきりがなくて、どれだけの絶望があったのか。そして62年後の今、僕らはそれをどう受け入れて生きていけばいいのかを、力一杯に具体的に想像するのだ。

 そんなちっぽけなことが本当はすごく大切なことなのかもしれない。
 少なくとも僕はこの前、早朝の原爆ドームでそうすることを誓いました。

 ひと夏ごとに、平和な日本に近づけますように。平和な地球に近づいていけますように。
 心より祈っています。
 そのために、僕はずっと想像します。



7月31日今週の朝礼『8月という哀しみの季節』

 8月。どうですか? 元気にやれそうですか?
 7月を迎えた時にはなんだかとても気持ちよくなりました。訳もなく高揚感に包まれ、カレンダーの日をめくるだけでちょっとした充実感をもったりして。これが7月にしかない夏の魔法なのかもしれません。それもそのはずです、なんせ『夏休み』という特別な時間が迫り来るとあらば、自然と毛穴から体内のバイキンが放出されて、嫌なことなんか全部リセットできるような気分になれたからです。
 ところが8月となると、すでに夏休みも2週間ちかく消化されて、いや、消化にはほど遠い、ただただ怠惰な時間を過ごしただけの話なんですが。とにかく8月の声を聞くと、ちょっとした不安や焦りなんかも発生するんですな。
 つまりこういうことです。これから始まろうとする夏休みを前に、“40日もあるんだ。この夏にはきっといろんな何かが僕を待ち受けてて、その何かのなかで僕は特別な経験を積み、やがて夏休みが終わった頃には、40日前とは格段と違う僕に成長している”という自分勝手な妄想に包まれていたのですが、実際夏休みが10日ほど過ぎたあたりから、“あれ、おかしいぞ。何も変わらん。それどころか、前よりもダラダラで時間が無駄に過ぎてるだけじゃん”というダメダメ包囲網に引っかかって、そんな自己嫌悪地獄から抜け出せない奴は、友だちと会う気力も失せ部屋に閉じこもってカーテン閉めっぱなしでオナニー漬けになるか変態メールを送り続けるか、あるいはリスカ系のネガ小説を読みふけるかのいずれかになってしまうわけです。
 そう思うと部活動ってありがたかったですね。それやってるだけで、緊張したり興奮したり責任感じたりしくじって後悔したり、とても感情的な日々を送ることができるわけですから。まして多数の人たちとの交流もあり、孤独を感じることさえもなく、健やかに時は流れていくのですから。
 
 夏とはそういうものです。夏を迎えようとする時期こそが夏のピークであり、梅雨が明け太陽が毎日頭の真上でギラギラと輝きはじめた頃には、そこにはもう厳しさしか残されていないのです。

 ユーミンはこう言いました。
『夏の中にも12の季節がある。一年をかけて過ぎてゆく時間と景色とそれに揺れ動く感情が、夏という時間の中には詰め込まれている』

 つまり、この夏の中でもう秋風が吹きはじめているのです。
 それをつまらないとか物足りないとかいうことは自由です。
 ただ、そんな12のストーリーを持つ夏の刹那を感じてこそ、この夏はあなたにとってかけがえのない時間となるのです。

 気がつけば僕らはとっくに夏休みとは縁遠い大人になってしまったけれど、それでもずっと心の中に流れる『夏休み』という時間軸の中で、僕らは今年も残された夏を過ごして行くのです。
 夏。残酷な季節の中で、あなたはどんなあなたになっていくのでしょう。
 9月になる頃に、そっと確かめてみてください。

 それでは残酷で素晴らしい8月に、いってらっしゃい!



上がるわ凹むわ剥がれるわ。

 冬の話題をひとつ。
 父の一張羅の勝負ブーツはグッチである。コードバンという立派な馬革製でゴムのソールがついていて、編み上げになっている。
 ある帰り道の夜11時過ぎ、東海道線の車中で父のケータイが震えた。わが家に棲息している中年女性からだ。父は電車の中では基本的に電話には出ないことにしている。
 電話をギュッと握った。止まれ、と念を込めて。止まった。そしてまた震える。もう一度握る。止まれ!
「握る」と「止まる」の間に因果関係はないけれど、なんとなく握ると止まるものだ。「震える」「握る」「止まる」を3回ほど繰り返しているうちに、タイミングをつかんだだけの話なのだろう。たぶん、止まるギリギリのところを見越して握っていたのだ。
 謎の中年女性とて、父が車中では電話に出ないことを知っているはずだ。にもかかわらず3回も4回もかけてくる。ということは……
①何か大変なことが起きた
②謎の中年女性がのシステムがクラッシュした
 ということが考えられる。さらに①も「父が何かをしでかして、その証拠が出てきた」か「それ以外」かに分類できる。またそれによって②が生じることもあり得る。いずれにせよ電話越しなのだから、怒られたって、ライブよりは全然怖くないのだ!
 父は勇気を振り絞ってコールバックした。
 タケダテツが高熱で倒れたという。で、すでに市民病院にタクシーで到達したと。市民病院にはお医者さんがいて、タケダテツの温度をはかったり金属のヘラで舌を押さえたりしてくれるわけで、父が駆けつけたところで、何の戦力にもならんのだが、こういうときは駆けつけるものなのだ!
「とりあえず怒られることがない」というよいニュースと「タケダテツ高熱!」という悪いニュース。父の胃はモヤモヤと痛むのであった。

 救急救命病棟では、タケダテツが見慣れたドラゴンボールのパジャマを着てぐったりしていた。
 39℃。
 ビニールレザーのソファに倒れ込んでいる。寒い寒いと泣いている。ああこりゃいかん、かわいそうに。
 こんなときドラマならば抱きしめてやるのだろうが、これは現実だ。それに父はそもそもそうした陳腐なドラマが嫌いだ。タケダテツの隣に腰掛け、頭に手をやって「大丈夫か」と尋ねた。大丈夫なわけはない。寒泣きしているのだ。
 乳会社ならば。もとい、父が医者ならば注射か点滴の1本も打って、タケダテツと中年女性に対して「もう大丈夫」と言えるのだろうが、父はライターだ。職業的属性をめいっぱい発揮したとして、ちょいと洒落た慰めの言葉をクリエイトするぐらいのことしかできない。でもそんなおしゃれフレーズはリアルではない。タケダテツが日頃欲しがっているものを買ってやる約束をすることで、精神面からのサポートを試みようとも思ったが、やめた。よけい興奮して熱が上がってもいかん。全快したらなんか買ってやろう、うまい棒でも。
 結局「大丈夫か?」と繰り返すことと、いろんな検査の順番待ちにタケダテツの母の話し相手になることと、タケダテツの母がトイレに行くとき留守を守ることで、父の病院における役割は果たされたのだ……ということにしておこう。
 すべてが終わって、すうすう眠るタケダテツを抱きかかえてタクシーで帰路につく。重くてしっとりしている。家に着いたらパジャマを着替えさせてやらねばならない。ポケモンかムシキングのやつにでも。そして父は、タクシーの中で腹ぺこであることに気づいた。夕食を食わねばならない。もう2時だけど。

 ドアを開けた瞬間、赤ん坊の絶叫が聞こえた。うちにはもうひとりいたのだ。たけだりおは放置である。
 アー忘れてた。めちゃめちゃ泣いているじゃないか!父は急いで両足の編み上げブーツの紐を解いた。片足のつま先でもうかたいっぽのかかとを踏んづけ、グイッとブーツから足を抜く。抜けない。ひものほどき方が甘いのか。テツとりおの母はさすがに忘れてはいないらしく、玄関先で「もうちょっと早く帰れると思ってたの。わーゴメンゴメン」とつぶやいた。素早くサンダルを脱いで部屋に上がる。アー待って待って。父は焦ってさらに力強く足を抜こうとした。メリッ。ギャーッ。
 ベビーベッドの間から、今度は中年女性の絶叫が聞こえる。父はマッハで、紐を緩めて丁寧にブーツを広げて片足ずつゆっくり急いで引っこ抜いた。
 たけだりおは母に抱かれて機嫌を取り戻した。濡れた瞳が蛍光灯を反射してキラキラと輝く。口角もグイグイ上がっている。ところがだ、泣いてる最中ずっとベビーベッドの、檻みたいになった柵のところに顔をぎゅーぎゅー押し付けていたらしく、せっかくニコニコ微笑んでいても頭はベコンベコンとところどころ凹んでいるのであった。 
 母の絶叫はそのせいだった。なでなですると笑う。頭はペコペコだけど。タケダテツは高熱など嘘のように「おなかがすいた」と言い、父は結局、無惨にソールが剥がれたグッチのブーツのことを誰に告げることもできなかった。


※ 頭のペコペコは翌日には治りました。
※ グッチのブーツはシーズンが終わったのでそのままです。



7月2日今週の朝礼『じゅらい』

7月という響きが大好きであります。
憎めないんですね、この耳障りが。
7月。たとえばこんな感じ。
風邪引いて寝込んでいて、夜中にうなされて、
汗をダラダラかいて寝苦しい真夜中を過ごしたけれど、
部屋の東側にある小窓のカーテンの隙間から射し込む光に無理矢理起こされて、
しばらくまぶしそうに目をこすっているうちに、気分がスッキリして
「あれ?治った」って、そーゆー感じです。
それぐらい僕の中では7月という響きが好きです。
もちろん根拠もなにもないですよ。夏だって特別好きじゃないし。
けど、やっぱり、もうすぐ夏休み、もうすぐ真夏、
もうすぐなにかが始まるかもしれないという気がして、
この歳になってもう一度グレたくなる気分です。
 
僕はこの夏にどうしてもやらなければならないことがあります。
それはある意味、45歳になろうとする僕にとって「夏休みの宿題」かもしれません。
「ある人と僕たち」という小さな宇宙が永遠であることを確認するために、
僕はこの夏、はじめて本気で宿題にとりかかるのです。

誰もがかけがえのない夏休みの宿題を抱えて、
グッとくる夏をお迎えください。



6月26日今週の朝礼『ミートホープも、また先生』

ミートホープの一件はまさしく人間関係のそれと同じだ。
「多分、大丈夫だろう?」から「大丈夫だ!」に、やがて「大丈夫って言ってるだろ」に変化して、
最後には「大丈夫じゃないけど、なんとかなる」へとシナリオは急展開する。
ひとつのウソからはじまった小さくてバカな物語は、
ゴロゴロと勾配を転げ落ちるほどに手の付けられないところに堕ちてゆく。
恋愛もそうだし友情もそうだ。
最初のほんの小さなウソが最後には命取りになる。
人は誰もが人生の主役。それは好調のときばかりでなく不運のときも同じだ。
せめて人様から後ろ指をさされない人生劇場を演じたいものである。
そう思うと、あのニヤついた社長の姿は、ある意味、この時代の教科書ともいえるかもしれない。

社保庁、コムスン、ミートホープ、つぎはどいつだ?
もう教科書なんか要らないぞ。



写真バカららばい 第1回『卒業』
待ち遠しい夏休みを控え、試練の梅雨に突入。
あーやだやだ、と嘆いてばかりいませんか?
そんな時はほら、思い出してみませんか。ついこの前まで桜が咲いていた頃のことを。
桜咲き、桜散り、桜舞うあの頃には、いろんな物語が誕生しました。
出会いも別れも旅立ちもあきらめも、ぜんぶぜんぶ桜の花びらにくるんでそっと胸に押し充てて、
僕たちはそれを「春」と名づけました。

そんな春にもっとも似合う大切な一瞬があります。
『卒業』
今回はプロのカメラマンたちがそれぞれの卒業を閉じ込めてきてくれました。
あじさいのころに、さくらの気持ちで、ひらひらと、ご覧ください。



今回のお題目は『卒業』
『写らら』編集長マロンブランディーによる評&演出と、グランプリ以下の順位も発表します。



谷口尋彦氏 http://www.d-cord.com/
評&演出
卒業とはその瞬間を丁寧にアルバムに貼付けることではなく、無情に踏みつぶしていくことである。彩り豊かな現実はつぶされた瞬間にモノクロームな過去となる。人生とは、単にいくつもの空き缶を踏みつぶしていくだけのことなのだろう。なぜか尾崎っぽくピッチピチのジーパンにグラサンな気分です。




新保勇樹氏 http://shimboyuki.jugem.jp/
評&演出
わかる。卒業は哀しすぎる。男も女もおんなじだ。じゃ「入学」っていつだったんだろう?と、時の大切さを考えさせてくれる秀作。




笠井爾示氏 http://www.kasaichikashi.com/
評&演出
卒業は特別なアニバーサリーではない。男は卒業の数だけMANになる。今日も卒業明日も卒業、ロマンチックで成績優秀なやつは朝も卒業、昼も卒業、夜もやっぱりまた卒業。たまに悩んで不安になって留年もまた人生。




MOTOKO氏 http://www.mili.jp/motoko.html
評&演出
絶えゆくものへ、それまで一緒に歯を食いしばってきた同志が哀しみの泪を流す。屍(しかばね)はその魂を生き続けるものの中へ注ぎ込む。終わりと永遠は一体である。




鈴木貴子氏 http://www.ehibi.com/
評&演出
今度この桟橋に戻る時、おまえはどうだ?泣いてる場合か?




小泉修氏 
評&演出
桜の花びらの刹那が狂おしいほどに美しい。散ってさらに生を漲(みなぎ)らせるその逞しさは、学び舎を後にした者の泪とおんなじだ。さぁお行き、木綿のハンカチーフをもって。




永瀬圭介氏 
評&演出
今、ぼくは歩かされているけど、もうすこししたら歩けるようになるからね。




稲田平氏 
評&演出
泪を流す場所を求めすぎていませんか?笑顔を振りまける瞬間を探していませんか?青春とは無機質なもの。そこにあるのは錯覚だけ。けれど僕たちは、その先の、さらに先へと向かわねばならない。




平野哲郎氏 
評&演出
保母さんが、無事に小学校へと送り出せることだけを「卒業」とするならば、なんて味気ない教育だろう。もしそれを園児が感じてしまったら、なんてわびしい国なのだろう。優しさの中にも現在の教育を考えさせる秀作。





次回からはプロアマ問わず、これを見ているあなたからの投稿もOKです。
写メール画像でも構いませんので、何でも送ってみてください。


※投稿はこちら maroon@mb-jp.com へお願いします。


『写らら』編集長マロンブランディーが、辛口で批評しつつも素敵に演出してみせます。
グランプリに輝いた方には気まぐれで何かを進呈いたしますので、お楽しみに。


次回のお題は『夏休み』
どうぞ好き勝手に解釈してください。
ただし、ウェブに載せられないくらいのエロ&グロは控えてくださいね。
コドモからオトナまで見てますから。
投稿の締め切りは、7月31日 8月31日(金)到着分までです。


そうそう、感材費などは一切出ませんのでごめんなさい。
画像、紙焼き、ポジなど自由。
ウェブなので発色やリサイズにはある程度寛容にお願いします。


また、本コーナーに掲載した画像に関する著作権は、特に明記がない限りマロンQエストに帰属しますが、原則的に掲載は本サイトのみとし、他媒体への転用はしません。尚、掲載後に投稿者からの削除の申し出があった場合は、内容を検討し適宜考慮します。




それでは、あなたの投稿をお待ちしています。



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『写真バカららばい』はじまります。

一枚の写真は、数百ページにもおよぶ小説よりも深く物語ることがあります。
プロローグもエピローグも、そんなものなんて要らない。
そこに閉じ込められた一瞬だけが、人の感情を揺さぶり、ときに感情さえも破壊する。
ロマンス、ファンタジー、未来、過去、泪、怒り、感動、夢、死、絶望、希望…
写した者と見る者の感覚の狭間で、やがてその一枚は神秘に包まれていく。
そしてまた一枚、二枚…何百何千何万何億枚とその一瞬に喰らいつく馬鹿者たちの手元が叫ぶ。
カシャッ カシャッ カシャッ。
どうにもファインダーを覗かなければならないバカ者たちの、どうしようもない感動の嵐。
『写真バカららばい』
梅雨のはじまりととともに、しっとりと、どうぞ。



6月11日今週の朝礼『梅雨のまえに』

 週末の朝晩はとても寒くて、日中には豪雨があり夕方には晴れ間が覗きました。
 こういう一日は本当に得をした気持ちになります。
 それは人の感情とよく似ているからです。
 喜怒哀楽。人の感情からは予期せずに表情が生まれます。
 それを悟られまいと、いくら取り繕うような表情をしても、心の中では雨や風が吹いたりするので、バレバレです。
 心も表情もすべては感情のおもむくままに。
 人間社会ではなかなか許されないことを、天気がかわりにやってくれてスッキリしました。
 雨上がりの夕方の、ほこりが焼かれたような匂いは、妙に清々しくて、どこかエロティックでもあります。
 僕は、そんな時間がたまらなく好きです。

 これから梅雨が始まりますが、どうか天気が悪いというだけで梅雨を恨まないでください。
 一年を通したら、どうしても雨が降らなきゃならない時期があるのです。
 このバランスが崩れたら、この国の四季はありがたくなくなります。
 雨の日には雨の日なりのラブソングを。
 雨が続けばビショビショになった恋愛小説を。
 洗濯物が乾かないぐらいで、ボヤくのはやめましょう。
 それよりも心が乾かないように、しっとり生きてください。



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 弐

〜一回生の章〜 弐

 いよいよ初登校の日。どんな先輩や生活が待っているのかという期待と、バスと地下鉄の乗り継ぎがうまくいくかという結構情けない不安が入り混じった俺は、親父に肩を叩かれて玄関を出た。
「気張ってこいや!」そんな激励に、ボクサーでもないのに拳を見せ「ほな、行ってきまっさ!」と返す。普通の家庭なら「がんばれよ」→「はい」だろうが我が家は元来ピントがずれている。
 これは入学までの過程でも表れていた。少し余談にはなるが史実なので書いておこう。

 この頃の中京高校といえば「低学歴、極運動、高血圧」で名高く、言わば運動能力(だけ)が優れ血の気の多いバカ集団。ま、学ランを着た自○隊ってとこか。
 そんな所でありながら月謝の高い私学だから敬遠されがちな学校だった。
 しかし我が親父曰く「中京と言えば昔からの名門やしその名は全国に響いとる。OBもようけ(沢山)おるから就職も有利や、わしの郷里(福井)のもんが聞いたらビビりよるわ」と、俺の入学を大いに喜んだ。
 確かに親父の言葉正しかったが、それを実感したのは社会に出てさまざまな業界にOBが多いと知ってからだったのだが…。

 さて本題だ。家から5分のバス停からバスに乗り10分程で地下鉄の駅へ。人生初のラッシュアワーに多少面食らったが、同年代の女子高生やOLを見ると鼻の下が引きずられるくらいに伸びた。シャンプーや香水の甘い匂いが満員電車を苦にさせない(通学って素晴らしいじゃねえか!ハッピータイムじゃん!)。
 多少のオヤジ臭や生意気な奴なんて気になんないとニヤケている俺に何処からともなく鈍くて渇いたイヤーな音が……
「バッスン、バッスン」(何の音や?)満員電車で音の出何処は解らないが、どうやら座っている奴が何かを殴っているには違いない。
 電車が各鉄道(国鉄、名鉄)の乗り継ぎ駅である金山に着いて乗降客が入れ替わる時、その姿が俺の目の前に現れた。
「なな何〜!?」俺は目を疑うと共にその男の風貌、行動、そしてなによりオーラにフリーズしてしまった、、、。その男は俺を見てニヤッと笑ってる。(なんじゃこいつ?これが高校生か?してなんで学生カバンじゃなくてキャッチャーミットなんや?)
 そう、音の出何処はこのキャッチャーミットだったのだ!
 その男、いや高校生は電車内で右手拳でミットを叩いていたのだ。そしてよく見るとボタンに<中京高>襟章は3年を示すグリーンのピンバッチ、同じ学校の先輩であった。周りには付き人のような後輩がピタリとつき圧倒的威圧感を放っていた。

 電車が乗り換え駅に到着し、俺はトコロテンのように車外に放り出された。そしてキャッチャーミットを持った先輩が外へお出ましになると、駅構内の長い廊下を超がに股で威風堂々の大闊歩。その後ろにはSPのように張り付くいかにも時代劇の番頭のような後輩がニヤけながらピタリ。その2人を見て、まるで決まり事のように挨拶する無数の学生達。
 まるでヤ○ザの親分登場場面だ。
 そして俺はこの日のうちにこの男の正体を知ることになる。

 乗り換えた電車はさっき乗った路線の乗客とは異なり、さながら学生列車である。沿線にある女子校、共学校、男子校の生徒が入り混じり120パーセントの乗客率。立っているのがやっとこさで座る事なんて皆無であった。
 俺達が降りる駅までに2校分の生徒達が降りていき、車内が多少空いてきて俺の目に入った光景は、母校と思われる先輩達が(これでもか!)と足を広げ座席に座っていた姿だった。詰めれば10人は裕に座れる座席にたったの5人。
 皆、「あったりまえやろ」という感じで腕組みをしてバチバチ睨みを利かせている。もちろん俺達1年は目を合わせることもできず、当然他校の生徒達は地面に10円玉でも落ちていないかという感じで下を向いたままである。
 電車は学校の最寄駅に到着し、何百という不良が一斉に降りる。
 ドカン、ドカンとぶつかってくる先輩達にいきなり睨んでくる先輩。“ここ本当に高校か?”と思うほどめちゃくちゃな通学風景。これから毎日コレかよ。えらいこっちゃ、と途方に暮れた。

 教室に入り程なく校庭で行われる全体朝礼へ。するとそこには見たことの無い男の軍団がゴキブリの巣のような真っ黒い絨毯を敷き詰めていた。
 全校生徒1700人の朝礼、まるで黒服を着た北の国の軍時大行進である。
 そんな中、朝電車で一緒だったキャッチャーミットの御仁を発見!クラスメイトの野球部員に聞くと、さもそいつが偉いかのような口調で「あの人は野球部の正捕手であり、中京の番長や」と言った。
「なんやて〜、この学校の番長〜っ!!!」
 俺はそんな方と同じ電車で通学するのかと思うと急に胃が痛くなった。
 応援団入部まであと5日、団長まで1年半を切った登校初日だった。




<続>



6月4日今週の朝礼『脱・夢と希望』

大人になると毎日が惰性で過ぎて行きます。そんな毎日を避けるためにも夢や希望を持ち続けたいのですが、知らないうちにやらなければいけないことが増え、夢や希望に割く時間がありません。
そんな忙しくないヒマな仕事をしている人も、就労時間内はちゃんと仕事をしているフリをしなければいけないので、夢や希望のことは頭の中で淡く描くに留まってしまいます。
いっそ夢や希望なんて忘れてしまいましょう。所詮手の届かない代物です。だいいち本気で夢や希望を手にしようとしているのですか?とりあえず、じゃないですか?
ほんとは言うだけで、なんにも努力してないんでしょ?チャンスがない時間がないと言い訳しているだけなんでしょ?
いいんです。そんなの無くったって。一度、夢や希望を取り払ってみてから『毎日』という時間をじっくり見つめてみるのはいかがでしょう。そうすると惰性で生きていると思っていたことに案外生き甲斐を感じるかもしれません。そうじゃなくても、些細なことに喜びややり甲斐を見いだすかもしれません。
夢や希望を基準にしたら毎日がつまらなく映るかもしれないけど、そんな根拠も確信も無いスケベ心を取り除いたら、人は誰もがみな幸せなのかもしれませんよ。
ちなみに、僕の家の近所の小さな路の脇には、あじさいが満開になりました。僕はそれを見て、「うーん奇麗だ」という思いだけで約30分間、その場所に居続けました。
気がつけば30分。知らないうちに経過した時間ほど幸福に感じることはありません。
その日の僕は特別何をしたということもなかったのですが、会う人会う人にあじさいの花の話をしました。
それだけでいい一日だったと思います。



『僕がなりたかった駅員への道』後篇

後篇「夢より現実。僕の経験」





乗客より5センチほど高い改札口に立っていると、
さまざなな人間模様が見えてきます。
一度、総理大臣にも改札口に立ってもらいたいと思います。
きっと、東京タワーの展望台より、
日本がよく見えるはずです。

ハプニングもいろいろありました。
数あるハプニングの中で最も印象的な出来事が、
ホームで電車を待っていた女子高生に、
屋根にいたハトの糞が落下してしまい、
頭から靴下まで見事に真っ白になったその子が、
事務室にやってきたことです。

ちょうどその日は学校の試験日だったらしく、
どうしても学校には行かなくてはならないとのことでした。

すぐに学校と家に電話連絡をしました。
学校にはハト事件の全容を伝えることができましたが、
家のほうが留守だったので、
家族に着替えを持ってきてもらうことは断念しました。

結局、女子高生は駅のシャワーを浴びて、
僕の一張羅であるコム・デ・ギャルソンを着て、
学校へ向かいました。

翌日の朝、
母親が菓子折りを持って駅に現れましたが、
僕の一張羅はご丁寧にクリーニングに出されていました。
結局、僕は制服を着て寮に帰りました。

バレンタインデーのことも忘れられません。
バレンタインデーの日は、
早朝から駅のあちこちで、
チョコが入っていると思われる紙袋を持った女の子が、
きょろきょろしながら右往左往しています。

当時は携帯電話が無かったので、
改札脇の伝言板が大活躍していました。

「10:50。ヒロシへ、ロンロンのレコード屋で待っています」

「11:00。シュン君、公園口のいせやで待つ」

当時の伝言板は今のメールの代わりでした。
伝言は何時間後に消去するのかは忘れてしまいましたが、
白色のチョークをまめに補充した記憶があります。
それにしても、
バレンタインデーなのに、
“いせや”で焼き鳥でも食べるのでしょうか。

そんなバレンタインデーの朝、
僕が改札に立っていると、
ホームのベンチ付近にいた女子高生数人が、
こちらを見て騒いでいました。

そんな光景を見ていると、
僕の心がざわざわしてきました。

「ひょっとして僕?」

と、ちょっぴり意識してしまいます。

しばらくすると、
周りの友達に背中を押された女子高生が、
もじもじしながら僕のところにやってきました。

「おっ、来たなっ!(心の中の言葉)」

「あのう・・」

「はい、なんでしょう」

僕は機械より機械的な表情で話しました。

「これを、吉田さんに渡してください」

これが研修で習った“ハインリッヒの法則”なのだろうか。

ハインリッヒの法則とは「1:29:300」という確率を表したもので、

「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
その背後には300の小さな異常がある」

ということらしい。

ハインリッヒの法則はいいとして、
とにかく女子高生は小さな紙袋を僕に渡し、

「これ、吉田さんに渡してください」

と言って、足早に去って行ったのでした。

その日、吉田は公休でした。
紙袋の中には手紙と小さなチョコレートの箱が入っていました。

その光景を見ていた先輩が、

「な、お前、チョコを貰ったの?」

「これ、吉田にですよ」

「じゃ、俺が吉田に渡しおくから」

「人のチョコを食べないで下さいよ」

「分かった、分かった」


結局、先輩は吉田のチョコレートを食べてしまい、
手紙だけを吉田に渡したのです。

それからしばらくすると、
チョコを持ってきた女子高生と吉田が改札口で話すのを見かけるようなりました。
毎日毎日、女子高生は吉田が立っている改札口にやってきては、
何時間も話していました。
その間の僕は、
酔っぱらいの嘔吐を掃除して、
吉田に悪態をついていました。

二人はいつの間にか恋人同士になり、
数年後に二人は結婚しました。

吉田はいまだに、

「なんで、あの紙袋にはチョコが入っていなかったのだろう?」

と首を傾げています。

バレンタインが過ぎてしばらくすると、
僕は駅長室に呼ばれました。

「君はとても朝寝坊で遅刻が多いと聞いている。
 早く車掌になって、先輩方に“鉄道と時間”の関係について、
 徹底的に厳しく教育してもらったほうがいい。
 それとイタズラにも程がある」

と半分本気で半分冗談のようなことを言われました。
僕はイタズラらしいイタズラはしていないのですが、
駅長が盛んに“イタズラ”と言っているのは、
“あの日”のことだと思います。

武蔵野市の偉い方が駅長室に集まって、
街のなんとか会議がありました。
ちょうどその日の朝刊に、
宮沢りえヘア・ヌード写真集発売の広告が掲載されていました。
僕はそれを丁寧に切り取って、
駅長のデスクマットに挟んでおいたのです。
駅長は真っ赤な顔で犯人探しをしていましたが、
その日、駅長室の掃除をしたのは僕だけでしたので、
僕も確信犯気取りでいましたが、
きっと駅長はそのことを“イタズラ”と言っているのでしょう。

僕は半ば強制的に車掌試験を受けさせられ、
結果は不合格でも強制的に合格となりました。
先輩たちは、

「駅長はよっぽどお前のことを追い出したかったんだな」

と笑っていました。

駅員生活最後の夜、
いつものようにコンコース掃除に行くと、
毎晩、駅の敷地でアクセサリーを売っている、
“ミッキー”と呼ばれているおじさんがいました。

ミッキーさんは毎晩のように巡回の助役に注意をされて、
悪態をつきながら駅を出てゆくのですが、
すぐに駅に戻ってきてはアクセサリーを並べます。

助役は僕に、

「アクセサリー男がいたら注意して追い出すように」

と指示をしていましたが、
僕は最初の2〜3回だけ注意をして、
後は何も言いませんでした。
そのうちミッキーさんは、
僕の顔を覚えて話しかけてくるようになりました。

「あの助役は意地悪だよな。あいつの出番はいつだ?」

「違法なんだから仕方ないよ。
 人の目を気にして商売するなら、
 自分の店を持てばいいのに・・・・
 そそ、僕は○○日が最後の勤務だからね」

「なんだ、お前さん、居なくなっちまうのかい?
 そうか、車掌になるんだったら、めでたいな。
 お前さんよ、今夜は俺が駅の掃除をしておくから、
 ま、これでコーヒーでも飲んで、今日ぐらいは掃除を休みな」

ミッキーさんは僕に100円玉を渡しました。

昔は山都駅に行って、
駅員さんの掃除のお手伝いをして、
100円玉をもらったのに、
僕が駅員になっても、
人様から100円玉を貰っているので、
いつまで経っても本物の駅員にはなれません。

僕はミッキーさんに頂いた100円玉で、
ジュースを買って休憩をしました。

「お前さんには世話になったから、
 これを餞別にするよ。
 商売ものだけど、ま、受け取ってくれや」

ミッキーさんは小さな紙袋に、
シルバーのリングとドリーム・キャッチャーを入れて、
僕に手渡してくれました。

「おまえさん、明日から車掌なんだろ?
 今さらドリーム・キャッチャーなんて必要ないな。
 でもな、車掌になったからといって慢心するなよ。
 どうせ、すぐに別の欲が出てくるからな。
 その“欲”ばかりこだわってに自分で苦しむなよ。
 夢は叶わないものだからこそ、
 ドリーム・キャッチャーなんてものがこの世にあるんだよ。
 あはは。分かるか?
 大体、俺も自分の店を持つことより、
 こうやって駅でいろんな人に出会えるから面白いんだよ」

よく分かったような、分からないような、
説得力があるような、無いような言い方だった。
確かに車掌になっても、
いずれは別の欲が出てくるだろうと思います。
では車掌になった後、
僕にはどんな新たな欲が出てくるのだろう?
そんなことがその時点でわかるはずありませんでした。

「ミッキーさん、ありがとうございます」

「今日の売り上げは坊主だったけど、
 お前さんが唯一の客でよかったよ。
 掃除はしとくから、パチンコでも行ってこいよ」

僕は小さな紙袋を制服のポッケに入れて駅に戻った。
助役はいつもより早く戻ってきた僕に、

「今日はゴミが少なかったのか?」

翌日、勤務を終えて寮に戻ると、
早速、カーテンレールに、
ドリーム・キャッチャーを吊るしました。

明日から始まる車掌研修の準備をしながら、
この小さな網を使って夢をキャッチするのではなく、
どんな夢が現れてくるのかを想像していました。

その日の夜はなかなか寝付くことができませんでした。


おわり



6月1日今週の朝礼『プライド』

僕のともだちで若い衆をまもるために上司に牙を剥いた男がいる。
そんなことを口に出せば、仕事が来なくなることは百も承知の上で、
その男はその想いを口にした。
結果。仕事は離れていった。

その男は多少の強がりを滲ませながら「これでいい」と言った。
それでいいはずはないのに。

人間にプライドがある以上、人の生き方はふたつに分けられる。
それを守るか捨てるかである。

どちらを選ぶにせよ人の自由であるが、
選ぶ前にどちらが自分らしいかを見極めることが大切だ。

そいつは上司にケツをまくり、仕事は離れていったが、
そいつに後悔はなく、厳しい現状の中にも、
確かな未来に希望を見いだしている。

ちょっとカッコイイと思った



『僕がなりたかった駅員への道』中篇

中篇「夢と現実。僕の葛藤」

一ヶ月間の研修が終わると、
いよいよ配属駅が決まります。
教師からひとりずつ名前と配属先を発表されました。
僕の配属先は、
井の頭線の吉祥寺駅でした。
仕事をするのならお洒落な駅がいいなと思っていたので、
とてもラッキーです。

それにひきかえ、
新宿や渋谷に配属された連中は、
困惑した表情でした。
繁華街の駅は何かとトラブルも多いし、
今みたいに自動改札では無かったので、
日本有数のターミナル駅での、
改札作業に恐れをなしていたのです。

この一ヶ月間の研修で、
ようやく心を開いて同期と友達になれたというのに、
離ればなれになるのは残念なことですが、
僕は駅員としての第一歩が待ち遠しくて、
仕方ありませんでした。
そんな浮かれた気分でいたお陰で、
紙袋に入れた制服を電車の網棚に忘れてしまい、
恐る恐る駅に申し出ました。

「茶色の“スーツ”を忘れたのですが」

駅員さんはニヤリとし、

「助役さん、持ち主が現れましたよ」

奥から角刈りの助役が出て来て、

「これはスーツとは言わないんだ!
 お前の顔は二度と忘れないからな!」

と僕の両耳を思いっきり引っぱられました。

それ以来、
網棚に荷物を置くのは一切やめました。

晴れて吉祥寺駅駅務掛を拝命し、
駅員のイロハを教えてくれたのは、
この春に高校を出たばかりの年下の先輩でした。
先輩から渡されたあんちょこを見てみると、
ずいぶん、事細かにスケージュルが組んであります。

吉祥寺駅、改札掛A作業ダイヤ

出勤、
駅長にお茶を出す(ぬるいと怒る)
昼食のそば・うどんの仕込み(大きな鍋でお湯を沸かす)
改札、
西友へ昼食と夕食の買い物(昼はうどん・そば、夜はおかず二品が目安)
調理(小姑が多く、目を離した隙に鍋の味を勝手に変えるので注意)
集札、
寝室掃除(マンガは捨てる)、
シーツ交換(マスクをしたほうがよい)、
昼食(材料費を出面人数で割る。代金は繰り上げしないとやってられない)
改札、
昼食後片付け、
夕食調理、
忘れ物帳簿点検、
集札、
夕食後片付け、
清掃(トイレ、ホーム、コンコース、テナント前)
改札、
夜食のオーダーを取る、
夜食買い物、
終車追い込み(乗り遅れ客が無いように)
シャッター閉め、
着替え、シャワー、
夜食後片付け(とっとと寝ないとキリがない)
仮眠、
起床、
改札、
集札、
掃除、
引き継ぎ、
勤務終了。

これが24時間勤務の内容です。
記憶を便りに大まかに書いたスケージュールですが、
駅員の仕事は、
“掃除と調理に始まり、掃除と調理に終わる”

ちなみに駅で見かける、
黄緑色のちり取り(ピンセット付き)の名前を、
「鉄道ちり取り」
と言って、商品名にもなっているぐらいです。

新米駅員の必須アイテムは、
この鉄道ちり取りと包丁で、
新米の調理は消防署でも行われています。

僕は早く改札に立って、
不正乗車を摘発する駅員になろうと思っていたのですが、
切符を切るパンチの練習より、
包丁の持ち方を覚えなければなりませんでした。

改札口に立っていると、
いろいろな人がこの通路を通り抜けて行きます。
不正乗車をする人もすぐに分かるようになります。
不正をする人は定期券面を指で隠したり、
慌てて改札を出ようとしたり、
目が挙動不審になっていたりするので、
改札の10メートル手前で判別がつきます。

キセル犯に「もしもし」と声を掛けると、
その場でお金を投げ捨てて去って行く人と、
逃走する人、二種類に分かれますが、
一度だけ逃走したキセル犯を、
駅の外まで追いかけて捕まえたことがありました。

キセル犯の身長は180センチくらいの大男でしたので、
一部始終を見ていたJR駅員も応援に来てくれて、
3人がかりで事務室まで連行しました。
JRの駅員は、

「俺もさんざん捕まえたけど、
 最近は刃物とか持っている客が多いから、
 あんまり無茶するなよ。
 弁当とケガは自分持ちってことよ。
 それにしても、
 最近の若い駅員は見て見ぬ振りが多いけど、
 お前さんもなかなかやるもんだ」

と声をかけて、
持ち場へ戻っていきました。
それをきっかけに、
JRの駅員が勤務を終えると、
僕らの職場に遊びに来るようになりました。

それまでは業務的な行き来はあったものの、
どこか遠目に見ている感じで、
世間話をするほどの関係にはなっていませんでした。

それからしばらくすると、
JRの駅員が職場にやってきて、

「今度、湯沢へスキーに行くから、
 小池君も一緒に来ないか?
 旅行センターの女子社員も来るよ」
とても魅力的な誘いでした。

僕はスキーよりも、
“旅行センターの女子社員”に惹かれて、
ガーラ湯沢に行きました。
さんざんスキーを楽しんだあと、
お互いの仕事の話になりました。
旅行に来てまで仕事の話をするのは如何なものか?
となりますが、
僕にとってはとても興味深い話が聞けたので、
旅行センターの女子社員にお酌をするのも忘れるほど、
鉄道の話に夢中になってしまいました。

スキーから帰ってくると、
僕はいつもの改札口に立っていました。

改札口はキセル犯も学生も、
疲れたサラリーマンも通りますが、
まれにとってもかわいい女の子が通ります。
他の駅員も彼女のことは熟知しており、
ある先輩は、
定期券面の名前を一瞬にしてスキャンしていました。

「○○子。今のところ、ミス・井の頭だな。
 この駅の一日の乗降者数を知っているか?
 14万人だよ、14万人。
 男女を半分に分けても7万人だ。
 ということは7万人の女性の中で、
 いちばんかわいい、ということだ」

先輩も○○子がお気に入りの様子でした。


つづく



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 壱

〜一回生の章〜 壱


 昭和56年春。俺は名門中京高校(現・中京大中京)の門をくぐり、中部圏一猛者集団の一員になった。

 約半年前、入学願書を提出しに来た時は校舎のあちこちからコーラの瓶や空き缶、ごみが投げつけられ罵声を浴びた。ガラの悪さと恐怖と不安を感じたが今やその学校の生徒である。当時在校生1700名、教員100名とその全てが男。女の人と言えば事務職に2人(おばはん)と保健室に1人(阿修羅男爵みたいな女)がいるだけの男の館。学校の座右の銘的ものは「学業とスポーツの殿堂たれ・真剣味」と謳っていたが、どちらかというと、というより、思いっきりスポーツ学校で悪の巣であった。

 入学式当日。駅から学校まで延びる長い坂道は無数の学ランで溢れていた。まだ中学を卒業して間もない同期の輩達だが、おっさんみたいな顔の奴やすでに体型が部長クラスの奴、まだ小学生か?と思うような童顔な奴と様々な顔が学校を目指し歩いている。

 そんな中に「おい、ニシオ。おまえもここか?」と声を掛けて来た奴がいた。後の名二塁手<安チビ>ことアンドウであった。こいつとは小学校の頃から幾度となく野球の試合で顔を合わせた奴で、何故か気が合った。「おうアンドウ、おまえもか。特待か?」「いいや一般や。おまえ野球やるんか?」「俺は中学で終わりや。のんびり遊ぶわ」

 会話が終わる頃には正門の前に着いていた。校舎前のロータリーに居並ぶ教師達。新入生を迎え拍手はしているものの、そのどの顔にも笑顔は無かった。逆に苦虫を潰したような、仁王のような顔で俺たちに睨みを利かせている。“なんじゃこいつら、目出度い日やっちゅうのに”

 俺たちは流れ作業のように体育館前へと引率され、並べられたテーブルの名簿から自分の名を探した。

“ニシ、ニシ・・・・あった。1年普通科C組”札だか紙切れだか忘れたがそれを持って体育館へ入った。席の並びは自由らしい。

 適当に腰掛け周りを見ると、おるわおるわ悪そうな奴等が。そしてそんな奴等に限って辺りを見渡し、真面目そうな奴等は目を合わせないように真っ直ぐ一点を見つめていた。

 入学式が始まった。校長や来賓の挨拶と中学や小学校となんら変わりない式であったが、一つだけ明確に違う点があった。それは各教師の紹介の時間の長さだった。なんせ100人もの数だ。それと驚いた事はやたらと体
育教師が多い事、おそらく5分の1強はそうだった、、、。

 どれ位の時間だったか覚えてないが長い入学式が終わった。まだ4月の初旬で肌寒い小雨の降る日だったが、新入生700人プラス教師100人、その他来賓数十人の体育館は熱気というか体温で蒸していた。これが欧米式9月の式典だったら男臭くて倒れているか、この時点で退学していたかもしれない。

 体育館を出て階段を下りているとデカイ男が目に入った。“あいがノナカか?<後のエース>”初対面だったが前年の全国中等学校野球大会で何度もテレビに映っていたので覚えていた。「デケェ〜なぁ〜」思わず声が出た。高1とは思えない体格と風格を漂わしている。

 校庭では各担任になる教師がクラス名を表示した看板を持ちガキどもを集めている。「普通科C組、普通科C組・・・・・」キョロキョロした視線の先に<1普C>と書かれた看板を発見。七三分けで眼鏡の色白のおっさんがそれを持って「1普C、1普Cはこっちだ」と叫んでいた。

 暫くするとそのおっさんの周りに悪そうな奴や真面目そうな奴が40〜50人集まった。おっさんが点呼をとり、揃ったところで教室へ向かった。

 でもこの作業の最中、貰った紙にクラスが明記してあるにもかかわらず間違えて並んだり、いつまでも自分のクラスを探せないでいる奴等が無数いた。クラスは全てアルファベットで分けられているのにそれが解らない、、、(やっぱアホが多いわ)としみじみ考えてしまった。

 教室は東校舎4階。お世辞にも綺麗といえない教室に入り廊下側から出席番号順に座っていった。ここでもアホな奴は自分の席を見つけるのに一苦労してた。“アルファベットやあいうえお順も解らんやつがおる、いったいどんな基準で入学させとんやこの学校は、、、。”

4列目真中に座った俺は周りを見てやんちゃそうな連中を物色してた。リーゼント、坊主、角刈り、七三と床屋の壁写真のような髪型が座る教室。その中でも数人目つきの悪い奴や態度がビッグな奴がいた。そのほとんどが後に応援団に入るとは考えもしなかった。というより自分が応援団に入る事さえ考えてもいなかったし選択肢にも無かった。だが、、、、、、、。

応援団入部まで1週間、団長になるまで1年半の入学式の日だった・・・・。




<続>



『僕がなりたかった駅員への道』前篇

前篇「夢のレール。僕の挑戦」


僕は1990年に私鉄の入社試験を受けました。
ちょうど、バブル全盛期で、
みんなが口を揃えて
「お金、土地、お金、土地」
と呪文のように唱えていたので、
鉄道業なんて誰も見向きもしない時代でした。

駅員、電力、車両、保線の全職種で募集していました。
全職種の募集人員が50名ぐらいで、
受験者は120人ぐらいいました。

試験は本社の会議室に集合し、
長い机の上で、
算数、国語、一般常識などの筆記試験をしてから、
内田式クレペリンテストと身体検査があり、
最後に面接が行われました。

内田式クレペリンテストは、
ひと桁の足し算を5分の休憩をはさんで
前半15分、後半15分の30分間行なわせた上で、
1分ごとの暗算作業量の変化のパターンから、
その人間の性格面・適正面を診断するのです。

鉄道や航空などの運輸業は、
人の命や財産を預かる業種なので、
筆記試験や一般常識よりも、
クレペリンや身体検査に重点を置いています。
特に身体検査では、
視力、聴力、色盲などが、
徹底して検査されました。

面接は当たり前の事を答えておけばいいのですが、
ひとつだけ気を付けたことがあります。

それは、
第一志望で駅務掛と答えている人が多く、
当時は技術系志望の人は少なかったのです。
面接官はどうしても人員を平均化したいから、
いろいろ知恵を出して、

「もし、駅員の試験がダメだったら、技術系でもいいかな?」
と、ひっかけて言うのです。
そうなると、どうしても会社に入りたい人は、
「ええ、もちろんです。職種は選びません」
と答えざるを得ないのです。

そう答えてしまった人は、
全員、技術系に配属されました。
でも、最近では、
職人スタイルが若い人にウケていて、
技術系のほうが人気があるようです。

一通りの試験を終えて、
緊張も溶けて隣席のライバルと話していると、
人事部の人が、

「長時間の試験、大変お疲れさまでした。
 今回の受験者はとても多いので、
 これから場所を移して、
 試験の結果報告などについてお話させていただきますので、
 みなさんにはA室とB室に別れていただきます。
 では、名前を呼びますので、
 忘れ物がないよう指定場所へ移動してください。
 ○○さんはA室へ、○○さんはB室へ行ってください」

実はここが運命の分かれ道で、
A室に行くとデパートの人が首にメジャーを垂らして、
営業スマイルで待っています。

「じゃ、制服の採寸を行いますね」

B室に行くと、

「本日は長い時間お疲れさまでした。
 後日、本日の結果をご連絡させていただきます」

となるわけです。

デパートの人にサンプルの制服を着せてもらっても、
なんだか半信半疑で、

「これは試験ではないですよね?」

「制服を着させてあなたを落としたら、
 この会社はあなたに訴えられますよ」

A室に入ったみんなは、
お互いに握手をしました。
みんな鉄道が好きで試験を受けたやつばかりです。
鉄道でケツ押しのバイトをしていたもの、
小田急の花屋さんにいたもの、
国鉄にいたもの、
みんなが安堵の表情を浮かべています。

さっそくサンプルの制服を着た時、
少し顔が火照ったような気がしました。
こんな気分になったのは小学校に入学した時ぐらいです。

デパートの人に制服を着せられて、
大きな鏡の前に立つと、
制服制帽姿の自分を見て、
やっと制服を着れたなと思いました。

後日、入社式が本社で行われ、
晴れて社員と言いたいところですが、
3ヶ月間は試雇社員という身分です。
試雇期間中に何か問題があれば、
すぐに解雇となってしまうので、
素行に気をつけなければなりません。

入社式の最後に、
“試雇パス”というのが支給されるのですが、
これがいわゆる全線パスで、

「改札を通るときは、先輩駅員に挨拶を忘れないように」
「無くしたり、盗まれた場合は始末書だけでは済まされないからな」
「他社線に乗る時は、『乗せていただいてもいいですか?』と聞きなさい」
「これは警察手帳と一緒だからな」
とやや大げさ、且つ事細かにパスの取り扱い方を叩き込まれて、
試雇パスを受け取りました。

翌日から研修センターに通って、
朝から晩まで鉄道のイロハを学びました。
鉄道が好きなやつは、

「これでお金が貰えるんだから最高だな」

と喜々とした表情で、
教師に鉄道の質問を浴びせていました。

ちょうど僕らがセンターに入ったときに、
運転士の養成教育を行っていました。
僕ら新入社員からすると、
運転士というのは憧れの職種です。
運転士教育中の先輩と、
トイレ、廊下、食堂、階段ですれ違う度に、
僕らは軍隊のような直立不動の姿勢で、
バカでかい声で挨拶をしていました。

先輩たちは、
顎をしゃくりながら、

「お前ら、給食室で並ぶ時は俺たちの後に並ぶんだ!
 もし、授業が俺たちより先に終わったら、外に出てタバコでも吸ってろ!」

と一喝されました。

みんなはヘビに睨まれたカエルのように萎縮していましたが、
僕は内心、ゾクゾクとしていました。
実はこんな体育会系が好きなのです。


つづく



5月8日今週は五七五で。

ためいき川柳


連休を終えたら余計ウィークに


ゴールデンウィークだからといって特別なことはしませんでしたか?
そんなことをするから疲れてしまうのです。
あなたにはあたなの日常ってものがあるのですから、
それに従うことが身のためなのです。
ゴールデンウィークで張り切りすぎて疲れて使い物にならなくなってしまったあなたが、
いつもどおりのあなたを取り戻すためには、
ゴールデンウィークの2倍の時間が必要となることでしょう。



最終章・『伝説の武漢〜永久に・・・・・・』

 どれくらい眠っただろうか、、、微かな記憶では昨日の夜中に眠ったはずなのに、起きても外は暗いままだった。不思議な気持ちで時計を覗くと夜の10時過ぎ。眠りに就いたのが10時すぎだったから、かれこれ丸一日は寝ていたことになる。
 ふと頭に手をやると巻かれていた包帯が取れてマフラーのようになっていた。壮絶な記憶に背中を持ち上げるように体を起こすと全身に激痛が走りベッドから転げ落ちるように床に落ちた。
 その痛みから思わず出た大声にお袋が部屋に飛び込んできた。
 床に転がった俺を見て「やっと起きたんかいな、お腹減ったやろ、ご飯食べ」
 俺はてっきり喧嘩の事で小言を言われると思っていたから少し気が抜けた。

 頭を押さえ足を引きずりながらリビングへ行くと笑いながら俺を待っていた親父がいた。
「どや、ようやられたなぁ。まあそんな事もあるわいや」
 バレてた。
「そやけど先輩のアオキって言う奴はえらいやっちゃ。きちんと頭下げて帰ったで、自分の責任や言うてな」
 しかもすべて見抜いてる。
「さあ飯喰えや」
 この男には一生かかっても勝てないだろう。

 翌朝、全身の痛みを引きずりながら学校へ向かった。通学途中で会う連中は俺と目が合うと「どうやった?」「勝ったんか?」と声を掛けてくる。具体的な勝敗の行方が判らなかった俺は「えらい喧嘩やった」と答えるので精一杯だった。
 教室に入ると俺の席にヒトミが座っていた。
「あんた大丈夫?」。半泣きの顔が可愛かった。「よう殴られたて」無言で手を握るヒトミの瞳から止め処なく涙が、、、担任の先生は何も言わず授業に入った。

 放課後になるとユウジとカズがやって来た。カズはサビオをデコと目尻に貼り笑ってた。ユウジは喧嘩に行けなかった事を謝っていたがそんなことはどうでも良かった。またこうして笑えるのだから、、、互いの傷を笑い合っているとハルがこれまた足を引きずりながら登場。しかし、やつの顔には笑顔が無かった、、、。
「どしたんハルよ、元気ねえなぁ」。中々口を開かないハルを問い詰めると、思いもよらぬ言葉が!?どうやら先輩のタキグチが俺とケイゾウに殴られた事を逆恨みして全く違う話をでっちあげ後輩や仲間に吹きまくっていると言う。内容は俺やケイゾウ達が喧嘩に参加せず、後で先輩達に見つかってヤキを入れられたという作り話。どこまでも腐った奴だ。
「気にせんでええやろ、本当の事はすぐ判るで」。そう言って一笑したがこれが後に遺恨を残す事になってしまったのだ。狭い地域のことだ、それも超地元意識の強い土地柄、言った者勝ちみたいな風習がはびこり、後から吠えても受け入れられない土地体質とタキグチの話術と金に流され、真実は数年迷宮に入る事に、、、。
 こんなセコイ奴等と連るむのは御免だ。
 俺はこの時、地元を捨てたかもしれない。
 それから卒業までの日々は学校へ行く事もあまりせず、ほとんど家でボーっとしていた。 
 そんな俺を両親は何も言わずそっとしておいてくれた。

 卒業式があと2日と迫った日、ケイゾウが家に来た。いつもの笑い顔ではなく慌てた顔で息を切らし手からは血を流していた。
「どしたんやケイゾウ、怪我しとるがや」
 部屋に入り事の成り行きを聞くと、公園でタムロしていたヨウスケと後輩達に声を掛けたところ裏切り者呼ばわりされ、ブチ切れてどつき回して来たのだという。そしてその中の一人に一生残る大怪我を負わせ、それが原因でケイゾウは卒業式に出ることなく地元を離れることになった。そして同時にケイゾウはワルの世界からも身を引いていった。

 やりきれない気持ちのまま迎えた卒業式には10台程のパトカー、職員室には私服の刑事、体育館の周りにも警官が陣取り、異様な光景となった。目出たい儀式のはずが精神状態や周囲の状況で最悪の一日に。式が終わり学校を出る俺とユウジ、ハルやカズのもとに一人の刑事が近づいて来て、ケイゾウの居場所や先日の喧嘩について問いただしてきた。
「解らない」「知らない」を繰り返す俺たちに手を焼く刑事。押し問答の末やっと開放された俺達は腹を空かせ、いつもの『かおり』に向かった。
 お好み焼きや玉煎をほおばり、かおりさんと喧嘩の事や今までの楽しかった事をべらべら喋りまくった。そして俺たちは『かおり』からも卒業した。


 高校入学までの春休みに俺は大阪の友達を訪ねた。数年ぶりに大阪弁で喋りガキの頃よく行った駄菓子屋でたこ焼きを喰い、名古屋での嫌な想い出を払拭しようと必死だった。
 とにかく忘れたかった。なんとかして忘れたかったのだ。

 高校入学前のある日、俺とハルがアオさんやモリに呼ばれた。今置かれている俺たちの状況や今後の事をやさしく話してくれた。そこにタキグチも遅れてやって来た。アオさんはタキグチを一喝したが、それ以上こらしめることはせず、俺たちとタキグチに「仲良くやれ」とやや強い口調で言った。
 渋々握手する俺とタキグチ。それを見届けるとアオさんが口を開いた。それはとんでもない言葉だった。
「こないだの喧嘩の代償がどえらい大きいんや。車、事務所、怪我人・・・あれだけの責任を数えたら幾らになるかわからんぐらいや。それでな、それで…俺が奴等の下で下働きするということで許してもらった。だから俺は此処を出て行く。後はモリに任せるでな。とにかくお前等に手打ちしてもらいたかったんや。それが俺からの最後の頼みや」

 突然の話に愕然としたが、俺たちをかばって責任をとるアオさんに涙が止まらなかった。それから間もなくアオさんは地元を離れ、俺たちが牙を剥いて喧嘩した十○夜隊の上部組織<愛国青○会>の一員になり、あの喧嘩の代償として体を張り続ける日を送った。
 俺はといえば、なんともやるせない気持ちのまま高校に入学したものの、所詮15歳のガキのこと、新しい仲間が出来れば辛い想い出などだんだんと頭から離れていき、新鮮で楽しい毎日を始めていた。ただ地元については無関心を通し、集まりや走りにも参加はしなかったた。時折ユウジやハル、カズ達と遊ぶものの心は完全に地元から離れていった。

 高校生活は馬鹿な友達と馬鹿をやり、応援団でしごかれる毎日を有意義に過ごした。そんな毎日が嫌な想い出を忘れさせたのだが、2年夏の甲子園から帰った暑い夜、一本の電話が入り悲しい過去に引き戻された。
「もしもしエイイチか?アオさんがな・・アオさんがな・・・・・」
 声の主はユウジだった。
「アオさんが、アオさんが」
 とてつもなく嫌な予感が走る。「アオさんがどしたんや!ユウジ!」
「……」
 言葉にならないユウジからいつしか兄のノリ君が受話器を奪い取っていた。
「よう聞けよチビッ。アオキが死んだんや!アオキが死んだんや〜!」

「えっ? アオさんが? ノリ君、どういう、事?」
 長い沈黙の後、ノリ君はアオさんが車の事故で死んだと話してくれた。葬儀は身内だけですでに済ましたということも一緒に。

 俺は受話器を落とした。
「アオさん」「アオさん」「アオさん」……。何度も何度もアオさんの名前を腹の底から叫び号泣した。手も口も足も、体中全部が震えていつまでも止らなかった。

 それから数日が過ぎ、ニ学期が始まって間もなくモリ先輩から集合命令が出た。場所は地元の『すかいらーく』。あの喧嘩以来ほとんど顔を出さなかった集会に顔を出すと当時の後輩達が一端のやんちゃに成長していた。
「コンチワッス」。
 あの頃俺やケイゾウを裏切り者扱いしていた連中がどういうワケか頭を下げ挨拶してくる。訳が解らないままとりあえず空いた席に腰を下ろした。
 しばらくするとユウジやハルもやって来た。辺りを見るとあの喧嘩に参加したマサシや他の先輩連中や他校の不良達も顔を揃えた。店内にはさらに続々と猛者が集まり、その数は店のキャパをはるかに超え、総勢百数十人を数えた。
 不思議な事にその中にはどんなに捜してもあのタキグチの姿はなかった。

 百人ものワルを前に、モリ先輩の口が開かれた。
 アオさんの本当の死因やこれまでの話、アオさんの意志ともとれる言葉が、次々に、そして静かに発せられていく。店のあちこちですすり泣きが響く。
 次いでモリの腹心のヨシモトから『送り火走行』をやるという案が出された。アオさんが風を切り、あの頃突っ走ったロードをもういちどだけみんなで走ろうというのだ。もちろん皆は賛同し、友好チームや他のチームにも声を掛け盛大にアオさんを送ることで意見がまとまった。

 集会が終わり、店内が帰る者でごったがえす中、俺はヨシモトにタキグチの事を尋ねた。するとヨシモトは地元から奴が逃げたことを教えてくれた。後輩への執拗な集金(上納金)や先輩達へのウソやでまかせが仇となり、どうにも居られなくなったという話だった。
 俺の居ない一年半余りで状況はかなり変化していたのだ。そんな話をしていると数人の後輩達がやってきて俺に頭を下げた。
「先輩、すいませんでした。タキグチ君の話を鵜呑みにして先輩やケイゾウ君の事を悪く言ったりして。本当にすいませんでした」
 何度も何度も頭を下げて謝り続ける後輩達に俺は言葉を掛けることはしなかった。いや、声を掛ける気がしなかったというのが本音だ。そんなことはもうどうだっていい。ただ真実が判って良かったなと、客観的な感想を持ったぐらいで、これで潔白になったとか、スッキりしたとか、そんな特別な思いなんてなにもなかった。

 一週間後。あの喧嘩の時に集合したボーリング場跡地に無数の単車と4つ輪が集合した。その数は200を超えていただろう。
 驚いた事に、その大群の中にはあの(青○会や十○夜隊)文字が入った車や街宣車もいるではないか!しかもその街宣車の上にモリとヨシモトが立ち拡声器で叫んでいる。

「今日は暴走じゃない、アオキ先輩を送るために、あの凄い先輩を忘れないために走るんだ!ルートは23号を走り鍋田埠頭へ行き海に送り火を流す。わかったなっ!」
「おおお〜!!!」

 合図と共に国道へ流れる200台のマシン。ルート23とゼロヨンの聖地・鍋田はアオさんがもっとも大好きなルートだった。
 唸るようなエンジン音を止め、埠頭には静寂が訪れた。暗く静かな海に200人がそっと送り火を流した。俺は水面に揺れる火とアオさんの顔を重ねながらただただ涙を流し、そして無理矢理アオさんに別れを告げた。他の200人の大半も俺と同じことをしていた。
 その夜のルート23には、アオさんの冥福を祈るようにホタル(テールランプ)が延々と灯り続けた・・・・。


 アオさん、今もどこかで俺を見守ってくれてますか?俺はアオさんが言っていた事を守れてますか?生きていれば45歳ですね。きっと何度も一緒に酒を呑んでるでしょうね。俺は今でも貴方の背中の大きさを忘れません。いつまでも貴方の背中が見えるからつまらん人生は歩きません。ボチボチでいいからしっかり生きて行こうと思います。アオさんの言っていた「武漢道」を貫くためにも、俺らしく、っていうかそれしかできないんで、絶対俺らしく生きて行きます。じゃ、アオさん、また。


最高の武漢、アオキに捧ぐ




実録!武漢道・完結



4月16日今週の朝礼『力々しい』

 満開のさくらが葉桜に変わり、街全体が緑々としてきた。緑々すると僕も少しだけ力々(りょくりょく)する。
 力々することすなわち、動くこと、である。カラダを動かすことが一番簡潔な力々方法であり、動くこと以外に力々を感じることはない。
 晴天の日曜日。花粉もそろそろ控えめになってきて、僕は久しぶりにビアンキちゃんにまたがって、多摩川の土手を調布方面に走った。あ、ビアンキちゃんとは自転車のメーカーです。自転車にはそれほど詳しくないのだが、自転車屋さんの「ビアンキぐらいだったら乗ってても恥ずかしくないですよ」という一言で即購入したポリシーのない愛車です。
 ちなみにビアンキちゃんを勧めてくれた自転車屋さんよりもネットショッピングの方が安かったので、結局、自転車屋さんは相談のみとなりました。けれどその自転車のお兄ちゃんは、僕がビアンキちゃんで疾走しているところを見かけて、僕が心の中で「ヤベッ」と思っていても、「空気入れた方がいいですよ」と言って、空気入れを無料で貸してくれる素晴らしきナカメグラーです。
 僕はイタリアンレッドのビアンキちゃんで調布方面へ向かった。富士山を左手に見て、川の流れと逆走するのだ。ビューン。体感速度はかなりのもので、僕の脳内速度では時速30キロを遥かに超えているつもりだったのだが、スピード走法練習中の駒沢大学陸上部の学生にぴゅっと抜かれてしまった。
 僕の大腿部にかかる負荷はそれなりにある。曲がりなりにも大学まで陸上部に所属した僕の、かなりハードなペダリングをぴゅっと抜いて行くとはさすがお坊さんの大学は修行が進んでいる。冷静に考えてみれば、時速30キロのペダリングをぴゅっと抜くランナーなんてそういるわけではないから、僕のビアンキちゃんは好意的に見積もっても時速20キロ以下だったに違いない。こうして正直に書いている僕はなんて意地らしいのだろう。3割増発言のちょいダメおやじ。私のことであります。
 ビアンキちゃんは走る。顔面で受けた風が両耳に流れ込みながら軽い金属音を発する。耳元でキーン、足下でビューン。僕の力々はさらにレベルアップし、気がつけばスタートしてから1時間5分を経過していた。
 日曜の土手は健やかだ。仕事の匂いがまるでしない。スーツの匂いも電車の匂いも、酒の匂いはお父さんたちの顔にうっすらと表れているが、それでもそこに愚痴や不満は感じない。
 日曜日はどんな時代になっても日曜日なのだ。金曜日までバリバリに仕事をしているお父さんが、ものすごくだらしなくて、けれど健全に見える特別な日。着ている洋服がチョーダサイ。ジャージの着こなしは最低でジーンズやチノパンのそれもかなりレベルが低く、スカしてベースボールキャップを被っていても電気工事の人に見える。だったら年中スーツ着てなさいと言いたくなりますが、このチョーダサいのが日曜の平和を約束するのである。ダサいは平和、ダサいは笑顔。ダサいから話しかけ易いし頼み事もし易いのです。お父さんは変に格好よくならずにダサいままでいた方が地域貢献度も高く、近所の評判もよいのです。
 ビアンキちゃんを降りて土手の緑地に広がるピースな光景を楽しんでいた僕ですが、よくよく考えてみれば1時間5分の距離はかなりへヴィな道のりであることを認識しました。1時間5分、時速15キロと換算してもやっぱ15キロはあるわけです。なんで男っていう生き物は往きのことばかり考えて帰りのことを何も考えないんだろう?大学の時、お袋から送ってもらった仕送りを一週間で使い切ってしまう計画性のなさがここにも出た。往きはよいよい帰りは怖い。しかも川の流れに沿って走る帰り道、土手には強烈なアゲインストが吹きつける。
 僕とビアンキちゃんは1時間5分で来た道を、倍以上の時間をかけてなんとか二子玉川に到着することが出来ました。おかげで太腿はぱんぱんです。前傾姿勢で走行するものだから首の後ろから背中にかけてもぱんぱんでお尻の皮に至ってはずる剥け寸前ですが、春真っ盛りの晴天の日曜日に、ダサいお父さんたちの姿を見て嬉しくなったことは収穫でした。ダサいなりにもそこにいる。いや、ダサくいられる場所があるという幸福を覗き見させていただいた気がしてとても嬉しくなった。
 力々しいこと。突っ走れるところまで突っ走ること。戻らなければいけない距離を知ってゾッとして、あーあ、やっちゃったとボヤきながら太腿パンパンになること。まったく計画性のない自転車の旅は、それでもみなぎる力に溢れていて、とても清々しい時間を与えてくれたのでした。
 良い日曜日だった。
 僕はまた走る。
 みんなも力々しく生きてくれ!



第7章・大乱闘(後編)

 喧嘩の輪に戻った俺たちの目に移った光景は、まさしく地獄絵図だった。額から血を流し倒れている奴、パイプを振り回し暴れまくっている奴、チョーパン合戦を繰り広げている奴等と名作『仁義なき戦い』がスクリーンから飛び出したような迫力と緊迫感が全身を覆った。

「チビ~、呆けッとしとんなよ~!みんなおるんかぁ」
 特服野郎の胸ぐらを掴みながらアオさんが言った。
<アオさんや!>
 俺達はアオさんの勇姿を見つけ俄然元気が出た。

「よっしゃ~、いったるぞ~!」
 俺たち4人は菱の形で陣を組み火中に飛び込んだ! 所詮不良でも中坊は中坊、大人相手のタイマンにはちと体力不足。それをカバーしようと4人掛かりで1人や2人を殴り蹴りしてなんとか攻撃をかわした。
 が、しかし・・・そんな子供だましの戦術が長く持つはずがなかった。

 ケイゾウが捕まった。
 学校no.1の体格と怪力の持ち主も2人組にボコボコにされ失神状態になった。その光景に、俺は今までにない憤りが全身を突き抜けた。

 <ツレが、ツレがやられた。あんないい奴が、おもろい奴が、、、ケイゾウ~!>

 この時初めて眠っていた別の俺が生まれた。
 今までは自分がやられたり文句を言われた時にしかスイッチが入らなかった俺が、仲間がやられているのを初めて見てそれまで以上に強力なスイッチが入ったのだ。
 今思えば、このときが後年の俺、いや現在の俺の気性を形成したのだろう。

 半死のケイゾウに群がる奴等に突っ込み消火器を振り下ろした。頭を押さえつけ倒れた奴に馬乗りになりフルパワーで殴り続けた。途中他の特服に引き離され、ど突つかれ、蹴られ、出血しながらも、またさっきの奴だけを狙い殴り続けた。
 そいつも反撃を開始した。殴り殴られ蹴り蹴られ、一進一退を続けるなか決定的な一撃が放たれた!

 ガァッツ-ンン!  受けたことのない電流とと激痛が頭に走った、、、、

 <なにが起きた?なんだこの感覚?なんだ背中に伝う冷たいものは?>
 一瞬すべての感覚と感情から解放され、無重力な時間帯が俺を包んだ。

 ドサッ。
 地面に倒れこむ自分がはっきりと判った。その後、蹴りまくられる自分が映った。夢のような、まぼろしのような、経験したことのない時間の中でボコボコにされ続けるオレ。
 死ぬかも……と思った瞬間、息もできないほど苦しくなり、同時に全身に激痛が電流のように走った。
 いっそ死んだ方がよかっ……
 俺に対する攻撃が止んだ。わずかな安堵の中、頭に手をやると、その手が真っ赤に染まった。恐ろしいの量と色とネバネバと……

<ひょっとして、やっぱ、死ぬかも?>

 頭の痛みも体の痛みも感覚が無くなり、おまけに気も遠くなりかけた時、
「どや、いけるか?」と腕を掴み起してくれた男が、、、
 目にも血が入りぼやけて前が見えなかったが、その声からモリ先輩と判った。

「先輩すんません、やられてまったわ」
「ようやったんだにゃぁか?よう暴れとったがや。がんばったな」
 見上げた先輩は笑ってた。
「先輩、ケイゾウは?」
「ケイゾウも大丈夫や、とりあえず生きとる」

 なんだか急に全身の力が抜けた。
 先輩に体を委ねていると、怒声や罵声がいつのまにか止んでいた。地面からはうめき声や小競り合いの声はきこえるものの、、、、。

 どれくらいの時間が経ったかわからないが乱闘は終わったようだ。
 誰に渡されたのか解らないタオルで顔を拭き、それに付着した血に二度驚きながらも喧嘩が終わったという実感が満身に広がった。

 目を凝らすと○翼の親玉らしき連中とアオさんや他の先輩がなにやら話をしていた。その光景や表情からはとても和解の図には見えなかった。

 しばらくして俺達に解散命令が出た。なんとか自力で歩こうと先輩から離れ仲間を捜すと、バスにもたれたケイゾウや顔がボコボコのハルや、血だらけのカズがへたりこんでいた。
 お互いが姿を確認すると声も無く手を揚げるだけだった。
 ケイゾウの横に座りタバコを一服。無意識のうちに肩を組み夜空を眺めていると、カズとハルも寄って来た。
 互いに原形のない顔を見て笑い、「さあ、帰るか」と腰をあげ車の方へと向かった。
 足を引きずり顔面を押さえ、見た目には敗戦兵士だが、俺たちは共に戦った充実感と、大袈裟だが生きてるという安堵感で心が満たされていた。

 車に戻ると何故か罵声が聞こえた。
「馬鹿野郎!」「なにしとるんだ、おみゃぁらは」
 輪の中を覗くと土下座したタキグチとヨウスケがいた。聞けば喧嘩に参加せずずっと車の辺りをウロウロしていたという。
 聞き苦しい言い訳を並べるタキグチに先輩達は拳を振り足を上げ、いわゆる<ヤキ>が始まった。

 しばらくそれが続き、ある先輩が止めに入ってその儀式は終わった。
 しかし俺たちの怒りが収まらない。いつも俺たちをアゴで動かし格好ばかりつけてたタキグチに、怒りと軽蔑を思い切りぶつけ爆発した。

「タッキグチ~」。バッカン、バッカン、ボッコン、ボッコーンッ!!
 気が狂ったように殴り続ける俺をケイゾウが止めに入っている時だった。
「うらぁ~っ、お前ぇ~、死ぃねや~ぁ!」
 ケイゾウが振り下ろしたパイプにタキグチがグッタリした。
 興奮する俺たちにアオさんが怒鳴った。
「もう止めろっ!身内やろ」
 アオさんは続けた。
「ええかお前等、もう喧嘩は終わったんや。こんな事は二度と起すな、いや起こさせん。ええか、仲間を裏切るな!仲間を見捨てるな!信念を持て!何があっても最後まで武漢(おとこ)でおれ!今日を忘れるな!」
 アオさんの言葉に涙が溢れた。
 俺だけじゃない、みんなみんな泣いていた。

 その後、俺たちはアオさんやモリに救急病院に連れて行かれ、治療を受けた。
 ケイゾウは無数の打撲で安静に、ハルやカズは裂傷でおびただしいほどの消毒を、そして俺はパイプで殴られた痕を3針縫う事になった。

 体の傷と心の傷。あの日のことはたとえ死んでも忘れない。いや、そう易々とは忘れさせてくれないだろう。

(続)



第6章・大乱闘(前編)

 俺たちは先輩に指示されたとおり、街宣車やマイクロバス、行動車に攻撃を仕掛けた。
 ハルとカズは赤いスプレーを手に街宣車を塗りたくり、俺とケイゾウ、その他大勢はマイクロのガラスを割ったり、行動車をバットや鉄パイプで原型を無くすほどにど突きまわした。

 暗闇と静寂の夜に凄まじい破壊音が響く、、、
 俺達中坊軍団は物を破壊する快楽に奇声を上げて暴れまくった。
 バットを振り回す奴は「ナイ・バッチン!」を連呼し、スプレーを噴き散らしている奴は、ノッポさんか亜土チャンのようにはしゃいでいた。
 「壊れる」とはまさにこういうことを言うのだろう。

 突如、マイクロが左右に激しく揺れ始めた。
「何だ?」
 暗闇に目を凝らすと、バスの片側に大勢のヤンキーが群がりバスを倒そうとしていた!
「おい、こっち来な潰されるぞ!」
 モリが目をギョロつかせながら叫んでいた。
 割れたガラスからバスの中めがけて無数の爆竹が投げ込まれる。
 パパパパパ~ン!パン、パパパ~ン!
 バスの中は煙で何も見えなくなり、硝煙の匂いが辺りに立ち込めた。

「いったれや~」
 誰が叫んだか解らないが、その号令とともに一段とバスの揺れが激しくなった。
「ウオリャァ~」「行け~」「死ねヤー」「やったら~」

 ズ、ズ、ズ、ズ、ドッシーン、ガッしゃん、ドォーンンン…

 今まで聞いたこともない爆音と地響きが俺たちを包んだ。
 巨大なアフリカ象がハイエナの大群に襲われ、やがて力尽きて大地に倒れていくように、バスはスローモーションでアスファルトに倒れた。
 巨大な象を倒した俺たちハイエナは、狩りの成功に歓喜し、思い思いに気狂いじみた奇声をあげ乱舞した。

 勢いに乗った軍団は行動車のドアを破壊し、街宣車内に乱入し機材や椅子を破壊し続けた。このときは<喧嘩>という名分をわすれ完全に破壊工作員に化けていた。物を壊す事とその破壊音に快楽を感じ、今までに経験したことのない後ろ向きの快感に酔いしれていたときだった。

「き、き、き、来たぞ~、来たぞ~。かかってくるぞ~」

 誰かの叫び声を聞き、敵の事務所の方を見ると、揃いの特服軍団が怒声をあげてもの凄い勢いで俺たちへと向かってきた!
 暗闇でその数は明らかではなかったが、20~30人の狂犬が額に怒りマークモロ出しで向かって来ていたのだ。
「離れるなよ!あいつ等を囲んでまえ!」
 マサシが叫ぶ!俺とケイゾウ、ハルとカズは奴等の背後に回ろうと街宣車を盾に逆走した。

「コッラ~、どこぞの者じゃぁ~!おどれらブチ殺すぞ~!」
 奴等の声がはっきりと聞こえ距離が縮まってきたことを肌身に感じた。
 俺は軍団を離れ、乗ってきた車に走った。
「エイイチ~どこ行くんじゃぁ~」
 ケイゾウの声に「消火器だがや、消火器~」
 その言葉にケイゾウも走った。

 車に戻り消火器を手にすると再び喧嘩の輪へ全力疾走、、、、、このたった数分の間にその場は修羅場と化していた!
 どつきあう者、蹴りを入れる奴、パイプや棒を振りかざす奴、怒声罵声絶叫、色んな音が入り混じりヤクザ映画の乱闘シーンが目の前に広がっていた。

「なんじゃこりゃぁ!?」
 あまりの凄まじさに立ち尽くす俺達。

「どうすんや?突っ込むんか?」 ハルが見せたたこともない顔でみんなに問い掛ける。「・・・・・・・・」
 無言の俺達。お互いが顔を見合わせていたその時、バスの陰から黒い影が飛び出してきた!

「コッラ~、おみゃあらあも仲間きゃぁ~。ガキでもなんでもやってまうぞ~!おお~う」
 特服を着た坊主頭とパンチの大男が余裕をたれながら俺たちの前に立ちはだかった。

(なんちゅうデカイ奴とごッつい奴。勝てるんか?)

 ケタ外れの威圧感と怒声に<蛇に睨まれた蛙>状態の中、奴等の拳がカズに向けられた!
 ボコッ、バッカァーン! 
 秒殺だった。
「カズ~ぅ!!!」。ハルが絶叫しながらカズのもとへ走った。鼻血を出しぐったりしたカズを起そうとしたハルに奴等のパイプが振り下ろされた!
 ガッツ~ン
 頭を抱えもんどりうつハル。

<格が違うのか、場数が違うのか、、、、>。色んな喧嘩や修羅場をくぐってきたが、ツレがこうも簡単に秒殺される姿は初めて見たし、正直やられるとは想像もしていなかった。同時に脳裏に「殺られる」という文字が浮かび始めた時、ケイゾウが怒声とともに奴等にぶっ込んだ!

「なんじゃあ~おりゃあ~!!!」
 奴等もケイゾウ目掛け走った。その動きに我に返った俺も走った。
「こっちこいや~!」
 次の瞬間、俺は手に持った消火器を奴等の顔面めがけ発泡した。
「うわ~、なにするんだ!クソガキがぁ~」
 続けてケイゾウの消火器からも発泡。濃紺の特服が消化剤でピンクに染まり、煙と泡に巻かれて目を覆う特服たち。
 「ケイゾウ、今や!やったれや!」
 ケイゾウはパンチ男の脛を、俺は坊主頭の顔面を消火器でしゃくりあげた。

「うっぎゃあ~」「痛ってぇ~」
 地面に倒れた2人を気が狂ったかのようにどつきまわす。叫べば叫ぶほど、痛みを訴えれば訴えるほどに強く激しく、殴る蹴る。
 それまで倒れていたハルが無表情で起き上がり、俺たちに加勢して、俺たちよりもさらに激しく、感情的に蹴りたくる。

「なめとんかコラ!飛んどけや~!」
 ハルは血走った目でパンチの背中に点火した爆竹を放り込んだ!

 ………特服の中で弾ける爆竹は音がこもって聞こえた。
「熱っちい~、痛ってえ~、ああ~」
 地獄の制裁の中で泣き叫ぶパンチ野郎。未だ目が見えない坊主頭が
「おみゃあら、なにしてくれたんや~」と叫ぶ。
 ハルから取り上げた爆竹に火をつけ「おまえも飛べやぁ!」
 そいつの背中にも爆竹が放り込まれ、あらためて丁寧かつ強烈に顔面を蹴り上げた俺。
 戦況を把握し、ケイゾウは血だらけのカズを抱え合図をおくった。
「もう大丈夫や」

 数分間の地獄絵図に息も絶え絶えの4人。だがどの顔にも精気が戻った。
 しかし集団の輪からは怒声や金属音が勢いを増していた。

 喧嘩はまだ始まったばかり。
 俺たちの顔もまだなんとか原形を保っていた。
 


(続)



『何故かパン屋の伊藤さん』

山都駅構内の外れに、
かわいらしい山小屋のような建物がある。

この建物は、
JR下請け保線会社の休憩所になっているが、
かつて、
ここには山都保線管理室という職場があった。





保線管理室は3〜4駅間の線路保守を担当し、
主に線路の徒歩巡回、
黄色いラッセル車での除雪作業、
トンネルの入り口や内部にできたツララ切りなどを行っていた。

保線管理室のメンバーは、
実直でポッポ屋タイプの大竹保線管理室長、
同級生の父でもある小林保線副管理掛、
昭和電工から中途採用で国鉄に入社した佐藤保線管理掛、
スポーツマンで一番若い伊藤保線管理掛、
の計4名が勤務していた。

保線管理室は通常4名で勤務していたが、
日曜日は4名のうちの1人が、
異常時に備えて待機勤務をしていた。
とにかく待機勤務は、
“待機”することが仕事だったので、
この待機勤務日の日曜日に僕が遊びに行くと、
誰もが僕を大歓迎してくれた。

大竹さんは保線の話をよくしてくれて、
「勉強しろよ!」が口癖だった。

小林さんは「仕事している写真を撮ってくれないか」
といつもリクエストしていた。
また、線路端で青大将を捕まえてきては職場の風呂場に放し、
「ほーら、見でみ、上手に泳ぐべ?」と、
僕にヘビの泳ぎ方を見せてくれた。

佐藤さんは、
僕が遊びに行く度に「小池は彼女いないのか?」と言い、
買ったばかりの愛車である、
トヨタ・クレスタの洗車をコーラ一本で手伝わされ、
カーステレオに録音機能が付いているのを自慢げに話していた。

伊藤さんは町内出身で、
父親も国鉄に勤めていた国鉄一家だった。
待機勤務の日は机の上に足を乗せ、
スポーツ新聞を読みながら、
鉄道話はあまりせず、
不良だった高校時代のエピソードを聞かせてくれた。

「朝、学校さ行ぐべ、
 すんげぇ、寒くてよ。
 そんで、腹も減っていっぺし、
 うぢ(家)から豚肉を持っていってよぉ、
 ストーブの上で焼き肉すんのな。
 そんで、タレが無ぐなってよ、
 1年生にエバラを買いに行がせでよぉー」

僕が行こうとしている学校で、
焼き肉ができる、ということにとても喜んだ。
天井に木刀が刺さっている話から焼き肉まで、
一通りのネタが披露されると、
ランチ・タイムになる。

「小池、売店に行ってコーラ買ってきて。
 あと、報知とカップラーメン。
 お湯は入れなくてもいいぞ」

僕はお金を握って線路を渡る、
線路を渡る前には、
職員ぶって左右の指差し確認をする。

売店に行くと、
おばちゃんが、
「今日は駅、保線?」と聞いてきた。
「保線です。あ、お湯は入れなくてもいいです」
僕は自分のコーラも買って、
夕方の終業時間まで伊藤さんの不良話を聞いていた。

その後、国鉄民営化が決まり、
末端職場の大合理化が始まる。
山都保線管理室もすぐに廃止され、
メンバー全員が3駅先の野沢保線支区へ転勤になり、
さらなる合理化で野沢保線支区も消えて、
ほんんどのメンバーがバラバラになり、
新潟のほうへ転勤して行った。

数年後、
僕が私鉄の車掌になった頃、
伊藤さんが川崎駅前のJR直営パン屋で働いていることを、
風の便りで聞いた。

休日に伊藤さんの店を訪ねることにした。
きれいになった川崎駅のコンコースを出ると、
大きなバス乗り場があり、
伊藤さんの勤めるパン屋は、
きれいな駅ビルとは別の建物に入居していた。

JRのパン屋というのは、
「パンでひと儲けしよう」というより、
「民営化したので、取り敢えずパン屋でもやりましょう」
という感じの店だった。

僕は店には入らずガラス越しに伊藤さんを探したが伊藤さんは居なかった。
しばらくすると、
今までレジを打っていた年配の人に替わって、
奥の調理場のほうから伊藤さん出て来てレジを打ち始めた。

伊藤さんは保線作業着の替わりに白衣を着ていた。
伊藤さんの白衣姿を見ていると、
山都保線管理室のヘルメット置き場の上に貼ってあった、
一枚のポスターを思い出した。
汗まみれの保線マンが、
高速で通過する列車に向かって手を挙げている写真の下には、
「汗は俺たちの言葉だ!」と書いてあった。

パン屋はなかなか繁盛しているみたいで、
レジは行列ができていた。
伊藤さんはお客さんに頭を下げて、
トレイに載せられた調理パンを丁寧に包んで、
大きな袋に入れて、
「ありがとうございます」と、
ぎこちないお辞儀をしていた。

伊藤さんのお辞儀は、
デパ地下の店員以上に懇切丁寧な気がして、
僕はなんだか嬉しくなった。

一生懸命に働いている伊藤さんを見ていたら、
店に入ろうかどうかとても迷ったが、
意を決して店に入りレジの前に立った。

「いらっしゃいませ!」

無骨な男達の声が店内に響く。

「すみません、ケーキはありますか?」
「ケーキは焼いていませ........おー、小池っ!」
「元気そうですね」
「ここに居るのがよく分かったな!」
「はい、山都の○○さんから聞いて」
「○○ちゃん、ちょっとレジ変わってくれよ。
 田舎の後輩が来たんだよ!」
「なに?伊藤に面会?」
「そそ、こいつ、中学の時から保線に来てたんだよ。
 お、小池っ、そんなとこ突っ立ってないで、
 好きなパンを好きなだけ持ってこいよ!」

僕は遠慮なく、
おいしそうなパンをトレイに載せて、
レジへ持って行った。
伊藤さんは調理パンをビニール袋に直接入れて、
僕を休憩室に連れていった。

休憩室には大勢の男達がいた。
パン屋の規模と働く人数のバランス、
そして年齢層も顔つきもまったく合わなかった。
誰かが、
「おい、若いの、お茶か?コーヒーか?」
「じゃ、コーヒーでお願いします」
「粒か粉か?」
「粒でお願いします」
「贅沢なやつだなぁ」
(粒はゴールドブレンド、粉は普通のネスカフェを指す)

伊藤さんはタバコを吸いながら、
「え〜と、今、コーヒーを作っている○○ちゃんは岩手の駅員、
 そこの○○ちゃんは青森の運転士、
 ○○ちゃんは郡山の電力、
 ま、ここのメンバーはほとんど東北出身だな。
 みんな独身寮に入って朝4時に起きてパン作りだ。
 俺らがパン作ってんだぜ!
 でも、一応、パスコのパンを使ってんだよ。」

伊藤さんが活き活きしてみえた。

「ところで、小池は、今は何をやってんだ?」
「車掌になりました」
「へぇ、小池が車掌か。駅はどこにいた?」
「吉祥寺駅に居ました」
「すっかり東京人だな」
「そんなことないですよ」
「ところで、休日はなにをしているんですか?」
「休み?新幹線で山都に帰るよ。
 ガキも小さいしな。
 ま、ひとりで自由が丘でお茶してもしょうがないしな」
「この後、保線に復職できるんですか?」
「できるよ、それが約束で2年もパン作りをやっているんだから」
「そうですか」
「お、小池、悪いけど、レジ任せっぱなしだから持ち場に戻るな。
 すぐに勤務が終わるから、あとで駅前で待ってろ!」

いつの間にか、
僕と伊藤さんの周りには、
あちこちから単身赴任してきた、
無骨な鉄道マンが集まってきて、
僕らの話をニヤニヤ笑いながら聞いていた。

コーヒーを入れてくれた岩手出身の駅員さんは、
「伊藤は幸せもんだよな。面会に来るやつが居るんだぜ!」と
羨ましそうに皮肉った。
僕は伊藤さんが上がってくるまで、
他の職員さんに東京トレンディスポットの講釈をしていた。

駅前で伊藤さんを待っていると、
伊藤さんはラルフローレンのシャツの襟を立ててやってきた。
この服装は昔から変わりない。
僕らはJR駅ビルに入っている、
こじゃれたカフェ・バーに入った。

「最近は駅も垢抜けちまってよ、こんな店もあるんだぜ」
「さすが、民間企業のJRですね」
「俺たちのグローブみたいな手で作ったパンを『美味い!』と言って、
 買って行く客がいるんだから、人間の舌はあてになんねーな」
「パン作りのほうが向いているんじゃないですか?」
「冗談を言うなよ、とっとと地元へ帰るぞ!」

その夜は伊藤さんと故郷の話で盛り上がった。
伊藤さんは「明日も早いんだ」と言い、
大井町の独身寮へ帰って行った。

それ以来、
僕はパン屋さんに顔を出すことは無かったが、
しばらくしてパン屋の前を通ったら、
店名も内装も変わっていて、
アルバイトの女子高生がレジを打っていて、
鉄道職員の作るパン屋は無くなっていた。

その年の暮れ。
僕は実家に帰って友達の車でドライブをしていると、
JRのトラックが前からやって来た。
サングラスをかけて、
助手席のダッシュボードに足を上げている、
伊藤さんを見て僕は安心した。



3月12日今週の朝礼『孤独について』 

悩みは孤独を誘発させる。
あー孤独。孤独孤独、ひとりぽっち。
こんな気持ちを抱いてるのはきっと僕だけだ。
目に飛び込んでくる人たちの姿はどこか楽し気に映る。
みんなとても幸せそう。それが耐えられない。
哀しく辛いのは僕だけだ。
だから部屋に閉じこもってひとりでいよう。

こういうことを「孤独」と思っている人が多いようです。
世間から逃げ隠れ潜むことを「孤独」という言葉で
安易に片付けているようです。
失敗したら孤独、嫌われたら孤独、やる気をなくしたら孤独。
孤独孤独、孤独のバーゲンセール。
そんな人たちは孤独の神様から大いに叱られましょう。
孤独とは負の意識だけに与えられる言葉でも、
自我を背中にしまい込むことでもありません。

「孤独」とは逃げ隠れて独りになることを意味するのではなく、
人のいる場所に身を置いてはじめて感じる、
自分の内側からの声なのです。

あなたを含む100人の人間がいたとしたら、
99人の人には色がついていて、自分だけが白黒に感じる。
例えばそういうことを「孤独」としましょう。
そこで、考えてみてください。
あなたが100人の中で独りだけ違う色や空気を放っているとしたら、
それは孤独であるとともに、中心でもあるのです。
そういう思いは、他の99人にはない感覚なのかもしれません。
あなたの価値観や感覚が主役で、
あなたの立ち位置からなにかが動きはじめることもあるということなのです。
その場所から自分の色を薄めながら99人の輪の中に入っていくも良し、
あくまで自分の色を際立たせ続けるも良し。
考えてみれば「孤独」は贅沢な産物なのです。

それでもあなたは部屋にひとり閉じこもりますか?
「孤独」と偽ったひとりよがりを続けますか?

悩むことで個人は確実に伸びます。
自分ひとりが違うと感じることで個性は芽生え育ちます。
だから人と会うのです。
会った方が良い。いつも。いっぱい。
人と会って自分の「個」を感じ掴まえるのです。
大体、悩みなんて人に話したら50%は消えてしまうものです。
しかも悩みを聞かされた誰かは、
あなたの悩みを自分に置き換えることで、
感覚や感性までもが成長します。
 
悩みは財産です。孤独は成長の礎なのです。



『秋祭りと五十嵐さん』

小学生6年生の夏の終わり、
友達と秋祭りに出かけた。
テキ屋で買ったホット・ドックを食べながら、
大通りをブラブラと歩いていると、
山都駅駅員の五十嵐さんとすれ違った。
五十嵐さんは、
“カラン・コロン”と下駄の音を立てながら、
ひとりで歩いていた。

五十嵐さんは、
新潟から山都駅に単身赴任してきた新米駅員で、
駅の隣に建っていた官舎にひとりで住んでいた。
神社から少し離れた官舎まで、
笛と太鼓の音色が聞こえてきたので、
懐かしさのあまり、
お祭りを見に来たのだろう。

五十嵐さんは、
僕とすれ違ったことに気付かなかったけれど、
提灯に照らされた五十嵐さんの表情を見ると、
どこか寂しさが感じられた。

新潟出身の五十嵐さんは、
笛と太鼓の音色に誘われて祭りを見に来たものの、
見慣れない顔と初めて聴いた笛の旋律に、
懐かしさよりも、
孤独感を強く感じていたかも知れない。

「今、すれ違った人、山都駅の駅員さんだよ...」
「ふーん、そうなんだ」

友達は僕の言葉に関心を示すこともなく、
ホット・ドックを食べていた。
後ろを振り返ると、
五十嵐さんはカメすくいに夢中になっている子供達を遠巻きに眺め、
提灯の灯りが途切れている真っ暗な道に消えて行った。

翌日、駅に行くと、
五十嵐さんは駅前広場の落ち葉を黙々と掃除していた。
僕は昨日のお祭りですれ違ったことを話そうかと思ったけど、
なんとなく言いにくかったので、
黙って五十嵐さんの掃除を手伝うことにした。

一通りの掃除が終わると、
五十嵐さんは黒くて小さな小銭入れから、
100円玉を取り出して僕にコーラを買ってくれた。
五十嵐さんはすぐにコーラを飲み干し、
「ありがとう」
と言って駅に戻った。

山々が紅葉に染まる頃、
山都駅に行くと、
五十嵐さんの姿は無かった。
落ち葉の掃除をしていた年配の駅員さんに、
五十嵐さんのことを尋ねると、
「五十嵐は転勤になった」と言った。

夏の終わりになると、
都会のアパートにも秋祭りの笛の音が聴こえてくるが、
その度に、
故郷の秋祭りで五十嵐さんに声を掛けなかったことを、
後悔してしまう。



3月7日今週の朝礼『衝動買いのススメ』

 最近は物欲がないですね。物欲がないといろんなことを研究しなくなります。雑誌を見てああだこうだ、街へ出てショップを覗いてああだこうだ。だいいち衝動買いがなくなります。衝動買いとは街を歩いてショップやウィンドウを覗いてなんぼの代物だから、街歩きをしなくなればそういう衝動を起こす状況に身をおかないということになるから当然ですよね。衝動=ときめく心=ひとめ惚れ。つまり大切な恋心さへ見失っている毎日にぐったりです。
 そうなると毎日のコーディネイトにも工夫がなくなり、一週間ぐらい同じ服を着ても平気になってしまいます。自分は平気でも人から見たらつまんないでしょうね。ひょっとしたらそこにこだわりを感じてくれる人もいるかもしれませんが、それほど好意的に見てくれる人がいるとは思えません。オシャレって、何をどう着るかということも大切ですが、毎日いろんなアイテムを取り替えて、新鮮な気持ちで一日を迎えるためには不可欠な要素なのかもしれません。
 そこで僕は思いました。物欲がないからこそ街に出る。ショップを覗く。洋服をフィッティングしてみる。うーん、面倒くさい。もともと欲しくないからかなり億劫である。けれどときめく心をなくしてしまうのは哀しいから、とりあえず目に飛び込んで来た洋服をフィッティングする。「じゃMサイズで」。カーテンをぴしゃり。よっ、はっ、とりゃっ。ダメだ。Lに換えてくれ。それにしてもなんでMがピタTになってしまったんだ。それを知らなかったのは自分だけで、人は僕のことを明らかにMサイズの入らない人だと見ているに違いない。
 自分の知らなかった自分をすでに人は知っている。そこが落とし穴であり確認なのだ。
 物事に関心がなくなっていくうちに自分はどんどん変わっている。変わる方向は明らかにマイナス方面である。物欲が無くなればこそ街に出よう。たまには洋服屋さんの新作に袖を通してみよう。自分の体型や気持ちに「マズイ」と感じたらまだ未来はある。
 街はリハビリステイション。枯れ木につぼみがつき花を咲かせるように、弱った心にも春は訪れる。
 ついつい買ってしまった3万円のウエスタンシャツ。似合う似合わないよりも先に、衝動的に買ってしまった気持ちがなんだか嬉しい。サイズはもちろんMである。



『青春十七歳・初恋列車』最終章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 最終章「てがみ」


駅名表が目に入った。
久根別駅の「別」は「川」ではなく、
やはり「別れ」の「別」だったのだ。
僕は涙が出そうになったので空を見上げた。
空の色は息をのむほど美しいオレンジ色になっていて、
どこか秋の気配が漂っていた。


17時24分。
夕日と同じ色のディーゼルカーがやってきた。
僕は二重窓を開け、
久根別の街に消えた住美代ちゃんの姿を探した。

「いるわけないじゃん。何十分経ってんだよ」

僕は窓を閉めて、
住美代ちゃんからもらったチェックの紙袋を開けてみると、
そこには片岡義男の文庫本が入っていた。
ペラペラとめくってみると、
買ったばかりのものではなく、
住美代ちゃんが読んだ形跡があった。
使い古したものには温もりがあるが、
その温もりが辛く突き刺さる時もある。

僕は文庫本に目を通したが、
目は文字の上を泳いでいるだけで、
まったく頭に入らなかったので、
片岡義男の文庫本を紙袋にしまった。

列車は隣の七重浜駅に着いた。
ほんの数日前、
僕と住美代ちゃんは七重浜駅前の細い道を歩いて海に行った。
そんな出来事がずいぶん昔の夏のことのように思えた。
それに比べて、
今日は赤とんぼが飛んでいそうな秋の空になっているのだ。

列車は函館に着いた。
空はオレンジ色から藍色に変わりかけていて、
そのグラデーションを見ていると、
寂しさが倍増してきた。
僕は駅前広場に出た。
後ろを振り向くと函館山が見えた。

彼女が言ったように、
あの山は下から眺めるのではなく、
恋人と二人で登って、
夜景の中で「好き」や「ハート」という文字を見つけて、
幸せや両思いを掴むしかないのだ。
そんな途方のないことを考えていると、
青函連絡船の汽笛が聞こえてきた。

「ボォーーーー」

力強い汽笛だが、
僕には悲しみの汽笛にしか聞こえなかった。
夜行の青函連絡船に乗るまでには時間があった。
そう言えば、
今日は何も食べていなかったので、
売店であんぱんとコーヒー牛乳を買った。

夕食を食べ終えても時間は余りあった。
僕は近くの電話ボックスに行き、
タウンページで彼女の家の電話番号を探した。

「確か、建設業をやっているとか言っていたけど...」

タウンページをペラペラめくっていると、
それらしい住所と電話番号を見つけた。

「○○建設 上磯町久根別○ー○ー○」

僕はリュックからノートと鉛筆を出そうとしたが、
住美代ちゃんは僕の住所を聞いただけで、
自分の住所と電話番号を教えなかったので、
メモをとるのはやめることにした。

日付が変わった頃、
夜行便の青函連絡船は悲しげな汽笛を鳴らして函館を出航した。
本格的な秋風が吹く肌寒い甲板で、
僕は函館山が見えなくなるまで立っていた。

青森から郡山まで各駅停車で帰った。
旅を終わらせるのが辛かったからだ。
途中、一ノ関と仙台で乗り換えたが、
車内ではほとんど寝ていたので、
網走で買った「網走刑務所」の木札を忘れてしまった。

会津に戻ると蒸し暑い残暑が僕を出迎えた。
山都駅の改札を出ると、
僕は非日常から目が覚めて、
少しだけいつもの自分に戻っていた。

家に帰るとばあちゃんが話しかけてきた。

「北海道はどうだった?」
「函館がよかった」
「それは良かったね。
 ばあちゃんは函館の白百合学園高校を出たんだよ...」

初めて聞いたばあちゃんの履歴だった。

「女学校に行っていたときは,
 カフェーに行ってレコードを聴いたり...
 坂道を降りてゆくとその先には港が見えてね...」
「へぇー、函館山には登ったことある?」
「あるよ」
「夜、登った?」
「あぁ、神父さんに見つからないように寮を抜け出して登ったよ...」
「それで、山の頂上から『好き』や『ハート』という文字を見つけたりした?」
「宏康、どうかしたのかい?」




夏休み最後の日に僕宛の手紙が届いた。
差出人は書いてなかったが開封してみると、
一枚の写真が落ち葉のように畳に落ちた。

その写真には女性教師と思われる人と、
セーラー服を着ている高校生が数人写っていた。
学校の教室で撮影されたもので、
なぜか全員がアイスクリームを持っていて、
住美代ちゃんは右手でアイスクリームを持ち、
左手でアイスが床にこぼれないようにしているポーズだった。

そして、封筒には一枚の便箋も入っていた。

「先日は本当に来てくれてありがとう。強い男の人になってください」

便箋にはそれしか書いていなかった。
それ以来、
住美代ちゃんから手紙が来ることはなかった。

今でも時どき、僕の心の中は
ぬるいコーラでベトベトになる。




おわり



2月20日今週の朝礼『遺書』

 プロ野球選手やJリーガーは来るシーズンに備えてキャンプに臨み、自身を痛めつける、云うなればMな季節。痛いイタイがやがて快感となり自信となり、さらには性癖や人生訓にまでも発展してしまう自己アイデンティティ確立の時。
 この季節が一番ツライ。もちろん私もツライ。アスリートではないから身体を鍛えることでそう言っているのではない。まして鍛えていないし。重力に逆らう事よりも従うことに人生を見いだした昨今、ダンベルやプロテインよりもガリガリ君とこたつが愛おしい。
 さて、私がツライのは例によって花粉症だ。今年は例年より飛散量が大幅に少ないとニュースは言っているが、そんなセリフは花粉症に冒されていないノー天気な花粉健常者の言うことであり、国にレベル5と申請したいほどの重症患者な私にとっては、大気中にケロリン一服ほどの杉花粉が舞ったとしても、確実にクシャミだけで腹筋を鍛えるだけの自信がある。
 つい先日も首都高を浦安方面に向かってレインボーブリッジを走行していた時に12発ものクシャミを連打し、その勢いでハンドルがブレて用も無いのに本線を外れ台場出口へと向かってしまった。高速を途中下車してしまった悔恨の念を少しでも和らげるべく、プチ観光と言い聞かせてこれまた用も無いのにお台場名所の自由の女神の脇を走行してみたが、あまりに中途半端すぎて余計にやりきれない気持ちになってしまった。
 高速の出口を間違えるほど落ち込むことはない。これほどまでに700円が惜しいのかとキツく膝を叩き、自分のケツの穴の小ささを実感した瞬間でもある。まして意志とは別にクシャミによりハンドルを関係ない出口へと導く花粉症の悪戯に、そのまま東京湾にスローモーションでダイブして人生に終止符を打ちたいようなネガティブな気分になってしまったのである。

 石原都知事は本気で花粉症対策を考えているそうだが、だとすれば日曜日にマラソンやる前になにかしてほしいというのが一都民として本音であります。

 私がそんなことをぼやいたところで何も変わるはずがない。それが東京だ。それが日本だ。
 だから私は明日、花粉症の手術をします。
 心配も不安もない。昨年も同じ時期に鼻腔にメスを入れている。あるのは手術の翌日からの踊りたくなるような未来とほんのわずかな恐怖だけだ。
 ウソです。わずかな、、というのは大嘘です。ものすごく怖いです。できればやりたくないです。けど、やらないとゴールデンウィークまで地獄のような日々が続くので仕方なく決行です。
 ただ、黙してその日を迎えるのはもっと怖いのでこうして文字を綴っておきます。
 こうなると遺書のようなものですね。もちろん万が一のことも考えています。もともと私は傷みに弱く、それよりもっと弱いのは、オペの前に行われるオペ用具の点検とか、医師と看護婦の間で執り行なわれる専門用語での会話とか、目を見開いておけばシルバーに輝くオペグッズが見えて怖いし、目を閉じると余計な想像をしてオペグッズで殺されるような気になるし、かといってジタバタすると子供扱いされて本当に悔しい思いをするし。だから余裕もないのに下らないダジャレとか言って医師と看護婦の笑いを取ることだけに専念してしまう。こいつらが笑ったら、少なくとも人間としての意志があるのだと言い聞かせ、わずかではあるが自分への慰めの材料としてシフトさせるのだ。ところがダジャレを言っても笑わない医師や看護婦は、それこそ鬼にしか見えなくて、もちろんダジャレのレベルにもよるのだが、笑わない医師や看護婦には余計なところまで切り刻まれてしまうのではないかと、どうしようもない恐怖に襲われてしまうのだ。
 想像ほど怖いものは在りません。写真やビデオよりも絵や文字の方が怖いのはその証拠です。絵や文字を描く人の中に気狂いみたいな人が多いのは、つまりそういうことです。

 これは遺書です。生きる死ぬではなくて、オペ後の自分に宛てた遺書です。
 実は飛行機に乗るときも毎回こうして遺書を綴っています。

 みなさんもツラくてやりきれない時にはそのダウナー具合を文字にしてみてはいかがでしょう。
 それを乗り越えたときに「遺書」を読み返してみると、人間のいい加減さにあらためて気づくかもしれません。自分のことを本当に繊細極まりない人だと思っている人は余計にお薦めです。
 そういう人に限って“弱ってる時の自分も可愛い”なんて思うものです。
 つまりそれも「M」。どっかで自分を楽しんでいるのです。
 そうやってなんとか手術の恐怖を緩和しているつもりですが、やっぱり怖くてしょーがないです。
 ということで今回の遺書は終わりです。



『青春十七歳・初恋列車』第五章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第五章「約束のプラットホーム」


釧路でもユースホステルに泊まった。
夜行が続くと布団の中で眠りたいものだ。
僕は大学生グループと一緒にぬさまい橋を撮影し、
ラーメン屋で食事をした。

翌日、
僕は札幌行きの特急に乗っていた。
いつもの僕だったら、
池田から池北線に乗って、
足寄の松山千春の家を訪ねるか、
ラベンダー畑で有名な、
富良野・美瑛もコースに加えるのだが、
僕の頭の中は彼女の事でいっぱいで
観光コースの設定に力が入らなかった。

札幌駅で夜行が出発するまで時間を潰し、
夜行鈍行で函館に向かった。
列車の中でリュックを整理してみると、
未使用のフィルムがたくさん出て来た。

いつもの僕ならたくさん写真を撮るのに、
今回はほとんど写真を撮っていない。
どうやら頭の中は初日の函館からストップしていて、
写真を撮る状態ではないらしい。

函館には早朝に着いた。
近くの路線をぶらぶら乗って時間を潰し、
彼女と約束した久根別駅に向かった。
時間はまだ15時だった。

久根別駅も七重浜駅と同じ無人駅だった。
誰もいないホームのベンチで、
久根別駅の駅名表を見ていると、
「別」という文字に目に入った。

16時を過ぎた。
夏なのに陽が傾いているように感じる。
あたりの景色がオレンジ色に染まってきた。

僕はとても不安だった。
彼女は本当にやってくるのだろうか?
単に気まぐれで言ったのではないか?
もし、
来たとしても迷惑そうな顔をしたらどうしよう。

僕は落ち着かなくなって、
駅前の自動販売機前に移動した。
僕は自動販売機のお店の人に怪しまれないように、
コーラを買って彼女を待っていた。





16時14分。
久根別駅にオレンジ色のおんぼろディーゼルカーが到着した。
ドアがゆっくり開くと学生がドッと降りてきた。
僕は慌ててホームへ走った。

学生達は見慣れないよそ者の僕を不思議そうに見て、
駅前に止めてあった自転車に乗って行った。
学生らを運んできたディーゼルカーのドアはゆっくり閉まり、
うるさいエンジン音を響かせて発車して行った。

「やっぱり来ないな...」
と思った時、
前方から4、5人の女子高生グループが歩いて来た。

「もしかしてこのグループか?」

でも、
それらしい子は居ない。
溜め息をついて諦めかけた時、
グループの一番後ろに、
白いデッキシューズを履いた女の子がいた。

「住美代ちゃんだ...」

先日は私服で大人っぽく見えたけど、
制服を着ていると少し幼く見えた。
住美代ちゃんは短いスカートを履いて、
手にはつぶれたカバンを持っていた。
夕日のせいか栗色の髪がやや明るく感じたが、
あの白いデッキシューズを履いた姿は、
紛れもなく住美代ちゃんだった。

どうしよう...グループでいる。
僕は迷った。
どんどんグループは近づいてくる。
胸が高鳴ってきた。
住美代ちゃんは楽しそうに友達と話している。

その友達が僕に気付くと、
住美代ちゃんも僕に気付き、
友達に「知り合いなんだ」と言って僕のところにやって来た。

「じゃあね!」
「バイバイ!」

友達は僕の顔を不思議そうに見て去って行った。

「やだぁ、本当に来たんだ!」

あどけない顔をしながら、
人を試すような台詞といい、
大人びた口調は相変わらずだった。

「ねぇ、どこ行ってきたの?」

僕は行った場所を箇条書きの文章を読むようにしゃべった。

「わたしの行ったことがない所ばかりだよ...」
「その後、家出していないよね」
「家出はしてないよ。大丈夫」
「よかった、心配したよ」

会話は一問一答形式だった。
明らかに先日の住美代ちゃんとは受け答えが違っていた。
僕はそれに気付かないふりをして話そうとしたが、
悲しい気持ちが先に出てしまい、
思ったように口が開かなかった。
すると住美代ちゃんが口を開いた。

「宏康くん、ごめんね、これから家庭教師が来るから帰らなきゃ...」

「僕より勉強かよ..」

心の中でそう思った。

今にも歩き出しそうな住美代ちゃんを見て、
僕は僕に心の中で呟いた。

もう行ってしまうんだぞ!
時間がないぞ!
もう一生会えないかもしれないんだぞ!
住美代ちゃんは夜行列車の窓から見えた、
真っ暗闇に浮かぶ家の灯りの住人になってしまうんだぞ!

もうひとりの僕の呟きはいつしか叫びに変わっていた。

気持ちがピークに達した僕は、
何を血迷ったのか、
思いがけない言葉を彼女に言った。

「住美代ちゃんには好きな人がいるの?」

彼女は笑いながら、

「いるよ...」
「誰?」
「家庭教師」
「............」

だから住美代ちゃんは家庭教師が来る前に家出してきたのだ。
住美代ちゃんの家庭教師は頭のいい、
どこかの大学生なのだろう....
勉強を教えてもらっているうちに、
そこに恋が芽生えたのだが、
二人の間に何かが起きて、
家出をしてきたのだろう....
僕は勝手な想像をしていた。
一番したくない想像をしてしまう自分がとても嫌だった。

住美代ちゃんは気まずい顔も見せずに、
煎餅カバンからノート出し後ろのページを開いた。

「手紙書くね、宏康くんの住所を教えて...」

僕は今まで味わったことがない感情に包まれ、
胸が掻きむしられるような気持ちになって、
目の裏側で何かが動いているのが分かったが、
息を大きく鼻から吸ってノートに住所を書いた。

住美代ちゃんはノートをカバンにしまってから、
チェックの紙袋を僕に渡した。

「これ、あげる...」
「何これ?」

僕は時間を引っ張ろうとした。

「あっ、ごめん。ほんと家に帰らなきゃ、じゃ、さよなら!」
「..........」

住美代ちゃんはオレンジ色に染まった街の中へ走って行ってしまった。
このやりとりはわずか3分程だった。


つづく



第5章・出撃

 とうとうその日が来た。もう迷いは無い、暴れるだけ暴れてあとはなるようになれという気分だった。
 俺は学校に行くふりをして、タバコや食料などを買い込んでケイゾウの家に向かった。ヤツの部屋に着くとあらかじめ用意しておいた援団ジャージに着替え、二人で馬鹿話やゲームをやって時間を潰した。
 夕方6時を過ぎた頃にハルやその他のツレが集まってきた。6畳半の部屋にヤンキーが7人、タバコや香水の匂いが入り混じり、まさしく溜り場・悪の巣といった感じだった。
 そんな中、各々が持って来た武器自慢大会が始まった。ある奴は爆竹、ある奴は3段警棒、中にはメリケン(カイザーナックル)と悪の神器を取出し得意満面。俺とケイゾウのブツは定番というか芸が無いというか小学校の修学旅行で買った木刀であった。当然ブツには「東大寺」の焼印が、、、そんな武器を眺めながら「それは使えん」とか「すぐ折れてまう」とかギャアギャアワイワイ騒いでいた。
 ある奴が「ヨウスケはどうした?」と思い出したようにつぶやいた。しかし誰の口からも「電話せえ」「呼ばって来い」などの言葉は出ず、(多分タキグチや先輩らぁとおるんだわ)という事で意見が一致し、ソコに関しては気にするのをやめた。
 時計を見ると午後9時を少しまわっていた。

 集合時間まで1時間を切った。コンビニで買ったおにぎりやパンをかきこみ慌ただしく動く俺たち。
「ボチボチ行こか」
 俺が立ち上がるのを見て、急かされたように準備をする仲間たちの顔にはまだ笑顔があった。
 さてと。各自ケッタに乗り目指すはボーリング場跡地。狭い町道を蛇行し暴走族気取りで疾走する中学生非行日記。途中で俺とケイゾウは隊列を離れとあるマンションへ、、、木刀だけでは心細い俺たちはどこのマンションにも常設してある消火器をぶん捕りに行った。計4本を手にした俺たちは、俄然強気になってニヤリと笑いながら急いで仲間の後を追った。
 しばらくして仲間たちが待つボウリング場に追いついた。
 以前は賑やかだったその場所も、今では真っ暗な哀しき街角。駐車場には雑草が生え、ボウリング場のガラスは無惨に割れ、スプレーで落書きされた壁が悪の牙城にも見えた。しかし車も単車も人影すら見えない。
「まだ早いか?」などと不安混じりに話しながらタバコをふかしていると、、、あちこちから集合管の音やゴッドファーザー、結婚行進曲などのヤンキー御用達クラクションのけたたましい音が辺り一面に響き渡った!
 あれよあれよ、その数は時間と共に増え、集まった4輪15台、2輪20台越とあっという間に駐車場が暴走族の集会場と化した。
 映画やVシネマではない。生、生、超本番の生臭さである。

 しばらくすると少し離れたところで怒声があがった!

「ええか、絶対負けるな!逃げるな!とことんやったれ〜っ!」
「ウオ〜!!!」
 すごい歓声にアドレナリンが逆流する。興奮したバカどもは、手が千切れるほどの握手やハイタッチ、、、中には抱き合う連中もいた。
 今から思うと、あのエネルギーや覚悟を他の事に使えば、どれだけ充実した人生になっただろうと、、、思ったけど、それはそれで面白かったからタラレバは言うまい。

 そんな中、アオさんが俺たちを見つけ近寄って来た。
「おまえら本当に来たんか?今からでも遅くない、帰れ」
 ……俺たちは無言、いや言葉が出なかった。
「ええかっ、ガキの喧嘩やねえぞ!へたしたら大怪我ですまんのやぞ、わかっとるのか」
 大怪我ですまん。その先を想像し、さらに俺たちは固まる。
 
 しばらく沈黙の後、自分を鼓舞するように俺は言った。
「アオさん、みんな気持ちは一緒やよ、絶対やられえへんから連れてって下さいよ」
「アオさん、アオさん」
 俺の言葉をきっかけにみんながアオさんに詰め寄る。
 すがるような、勇気を確かめるような、そんな蒼さを含んだ気持ち。
 怖さや不安があるから青春なんだ。

「判った。けどな、無理すんな。やばくなったら逃げろ!ええか、絶対やられたり、捕まるな!ええ格好すんなよ、本気の喧嘩やぞ!」
 あまりの迫力に後ずさりした俺たちだったが、アオさんのやさしさと強さと本気さを知っことが、なんか嬉しかった。
「ほんなら後でな、全員帰ってこいよ」
 アオさんはそう言って集団の中へ消えて行った。

 間もなくしてあのパンチ男のマサシが号令を掛けた。
「行くで〜っ!」
 俺たちは先輩達の車に分乗し、敵(十○夜隊)の事務所に向かった。
 車の中では緊張と興奮で声も出ず、ただ黙って外を眺めていた。
 車が事務所付近に近付いた。そこには濃紺の街宣車やマイクロバス、黒塗りの車が数台停まっていた。それらの車を取り囲むように4輪や2輪を停車させ車を降り指示を待った。
 見知らぬ男がやって来て俺たちや他の不良たちに指示を出す。
「おまえらここにあるマイクロと車を倒せ、街宣車は赤のスプレーがあるで消防車みたいにしたれ!ええか!」。

 あ、あ、あ、あ、あ、、、、、も、もうっ、やるしかねーっ!

 俺はケイゾウとカズやハルを見てニコっと笑った。
 奴らもニコっと笑い返した。
 もちろん到底笑える心境ではない、けど、でも、これが、ヤンキー魂っていうか、精一杯の覚悟っていうか、、、 とにかく、その強がってこわばった笑顔が、最後の笑顔となった・・・・
 
「イッたれや〜!!!」
「ウオリャァ〜ッ!」

 遂に決して後戻りできない壮絶な喧嘩が始まった! 


(続)



『青春十七歳・初恋列車』第四章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第四章「錆びた線路。人恋しくて…」


利尻号の出発時刻が近づいてきたので列車に戻った。
利尻は札幌から旭川まで函館本線という幹線を走ってきたが、
旭川から終点の稚内までは宗谷本線という偉大な名前の路線を走る。
しかし、本線というのは名ばかりで、
線路も枕木もローカル線程度のレベルなのでとても揺れた。
利尻と僕。ふたりともとても揺れているのだ。
真っ暗闇の窓に寂しそうな自分の顔が映った。
僕はカーテンを後頭部にかけ、
窓に自分の顔が映らないようにした。

車掌のアナウンスで目が覚めた。
列車は最果てのサロベツ原野を走っていた。
同じ北海道でも函館あたりとはかなり雰囲気が違っていた。
雄大というより荒涼という言葉がよく似合う風景だ。
車窓には丘陵が広がり、
辺り一面には熊笹が生い茂っている。
左側に利尻山が見えてくると、
日本最北端の稚内駅に着いた。

稚内駅前には、
鉄道、バイク、自転車、
あらゆる乗り物を駆使して、
この地までやってきた若者がシュラフで寝ていた。
早起きの連中はバーナーでカップラーメンを作っている。

僕は稚内港北防波堤ドームへ向かった。
かつて、
稚内から樺太の大泊へ稚泊航路が出航していた。
今ではそんな当時の面影もなく、
ただの観光地になっている。

帰り道、
宗谷本線の線路が終わっているところを見つけた。
錆びた線路はタンポポの咲く草むらの中でひっそりと途切れていた。
その錆びた線路を見ていると、
最果てに来た喜びよりも、
今まで感じたことがない寂しさが込み上げてきた。

稚内を後にし、
天北線というローカル線で南下した。
列車は観光シーズンというだけあって、
都会並みの車両の長さだったが、
僕の乗った車両は貸し切り状態だった。

僕は窓を全開にして、
窓際の小さなテーブルにコーラを置いた。

列車は大自然を走る。
果てしなく続くサロベツ原野には、
いくつもの熊笹が生い茂り、
熊笹は列車が通るたびに踊っているように揺れた。

時々、原野のアクセントのように、
人の温もりが感じられるサイロが見える。
それと同じくらいに、
荒れ果てたサイロも数多く見かけた。
ここで夢を追い開墾した開拓者たちは、
厳しい自然よりも、
厳しい孤独に耐えられなくなって、
この地を去っていったのだろうか。
夢と現実の狭間での葛藤。
列車に乗っている僕でさえ、
この荒涼たる風景を見続けていると、
人恋しくなってくる有様だ。
僕は開拓者になんて絶対になれない。

天北線は運行システムがコンピューター化されていない。
「コンピューター化」という合理化がされないということは、
この大自然を走る路線は廃止になるという意味だ。
機械化されない原野の駅には必ず駅員がいた。
1日の利用者は数十人もいればマシなほうだろう。
そんな小さな駅を急行列車は風のように通過してゆく。
たったひとりだけの駅員は木でできた短いホームに立って、
通過してゆく急行列車に敬礼をしている。

僕も通過駅の駅員に敬礼をしてみた。
一瞬しか見えない僕の敬礼に気付いた駅員は敬礼を返してくれた。
駅の周りには民家もなく、
列車の本数も数時間に一本なのだ。
駅員も仕事とはいえ、
この駅の勤務はとても寂しいはずだ。
僕は駅員と熊笹に敬礼する天北線の旅を楽しんだ。

列車は旭川に着いた。
ここから網走方面に向かう石北本線に乗り換え、
留辺蘂(るべしべ)駅まで行き、
今夜の宿となる留辺蘂ユースホステルに向かった。
ユースホステルはシーズン中なのでとても活気があった。

ユースホステルでは管理人さんをペアレントと呼ぶ。
一夜だけ僕の親代わりになるという意味だからだ。
ペアレントさんは、
「遠くから大変だったね。温かいごはんができているよ」
と僕を食堂へ案内した。
食堂に行くと一人旅の大学生が、
「いっぱい食べた方がいいよ」
と大盛りごはんをよそってくれた。

兄弟がいない僕にとっては、
ユースホステルで出会う大学生や社会人は、
一夜限りの兄であり姉である。
そんな兄や姉は旅から人生まで、
とても幅広い事を僕に教えてくれた。
今日はごはんをよそってくれた大学生が、
僕の兄貴になっていた。

「何で留辺蘂に来たの?」
「明日、金華駅と生田原駅の間にある常紋信号所に行くのです」
「ひとりで行くの?」
「はい」
「気を付けて行ってきてね」

常紋信号場は列車の行き違いをするだけの施設だ。
かつては信号場の近くにある常紋トンネルから出て来たSLが、
煙をもくもくと吐き出して力強く走っていた。
この付近は有名撮影地として、
すばらしい写真・録音作品が生まれたお立ち台で、
僕はこの場所で列車撮影をしたかったのだ。

翌日、
ユースホステルから自転車を借りて常紋トンネルを目指した。
ペアレントさんは「気を付けてね」と言った。

自転車に乗ってひたすら国道を走る。
道に迷いながらも、
やっと信号場の近くと思われる所まで来たのだが、
どうやって線路まで上がれば良いのかわからず、
笹の中をこいで山を登っていくと、
遠くで「ガサガサ」と音がした。

僕は唾を飲んだ。
その瞬間、
黒くて大きい生き物が、
こちらに近づいてきているのが分かった。

「ガサガサ」
「ブーン」

なんと頭上には大きな蜂の巣がたくさんあり、
大きな蜂は音を出して僕を威嚇していた。
僕は背中に全神経を集中し、
黒くて大きな生き物と蜂から逃げるために、
草薮を転がるように降りて、
自転車のペダルを全速力でこいだ。

血相を変えてユースホステルに戻った来た僕に、
ペアレントさんはこう忠告した。

「ここには来るな!という意味なんだよ」

その言葉には説得力があった
僕は留辺蘂でのミッションを諦め、
網走へ向かった。

網走では番外地を見学し、
「網走刑務所」の木札をお土産に買い、
絶対にここに入るような大人にはならないと誓い、
網走から釧網本線に乗って原生花園を眺めて、
夜霧に包まれた釧路に到着した。


つづく




※天北線は1989年に廃止されました。



『青春十七歳・初恋列車』第三章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第三章「ぼくの銀河鉄道」


列車は函館に着き、
函館から札幌行きの特急北斗に乗った。
北斗号はおんぼろディーゼルカーとは比べものにならないスピードで、
噴火湾に沿って札幌を目指した。
海を見ながら長万部のかにめしを食べ、
僕は優雅な特急列車の旅を楽しんだ。

札幌では待ち時間があった。
東京並みの通勤ラッシュが発生している街に、
夜遅くまで居なくてはならないと思うと憂鬱になった。
それでも札幌駅で列車の写真を撮って、
僕は改札を出て街を歩いた。
街を歩いていると、
ローソンという聞き慣れないコンビニがあった。
福島にはセブンイレブンしかないのだ。

街を少し見ただけで札幌駅に戻ってきた。
今夜は夜行列車に乗ることだけは決まっているのだが、
肝心な行き先が決まっていない。

札幌からは稚内、網走、釧路、函館行きの夜行が出発する。
一瞬、函館に戻ろうかと思ったが、
函館に戻っても住美代ちゃんに会えるわけでもないのだ。
僕は函館以外の街へ行く列車に乗ることにした。
残された列車は、
「21時20分発、急行利尻・稚内行き」
「22時02分発、急行大雪・網走行き」
「22時20分発、急行まりも・釧路行き」
の3本だ。

それにしても国鉄の列車名は、
どれもこれも旅情溢れる名前ばかりだ。
特に北海道の列車名は、
未だ見ぬ地への期待感が、
ふんだんに詰まっているように思える。

僕は函館の“呪文”から自分を解き放つため、
急行利尻・稚内行きに乗ることに決めた。
自由席の乗車口に早々と並び、
美しいブル−の客車に乗り込んだ。
寂しげな機関車の汽笛が聞こえると、
利尻号は稚内を目指し出発した。
真っ暗闇の車窓を眺めていると、
時折、家の灯りが見えてきた。

「あの灯りの家にはどんな人が住んでいるのだろう?
 あの家に住んでいる人とは一生会えないかも知れないし、
 偶然、出会えるかも知れない...」

列車は旭川に着いた。
到着時刻は23時45分で
発車は日付を超えた0時17分だ。
利尻号は稚内に朝早く着かないように、
途中の主要駅で時間を調整してゆく。
僕はその調整時間を利用し、
改札を出て駅前に出てみた。

初めて降りた深夜の旭川は静まり返っており、
暇そうなタクシーの運転手がハンドルに足を乗せて眠っていた。
日常なのか非日常なのかわからない不思議な空間にいると
ふと、銀河鉄道999を思い出した。
999号が惑星に停車している間、
鉄郎とメーテルはその星でさまざまな人たちに出会う。
しかし、
999号は発車時間になると惑星を定刻に発車し、
アンドロメダを目指す。
鉄郎は999号が惑星を出発するたびに、
辛い別れを経験してゆく。

「別れ...」
北海道には「別」という地名が多い。
「別」はアイヌ語で「川」という意味である...
と何かの書物で読んだことがある。
しかし、
僕にとってはの「別」は、
日本語の「別れ」という意味にしか思えなかった。

「今日は家出してないよな...」

ふと、彼女のことを思い出した。
彼女は家出するほど苦しい立場にいる。
それに比べて僕は鉄道旅行を楽しんでいる。
僕は単に通りすがりの旅行者なのだが、
彼女にとって北海道は生活の場なのだ。

間もなく日付が変わろうとしていた。
今日が昨日になってしまう。
住美代ちゃんに出会えた今日という日が、
過去にならないで欲しいと思った。
僕の気持ちは揺れに揺れていた。


つづく



2月8日 今週の朝礼『柳沢問題について』

 柳沢厚生労働大臣、ボコボコですね。なんであそこまでやり込められるんでしょうかね。民主党の元国営放送のアナウンサーだったって女性は、“私も言葉で商売してきたから許せない”というようなことを言ってましたが、それとどんな関係があるんですかね。
 アナウンサーの、しかも国営放送ときたら、言葉は伝える道具ではあるけれど、自分の意志を伝達しているわけではないでしょ?もともとアナウンサーはニュース原稿を読むための職業であって、そこに個人の意志を添えるような立場にはないわけだから、いくら言葉で商売してきたからといって、それを誇張するのはちょっとおかしい気がします。
 もちろん政治家たるもの、私情感情だけで公式発言されては困ります。なにせ議員先生のお給料は我々が払っているのですから。けれど、柳沢発言の社会的現象を見ていると、どこか学校教育における体罰問題と重なって仕方ないのです。
 わかりやすく言うなら、「ヘタなこと言っちゃいけない」という呪縛が強すぎて、議題を進展させるために必要な本音や本質が論議されないようになってしまう懸念があるからです。
 もともと国会議員なんてのは本音を言いたくても言えない立場にあるのに、そこに柳沢問題勃発で、それこそ口先サミットで何の核心にも触れず、一議会につき約一億五千万円以上といわれる国会の費用を我々小市民は負担する事になるのだから馬鹿馬鹿しくて仕方ありません。
 体罰問題だって、とにかく「殴ったらダメ」という部分だけがひとり歩きし過ぎて、それを利用してバカな生徒たちが好き放題に暴れて、学校がむちゃくちゃになったわけでしょ。イジメ問題だって中高生の凶悪犯罪だって、殴られる意味と傷みを知らない世代に圧倒的に多いわけで、つまりは殴ることも教育の一環であるという本質が砕かれ、殴ること=体罰という、わけのわからない定義だけが広告のキャッチコピーみたいになってしまったから始末に負えないんでしょ。
 本音の時代、何処行っちゃったんですかね?確かに行き過ぎたりする場合はあります。
 けれど本当に物事を良い方向へ導こうとする場合、時に殴ることは意味を持ちます。深層真理をつくための本音発言には意味とエネルギーが宿ります。決して柳沢大臣を擁護しているのではありません。確かにあの方は、ちょっと軽卒だと感じました。どういう結果になろうともミソギの旅は続けるべきです。
 それにしても、7月の参議院選挙を睨んで、ピンポイントで与党のアゲアシをとるための国会って一体?
 僕には国会議事堂で議論されていること自体が、「イジメ」であり「教育問題」に映ってしかたありません。



『青春十七歳・初恋列車』第二章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第二章「無人駅と片岡義男」


思いがけない展開になって僕はドキドキしていた。
彼女の顔にはあどけなさが残っているが、
タバコの吸い方、
栗色に染めた髪、
媚びない話し方がとても大人に見えた。

彼女は僕のリュックを持って改札に入り、
オレンジ色のディーゼルカーに乗った。
くたびれた車内に入ると、
木張りの床と二重窓が目についた。
北海道の列車は寒冷地仕様のため二重窓になっていて、
僕は初めて見た二重窓を開けたり閉めたりした。

「あなた、何やっているのよ...」
「窓が二重窓だから...」
「そんなの珍しがっているから女の子にモテないのよ」

窓の開け閉めと、
女の子にモテないことは関係あるのだろうか。
でも、
彼女の言う通り、
僕は女の子にモテない鉄道オタクだった。

僕が窓を閉めようとすると、
彼女は暑いからそのままでいいと言い、
僕を進行方向窓側に座らせ、
僕の目の前に座った。

一カ所だけ窓が全開になっている2両編成のディーゼルカーは、
うるさいエンジン音を鳴り響かせ函館駅を後にした。

「北海道の家は玄関が二重になっているんだよ。
そのうち民家が見えてくるから見てみてごらん」

僕は黙って車窓を眺めていた。
別に二重玄関が見たいのではなく、
彼女と目が合うのがとても恥ずかしかったからだ。

「どこまで行くの?」
「七重浜」
「そこに何かあるの?」
「いいから、黙ってなよ」

ディーゼルカーはしばらく市街地を走っていたが、
すぐに閑散としたローカル線の風景に変わっていた。
車窓からは彼女の言う二重玄関が見える。

列車は七重浜駅に着いた。
七重浜駅は函館駅からふたつめの無人駅だったが
海に近いせいか、
寂しさは感じられなかった。
列車からホームへ降りると潮の匂いがした。
この辺りで潮の匂いが届かない所などきっと無い。

彼女はホームをつかつかと歩き出し、
僕は彼女の後をついて行った。
そのせいで会話は途切れたが、
沈黙を行使するにはちょうどいい距離感だと思った。
彼女が履いている白いデッキシューズを見ながら、
静まり返った住宅地を歩いていると、
彼女が自動販売機の前で立ち止まった。

「ね、ジュース買ってよ。あたし切符代しかないんだ」

僕はお腹に隠してあるマジックテープの財布をごそごそと出した。

「あはは!財布どこにしまってんのよ!」

僕は恥ずかしさをこらえながら、
温かい財布から100円玉を2枚取り出そうとした。

「いいよ一本で。あたしコーラがいいな!」

住宅地を抜けると、
羽虫の飛ぶ音が聞こえてきた。
そんな静寂に満ちた道を歩き続けると、
目の前に青色の海が見えてきた。

「着いたよ!」

そこは何もないごく普通の砂浜だった。
目の前には青函連絡船から見えた函館山が、
すっきりと見渡せた。
彼女はデッキシューズに砂が入るのもお構いなしに、
子供のように波打ち際まで走って行った。

「ここは地元民の穴場なの!」
「確かに誰もいないね...」
「えーと、あれが函館山で...」
「夜景がきれいなんでしょ?」
「残念、夜までは付き合えないんだけどね...」
「あ...そんな意味じゃなくて...」
「知ってる?夜景の中に『好き』や『ハート』という文字を見つけると、
幸せになれたり、両思いになれるんだって!」

彼女は嬉しそうな表情で話した。
彼女を砂浜に敷いたバンダナの上に座らせ、
その位置から微妙に離れたところに、
もう一枚のバンダナを敷いて僕が座った。

僕らは体育座りになり、
海と函館山を飽きずに見ていた。
聞こえてくるのは波の音と、
ときどき聞こえてくる青函連絡船の汽笛だけだ。

「私、住美代。あなたの名前は?」
「宏康」
「何年?」
「2年」
「へぇ、ひとつ上なんだ。でもガキっぽいね」
「.......」
「私ね、昨夜から家出してるの...」
「家出?」
「父親が嫌でさぁ、あと勉強も。
 昨日は家庭教師が来る前に家出して来て、
 函館駅で夜を明かしたんだ。
 家を慌てて出て来たからライター持ってこなくてさ...」

彼女は独り言のような言い訳のようなことを話した。
「父親」「家庭教師」
どちらも僕にとっては縁遠い話で、
気の利いた事を言えそうもないので黙っていた。

「あー、学校も家もつまんない。宏康くんは学校とか家が好き?」

「好き」と言うと格好悪いので「嫌い」と答えた。

「宏康くんも嫌いなんだぁ。あたしと一緒だ」
「うん...」
「あーあ、ずっと夏休みだといいのに。
 福島の学校はいつまで夏休みなの?」
「8月いっぱいだよ」
「内地は長くていいね...」

僕らは学校のこと、将来のこと、それと音楽の話をした。
でも、好きな人の話題は出てこなかった。

「ねぇ、片岡義男、読んだことある?」
「誰それ?」
「知らないの?バカだなぁ」
「本は読まないから...」
「じゃ、何読むの?」
「時刻表...」
「そんなんじゃダメだよ...」
「ダメなの?」
「片岡義男を読むと大人になれるし、女の子にもモテるのよ」
「本当にモテるようになるの?」
「本当だよ...」

彼女が放つ大人の世界に完全に翻弄されていた。
「本を読む」「大人」「女の子にモテる」、
今まで足を踏み入れたことのない世界へ、
僕を連れて行ってくれるような気がした。
すると、
彼女は急に立ち上がって僕に近づいてきた。

「目をつぶって...」

ほんの数秒の出来事だった。
僕の体からは魂が抜けてしまっていた。
誰かがグレープフルーツの味がするとか言ってたけど、
少し違うような気がした。

「ねぇ、さっきのコーラちょうだい」

僕はぬるくなったコーラを彼女に渡した。

「あー、ぬるいけど、うまいっ!」

僕は下を向いていた。

「宏康くんも飲めば?」
「一本しか買わなかったよ...」
「じゃなくて、ほらっ!」

彼女は僕にコーラを渡した。
僕は缶に口をつけないようにコーラを飲もうとした。
コーラはほとんど口に入らずに喉のあたりにこぼれてきた。
僕はベタベタになった手でコーラを返そうとすると、
彼女は笑った。

「宏康くん、全部飲んでいいよ」

僕らは何時間も飽きずに青い海を見ていたが、
僕の頭の中はずっと真っ白だった。

「ね、宏康くんは好きな人がいるの?」
「え?」
「ねぇ、いるの、それともいたの?」
「1年の時、ちょっとだけ付き合った人がいたよ」
「えー、宏康くんに彼女がいたんだ?」
「友達の紹介だけど...」
「それで?」
「今年の1月に終わった...」
「いつから付き合ったの?」
「去年の12月...」
「それって、付き合ったって言わないよ」
「いや、倦怠期...」
「倦怠期じゃないよ...それはフラれたんだって!」
「そうなんだ...」

彼女は僕の失恋話を涼しい顔で聞きながら、
僕が失恋した原因の分析を始め、
様々な角度から恋愛のアドバイスをしてくれたが、
僕にはまったく意味が分からなかった。
しばらく沈黙が続くと、

「あたし帰ろうかな」
「そうだね...帰ろう」

僕らは来た道を戻った。
帰り道は来る時よりも早く感じられた。
駅のトイレでコーラでベトベトになった手を洗い、
待合室の列車時刻表を見てみると、
間もなく函館行きの列車が来る時間だった。

「上りはすぐ来るね。私は下りなの...」
「住美代ちゃんの家は近いの?」
「隣の久根別駅だよ」
「ということは下りだね」
「ね、宏康くん、また会おうよ!」

本心なのだろうか?
もし、それが本当ならば、
ずっと函館にいようかな..と冗談を交えて言おうとしたら、
住美代ちゃんは僕から視線を外して何かを指折り数えていた。

「えーと、5日後だな。
 5日後、久根別駅のホームで16時過ぎに待ち合わせね。分かった?」
「分かった...」

カンカンと踏切が鳴りだした。

「ほら、汽車が来るよ。じゃね!」
「じゃ、また..」

やってきたのは二重窓のおんぼろディーゼルカーだった。
僕は低いホームから列車に上がるように乗り、
空いているボックスにリュックを置いて窓を開けた。

「じゃ、気を付けて行ってきてね!」

彼女はそう言うと、
一度だけ小さく手を振って、
すぐに目を反らした。
それがとても大人の仕草に見えた。
僕も何事も無かったように目を反らし座席に座った。
ドアがゆっくり閉まり、
ディーゼルカーは七重浜駅を出発した。
彼女はまたこちらを見て手を振った。
僕も小さく手を振った。

ディーゼルカーは軽快に走っていた。
僕もそのリズムに合わせて“呪文”のように、
「片岡義男、片岡義男」と頭の中で反芻していた。


つづく




※住美代ちゃんと乗った江差線は、1988年3月13日、
 青函トンネルの開通で本州と北海道を結ぶ大動脈路線となりました。
※北海道用の耐寒仕様車輛は二重窓になっており、
 雪が融けた時に滑りにくくするため、床が木張りものが多くありました。
※函館山は夜景の中に「好き」や「ハート」という文字を見つけると
 幸せになれたり、両思いになれると言われているほか、香港、ナポリとともに
 「世界三大夜景」と呼ばれています。



やわらかいからって、何だ!

この背中のところにあぶらが乗ってるのだ。ぷにぷにである。


 わが娘を腕にいだくと、その背中がぷりぷりとあまりにやわらかい。
 8年ほど前からおれんちに住みついている中年女性に「なんかやわらかくない?」と尋ねてみると、「女子のほうが男子よりもやわらかいものだ」と言う。
 年頃の女子の肉体が男子よりやわらかいのは当然だが、そのやわらかみの根っこみたいなものが、ゼロ歳からすでに発しているとは驚いた。
 おどろくと同時に、武者震いするほどしみじみと思った。

かわいいぜベイビー。

 かわいくてやわらかいのはいいのだが、抱いていないと泣く。
 おれはつねづね、全身のバネをくまなく活用して、彼女に快適なだっこ状態をクリエイトする。いや、超快適といってよいだろう。そしてりおはとろ~りとなる。とろ~りを見計らってベビーベッドに置くと泣くのである(置くと泣く件に関しては、ずいぶん前mixiとかいうやつの日記で書きました。参加されてる方は検索して発掘してください。本名登録でございます)。
 泣くのは赤ちゃんの仕事だが、それでも泣き方というものがあろう。
 おれは全身全霊を込めて、まるでイタリア製のソファかのように快適だっこ空間を生み出す父である。つまりだっこ時、りおのステキ指数はプラス100ぐらいはあるはずだ。ベビーベッドに置いたところで、せいぜいそれがなくなる程度。最悪でもプラマイゼロになるだけの話である。
 しかも“置かれてることを意識させない”ように細かなワザを駆使している。ベビーベッドの接触面を体温ぐらいに温めたり、だっこ感を失わないように、置いた瞬間掛け布団(もちろん人肌♡)をかけたり……。

 だが、そんな小手先のワザはりおには1ミリたりとも通用しない。りおというのは、きわめてしたたかな女だ。世間には子どもを床に叩きつけたり、箱に入れてベランダに放置したりする鬼親がいると聞く。りおは、まるでそういう扱いを受けたかのように泣く。ベッドに置かれただけなのに……。
“いまある快適な状況がなくなった”という泣きではなく、生命の危機が近づいているかのような泣き。パンがなければケーキを食べればいいのに、って言った人のことをちょっと思い出す。
 ちょいと背中がやわらかいからといって、調子に乗りすぎである。



『青春十七歳・初恋列車』第一章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第一章「北国の街〜出会い〜」


羊蹄丸の手摺に寄りかかりながら、
夕方から夜へ変わりゆく東京湾の空と海を眺めていた。
埋め立て地の彼方には、
赤と白のクレーンがキリンのように立っていて、
そのキリンの先端で点滅する航空障害灯が目に入ると、
22年前に北海道へ行った時のことを思い出した。



羊蹄丸から見た津軽海峡


汽笛と「蛍の光」(1'39")
再生できませんでした



1985年夏。
僕は夏休みを利用し北海道へ出かけた。
山都駅を午前中の列車に乗り、
山形、秋田を経由し、
青森駅に着いたのは午前0時近くだった。

青森駅の長いホームに降りると一目散に桟橋へ走った。
タラップを渡り青函連絡船に乗り込こむと、
今夜の寝床となるカーペット座敷へ向かった。
この座敷は一人分という区分けが無かったので、
先に荷物などで場所を確保しておけば、
自分の陣地を広くキープできた。
さらに足を伸ばして横になれるので、
グリーン座席よりも快適なことが、
昨年の経験で分かっていた。
カーペット座敷で足を伸ばし、
これから始まる北海道の旅へ期待を込めながら、
美しい青森港の夜景を眺めていた。

出航の汽笛が鳴り響き、
蛍の光が流れ始めると、
青函連絡船3時間50分の航海が始まる。
船が港を離れ安定した運航になると、
船長の放送が始まり、
出航・到着時刻などの案内に続き、
現在の津軽海峡の概況が聞こえてきた。
僕はその案内を聞いているうちに、
海峡の風を浴びたくなり、
座敷を立ち上がって甲板に向かった。

甲板に出ると、
湿った海風に潮の香りが混ざっているのが分かった。
すっきりと晴れ渡った夜空には、
早く流れる白い雲と星たち、
遠くに離れゆく街の光と、
夜空より黒く見える大地が見えた。

甲板には僕と同じ考えの人がいて、
黙って真っ暗闇の海を見つめていた。
手すりに寄りかかり視線を海に向けると、
船首が切り裂いたエンドレスの白い波が海に散ってゆく。
そんな白い波を見ていると、
旅の開放感も手伝ってか、
体と頭から余計な力が抜けてゆくようだった。

しばらく潮風に身を任せていると、
水平線にまとまった光が見えてきた。
恐らく下北半島のどこかの街の灯りだろう。

「あの灯りの中にも、人の生活があるのだ」

などと哲学的になっていると、
海上に鮮烈な灯りが見えてきた。
その灯りはイカ釣り漁船の漁り火で、
漁り火は真っ暗闇の海峡を昼間のように照らし、
その漁り火を瞬きもせずに見てから強く目を閉じると、
漁り火がメンタル・スクリーンに強く残った。

僕は覚えたてのタバコに火を点けたが、
海風のせいでタバコはすぐに短くなってしまう。
今回持ってきたタバコは学校で流行っている、
ラッキー・ストライクというタバコだ。

少し肌寒くなってきた。
僕は階段を降りて船内に戻った。
しばらく船内をうろついているとシャワー室を見つけた。
僕は長旅の疲れを癒すべくシャワーを浴びようと思い、
着替えを持ってシャワー室に行った。
200円を入れて熱いシャワーを浴びていると、
疲れと汗が一気に流れていった。

シャワーを浴びてすっきりした僕は、
カーペットで横になった。
函館到着までの僅かな睡眠時間だが、
これからの長旅に備えてダウンしないよう、
よく眠れるように顔にタオルをかけて目を閉じた。
船の揺れと巨大エンジンの重低音が、
ゆりかごと子守唄のような関係になって
僕は深い眠りに入っていった。

辺りがざわざわしていた。
時計を見た。早朝4時過ぎだ。
津軽海峡の海はどんよりとしたグレー色だった。
窓からは函館山と思われるシルエットと、
奥に連なる山々が見えてきた。
そんな光景を見ていると、
外国に来たような感じがした。
会津から汽車と船に延々と揺られてきた僕にとって、
北海道はまさに外国だった。

僕は洗顔を済まして甲板に出た。
甲板で間近に迫った北海道を見ようと思ったからだ。
港には別の連絡船が停泊していた。
こちらの船が汽笛を鳴らすと、
停泊している船もそれに応える。
この汽笛には何かの意味があるのだろうが、
僕には海に生きる国鉄職員同士の挨拶に聞こえた。

船はゆっくりと桟橋に近づきタラップを降ろす。
僕は一歩一歩意識しながらタラップを渡り、
北海道の大地へ声を出して上陸した。
家を出てから十数時間、
本当にはるばるやって来たぜ、函館なのだ。

僕は大きな荷物を持った旅客に混じって、
函館駅へ向かう通路を歩き始めた。
函館駅から先へ向かう旅客は、
急ぐようにホームの列車へ吸い込まれていった。

僕は行き先を決めていなかったので、
閑散とした待合室に入り、
硬い椅子に腰掛けた。
本来ならば行き先を決めなければならないのだが、
僕はタバコを吸いながらボッーとしていた。
タバコを消して少し寝ようと思って、
目を閉じたその時だった。

「ライターを貸してください」

背後から女性の声が聞こえたような気がしたが、
あまりの眠さで気にも留めないでいた。

「ライターを貸してください」

今度ははっきりとした声が聞こえた。
慌てて振り返ると、
そこにはあどけない顔をした、
高校生ぐらいの女の子が立っていた。

「ライター貸してもらえます?」
「........」
「さっき、タバコ吸っていたでしょ?」

僕は女の子に黙ってライターを手渡すと、
女の子は慣れた手つきでタバコに火を点け、
僕の前に座ってからライターを返してきた。

「ありがとう。内地から来たの?」
「内地?」
「ごめん、本州から来たの?」
「はい...」
「旅行?」
「はい...」
「今の連絡船で来たの?」
「はい...」
「函館観光?」
「いいえ、北海道の鉄道を乗りに来ました」
「列車が好きなんだ。それで、これからどこへ行くの?」
「行き先は決めていないけど、
 5日間ぐらいで札幌、稚内、網走、釧路は行きます」
「へぇ、すごい!」

彼女は僕の頭から足の先まで興味深そうに見てた。
僕も彼女を少しだけ興味深く見た。
彼女の身軽な格好からすると、
とても旅行者には見えなかった。
この人は何をしに早朝の駅に来たのだろうか?

彼女はさっきのタバコを消し、
今度は無断で、
僕のライターでタバコに火を点けた。

「今日はどこ行くの?」
「まだ、決めていないんです」
「じゃ、函館観光すれば?」

僕は疲れていた。
確かに函館近辺ならのんびりできそうだし、
今の状態で長距離列車に乗るのはとても億劫だった。
そんな事を考えながら、
彼女の提案をどうしようかと考えていたら、
僕より先に彼女が口を開いた。

「ねぇ、あなたの家の近くに海はある?」
「山しかないです」
「海、見た事ある?」
「小学校の時と、さっき、船の上から見ました...」
「あんまり見たことがないってことね...」
「はい...」
「今日、ヒマだから案内しようか?」
「え?」
「函館の穴場へ連れて行ってあげるよ」
「汽車に乗れる?」
「大丈夫、汽車にも乗れるから!」
「はい...」
「よし、決まり!」


つづく




*青函連絡船の汽笛の音声ファイルをご提供いただいた
 「想い出の青函連絡船(http://www.geocities.jp/worion_5550/)」
 管理人Orion様に深く感謝申し上げます。
 ホームページでは数々の青函連絡船の写真と音声が発表されています。
*青函連絡船は、1988年3月13日をもって青函トンネルの開通により
 運航を終了しています。



2月2日 今週の朝礼『私小説家』

 我がサイトには「小池さん」と「ニシ」というふたりの小説家がいます。他に「武田篤典さん」という書き手もいますが、彼は今をときめく売れっ子ライターなので、詳細や感想は割愛させていただきます。

 小池さんとニシ。ふたりとも文筆などとはほど遠い職種の人で、そもそもふたりに書いて欲しいと依頼したのは僕の単なる思いつきからでした。
 ところが思いつきなことでも芯を突くことがあるもので、これを直感というのかどうかは別として、とにかく小池さんとニシの文章には味わい深いものがあるから驚きました。
 文章的なことや文法的な事を編集者の僕が言うのもなんですが、基本的には人を傷つけたり誰かに迷惑をかけなければ何を書こうが良いと思っています。でなければ文章のヴァージニティが薄れてしまうからです。プロの書き手ならともかく、ふたりは汚れなき透き通るようなシロウトです。
 
 小池さんとニシ。ふたりには素晴らしい過去があります。勲章をもらったとか、何かで一番になったとか、そういう類いのものではなく、彼らと飲んでいるときに本当に愉快に話してくれる素晴らしい思い出話がたくさんあるのです。
 そんな彼らの朗らかな瞬間を見聞きしているうちに、彼らの言葉には映像がついて、さらにその映像には音楽がつき、流れるような文章がチラついたのです。
 ひょっとしたら言葉というものは文章そのものなのではないのでしょうか? ならば時間とともに記憶から遠ざかり、脳みそにこびりついたとしても事実とすり替わったりする言葉の記憶よりも、文章として記録してみるのはどうでしょう?
 小池さん、ニシくん、文章を書いてみませんか?
「はい、よろこんで」
「ありがとう、では明日からヨロシクお願いします」

 実は僕自身もその昔、あるベテラン編集者のひとことでライターになる決心がついたのです。
「クリちゃん。あなた、そんなにのびのびと愉快にお話できるんだから、そのまま文章にしてみたら?」

 居酒屋でともだちや恋人とお喋りしていることも、家族とこたつを囲んで談笑していることも、すべてが小説なのです。ニュースを見てもネットを見ても暗いことや下らないことばかり。そんな時には自分の記憶の引き出しをかきまわして、ボクやワタシを主人公にした小説やエッセイを書いてみましょう。
 過ぎた自分の時間を旅することは、きっと今起きている現実をより深く視ることにもつながります。

 たとえ今、未来が閉ざされたと思っていてもも、楽しかった過去が在る。
 たとえ今、死にたいくらい哀しい時間を送っていても、楽しかった過去と、そこからつながっている未来が在る。
 思い出したくない過去があったとしても、それを乗り越えて生きている今が在る。
 
 さぁ、文章を書きましょう。自分の人生やあの頃の時間を旅してみましょう。
 すごく人間的なあなたに出会えるはずです。

 読者はあなたひとりでじゅうぶんです。



第4章・安息

 ほぼ1日授業も受けず学校のあちこちでダベっていた俺たちに下校のチャイムが鳴った。丸1日悩んでいても結局結論が出ず、俺たちは学校を出た。
 校舎裏に停めておいたケッタに乗り、フラフラフラフラ走っていると「エイイチ〜」と女子の声が、、、声の主は彼女のヒトミだった。その周りにはヤン姉連合のサトミやトン子もいた。
「なにやっとんだお前等?雁首そろえてよ〜」
 いかにもチェーンやカミソリを持っていそうな女子達に声をかけると
「兄貴(モリ)に聞いたけど、あんたん等も喧嘩行くらしいがぁ〜?マジ?」とヒトミ。
「う〜ん。実際迷っとるんだけどよ〜、タキグチがうるしゃぁで行かなかんだにゃぁかな〜」
 そう答える俺に「ハルも行くの?」と心配顔のトン子がボソッ。
 ハルとトン子は恋仲だった。
「たぶんな。ミチオもカズもケイゾウも行くやろな。あっ、ヨウスケがタキグチの子分気取りで調子こいとるわ」
 そこへ校舎の塀を乗り越えてマリが走って来た。
「ちょっと、ちょっと、ケイゾウに聞いたけどユウジは行かせんの?どうなってまっとるの?」
 チャキチャキ娘のマリが慌ててしゃべる。マリはユウジと恋仲だ。
「ユウジはよ〜、入試もあるしノリ君(兄貴)が行かんでもええって言ったでたぶん行かせんわ」
「なんでぇ、みんな行くんでしょう?ユウジだけ格好悪いがぁ」
 マリは自分の男が喧嘩に参加しない事がカッコワルかったのだろう。
「あのよ〜、行かんで済むならそれが一番ええんだわ。けどそうも言っとれんで行くんだがや」
 俺は正直な気持ちとユウジをかばう気持ちを織りまぜてを話した。
 そんな話が数分続いた後、俺はヒトミを“かおり”に誘った。残りの女子は各々解散しヒトミをケッタの後ろに乗せ俺はかおりに向かった。
 ヒトミをケッタの後ろに乗せて走るのは何日ぶりだろうか?少し前までは毎日こうしていたのに、、、。
 久しぶりの2ケツドライブ。ちょっとだけ嬉しくなってヒトミを茶化した。
「おい、おみゃぁさん、パーマきつ過ぎ(かけすぎ)だにゃぁか?カリフラワーみたいになっとるがや。それとそのメッシュは派手やぞ(笑)」
「あんたが三原順子がええって言うでこうなってまったんだが」
 半分本気でムカついたヒトミのチョークが横腹に入り、その拍子でハンドルが右に左と大きく揺れた。
「キャー、怖いー」「おまえそんな格好してブリッ子すんなや!」
「あんたちゃんと運転しやぁ〜、お兄に言うぞ〜」「ハッハッハッ〜」
 ヤンキー同士だってこんなに可愛い時間はあるのだ。そしてそんな時には、嫌なことなんか忘れて、もちろん喧嘩のことだって頭の中には無い。俺はコイツが好きで、コイツも俺が好き。青春はどんなバカにも平等に与えられる。

 ガラガラガラ。
「いらっしゃい!あれ、エイちゃん今日はアベックだがね」と焼きそばを焼くかおりさん。
「こんちはっす」「先輩こんにちは」横のヒトミもぺこりとお辞儀。
「ヒトミちゃん、ひさしぶりだがね。元気しとった?」
「あっ、は、はい」 
 姉御の一言に固まるヒトミ&ぎこちなく指定席に座る俺たち。
 かおりさんの焼いたお好み焼きは俺たちのぎこちなさを取ってくれる。やっぱりかおりさんのお好みは日本一美味い。
 日本一って言っても名古屋しかしらないから、多分名古屋一。ほんとは名古屋でもかおりさんの店と他に2軒しか知らないけど、そんなことはどうだっていい。要は気持ちだ。ヤンキーに気持ちがなくてどーする? ん? コレって逆ギレ?
 お好み焼きのおかげで止まっていた2人の会話が再開した。
「あの子があーだ、服がどーだ」。機関銃のようにどしゃべるヒトミ。負けじと俺も「どーの、こーの」。はたから見れば学生服とセーラー服着たおばちゃんたちである。
 そんな俺たちを見て「ええねぇ〜あんたら、仲ようて」とかおりさん。
 しばらくして店の外で数人の女子の声が、、、ガラガラガラ。
「こんちは、かおりさん」何者やと振り向いた俺の目に映ったのは、1つ年上のヤン姉たちだった。それもその中に俺の<チェリーボーイ>を奪った先輩(フミエ)の姿が!!!
「先輩、こんちは」席を立ち挨拶するヒトミ。
「あれ、ヒトミだがね。なぁに〜あんたん等付き合っとんの〜?」とニヤリ顔のフミエ。
「フ、フミちゃん、げ、元気しとった?、、、学校、、は?」
 少しバツの悪い俺に「学校?辞めてまったがね。今スナックでバイトしとるで今度来やぁ〜」と、ちょっといじめながら俺に言うフミエ。横にいる先輩女子も冷やかし顔で俺たちを見てた。<いかん、ひじょーに居づらい。いくら俺とフミが昔付き合っていたのをヒトミが知っとってもこういう場面はツラすぎる。一刻も早く脱出せねば、、、>
 緊急事態に頭はパニック!すかさず勘定を済ませ気まずさ全開で店を出た俺たち。
「と、とりあえず家来るか?」
 (居づらかった時間を挽回しようと、ヒトミにゴマをする俺)
「さーね、どーしよーかなっ? ま、ヒマやで行ったげるわ!」 
(ほっ。あーよかった。機嫌直してくれたみたいや)
 なんだかんだ言っても所詮15、6歳のクソガキ。喧嘩の事なんか忘れ、俺の部屋で、今いちばんやりたいことだけしか頭にはないのだ、、、、、

 そんなつかの間のロマンスが、この後起こる大喧嘩の前の最後の安息だった・・・・・・ 

(続)



1月23日 今週の朝礼『あるある大反省』

  『発掘!あるある大辞典Ⅱ』のイカサマ映像が問題となりましたね。制作会社としてはもっともやってはいけないことをやってしまい、それをテレビ局が全国放送してしまい、さらにその番組は好視聴率番組であることから沢山の人が影響を受けてしまい、自分のライフフードスタイルに「納豆」を取り入れたらしいのです。
 スポーツ新聞を読んでいたら、角界にも納豆ダイエットを取り入れた幕下力士がいたらしく、もっともなんで相撲取りなのにダイエットかと不思議に思ったのですが、その力士曰く、単なるダイエットではなく、もっと良質な体質をつくるために効果のある納豆ダイエットをしていたらしいのです。
 ウソはいけません。ひとりに対して言うウソでもいけないのに、何百万人が見入るテレビでウソを流すなど言語道断です。
 テレビ局をかばうわけではありませんが、実際制作会社が丸めたウソを局が見破ることは困難です。とはいえそれを放送した局にも責任はあります。大変なんです、メディアというものは。

 そんなウソつき番組の担当責任者が大切な電波を利用して謝罪していた頃に、九州の宮崎県ではそのまんま東氏が県知事に当選確実になったと報道されました。
 お笑い芸人から県知事に。以前にもアタマのハゲた人がそんなことになって、スケベな事件を起こして知事を降ろされたことがありました。
 そういえば東さんも、10年位前にスケベな事件を起こして芸能界で謹慎処分になりましたね。アタマも少し薄いようです。
 人の記憶ってそういうちっぽけで情けないことばかりはバッチリ覚えているものですから、さぞかし今回の選挙では東さんに逆風が吹いたことでしょう。
 ところが東さんは見事当選。タケシ軍団一の出世頭に。あ、もう軍団やめたんでしたね。
 ニュースで流れる選挙活動中の演説なんか見ても立派なもんです。さすが芸能人だけあってマイクを持ったときの惹きつけかたなんて見事のひとことでした。得意のマラソンパフォーマンも手伝って、自らの足で自分の背中を押すように、確実にゴールへ向かってすばらしい追い風を吹かせていました。

 さて、なぜ東さんは当選したのでしょう? 彼は9年前に実にスケベで情けない事件を起こしたのです。
 みっともない事件を起こして、つい数年前には美人女優と離婚をして、簡単に言うと、スケベで家庭生活もダメな芸能人だったはずです。
 それでも大学へ入り直し、卒業したらまた違う学部へ入り直し、“いつかきっと”という思いのもと、マラソンのごとく、一歩一歩ピッチを刻みながら目標に向かって走ったのでしょう。
 もちろん県知事になったことが彼のゴールではないでしょうが、それでも彼は自分の走りを信じてここまで来たのだと思います。
 スケベ、離婚、走る、スケベ、離婚、走る。スケベ、走る。離婚、走る。走る。走る、走る。

 東さんがどんな公約をしてどんな知事になろうとしているのか詳細は知りません。
 なにせ80にも及ぶマニフェストがあるらしいのですから。
 ただ、いろいろスキャンダルを起こしたお笑い芸人が、地元の県知事に就いたことは事実です。
 もちろんこれからが大切ですし、もしもダメなら「やっぱり東なんかじゃダメだった」って、めちゃくちゃ言われ易い人だと思います。

 でも、とりあえず、今のところ、期待感も含めて、東さんは、宮崎県のリーダーとなりました。
 きっと反省があったからなれたんだと思います。
 やっちゃったこと、バレちゃったこと、ぜんぶ含めて、反省。

 『あるある大辞典』にも、きっとそんな日がやってくると思います。やっぱやってこないかもしれないです。
 新聞では番組打ち切りだの、テレビ局の社長が辞任だのと囁かれていますが、たとえ打ち切りになったとしても、十分に反省し、『納豆ダイエットの巻』以外は本当にためになる番組だったと視聴者が納得できるような終わりなき反省が必要になるのです。それがどんな方法で、などと考えても、視聴者の怒りがヒートアップしている現段階ではきっとなにも考えられないでしょう。
 ヤワな企画ではありますが、嘘偽りのデータを作成し制作してしまったスタッフの謝罪行脚をドキュメンタリータッチで描きつつ、納豆が含有する肉体への新たなる有効成分や食べ合わせ方法等を探求し、最後にそれを発表し、自らの肉体で検証するというのはいかがでしょう。名付けて『反省!あるある大辞典ワンモアチャンス』。番組スタッフは自らの肉体と顔をさらすことで、深い反省とともに、番組の持つ信憑性を甦らせるのです。
 冗談はさておき。
 別に僕はあの番組の視聴者でもないし、あの番組をかばうわけでも復活を願うわけでもありませんが、そういう情けない目にさらされて、そしてそれを乗り越えなければ反省の意味がないと思うのです。

 1月21日、夜9時。そのまんま東さんと『あるある大辞典Ⅱ』。
 互いに長い道のりでしょうが、ひたすら前を向いて走られることを願います。



『発車オーライ!』最終章

『発車オーライ!』 (全四章)
最終章「発車オーライ!」



向かって右が田崎さん。


群馬の会社に就職後、
私鉄に受かった2名と会う機会があった。
彼らは、僕に配慮するわけでもなく、
僕に鉄道の仕事話をおもしろおかしく話した。
僕は黙って聞くだけだった。

その後、群馬の会社を辞めて、
渋谷のレコード屋に勤めた後、
京浜急行の保線社員を受験した。

当時はバブル全盛期。
「保線」という職種は、
いわゆる「3K」と呼ばれた職種だったので、
僕は難なく合格した。
しかし、
初めての肉体労働に音を上げて辞めてしまい、
すぐに現在の会社を受験して、
1990年10月に僕は駅員になった。

入社後のある日、僕は改札に立ってた。
すると、
どこかで見覚えのある顔が改札を通った。
一瞬、お互いの目が合った。
その顔は例の私鉄男だった。

「小池!何でここいるんだ!?」
「やっと、お前らに追いついたよ。
俺が先に車掌になるからな」
「あはは。お前ってしつこいやつだな」
「しつこいと言うな、頑張ったと言え!」

その後、彼らには会うことは無かったが、
僕はすぐに車掌になり、
少しずつ仕事を覚えて充実した日々を過ごした。
でも、仕事に余裕が出てくると、
仕事と趣味の違い、
いや、
理想と現実、
ということに僕は気付いた。
しばらくはその事は考えないようにしていたが、
仕事で何かがあるたびに、
ひどく落ち込む事がしばしばあった。

それから数年後、
僕は休暇で実家に帰った。
久しぶりに押し入れを整理していたら、
山都駅で働いていた田崎さんの写真が出て来た。
ずっと写真を見ていると、
思いがけない感情が湧き出て来た。

家にも帰らずに駅の雪を片付けていた田崎さんに比べて、
今の自分は何なんだ!
そんな気持ちが出たと同時に、
顔は涙でぐしゃぐしゃになった。

そして、僕はこんな事を考えた。
とても浅はかであるが、
田崎さんに会いに行って、
今、僕がしている仕事の報告すれば、
何かが変わるかも知れない。

翌日、
僕は友人と田崎さんの住んでいる町の町役場へ行った。

「あの、田崎さんという方の住所を教えて欲しいのですが.....」
「プライバシーの保護で住所は教えることができないのです」
「そうですか....」
「でも...」
「はい?」
「その方はこの町には居ませんよ。転居されています。
本当はこれも守秘義務があるんですがね」

窓口の若い女性の言っていることは正しかった。
大体、今になって「会いたい」というのも虫がいい。
僕はそんな軽薄さを恥じらいながら役場を後にした。

家に帰ってきて、
中学の時に撮った写真を飽きずに見ていた。
そんな写真を見ていたら、
好きな事に夢中になっていればいいという、
昔の事を思い出した。
あの頃は、
ごはんも食べずに鉄道の写真を純粋な気持ちで撮っていた。
それに比べて今の俺は、大好きな鉄道に入りながらも、
仕事と趣味の違い、そして理想と現実に戸惑っている。
あの頃のピュアな気持ちはどこへ行ったんだ?

そんなネガティブな気持ちでいると、
お母さんが「電話よ」と呼びに来た。
電話は一緒に役場に行った友達からだった。

「あのさ、妹から電話あってさ」
「そんで」
「うちの妹、さっきの役場の子と同級生でさ」
「そんで」
「田崎さんの住所を教えてくれたよ」
「本当!?」
「その窓口の子さ、勤務時間が終わって、
たまたま田崎さんの引っ越し先を見たんだって、
そんで、クビ覚悟で住所を教えてきたんだよ」

友達は、田崎さんの住所をゆっくり教えてくれた。
転居先は県内だが、かなり離れたところだった。
僕はすぐに手紙を書いた。
何から書いて良いのか分からなかったので、
便箋を何枚もダメにした。
でも、なんとか文章らしくなった。

  ご無沙汰しております。
  昔、山都駅でお世話になりました小池です。
  覚えていますか?
  今でも、一緒に食べたラーメンの味が忘れられません。
  僕は、本当は田崎さんと山都駅でお仕事がしたかったです。
  実家に田崎さんの写真がたくさんあります。
  今度、焼き増しして送りますね。
  それと、
  今、僕は東京の私鉄で車掌をしています。
  会社は違うけど、おなじ職種です。
  僕は田崎さんに会いたいです。
  お元気で

僕は誤字脱字だらけの手紙を投函した。
返事が来て、田崎さんに会えるのなら、
休暇を使って会いに行こう。
僕はカレンダーを見て、
いつ休もうか検討した。

数日後、
仕事から帰ると、
僕に手紙が届いていた。
裏を見ると田崎と書いてある。
僕は部屋に入り、
丁寧にハサミを入れた。

  『初めまして、小池宏康様。
  ご丁寧にお手紙有難うございました。
  久男こと、私の主人が亡くなっているので、
  お手紙を開封しないでお返しした方が、
  いいものかどうか戸惑いましたが、
  開封させていただきました。

  主人が山都駅でお世話になっている時のように受けとめましたが、
  当時、うちの主人こそ貴方みたいな心の持ち主に大きな希望を持ち、
  優しい少年に出会えて、お勤めすることに大きな励みとなっていた事でしょう。
  あまり体の丈夫な人ではなかったので、
  あの頃から体調が優れず、持病で悩んでいました。

  山都駅を辞めてから腎臓病が発病し、
  昭和60年から透析を週三回受ける身となり、
  一年間、会津若松の病院に通院して居ましたが、
  色々な事情で白河に移り、
  娘達夫婦と一緒に生活することになりました。

  白河に来て8年目の1月31日、
  合併症の腸閉塞を起こして、亡くなってしまったので、
  今の世にしたはまだまだ早死の様に思えるのですが、
  68歳でした。

  元気で貴方のお手紙を受け取る事が出来たなら、
  どんなにか喜び目を輝かして返事を書いていたことでしょう。

  ごめんなさいね、代筆で。

  でも、この厳しい世相に、
  自分の意志で鉄道職場に就かれたこと、
  とても立派だと思います。

  健康に注意して、
  まだまだ若い洋々たる若人小池さん、
  大きな夢に向かって進んでください。
  頂いたお手紙も仏壇に供えましたので、
  「俺の後輩よかったな、頑張れよ」と言っているかも。

  色々な手をつくして住所を探していただいたけれど、
  主人が居ないからとは言わず、
  お手数かけますが、
  久男の写真を頂きたく存じますので、
  機会がありましたら送って下さい、
  お待ちしています。

  小池さんのお手紙で何だか知らないが、
  泣けて泣けてたまりませんんでした。

  手紙の末筆のくだりの、
  『お元気』での処を、何回も読み返してごめんなさいね。かしこ』


差出人をよく見てみると、
「田崎アイコ」と書いてあった。
その瞬間、声が出なくなって、
鼻から大きな息を吸った。
吸った息が目の後ろ側に届いたように感じた瞬間、
手元の写真が滲んで見えてきた。

田崎さんの制服姿、冬休み、雪、山都駅、ラーメン、
昔のいい思いでが頭をよぎった後、
今の自分の状況も入り交じり、
どうしようもない悲しみと自分の情けなさで、
胸がいっぱいになった。

その後、
僕は田崎さんの写真を奥様にお送りしました。
返信のお便りには、
「あまり、見る事がなかった仕事中の写真なのでとてもよかった」
と書いてありました。

しばらく年賀状のやり取りが続いたあと、
2003年、田崎さんの奥様と会う事ができました。
そして、ようやく天国の田崎さんに報告することができました。

「40人中40番でしたが、なんとか鉄道へ入りました。
そして、時々、立ち往生もしています。
僕は田崎さんのような立派な駅員ではないけど、
田崎さんが僕にしてくれたことができるような駅員になりたいです」

僕はお仏壇の前でそう誓いました。


おわり。



『発車オーライ!』第三章

『発車オーライ!』 (全四章)
第三章「夢に向かう各駅停車」


高校に入ると、
僕は髪型を藤井フミヤっぽくした。
高校で新しい友達ができて、
放課後は駅には寄らなくなってしまった。
おこづかいは鉄道模型の代わりに、
レコードになってしまった。

しばし、
鉄道から音楽へシフトした高校生活を送っていたが、
町の公報誌で山都駅が昭和60年(1985年)3月14日に、
無人駅になる事が書いてあった。
ちなみに、その翌月の4月1日には電々公社がNTTに、
専売公社がJTになり、日本の公社が相次いで民営化された。

山都駅の無人化は、町民の間でも話題になった。
「町の玄関である駅が無人化とは!」
「非行少年の溜まり場になる」
そんな意見もあったようだが、
結局、町役場が町の人を採用し、
その人たちが切符を売ることに決まったが、
駅に制服を着た人がいないのは、
結局、無人駅と一緒だと思っていた。

山都駅が無人駅になる前日、
僕は田崎さんと斉藤さんの仕事を見に行くと、
二人は淡々と事務室の後片付けをしていた。

「おい、これ持ってけ!」

古い時刻表が出てくる度にこんな台詞が出て来た。
たくさんのお土産をもらった僕は、
「そろそろ帰ります」と言って、
さよならを行って駅を辞した。

翌日、駅に行くと、
私服を着た近所のおばちゃんが窓口に座っていた。

「あの、ラッセル機関車の来る時間って分かります?」
「え?ラッセルって雪をかく機関車?」
「はい」
「あのね、私たちは切符を売ることと、トイレの掃除だけしかしないのよ。
そういう情報は関係ないのよ」
「そうですか」

僕はがっかりしたわけでもなく、
家に帰って、
借りてきたレコードを聴いていた。

その後、
僕は高校3年になり就職する時期になった。
早速、進路相談室で鉄道会社の採用を聞いてみた。
先生の話によれば、
国鉄は1986年4月からJRになり、
現状ではとても人が多すぎるので採用どころではない。
しかし、私鉄なら募集があると言う。
先生はそう説明した後、僕の成績を見た。

「あなたは40人中40番目ね。それじゃ受からないわよ」

僕は、そんな成績でもどうにかなるだろうと思って、
「ライオンズ」というプロ野球球団を持っている会社を受験した。
学校の定員枠2名で受験者は3名だった。
彼ら2名は野球部所属で成績優秀。
それに比べて僕は帰宅部。
それでもダメ元で試験を受け、
数日後に試験の結果が電報で来た。

「ゴキタイニソエズ、セイブ」

初めて社会というものから、
僕自身が評価された。
正直、ショックだったが、
後日、3次募集で群馬の中小企業に就職した。
とにかく、どこかへ行けば、
鉄道の仕事に就けるかもしれない。
そんな漠然とした気持ちで汽車に乗り、
ふるさとを後にした。



第3章・葛藤

ここまでの登場人物。               
                                      
かおり
お好み屋の看板娘であり中学の先輩で俺たちのマドンナ的存在当時21歳。この事件の2年後結婚、その後の消息はわからない。

アオキ
3つ上の先輩で当時鉄馬(単車)を乗らせれば天下一品だった伊達男。その後は物語り後半で。

モリ  
2つ上の先輩で絶大な力を持つアオキの腹心。俺の元カノの兄でもある。今でも地元に居るとか。

ノリカズ
親友ユウジの兄。アオキやモリその他の不良、俺たちに多大な影響(単車、4つ輪、音楽)を与えた伝説の不良。

マサシ
かおりの同級生。先輩であったが年が離れすぎていたため詳細はわからない。顔面凶器。

ユウジ
俺の転校後(小5)最初に仲良くなったヤツ。ノリカズの弟で不良発信基地。現在父の家業をノリカズ、コウゾウ(弟)の3人で継ぐ。

ヨウスケ
同級生でちょっとおっちょこちょいなヤンキー。高校進学後も多々揉め事を起こし、その都度助け舟を出し俺たちを困らせた。

ケイゾウ
同級生。見た目は温厚だが喧嘩は強い。7人兄弟の次男坊。ある時相手に大怪我を負わせて以来不良から遠ざかる。

ヨシモト
1つ上の先輩。モリの腹心で義理事や上下関係にうるさい。後輩の面倒見はいい。現鉄工所経営。

そして、

俺(エイイチ)
この事件後中京高校に入学。何故か応援団に入り団長として甲子園も経験。卒業後料理人を目指したが飲食業界が水に合わず鳶職に転職。現在に至る。


第3章からの登場人物。

ヨシカワ
アオキとコンビを組んでいたド不良。2年後弟のマサルと車に同乗中に事故死。

タキグチ
1つ上のパチンコ屋の息子。自分の名声や損得勘定で人を嵌めるカッコばかりのキザ男、いけ好かない先輩。地元から消える。

タケシ
同級生でお人好しの在日韓国人。5つ上の兄が当時の朝鮮高校の総番長。

ハルヒコ、ミチオ、カズヤ
同級生。超悪仲間。

サトミ、マリ、トン子、ヒトミ
同級生のヤンキー女連。ヒトミは当時の俺の彼女でモリの妹。


尚、登場人物の名称はすべて仮名です。(俺を除く)






第3章「葛藤」


 家に戻った俺は何をするでもなくボーっとレコードを聴いていた。ただ腑に落ちない点は先輩のタキグチがエライ剣幕で怒鳴り散らしていたことだった。「アイツが絡むとロクな事がないなぁ〜」とぶつくさ言いながら、、、。

 しばらくすると電話が鳴った。「ピーッピーッピ」
 部屋にあるインターホン(技術の授業で作った物)が鳴る。
「あんたぁ、ユウジ君から電話や、切り替えるからな」
 母親がそう言って親子電話を切り替えた。
「もしもしエイイチか、兄貴にアオさんの事と今日の夜の集合の事話したらよー、『行かんでもええわ』って言うんだけどよー、どしたらええきゃ?」
「うう〜ん。ノリ君が言っとんならええんだないきゃ。それとタキグチが絡んどるで嫌な予感がするんだわな」
 、、、、、、、、「そうやユウジ、この前借りたカセットがあるで取りに来いや」「ほうだな、暇だで行くわ」。
 ガキ同士の長電話より顔見て話す方が早い。
 電話を切ると10分ほどでユウジが家に来た。時刻は6時になろうとしていた。

「こんちは、おじゃまします」
「あれ、ユウジ君久しぶりやなぁ。公立受けるんやろ、がんばりや」とリビングから母親の声。
「まあええて母ちゃん、ユウジ早よ入れ」。話に加わろうとする母親を振り払いユウジを俺の部屋へ強制連行。
「おっ、アナーキーか。銀蝿よりええなぁ」「そやろう、銀蝿はウソッぽいでかん。カッコばっかやろ」「ほんでもおみゃあさん、銀パン(横浜銀蝿の白いドカンズボン)持っとるがや」「あれはファッションだて。アナ−キーの国鉄職員の制服は無理やろ」。
 どこでもある会話で盛り上がる俺たち。そして本題突入。
「ところでどうするんやエイイチ、おみゃあ行くのか?」
「とりあえず行くわ、あとでタキグチが何言ってこすか解らんでなぁ」
「そうやなぁ、あいつ何かと根に持つタイプやで」
「ユウジはええがや、ノリ君が行かんでもええって言っとるんだで。タキグチや他の先輩も文句言わせんだろう、ノリ君が言っとるんだで」
 アナーキー&銀蝿のときとはコロッと変わりしかめっ面の俺たち。
「そや、ケイゾウに電話してみるか」そう言ってリビングに電話を切り替えに、、、。すると親父が「何をコソコソしとんねん、ここでかけたらええやないけ」。
 逆らうとどんなヤンキーよりも怖い親父の言葉は法律よりも厳守である。俺は仕方なくリビングからケイゾウに電話をする。
「もしもしヤマグチさんですか?・・・なんやケイゾウか。おまえさん夜どうすんや?・・・解った、ほな後でな」
 電話を切り部屋へ戻ろうとする俺にまたしても親父のドスのような誘導尋問。
「何を悪さしよ思とんのや、どこ行くねん?」
「別に、ツレとゲーセン行くだけやんけ」
 親父の顔をまともに見れない俺(バレたか?)
「さよか」。鬼の顔が疑いで余計に怖くなる。親父にビビってる暇はない。部屋にいるユウジに電話の内容を話し、またもやどうするこうすると思案する。

 時刻は6時半、刻々と迫る集合時間。
「ぼちぼち行こかな、ユウジおまえさんどうするんや?」
 いまだ迷っているユウジも渋々「とりあえず行こかな」。
 2人が部屋を出て出掛けようとした時リビングから文字では優しそうだが実際はドスの利いた声がした。
「カワダ君(ユウジの苗字)、まだ入試があんのやろ?アホな事には首突っ込んだらあかんで!」。
 頭を掻き決まりがバツが悪そうなユウジ。そして俺には
「エイイチ、何をするのか知らんけど中途半端な事なら端からすなよ、それと友達巻き込むな、ええか!それが出来んのなら家に居れや」
 何かを察するような鋭い言葉が背中を突き刺した。
「なんもないヨ、ちょっと出掛けるだけや」。なんで“ヨ”なん?それだけでバレバレやろと苦い思いをしながら慌てて玄関を出た。
 辺りはすでに薄暗くなっていた。

 ケッタをこぎゲーセンを目指す2人の背後から大きな声が、、、。
「お〜い、エイイチ、ユウジ〜」。振り向くとケイゾウが原付に乗って手を振っている。
 ビ〜ン、ビビビ。「どしたんやケイゾウ原チャリなんか乗って」。
 パッソーラにまたがり得意満面のケイゾウ。
「姉貴のがあったで勝手に乗ってきたった。これで行こまいか」。
 思わずユウジと顔を見合わせニッコリ。ケッタを近くのおもちゃ屋の前に置き、原チャリ3ケツにていざゲーセンへ。
 途中買い物帰りのおばはんや信号待ちの車の運転手がしかめっ面で俺たちを見る。そんな視線が俺たちを余計に熱くさせる。
 オリャー、ドワゥオーッ! アフリカの原住民のような大声で何かを叫びながら、そしてどこかに青春の清々しさを感じながら3ケツ暴走族は風を切った、、、。

 間もなくしてゲーセン前に着くと、さっき病院前で見た4輪が2台と単車が数台停まっていた。
「なんだぁ、さっきのパンチとかアフロがおるんか?」とユウジに言うと「パンチ?アフロ?なんやそれ」とケイゾウ。数時間前の病院前の出来事を説明すると「なんか嫌な感じやなぁ、あっ!あれタキグチの単車やないのか」ピッカピカの単車を指差しケイゾウが言った。
 ゲーセン前でだべっていると、ボーッ、ボンボー、ブォン、ブォンと直管マフラーの凄まじい爆音が、、、。ヨシモト先輩だった。
 「よぉ〜、お前等も来たんか?べつにええんだぞ」「いや、タキグチ先輩に来いって言われましたから・・・・」「そっか、でもなちょっと厄介な事やぞ。お前等高校行くんやろ・・・」と意味深な言葉がヨシモト先輩の口から。
 顔を見合わせる3人。そんな3人に「とりあえず話だけでも聞いて帰るか」と先輩に背中を押されゲーセンの中へ。
 暗い店内に誰が居るか解らずキョロキョロしていると「遅いぞ!おみゃぁら!」とタキグチの怒鳴り声が、、、。
「スンマセン」とペコリ。
「何を苛こいとんだタキグチ、おまえ何を仕切っとんだたわけ!」と後から入ってきたヨシモトが言った。
「おっおお、ヨシやんか」
 喧嘩や統率力でかなわない同期のヨシモトに一瞬怯むタキグチ。

 そんななか「まあええやないか、身内で揉めるなや」とさっきのパンチが割って入った。店内の暗さに目が慣れ辺りを見渡すと、ハルヒコ、ミチオ、カズヤ、ヨウスケの同級生に2つ上のモリ君の同級生が数人、それとアオさんやかおりさんの同期の連中と狭いゲーセンの中に20人程の不良がいた。
 そして店の隅には何故か隣の中学の不良までが4、5人立っていた。
 しばらくするとマサシ(パンチ男)が話し始めた。
「ええかおまえ等よう聞けよ。アオキがやられた事は知っとんな。その相手を調べたら港のヤツ等らしいわ、ほんでなぁ、そいつらは、愛国○○会のイケイケ集団(十○夜隊)や!やられたらやりかえす!ええな!○翼やからってびびるなよ!きっちり仕返ししてわし等の地元がイチバン強いの見せたれ!ええな!」

 アオさんをやったヤツ等が判明した。しかしそれは名古屋南地区(港、南、熱田、中川)で名を轟かせる、○翼二次団体・十○夜隊だった。
 まだ中学生、15歳の俺たちにはとてつもない相手であり恐怖感さえ覚えた。そして当事者のアオさんやモリ、ヨシモトを差し置いてマサシに肩を叩かれたタキグチがしゃべり始めた。
「先輩方が言われたように、やられたらやりかえす!そのやり方やけどなぁ、まずあいつ等の行動、車や事務所を潰す。その後タイマンや集団での喧嘩に持ち込む。他の学区や友好のあるチームにも声は掛けた。けどなぁ俺たち地元が集まらな恥ずかしい。今日ここに居る者はもちろんの事、ツレや仲間に声を掛けてもっと人を集めてくれ」
 マサシに吹かれたのか普段より威張り散らすタキグチ。
 そしてマサシがさらに俺たちを引き締めるために口を開く。
「やるのは明後日の夜。電車道(昔市電が走っていた通り)のボーリング場跡に10時に集合や!わかったな!」
 横にいるタキグチやマサシの同級生は拍手までしていた。当のアオさんやモリは困惑顔、、、そして俺たちも、、、。
 ゲーセンを出た俺たちに「おい、こっち来い」とアオさんが、、、。
 ゲーセン裏の空き地に呼ばれた俺たちに「ええかおまえ等、こんな事になるとは俺もモリも知らなんだ。来たらあかんぞ、高校も就職もパーになってまう。マサシ君やタキグチがああやって言っとるけど俺が言っとくで絶対来たらあかんでな!」
 後ろに立つモリ君も頷いていた。
「さあ、早帰れ。ユウジ、ノリカズ先輩に申し訳ないって言っといてくれや」。
 アオさんやモリ君はまだ中学生の俺たちを巻き込みたくないと説明してくれた。

 俺とユウジ、ケイゾウが原チャリで帰ろうとしていると、タキグチに呼びつけられていたヨウスケがゲーセンから出てきて俺たちに近寄ってきた。
「何を言われとったんや」ケイゾウが言った。
 するとヨウスケからとんでもない言葉が、、、。
「もし、もし明後日来んかったら全員ヤキ入れるらしい。ほんで『地元に居れんようにしたる、関係ないヤツや親には絶対内緒やぞ』って言っとった」
「タキグチがか?」
 ヨウスケを睨みつけ俺が詰め寄ると
「そそ、そうやてタキグチ君もマサシさんもや」。
 アオさんやモリ君の言葉にホッとしていたのも束の間、またまた俺たちは窮地に。
「とりあえず帰ろまい」ケイゾウがポツリと言った。
 3ケツ原チャリの帰り道には言葉も笑いも雄叫びもなかった。

 部屋に戻りベッドで仰向けになり、行くか?行かんか?と悩む俺。
 暫くしてユウジから電話が、、、。兄貴(ノリカズ)にも話せずどうしたらいいか悩んでいると言う。そんな葛藤が続きなかなか寝つけない。
 気がつけば朝。何か情報や動きがあったらと久しぶりに学校へ向かう俺。
 学校に着くと昨日いたユウジを除いた連中が階段下の踊り場でなにやら話していた。ここでも行くか?行かないか?の相談である。
 授業も受けずほぼ丸1日悩んでいた俺たちに、翌日の集合が刻一刻と迫っていた。

(続)



1月11日 今週の朝礼『東京タワー』

 リリー・フランキー役が速水もこみちだと?とりわけ映画ではオダギリジョーがリリー氏を演じるなんて、そんなバカな?と1ミリでも思っている人は修行が足りなさ過ぎます。
 どうしてこうまでして『東京タワー』なのかをいちどゆっくり考えてみたら、それがもこみちでありオダジョーであることにまったくもって必然であることに気づくはずです。

 この腐りきったコンクリートとCO2の街で、いったい東京というものはどこに行ってしまったのだろう。 
 知らないうちにニューヨークシティよりも物騒になったこの街の住民は、いつしか兄が妹を切り刻んでゴミ袋に詰め込んでも仰天している時間はせいぜい一週間ぐらいなものになってしまった。あまりにも凶悪で残虐な事件が頻発し過ぎて、その事件の醜さや愚かさに慣れてしまった我々は、もはやその感覚さえも麻痺して今では不感症寸前である。
 人が人を殺す。生きる為に生まれて来たその人の時間に強引に終止符を打つ。同じ腹から生まれてきた者同士がやがて殺す側と殺される側に分かれるのは単に運命の悪戯か?だとすれば僕は運命を恨み拒み続ける。そんな日本人を見て東京タワーは泣いている。てっぺんからその姿と同じ赤い涙を流している。

 東京タワーに上ろうなんて考えは必要ない。
 東京タワーはそっと見上げるためだけに突き刺さっているものなのだ。
 どうしてもタワーに登りたかったら、そこから眼下を見下ろすことでどれだけひとりの人間がちっぽけか気づけば良い。富士山も東京湾も見えるその場所から見る人間の命の小ささと尊さ。
 ちっぽけな人間はみな平等だ。平等だから恋も友情も尊敬も信頼も誕生する。
 そこにちょっとしたエゴやズレが生じると、犯罪や差別が芽を出し、やがてタワーよりも背を伸ばす。
 そんなあたりまえのことを忘れ、後悔と懺悔の中でもがく馬鹿者たちの尻を叩くためにタワーは聳えている。
 だから東京タワーは母なのだ。

 偉くなくとも正しく生きる。正しく生きるとは、自分は人の中に生きているという考えである。
 自分が自分でありたいように人もまたひとであり続けたい。
 それが人間ぞ。それが命ぞ。

 速水もこみちとオダギリジョー。当代一の人気者が、彼らを見ただけで頭の中が空っぽになってしまう単細胞な脳トレできていない現代人たちに、人間としての当たり前を説く為に、彼らはリリー・フランキーを演じる。国民を魅了するスター俳優がマー君を演じることは、病みきった平成19年の始まりには、必然過ぎたのである。



『発車オーライ!』第二章

『発車オーライ!』 (全四章)
第二章「ときめきのラッセル車」





田崎さんは窓口で切符を売っている。
山都駅には駅員は一人しかいないので、
厚紙のような硬券切符に、
その場で「パチン!」とハサミを入れる。

汽車時間になっても汽車は来なかった。
田崎さんは待合室に出て来て、
「あのー、汽車よぉ、雪で遅れているみだいだ。
今、電話で聞いてみっから」

待合室の人は
「新潟のほう、いっぺ(たくさん)雪降ったからな」

再び田崎さんが待合室にやってきて、
「あのな、汽車よぉ、今さっき隣の駅を出たみでだ」

医者通いの老人達は、別に驚くわけでもなく、
「そうがよ(そうなんだ)」
と言って病院の評判を続けた。

しばらくして、
駅事務室の列車接近ブザーが鳴った。
老人や学生はホームに出て、
汽車が来る方を黙って見ている。
僕もホームに出て汽車が来るのを待った。

遠くからディーゼル機関車の音と、
客車のジョイント音が聞こえてくると、
真っ赤なディーゼル機関車がやってきた。
機関車は線路の雪を押して来たので、
顔中が雪まみれになっていた。

汽車が着くと田崎さんが、
「一緒に荷物を取りに行こう」と言う。
この列車には荷物車と郵便車が連結されているので、
どこかの街の誰かから送られてきた荷物を取りに行くのだ。

荷物車に行くと、
鉄格子の入っている重圧な扉が開いている。
既に、
荷物車掌はホームに荷物を降ろしていた。
荷物車掌は僕の顔を見るなり
「おやおや、山都駅は見習いさん付きかね。
でも、荷物は一つしかないよ」

今日の荷物は小さな段ボール箱ひとつだけだ。
近年はトラック輸送の宅配便に、
随分押されていると聞いていたが、
ここまでひどい状況だとは思わなかった。
荷物車の中に目をやると、
布団袋とみかん箱が3箱だけだった。
それに対して荷物車掌は2名いる。
そんな状況に少しだけ心が傷んだが、
それでも僕は小さな段ボールを大事に抱えて、
事務室に戻った。

その後、雪は小康状態になり、
この時を見計らって除雪作業が始まった。
保線管理室の職員はトラックに乗って出かけた。
駅には、町在住の国鉄OBが数名やってきて、
スコップだけの人海戦術で雪を片付ける。
13時から15時近くまで汽車はやってこないので、
この2時間が勝負なのだ。

ホームに積もった雪を片付け、
凍てついた氷はツルハシで砕き、
塩化ナトリウムを捲いて凍結を防ぐ。
そんな地道な作業を黙々もくもく。

作業が一段落すると、
作業員が事務室のストーブの周りにやってきて、
お茶を飲んで一服する。

「むかしな、たしか昭和38年にサンパチ豪雪ってあってな、
そん時なんか、この駅の線路は全部埋まってしまってな...」

僕はこの手の話が好きだ。
雪は鉄道にとって最大の敵だけど、
作業員もどこか楽しそうに話している。

作業員が帰ってしまうと、
山都駅に静寂が訪れる。
どんよりとしたグレーの空は、
いつしか真っ黒になり、
百葉箱の気温計はどんどん下がってゆく。

「雪が降らない分、冷えるな」

田崎さんは石油ストーブの火力を強くした。

そして何気なく、
「今日、ラッセル機関車来るみたいだぞ」
「本当ですか?でも、雪は止みましたよね」
「雪が止んでも、明日降れば汽車が止まっちまうよ。
ラッセル機関車が来るのは20時頃だな」
「20時か.....」
「それなら駅に泊まればいいべ」
「僕が駅に泊まってもいいんですか?」
「あー、いいよ。お母さんに電話しな」
「分かりました」

僕は母に電話した。
「高校には行かないで、そこに就職すれば」
母は電話を切った。

田崎さんは18時の汽車が行った後、勤務が終了する。
制服を脱ぎ、顔を洗い、布団を敷き、
どんぶりに白いごはんを盛って、
ストーブの上で温めたみそ汁をかけた。
おかずはお新香だ。

「さ、食べろ!」
「一日、お疲れさまでした」
「んだ、駅の仕事も大変だべ?」
「はい」
「お前さんが高校を出たら国鉄に就職しろ」
「でも、40人中でビッケですよ」
「そんじゃ、ムリだなぁ。
だけど、その前にここも無人駅になる話もあるんだよ」
「まさか、いくらなんでも無人ってことはないでしょう」
「無人どころか、国鉄も赤字で無くなってしまうかも」

田崎さんは茶碗を洗って、
「俺、先に寝るからな」
と、立て付けの悪い畳部屋の戸を開けて、
寝床に入った。

僕は事務室でぼんやり過ごしていた。
時計のカチカチ音、
石油ストーブの一定した送風音、
線路が冷えて「ゴトッ」という音が、
聞こえてくる。

僕ホームに出てみた。
ピーンと張りつめた空気、
凍てついた線路を、
ホームの照明が照らしている。
もう、田崎さんは眠ってしまった。
そう思うと、
僕はここの駅長になった気分になってきて、
鏡になった窓ガラスに敬礼をした。

誰かが今の僕を見たら、
きっと変なやつと思うだろう。
そんな冷静な自分もいたが、
ずっと、
ガラスの中にいる自分に敬礼をして満足していた。

時計を見ると、
だんだんラッセルがやってくる。
三脚にカメラをセッティングしてホームで待つ。
ストロボは使わないで夜景のムードで撮影しよう。
最近、覚えたてのスローシャッターに挑戦するのだ。

「ん?」
遠くの山々からエンジンの唸る音が一瞬だけ聞こえた。
その重低音は僕をじらすように、
聞こえたり、聞こえなくなったりする。
その後、一定の重低音が聞こえてきた。
通常の列車のように編成は長くなく、
たった一両のラッセル機関車だけなので、
とても特徴のある音だ。

僕は、線路か夜空か判別できないところを凝視していた。
すると、
暗闇を切り刻むような強烈な光が見えた。
その光は複数のライトを点灯しているので、
今まで見た事もない輝きだった。
でも、
強烈な光は止まっているようにも見える。
恐らく超低速で走っているのだろう。

「ピッーーーー」

甲高い汽笛が鳴る。
ラッセル機関車は、
時速20キロくらいのスピードでやって来た。

薄暗い運転室には数人の職員が乗っている。
機関士は制帽を被っているが、
機関士以外の職員は、
全員ヘルメットを被っている。

ラッセル機関車の前面には、
あまり雪が付いていなかった。
昼間に線路の雪を片付けたので、
あまり仕事はしてこなかったようにも見える。

僕はレリーズを持っていないので、
息を殺してシャッターを押す。
フィルムも少ないので節約しなければならないが、
数ショットを撮影した。

ラッセル機関車は、
山都駅で十数分の停車時間があるので、
職員は駅前の自動販売機でコーヒーを買って、
一服している。

そうちの1人がヘルメットを脱いで、
僕に話しかけて来た。

「写真撮りか?」
「はい」
「何でラッセルが来るのを知ってるん?」

ラッセル機関車は新潟から来ているので職員は新潟弁を使う。
僕は「田崎さんから聞いた」というのをグッとこらえて、

「雪がたくさん降ったから、来ると思って...」
「そうか、新潟のほうは雪がひどいぞ。
特に北陸のほうはダメら、会津は少ないな」
「雪で鉄道が麻痺しているのはNHKのニュースで見ました」
「でも、お前はモノ好きな。
普通は華のある特急とか人気あるんらろ?」
「いえ、僕は貨物とかラッセルとか地道に働く機関車が好きなんです」
「ほー、それは良かったい。今度は未明の2時に帰ってくるろ。写真撮るか?」
「さすがにムリです」
「じゃ、気を付けて帰れ」

ラッセル機関車は、甲高い汽笛を鳴らして出発した。
僕は真っ赤なテールランプをずっと見ていた。

僕は事務室に戻りストーブを消した。
そして、
田崎さんを起こさないように、
立て付けの悪い引き戸を開け、
布団にもぐった。

駅の初泊まりはとても興奮して、なかなか眠れなかった。
天井の木目が人の顔に見えたので、僕は布団の中にもぐった。
駅の布団は家の布団と違って、
大人の匂いがした。

翌朝、
田崎さんはどんぶりに白いごはんを山盛りにし、
ストーブの上でサッポロ一番を煮ていた。
おかずはシーチキンの缶詰にお新香の豪華版。
家では朝ご飯などロクに食べないくせに、
駅のごはんは一瞬のうちに平らげてしまった。

「ラッセル見たか?」
「はい、初めて見ました」
「それは良がった。あぁ、なんだべ、今日も雪だな」
「はい」

内心、雪で嬉しかったが、
家に帰っていない田崎さんの前では、
喜ぶわけにもいかなかった。

そんな山都駅に入り浸りの後、
汽車で通える隣町の高校を受験し、
僕はかろうじてその高校に合格し、
汽車で通える高校に行けて良かったなと、
担任の先生に褒められた。



1月1日 新年の朝礼『書き初め』

 あけましておめでとうございます。
 平成19年がやってきましたね。あたらしい年の始まりはなんともみずみずしいものです。
 今年はどんな年になるのでしょうね。素敵で幸福なことばかりを想像していても大概は暗いニュースからはじまるものです。うかれきった新春特番の裏では悲劇的なニュースが淡々と流されて、なんだよ年の始めにと嘆いたりするものですが、それはきっと気が抜けたり油断しているから起こることが多いのです。ヤられる方が気を引き締めていても、ヤる奴は調子こいたり気持ちがデカくなったりしていて、中には人々の気が緩むこの時期にと綿密に計画してるゲスな奴らもいて、とにかく正月には危険がいっぱいです。気を緩めないように生活してください。

 そしてみなさんも、いくら年が変わったからといって、恩赦を受けたわけではないので、昨年まで引きずっていたいろんなことが帳消しになったわけではありません。目出たい気分だからこそ、よりふんどしと財布のヒモと気を引き締めて365日を始めてください。

 「今年はこんな年にしたい」と誰もが思っていることでしょう。けれどなかなかそうはいかなくて、年末になればいつしか「来年こそ」に変わっているものです。そしてまた新しい年が訪れて、今度こそ本当に「今年こそ」、、、人間なんていつまでたってもその程度のものです。願いはそんなに易々と叶わないから宗教や霊感商法にハマる人がいるのです。

 とはいえ年頭に心を新たにして一年の抱負を持つことは良いことです。それが何万光年先にあるものでもそこに向かおうとする気持ちを抱くことは立派で目出たいことです。
 だけど人は目標を立てたり夢に向かってまっしぐらになったりすると、えてして忘れてしまうことがあります。それは、「他人」です。この場合の他人とは、血縁関係にある人を含めた、つまり自分以外の人ということです。 
 物事に対して集中したり熱心すると、そのパワーの向こうにある他人のことが見えなくなることがあるのです。人は人と話したり人のことを見たり聞いたり感じたりしながら自分のことを知るものです。他人なくして自分の存在などあり得ないことを自負してください。 
 人と会話をするとき、そこには人の言葉があるからこそ自分の言葉が生まれるのです。会話は一方通行では成立しないのです。

 そこで、今年はこんなことを思ってみてはいかがでしょう。
 人とちゃんと会話をする。会話をしながら、この人はきっとこんな思いを言葉にのせているんだろうな、なんて考えてみる。会話の流れで自分が激しい口調になったとき、それはたぶん自己主張を強くするためにそうしていることなんですが、そう言われたときの相手の気持ちを少し考えてみる。逆の立場でも同じことが言えますね。決して先を読んで会話をしなさいということではなくて、そこに吐き出された言葉は、その人の心の中にあるものをライブで表現しているのだから、しっかりと受けとめてあげるということが大切なのです。そして自分の言葉も同様に、相手の心の奥底に届くように、やっぱりライブに。

 そしてもうひとつはこんなこと。
 きっと今年も上手くいかないことの方が多いと思います。が、それはやがて上手くいくためにはすごい大切なものなんだということをしっかりと認識してほしいのです。失敗は成功の素といいますが、同じ成功するにしても失敗なく成功するよりも、失敗を重ねてから成功した方が喜びも格別だと思います。
 さらに成功しか知らない人は、失敗した経験値がないから勝ち続けなければならないという圧力が生まれ、たとえ永遠に勝利したとしても、その価値観は、失敗を知っている人よりも幅というか深みというか、そんなものが少し乏しいような気がするのです。
 ま、これは僕の持論なので、ふーん、バッカじゃないの?と思ってもらっても全然かまわないのですが。
 とはいえ、同じ失敗や敗北でも、成功しようとして、あるいは勝ちにいった結果としてでなければこれまた意味がありません。全力で挑んで負けたからこそ、勝つ為に必要ななにかを見つけたり感じたりすることができるのです。

 そんなことを思いながら生きて行くと、今年の年末に“やっぱり今年もダメだったか”と嘆いても、そこには失敗したり破れたりうまくいかなかったりする理由が少しは見えていて、昨年までの「よーし来年こそは」や、また新しい年が来て思う「よーし、今年こそ」の中には、それまでのものより遥かに力強いものだったり明るい気持ちなんかが含まれるような気がするのです。

 新年早々、偉そうな話を書いてしまって申し訳ありませんが、実はこれ、自分自身に書いているのです。
 つまり文章化した『書き初め』です。

 今年もよろしくお願いいたします。



『発車オーライ!』第一章

『発車オーライ!』 (全四章)
第一章「駅にて」


小池さんの思い出のレールの中で走る、ときめきの汽車は、
これから四つの駅に停まります。
いつしか我々は、北国の小さな汽車の乗客となって、
窓の外の雪景色を眺めることになるでしょう。
さぁ、発車オーライです。


第一章「駅にて」


2006年12月11日、
福島の新白河へ行ってきました。
新白河は今回で2度目です。
車窓から白くなりかけた那須連峰が見えて来た頃、
各駅停車の新幹線は新白河に到着しました。

暖かい車内からホームに降り立つと、
高原から吹いてくる風が肌を刺してきます。
白河と言っても、ここはみちのくの関所、
もう、冬の真っ只中です。

この街には、23年前、
僕のふるさとの山都駅でお世話になった、
田崎さんという駅員さんの家族が住んでいます。

23年前、僕は中学3年生でした。
高校受験の大事な時期だというのに、
僕は学校が終わると、
まるで部活動のように山都駅へ通っていました。

山都駅には田崎さんと斉藤さんという、
国鉄を定年になった駅員さん二人が、
交代で勤務していました。

どちらの駅員さんも僕が駅に遊びに行くと、
改札の向こう側にある事務室へ、僕を入れてくれました。
いつも二人は鉄道の昔話を聞かせてくれたり、
臨時列車の時間を教えてくれました。
また、
僕も学校の出来事を二人に話したりしました。

当時、僕の家は、
ばあちゃんとお母さんの3人暮らしで、
どちらも僕のために働いていたので、
僕の話を誰かに聞いて欲しかったのかも知れません。
でも、
それ以外にも理由があったのです。
僕はあまり学校が好きではなく、
成績は下から一番、
野球部は万年補欠、
当然、女の子にもモテず、
そんな感じの中学生でした。

唯一、僕の存在を認めてくれたのは、
山都駅とそこにいる駅員さんたちだったのかも知れません。

そんな山都駅の思い出はたくさんありますが、
とても心に残ってる事があります。
それは、
ある冬休みの一日でした。

僕は朝4時に起きました。
窓を開けると、昨夜からの大雪で、
町中が真っ白な世界になっていました。
ぼた雪がぼっさぼっさと降ってるので、
道にはタイヤや人の足跡もついていませんでした。

僕はすぐに着替えて、
使い捨てカイロを背中に入れ、
お母さんに買ってもらったカメラを、
レンズ部分だけをカッターで丸く切ったビニール袋に入れて、
息を殺して、忍び足で階段を降ります。
でも、古い家なので、
ぎしぎしと階段がきしみます。

別に怒られることはないのですが、
ばあちゃんとお母さんを起こさないためにです。
でも、僕の気配に気づいた猫が、
朝ごはんの時間と勘違いして、
野太い声でニャーと鳴きました。

「こら、静かにしろ!」

猫は玄関までついてきましたが、
ごはんもくれそうにもないし、
雪が玄関の中に舞ってきたので、
すぐに階段を上がっていきました。

僕は長靴を履いて外に出ました。
まず、雪に顔を突っ込んで手で擦って顔を洗い、
雪を口の中に入れて人差し指で歯を磨きます。

かなり冷たいですが、
これが完全に目が覚める方法です。
洗顔と歯磨きを終えると、
長靴で雪をこいで駅に出発します。

駅への道は、
誰も歩いてない道の真ん中を歩いて行きます。
時々、後ろを振り返って、
自分の足跡を見てみると、
僕の足跡がついているのですが、
数十メートル後ろは、
ぼっさぼっさと降る雪で消えていました。

山都駅の駅員さんの始業時間は朝6時からです。
ですから、この時間に行っても、
駅は無人なので電気は点いていません。
でも、駅に近づいてみると、
雪に駅の灯りが反射しており、
駅前には白いカローラが雪に埋もれていました。

この白いカローラは田崎さんの車です。
田崎さんは、
昨夜は家に帰らずに、
駅に泊まったわけです。

待合室に入ると、
田崎さんはストーブに火を入れていました。

「お、早いなっ!」
「はい。車があるんで.....」
「昨日、雪がひどいから泊まったんだよ」
「車が動かないのですか」
「いや、道がついていない(雪を片付けていないので通れない)からダメだ」
「雪、ひどいですもんね」
「お茶でも飲むか?」

僕は長靴の雪をはらって事務所に入った。
田崎さんは、
ストーブの上に乗っかっている、
大きなやかんから急須にお湯を入れ、
お茶とせんべいを出してくれた。

窓側にある、映りの悪い白黒テレビは、
NHKの天気予報を映し出しており、
実直そうなアナウンサーが、
「日本海側は低気圧の影響で大雪となる見込みです。
海上は時化た状態ですので船舶はご注意下さい。
今後も大雪情報にご注意ください」
と、緊張した声で伝えている。

「田崎さん、ラッセル雪機関車は走るかな?」
「分かんないな。でも、この調子で降り続けたら走っかもな」

僕は不謹慎ながら、
未だに見た事が無い、ラッセル機関車が走る事を期待した。

お茶を飲み終えると、
田崎さんはホームの雪掻きを始めた。
あまりにも雪が積もっているので僕も手伝った。
スコップで雪掻きをしていると、
僕も山都駅の一員のように感じられて嬉しかった。
寒いような、熱いような、
今まで感じたことがない胸の高鳴りを感じた。

「気をつけろよ、汽車来んぞ!」

田崎さんの声が飛ぶ。
汽車のライトが白い雪をオレンジ色に変える。
朝一番の貨物列車が通過してゆく。

「ピッーー!」

ディーゼル機関車の、短く乾いた汽笛が響くが、
一瞬のうちに汽笛は雪に吸収されてしまう。

そして、
僕らに気づいたであろう、
暗闇の運転室にいる機関士が、
白い手袋を僕らに振った。

「おはよう!今朝は雪がひどいね。
朝早くから雪掻きお疲れさま。
僕も夜中じゅう、一人で貨物列車を引っ張ってきたよ。
もうすぐ夜明けになるから、もう少し頑張ろう!」

そんな事は言っていないが、
白い手袋がそう話しているように思えた。

田崎さんはいつものように機関士に敬礼をしていた。
僕も敬礼をしようとしたが、
田崎さんと目が合ったので、
敬礼するはずの右手で頭を掻いた。

僕らは、貨物列車の赤いテールランプが見えなくなるまで、
ずっとホームに立っていた。

ようやく、辺りが明るくなる頃、
僕は朝食の時間になったことと、
濡れた軍手と靴下を交換するために、
家に戻った。

「また、駅行ってたの?あんた高校落ちるよ」
「大丈夫だよ、駅に教科書を持って行ってるから」
これが毎日の母との会話。

僕は朝ごはんを速攻で食べ、
お昼のおにぎり3個を握ってもらい、
軍手と靴下を交換し、
教科書の代わりに時刻表を持って、
装いを新たに駅に向かった。

駅は早朝に比べ活気があった。
バスが2台とタクシーが3台が停まっていて、
待合室では病院通いのばあちゃん達が、
先生の評判を口にしている。
バスとタクシー運転士はオロナミンCを飲みながら、
「いやー、雪ひでーなぁ」
「あの道はブルドーザーが来なくて酷い道だった」
と、大きな声で話している。
どうやら山奥のほうはかなり雪が積もっているらしい。

バスの隣に郵便局の真っ赤な車が停まった。
汽車の郵便車から郵袋を取りに来たのだ。
郵便の次は新聞屋さんも来て、
駅前広場は活気づき、
その駅前のヒマラヤ杉の下では、
おじいさんがキセルを吹かして汽車を待っている。

一方、
待合室の売店は大繁盛していた。
近所のおばちゃんが世間話をしながら、
ポン・ジュースを飲んでいる。
部活動に行く高校生は、
少年ジャンプを食い入るように見ている。
コスモのシャコタン車で、
隣街の工場へ通っている社会人は、
前面のカウルで雪を掻いてきたらしく、
カウルを心配そうに見て、
雪をどけていたが、
スポーツ新聞、あんぱん、牛乳を買って待合室で食べている。

駅はみんなの社交場で、
売店は汽車に乗る人、乗らない人を問わず、
大事な町の商店なのだ。



12月25日 今週の朝礼『ヒロミツ』

 ひとつ後輩にヒロミツという男がいます。昔からそれほど目立つ存在ではなかったけど、どこかになにかを秘めたような、なんともいえない魅力と言うか、すごく気になって仕方ない存在だったのです。
 ヒロミツは地元の一級下というだけで同じ学校に通ったわけでもなく、友だちを介して知り合った後輩です。
 ヒロミツは親父さんの後を継いで刃物会社を経営しています。ちなみに僕の古里は何百年も前から刀で栄えた刃物の町で、他にもたくさんの友だちが刃物会社の若社長をやっています。
 さて、なんでヒロミツの話をするかというと、実は僕、彼にいろいろとお願い事をするのです。というのは、この年になってこんな仕事をしていると、いろんな人にお世話になっていて、そんな人たちに何かお礼をしたいときがすごくあるのです。これは形式的なものではなくて、ほんとに、なんというか、そうですね、贈り物ではあるのですが、そこに僕が心を込めて贈りましたという意思表示を克明に刻んでおきたいのです。
 そこでヒロミツにお願いをするわけです。
 リクエストするものは決まって包丁です。ヒロミツは包丁作りにかけては世界で3本の指がケツの穴に入るぐらいの腕の持ち主で、信じられないでしょうが刃物のシェイプアップに関しては1000分の3ミリをコントロールできるのです。その機械がン千万もするというのだからもういちどびっくりです。
 さて、なぜ包丁か? 包丁というものは、毎日口に入れものをこさえる大切な道具だからです。素材だとか栄養面だとか、そういう一歩踏み込んだような話はさておき、とにかく包丁が切れ味鋭くないと料理自体がなんだかつまんなくてストレスが溜まるものだと思うからです。
 そんな優れた包丁を贈る時には必ず手渡しでと決めています。なぜかと言うと、“包丁は僕の田舎の名産で、これを作ったのは僕の後輩で、これこれこうでと手の込んだことをして、やっと出来上がったものなんです”とちょっとしたお故郷自慢もできるからです。
 ここでヒロミツの包丁の凄さを説明しろと言われても困りますが、僕が技術的にどうのこうのというよりも、完結に証明してくれる言葉が必ず2回訪れます。1回目は僕が手渡した瞬間。これはきっと意外なプレゼントにちょっとびっくりした様子混じりのリアクションです。2回目は実際に、使ってくれた感想です。
“アノ包丁、すごいね。感動した”。この2回目の感想をヒロミツは不安を抱えながら待っています。
 そしてすごく喜んでいただけたと僕が報告すると、彼は電話ではなくかならずメールで返信してきます。
「よろこんでもらえるもんつくるって気分ええね。今日もおいしい酒のませてもらいます」
 今でも決して目立ったことをやりたがる男ではないけど、僕はヒロミツをとても尊敬しています。クリエイターではなく職人という彼の在り方がとても好きなんです。
 僕の仕事もそんなふうに人に喜ばれるようなものであったらいいなと、ふと思いました。



りお誕生。
この写真ではあまりわからないが、相当ガッツだった。今は違う。

 子どもはあんまり空気を読まない。
 りおが生まれたのは8月15日で、ヨメの実家のある神戸でだった。生まれる前から女子だという情報をつかんでおり、名前もりおに決定していた。あとは漢字だ。
 父が新大阪駅に降り立った昼1時ごろ、産んだ本人から電話がかかってきた。分娩室の、あのハードコアな感じのベッドに横たわりながら、自らケータイで「生まれたよお~」って。
 新大阪から病院までは40分ぐらいだ。どうせここまで待たせたのなら、あと40分ぐらい待ってくれてもいいのに。スポンと出てきたという。

 実は前日夜9時ごろヨメより「ヤバイ生まれそう、産婦人科行く」という連絡が入り、父は大いに狼狽したのだった。そのときは代々木公園近辺の仕事場にいた。微妙に仕事を残しており、それをクリアしてからでもなんとか神戸に戻る手段を模索した。ネットであちこち検索し、しすぎたためにかえって仕事が遅れ、神戸に帰れなくなった。
 ああ生まれたらどうしよう、ヨメにしかられる――しょんぼりと帰りの小田急線に乗っていると、「今日はない、たぶん明日」というメールでケータイがぶるぶる震えた。ホッとして「わかった、できるだけ早く帰る」と返信し、朝一番の新幹線で帰るべく目覚ましを5時にセットして寝坊した。

 ヨメの電話の声が少々憤慨しているようだったのでわけを尋ねると、タケダテツ当事5歳とルーちゃん(ヨメのお母さん)が病院に来ていないという。お昼前に家を出たはずなのに、2時間たってもつかなかったらしい。
 ようやく連絡がとれたときにルーちゃんは答えた。「ゴメンねー、テッちゃんとムシキングやってたのー」。
 いよいよ妹が生まれるという瞬間に、わざわざ画面上で架空の虫どもを戦わせなくてもいいのに、きょうもやるといったという。

 産院に向かいながら父は思った。
 テツもりおももっと空気を読むように。
 分娩室でヨメに抱かれたりおは、ガッツ石松氏に似ていた。ほとんどの赤ちゃんがガッツ系か朝潮系かに分類できる、という話を聞いたが、のちに新生児室に移されたときに見たら、りおは室内一、ガッツ氏に似ていた。となりに寝かされていた4000g級の巨体女児は、池波志乃に似ていた。りおより2日ほど年上で、すでに小料理屋のおかみの風格を漂わせていた。
 りおは、結局、理央になった。



12月18日 今週の朝礼『日常』

 親友の店鋪デザインが某メジャーファッションデザイナーの目に留まった。
 親友のデザインを手にしたデザイナーは、早速親友に会いたいと言った。
 親友は某有名百貨店と某大手アパレルのプロデューサーとともにNYへ渡った。
 親友は某デザイナーに聞かれた。
 『どんなコンセプトでデザインしたのですか?』
 『隅々にまで気持ちが行き届いたデザインです』
 『どうやって気持ちを込めたのですか?』
 『洋服や洋服作りのプロセスを見て感じているうちに、気分だけではなく気持ちを込められるようになりました』
 某デザイナーは前もって送っておいた手書きの企画書を大切に抱えながら、こう付け加えた。
 『今日、出会うまでにすごく胸が高鳴った。嬉しかった。ありがとう』
 親友は、某デザイナーと別れた直後に電話をくれた。
 『夢みてるみたいや』

 夢ではない。夢のような現実なのだ。
 このプレゼンに負けていたとしたら、彼の現実は『夢』とはほど遠い距離にあり、せいぜい『充実』止まりだったであろう。
 すべては結果、ではないし、そう思いたくもないが、『夢』を感じさせてくれる瞬間に身を置くには、現実がすべてとなる。

 現実。そこにある日常。みなさんはどんな日々をお過ごしですか?
 あと14日間ほど残された今年のカレンダーには目もくれず、2007年のことばかり考えてはいませんか? 今年はまだ2週間ほどあるのに、“来年はきっといいことありますように”と無責任な願いをかけたりしていませんか?
 
 親友はどんなときでもできるだけのことをする男である。深夜作業が続く毎日でも、起きてからではなく、眠る前に自分の頭の中にあるものを必ず書き出す。なんとかなるなんて絶対に思わないのだ。
 なんとかなるのではなく、なんとかする。これが日常に於けるもっとも大切で重要なことだと彼は言う。
 彼は続けた。『夢みたいなことが起こったから、もっと大変な毎日が起こりそう』
 2006年。あと14日間。
 みなさんはどうやって過ごしますか?



第2章・集結

 かおりさんからもらった水を一気に飲み干したヨウスケが一呼吸おいて話し始めた。
「青さんが竜宮(地名)の交差点で止まっとったら、"マフラーが五月蝿い"って車からヤンキーが2人出てきて、殴る蹴るのボコボコにされて、単車もわや(めちゃくちゃ)にされて、挙げ句に今病院におるらしい、って水口先輩に聞いたんだがや。先輩がみんなに教えろって言ったもんだで、おまえん等(ら)とかケイゾウ捜しとったんだがや」
 一気に捲くし立てたヨウスケはまた水を飲んだ。
 青さんといえば、3つ上の先輩で鉄馬(単車)を乗らせれば右に出る者がいないほどの腕で、喧嘩も負けなしの超シブイ先輩である。その青さんが散々な目に遭ったのだ。
 誰もが耳を疑い、自分がボコボコにされるよりも辛い心境に陥った。
 青さんとは、俺たちのプライドだったのだ。
「何〜!青さんがやられてまったぁ〜。ほんなわけにゃぁだろ、青さんは強えぞ」
 玉煎を喰いながらユウジが言う。
「ほんでもよー、2対1だったらわからんで」
 コテでお好みを切りながら俺がそう言うと、腕組みをして話しを聞いていたかおりさんが眉を吊り上げ口をひらいた。
「ヨウちゃん、アオキは何処ぞの病院におるんやね?それとどんなヤツ等にやられてまったんや!」
「病院は杉山外科やけど、相手ははっきり判らんし何処のヤツ等かも・・・・・」
 困り顔のヨウスケに「まあええ、私病院行くで。あんたん等も行くか?」
 かおりさんはエプロンをはずし、後ろで束ねた黒髪をほどいた。
「お母さん、ちょっと出てくるわ、この子ん達の分は私が払うで」
 どうする? 顔を見合わせる俺たち。
「行くんか、行かへんのかどっちや!」。かおりさんが一喝する。
 その迫力に圧倒された俺たちに許された言葉はひとつだけ。
「い、行きます」
 焼きそばを焼くおばはんにペコリと頭を下げ店の外に出てケッタに乗ろうとする俺たちに「私の車で行くよ、こっちおいで」と駐車場に向かうかおりさん。
 店の横の駐車場には真っ白の<コロナGT・通称コロG>があった。少し車体を落としアドバンの赤い三角ホイルがヤン姉を物語っていた。
 憧れの女性の車の横でもじもじしている俺たち。
「早よ乗りやぁ」。「失礼します」
 先輩がえらい目に遭わされているのに、どこかそわそわ落ち着かない俺たちは、遠慮気味に後部座席へ。狭い座席にギュウギュウ詰めの俺たちに、「1人前乗りやぁて、狭いやろう」とこれまた半ば強制的指導を受ける3人。
「お前行け」「いや、お前が行け」変なところで譲りあうのはガキのせいか。
「ユウジが1番大きいんやろう、あんたが前来やぁて」
 優柔不断な俺たちに苛立ったのか、かおりさんは思い切り重低音を響かせてクルマを出した。
 車内にはディスコソング(アリババ、モスクワ)が流れていたが、誰もそれを聴くでもなく、ほとんど会話も無いままに病院に到着。病院前には、クラウンや豚ケツローレル、230セドリックの4輪集団に、FX、KH、CB、ホークⅡ等の2輪集団が縦横無尽に停車していた。
 クルマを降りると「かおり〜、かおり〜」と怒声が聞こえた。声のする方を見ると、ドカジャンにストライプのスラックス、ドパンチパーマにグラサンの超悪人面の男が・・・
「ああ、マサシ。あんた元気?」と薄ら笑いのかおりさん。
 どうやらかおりさんの同級生らしい。
 かおりさんと同期ということは21歳だろうが、どう見てもおっさんでプラス顔面凶器の男であった。
「かおり、なんだぁそのガキんたは?」顔面凶器はくわえタバコを上下させながら俺たちをイチベツした。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように固まる俺たち。
「なにビビらせとるのマサシ、この子ん達は私ん達の後輩だがね。ほんで1番背の高い子はノリの弟だがね」
 かおりさんの一言でその男の表情がいくぶん柔和になり「ほうきゃぁ、ノリの弟と後輩きゃぁ。そりゃ悪かったなぁ、それにしてもええおべべ(服)背負っとんなぁ〜」とニヤリ。顔面凶器は笑っても怖い。
 そんなやりとりをしてる間に、病院前は族の集会のような人種と人数が集まっていた。4輪集団の面々はほとんど面識も無い人ばかり。2輪集団は1つ、2つ上の顔馴染の先輩達。いくら俺たちが最高学年(中3)でツッパッていても此処にいる面子にはとうていかなわない、というか大人と子供であった。
「こんちはっス」挨拶した相手は2つ上で絶大な力と人気があるモリ先輩だった。
「おうっ、おまえ等、元気しとるか?」極短パンチがシビレルほどカッコいいモリ先輩がニヤッと笑った。
「先輩、青さん大丈夫っスか?」心配顔の俺たちに「青ちゃんか?大丈夫や。ちょっと目の上切って縫っただけだて。そう心配しやぁすな」とヨウスケの頭を撫でた。
 それを聞いてひと安心した俺はかおりさんを捜した。かおりさんは4輪集団の輪の中でなにやらしゃべっていた。その輪の中から今度は、ドテラにジャージ、アフロヘアーの男が「モリ〜、モリ〜、ちょー来いや!」とモリ先輩を呼んだ。
「おう、ちょっと行って来るわ」先輩は俺の肩を叩きアフロ男のもとへ・・・
 俺たちの視線はモリ先輩の向かった4輪集団の会話や態度に釘付けになった。始めはにこやかだったモリ先輩の顔が次第に何か思いつめたような表情に変わり、やがてなにか決断を迫られたような苦渋に満ちた顔に変貌していった。
「どうしたんやろ?何言われてんやろ?」 
 ドギマギする3人。あーでもない、こーでもないとボソボソ話していると、
「よっ!坊主達どしたん、俺のお見舞いか?」
 振り向くと左瞼に大きなガーゼを貼られニコニコ顔の青さんが立っていた。
「こんちはッス、大丈夫ですか?」
「おお、ちょっとやられてまった。たいした事にゃぁよ」とにっこり笑う青さん。
 そんな青さんを見てホッとしていると「アオキ〜、アオキ〜、ちょー来いや!!」
とドテラを着た男が叫んでいた。その怒声に引き寄せられるように青さんは先輩集団の中へ・・・・・
 モリ先輩同様、青さんの顔も次第に強張っていった。
「なんなんやろなぁ?」「どしてまったんや?」
 俺たちの不安は募るばかり。
 そんな中、1つ上のヨシモト先輩が俺たちのとこへ近寄ってきた。
「おい、今日の夜皆に集合掛けろや。場所は消防署前のゲーセンや。ええか、なるたけ(できるだけ)人集めろ!時間は7時や、行け!」
 ヨシモト先輩の言葉の意味が解らないまま、かおりさんにペコリと頭を下げお好み焼き屋に戻る俺たち。
「どういう事やろ」「何があるんやろ?」
 頭の中は?だらけ。
 店の前に戻りケッタにまたがった俺たちは、連絡する奴の確認や分担を決め「じゃあ、後でな」と各々別れて行った。
 このときはまだ、とてつもない喧嘩に巻き込まれる事など知る由もなかった。
(続)



『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

『各駅停車と少年・辻本 』 (全二回)
〜後篇〜


午後3時すぎ。
交代の駅に電車が着き、
ドアを開けると僕の一日の仕事が終わる。
交代の車掌が、
「この、中学生知り合い?ずっと小池のこと待っているみたいだよ」
「おー、辻本!」
「今日は学校が早く終わったので、ここで待っていました」
「塾は?」
「今日は休みです」

急いで着替えてホームに向かった。
改札口では辻本が待っている。

「今日、中目黒に遊びに行ってもいいですか?」
「いいけど、電車賃あるのか?」
「ないです」
「じゃ、定期使えるとこまで電車で行って、そこから歩くぞ」
「それもいいですね」
「お金ないんだから、そうするしかないでしょ」

下北沢で降りた。
今時、古着を着てギターを担いでいる若者がいるのが下北沢っぽい。

「ね、下北沢好きですか?」
「あんまり降りる街じゃないな」
「ライバルの小田急が走っているから?」
「そう来たか」

ここから中目黒まで歩く。
軽く1時間はかかるだろう。
茶沢通りから淡島通りにぶつかった辺りで休みたくなってきた。

「な、コーラ飲まない?」
「え?コーラの代金120円を出すのなら切符代出して下さいよ」
「それとこれとは別なのだ。大体、僕は辻本の父親でもなく他人だぞ。
なんで辻本の電車賃を出さなきゃならないのさ」
「そりゃ、そうですね」
「じゃ、ここで休憩」
「休憩はいいですけど、ここでタバコは吸わないでくださいよ」
「俺は社会人だからここで吸ってもいいのだ」
「じゃなくて、この通りは学校の先生の帰り道なんです」
「わかった、わかった」


中目黒のアパートに着くと、
すっかり暗くなっていた。
辻本は僕の狭いアパートに入るなり、
「女っ気、無いですね」と笑った。
「シンプルな部屋と言え!」
「早く結婚してもらわないと困るんです」
「何でだ?」
「少子高齢化で日本がダメになります」
「少子高齢化と辻本のどこが関係あるのだ?」
「はい、少子高齢化が進むと、通学する鉄道利用者は減って、
鉄道会社への就職が狭き門になります」
「お前は鉄道会社に行かないで、お役人にでもなれ」
「それより、押し入れには何が入っていますか?」
「服と鉄道模型だ」
「鉄道模型をやりましょう」
「勝手にやっていいよ」

辻本は鉄道模型のレールを繋げて、
僕の白手袋をはめて模型を走らせている。
その間、僕は風呂に入るが、
半身浴をしている間に寝てしまった。

「あのー」
「むにゃむにゃ」
「死んでいるのかと思いましたよ」
「おい、今、何時だ?」
「7時です」
「他人様の家の電気が点いたら、家に帰るんだぞ」
「お邪魔した時から、とっくに電気は点いていましたよ」
「あのな、ここは日当たり悪いの。分かる?」
「じゃ、模型片付けます」
「いいよ、それは去年のボーナスで買ったドイツ製の模型だ。
壊されたらたまらんから俺がやっておく」
「じゃ、明日の7時20分に乗ります」
「たまには寝坊してもいいだんぞ」

僕は疲れ果てて寝てしまった。


翌日、7時18分。
何が入っているのか分からないが、
パンパンに膨れ上がったカバンを背負って、
辻本がホームで待っていた。
つかつかと僕のところにやってきて、
「昨日はお世話になりました」
「こちらこそ。もう発車だぞ」

車内に乗った辻本は生徒手帳を出してこう書いた。

「今日は何時に終わりますか?」
「3時すぎだ」
「心配しないでください。今日は塾です」

辻本は手帳をしまい、
漢字の教科書を出して、
こんな漢字を指差してこちらを見ている。

「嬢」

辻本は僕の表情を見てニヤりとしている。
「中学生と鉄道模型で遊んでいないで、
女性と付き合いなさい」という意味なのか?

辻本はその後、
すれ違う電車を見るために後ろを向いている。
僕も次の駅のアナウンスをすると、
車内に背を向け、過ぎてゆく風景をずっと見ていた。(完)



12月11日 今週の朝礼『忘年会』

 この季節になると風物詩とでも申しますか、当たり前のように忘年会が行われます。
 特別何をするというわけではなく、ただ酒を飲んで楽しくやりましょうというだけの話。どこに『忘年』といういう意味が込められているのかわかりませんが、とにかくこの国は年末のクソ忙しい時になると酒を飲みます。建前としては上司も部下もなく無礼講で酒を飲みながらコミュニケーションを計って翌年の仕事への意欲と換えようというところだと思うのですが、忘年会では必ずマイナス要素たっぷりの事件や発見が繰り返されます。
 事件とは、ろくに仕事もできない若い社員が、若さと体力だけを買われて酒をバンバン飲まされて、いい感じに出来上がってしまい、ロレツがまわらなくなってきたところで、課長や部長のことを“ハゲ”とか“バイアグラ”とか呼んで、その場の空気が一瞬冷ややかになるのですが、ハゲ呼ばわりされた次長課長が“いいんだよ、今日は無礼講だから”といって、出来た人間っぽく振る舞うものだから、余計に若い社員がツケあがって、次長課長のハゲ頭をぺんぺん叩いたりしたところで、次長課長の堪忍袋の緒が切れて、本気でつかみ合いの喧嘩になってしまい、若い奴はまだまだ将来の選択肢があるから“こんな会社辞めてやる!”とタンカを切るのですが、次長課長はここで会社を辞める(辞めさせられる)ようなことになったら一家心中ものだと、ふと我に返り、途中でバトルを断念するのがセオリーです。
 部下からは「○○次長って以外と熱いんだ」と軽く尊敬されたりするのですが、それを冷静に見ていた出納担当課長あたりから、事件の一部始終を役員に報告され、無礼講と銘うった忘年会で若い社員と本気でつかみ合いになるなど言語道断と厳重注意され、出世に黄色信号が灯るのが関の山です。
 一方の若い社員はといえば、ただ若い、未熟だということで、言葉による注意のみ。次長課長にしてみたら何とも分の悪い乱闘になってしまうことが多いので、絶対に喧嘩はいけません。
 次に『発見』ですが。これにはいろんなケースがあります。そのどれもが“え〜、知らなかった〜”系のもので、そのほとんどが芸を披露することによるものです。よくあるのが意外な人がマジックを披露して、それがまた抜群に上手くて、マジックのためのグッズや、中には網タイツ姿のアシスタントを用意している人までいます。
 マジックをする人の中には勤務態度がすごく真面目な人が多く、だからして突然目の前でマジックを始められると社員は唖然としてしまうのですが、常日頃からのその人のギャップがその芸をよりダイナミックで精巧なものに映し、一躍拍手喝采の大ヒーローになります。
 忘年会後の数日間は、部下や上司からもマジックを褒めちぎられていい気分で正月を迎えるのですが、年が明けると案外みんな忘れているもので、その妙技を覚えている人がいるとしても「忘年会はお疲れさまでした」程度の言葉しかなく、ちょっとがっかりしてしまったりするものです。
 本当は正月休みを利用して新しいネタを練習していたりして、チャンスがあればいつでも披露する心構えはあるのですが、年が明けたら明けたでみなさん忙しく、年末の隠し芸のことなんてどっかへ飛んでしまっていて、これぞほんとの『忘年会』という感じで、すごく寂しい気持ちになってしまうことを知っておいてください。
 さらに、マジックを披露した次長課長のグループの成績が落ちたり伸び悩んだりしていると、上司からは「マジックなんかやってるから成績が落ちるんだ」とお目玉を喰らうこともあって、忘年会でウケて一瞬嬉しい気持ちにはなるけれど、あとはロクなことにはならないので、いくらマジックが得意でも、会社のような理不尽で足を引っ張り合ったり罪をなすり付け合ったりするような場所では披露することを控えた方が身のためかと思います。
 さらに酒を飲むと性格が急変するようなとんでもない『発見』の場合は、即刻超マイナス査定、哀しみのアップグレードです。
 セクハラ、変態、マニアック、どれもこれも失速のマイレージがたまります。たまにある社員の変態っぷりを知って、“やっとワタシと同じ趣味の人、見ぃつけた”と予想外の幸福な発見がありますが、そんな場合はたとえそのふたりが結ばれても世間からは白い目で見られるのがオチで、犯罪を犯さないことを願うばかりです。
 みなさん気づいてくれましたか?『忘年会』とは名ばかりで、実は人を陥れようとするワナがみっちりと詰め込まれた悪魔の会なのです。
 間違っても忘年会で人気者になろうなんて気を起こさないように、注がれた酒だけをちびちび飲んで、注がなきゃいけない人にはぼちぼち注いであげられれば、それで忘年会という『仕事』は成就するのです。
 今年もきっとたくさんの犠牲者がでることでしょうが、それでもやるという人は、勝手にやって左遷されたり業績ダウンのいわれなき責任を負ってください。



『各駅停車と少年・辻本〜前篇〜』

『各駅停車と少年・辻本』(全二回)
〜前篇〜


この2年間、
僕は毎日同じ電車に乗務しています。
電車が駅に着くと、
いつもの顔がいつもの表情で、
新聞や携帯電話を片手に電車を待っています。

ドアが開くと、
お客さんは足早にいつもの指定席に座り、
新聞を畳んで読み始めますが、
いつもの指定席に座れなかった人は、
席が埋まった電車を降りて並び直します。

車内の様子を見てみると、
会計士のテキストを勉強する若手サラリーマン、
経済新聞持参なのに携帯に夢中な就活中の女子大生、
友達とジャレあう小学生、ゲームで対戦中の中高生、
昨日の酒が完全に抜けていない団塊サラリーマン、
髪を切ったOLなど、
いつもの顔がいくつもの表情で車内にいます。

そんな車内の日常風景をぼんやり見ていたら、
通学の子供達と目が合ってしまいました。
朝の通勤電車でこちらを見ていると言えば、
まだ心に余裕がある子供達ぐらいです。

中学2年生の辻本は途中駅から乗ってきます。
車内では僕の目の前に立ち、
生徒手帳の余白に鉄道の質問を書いて、
ガラス越しに筆談を求めてきます。

「○○系電車はいつ廃車ですか?」
「今、仕事中なんで、後で」
「今日は何時に終わりますか?」
「3時頃」

「後で」と、迷惑がっているそぶりを見せながらも
他のお客さんに見つからないように筆談するのは、
ちょっとした悪戯をしているみたいで、なんだかドキドキします。
そういえば昔、授業中に友達と筆談した事もありました。
辻本は筆談が終わると後方を凝視し、
すれ違う電車の番号を確認していました。


高校3年生の吉田は中学校時代からの顔なじみで、
地元の学校でいじめにあって登校拒否になり、
その後、私立に編入し、電車に乗ってくるようになりました。
彼も大の鉄道ファンですが、
電車の話は少しだけで、
父親とうまくいかない事や学校で起きたいじめの話をしていました。

「好きな電車に乗れるんだから学校は行かなくちゃね」
「今の学校はいじめがないんです」
「へぇ、なんで?」
「いじめられたやつしかいないので」

そんな吉田もいつの間にか高校3年になり、
就職試験を受けたそうです。

「JRと京王を受けたけどダメでした」
「そうかぁ」
「なので、就職せずに専門学校へ行きます。
そのために新宿のファミレスでバイトを始めるんです」
「偉いな。今までお母さんに小遣い貰っていたもんな。
ま、専門学校を卒業してからでも鉄道会社は受験できるしね」
「はい、次は受かるようにがんばります」
「じゃ、今度、ファミレスに顔出すよ」
「待ってます」
吉田は人混みの中へ消えていった。


僕と目が合うのは乗客だけではなかった。
ある駅前の小さな自転車屋の前では、
女の人が犬を抱いて誰かに向かって手を振っている。

よくよく見てみると、
その女の人は犬の散歩を兼ねて、
会社に行くご主人を見送っていたのだ。

まず、ご主人が電車に乗り込む直前に犬を抱きかかえ、
犬の腕を掴み一度目のバイバイをする。
ドアが閉まり電車が動きだすと、
二度目のバイバイをする。

腕を掴まれた犬は全く関係ない方向を見ているが、
尻尾は勢いよく振っているから嬉しそうだ。

そのうち奥さんはこちらにも手を振るようになり、
僕も手を振り返すようになった。

ある日の午後、
乗務員室の前でこちらを覗いている人がいた。

「7時42分の車掌さんですよね?」
「え?」
「毎朝、犬を抱いてバイバイしている者です」
「あっ、コーギーの....」
「でも、何でこんな時間に乗っているの?」
「え、ちょっと体を壊してしまって」
「あ、そうなの..お大事にね...。
でも、最近、あなたは7時42分に乗っていないわね?」
「はい、時間が変わって7時30分になったんです」
「そうなの..」
「ところで犬の名前は何ていうのですか?」
「ロンよ」

その後、奥さんとロンは7時30分に現れるようになった。
つまり、ご主人も7時30分の電車に乗ることになったのだ。
家族でどのような会話があってそうなったのだろうか。


昼食を食べて午後の乗務。
小学生達が学校から帰ってくる。
自由奔放な教育をする学校の子供達が乗ってきて、
さんざん車内をかけずり回った後、
こちらにやってくる。

「おっ、小池さん」
「宿題出た?」
「出ないよ」
「他の人の迷惑になるから静かにしろよ。
あと、網棚には登るな」
「わかったよー」

子供達は前の車両に走って行ってしまった。
すると、僕らの一部始終を見ていた、
別の学校へ通っている子供達がこちらへやってきた。

「車掌さんとしゃべってもいいの?」
「いいんだよ。今日は宿題出た?」
「宿題?塾が始まる前にやっちゃうよ」
「ふーん、そんでいつ遊ぶの?」
「塾が終わってからコンビニの前で遊ぶよ」
「それって何時頃?」
「夜10頃だよ」
「僕は夢の中だよ」
「大人なのに寝るの早いよ」

夜の10時にならないとこの子たちの各駅停車は発車しないのか、、、、
僕は少し重い気持ちで車窓を眺めた。(続)



『おもいでの各駅停車。』 著者紹介


こいけさん。福島県出身中目黒在住。某私鉄の車掌さん。
幼少期より鉄道と時刻表が好きで、小学校高学年頃にはどっかの鉄道会社の、できればJRの車掌になることを夢見て、高校卒業と同時に鉄道会社に就職。現在は車掌として電車のスムーズな運行と乗客の安全に努める。



『実録!武漢道(おとこみち)』著者紹介

ニシ。職業・鳶。中京高等学校卒業。在学中は応援部団長を勤める。
数々の武勇伝を持つ伝説の不良。胸の奥にはいくつもの傷跡とせつない人間ドラマが隠されている。なぜか業界関係者との縁も多く、人気アーティストの打ち上げに顔を出すことも多い。信じられない話だが小学校中学年時にはゴリラと生活を共にした。趣味は手料理。麻婆豆腐の腕前はプロ級。



センチメンタル・コラム 「ポロリ。あの唄、あの匂い…」



「誘われてフラメンコ」 郷ひろみ
誘惑って誘拐と同じぐらい悪い事だと思ってたのに、
大人は誘惑されると心ときめいちゃって、
“変だなぁ大人って”って思っていた僕自身が、
大人になった今では毎日誘われてフラフラ。
けれど甘い罠だとわかっていながら足を踏み入れる勇気と
好奇心があってこそ男は永遠に男のコでいられるもので、
ドキドキしない恋や罠のない人生なんて、
気の抜けたビールのようなものだということを
19歳の郷ひろみが教えてくれた。


「キャンディーズ」 キャンディーズ
キャンディーズか?ピンクレディーか?それが問題だった。
時には答えをめぐって流血騒ぎにもなった。
さらに三人の中で誰が一番可愛いかでまた流血。
ランちゃん派とスーちゃん派は乱闘になるのに、
ミキちゃんが一番という奴にはなぜか血が騒がなかった。
そんなバランス感覚の良さこそがキャンディーズの魅力だった。
コンサートでしか聞けないこの曲を知ってるかどうかで
ファン度は試され、さらに究極のファンはこの曲から
『ハートのエースが出てこない』へとリレーするグルーヴに
熱狂し拳を突き上げた。


「失恋レストラン」 清水健太郎
「ポッカリあいた胸の奥に つめこむメシをたべさせる」
まるで戸塚ヨットスクールみたいなマスターに
失恋の悩みを打ち明けるのもイカれてるが、
ギターを膝に抱いて熱唱する健太郎の
尖ったアゴが妙に心に突き刺さって、
あえて両想いより失恋に憧れたあの頃。
ツッパリ=リーゼントという定義をぶっ壊した健太郎カットだが、
要はパンチパーマを上向きではなく下向きに
グルグル巻きにしただけのものだった。


「東京ららばい」 中原理恵
深夜ラジオの向こう側に東京を感じた。
憧れて憧れて、どうしようもなく東京に憧れて
張り裂けそうになってたあの頃。
えっ、華やかな都会には夢がない明日がない?倖せが見えないって?
これから東京に旅立とうとしてるのに、どうしてそんなこと言うの?
グリースで固められたショートへアを頬杖の上に乗せて、
中原理恵が微笑んでる。失恋や涙もロマンだって、
そんなことニキビ面の高校生に言ったってわかる訳ないよ。
だけど俺は東京へ行く。
そして23年たった今、僕はやっぱり東京にいる。


「魅せられて」 ジュディ・オング
よく考えればムード歌謡の豪華版という感じがしないでもなかったが、
ジュディ・オングのレースのカーテンのようなドレスとマンドリンの
調べが妙にリゾート感を運んできてなんか気持ちよかった。
そういえば曲の舞台はエーゲ海だったなぁ。
阿木耀子独特のおしゃれなエッチ感が詩われてて、
ジュディのUh…Ah…ってため息がいつまでも耳から離れなかった。
『ザ・ベストテン』でジュディ・オングと黒柳徹子が並ぶと
目が悪い人はどっちがどっちかわからなかった。


「雨音はショパンの調べ」 小林麻美
小林麻美だから感じた。彼女だから、怖かった。
可愛いとか美しいとか、そんな単語でしか
女性の魅力を表現できなかった頃、彼女の囁くような仕草に、
妖しさという女性の新たな魅力を憶えてしまった。
時にバブル絶頂期。こんなオンナをモノにできるのは
金と地位のあるオヤジしかいないと思い、
何もない自分を卑下したものだ。
長い黒髪に纏わりつくような彼女の瞳が、
“早く大人になりなさい”と僕を子供扱いする。
いつかショパンの似合う男になってやる。
そのとき僕の隣にいるのは、アサミ、君だ!
それが僕らのバブルへの挑戦だった。


「そして僕は途方に暮れる」 大沢誉志幸
CMにこの曲を採用したことからカップヌードルは
単なるインスタントラーメンではなくなった。
湯気の向こうにある悲しみやせつなさを麺といっしょにズズッとすすると、
胸の奥まで温もりが木霊して、途方に暮れた僕の指先で
フォークに巻かれた麺がささやいた。
“いつまでもボーッとしてたらのびちゃうぞ”。
恋も仕事ものんびりしてたら逃げてしまうことを、
カップ麺から教えられた80年代。やがてミスチルへとつながっていく
カップヌードルのドラマは、このとき始まった。


「さよならの向こう側」 山口百恵
“アイドルだって大人になっていくものなの。ゴメンね。わたし、行かなきゃ”。
爛漫に花を咲かせたままマイクを置き背を向けて
遠ざかって行く百恵ちゃんの背中。
それは80年代という時代の幕開けであり、
僕たちが子供を脱ぎ捨てるための儀式だった。
夢を与えたディーバはひと筋の涙とともに
時代の扉の向こうに消えて行ったけど、
日本中の誰ひとりとして彼女を責める事はしなかった。
「後姿 見ないでゆきます」。
彼女の決意に、すでに伝説は始まっていたのである。


『XROSS ACT2 DOGWOOD Club』 (SME)



12月1日 今週の朝礼『リニューアル』

朝礼というか、12月1日深夜0時ちょうどに合わせて書いてますので夜礼です。
本日よりマロンブランドのホームページをリニューアルしました。
リ・ニューアルという響き。いいですね。
リ・サイクルとかリ・スタートとかよりも軽い気分がしていいです。
ちょっと飽きたので変えてみました、っていう人間の性みたいなもんが感じられていいんです。
人はみな、特に会社なんかはもう、なにかテコ入れしようとするときに、
なんでもかんでも仰々しく飾り立てすぎです。
それがコマーシャリズムだったりするから仕方ないのですが、
ほんのちょっとだけプチッと変えてみたりズラしたりするだけなのに、
わけのわからないメッセージまでたっぷり詰め込んで、
エコだ地球だピースだって、何の会社だか意味が分からなくなってしまうことが多過ぎます。
そんなキレイごと言ったところで庶民には通じませんよ。みんな飽きちゃったんですよ、その類いに。
もっとサラッといきましょうよ、サラっと。
価値観とか感情とかって、気分しだいで変わるから幅や奥行きができるんだと思います。
要するに人はいろんなことに飽きるから成長できるんですよ。
ほんとうはソコが大切なのに、変えようとすることの理由付けに時間と労力をさいて、
まぁわかるけど、もっといい感じで軽はずみに変わっていこうじゃありませんか。
もちろんリ・ニューアルしたからといって、それまでのことを忘れたりぞんざいにしたりはしませんよ。
過去があるからこそ希望は沸き上がるのですから。
とにかくリ・ニューアルです。
飽きたらまたすぐ、リ・ニューアルします。



『片道切符の旅立ち』


1987年春。
高校を卒業して故郷を離れる時、磐越西線山都駅で切符を買った。
窓口で僕の良く知っている初老の駅員さんが、
「宏康、片道切符でいいね?もう、往復切符を買ってはだめだよ」
と言って、硬い紙の切符にハサミを入れて僕に渡してくれた。

僕は最初は何を言っているんだと思ったけど、
汽車に乗って、 雪が残る肌寒そうな車窓をぼんやり眺めていたら、
駅員さんが言った意味がなんとなくだけど分かってきて、
というか電車に揺られている間にきっと分る気がして、
握っていた切符を無くさないように財布の中にしまった。

僕の持っている片道切符は、
引き返すことはできないけど、
旅の途中で美しい風景に出会ったら、
その駅で降りてもいい。
もし、その街が気に入ったら、
そこで生活をしてもいい。

汽車に乗る人、降りる人。
みんなそれぞれの片道キップの旅をしている。
僕はそう思う自分の考えにちょっとだけ酔いしれた。

途中駅から乗ってきた旅人が、
「あなたの隣に座ってもいいですか?」と尋ねてきた。
その人と一緒に旅をしてもいいなと思えば、
「どうぞ」と言って一緒に旅を続けよう。

汽車は、
朝も、昼も、夜も、
芽吹きの春も、
暑い夏の日も、
木の葉に色づく秋の日も、
粉雪ちらつく冬の日も走り続ける。

汽車は、いつも平らな線路を走るとは限らない。
線路は山も海も川も越えてゆくのだ。
上り坂はもう一台の機関車と力を合わせ、
下り坂はスピードが出ないようにブレーキをかけて、
急カーブは脱線しないように速度を落として走るのだ。

鉄橋やトンネルを走る時もある。
その鉄橋がどんなに長く感じても、
渡り終えない鉄橋はないし、
そのトンネルが長く感じても、
出口のないトンネルはない。
目の前に行き先が別れるポイントがあったら、
その先が未知なる線路でも、
行きたい方向へ進路をとればいい。

もし、
行き止まりの終着駅に着いたとしても、
慌てることなんてない。
終着駅は始発駅だ。
窓口で片道切符を買って、
新たな旅を続ければいいのだ。

手にした片道切符に励まされるように、
18歳の僕は西へと向かった。




第1章・予感

 あれは中学の卒業を1ヵ月後に控えてた時。私学入学が決まっていた事もあり学校へは行ったり行かなかったり、自由というか自堕落にすごしていた頃、授業が終わる頃になるとケッタ(自転車)で学校へ行き暇そうなヤツを見つけては、ゲーセンやお好み焼き屋に入り浸っていた。
 その日のお伴はユウジ。俺が小5の時大阪から転校してきて最初に仲良くなったヤツだ。
 「おお〜い、ユウジ、かおり(お好み焼き屋)でも行くか〜?」
 ダボダボのズボンを靡かせ校門に向かってくるユウジに声を掛けた。
 「おうエーイチ、おまえ気楽でええなぁ〜。俺なんか一応公立受けるでえらいことだわ。俺も私学単願(私学1本)にせやよかったて」とぼやいた。
 「で、かおりは行くんかて?」
 「ほうだなぁ、喰いに行くきゃぁ。おまえさん私服だで俺も着替えてくわ」
 そんないつものやりとりを交わしながら、ユウジをケッタの後ろに乗せヤツの家に向かった。
 学校からわずか2分のユウジの家は当時珍しい3階建て。内装屋を営んでいるため事務所兼倉庫となっている1階にはいつもヤツの雷親父がいて通過するのが恐かった。
「ただいま」。「チワー」。
 入り口を入った俺たちをギョロと見るなり「ニシオ、おまえちゃんとやっとるのきゃ?高校行ったらちったあ真面目にやらな、ええか」と低い声で話し掛けてきた。
「何言っとるのおじさん俺真面目やよ、ちゃんと高校も行くし」とはいえ、真面目とはほど遠い真っ赤なロンスタ(ロングスタジアムジャンパー・膝まであるやつ)にボブソンのボンタンジーンズを着た俺の姿を見て(解った、解った早よ行け)とばかりに雷親父は手を振った。
ペコリと頭を下げ雷親父の後ろを通り過ぎようとした時「おい、おみゃぁさんタバコ臭しゃぁわ。たわけ」と一喝された。
 やべえと思い急いでユウジの部屋へ。着替え途中のユウジに「おみゃぁの親父は恐いなぁ。いつか殴られるて」と言うと「職人やでなぁ、頑固やでなんともならんわ」としかめっ面。
 似たような格好に着替えたユウジと部屋を出ると、向かいの部屋から兄貴のノリカズ君が出てきた。
 「おう、小チンピラ何処ぞへ悪さしに行くんだ?」とリーゼントに皮ジャンスタイルのノリ君がジャブを打つ。(※ノリ君は俺たちより4つ上。この頃箱スカを乗り回して街中に名を轟かせたバリバリの不良。キャロルにクールス、永ちゃんもこのノリ君の影響が大であった)
 「先輩コンチワっす。今からユウジとかおりに行くんすよ」
 「ほう、かおりきゃぁ、ええなぁ。俺も行こっかなぁ?」
 「ええ〜?まじですか?」(うっそだろ〜?)
 「なんだぁ、迷惑なんきゃぁ!なぁ〜んちゃって、行けせんわ。ほうや行くんなら<かおちゃん>によろしくな!」バシッ。
 頭を叩かれ首をすくめた俺を見ながらノリ君は笑って消えて行った。階段を降りてまたまたあの雷親父の後ろを通過。今度は何も言われなかったが顔を見るたびにビビる何ともいえない重圧感が。おーこえー。
 ハンドルを絞り前に倒した改造ケッタでかおりに向かう俺たち。
 「おいユウジ今日は何喰う?」「せやなぁ、やっぱ餅入りやろ!」「玉煎(玉子煎餅焼き)は喰わんのきゃぁ?」とダベリながらケッタは蛇行。
 「コンチワっす」小さな公園から数人の声がした。後輩のヤンチャ連中がタムロしてる。
 「なにやっとんだ?」「今からユニー行くんすわ。ゲーセンにどっかのムカツク奴がおるらしいで見てきますわ」「喧嘩すんなよ〜(笑)」「言われたないですわ〜(笑)」
 その先に何が起こるとも知らず、俺たちはルンルン気分でケッタはかおりに到着。 
 ガラガラガラ。戸を開けると ジューと焼きそばやお好みを焼く音が。
 「いらっしゃい」店のおばはんがいつものように笑った。
 店内は親子連れやおっさんが数人いた。俺たちは毎度座る指定席(テーブル)に腰掛け、喰うものが決まっているにもかかわらずメニューに目を通した。
 「あんたらなんにするんか?」こてを動かしながらおばはんが聞いてきた。
 「俺は玉煎に餅入りね。」
 ユウジは「俺も玉煎と餅入り。あっチーズも入れてって」(餅入りとはお好み焼きに餅を乗せた人気メニュー)
 「なんだおみゃさん、チーズって。リッチやねーか」
 たかがチーズをトッピングするだけで盛り上がる俺達。
 出来上がるまでに一服とポッケからタバコを取り出し火を点けた。馬鹿話や高校の話をしていると「コラッ!中坊がタバコ吸って、警察呼ぶぞ!」と可愛い声だけどドスが入った台詞が・・・振り向くと店の屋号であり看板娘のかおりさんが立っていた。
 「あっ、かおりさんコンチワっす。」真っ黒のロングヘアーを後ろで縛りゴッデスのトレーナーにジーンズ姿のマドンナが。(かおりさんも同じ中学の出身でバリバリのヤン姉だった)
 「あんたらちゃんと高校行けるの?毎日毎日来るのはええけど・・・・」
 「大丈夫っすよ。俺は中京決まっとるし、ユウジやって私学は受かっとるもん」
 口を尖らし答える俺の横でユウジが「かおりさん、アニキがよろしくって言っとったよ」と。「なに〜、ノリが私の事気にしとるの?可愛いねぇ〜。ノリは私の2こ下でツッパリ君やったもんね。ユウジもノリに似てきたがね」とニコニコ話すかおりさん。
 そんな怖(おそ)がいかおりさんは小林麻美に似ていて、俺たちはびんびんに憧れていた。
 「はい、お待ちどさま」
 テーブル鉄板の上に玉煎が。
 「エイちゃんはマヨいるやろ」「はははい」
 かおりさんに話しかけられると緊張する。
 ふーっ、ふーっ。特大海老煎の上に乗った目玉焼きをほおばる俺たち。
 「やっぱ旨めぇなぁ〜」「ああ、かおりの玉煎が1番旨いて」 
 そんな至福の時にとんでもない勢いで店の戸が開いた。
 「こ、ここにおったんか!」。息も絶え絶えに目をギョロつかせたヨウスケの叫びにも似た声・・・・・
 こんな時には予感が当たる。それも悪くて仕方ない予感が。きっと誰かが誰かにヤられたり、、、そしてヤられたのはきっと俺のツレで、、、そしてきっととんでもないことに発展しそうになりそうな、、、そんな予感だ。
 「どうしたんやて慌ててまって、なんぞあったんか?」
 「ハァハァ、今聞いたんやけどよー、青さん(先輩)がえらい事に・・・」
 息継ぎが出来ないヨウスケ。
 「あんた水飲んではっきりしゃべりゃー。アオキがどうしたんや?」
 水を入れたコップを持つかおりさんの顔が、お姉さんから小林麻美からヤン姉に変わっていた。
 単なる予感が真実味をおびた予兆に変わろうとしていた。
(続)



2006・恋  〜 承前 〜
2歳でこんなに湘南BOYだったのに……
いまは波打ち際恐怖症。慣れるのに小一時間を要する

 タケダテツとその父の生ぬるい日常をぼんやりとつづった『子育て父さん湘南物語』は結局11話まで書かれた。そして途絶えた。話は、3歳を目前にした彼が変身することに夢中になっている、というところで終わっている。  実はその後、父はタケダテツとともにふたりで自転車に乗って鵠沼の海まで出かけた。12話にはその話が書かれるはずであり、実際にも原稿への着手はしてみたのだ。

 それは、ものすごく気持ちのいい初夏の1日で、普通ならば父と母とタケダテツでどこか近場に出かけてちょっとした買い物をして、ときおりタケダテツのヘタレぶりを叱り、それによって彼は泣き、それでもまあまあ満足のいく1日ではなかったかと思い返すような、小市民的な幸福に浸るはずであった。だがなんとなく思い立った。父は「テツと海に行ってくる」と言い、母は「そう」と言った。
 「テツと海に行ってくる」。息子と男2人で海へ……カッコいい。ボーダーシャツとチノパン、素足にデッキシューズ的なカッコよさだ。まさに湘南気分、満喫。この瞬間のために、この町に暮らしていると言ってもよい。これが息子が中学生で、父が漁師ならばNHKのドキュメンタリー的演歌的世界が広がるだろう。『父子舟』とか、そういう類の。
 要は、父にしてみれば「テツと海に行ってくる」というセリフを吐きたかっただけなのかもしれない。ともかく、タケダテツとその父は電動アシストサイクルに2ケツして、鵠沼の海に出かけたのだ。
 あまりに気持ちよかった。道中、別に大したできごともなかった。無尽の幼稚園の園庭を見て「行こうね」と話し合ったり、ものすごく少ない語彙数を駆使してしりとりしたぐらい。日陰に入ると風が少しひんやりして、「ひゃあ」と言うと、タケダテツは後部のチャイルドシートで足をぶらんぶらんさせながら笑った。海に着いたらオムツをぬらしながら、浜に穴を掘り基地を作った。オムツはその数ヵ月後のある朝、目覚めたタケダテツが開口一番「今日からおれ、ウルトラマンのパンツにする」と宣言したことにより撤廃されるのだが、それはまたべつの話。

 父は、この日のできごとを書けなかった。おもしろくてさわやかで心地よかったことを、上手に書くことができなかったのだ。
 で、3年半ほどがすぎた。
 で、書いてみた。上手に書けるようになったわけではなくて、上手に書く必要がないとわかったからだ。年をとってちょっとゆるんだだけかもしれないけど、サラサラ~っと書いた。

 タケダテツは6歳になり、おっさん風な食い物の嗜好は強化され、なぜかヘタレ度合いも強化された。いまでは波打ち際が怖くてなかなか近づけないほどだ。
 それと、うちに新メンバーが加入した。たけだりお3カ月。花のようにかわいい女の子である。



夕暮れ時のミラーボール



「にがい涙」スリー・ディグリーズ
テレビに出てくる外人で日本語を話せるのはロイ・ジェームスとデストロイヤーしかいなかった時代に、突然スリー・ディグリーズが日本語で『見てたっ はずよっ…』って。意味の分からない英語の歌詞ならハハンハハンってリズムに乗って洋楽カブレしてればよかったけど、3人揃いのドレスで生々しい日本語で男と女の隙間みたいなところを歌うもんだから、厳格な父親は「こんな番組見ちゃならん!」とチャンネルを変えた。ところが変えられたチャンネルに映し出されたのは『プレイガールQ』だったりして、親父はどうフォローしていいかわからずブチっとテレビの電源を切って二階の寝室へ直行した。消されたブラウン管に走るチチッっという静電気が、彼女たちの余韻を残していた。


「その気にさせないで」キャンディーズ
キャンディーズは意地悪なお姉さんたちだった。『年下の男の子』とか『内気なあいつ』とか、どこまでも僕らを安心させといて、無邪気にお姉さんの部屋をのぞいたら、ドアの隙間からどこか苦みの混ざったコロンの香りが僕の鼻に木霊した。制服を脱いだお姉さんは僕の手の届かないところに行ってしまうんだ。だったらせめて制服を来たままでいて。それがだめなら、その気にさせないで。これ以上僕らの心を揺らすのは、僕らの脳髄をピンク色に染めるのは、お願いやめて!「そんなつもりじゃないの。でも、傷ついたんだったら、ごめん」。ぺこりと下げた髪の匂いがまたまた僕を破壊した、中学生という純情…


「ファンタジー」岩崎宏美
学校帰りの田んぼ道。あのコと夕暮れの中、家路を辿ってる。手をつなぎたいのに、僕の手のひらときたら恥ずかしがってポケットの中でもぞもぞと照れ隠し。勇気を出してサッと彼女の白い手を奪おうとしたら、焦った手のひらがこともあろうに彼女の胸のスカーフにタッチした。「あ、ごめん」「ううん、へいき」。沈黙と静寂の中で僕の心臓とあのコの心臓が蛙の鳴き声よりも大きな声で泣き出した。キスなんて、まだまだ遠いおとぎ話の夢の中。ファンタジーとメルヘンと、そして現実との狭間で揺れる恋心。『恋ってね、苦しくなることの方が多いんだよ』。歌詞の裏側に隠された岩崎宏美のメッセージに、また恋をした。


「セクシー・バス・ストップ」浅野ゆう子
「いつものジュークBOXかけても、あなたはいないのね」。
心はずむラブソングが、今夜はなんだか哀しい雨音に聞こえるのは、やっぱりあなたがいないから?隣では仲のいいアベックたちがボーリングをして愉しそう。羨ましくなんかないよ。だけど…だめだめ、ラブソングで流す涙は幸せな涙って決まってるんだから。よーし、踊りにいこ。ミラーボールの輝きは悲しみを忘れさせてくれるから。「ねぇ、あなたひとりで来てるの?だったら私と踊ろうよ」。カチューシャをしておでこを見せた浅野ゆう子が私の寂しさを笑顔で埋めてくれた。「じゃ、私の役目はここまでね」。背を向けて去って行った浅野ゆう子の後ろには、あなたが笑いながら立っていた。バカっ、もう一回泣いちゃうからっ。


「リップスティック」桜田淳子
淳子20歳。俺16歳。彼女オトナ。俺ガキ。『白い雨に くちべにだけ赤く』。恋の階段をひとつずつ昇っていく彼女の背中は、恋に憧れているだけの俺には遠すぎる。赤、青、黄色。原色しか知らない俺の感情が、彼女の背中を追うことでいろんな色が混ぜられてすこしずつ切なさが彩られていく。紫色や淡いグリーンやはにかんだピンク色は、戸惑いやもどかしさを憶えたせい?いやだ、パステルカラーなんてわからない。どこまでも原色の恋がしたいのに、何色を足したって俺の思いは薄まらねーぞ。俺の叫びが淳子の背中を通り抜け彼女の心の扉をノックした。「バカね、ほら、私のくちべにだって赤いでしょ」。どんどんはまり込んでいく恋の罠に、僕の心は真っ赤っかに染まった。


「バンプ天国」フィンガー5
曲の出足は何回聴いても『東鳩キャラメルコーン』のCMと聴き間違えてしまうが、アキラくんが歌いだしたら急にソウルフルな雰囲気に包まれて。なんてゆーんだろうなぁ、あのリズム。ジャクソン5じゃ醸し出せないフィンガー5ならではの喉に絡みつくような甘ったるさが、通知表の評価の悪さをどっかへ吹き飛ばしてくれた。フィンガー5のリズムって、とても味覚的で、そうそう、あの甘さってバニラアイスの上にプリンのカラメルソースをかけてちょこっとナッツをのっけた感じ。大人になるまでの僅かの時間の中でしか許されなかったチャイルドソウルだったけど、彼らを知ったおかげで学園は天国になった。


「胸さわぎ」優雅
ディスコティックなサウンドを台湾出身の優雅(ゆうや)が歌うことで、どこか不思議な世界観がつくりあげられ、日本歌謡界は未知なる航海をはじめた。後のテレサテンにつながるプロローグは、日本人には匂いたたせることができないアジアレディの哀しみと逞しさを同時に表現した。不安?そりゃあるわよ。だけどずっとここに居るのなら私は旅に出る。空路でもなく陸路でもなく、ただひたすら波に揺られて東へ向かうの。楽しいだけの恋なんていらない。どんなに苦しくたって私の恋心だけは私を裏切らないから平気なの。信じることで自分を強く持とうとする健気なキミだけど、本当は海よりも優しいコだっていうこと知ってるよ。


「いい娘に逢ったらドキッ」伊藤咲子
伊藤咲子の歌唱力がありすぎて、せつない思いが高速回転で元気な応援歌になってしまったというミラクルな曲。誰もが恋する気持ちの切なさを歌に求めていたときに、まるでジュリー・アンドリュースのように「ドレミファソラシド」って魔法をかけてフォークダンスの世界へと導いたことは恋のノーベル賞に値する。ただ伊藤咲子の歌ってるシーンがどうしても『スター誕生!』の生放送が行われていた渋谷公会堂の客席の一番後ろの扉の前という印象しかなくて本当にごめんなさい。そしてもうひとつ。伊藤咲子と初代コメットさんの見分けがつかなかったのは僕だけでしょうか?


 「ディスコナイツジャパン」(SME)



「Reincarnation(輪廻)」



「見上げてごらん夜の星を」

見上げてごらん夜の星を。
そこには坂本九の笑顔がある。
これ以上の笑顔、どうやったら作れるのというほどの九ちゃんの微笑みが、夜空の真ん中でキラキラ輝いている。

星空を見上げることをしなくなってしまったひとたちの心に笑顔はあるのだろうか?
目を凝らして、ジーッ。ようやく見つけた黄金色の光に君は何を思うのだろう。
スイッチひとつでほとんどのことが可能になった時代、その代償として夜空の星たちはどんどん遠くへ行ってしまった。
見えなくなってしまったから見ないのか、見なくなってしまったから遠くへ行ってしまったのか、星はなんでも知っているけれど、こたえは遥か闇夜の中。

40過ぎともなると大概のことは経験してきた。
あんなこともこんなことも、人が喜んでくれることも困らせてしまうことも、いっぱいいっぱい。
自分を信じて生きてはきたけれど、自信がなくなったり不安になったときに、僕はいつも夜空を見上げてきた。

東の空におばぁちゃんの笑顔をみつけたとき僕は8歳に戻っていた。
万引きをした僕を、怒るのではなく、すこしだけ哀しみを滲ませた笑顔で諭すおばぁちゃんの顔。
「人の物を盗って喜ぶ子が、人に物を盗られたらどんな気持ちになるんやろね」
おばぁちゃん、僕、もうしないよ。僕の中で僕が生まれ変わる。

霧にけむった北の空に親友のシンヤがいる。
死んだときと同じリーゼントにくわえタバコ、口元ゆるめて横目で見てる。
「自分を強く見せるために人を傷つけるやつは、いちばん弱い人間だ」
殴られても裏切られても人を傷つけなかったシンヤが、夜空でキザに笑ってる。
俺、もうぜったいしない。唇と瞼を腫れ上がらせたシンヤの笑顔が僕を生まれ変わらせた。

一生懸命やってきたことに人が喜んでくれたとき、とても幸せな気持ちになった。
月のとなりに月よりでっかいおやじの顔が、生きてるときにはあまり見たことない笑顔がある。
はげあがった額からは強烈な光りが放たれてる。
「生きてる間に褒めてやりたかったな」
死んでからの方が照れくさくなくてよかったよ。

褒められるためにやるのではなく、自分自身に一生懸命になれたことに、月のとなりでおやじは笑ってくれたのだろう。
さっきよりすこし自信が湧いて、僕の中で僕は生まれ変わった。

見上げてごらん、夜の星を。
たとえ星の輝きがなくても、そこでは大切な人たちや想い出の数々があなたを照らし続けてる。
もう会えなくなってしまったあの人が、あなたの中であなたを生まれ変わらせる。
夜空との対話の中で毎日生まれ変わってゆくあなたが、やがて天に昇ったとき、
あなたの輝きと向き合う誰かのなかで、あなたもまた生き続ける。
九ちゃんの笑顔が途絶えることなど、未来永劫ありえないのだ。


THE FREE PAPER R



「ROCK'N ROLL」



夢なんてたいてい叶わないもので、夢をもった瞬間から挫折を余儀なくされるものである。
小学校の卒業文集で書いた将来の夢が絶対に叶わないのは、夢を持つことは大切だけど、やがて大人になって夢がかなわないと知ってからの人生の方がもっと大切なのよという教えにほかならない。
卒業文集で書いた夢が叶いっこないと思いはじめたころ、いつしか夢は恋とすり替わる。
はじめて重ねたくちびるに経験したことのない衝撃が脳天をかけめぐり、明日からの人生はそのコと一緒にいることがすべてとなる。とろけるような甘さとせつなさ。喧騒のなかでも聴こえる胸の鼓動。ドキドキと言う心拍音が好き好きと言っているようでしかたない。
だけど恋は儚くいつしかあのコは他の誰かの元へ。僕に残されたものは僕を苦しめる思い出と出口の見えない明日からの人生。
もうぜったいに人なんか好きにならないと固く心に誓ったあの日からわずかひと月、僕はそれまでとは違うあのコのことで心の筋肉がちぎれそうになっている。
恋なんてそんなものだ。ずっと想い続けていればいいというものではない。
あたらしい恋をしたら、昨日までの恋にさらりと別れを告げればいい。
女のことだけ考えていたら、いつしか僕は社会の扉の奥にいた。
恋は順調。仕事はどうだ?夢はどこいった?
恋のはじめは盲目だ。一緒にいられるだけでとてもHAPPY.だけど鮮度をなくした果実はその渋みだけを口元に運ぶ。
「ねぇ、あなたの夢ってなんなの? 収入はどれくらい? どんな家に住みたいの?」
卒業文集で書いた夢のレールから大きく外れた今、明日はあるけど夢などない。
職業とカネで男を評価され、耐えられず選んだ孤独の道。
手にした缶コーヒーが俺の心をネズミ色に染め抜いた。
夢ってなんだ?叶わないことが夢なのか?夢がないとダメなのか?
だけど俺は生きて行く。夢もないし好きな女もいないけど、死ぬ理由もないのでとりあえず生きて行く。
パイロットとか野球選手とかハリウッドスターとか、とんでもないところから始まった俺の空には東から登った希望がため息へとかたちをかえて西の方へと沈んでいく。
今までどれほどの夢を抱いたことだろう?
今まで何人の女を好きになったことだろう?
今までどれだけ傷ついて、どれだけ自分をあきらめかけたことだろう?
だけど僕は生きている。思い通りにならないつまらない人生の中で。
反省のない僕はきっとまた小さな夢を持ち、誰かのことを好きになる。
西に沈んだため息も、朝にはまた希望となって立ち昇る。
こんな僕でも息を吸うために生きてるのではなく、生きていくために呼吸をしているのだ。
ROCK'N ROLLとは、つまりそういうことなのだ。


THE FREE PAPER R



「RED」



『痛くてダサくて情けなかった、あの赤い日』

大会新記録に挑戦し、惜しくも失敗した僕の背中には大きな拍手が浴びせられた。右手に包帯を巻いた痛々しい姿が、人々の感情を拍手に変えたのだろう。あたたかく心地よい拍手の中で、ある一方からだけ放たれるピリッと背中を射るような鋭く痛い視線。父親だった。その痛い視線の理由を聞かされ教えられたたきこまれ、僕はようやく男としてのスタート地点に立った。

ちっちゃな町で何十年かぶりに全国大会に出場した僕は、町中の人たちから注目されていた。1週間後に行われる市の陸上競技大会でも連破と新記録は間違いないと、僕をふくめ誰もが思っていた。
そこへ突然のアクシデント。技術家庭科の授業中に、不慮の事故で僕の右手の中指が第一関節あたりから爪ごともろとも千切れてしまったのだ。指先から吹き出す鮮血が純白のワイシャツを真っ赤に染めてゆくのを、どこか冷静な気持ちで見つめながら、ふと思いを1週間後に走らせる。
“だめかも”。痛みと虚しさが一挙に押し寄せた。

骨が剥き出しになった僕の中指は、外科医の手によりなんとか元どおりになったが、爪を剥がされたうえ縫合されたばかりで神経が過敏になりすぎているため、手首をほんの少し動かすだけでも激痛が走る。医者は陸上大会への出場を諦めろと言った。その場では“わかりました”と答えたが、絶対出るつもりでいた。
この状況で出場してヒーローになるつもりだったのだ。

大会当日、僕の怪我は周囲に知れ渡っていて、棄権と決め込んでいた人たちから同情の声をかけられたが、走り高跳びの競技が始まって僕が助走に入ると誰もが驚きの表情を見せた。もちろんあれ以来練習はできず、痛くて触れない腕のせいで跳躍フォームもリズムもバラバラだけど、なぜか勝てる自信があった。それでも練習不足と痛みのことを考え、パスを繰り返した。
参加選手がどんどん失格していくなか、大物を気取ってとりあえず試しに1本クリアした頃にはすでにベスト8が出揃っていた。

優勝を争った他校の選手にとっては未知なる高さを僕は軽くクリアする。
それがプレッシャーになったのかその選手は3回連続で失敗し、あっけなく僕の優勝は決定した。
残るは大会新記録。これを達成すれば完全制覇、たちまちヒーローだ。

英雄への階段を前にして気合いは入っていたが、やっぱり指が痛い。僕は跳躍回数を考えてタイ記録をすっとばしていきなり新記録の高さにバーを上げた。
沸き立つ観衆の中で3分後の勇姿を脳裏によぎらせバーに向かって助走を始めた。
ポロッ。落ちるバーにため息が舞う。
2回目の跳躍も、わずかにバーを引っ掛ける。さっきよりさらに大きなため息。
着地の際、マット上で体の下敷きになった右手中指が包帯に真っ赤な血を滲ませる。観衆の沈痛な面持ちとは裏腹に、僕に痛みの感覚はない。
“集中してる。かならず跳べる”。
そしてラスト3回目の跳躍。
“跳べたっ!”。そう思った瞬間、左の踵がバーと希望を引きずりおろした。
どよめきからため息へ。一瞬のドラマの中で、痛そうに右腕を抱え顔をゆがめながらピットを去る僕は、さしずめ悲劇のヒーロー。鳴り止まない拍手と声援。

新記録達成はならなかったが万来の拍手を浴びた僕に悲壮感はなく、さばさばした気分で帰宅すると玄関には父親が仁王立ちしていた。
「跳べなかったことを怪我のせいにするような真似するな! ばかやろう!」

その日、仕事を休んで大会を観に来ていた父親が包帯に滲む血の色よりも赤い顔をして怒鳴った。喰らったビンタは千切れた指先よりはるかに痛い。
心中をズバッと突かれた俺は、しばらくそこから動くことができなかった。
恥ずかしくて、カッコ悪くて、ダサくて、、、、、、

その日から言いわけをすることだけは絶対やめようと誓った。
それが20歳のときに死んだ父親との無言の約束なのだ。


THE FREE PAPER R



「ROOM」



「どうしたの?めずらしいやん、こんなに残して」
うつむき加減に茶わんを置く僕に心配顔のお袋。
「好きな子でもできたんやろ。あっはっは」
鈍感そうで鋭いオヤジの一言が僕の脳天を貫いた。

「しょーもないことゆーな!」
 心中をズバッと言い当てられた恥ずかしさとちょっとした怒りが混ざった瞬間、僕は家を飛び出した。全速力で走る僕の行方を見守るようにいつまでも飼い犬のケンタが吠え続けている。
 ワンワンワンッ。あの鳴き声、人間語にするとどんな意味なんだろ?“いってらっしゃい”、ちがうな“どこ行くの?”、余計なお世話だ。“ガンバれよ!”、おう、わかってんじゃん。でも、なんで知ってんの、おまえ?

 僕が走り出した方向は、恋しくてしかたない丘の上にあるあの娘ん家。むしゃくしゃした気持ちを静まらせようと思っても、逆に興奮してピッチもストライドもボリュームアップ!心拍数190、もうあかん。死にそう。部活で入らなかった気合いを補い、パンパンに膨らんだ太ももは勇気の印。「言うぞっ。言ってやる。言わないと」。その先には「言えるかな?」とか「言ってもいいかな?」とか続きそうだったけど、どんどん情けなくなってく自分を抑えて、僕はあの娘の家の前に立った。

 ケータイもポケベルも留守電もない時代、中学生が告白するには直接会って話すのがいちばん。だけど学校じゃみんながいるから恥ずかしい。だから、ケンタに見送られてここに来た。
 心を決めてあの娘ん家の前に立った瞬間、二階の電柱の前の部屋の灯りがパッ。俺、ドキッ。窓越しにあの娘がふわっ。そして薄緑色のカーテンの奥へあの娘は消えた。サーッ、カーテンの波が届けてくれたミントの匂いは、この世で僕だけにしか感じられない気持ちの証だった。
 恋する気持ちは薄緑色。恋するあの娘はミントの香り。深く息を吸い込むほどに、その思いは胸をしめつけ、僕は壊れそうになった。

 その先に踏み込めなかったあの日から何日か過ぎ、今度こそ覚悟を決めて彼女ん家の門の前に立ったとき、C組のあいつがあの娘とあの娘のお母さんに見送られて玄関から出て来た。僕の心のカーテンは引き裂かれ、薄緑色の血液がミントの香りを漂わせながら僕の恋心にピリオドを打った。

 一世一代の芝居で通りがかりを装った僕は、その思いを胸にしまい込み、C組のあいつに全力をふりしぼって「よおっ!」と声をかけたけど、やつに背中を向けたとたん、ものすごい勢いで涙がでた。
 薄緑色のカーテンにこてんぱんにやられた僕を慰めてくれたのは、ワンワンと元気に迎えてくれるケンタの鳴き声だけだった。


THE FREE PAPER R



「横浜」



 初めて東京見物に行った帰り、初めて横浜のおばさん家に泊った。
 はとバスに乗り名所、旧跡を巡った。すごく楽しくて、その行動ルートは今でも鮮明に記憶している。おばさん家は京浜東北線の根岸駅から徒歩5分のところにある住宅街でガラス店をやっている。国道沿いのため、交通量が多く、とりわけトラックやダンプが異常に多いので“これも都会の国道ならでは?”と勝手に思い込んでいた。
 そうそう、おばさん家、築60年位経ってて、でかいダンプが通るたびに、階段がみしみしと鳴った。あれ、夜中に聞くと恐かった。はとバスを終え、電車で根岸駅に着くまで、僕と兄と父は、東京話でものすごく盛り上がっていた。っていっても、会話の最後には必ず、「すげえ」がつくお上り話ばっかし。“東京タワーって、” “NHKって、” “皇居って、” “羽田空港って、”…。とにかくその後ろに全部(すげえ)をつけて、きっとその日見たものを再確認し、心に刻む作業に没頭したのだろう。
 がんばって話しすぎて、のどがからからになったので、僕は親父にファンタオレンジを、兄貴はスプライトを買ってもらいのどを潤した。(ちなみに親父は当時、スブライトと呼んでいた。そういえば、実家の4軒となりの谷藤さんのおばさんは、ついこの前までティッシュのことをペッシュと呼んでたなあ)
 そしておばさん家までの5分の道のりを、またまた<東京すっげえ>話をしながら歩いていくと、ガラス店の玄関よりも50mぐらい駅の方までおばさん、迎えに来てくれてた。
 「圭ちゃん、イチロー(兄貴)くん、疲れたでしょ。お家入って。」
 盆前のムシ暑い夜に、おばさんは家中の扇風機を集めて、居間を冷やしてくれた。「さぁ、のど渇いたでしょ?冷たい麦茶入れてあげるね」
 「ううん。大丈夫。今、駅でファンタ買って飲んできたから」
 残酷なまでに正直な子供の言葉に親父は眉をひきつらせながら、申し訳なさそうに言った。「ああ、ふたりで1本だけね。」
 「ちがうよ、兄ちゃんはスプライト飲んできたよ」
 親父の眉が元に戻り、大きく鼻からため息がもれた。
 「おい、おまえら、もう寝るぞ」と、ドスの効いた声で親父が言うと、
 僕と兄貴は無理矢理2階の寝床に連れていかれた。
 ビシっと扉を閉めるなり親父が顔を赤くして怒鳴った。
 「おばさんがせっかくお茶入れてくれると言ってくれたのに、なんでジュース飲んできたなんて言うんや!!」
 「だって 本当のことやん」
 「本当でも、おばさん、がっかりしとったやろが!!」
 「でも 本当のことやん」
 川の字の真ん中で寝てる僕に、親父は泣くまで説教した。
 嘘をついていない自分がなぜ怒られるのかさっぱり解らなかったけど、おばさんががっかりしたと聞いて、僕はだんだん自分を責めはじめた。親父の反対側で背を向けて寝ていた中学生の兄貴には、怒られた理由がなんとなくわかっていたらしい。
 翌朝、泣きはらした顔で朝食の席についたとき、僕の茶わんの横にはファンタオレンジがあった。
 「圭ちゃん、今度はおばさんが先に用意しといたからね」

 ダンプで揺れるみそ汁をながめながら、初めての横浜が僕を少しだけ大人にした。


: 「Z」 04号



「代官山」



 ヒルサイドテラスの前でイキがった高校生が狭い歩道を4人歩いてる。
“きっと修学旅行だな。”
 眉毛を片方だけ吊り上げアゴを突き出し首を斜めに倒して、周囲80cmは悠にあろうかというボンタンをダブダブに見せて歩行者を威圧している。
 なんだか懐かしくなって彼らを見ていると、一番背の低い奴が足早で僕に近づいてきた。
 「なに見よっと?」
 最近の17歳の少年たちのこともあるのでちょっと恐かったけど、それでも懐かしさには勝てず、嬉しくなってニンマリしてしまった。
 「おまえナメちょっとか?」
 「そんなことないよ」
 「じゃ、なんで笑うとか?」
 「カッコいいなと思ってさ。でもなんで絡むの?」
 「目が合ったやろ」
 「それだけ?」
 「そぉっちゃ」
 「わかった、もう見ないよ」
 日本一お洒落な街でオヤジに頭を下げさせて勝ち誇った4人は、さらにボンタンを太く見せながら槍ヶ崎交差点の方向に歩いて行った。
 それから小一時間。八幡通りにある洋服屋で打合せを済ませて通りに出ると、モッズヘアの前の歩道であの4人が、今度はおばあちゃんを囲んでる。
 “あいつら、いい加減にしろよ”。小声で怒りを吐き出し今度はこっちが眉を吊り上げてヤツらに向かって歩き出したとき、なんとヤツらはおばあちゃんが両手に持ってた大きな紙袋とビニール袋を分担して持ち、そのままおばあちゃんと一緒に歩き出したのだ。方向は明らかに代官山駅方向。
 道路を隔ててその光景を見ていた僕の眉は元に戻り、一時間前と同じ笑顔で彼らに視線を送ると、さっきの一番チビと目が合った。
 またイチャモンつけにすっ飛んで来るのかなと思ったら、照れくさそうにコクッと頭を下げてそのまま歩き去っていった。
 あの太いボンタンの中には、優しさや愛情も詰まってたんだ…。


: 「Z」  創刊号



「松田優作」



 なにしろイキガっていたもので・・・、
 中学入学と同時にダウンダウン・ブギウギバンドの「スモーキンブギ」に影響されて、はじめてショートピースを試した。それもオヤジが常煙していた缶入りのやつ。
 A型のオヤジは1本だけ減っているタバコに気付き、すぐさま兄貴を呼びつけ正座をさせながらビンタをとった。「兄ちゃん、かばってくれてありがと」「は?吸ったの俺やで」。なんのこたぁない。実は兄貴も1本拝借して、2本減ってるのを勝手にオヤジが1本だと勘違いしていたらしいのだ。くわばらくわばら。学校が終われば、町へくり出す。もちろん白いツナギにコンバースのキャンパス・ハイカット。レイバン風ティアドロップにハンドルひっくり返したチャリンコにまたがって、ブィーンと飛ばすのだ。俺たち5・6人、ツナギのポケットにはそれぞれの名前の頭文字がマジックで書かれてある。俺は圭介だから「圭」、幸一は「幸」、明利は「明」。今思えばどれも迫力に欠ける字だったなー。
 とはいえ、俺たちはアラブのラディン氏のような武闘派ではなく、どちらかというとカマシ&エスケイプ。とりあえずイキがっといて、相手ビビらせたら、アバヨっ!となると、どうやって一発カマすかってのが問題になってくる。
 「シバイたろか?」「なめとるんか、オイ?」「いっぺんやったろか?あん?」んー、どれも極端すぎてリアリティに欠ける。“コイツら、ホントにヤバイ”って思わせないと。うーん。あった。あれだ!
 「なんじゃ、こりゃぁ!」
ジーパン断末魔の叫びである。しかもあのシーンを忠実に再現してこそ、インパクトとビビり度はUPする。敵(よその中学の奴ら)を見つけるなり、チャリンコ降りて、肩幅よりやや広めに立ち両脇を開いて、手を内側に広げ、とりあえず自分のヘソの辺りを見てからゆっくりと視線を敵の目玉に向けて、一発、「なんじゃ、こりゃぁー!」(正確には「あんじゃくうりゃぁ!」)。
 ところが調子こいて中2の地蔵さん祭りの時、敵の大軍に「なんじゃ、こりゃぁー!」の先制パンチをかましてやったら、大川と長瀬がボコボコにされちゃって・・・。殴りまくってる奴らに「やめろよ、寄ってたかってひきょうだぞ」って、結局情けない言葉で小っちゃく反抗しただけ。
 「なんじゃ、こりゃぁ!」が思うように使いこなせなかった俺は、すぐさまカマシの一発を永ちゃんの「ヨ・ロ・シ・ク」と「スアイコー!(最高!)」に切り換えた。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー LIVE11



「ポルノ」



 「それではこれでホームルームを終わりますが、栗山くんだけは教室に残ってください」
 中学に入学したての5月。春の遠足がおわったばかりの頃の放課後、俺は無人の教室で一人座らせられていた。原因は分かっていた。遠足に持っていったワニの豆本(ワニブックスから出版されていた小っちゃな辞書みたいな本)のことだ。
 ワニの豆本には種類がいっぱいあって、「なぞなぞ辞典」とか「おもしろ歴史Q&A」とか、一見あそびっぽいけど雑多なネタがいっぱいつまってて、編集者やライターを目指す人にはとっても役に立つものが多かった。
 で、原因になった豆本というのがその名も『エッチな本』。もちろんこれも例に違わず女体の部位の特徴や役わり、男子との違いなど医学的に見ても、ものすごく為になることばかり書かれてるんだけど、担当の梶田先生は『エッチな本』というタイトルだけで、それを取り上げてしまったのだ。
 「栗山くん、なんでこんなポルノ雑誌を遠足に持っていったんですか?」
 「そんないやらしい本じゃないです」
 「でも“エッチな本”って書いてあるじゃないですか」
 「…でも、勉強にはなります」
 「まだ早いんです、中一のキミには」
 「じゃ、いつになったら見ていいんですか?」
 「もういい、帰りなさい」
 寺の住職でありながら数学の鬼教師といわれる梶田先生のアタマは堅い。
 仏に仕える妙な正義感とシャレのきかない数学的な考えで、俺はたちまちエロガキのレッテルを貼られるはめに。
 「栗ちゃん、エッチな本、取りあげられたんだってさ」
 「教科書忘れてもエロ本だけは持ってくるらしいよ」
 オレ、とりあえず耐えた。怒る気にもならなかったし、自分が悪いなんて思ってなかった。
 だけど次の日、俺は忍耐のK点をついに超えてしまった。
 それは部活動終了後、夕方遅めに帰宅した時だった。
 なんと梶田先生がわが家の今で親父と向き合っていたのだ。
 しかも脇にはエロ本の山が。
「エロトピア」「漫画ボン」「バチュラー」ついでに「平凡パンチ」と「高校生無頼控」。
 得意満面な顔で梶田先生が囁く。
 「コレ、全部君のベッドの下から出てきたんですよ」
 もう頭がチンプンカンプン。エロ本が没収されていることより、エロ本を出してきた親父を恨んだ…つもりだった…けど、次の瞬間、その思いが間違っていたことに気づく。
 「先生、これはポルノ本です。でも息子が遠足に持っていったのは“エッチな本”というタイトルの豆辞典でポルノじゃないはずです」
 「でもね、お父さん…」
 「すみません先生、私、用事があるもので…」
 そう言い残すと、ステテコ姿になり居間から丸見えの庭で親父はあからさまに芝刈を始めた。
 「おーい、圭介も手伝えやー」
 翌日のホームルーム。俺はクラスメイトを引き止め、教壇の上に立って、昨日先生に没収されたエロ本を広げて見せた。
 「みんなこれはエロ本です。これは学校に持ってくるとマズイです。そして俺が持ってきたのはコレ。“エッチな本”。これはいいと思ったけど、やっぱりコレもマズイみたいです。これからこういう本を持ってくるときは梶田先生に相談した方がいいと思います。じゃコレ、俺が持ってるとまた取り上げられるので、先生にあげます。」
 申し訳ないぐらい、クラス中が大爆笑。
 梶田先生、真っ赤っか。
 「それとさ、ベッドの下にエロ本隠さないほうがいいよっ。」
 帰宅後、芝刈りをしている親父に学校であった出来事を話した。
 その晩、俺ははじめて親父の酌でビールを飲んだ。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー LIVE10



「BOOM」



 初恋は南沙織だった。
 小学校3年の夏、彼女がテレビで『17歳』を唄い出した瞬間から、好きになった。
 だけど、初めて人を好きになったのに、その人には会えっこない。
 好きになるよろこびと会えない辛さが交錯して脳が破裂しそうになった。
 「お兄ちゃん、俺、こんなにシンシアが好きなのに、やっぱ会えんのかん?」
 「そんなことあらへん。親父に相談してみろ!」
 今思えば、なんで芸能人に会うために親父に相談するのかよくわからんが、とにかく昭和の時代というのは困ったときにはオヤジ頼みだったのです。
 「おい、東京連れてったるぞ。『はとバス』と『夜のヒットスタジオ』や」
 相談してから1年が過ぎた夏の日に、俺はついにシンシアめがけて東に向かった。
 皇居で写真を撮り、東京タワーではろう人形館に入り、NHKでひょっこりひょうたん島と戯れた。
 けど、そんなの所詮付録。俺には『夜ヒット』と、その先のシンシアしか眼中にない。
 そして遂にフジテレビGスタへ・・・。あのときめき、身震い、緊張感。
 忘れられない30年前の俺の胸に打ち寄せたLOVEという名のビッグウェンズデー。
 ・・うわっ、すげーっ。みんなモノホン。にしきのあきらがいる、森進一がいる、野村正樹も岡崎友紀も、司会の芳村真理とマエタケとダン池田もみんな本物。
 でも、ひとりだけ、シンシアだけがいない。
 「なんでおらんの?なあ?おとーさん?」
 「ここまで来れたんだからもーえーやろ」
 「シンシアおるって言ったやん」
 「おらんもんしゃーないやろ」
 いかにも昭和っぽい親子ゲンカを目のあたりにした<ヒデとロザンナ>のロザンナが、泣きじゃくる俺の元へと歩み寄り、やさしく声をかけた。
 「どーしたのボク?」
 「シンシアがおらへんの」
 「ごめんネ。私が沙織ちゃんだったら良かったのにネ」
 ロザンナのマリアっぷりに野球帽をかぶったオヤジは深々と頭を下げ、兄貴は抜けめなく森進一にサインをしてもらっていた。
 夜のヒットスタジオ第199回。シンシアに会えなかった哀しみとロザンナの深い愛情と、シンシアに会わせてやれないのに東京まで連れてきてくれたオヤジの複雑な気持ちが、10数年後の俺を業界へと走らせた。


ブームと呼ぶにはあまりにも永過ぎる30年間の想い。
だけど俺には、このせつなさがあるからこそ生きられる。
今でも俺の気持ちは変わりありません。


シンシア、ずっと会えなくてありがとう。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー LIVE 9



「愛だぜ!」



 国士舘大学体育学部では毎年、秋になると学部内競技会という体育祭が開催される。これがすさまじいレベルで、たとえば100M走では10秒台が続出するし、バスケの試合ではダンクまで飛び出してしまう。とにかくとんでもないレベルの競技会なのです。しかもその競技会では自分の所属しているクラブ競技への出場は認められない。つまり10秒台で走る奴は陸上部以外の奴でダンクもバスケ部以外の奴があ決めるわけです。
 当時、2年C組に在籍してた俺は、クラスのサッカーの応援でグラウンドに駆けつけていた。白熱する試合展開に思わずアナウンスブースのマイクを横取りし、調子に乗って『飛び出せ青春!』の村野武範の面をしてチームを盛り上げると、それが全校中のスピーカーから流れ、たちまちグラウンドは満員のギャラリーで膨れ上がった。
 <今なら何を喋ってもウケる>と本能的に察知した俺は、ゲームそっちのけでいかりや長介とかザ・ぼんちのおさむちゃんとか、今では考えるだけでも寒くなるような物真似を連発して会場を沸かせると、その甲斐あってクラスは逆転勝ちし、俺は昨年のミスターのようにクラスメイトの胴上げで宙を舞った。
 まさに夢見心地。しかし、これから事態は一変した。
 なにやら前方から190cm近い坊主頭の大男が2人、俺めがけて歩みよってくる。ジャージーの色から奴らは一年生だと分かった。
 『ん?ナニ?』 『失礼します』
 大男たちはいきなり俺の両脇を囲み、脇に手を通すとガッチリと俺の腕をロックした。
 『ナニすんだよ?』 『スミマセン、先輩の命令なので…』
 そのまま俺は拉致られ、捕われた宇宙人みたいなカッコで魔の松蔭寮へと連行された。
 国士舘大学松蔭寮。柔道、空手、剣道、相撲、レスリングなど武道系中心の部員が生活する通称・網走。その起きてと規律は陸軍中野中学校より厳しく、左翼団体の集団リンチよりも血を見る武蔵野のアルカトラズ。何人たりともそこには近づけず、またそこから脱出することも同様にして不可能とされる生き地獄である。中でも柔道部は寮内でナンバーワンのハバを効かせるキング・オブ・松蔭寮。そして連行されたその先は柔道部副主将(寮長)の部屋だった。
 『押忍!失礼します。○○先輩の命により連れて参りました』
 『ほーう、ワレかい、昼寝の邪魔したのは?』
 『・・・・・・』
 『ワレ、松蔭寮の掟、知っとるんじゃろうのう?』
 ・・・・・・(もうだめだ。死ぬかも。殴られなくても恐怖で死ぬ)
 この先、何が起こるかを予感した大男2人は副主将に一礼すると、ドアを締めて部屋を出た。
 俺は震えた。今までの人生の中でいちばん。あまりの恐怖により俺の中のすべての神経回路が混線して言葉さえ失くしてしまった。
 『返事もできんような奴には身体で教えたるしかないわなナー』
 ・・・・・・死ぬ。そう覚悟した時だった。
 『やめてください。悪いのは僕らも同じです』
 なんとクラスの連中が10人ぐらい部屋の中に駆け込んできたのだ。
 『なんじゃい、キサマら』
 さらに5人、6人と部屋に駆け込み同じセリフを繰り返した。
 『あー、もうええわい。次にやりよったらタダじゃすまんけんのう。早よ出てけやボケどもが』
 気絶寸前で今度はクラスメイトに両脇を囲まれた俺は、引きずられるように部屋の外へ。そこには部屋に入りきれなかったクラスメイトが11人。さらに寮の外にも20人近くの仲間が俺の無事を願い、待っていた。
 嬉しかった。神経が混線して涙は出なかったけど、心の中で号泣した。
 その日、最終種目のハンドボールで2年C組は逆転勝ちして総合優勝を決めた。みんなの心ある計らいで俺がクラスを代表して優勝トロフィーを手にすることになった。そして準優勝の表彰状を手渡された副主将のクラスの目の前で、俺は再びクラスメイトの手により宙を舞った。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー LIVE 8



「わかれ」



なんでいつもアイツだけが…。
高1の春休み。夜中の一時に俺たちは加茂野駅前に集合した。
セブンスターと缶ビールをチビチビやってはいたけど、それ以外は、特に悪さをするわけでもなく、解散したキャンディーズの話で盛り上がってただけだった。アイドルユニットの話というのは、各人の個性があらわれるものである。目立ちたがり屋で不良娘が好きな俺はもちろんランちゃん。クールにキメてるわりには、運動部系の、ロリコンポッチャリに関心を示すタカイはスーちゃんを。そしてキザに、自分のスタイルを貫き、裏番に徹するナガセはやっぱり裏的存在のミキちゃんが好きだった。キャンディーズの話を夜明けまでした後、ビールにヤラれてフラフラになった俺たちを、ポリ公が呼び止めた。「待たんかこらあー」。足の早い俺はダッシュで、タカイはチャリンコを盗み、ナガセは路駐のモンキーを狙った。もちろんモンキーに鍵はなく、またがってガチャガチャやってるところを、御用。「どうせつかまるならバイク盗んでつかまりたいやろ?」 ・・・美学なのだ。アイツ、最期まで、俺たちがいたこと、口を割らなかった。停学3週間。自慢のリーゼントは哀れな3分刈りへとカタチを変えた。
高2のクリスマス。その日、17歳の誕生日を迎えたナガセはミチヨちゃんに夢中だった。アキトシの部屋を借りて、その胸の内をポツリポツリと語りはじめた。「あのな、すごいな、好きなんやて」。ミチヨちゃんもナガセを好きになって、いや、きっともう好きだったんだと思う。そしてふたりは互いに初めてのキスをした。
「もう、いーかい?」。アキトシの部屋のふすまをそーっと開けると、ベッドにかけられたスヌーピーの布団の上にふたりチョコンと並んで座ってた。目で“キスした?”と合図を送ると、ナガセはコクッとうなずき、ミチヨちゃんは顔を赤くして下を向いた。喜びのあまりナガセはリザーブをガバ飲みして、ミチヨちゃんの前でゲロを吐いた。
30分前に生まれたばかりのロマンスは、その瞬間、音もなく崩れ去った。
 高3の夏。タカイの家でセブンスターとビールをやってた時、ナガセが顔をゆがめた。
 「アタマ痛え。割れそう」。脳腫瘍だった。あれ程楽しみにしていた体育祭の応援合戦を目前に、アイツは入院した。体育祭用に準備した自慢のリーゼントは、手術用の丸坊主へと変わった。
2月。2度目の手術を終え、ナガセが学校に還ってきた。ようやく伸びた髪を無理やりポマードで固め、短ラン、ボンタンに身を包んで復活したナガセは、ブランクを感じさせない程、クールでイカしてたけど、憧れていた東京での暮らしは病魔によりあきらめざるをえなくなった。
そんなナガセが、一度だけ東京に遊びに来た。ポケットに16万円入れて、俺のアパートに10日間、昼も夜もなく遊びまくった。
帰りの新幹線はゴールデンウィークのラッシュに重なり、俺たちはトイレの便座に座って名古屋を目指した。「ケータン、俺、もう一度、東京来たい」。「来たらえーやん」。「うん」。ナガセが再入院したのは、それから10日後のことだった。
 大学2年の夏、深夜にデンちゃんから電話が鳴った。「ナガセ、死んだよ」。
 俺は翌日の朝一番の汽車で田舎に帰り、その足ですぐナガセに会いに行くと、ナガセのおばさんがこう言った。「2日前、意識もなんにもないのに、“お母さん、500円ちょうだい。屋上にみんな来てくれたで、ジュース買ってこうと思って。・・・でも、やっぱりいーわ。包帯巻いてて、カッコわりーし”」。
 それが最後の言葉だったそうだ。アイツ、死ぬ寸前まで美学貫いて・・・。クルマも仮免まで行きながら、髪型もリーゼントに戻せないまま、憧れの東京で暮らすこともなく、女を抱くこともなく、たった一回のキスだけを想い出に、天国に逝っちゃった。
 なんでいつもアイツだけが・・・。
 あまりに哀しくて、お通夜を抜け出してみんなで国道をぶっ飛ばした。時速140kmでオーカワのスカGがカーブを曲がろうとした時、コーイチのGSSが急に並んできて、俺たちは140kmのまま、ガードレールを突っ切ってそのまま田んぼにダイブした。
 誰もが<死>を予感した時、俺らの目に映ったのは、東の空を横切るひとすじの流れ星。一緒に乗っていたオーカワもデンもコーイチの車に乗ってたヤモトもミツオも、みんなみんな見た流れ星。自分の分まで長生きして欲しいと願うナガセの想いが星を走らせたのだろうか?
 そして俺たちはアイツが死んだ歳の倍の歳となり、今、こうして生きている。


青春白書『青い空。蒼い気持』より



: フリーペーパー LIVE 7



「あこがれ」



 中1の冬。1時間目の数学をズルして2時間目から出ようと裏通学路の田んぼ道を歩いていると後ろから俺を呼び止める声がした。
 「ちょっとー、ケースケ。はいんなよ、傘」 呼び止めたのは2コ上のモモコさんだった。
 モモコさんといえば緑が丘中学校始まって以来、最高の美人にして、最高のスタイリッシュボディにして、最高のワル。もちろん女番長でモテモテのマドンナ。野郎はみんなイチコロ。モモコさんが体育館で不良仲間のジュンコさんとじゃれ合ってて、ブラウスを引っ張られた拍子に肩からブラジャーのひもがチラッと見えただけで体育館中には拍手が巻き起こり、植村は鼻血を出し足立は涙を流したぐらいのセクシーガールだった。
 13歳の俺らにとって超美人の不良少女はあまりにも魅力的で、まるでテレビの中で小躍りするアイドルがブラウン管を抜け出して自分たちの中学に転校してきたぐらいの衝撃的で感動的なことだった。だからもちろん中学中の男子はモモコさんにイカれてるんだけど、何しろとんでもない不良で、おまけに髪の毛はアフロみたいなパーマけけてブルーのアイシャドウ入れて口紅はパープルで、地面スレスレのロンスカは規定をはるかにオーバーした38本ひだ、セーラー服はヘソ上丈でスカーフはなし、足元は校則のズック靴をまるで無視してリーガルのデザートブーツ(これが超シブい)、手元には通称・万引き袋(今でいうトートバッグ「VAN」製)、そして真っ白なトレンチコートに英国紳士が持つような急カーブ描いたアンブレラ。あとヨーヨーを持ったらスケバン刑事そのまんまのモモコさんだから普通の男子では声をかけるどころか目を合わすことすらできない。話ができる男子はとりあえずイキガッてる奴か幼なじみか、あるいはホモぐらいなものだった。
 そんなモモコさんが例によって1時間目の終わりに堂々と校舎前のグランドに現れると、全学年全クラスの窓際の席の男子が外を覗き込んでヒューヒューするのが我が中学校の儀式だった。
 ところがその日の儀式だけは様子が違った。おれがモモコさんの傘の中にいたからだ。
 窓際の視線は、モモコさんより傘の中の男が誰なのかを知るために痛烈な光線を放っていたのが俺にはわかった。「早く通りすぎてくれ」。心の中で神に祈る俺の気持ちを見透かしそれをあざ笑うかのようにモモコさんが言った。「傘たたんじゃおっかな♡」。
 えっ?  って声に急ブレーキをかけた瞬間、スパッと傘は閉じられ、なぜかモモコさんの左手は俺の右手にクロスされ、なんと左のほっぺが俺の右肩の上にチョコン。
 学校中の視線、俺の右肩付近に釘付け、モモコさんより確実に6cmは身長が低い俺の肩に顔を乗せるもんだから、構図としてはめちゃめちゃアンバランスで笑えるはずなのだが、二億四千万の瞳にはもちろん笑いはなく、500%のいかりだけが俺の目玉につき刺さった。
 「じゃーねー、ケースケ。遅刻しちゃだめよ♡」。
 じゃーねーどころじゃない。俺、ここであと2年は過ごさなきゃならんのに。
 2時間目終了後の休み時間。早速2年のワルが4人ほどご訪問。「おめー、モモコさんと重役出勤なんて、えー度胸やなー」。3時間目終了後、3年のワル3名様ご来訪。「モモコと一緒にエラそーに遅刻してきて、俺らナメとるんか?」。そしてホームルーム終了後にはまたまた3年の皆様数名がお出迎え。「えーから体育館裏に来い」。
 5分後。体育館裏。もうアカンと思ってなんでもいいからとにかく大声で叫んだ。
 「なんでおめーらひとりで来れんのじゃ–。ひとりじゃ俺に勝てんのかー」
 恐怖のあまり声がソプラノになってたらしいが、どうやら俺、マサトっていう有名な不良の胸ぐら掴んでアゴに頭突きかましてたみたい。
 それ以来、2年も3年も何も言わなくなった。
 数日後、また数学すっぽかした日にモモコさんと一緒になり、またまたモモコさんは意地悪で腕組んで校舎の前通ったけど、窓際の視線に怒りはなく、むしろそこには尊敬の念さえうかがえた。アレ? って感じだったけど、なんかすごく気分がよくなって、組んだ右手でギュッとモモコさんを引き寄せた。
 でもあこがれのチコちゃんから「モモコさんの恋人とはつきあえない」ってフラれた。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー LIVE 6



「17」



 緑が丘中学校伝説の男、通称『バグヂ』。1っコ下の俺たちはバックンと呼んだ。そう呼べるのはバックンが認めた後輩だけで、彼が認めない者はたとえ上級生だろうが『後藤さん』と呼ばされた。とにかくバックンが歩くだけでその場所は気温が3℃は下がり、通り過ぎると5℃は確実に上昇する動くエルニーニョみたいな人である。
 さて、なんでバグヂが伝説なのかを説明すると、とにかく中学3年にして身長180cm体重90kg胸囲120cm足のサイズは28cmときたもんだ。部活は野球部、キャッチャーで4番。場外ホームランはあたりまえ、場外乱闘あたりまえ、おまけに顔はゴジラ(松井じゃなくてホンモノの)とクリソツ。と、こんな怪物中学生だから先生たちも何もいーやしない。
 「こらバグヂっ!」「あっ?」「いや、後藤っ!」「おっ?」「いや、ゴトー君」「なんすか?」「いや、元気かと思って、はは」。こんな調子である。
 バックンは縁日や祭りでも抜群の存在感を誇った。
 中2の提灯祭り。そっちの道にデビューしたての俺は、ライバルの旭中の1ッコ上のそーいう人に絡まれ胸ぐらつかまれ、そーいうことになった。横目でチラっとギャラリーを見るとバックンと目が合いこう口を動かした。「やれ」。
 そっちの人の中ではかなり有名だったその人を俺はぶん投げ、起してはまたぶん投げ、結局×3ぐらい投げまくってその人はノビた。
 「てっめーえ!」。敵の大将が怒り狂って俺に飛びかかろうとしたそのとき、「うらあ、決着はあいつらの中でついたんや」。バックンの強烈な一言で敵の大将はたちまちダルマさんが転んだ状態に。バックンとケンカするくらいなら死んだほうがマシってぐらいに強くて恐すぎるから、まわりは俺に指一本だすことさえできない(ふー、助かった)。
 「おう、カッコよかったぞ」「そうっすか?」。俺、めちゃくちゃ嬉しかった。
 中2の冬。俺はどーしてもバックンに挑戦したいことがあった。
 陸上部だけどやたら球が速かった俺は、どーしてもバックンが卒業するまえに1対1で勝負したかったのだ。「勝負してもいいっすか?」「えーぞ」。
 北風に土ぼこりが踊る2月のマウンドには50人ほどのギャラリーがたむろした。3球勝負のはずが、。俺が超ノーコンのため、10球投げてもストライクはゼロ。ほんとはその時点で惨敗なのだが、バックンはこう言ってくれた。「ボールは無視。ストライクだけで勝負したるから真ん中だけ投げてこい」。
 憶えてる。確か15球までにストライクはたったの2球。そのどれもがファールチップだった。16球目、とんでもない暴投。そして運命の17球目、渾身の力を込めたストレートはウエストラインを通過するど真ん中。
 …「ブンッ」。空振り。三振?
 「おい、17球は多すぎやけどとりあえず三振や」
 「勝ったってことでいーんすか?」
 「たわけっ、17球も投げといて調子こくなボケっ!」
 「すんません!」
 小雪がチラつく寒い放課後だったけど、バックンから奪ったたった一球の空振りが、冷たい北風を初夏のサンタモニカの風に変えた。
 「おいっ、コントロールめちゃめちゃやけど、速かったぞ」
 バットをかついで歩きながら振り向きざまに言ったバックンの言葉は今でも俺の勲章である。
 2年後。17歳のときバックンは甲子園に出た。
 それから6年後。バックンは死んだ。
 今でもバックンは緑が丘中学校の、そして俺の中で伝説として行き続けている。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー LIVE 5



「生きる」



 高校2年の冬。後輩のナンバが血相を変えて俺のところにやってきて鼻息まじりにこう言った。「全面戦争が始まる。チカラ貸して」。なにやら穏やかではない話ではあるが、この街でツッパリ続けるには避けられない。
 話の詳細は隣町のなんとか君とかいう威勢のいい奴が地元のチンピラを数人連れて、ナンバ通う学校に殴り込みをかけたのだが、そこでナンバ返り討ちをしてなんともみっともないことになってしまったらしい。
 ナンバにやられたことを、なんとか地元の暴走族のヘッドに話したら、「そんな奴、俺がしばいたる」というきおとになり、ヘッドの子分がナンバの家に「お前の街に殴り込みをかけてやる」と電話でけしかけたが、「こっちから行ったるわい」とナンバは逆殴り込みを公約した。そこで駆り出されたのが地元のワルども。すでにシンナー吸いすぎて使い物にならない奴もいたけど、抜けた前歯と志賀勝ばりの剃り込みにヴィジュアルインパクトがあったのでとりあえずそいつも採用された。
 俺は親友のナガセと一緒にアディダスのジャージにフレーバーお履き木刀をもって隣町行きの電車に飛び乗った。
 電車で行ったのがマズかった。30分に一本しかない電車の、しかも終着駅だったため、俺らはまんまと数十人に待ち伏せされ固まってしまった。木刀、日本刀、チェーン、ヌンチャク、中にはアメリカンクラッカーボールを持ってる奴までいて、おしっこちびりそうになったけど逃げようにもあと30分待たなきゃ電車は出ない。
  「もうアカン。死ぬかも。」そう思った時だった。「俺がナンバじゃ。俺をしばくと言った奴はどいつや?」「おう俺や」「ちゅーことはおめーが一番強いんか?」「そや」「んならおめーをシメればそれで終わりなんやな。それとももっと強ぇ奴がおんのやったら出てこい」「やかましー」、バゴッ、ボカッ。たった2発。3秒でカタはついた。
 隣町のヘッド、おねんね。そこへ地元の警官がドカドカやってきて、奴らは一瞬にして逃げた。
 帰りの切符を握りしめ電車を待っている俺たちに警官が職務質問した。「お前ら大勢で木刀持って何しに来たんだ!」。喧嘩は強いが口下手なナンバが俺にウィンクして“頼む”とサインを送った。「あの、俺たちみんなで剣道同好会作ってるんですけど、今日はこっちの景色がいいところで素振りしようと思ってやってきたんです。さ、みんな、そろそろ帰ろうか」「オー!」。
 真実を知ってか知らずか、警官は見逃してくれたが、へらへら笑ってるシンナー野郎だけは住所と名前を聞かれていた。
 男として生きるために必要なもの。それは立ち向かう勇気。いつの日か息子ができたらば、ナンバの話をしてやろうと思う。


青春白書『青い空。蒼い気持ち』より



: フリーペーパー  LIVE 4



「青い空。蒼い気持ち」

A.M.I Presents、OFFICE作produceによるフリーペーパー
「LIVE」(2000〜2002)、「R」(2004〜2005)や、
マロンブランド発行のフリーマガジン「Z」にて連載。



Vol.11 「へんしんッの巻」
テレビマガジンという雑誌を買ったら、
おまけについてた「なりきりセット」。
『アバレンジャー』のアバレッドというキャラです。


 我が息子は『トイ・ストーリー』とかが好きで、ウルトラマンとかナントカレンジャーとか言い出さないので、なんとなくおしゃれ的でよいなあとほのかに思っていた。「やっぱりウチのテツはひと味違うぜ」的な、わけの分からん喜びがあった。タケダテツの父はアホ親だ。
 今やタケダテツ、変身しまくり。「ごはん食べや」といえば「へんしんッ!」、「これ! いいかげんにしなさい」と叱れば「へんしんッ!」。何に変身するのか聞いてみたら「らいだぁ」。またあるときは「はーりけんじゃ」。
 『龍騎』(そういう仮面ライダーがいるんですよ)といえばソーセージの一種だと思い、『ハリケンジャー』(『ゴレンジャー』から始まる戦隊もののひとつです)といえば、別のソーセージの一種だと思ってたくせに。『仮面ライダー龍騎』は本放送1回も見たことないくせに、『忍風戦隊ハリケンジャー』は最終回しか見たことないくせに。何を突然変身しとるんだ。
 変身するとき、タケダテツはそのもみじのようなキュートな手(バカ!)を胸の前で交差させる。父も母も「変身」ということばも、変身ポーズも教えた覚えはなかった。いったい誰に習っとるんだ。
 確かに、最新ではない仮面ライダーはウチにいた。父の部屋のデスク近辺に、食玩の本郷猛と仮面ライダー1号がいた。ヤツらは変身ポーズをとっていた。そいつらの名前は教えた。「ほんほんたった」(本郷猛の意)「らいだぁ」とは言えるようになっていた。
 でも、ホント、変身は教えてないんだよねー。たぶん、あらかじめ男子のDNAに「変身」ということが書き込まれているのであろう。
 そんなこんなで、父も母も結構なアホ親なので、ハリケンジャーとか仮面ライダーのビデオを借りてきて見るようになった。ハリケンジャーはとても子ども的なので、タケダテツも楽しく鑑賞し、すぐ歌も歌えるようになった。
♪しゅしゅとと〜、かくかくかく〜、はーりけんじゃ♪
 最初はもっと長く、しっかりと歌っていたのだが、どんどん短くなり、今の形になった。
 仮面ライダーは、とても難しい、大人の人間ドラマであることがわかった。借りてきたビデオはタケダテツ就寝後、父と母とがゆっくり鑑賞している。



Vol.10 「無能の人。の巻」
テツ採集のナゾの石。
父よりイカすシューズはナイキ。


 なぜ石を拾うのかが、わからない。
 毎朝、タケダテツはタケダテツの母とともにみどりがおか公園に出かけていく。天気の悪い日は児童館というところに出かけていく。子どもの脚で往復およそ15分、そこで必ず拾う。父と隣のコンビニに行くときですら拾う。石は、家の玄関に至るまで、幼児用おしゃれモッズコートのポッケに忍ばせている。靴を脱ぐときに、ころりんと靴の横に出す。
 拾った石を観察すると、ますますわからなくなる。テツの母によると、公園では今、BB弾を拾うのが流行しているらしい。ああいう明らかな人工物を拾いたくなる気持ちはわからんではない。芝生の公園だし。目立つし。タケダテツの石も「すげえツルツル」とか「めちゃめちゃ平べったい」とかであれば、まだわかる。でも、もう何ちゅうか、単なる石。ごく普通の石。ブンガク的に言うなら、路傍の石。サイズもフォルムにも共通点が見出せない。
 しかし、どうもヤツのなかには取捨選択のはっきりした基準があるらしい。観察してみた。近所の八百屋、通称『ベイスターズ』に行く途中に、タケダテツお気に入りの採石場がある。採石場っちゅうか、砂利砂利になったエリアなんですけどね。ともかく、タケダテツはそこに至るとしゃがむ。しゃがんでとりあえず、両手で石を拾う。それらを見る。つぶさに見て、片方捨てる。あるいは両方捨てる。両方ポッケにしまうこともある。この瞬間だ。おそらく、タケダテツのまだたぶんツルツルの脳の中では何かがものすごく高速で行き交っているはずなのだ。で、なんらかの審査基準に照らし合わせた結果、「この石はアリ」「こっちはナシ」という命令が発せられているはずなのだ。
 それがまったくわからない。今もってわからない。
 タケダテツは、玄関にキープした石を、出かけるときに「持っちく」(持っていくの意)と主張する。いったい何のために? そこにある以上にたくさんの石が、外には落ちているというのに。仮に持っていっても、それで何かをして遊ぶわけではないのに。と、ここまで書いてみて、父、ふと思いつきました。
 ひょっとして、タケダテツは「究極の石」を探してるんじゃないだろうか。「昨日の石第1位」を今日持っていき、「今日の石第1位」と比べて、勝ち抜き戦をする。今日勝ったは、また明日の1位と戦うことになる、みたいな。
 しかし、もしそうだとしても、今のところ、彼の小さな野望は達成される見込みは薄い。だって、「持っちく」というタケダテツに、「置いていきなさい!」と母が言うから。



Vol.9 「グルメもんだいの巻」
夜回りに行くおっさんのようだ。
今ちょうど2歳4ヶ月。
カッパはディズニーランドで買った。


 ソーセージは仮面ライダー龍騎の絵の描いたヤツを好んで食うので、今ではソーセージそのものを「りゅーき」と呼ぶようになった。発音に忠実に書くならば、「ぎゅーい」である。フライドポテトも結構食いやがる。マックのことを「ぽてと」と呼ぶことはいうまでもない。あ、これも厳密には「ぽっぽ」ですけど。
 チョコレートも大好き。中におまけが入ったチョコエッグ的なチョコをよく買う。薬を飲ませたりする局面で、ペラペラなチョコの殻が役に立つ。しかし、小僧の味覚は侮れない。あるとき、ラングドシャにチョコレートが挟まった < ゴディバ > のお菓子を内祝か何かでもらった。で、おやつタイム。おこたの上に < フルタ > や < ブルボン > と共に広げてみると、一目瞭然。 < ゴディバ > 、 < ゴディバ > 、 < ゴディバ > 、 < ゴディバ > 。 < フルタ > も食え!
 輪をかけて好きなのは、小さいイチゴ。食後、デザート的に食らっているときなど、皿からひと粒口に放り込み、“予備”を左手に持ち、居間の方へダッシュしていく。そこで用事(テレビの番組内容や、どんなおもちゃが散らかっているかのチェック)を済ませると、おもむろに反転し、再びイチゴの皿を襲う。まるで爆撃機のようだ。おそらく、イチゴひと粒分の摂取カロリーと居間まで用事をしにいく消費カロリーがイコールなのであろう。エネルギーのキャッチ&リリース。まあでも、いかにも幼児らしく微笑ましい。親が言うのもなんだけど。
 しかし一方で、以下のようなものも大好きだ。
・ コンニャクの煮たヤツ(噛まずに飲み込む。テツ風に発音すると「こんきんこ」)
・ れんこん
・ ニンジン
・ 筑前煮(当然ですね)
・ アスパラ(八百屋に行くと必ず勝手にカゴに入れる。しかも食べるときは、他人の皿から勝手に穂先部分を強奪する。父だって穂先ラブなのに)
・ 焼き海苔(タケダテツいわく「ノリノリ」。延々食う。味付け海苔は不可)
・ 緑茶(お気に入りのバズのカップに氷を入れて。絶対乾杯する。氷も食う)
 完全におっさんの食い物である。顔もどちらかというとおっさんだ。一家3人で東海道線に乗ったとき、たたみいわしを与えておいたら、おとなしくしていたのもおっさん的だ。藤沢から新橋までの間、タケダテツは、裏側にノリのついたたたみいわしを延々食い続けていた。たたみいわしのパッケージには「高級珍味」と書いてあった。
 電車でたたみいわしをかじる幼児、それがタケダテツである。



Vol.8 「ばいばいきん の巻」
「ばいばいき」と「ばいきんまん」。
元はばいきんまんが「ばいばいき」でした。
結局『バグズ・ライフ』買っちゃった。

 ばいきんまんは、アリなのか。アリかナシかを、つまりはOKかNGかを尋ねているわけではなくて、蟻なのかと。英語でいうところのアントなのかと。
 近頃しきりによくしゃべるヤツは、「ばいばいき〜ん」という語をマスターした。

 ばいばいきん(名)アンパンマンにぶっ飛ばされるときに、ばいきんまんが言うお決まりのセリフ。転じて、オーエルや女子大生などのナウなヤングの間で、お別れのことばとして「バイバイ」のかわりに使われる。(現代用語の基礎知識2002より)

 朝、父が出かけるときやお風呂から先に出るときに、このことばを得意げに使っていたが、いつからか「ぶぇぶぇ」(バイバイの意)にとってかわられた。「ばいばいきん」というときには“ばいばい”と言えるのに、“きん”が取れるとなぜ、“ぶぇぶぇ”なのかがわからない。わからないが、今回、言いたいのはそこのところではない。
 ヤツは、別れの言葉としての「ばいばいきん」を封印するかわりに、別のものを「ばいばいきん」と呼び始めたのだ。
 アリである。近所のくされレンタルビデオで借りてきた『バグズ・ライフ』のDVDを一家仲良く観賞していると、ヤツはいきなり「ばいばいきん!」と叫んだのだ。画面にはアリ。とにかくアリが大量に出てくる作品なので、タケダテツ完全崩壊。アリの数だけ「ばいばいきん!」。彼の発音どおりに書くならば、「ばいばいき」。
 タケダテツの母の話によると、数日前から、ヤツはアリんこをそう呼ぶようになったという。道端で発見するたび、指を差して「ばいばいき」。
 これと同時に、本家ばいきんまんのことも「ばいばいき」とは呼ばなくなった。で、なんて呼んでいるのかというと、「ばいきんまん」。おお、ちゃんと呼べとるやないけ〜。

 『バグズ・ライフ』は7泊8日で、タケダテツ家に別れを告げ、くされビデオ屋に返却された。「ばいばいき」がなくなることでタケダテツがぎゃーぎゃー騒がないように、テツの母は事前に「これはくされビデオ屋から借りているもので、いずれは返さないといけない」ということを懇切丁寧に説明していた。おかげで、非常にスムーズに返却は完了した。しかし返却以降、タケダテツはまた新たなものを「ばいばいき」と呼びはじめることになった。
 くされビデオ屋の前を通るたび、指差しては……。



Vol.7 「DVD作成大作戦 の巻」
うちのウッディとバズ。
バズはあと4人ぐらい、
ウッディは巨大版もいます。
ウッディの右足の裏には、
タケダテツの名前が
かっちょよく。


 父が旅をしてから早3か月。この間、タケダテツの家のリビングにある超大型超高級テレビでは、『トイ・ストーリー』(以下・TS)と『トイ・ストーリー2』が270回ぐらい上映された。
 タケダテツはバズのことを「ばあば」という。ビデオテープならば、自ら入れ替えて上映できるほどのスキルを持つタケダテツだが、『TS』はDVDだ。幼児による上映は不可能。朝起きるや否やたタケダテツは、「ばあばばあば」と連呼しながら、父を強制的に起床させる。病気だ。
 困ったことにタケダテツは、DVDの映像を観るのみならず、盤そのものをいじくるのが大好きだ。"1" を観ているときには "2" を、"2" を観ているときには "1" の盤をぺたぺたいじくり回す。盤には指紋やらいろんな液体やらがついてエライことになってしまう。タケダテツはぞうきんがけも大好きなので、" DVD×ぞうきんがけ " という恐ろしいプレイまであみ出してしまった。幸いにして『TS』シリーズは無事だが、父がアメリカからネットで取り寄せた『ベイビー・アインシュタイン』は秒殺されてしまった。
 被害の拡大を食い止めるために、タケダテツ家には対策本部が設置された。

 本部長(父)により提出されたプランはこうだった。
(1)雑誌のふろくなどのいらないCD−ROMを発掘する
(2)『TS』の盤をローソンでカラーコピーする
(3)コピーを丸く切り抜く
(4)CD-ROMに(3)を貼付ける
(5)梱包用の極太セロテープでコーティング
(6)できあがり

 タケダテツが昼寝に入った日曜午後3時、ミッションは実行に移された。ノリとハサミとカッターと、切るときの台替わりのチラシの束を駆使して。約30分で、2枚のCD-ROMはDVDに生まれ変わった。明らかに表面の質感が違うし、端が少しペラペラしているのが問題だ。タケダテツは2歳前にして早くもA型らしい神経質さを発揮している(例:父のジーンズのわずかなほころびに指をグリグリ入れる、少しでも開いているドアは必ず閉めるなど)。
 ほどなくタケダテツ起床。いつもは「ばあば」に半ばうんざりの父と母だが、この日ばかりはワクワク。果たして、タケダテツはニセ・トイ・ストーリーDVDを高々と掲げて言ったのであった。「ばあば」。赤子の手をひねるとはこのことだ。しかし、突然、盤をぞんざいに扱うことを認めるのもアヤシイので、タケダテツには大切に扱うよう指導している。
 もちろん今も『トイ・ストーリー』1日3回ペースは崩れていない。



Vol.6 「父、旅をするの巻」
こんな巨大レゴがいっぱい。
でも夜にはエロ番組。
レゴランドのエントランスはこんなん。
でも夜にはエロ番組。


 ディズ中、冷めやらず。
 地元駅前のデパートの『ディズニーストア』に、定期的に顔を出し、ヘンなプーさんばっかりでがっかりし、ケータイの待ち受け画面をバズ・ライトイヤーに変えてる隙に何か月も過ぎちゃった。ヘンなプーさんというのは、かぶりものとかをしたヤツであるが、海外のウェブサイトを見ると、"Japanese original" みたいなことが書いてあって、レアもの扱いされていた。
 ともかく、そんな数か月の間にタケダテツの父は、デンマークとドイツへ飛んだ。レゴの本社と『レゴランド』というところに行ったわけだ。
 レゴ本社があるのは、デンマークのビルンドという小さな町。人口1万人中4000人がレゴ社員という、日本でいうと愛知県豊田市みたいなところだ。ココには、本社と工場と『レゴランド』と『ホテルレゴランド』がある。というか、それしかない。スーパーが1軒あるけど、夜6時に閉まる。唯一にして最大のお楽しみ『レゴランド』も6時に閉まる。しかし、日は暮れない。北欧だから、夜10時頃まで明るい。晩メシを食った後は、テレビしかない。でも、テレビに出てくる人が全員デンマーク語をしゃべるので、1�もわからんのだ。
 『レゴランド』自体は楽しいんですよ。ありとあらゆるものがレゴでできてて、ジェットコースターとか汽車とかヒコーキも、"レゴで作ったっぽいデザイン" になってるし。ディズニー的テーマパークは、オトナのデートスポットとして厚生労働省にも認可されているが、『レゴランド』は完全にコドモ仕様。ドイツの『レゴランド』には噴水があって、それはスポンジみたいにふがふがな地面から直接水がびゃーっと出るんだが、ドイツ人のコドモたちがキャーキャー言って走り回っていた。全裸でちんちんぶるんぶるん。
 ドイツでも夜、テレビを観てた。今度は画面にクギづけ。夜12時過ぎると、裸のおねえちゃんが延々出続けるのだ。丸出しも丸出し。CMも全エロ。精密機械とかクルマとかが得意な国ゆえ、お堅いかと思いきやエロエロですよ。やっぱり白昼堂々、ちんちんぶるんぶるんな国民は違いますなあ、と思った。
 今やタケダテツも「ちんちん」が言えるぐらい立派な幼児に育ったが、おみやげの警察署セット(開くと警察署、閉じるとリュックになる。カワイイ!)は何のことだか意味がわからないらしい。残念だ。



Vol.5 「ディズ中の巻」
オレ・オン・ジーニー
天気は雨。
いや〜ん、
みんなミッキー。
全部盗んだ。


 今、タケダテツの父はちょっとアタマがおかしくなっています。
 タケダテツ一家はGW明けに東京ディズニーリゾートに行きました。(1)ディズニーシーに行き、(2)『シェフ・ミッキー』というレストランでメシを食い、(3)『ディズニーアンバサダーホテル』に泊まり、(4)朝起きてディズニーランドに行く。そういうプランでした。
 (1)は大雨。で、タケダテツは黄色いカッパを着(せられ)て、ディズニーシーで借りた金属製のごついベビーカーに乗(せられ)ってねり歩きました。
 (2)は、とてもステキでした。こども料理満載のビュッフェスタイルで、シェフの格好をしたミッキーやドナルドやミニーやその他の人たちが各テーブルにあいさつしに来てくれる。その都度、父と母はもの食う手を止めてカメラを構える。事務的に来て「ハイおしまい」なのかと思いきや、何度も何度もやって来る。最初は「おお、ミッキー」、カメラ構え! 「ああ、ドナルド〜っ」構え! ってやってましたが、さすがに3回も4回も来られると飽きる。しまいにはこっちが事務的にカメラ構える始末。まあでも楽しい。2時間いました。
 (3)もこれまたすごいのです。部屋中ミッキーまみれ。アンバサダー風呂には『ファンタジア』に出てくるほうきキャラが描かれ、アンバサダーアメニティは全部ミッキーマーク入り。アンバサダーシーツにもアンバサダースタンドにもアンバサダーマドラーにもミッキー。アンバサダー景色はうら寂れた駐車場だったけれど。ともかくシーツとスタンド以外の " アンバサダーさまざまなもの " はしっかりカバンに詰め込んでおきました。
 (4)ピーカン。灼熱の太陽が照りつけます。まるでフィリピンのような暑さ。どうせなら前日と足して2で割って、両方曇りぐらいの方がよかった。タケダテツの父はDポップマジックをフルでビデオ撮影し、" say cheese! " とプリントされたミッキーTシャツを買い、上機嫌でした。タケダテツは・・・アレ、そういえば、タケダテツはどうしてたんだろ? 父は自らがあまりに上機嫌で、そういう些細なことはあんまり覚えていないのでした。
 「もうそろそろ行こっか」とタケダテツの母が言うのに、タケダテツは疲れてぐうぐう寝てるのに、父はグズグズとおみやげ屋さんに吸い込まれ、聞かれもせんのに「これ、ええやん」を連発して、母を閉口させました。門を出てからも、駅前に控える巨大おみやげ屋さんにまたまた吸い込まれる始末。まさにディズニー商法に完全に絡めとられた男。
 タケダテツ一家を乗せたバスが、ぶるるんとエンジンをかけた瞬間、父の目からは涙がこぼれそうになりました。夕食をどうするか考えてるタケダテツの母に「また行こな」を連発しました。
 さて、現在のタケダテツの父ですが、仕事だろうとなんだろうとパソコンの前に座れば、とりあえずディズニーのウェブサイトに接続。本屋に行けば、『地球の歩き方リゾート フロリダ編』を熟読。旅行代理店の前ではアメリカ関係のパンフを激ゲット。『TSUTAYA』ではタケダテツのためと称して、『東京ディズニーランド15周年記念ビデオ』とかそういうのを借りる始末。ダビングしようとしてコピーガードがかかっててがっかりする始末。そして、『東京ディズニーシーアトラクションガイド』を毎晩眺めては、大きなため息をつく始末。avexから出ている『Dポップマジック』のCDは、当然わが家のヘビーローテーションで、" say cheese! " Tシャツはここいちばんのオレ・フォーマルウエアと化しています。あげくの果てには、オリエンタルランドのスタッフ・キャスト募集をチェックしたり、舞浜あたりの物件を調べるに至る。
 おかげで文体まで変わってしまいました。なんか、です・ます調の方がディズニーっぽいかなとか思っちゃったりなんかしちゃったりして。



Vol.4 「タケダテツ語の巻」
鎌倉・小町通りでタケダテツ。
「わんわん」のぬいぐるみを抱く
これは「かぁー」。まみ画伯作


 タケダテツは今、1歳半なので、まあまあしゃべる。
 1日のうちで、たぶんいちばんたくさん口にするのは「は!」という単語。基本的には、何かを発見したり、何かに注目したりするときに発することになっているみたいだ。「は!」と言いながら、指をさす。たとえば、家のベランダにハトが飛来したのを発見したとき、ごはんの用意がされていたとき、テレビの画面にストレッチマンが登場したとき。
 発見したバージョンの「は!」はわかりやすいのだけれど、注目バージョンの場合、一応きちんと指をさしているにも関わらず、いったい何に注目しているのかがさっぱりわからない。さす位置がめちゃくちゃ微妙。カーテンを留めるやつとか、タバコのビニールの切れ端とか、石垣についてる排水溝とか、バスで隣に座った人の水筒とか、壁とか。
 タケダテツの父と母はめおと会議を開いた。議題は「いったい何を指さしているのか」。結論、「わからない」。わからないけれど、たぶんシックス・センスであろうということになった。父にも母にも見えないけれど、きっとこの世の中には、霊とかそういうヤツがおるんだろう。少なくとも我が家のカーテンを留めるところにはいるのだ。あと、タバコのビニールの切れ端にも。とてもコワイ。

 現在、確認されているタケダテツ語は以下の6種。(1)「は!」 (2)「わんわん」 (3)「がーがー」 (4)「かぁー」 (5)「ぱぱ」 (6)「でった」。
 このうち、(1)は前述のようにシックス・センス。で、(2)〜(4)が動物だ。順に、イヌ・アヒル・ネコをあらわしている。散歩中にイヌに出くわすと、タケダテツは鬼の首をとったかのように「わんわん」と叫ぶ。勢いあまると「わんわんわん」と言う。ドナルドダックは「がーがー」だ。ものすごくウィスパーボイスで言う。なぜネコが「かぁー」なのか父にも母にもわからない。ネコを見るたびにさんざん「にゃー」って教えても「かぁー」。たぶん“に”が発音できないんだと思う。だからといって、なにも“か”である必要はないと思うんだけど。
 絵本を指差して「これなあに?」とかって質問すると、タケダテツはだいたいの雰囲気で分類する。馬は「わんわん」でライオンは「かぁー」、カモノハシは「がーがー」だ。ヤツにとって、世の中に動物は3種類しか存在しない。
 問題なのは(5)。何か知らんが、ヤツはこのひとことで3つの単語を表しやがる。「パパ」と「ママ」と「パラッパ」だ。「ぱぱ」が「パパ」で「ぱぁぱぁ」が「ママ」で「ぱっぱー」が「パラッパ」。しっかりと聞かないと区別できないので、注意されたい。っていうか、どうでもいいことなんですけどね。
 (6)は、なにかものごとを成し遂げたとき(頭が洗えたとか歯が磨けたとき)に言うのだけれど、彼がこの語を発するとき、成し遂げているのは、大抵タケダテツではなく父か母だ。それでもテツは「でででででったぁ」と自慢げに言う。“で”の数はなぜかは知らんが、日に日に増加の傾向にあるようだ。
 タケダテツ、近頃では、あらぬ方(カーテンとか壁とか、以下略)を指差して「わんわん」とか「がーがー」とか言う。
 動物霊なのだろうか? わが家には動物霊までいるのだろうか?



Vol.3 「NHK教育テレビ、ストレッチマンの巻」

海に興味津々のタケダテツ。


 朝起きると、タケダテツは寝室を出てテレビの部屋まで行って(フスマ1枚隔てただけだけど)、スイッチ・オン。今まで寝ていたのがまるで幻かのようにスイッチ・オン。ヤツの辞書には“寝起き”という言葉はない。数字が読めずリモコンが使えないので、テレビ本体のボタンを押して3チャンネルに合わせる。ときどき間違えてボリュームのボタンを押し、音量35ぐらいになってびっくりして泣く。
 で、ともかく数字を3チャンネルに合わせたら、寝室に取って返し、うつぶせになって眠る父の髪をつかんで頭を持ち上げては、枕に叩きつける。かくして、父は、エヌエイチケー教育テレビを観なくちゃいけなくなる。
 ホントは『クイズママダス2002』とかを観ながら、「今日の主婦はなかなかエロいぞ」あるいは、「キッツイな〜」と心の中でつぶやきたいのだが、テレビ画面では、黄色い全身タイツの男が「ストレッチパワー!」とシャウトしていたりする。
 『ストレッチマン』だ。
 タケダテツは『ストレッチマン』が好きだ。ひょっとしたら子供番組の金字塔『おかあさんといっしょ』よりも、少し小さい子供番組の金字塔『いないいないばあ』よりも好きかもしれない。観ながら「は!」とか「ほ!」とか指差しているが、黄色い全身タイツの男が子供たちと一緒にストレッチをしているだけだ。どこに“は!ポイント”があるのかはまったくわからない。
 『ストレッチマン』は普段は宇宙にいるようだ。そこから毎回、養護学校に出勤していく。怪人(中身は各学校の先生。着ぐるみは手作り、しょぼい)が現れるから。怪人、マジでコワイと思う。先生が、ヘンなビニールひもとか段ボールに色塗ったのとかを身につけて暴れるのだ。「ウヘヘヘヘ」とか「エビエビ〜」とか叫びながら。
 生徒たちにしてみれば、「謎の怪人が来た、キャ〜」ではなく、「先生、どうして!?」って思うはずだ。昨日まで優しかったあの先生が、なんであのヘンな格好で!? なぜの嵐。おまけに黄色全身タイツのヘンなヤツにやっつけられてしまうわけで。それでいいのか、ストレッチマン。怪人に扮した先生は、収録終了後にきっと生徒たちにこう思われるのだ。
 「なんかあの先生ヤバイから、あんあmり近づかんようにしようぜ」。
 そんなこんなで、エビだか日韓共催記念ワールドカップ怪人(「騒ごうぜ〜」って言ってた。サッカー観ながら騒ぐことの何が悪いのか)だかに扮した先生は、生徒の人望を失うのだ。教師の間でも「○○先生はちょっと調子に乗りすぎましたな」とか言われて孤立。彼の手元に残るのは、ストレッチマン出演記念ビデオと、しょぼい着ぐるみだけだ。彼はやがて教師をやめ、しかたがないので家庭内で怪人に扮する。あきれ果てた妻子は彼の元を去る。しょぼい着ぐるみを身にまとったまま、彼は酒におぼれ、日に日に精神に異常をきたしてゆく。自分が元教師なのか本物の怪人なのか、わからなくなってくるのだ。そしてうす汚れた着ぐるみのまま、夜ごと街を徘徊するエビだかワールドカップだか怪人……若く理想に燃える教師の一生を台無しにして、それで満足か、ストレッチマン。顔がおっさんだぞ、ストレッチマン。ガレッジセールのゴリにちょっ似てるぞ、ストレッチマン。
 なぜそんなストレッチマンが大好きなんだ、タケダテツ!



Vol.2 「いじわるみーちゃんの巻」
こんどはみーちゃん、
タケダテツを海に
つきおとそうと・・・・
いん石のような後頭部も
まあまあ丸く。


みどりがおか公園に行くと、みーちゃんがいた。誰か来たよーと言いながら、おばあちゃんを振りほどいて駈けてくる。みーちゃんとは初対面で、当然名前も知らなかった。が、すぐに知ることになった。知りすぎるほどに。
 父がタケダテツを緑色のベビーカー(スヌーピーハンドルつき)から下ろしたとき、みーちゃんははっしとテツ号に取り付き、こう叫んだのだった。「みーちゃんの!」
 それは赤ちゃんのでしょ、と言うおばあちゃんを無視してみーちゃんは言った。
 「みーちゃん、ベビーカーのる」
 タケダテツはすでに別のものに心を奪われていたので、みーちゃんがテツ号に乗ろうがどうしようが構わない。彼は、公園に転がっていたアンパンマンの付いた手押し車に向かってテクテクと駆け出していたのだ。そのとき、黄色い悲鳴がした。
 「みーちゃんのぉぉーっ!」
 みーちゃんは疾風のようにアンパンマン号にまたがった。タケダテツは、一足遅かった。あーとかばーとか言いながら、アンパンマンのアタマをツルツルとなでさするに留まった。みーちゃんは、クルマをブンブン振り回してタケダテツを振りほどいた。
 それはホントにみーちゃんのだ。もうみーちゃんとは関係ないところで遊ぼう。持ってきたアンパンマンボールを、「ボールぼーん」と投げた。タケダテツはテケテケと追いかけてゆく。それを一瞬にしてぶっちぎっていく3歳児の影。「みーちゃん」の声がドップラー効果をおこす。次の瞬間みーちゃんはアンパンマンボールをおばあちゃんのもとにタッチダウンしていた。
 
 犬の散歩のおじさんが来た。大喜びで犬の顔面をまさぐるタケダテツをはじき飛ばして「みーちゃんの」。ハトが3羽舞いおりてきた。「みーちゃんの」。ブランコもすべり台も砂場も「みーちゃんの」。
 また遊ぼうね。みーちゃんはそう言って、帰っていった。もうやだ。



Vol.1 「水没の巻」

タケダテツ、水没1秒前。この後、火のついたように泣く。


 夏のある日のこと。六甲アイランドというところに行った。阪神淡路大震災の頃には、とても液状になってしまった人工島だが、今はそんな名残りは全然ない。実は結構な高級住宅地であったりする。
 いちばん栄えているのはアイランドセンター駅で、こおはシェラトンホテルやショッピングセンターなどがある。タケダテツたちの目的もここだった。ちょうどやっていた超バーゲンでかっちょいい冬物をゲットしたタケダテツは、ちょうどやっていたお祭りを見ていくことにした。
 これがもうなんというか、ガイジン祭。六甲アイランドには外資系の企業が多く、外国の住人も多い。そういうきんじょの人々外国人が、わざわざ屋外の噴水の周りにテーブルを出してきて陽気に談笑している。露天もいっぱい出ている。彼らはビールをガブガブ飲みながら、オーイエーとかノーキディングとかユー・エス・エー!ユー・エス・エー!とか言っているのであった。
 ふと見ると、噴水(といっても複数の池を水路でつないだすげえ立派なやつです)のあちこちで金髪の少年少女たちがちゃぶちゃぶと水遊びをしている。ユー・エス・エー!とか言っている。
 とても楽しそうなので、タケダテツを入れることにした。海パンもなんもない。おむつ一丁だ。
 つかまったり上がったりする用の岩がごろんごろんと置かれた浅瀬に、ときにはなってみた。
 タケダテツは座って、じょじょにおむすを浸食してくる水を興味深そうにじっと見つめている。ばちゃんばちゃんと水面を叩き、が案面をびしょ濡れにする。「ホーッ」と叫んだかと思うと、やおら一回転してハイハイを始めた。やがて岩の一つを手がかりに、ガシッと立ち上がった。バハハと笑った。
 そして後ろ向きに倒れていった。笑顔でゆっくりと仰向けに水没していくタケダテツ。目を開いて、両手はバンザイの姿勢。アホみたいににこやかなままの口元と鼻から空気の泡がぶくぶくと出る。以前として笑顔。ちょっと『ダイ・ハード』に似ていた。1の終わりの方で、テロリストの親玉がビルから落っこちていくシーン。とかいうようなことを思いながら観察していたこの間、おそらく2秒。
 抱き上げた2秒後、タケダテツは爆泣し、背筋に悪寒のようなものを感じて振り向くと、タケダテツの母が鬼の形相でこちらを見ていた。



Vol.0 「タケダテツ登場!の巻」

神戸の実家から、タケダテツ届くの図。宅急便で。


 彼の名前はタケダテツ。俳優の渡辺哲からとりました。たぶん50代の、凶暴なコアラみたいな顔をした役者さんで、別にファンだとかそういうことは何もない。なんだか、大層な名前を付けない方がイイと思ってた。名前って、両親の「こういう人になってほしい」という願いgかなり込められてるものなわけで。
 大らかに育って欲しいから大地とか、金持ちになって欲しいから金男とか。「そうなってほしい」ということは、わが子が「そうじゃない」と親が認定するような気がしてしょうがなかったので、あえてファンでもないコアラ俳優の名前を頂きましたとさ。
 タケダテツが登場したのは2000年10月22日のことだった。ちなみにイチローと同じ誕生日。産婦人科は神戸。ボクが病室でニュースかなんかを見ていたら、電話が鳴って、看護婦さんが生まれましたと言った。夕方だった。この時点では、まだ“武田家長男”という名前だったけれど、ボクは同じセリフをグルグルと繰り返しながら階段を下りていった。あ、エレベーターだったかもしれない。こんにちは、タケダテツ、父です、よろしく。こんにちは、タケダテツ、父です、よろしく。
 ブンベン室のドアを開ける。
 タケダテツはヘンな台に乗せられて、ホースで羊水その他の液体を吸い取られていた。コーンヘッズみたいな後頭部だった。産道の途中で逆回転して詰まったので、お医者のトムラさんが産婦人科医専門掃除機で、ブイーンと吸引したのであった。頭にネットのようなものをかぶされたタケダテツは伊丹十三みたいだった。
 キミのためにますます父はがんばるぞとか、世界中のすべてがキミの敵になっても父だけは味方だとか、ああなんて幸せなんだとか、それにしてもおなかが空いたとか。いろいろなことを思った。ぐるんぐるんと次々脳の中に現れては、マッハで消え去っていった。ずっと残っていたのは「ふ〜ん」とか「ほお〜」とか「なるほど」とかいう、シンプルな単語だけ。
 「うれしい?」。タケダテツの母が僕に聞いた。
 ボクは即答した。「うん、面白〜い!」。
 まったく質問の答えになっていない。まったく何が面白いんだか。当の本人は、そんなこと言った覚えは全然ないのだが、しっかりビデオに収められていた。ちょっと上ずりぎみの声で「面白〜い!」。
 そんな風にしてタケダテツはこの世に登場した。




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団長への道 ~特別編~

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6月11日今週の朝礼『梅雨のまえに』

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5月8日今週は五七五で。

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最終章・『伝説の武漢〜永久に・・・・・・』

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第7章・大乱闘(後編)

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2月8日 今週の朝礼『柳沢問題について』

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『青春十七歳・初恋列車』第一章

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第4章・安息

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1月23日 今週の朝礼『あるある大反省』

2007/01/23

『発車オーライ!』最終章

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