『僕がなりたかった駅員への道』前篇

前篇「夢のレール。僕の挑戦」


僕は1990年に私鉄の入社試験を受けました。
ちょうど、バブル全盛期で、
みんなが口を揃えて
「お金、土地、お金、土地」
と呪文のように唱えていたので、
鉄道業なんて誰も見向きもしない時代でした。

駅員、電力、車両、保線の全職種で募集していました。
全職種の募集人員が50名ぐらいで、
受験者は120人ぐらいいました。

試験は本社の会議室に集合し、
長い机の上で、
算数、国語、一般常識などの筆記試験をしてから、
内田式クレペリンテストと身体検査があり、
最後に面接が行われました。

内田式クレペリンテストは、
ひと桁の足し算を5分の休憩をはさんで
前半15分、後半15分の30分間行なわせた上で、
1分ごとの暗算作業量の変化のパターンから、
その人間の性格面・適正面を診断するのです。

鉄道や航空などの運輸業は、
人の命や財産を預かる業種なので、
筆記試験や一般常識よりも、
クレペリンや身体検査に重点を置いています。
特に身体検査では、
視力、聴力、色盲などが、
徹底して検査されました。

面接は当たり前の事を答えておけばいいのですが、
ひとつだけ気を付けたことがあります。

それは、
第一志望で駅務掛と答えている人が多く、
当時は技術系志望の人は少なかったのです。
面接官はどうしても人員を平均化したいから、
いろいろ知恵を出して、

「もし、駅員の試験がダメだったら、技術系でもいいかな?」
と、ひっかけて言うのです。
そうなると、どうしても会社に入りたい人は、
「ええ、もちろんです。職種は選びません」
と答えざるを得ないのです。

そう答えてしまった人は、
全員、技術系に配属されました。
でも、最近では、
職人スタイルが若い人にウケていて、
技術系のほうが人気があるようです。

一通りの試験を終えて、
緊張も溶けて隣席のライバルと話していると、
人事部の人が、

「長時間の試験、大変お疲れさまでした。
 今回の受験者はとても多いので、
 これから場所を移して、
 試験の結果報告などについてお話させていただきますので、
 みなさんにはA室とB室に別れていただきます。
 では、名前を呼びますので、
 忘れ物がないよう指定場所へ移動してください。
 ○○さんはA室へ、○○さんはB室へ行ってください」

実はここが運命の分かれ道で、
A室に行くとデパートの人が首にメジャーを垂らして、
営業スマイルで待っています。

「じゃ、制服の採寸を行いますね」

B室に行くと、

「本日は長い時間お疲れさまでした。
 後日、本日の結果をご連絡させていただきます」

となるわけです。

デパートの人にサンプルの制服を着せてもらっても、
なんだか半信半疑で、

「これは試験ではないですよね?」

「制服を着させてあなたを落としたら、
 この会社はあなたに訴えられますよ」

A室に入ったみんなは、
お互いに握手をしました。
みんな鉄道が好きで試験を受けたやつばかりです。
鉄道でケツ押しのバイトをしていたもの、
小田急の花屋さんにいたもの、
国鉄にいたもの、
みんなが安堵の表情を浮かべています。

さっそくサンプルの制服を着た時、
少し顔が火照ったような気がしました。
こんな気分になったのは小学校に入学した時ぐらいです。

デパートの人に制服を着せられて、
大きな鏡の前に立つと、
制服制帽姿の自分を見て、
やっと制服を着れたなと思いました。

後日、入社式が本社で行われ、
晴れて社員と言いたいところですが、
3ヶ月間は試雇社員という身分です。
試雇期間中に何か問題があれば、
すぐに解雇となってしまうので、
素行に気をつけなければなりません。

入社式の最後に、
“試雇パス”というのが支給されるのですが、
これがいわゆる全線パスで、

「改札を通るときは、先輩駅員に挨拶を忘れないように」
「無くしたり、盗まれた場合は始末書だけでは済まされないからな」
「他社線に乗る時は、『乗せていただいてもいいですか?』と聞きなさい」
「これは警察手帳と一緒だからな」
とやや大げさ、且つ事細かにパスの取り扱い方を叩き込まれて、
試雇パスを受け取りました。

翌日から研修センターに通って、
朝から晩まで鉄道のイロハを学びました。
鉄道が好きなやつは、

「これでお金が貰えるんだから最高だな」

と喜々とした表情で、
教師に鉄道の質問を浴びせていました。

ちょうど僕らがセンターに入ったときに、
運転士の養成教育を行っていました。
僕ら新入社員からすると、
運転士というのは憧れの職種です。
運転士教育中の先輩と、
トイレ、廊下、食堂、階段ですれ違う度に、
僕らは軍隊のような直立不動の姿勢で、
バカでかい声で挨拶をしていました。

先輩たちは、
顎をしゃくりながら、

「お前ら、給食室で並ぶ時は俺たちの後に並ぶんだ!
 もし、授業が俺たちより先に終わったら、外に出てタバコでも吸ってろ!」

と一喝されました。

みんなはヘビに睨まれたカエルのように萎縮していましたが、
僕は内心、ゾクゾクとしていました。
実はこんな体育会系が好きなのです。


つづく



『何故かパン屋の伊藤さん』

山都駅構内の外れに、
かわいらしい山小屋のような建物がある。

この建物は、
JR下請け保線会社の休憩所になっているが、
かつて、
ここには山都保線管理室という職場があった。





保線管理室は3〜4駅間の線路保守を担当し、
主に線路の徒歩巡回、
黄色いラッセル車での除雪作業、
トンネルの入り口や内部にできたツララ切りなどを行っていた。

保線管理室のメンバーは、
実直でポッポ屋タイプの大竹保線管理室長、
同級生の父でもある小林保線副管理掛、
昭和電工から中途採用で国鉄に入社した佐藤保線管理掛、
スポーツマンで一番若い伊藤保線管理掛、
の計4名が勤務していた。

保線管理室は通常4名で勤務していたが、
日曜日は4名のうちの1人が、
異常時に備えて待機勤務をしていた。
とにかく待機勤務は、
“待機”することが仕事だったので、
この待機勤務日の日曜日に僕が遊びに行くと、
誰もが僕を大歓迎してくれた。

大竹さんは保線の話をよくしてくれて、
「勉強しろよ!」が口癖だった。

小林さんは「仕事している写真を撮ってくれないか」
といつもリクエストしていた。
また、線路端で青大将を捕まえてきては職場の風呂場に放し、
「ほーら、見でみ、上手に泳ぐべ?」と、
僕にヘビの泳ぎ方を見せてくれた。

佐藤さんは、
僕が遊びに行く度に「小池は彼女いないのか?」と言い、
買ったばかりの愛車である、
トヨタ・クレスタの洗車をコーラ一本で手伝わされ、
カーステレオに録音機能が付いているのを自慢げに話していた。

伊藤さんは町内出身で、
父親も国鉄に勤めていた国鉄一家だった。
待機勤務の日は机の上に足を乗せ、
スポーツ新聞を読みながら、
鉄道話はあまりせず、
不良だった高校時代のエピソードを聞かせてくれた。

「朝、学校さ行ぐべ、
 すんげぇ、寒くてよ。
 そんで、腹も減っていっぺし、
 うぢ(家)から豚肉を持っていってよぉ、
 ストーブの上で焼き肉すんのな。
 そんで、タレが無ぐなってよ、
 1年生にエバラを買いに行がせでよぉー」

僕が行こうとしている学校で、
焼き肉ができる、ということにとても喜んだ。
天井に木刀が刺さっている話から焼き肉まで、
一通りのネタが披露されると、
ランチ・タイムになる。

「小池、売店に行ってコーラ買ってきて。
 あと、報知とカップラーメン。
 お湯は入れなくてもいいぞ」

僕はお金を握って線路を渡る、
線路を渡る前には、
職員ぶって左右の指差し確認をする。

売店に行くと、
おばちゃんが、
「今日は駅、保線?」と聞いてきた。
「保線です。あ、お湯は入れなくてもいいです」
僕は自分のコーラも買って、
夕方の終業時間まで伊藤さんの不良話を聞いていた。

その後、国鉄民営化が決まり、
末端職場の大合理化が始まる。
山都保線管理室もすぐに廃止され、
メンバー全員が3駅先の野沢保線支区へ転勤になり、
さらなる合理化で野沢保線支区も消えて、
ほんんどのメンバーがバラバラになり、
新潟のほうへ転勤して行った。

数年後、
僕が私鉄の車掌になった頃、
伊藤さんが川崎駅前のJR直営パン屋で働いていることを、
風の便りで聞いた。

休日に伊藤さんの店を訪ねることにした。
きれいになった川崎駅のコンコースを出ると、
大きなバス乗り場があり、
伊藤さんの勤めるパン屋は、
きれいな駅ビルとは別の建物に入居していた。

JRのパン屋というのは、
「パンでひと儲けしよう」というより、
「民営化したので、取り敢えずパン屋でもやりましょう」
という感じの店だった。

僕は店には入らずガラス越しに伊藤さんを探したが伊藤さんは居なかった。
しばらくすると、
今までレジを打っていた年配の人に替わって、
奥の調理場のほうから伊藤さん出て来てレジを打ち始めた。

伊藤さんは保線作業着の替わりに白衣を着ていた。
伊藤さんの白衣姿を見ていると、
山都保線管理室のヘルメット置き場の上に貼ってあった、
一枚のポスターを思い出した。
汗まみれの保線マンが、
高速で通過する列車に向かって手を挙げている写真の下には、
「汗は俺たちの言葉だ!」と書いてあった。

パン屋はなかなか繁盛しているみたいで、
レジは行列ができていた。
伊藤さんはお客さんに頭を下げて、
トレイに載せられた調理パンを丁寧に包んで、
大きな袋に入れて、
「ありがとうございます」と、
ぎこちないお辞儀をしていた。

伊藤さんのお辞儀は、
デパ地下の店員以上に懇切丁寧な気がして、
僕はなんだか嬉しくなった。

一生懸命に働いている伊藤さんを見ていたら、
店に入ろうかどうかとても迷ったが、
意を決して店に入りレジの前に立った。

「いらっしゃいませ!」

無骨な男達の声が店内に響く。

「すみません、ケーキはありますか?」
「ケーキは焼いていませ........おー、小池っ!」
「元気そうですね」
「ここに居るのがよく分かったな!」
「はい、山都の○○さんから聞いて」
「○○ちゃん、ちょっとレジ変わってくれよ。
 田舎の後輩が来たんだよ!」
「なに?伊藤に面会?」
「そそ、こいつ、中学の時から保線に来てたんだよ。
 お、小池っ、そんなとこ突っ立ってないで、
 好きなパンを好きなだけ持ってこいよ!」

僕は遠慮なく、
おいしそうなパンをトレイに載せて、
レジへ持って行った。
伊藤さんは調理パンをビニール袋に直接入れて、
僕を休憩室に連れていった。

休憩室には大勢の男達がいた。
パン屋の規模と働く人数のバランス、
そして年齢層も顔つきもまったく合わなかった。
誰かが、
「おい、若いの、お茶か?コーヒーか?」
「じゃ、コーヒーでお願いします」
「粒か粉か?」
「粒でお願いします」
「贅沢なやつだなぁ」
(粒はゴールドブレンド、粉は普通のネスカフェを指す)

伊藤さんはタバコを吸いながら、
「え〜と、今、コーヒーを作っている○○ちゃんは岩手の駅員、
 そこの○○ちゃんは青森の運転士、
 ○○ちゃんは郡山の電力、
 ま、ここのメンバーはほとんど東北出身だな。
 みんな独身寮に入って朝4時に起きてパン作りだ。
 俺らがパン作ってんだぜ!
 でも、一応、パスコのパンを使ってんだよ。」

伊藤さんが活き活きしてみえた。

「ところで、小池は、今は何をやってんだ?」
「車掌になりました」
「へぇ、小池が車掌か。駅はどこにいた?」
「吉祥寺駅に居ました」
「すっかり東京人だな」
「そんなことないですよ」
「ところで、休日はなにをしているんですか?」
「休み?新幹線で山都に帰るよ。
 ガキも小さいしな。
 ま、ひとりで自由が丘でお茶してもしょうがないしな」
「この後、保線に復職できるんですか?」
「できるよ、それが約束で2年もパン作りをやっているんだから」
「そうですか」
「お、小池、悪いけど、レジ任せっぱなしだから持ち場に戻るな。
 すぐに勤務が終わるから、あとで駅前で待ってろ!」

いつの間にか、
僕と伊藤さんの周りには、
あちこちから単身赴任してきた、
無骨な鉄道マンが集まってきて、
僕らの話をニヤニヤ笑いながら聞いていた。

コーヒーを入れてくれた岩手出身の駅員さんは、
「伊藤は幸せもんだよな。面会に来るやつが居るんだぜ!」と
羨ましそうに皮肉った。
僕は伊藤さんが上がってくるまで、
他の職員さんに東京トレンディスポットの講釈をしていた。

駅前で伊藤さんを待っていると、
伊藤さんはラルフローレンのシャツの襟を立ててやってきた。
この服装は昔から変わりない。
僕らはJR駅ビルに入っている、
こじゃれたカフェ・バーに入った。

「最近は駅も垢抜けちまってよ、こんな店もあるんだぜ」
「さすが、民間企業のJRですね」
「俺たちのグローブみたいな手で作ったパンを『美味い!』と言って、
 買って行く客がいるんだから、人間の舌はあてになんねーな」
「パン作りのほうが向いているんじゃないですか?」
「冗談を言うなよ、とっとと地元へ帰るぞ!」

その夜は伊藤さんと故郷の話で盛り上がった。
伊藤さんは「明日も早いんだ」と言い、
大井町の独身寮へ帰って行った。

それ以来、
僕はパン屋さんに顔を出すことは無かったが、
しばらくしてパン屋の前を通ったら、
店名も内装も変わっていて、
アルバイトの女子高生がレジを打っていて、
鉄道職員の作るパン屋は無くなっていた。

その年の暮れ。
僕は実家に帰って友達の車でドライブをしていると、
JRのトラックが前からやって来た。
サングラスをかけて、
助手席のダッシュボードに足を上げている、
伊藤さんを見て僕は安心した。



『秋祭りと五十嵐さん』

小学生6年生の夏の終わり、
友達と秋祭りに出かけた。
テキ屋で買ったホット・ドックを食べながら、
大通りをブラブラと歩いていると、
山都駅駅員の五十嵐さんとすれ違った。
五十嵐さんは、
“カラン・コロン”と下駄の音を立てながら、
ひとりで歩いていた。

五十嵐さんは、
新潟から山都駅に単身赴任してきた新米駅員で、
駅の隣に建っていた官舎にひとりで住んでいた。
神社から少し離れた官舎まで、
笛と太鼓の音色が聞こえてきたので、
懐かしさのあまり、
お祭りを見に来たのだろう。

五十嵐さんは、
僕とすれ違ったことに気付かなかったけれど、
提灯に照らされた五十嵐さんの表情を見ると、
どこか寂しさが感じられた。

新潟出身の五十嵐さんは、
笛と太鼓の音色に誘われて祭りを見に来たものの、
見慣れない顔と初めて聴いた笛の旋律に、
懐かしさよりも、
孤独感を強く感じていたかも知れない。

「今、すれ違った人、山都駅の駅員さんだよ...」
「ふーん、そうなんだ」

友達は僕の言葉に関心を示すこともなく、
ホット・ドックを食べていた。
後ろを振り返ると、
五十嵐さんはカメすくいに夢中になっている子供達を遠巻きに眺め、
提灯の灯りが途切れている真っ暗な道に消えて行った。

翌日、駅に行くと、
五十嵐さんは駅前広場の落ち葉を黙々と掃除していた。
僕は昨日のお祭りですれ違ったことを話そうかと思ったけど、
なんとなく言いにくかったので、
黙って五十嵐さんの掃除を手伝うことにした。

一通りの掃除が終わると、
五十嵐さんは黒くて小さな小銭入れから、
100円玉を取り出して僕にコーラを買ってくれた。
五十嵐さんはすぐにコーラを飲み干し、
「ありがとう」
と言って駅に戻った。

山々が紅葉に染まる頃、
山都駅に行くと、
五十嵐さんの姿は無かった。
落ち葉の掃除をしていた年配の駅員さんに、
五十嵐さんのことを尋ねると、
「五十嵐は転勤になった」と言った。

夏の終わりになると、
都会のアパートにも秋祭りの笛の音が聴こえてくるが、
その度に、
故郷の秋祭りで五十嵐さんに声を掛けなかったことを、
後悔してしまう。



『青春十七歳・初恋列車』最終章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 最終章「てがみ」


駅名表が目に入った。
久根別駅の「別」は「川」ではなく、
やはり「別れ」の「別」だったのだ。
僕は涙が出そうになったので空を見上げた。
空の色は息をのむほど美しいオレンジ色になっていて、
どこか秋の気配が漂っていた。


17時24分。
夕日と同じ色のディーゼルカーがやってきた。
僕は二重窓を開け、
久根別の街に消えた住美代ちゃんの姿を探した。

「いるわけないじゃん。何十分経ってんだよ」

僕は窓を閉めて、
住美代ちゃんからもらったチェックの紙袋を開けてみると、
そこには片岡義男の文庫本が入っていた。
ペラペラとめくってみると、
買ったばかりのものではなく、
住美代ちゃんが読んだ形跡があった。
使い古したものには温もりがあるが、
その温もりが辛く突き刺さる時もある。

僕は文庫本に目を通したが、
目は文字の上を泳いでいるだけで、
まったく頭に入らなかったので、
片岡義男の文庫本を紙袋にしまった。

列車は隣の七重浜駅に着いた。
ほんの数日前、
僕と住美代ちゃんは七重浜駅前の細い道を歩いて海に行った。
そんな出来事がずいぶん昔の夏のことのように思えた。
それに比べて、
今日は赤とんぼが飛んでいそうな秋の空になっているのだ。

列車は函館に着いた。
空はオレンジ色から藍色に変わりかけていて、
そのグラデーションを見ていると、
寂しさが倍増してきた。
僕は駅前広場に出た。
後ろを振り向くと函館山が見えた。

彼女が言ったように、
あの山は下から眺めるのではなく、
恋人と二人で登って、
夜景の中で「好き」や「ハート」という文字を見つけて、
幸せや両思いを掴むしかないのだ。
そんな途方のないことを考えていると、
青函連絡船の汽笛が聞こえてきた。

「ボォーーーー」

力強い汽笛だが、
僕には悲しみの汽笛にしか聞こえなかった。
夜行の青函連絡船に乗るまでには時間があった。
そう言えば、
今日は何も食べていなかったので、
売店であんぱんとコーヒー牛乳を買った。

夕食を食べ終えても時間は余りあった。
僕は近くの電話ボックスに行き、
タウンページで彼女の家の電話番号を探した。

「確か、建設業をやっているとか言っていたけど...」

タウンページをペラペラめくっていると、
それらしい住所と電話番号を見つけた。

「○○建設 上磯町久根別○ー○ー○」

僕はリュックからノートと鉛筆を出そうとしたが、
住美代ちゃんは僕の住所を聞いただけで、
自分の住所と電話番号を教えなかったので、
メモをとるのはやめることにした。

日付が変わった頃、
夜行便の青函連絡船は悲しげな汽笛を鳴らして函館を出航した。
本格的な秋風が吹く肌寒い甲板で、
僕は函館山が見えなくなるまで立っていた。

青森から郡山まで各駅停車で帰った。
旅を終わらせるのが辛かったからだ。
途中、一ノ関と仙台で乗り換えたが、
車内ではほとんど寝ていたので、
網走で買った「網走刑務所」の木札を忘れてしまった。

会津に戻ると蒸し暑い残暑が僕を出迎えた。
山都駅の改札を出ると、
僕は非日常から目が覚めて、
少しだけいつもの自分に戻っていた。

家に帰るとばあちゃんが話しかけてきた。

「北海道はどうだった?」
「函館がよかった」
「それは良かったね。
 ばあちゃんは函館の白百合学園高校を出たんだよ...」

初めて聞いたばあちゃんの履歴だった。

「女学校に行っていたときは,
 カフェーに行ってレコードを聴いたり...
 坂道を降りてゆくとその先には港が見えてね...」
「へぇー、函館山には登ったことある?」
「あるよ」
「夜、登った?」
「あぁ、神父さんに見つからないように寮を抜け出して登ったよ...」
「それで、山の頂上から『好き』や『ハート』という文字を見つけたりした?」
「宏康、どうかしたのかい?」




夏休み最後の日に僕宛の手紙が届いた。
差出人は書いてなかったが開封してみると、
一枚の写真が落ち葉のように畳に落ちた。

その写真には女性教師と思われる人と、
セーラー服を着ている高校生が数人写っていた。
学校の教室で撮影されたもので、
なぜか全員がアイスクリームを持っていて、
住美代ちゃんは右手でアイスクリームを持ち、
左手でアイスが床にこぼれないようにしているポーズだった。

そして、封筒には一枚の便箋も入っていた。

「先日は本当に来てくれてありがとう。強い男の人になってください」

便箋にはそれしか書いていなかった。
それ以来、
住美代ちゃんから手紙が来ることはなかった。

今でも時どき、僕の心の中は
ぬるいコーラでベトベトになる。




おわり



『青春十七歳・初恋列車』第五章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第五章「約束のプラットホーム」


釧路でもユースホステルに泊まった。
夜行が続くと布団の中で眠りたいものだ。
僕は大学生グループと一緒にぬさまい橋を撮影し、
ラーメン屋で食事をした。

翌日、
僕は札幌行きの特急に乗っていた。
いつもの僕だったら、
池田から池北線に乗って、
足寄の松山千春の家を訪ねるか、
ラベンダー畑で有名な、
富良野・美瑛もコースに加えるのだが、
僕の頭の中は彼女の事でいっぱいで
観光コースの設定に力が入らなかった。

札幌駅で夜行が出発するまで時間を潰し、
夜行鈍行で函館に向かった。
列車の中でリュックを整理してみると、
未使用のフィルムがたくさん出て来た。

いつもの僕ならたくさん写真を撮るのに、
今回はほとんど写真を撮っていない。
どうやら頭の中は初日の函館からストップしていて、
写真を撮る状態ではないらしい。

函館には早朝に着いた。
近くの路線をぶらぶら乗って時間を潰し、
彼女と約束した久根別駅に向かった。
時間はまだ15時だった。

久根別駅も七重浜駅と同じ無人駅だった。
誰もいないホームのベンチで、
久根別駅の駅名表を見ていると、
「別」という文字に目に入った。

16時を過ぎた。
夏なのに陽が傾いているように感じる。
あたりの景色がオレンジ色に染まってきた。

僕はとても不安だった。
彼女は本当にやってくるのだろうか?
単に気まぐれで言ったのではないか?
もし、
来たとしても迷惑そうな顔をしたらどうしよう。

僕は落ち着かなくなって、
駅前の自動販売機前に移動した。
僕は自動販売機のお店の人に怪しまれないように、
コーラを買って彼女を待っていた。





16時14分。
久根別駅にオレンジ色のおんぼろディーゼルカーが到着した。
ドアがゆっくり開くと学生がドッと降りてきた。
僕は慌ててホームへ走った。

学生達は見慣れないよそ者の僕を不思議そうに見て、
駅前に止めてあった自転車に乗って行った。
学生らを運んできたディーゼルカーのドアはゆっくり閉まり、
うるさいエンジン音を響かせて発車して行った。

「やっぱり来ないな...」
と思った時、
前方から4、5人の女子高生グループが歩いて来た。

「もしかしてこのグループか?」

でも、
それらしい子は居ない。
溜め息をついて諦めかけた時、
グループの一番後ろに、
白いデッキシューズを履いた女の子がいた。

「住美代ちゃんだ...」

先日は私服で大人っぽく見えたけど、
制服を着ていると少し幼く見えた。
住美代ちゃんは短いスカートを履いて、
手にはつぶれたカバンを持っていた。
夕日のせいか栗色の髪がやや明るく感じたが、
あの白いデッキシューズを履いた姿は、
紛れもなく住美代ちゃんだった。

どうしよう...グループでいる。
僕は迷った。
どんどんグループは近づいてくる。
胸が高鳴ってきた。
住美代ちゃんは楽しそうに友達と話している。

その友達が僕に気付くと、
住美代ちゃんも僕に気付き、
友達に「知り合いなんだ」と言って僕のところにやって来た。

「じゃあね!」
「バイバイ!」

友達は僕の顔を不思議そうに見て去って行った。

「やだぁ、本当に来たんだ!」

あどけない顔をしながら、
人を試すような台詞といい、
大人びた口調は相変わらずだった。

「ねぇ、どこ行ってきたの?」

僕は行った場所を箇条書きの文章を読むようにしゃべった。

「わたしの行ったことがない所ばかりだよ...」
「その後、家出していないよね」
「家出はしてないよ。大丈夫」
「よかった、心配したよ」

会話は一問一答形式だった。
明らかに先日の住美代ちゃんとは受け答えが違っていた。
僕はそれに気付かないふりをして話そうとしたが、
悲しい気持ちが先に出てしまい、
思ったように口が開かなかった。
すると住美代ちゃんが口を開いた。

「宏康くん、ごめんね、これから家庭教師が来るから帰らなきゃ...」

「僕より勉強かよ..」

心の中でそう思った。

今にも歩き出しそうな住美代ちゃんを見て、
僕は僕に心の中で呟いた。

もう行ってしまうんだぞ!
時間がないぞ!
もう一生会えないかもしれないんだぞ!
住美代ちゃんは夜行列車の窓から見えた、
真っ暗闇に浮かぶ家の灯りの住人になってしまうんだぞ!

もうひとりの僕の呟きはいつしか叫びに変わっていた。

気持ちがピークに達した僕は、
何を血迷ったのか、
思いがけない言葉を彼女に言った。

「住美代ちゃんには好きな人がいるの?」

彼女は笑いながら、

「いるよ...」
「誰?」
「家庭教師」
「............」

だから住美代ちゃんは家庭教師が来る前に家出してきたのだ。
住美代ちゃんの家庭教師は頭のいい、
どこかの大学生なのだろう....
勉強を教えてもらっているうちに、
そこに恋が芽生えたのだが、
二人の間に何かが起きて、
家出をしてきたのだろう....
僕は勝手な想像をしていた。
一番したくない想像をしてしまう自分がとても嫌だった。

住美代ちゃんは気まずい顔も見せずに、
煎餅カバンからノート出し後ろのページを開いた。

「手紙書くね、宏康くんの住所を教えて...」

僕は今まで味わったことがない感情に包まれ、
胸が掻きむしられるような気持ちになって、
目の裏側で何かが動いているのが分かったが、
息を大きく鼻から吸ってノートに住所を書いた。

住美代ちゃんはノートをカバンにしまってから、
チェックの紙袋を僕に渡した。

「これ、あげる...」
「何これ?」

僕は時間を引っ張ろうとした。

「あっ、ごめん。ほんと家に帰らなきゃ、じゃ、さよなら!」
「..........」

住美代ちゃんはオレンジ色に染まった街の中へ走って行ってしまった。
このやりとりはわずか3分程だった。


つづく




2007/05/18

『僕がなりたかった駅員への道』前篇

2007/03/15

『何故かパン屋の伊藤さん』

2007/03/07

『秋祭りと五十嵐さん』

2007/02/21

『青春十七歳・初恋列車』最終章

2007/02/16

『青春十七歳・初恋列車』第五章
このサイトに掲載のイラスト
写真・文章の無断転載を禁じます

Copyright © 2001-2010 MaroonBrand