|
山都駅構内の外れに、
かわいらしい山小屋のような建物がある。
この建物は、
JR下請け保線会社の休憩所になっているが、
かつて、
ここには山都保線管理室という職場があった。
保線管理室は3〜4駅間の線路保守を担当し、
主に線路の徒歩巡回、
黄色いラッセル車での除雪作業、
トンネルの入り口や内部にできたツララ切りなどを行っていた。
保線管理室のメンバーは、
実直でポッポ屋タイプの大竹保線管理室長、
同級生の父でもある小林保線副管理掛、
昭和電工から中途採用で国鉄に入社した佐藤保線管理掛、
スポーツマンで一番若い伊藤保線管理掛、
の計4名が勤務していた。
保線管理室は通常4名で勤務していたが、
日曜日は4名のうちの1人が、
異常時に備えて待機勤務をしていた。
とにかく待機勤務は、
“待機”することが仕事だったので、
この待機勤務日の日曜日に僕が遊びに行くと、
誰もが僕を大歓迎してくれた。
大竹さんは保線の話をよくしてくれて、
「勉強しろよ!」が口癖だった。
小林さんは「仕事している写真を撮ってくれないか」
といつもリクエストしていた。
また、線路端で青大将を捕まえてきては職場の風呂場に放し、
「ほーら、見でみ、上手に泳ぐべ?」と、
僕にヘビの泳ぎ方を見せてくれた。
佐藤さんは、
僕が遊びに行く度に「小池は彼女いないのか?」と言い、
買ったばかりの愛車である、
トヨタ・クレスタの洗車をコーラ一本で手伝わされ、
カーステレオに録音機能が付いているのを自慢げに話していた。
伊藤さんは町内出身で、
父親も国鉄に勤めていた国鉄一家だった。
待機勤務の日は机の上に足を乗せ、
スポーツ新聞を読みながら、
鉄道話はあまりせず、
不良だった高校時代のエピソードを聞かせてくれた。
「朝、学校さ行ぐべ、
すんげぇ、寒くてよ。
そんで、腹も減っていっぺし、
うぢ(家)から豚肉を持っていってよぉ、
ストーブの上で焼き肉すんのな。
そんで、タレが無ぐなってよ、
1年生にエバラを買いに行がせでよぉー」
僕が行こうとしている学校で、
焼き肉ができる、ということにとても喜んだ。
天井に木刀が刺さっている話から焼き肉まで、
一通りのネタが披露されると、
ランチ・タイムになる。
「小池、売店に行ってコーラ買ってきて。
あと、報知とカップラーメン。
お湯は入れなくてもいいぞ」
僕はお金を握って線路を渡る、
線路を渡る前には、
職員ぶって左右の指差し確認をする。
売店に行くと、
おばちゃんが、
「今日は駅、保線?」と聞いてきた。
「保線です。あ、お湯は入れなくてもいいです」
僕は自分のコーラも買って、
夕方の終業時間まで伊藤さんの不良話を聞いていた。
その後、国鉄民営化が決まり、
末端職場の大合理化が始まる。
山都保線管理室もすぐに廃止され、
メンバー全員が3駅先の野沢保線支区へ転勤になり、
さらなる合理化で野沢保線支区も消えて、
ほんんどのメンバーがバラバラになり、
新潟のほうへ転勤して行った。
数年後、
僕が私鉄の車掌になった頃、
伊藤さんが川崎駅前のJR直営パン屋で働いていることを、
風の便りで聞いた。
休日に伊藤さんの店を訪ねることにした。
きれいになった川崎駅のコンコースを出ると、
大きなバス乗り場があり、
伊藤さんの勤めるパン屋は、
きれいな駅ビルとは別の建物に入居していた。
JRのパン屋というのは、
「パンでひと儲けしよう」というより、
「民営化したので、取り敢えずパン屋でもやりましょう」
という感じの店だった。
僕は店には入らずガラス越しに伊藤さんを探したが伊藤さんは居なかった。
しばらくすると、
今までレジを打っていた年配の人に替わって、
奥の調理場のほうから伊藤さん出て来てレジを打ち始めた。
伊藤さんは保線作業着の替わりに白衣を着ていた。
伊藤さんの白衣姿を見ていると、
山都保線管理室のヘルメット置き場の上に貼ってあった、
一枚のポスターを思い出した。
汗まみれの保線マンが、
高速で通過する列車に向かって手を挙げている写真の下には、
「汗は俺たちの言葉だ!」と書いてあった。
パン屋はなかなか繁盛しているみたいで、
レジは行列ができていた。
伊藤さんはお客さんに頭を下げて、
トレイに載せられた調理パンを丁寧に包んで、
大きな袋に入れて、
「ありがとうございます」と、
ぎこちないお辞儀をしていた。
伊藤さんのお辞儀は、
デパ地下の店員以上に懇切丁寧な気がして、
僕はなんだか嬉しくなった。
一生懸命に働いている伊藤さんを見ていたら、
店に入ろうかどうかとても迷ったが、
意を決して店に入りレジの前に立った。
「いらっしゃいませ!」
無骨な男達の声が店内に響く。
「すみません、ケーキはありますか?」
「ケーキは焼いていませ........おー、小池っ!」
「元気そうですね」
「ここに居るのがよく分かったな!」
「はい、山都の○○さんから聞いて」
「○○ちゃん、ちょっとレジ変わってくれよ。
田舎の後輩が来たんだよ!」
「なに?伊藤に面会?」
「そそ、こいつ、中学の時から保線に来てたんだよ。
お、小池っ、そんなとこ突っ立ってないで、
好きなパンを好きなだけ持ってこいよ!」
僕は遠慮なく、
おいしそうなパンをトレイに載せて、
レジへ持って行った。
伊藤さんは調理パンをビニール袋に直接入れて、
僕を休憩室に連れていった。
休憩室には大勢の男達がいた。
パン屋の規模と働く人数のバランス、
そして年齢層も顔つきもまったく合わなかった。
誰かが、
「おい、若いの、お茶か?コーヒーか?」
「じゃ、コーヒーでお願いします」
「粒か粉か?」
「粒でお願いします」
「贅沢なやつだなぁ」
(粒はゴールドブレンド、粉は普通のネスカフェを指す)
伊藤さんはタバコを吸いながら、
「え〜と、今、コーヒーを作っている○○ちゃんは岩手の駅員、
そこの○○ちゃんは青森の運転士、
○○ちゃんは郡山の電力、
ま、ここのメンバーはほとんど東北出身だな。
みんな独身寮に入って朝4時に起きてパン作りだ。
俺らがパン作ってんだぜ!
でも、一応、パスコのパンを使ってんだよ。」
伊藤さんが活き活きしてみえた。
「ところで、小池は、今は何をやってんだ?」
「車掌になりました」
「へぇ、小池が車掌か。駅はどこにいた?」
「吉祥寺駅に居ました」
「すっかり東京人だな」
「そんなことないですよ」
「ところで、休日はなにをしているんですか?」
「休み?新幹線で山都に帰るよ。
ガキも小さいしな。
ま、ひとりで自由が丘でお茶してもしょうがないしな」
「この後、保線に復職できるんですか?」
「できるよ、それが約束で2年もパン作りをやっているんだから」
「そうですか」
「お、小池、悪いけど、レジ任せっぱなしだから持ち場に戻るな。
すぐに勤務が終わるから、あとで駅前で待ってろ!」
いつの間にか、
僕と伊藤さんの周りには、
あちこちから単身赴任してきた、
無骨な鉄道マンが集まってきて、
僕らの話をニヤニヤ笑いながら聞いていた。
コーヒーを入れてくれた岩手出身の駅員さんは、
「伊藤は幸せもんだよな。面会に来るやつが居るんだぜ!」と
羨ましそうに皮肉った。
僕は伊藤さんが上がってくるまで、
他の職員さんに東京トレンディスポットの講釈をしていた。
駅前で伊藤さんを待っていると、
伊藤さんはラルフローレンのシャツの襟を立ててやってきた。
この服装は昔から変わりない。
僕らはJR駅ビルに入っている、
こじゃれたカフェ・バーに入った。
「最近は駅も垢抜けちまってよ、こんな店もあるんだぜ」
「さすが、民間企業のJRですね」
「俺たちのグローブみたいな手で作ったパンを『美味い!』と言って、
買って行く客がいるんだから、人間の舌はあてになんねーな」
「パン作りのほうが向いているんじゃないですか?」
「冗談を言うなよ、とっとと地元へ帰るぞ!」
その夜は伊藤さんと故郷の話で盛り上がった。
伊藤さんは「明日も早いんだ」と言い、
大井町の独身寮へ帰って行った。
それ以来、
僕はパン屋さんに顔を出すことは無かったが、
しばらくしてパン屋の前を通ったら、
店名も内装も変わっていて、
アルバイトの女子高生がレジを打っていて、
鉄道職員の作るパン屋は無くなっていた。
その年の暮れ。
僕は実家に帰って友達の車でドライブをしていると、
JRのトラックが前からやって来た。
サングラスをかけて、
助手席のダッシュボードに足を上げている、
伊藤さんを見て僕は安心した。
|