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後篇「夢より現実。僕の経験」
乗客より5センチほど高い改札口に立っていると、
さまざなな人間模様が見えてきます。
一度、総理大臣にも改札口に立ってもらいたいと思います。
きっと、東京タワーの展望台より、
日本がよく見えるはずです。
ハプニングもいろいろありました。
数あるハプニングの中で最も印象的な出来事が、
ホームで電車を待っていた女子高生に、
屋根にいたハトの糞が落下してしまい、
頭から靴下まで見事に真っ白になったその子が、
事務室にやってきたことです。
ちょうどその日は学校の試験日だったらしく、
どうしても学校には行かなくてはならないとのことでした。
すぐに学校と家に電話連絡をしました。
学校にはハト事件の全容を伝えることができましたが、
家のほうが留守だったので、
家族に着替えを持ってきてもらうことは断念しました。
結局、女子高生は駅のシャワーを浴びて、
僕の一張羅であるコム・デ・ギャルソンを着て、
学校へ向かいました。
翌日の朝、
母親が菓子折りを持って駅に現れましたが、
僕の一張羅はご丁寧にクリーニングに出されていました。
結局、僕は制服を着て寮に帰りました。
バレンタインデーのことも忘れられません。
バレンタインデーの日は、
早朝から駅のあちこちで、
チョコが入っていると思われる紙袋を持った女の子が、
きょろきょろしながら右往左往しています。
当時は携帯電話が無かったので、
改札脇の伝言板が大活躍していました。
「10:50。ヒロシへ、ロンロンのレコード屋で待っています」
「11:00。シュン君、公園口のいせやで待つ」
当時の伝言板は今のメールの代わりでした。
伝言は何時間後に消去するのかは忘れてしまいましたが、
白色のチョークをまめに補充した記憶があります。
それにしても、
バレンタインデーなのに、
“いせや”で焼き鳥でも食べるのでしょうか。
そんなバレンタインデーの朝、
僕が改札に立っていると、
ホームのベンチ付近にいた女子高生数人が、
こちらを見て騒いでいました。
そんな光景を見ていると、
僕の心がざわざわしてきました。
「ひょっとして僕?」
と、ちょっぴり意識してしまいます。
しばらくすると、
周りの友達に背中を押された女子高生が、
もじもじしながら僕のところにやってきました。
「おっ、来たなっ!(心の中の言葉)」
「あのう・・」
「はい、なんでしょう」
僕は機械より機械的な表情で話しました。
「これを、吉田さんに渡してください」
これが研修で習った“ハインリッヒの法則”なのだろうか。
ハインリッヒの法則とは「1:29:300」という確率を表したもので、
「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
その背後には300の小さな異常がある」
ということらしい。
ハインリッヒの法則はいいとして、
とにかく女子高生は小さな紙袋を僕に渡し、
「これ、吉田さんに渡してください」
と言って、足早に去って行ったのでした。
その日、吉田は公休でした。
紙袋の中には手紙と小さなチョコレートの箱が入っていました。
その光景を見ていた先輩が、
「な、お前、チョコを貰ったの?」
「これ、吉田にですよ」
「じゃ、俺が吉田に渡しおくから」
「人のチョコを食べないで下さいよ」
「分かった、分かった」
結局、先輩は吉田のチョコレートを食べてしまい、
手紙だけを吉田に渡したのです。
それからしばらくすると、
チョコを持ってきた女子高生と吉田が改札口で話すのを見かけるようなりました。
毎日毎日、女子高生は吉田が立っている改札口にやってきては、
何時間も話していました。
その間の僕は、
酔っぱらいの嘔吐を掃除して、
吉田に悪態をついていました。
二人はいつの間にか恋人同士になり、
数年後に二人は結婚しました。
吉田はいまだに、
「なんで、あの紙袋にはチョコが入っていなかったのだろう?」
と首を傾げています。
バレンタインが過ぎてしばらくすると、
僕は駅長室に呼ばれました。
「君はとても朝寝坊で遅刻が多いと聞いている。
早く車掌になって、先輩方に“鉄道と時間”の関係について、
徹底的に厳しく教育してもらったほうがいい。
それとイタズラにも程がある」
と半分本気で半分冗談のようなことを言われました。
僕はイタズラらしいイタズラはしていないのですが、
駅長が盛んに“イタズラ”と言っているのは、
“あの日”のことだと思います。
武蔵野市の偉い方が駅長室に集まって、
街のなんとか会議がありました。
ちょうどその日の朝刊に、
宮沢りえヘア・ヌード写真集発売の広告が掲載されていました。
僕はそれを丁寧に切り取って、
駅長のデスクマットに挟んでおいたのです。
駅長は真っ赤な顔で犯人探しをしていましたが、
その日、駅長室の掃除をしたのは僕だけでしたので、
僕も確信犯気取りでいましたが、
きっと駅長はそのことを“イタズラ”と言っているのでしょう。
僕は半ば強制的に車掌試験を受けさせられ、
結果は不合格でも強制的に合格となりました。
先輩たちは、
「駅長はよっぽどお前のことを追い出したかったんだな」
と笑っていました。
駅員生活最後の夜、
いつものようにコンコース掃除に行くと、
毎晩、駅の敷地でアクセサリーを売っている、
“ミッキー”と呼ばれているおじさんがいました。
ミッキーさんは毎晩のように巡回の助役に注意をされて、
悪態をつきながら駅を出てゆくのですが、
すぐに駅に戻ってきてはアクセサリーを並べます。
助役は僕に、
「アクセサリー男がいたら注意して追い出すように」
と指示をしていましたが、
僕は最初の2〜3回だけ注意をして、
後は何も言いませんでした。
そのうちミッキーさんは、
僕の顔を覚えて話しかけてくるようになりました。
「あの助役は意地悪だよな。あいつの出番はいつだ?」
「違法なんだから仕方ないよ。
人の目を気にして商売するなら、
自分の店を持てばいいのに・・・・
そそ、僕は○○日が最後の勤務だからね」
「なんだ、お前さん、居なくなっちまうのかい?
そうか、車掌になるんだったら、めでたいな。
お前さんよ、今夜は俺が駅の掃除をしておくから、
ま、これでコーヒーでも飲んで、今日ぐらいは掃除を休みな」
ミッキーさんは僕に100円玉を渡しました。
昔は山都駅に行って、
駅員さんの掃除のお手伝いをして、
100円玉をもらったのに、
僕が駅員になっても、
人様から100円玉を貰っているので、
いつまで経っても本物の駅員にはなれません。
僕はミッキーさんに頂いた100円玉で、
ジュースを買って休憩をしました。
「お前さんには世話になったから、
これを餞別にするよ。
商売ものだけど、ま、受け取ってくれや」
ミッキーさんは小さな紙袋に、
シルバーのリングとドリーム・キャッチャーを入れて、
僕に手渡してくれました。
「おまえさん、明日から車掌なんだろ?
今さらドリーム・キャッチャーなんて必要ないな。
でもな、車掌になったからといって慢心するなよ。
どうせ、すぐに別の欲が出てくるからな。
その“欲”ばかりこだわってに自分で苦しむなよ。
夢は叶わないものだからこそ、
ドリーム・キャッチャーなんてものがこの世にあるんだよ。
あはは。分かるか?
大体、俺も自分の店を持つことより、
こうやって駅でいろんな人に出会えるから面白いんだよ」
よく分かったような、分からないような、
説得力があるような、無いような言い方だった。
確かに車掌になっても、
いずれは別の欲が出てくるだろうと思います。
では車掌になった後、
僕にはどんな新たな欲が出てくるのだろう?
そんなことがその時点でわかるはずありませんでした。
「ミッキーさん、ありがとうございます」
「今日の売り上げは坊主だったけど、
お前さんが唯一の客でよかったよ。
掃除はしとくから、パチンコでも行ってこいよ」
僕は小さな紙袋を制服のポッケに入れて駅に戻った。
助役はいつもより早く戻ってきた僕に、
「今日はゴミが少なかったのか?」
翌日、勤務を終えて寮に戻ると、
早速、カーテンレールに、
ドリーム・キャッチャーを吊るしました。
明日から始まる車掌研修の準備をしながら、
この小さな網を使って夢をキャッチするのではなく、
どんな夢が現れてくるのかを想像していました。
その日の夜はなかなか寝付くことができませんでした。
おわり
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